『ハートフルバー(一区切り打たせてもらいます)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:金森弥太郎
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第一話:「俺と店と魔女っ娘と」
「いらっしゃいませ! ……って、子供?」
昼間に入ってきた珍しい客は、見慣れぬ少女だった。
「君、どこから来たの? 子供が来る店じゃないよ、ここは」
「子供じゃないもん! 私、あなたより年上ですもん!」
俺は仕事の途中だったので、机を拭きながら少女を見た。
黒い帽子に、黒いマント、黒い服、そして……箒。
これじゃあ、マンガとかテレビとかで出てくる魔女じゃないか。
そう思った俺は、遊び半分で聞いてみた。
「君、魔女なの?」
「魔女じゃないです。魔法少女です。私、200歳ですから」
「は? 200歳?」
「そうですよ、200歳なのです」
はぁ……、この店ろくでもない客がよく来るものだな。
昨晩お得意様のニューハーフプロレスラーがプロレスラー同士暴れ回ったばかりだというのに、今度の客は魔女っ娘かよ……。
店長として、なんだか悲しくなるなぁ。
「で、君の名前は?」
「メイルです。よろしくです」
「はぁ、よろしくな……。で、何飲むよ? ロック?」
魔女っ娘はパラパラと分厚い本を調べると、にこりと笑いながら言った。
「オレンジジュースをくださいです!」
……、オレンジジュースかよ。ここは酒場だぜ、おじょうさん。
俺はそう頭の中で考えながらも、愛想笑いを浮かべながらオレンジジュースを作り始めた。
ジューサーをまわしていると、メイルは不思議そうな顔で俺に尋ねてきた。
「これ何してるですか?」
「ジューサーも……、そうか魔女っ娘だもんな。これはジューサーと言って、自動ジュース生産機みたいなものだな。」
「ふーん、不思議な物があるですね」
メイルは、ジューサーを感動したような瞳で見つめていた。
魔法の世界には無いものだから、珍しいのかもしれない。
俺は、だんだんとメイルに興味を抱き始めてきた。
「君は、なんの魔法を使えるんだい?」
メイルは、なぜか不安そうな顔で聞き返してきた。
「魔法、見てみたいですか?」
「うん。見てみたいな。」
「分かったです! やってみるです!」
メイルは勢いよくオレンジジュースを飲むと、スクッと立ち上がりステッキを手にした。
「クルクルクルクル、ペナチョッコン!」
あやしげな呪文を唱え、ステッキを振り回すと……
――グルルルルルルル!
「な、何だこいつは? た、頼む、魔法を止めてくれ」
「失敗しちゃったです。止め方わからないです」
ガチャンガチャンと花瓶やら何やらを壊しまわるイス魔獣。
イスが変化した魔獣ごときが、俺の店を壊してやがる。
たかが、イス、なのに……。
プッツンときた俺は、イス魔獣に思いっきり正拳づきをした。
「暴れまわってんじゃねー、このイス野郎がー!!」
怒りの鉄拳によって、魔獣と化したイスは粉々になった。
「はぁはぁ……、ったく」
俺が怒るつもりでメイルのほうを振り返ると、メイルはまた感動したような瞳で見つめてきた。
この瞳で見つめられると、なんだか調子が狂いそうだ。
「師匠! 私を弟子にしてくださいです!」
「……、調子狂うなぁ。ま、いいだろう、バイトさせてやる。ただし、ただ働きだけどな。弁償してもらうために」
事実メイルの魔法によって壊された物は数知れなかった。
だが、それだけではないのも……また分かっていた。
「ありがとうございますです、師匠!」
何が俺をあの時あんな軽はずみなことを言わせてしまったのだろうか。
俺は、今日になってもその理由が分からない。
今日も店をオープンする時間がやってきた。
次第にガヤガヤと人の話し声がしてくる店内。
今日の話題は、やはりメイルのことが主体だった。
俺のお得意さんのニューハーフプロレスラーのかたわれが、俺に話しかけてきた。
「ねぇ、バーテン。あの子、あなたの娘さんなの?」
「いや、俺の娘じゃねぇよ。バイトの子さ。200歳なんだとよ」
「へぇ、面白い子ね。あなた、子供に好かれるタイプなんだわ。きっと」
そう言いながら、男なのに女性客同様のグラスの持ち方で流し目をしてきた。
もう慣れてしまっている俺は、メイルを呼び寄せた。
「なんですの、師匠?」
「あいさつして、この人お得意様だから」
メイルは、ぺこりとおじぎをすると自己紹介をはじめた。
「私、メイルと申しますです。よろしくです」
すると、ニューハーフプロレスラーは、カッワイーなどと叫びはじめた。
昼間の事を知らない客は、俺ほどメイルの恐ろしさを知らないから言えるのだ。
あのように失敗されては、この店だけでなくこの町すらも壊されるかもしれない。
だから、俺はこの店の入口に「魔法注文お断り!」の張り紙を出した。
「ねぇ、バーテン。この子に魔法を使わせてみてよ」
「……、張り紙を守れぬ者にこの店に来る資格は無い」
「もう、バーテンったら。どうしたのよ、今日元気ないじゃない」
「こう見えてもバリバリ元気ですからー」
そう言いながら、俺は「残念!」のポーズを取った。
見かけは恐いのだが、基本的に心は優しいらしい。
俺の気分ですらも悟ってしまうこいつには、少しやっかみを感じていた。
だが、お得意様であることには変わりはない。
俺は平静を装って、他の客の注文に答えていた。
すると、ついに気がつかれてしまったらしい。
「あら、大事な写真が! そっか、だからバーテン……」
大事な写真とは、イスの魔獣が壊した写真立ての中に入っていた写真のことだ。
写真には、俺の姉さんと俺が二人で写っている。
姉さんは、俺にとって唯一の肉親だった。
幼い頃に交通事故で両親を失った姉さんは、俺を親代わりとなって育ててくれた。
俺にとって姉さんの笑顔は、母親の笑顔だった。
姉さんの声は、母親の声だった。
そして、姉さんの温もりもまた母親の温もりだった……。
だが、優しかった姉さんも、去年悪性腫瘍、つまり癌で死んでしまった。
俺が稼ぎきれなかったばかりに、良い医者に手術してもらえず他界してしまった。
俺は思わず写真をひったくるように取りあげてしまった。
そして、おじぎをしながら、少し大きな声で言った。
「……、そろそろ店じまいさせていただきます。ごめんなさい」
ここにいるのは常連さんばかりだったこともあり、皆何も文句を言わずに帰り支度を始めてくれた。
「じゃあな、バーテンの兄ちゃん。また明日来るぜ」
「じゃあね、バーテン。また明日来るからね」
俺は帰っていく客たちの言葉に、感謝の気持ちをこめて「ありがとう」と返した。
カチャッ!
俺は店の扉の鍵を閉めると、皿やグラスを片付け始めた。
皿を洗っていると、静かに涙が流れ落ちてくる。
――姉さん
もともとこの店は両親からの形見で、姉さんが切り盛りしていた店だった。
だから、姉さんの思い出がいっぱい詰まっている。
1人でいる時は、俺は姉さんのことを思い出して涙を流してしまうこともよくあることだ。
だから、俺はメイルに居間で休むように言った。
タオルで手を拭きながら、誰に言うわけでもなく呟いた。
「写真立て、今度は頑丈なのを買ってこないとな。姉さん、……ごめんな」
顔をバシャバシャと洗い、居間にいるメイルの様子を見に行くことにした。
俺は、メイルのことを悪くは思っていない。
それどころか、俺の涙を見せないことで余計な罪悪感を抱かせたくないと思うほどだった。
だから、俺は居間で休むように言った。
それなのにふと入口の方を振り返ると、そこにはメイルが立っていた。
「ごめんなさいです、師匠……。師匠のお姉ちゃんの大事な写真を……」
俺はカーッと顔が赤らめていくのが、自分でも分かった。
見られていたのだ、あの涙を。
そう思えば思うほど、どんどん顔が赤くなっていく。
俺は、ごまかすような感じで言った。
「なぁに、写真が残っていればいくらでもどうにかなるものさ。心配するな」
「ししょー……」
グズグズとべそをかき始めるメイル。
俺は、そんなメイルの頭を優しくなでてやった。
「元気出せ。失敗なんて、誰でもあることさ」
「ししょー……」
俺は、まるで自分の子供をなぐさめるようにメイルをなでていた。
本当の気持ちを言えば、俺自身が姉さんになでて欲しいんだけどな。
そう思ったとき、ふわっと姉さんのぬくもりを感じた。
俺はメイルを優しく抱きしめながら、瞳をそっと閉じた。
姉さんの温もり、俺はその温もりに身を預けた。
第二話:「俺とメイルと春菜さんと」
「メイル、ちょっと出かけてくるぞ」
「いってらっしゃいです、師匠!」
俺はメイルに見送られて、出かけて行った。
こういうのもなんだか暖かい気持ちがする。
「行ってらっしゃい」という言葉と共に、外に出かける。
「お帰りなさい」という言葉と共に、帰ってくる。
この繰り返しが、なんだかとても心地よかった。
今日は、慕い人に会いに行く日だ。
「おはよう、楓君」
「おはようございます、春菜さん」
春菜さんとは、姉さんの葬式以来からのつきあいだ。
姉さんの葬式があったあの日、涙にくれていた俺にハンカチを渡してくれたのが春菜さんだった。
「変わりましたね……、楓君」
「え? 俺、どこか変わりましたか?」
春菜さんは、恥ずかしそうに言った。
「私を見ている目が……。今までは風香さんを見ているような瞳だったのに、今は私を見てくれている……。そんな気がするんです」
風香さんとは、俺の姉さんの名前だ。
たしかに俺は、春菜さんの中に姉さんを見続けてきたのかもしれない。
もし俺が変わったとするなら、それはメイルのおかげだろう。
今まで俺は、姉さんに何もしてやれなかった後悔を思いつめていた。
だけど、今では姉さんとの楽しかった思い出を思い出すようになった。
それは、メイルがやってきた日からだ。
あの夜、姉さんの温もりを久しぶりに感じた。
「メイルのおかげだな、多分」
「メイル?」
「ああ、俺の店で働いている相棒というか、俺の娘みたいなものさ」
俺は、オレンジジュースのことやイス魔獣のことを春菜さんに話した。
春菜さんは、その話を瞳を輝かせながら聞いていた。
「あの、メイルちゃんに今から会いにいってもいいですか?」
「どうぞ。あいつも喜ぶと思います」
「じゃあ、ちょっと準備してきますね」
「ただいま」
「お帰りなさい、師匠! ……あれ、お客さんですか?」
「この子がメイル、こちらは春菜さんだ」
メイルは何かを察したらしく、急に膨れっ面をした。
春菜さんが、にこにこ顔であいさつをした。
「私は、花山春菜。よろしくね、メイルちゃん」
すると、メイルは怒ったような口調で言い返した。
「私は子供じゃないです! ちゃんはつけないでくださいです!」
そう言って、メイルは怒ったように部屋に入っていってしまった。
その後ろ姿を見ながら、春菜さんは微笑みながら見つめていた。
「かわいいですね」
「すみません。今日は、なんだか機嫌が悪いみたいで」
春菜さんは、俺にきょとんとしたような顔で言った。
「え?」
「どうしました?」
春菜さんは、優しく微笑みながら言った。
「違いますよ。あの子、楓さんのこと大好きなんです」
俺は、まさかぁ、と笑いながらコーヒーを煎れはじめた。
ふんわりとコーヒーの香ばしい匂いが店内を漂い始める。
「おいしいですね、このコーヒー……」
「ありがとうございます」
春菜さんは、コーヒーカップをコースターに置くと静かにささやくように言った。
「楓さん、女の子って大事な思いを伝えるのが下手な子もいるんですよね……」
俺はその言葉で、何となくメイルの気持ちが分かってきた。
もしかすると、俺はメイルに悪いことをしてしまったのかもしれない。
そう思った俺は、春菜さんに断ってメイルの様子を見に行くことにした。
ガチャガチャ!トントン!
「おい、メイル。話があるんだ」
「師匠なんて、知らないです! 話なんて、聞きたくないです!」
俺はしまったと思い、廊下の壁にもたれかかった。
「またやっちまったよ、俺。姉さんに怒られたって言うのにな」
部屋の中から、シクシクとメイルが泣く声が聞こえてくる。
その声が、俺の記憶を呼び起こした。
たしか、小学生の頃のことだ。
俺の隣りの家にすんでいて、いつも一緒に学校に通っていた子がいた。
三学期の頃、その子は隣町に転校していくことになった。
その前日、その子が俺の家にやってきた。
「あーあ、楓ちゃんに言えなかったなぁ」
「え? 何を?」
少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔でその子は言った。
「ううん、ないしょ! それよりも、TVゲームしようよ」
「そうだね」
その後は、いつも通りに過ごしていった。
その子が帰ってから、俺は姉さんに平手打ちを食らった。
初めてそんなことをされた俺は、思わず姉さんに逆ギレしてしまった。
「お姉ちゃんなんて、だいっきらいだー!!」
「……、楓。傷つけてしまった後に、その気持ちに気づいたってもう遅いのよ」
「お姉ちゃん?」
俺が頬に手を当てながら姉さんを見上げると、姉さんは涙を流していた。
「ごめんね、たたいたりして。でも、覚えておいてね。鈍感なのは、あまり良くないってことを」
俺は、その時姉さんの言ったことの意味が分からなかった。
それからも、ずっと俺は分からなかった。
でも、今なら分かりそうな気がする。
「メイル……、俺は今までオンリーワンラブをしたことがないんだ。
誰かだけを愛するのではなく、皆を愛している。
それは偽善とか、傲慢だって、俺でも思うけど、でも皆を愛したい。
もちろん、それぞれの愛の形は違うものさ。
姉さんへのラブは、愛しき母を思う気持ち。
メイルへのラブは、愛しきパートナーを思う気持ち。
春菜さんへのラブは、愛しき人を思う気持ち。
そして、お得意様へのラブは、友を思う気持ちだ。
みんなそれぞれ違うけれども、俺はメイルを愛さなかったことなど一度もない。
それだけは、分かって欲しいんだ」
カチャリ!
「ししょー! ……、ごめんね」
俺はメイルの頭を優しくなでてやった。
「ごめんな、メイル」
メイルは嬉しそうな顔で見上げると、俺に笑顔で言った。
「でもね、師匠。私だって、いつかは師匠の愛しき人になるんだもん!」
「……、そうだな。楽しみにしてるよ」
パチパチパチ!
「言うようになったねー、楓も。なぁ、春菜?」
声の方を振り返ると、そこには香月の姉さんがいた。
そして、春菜さんまでも。
どんどん俺の顔が赤く火照ってくるのを感じた。
春菜さんが、恥ずかしそうに言った。
「愛しき人……、嬉しいです」
「おいおい、春菜。ライバルがいるんだぜ。っていうか、お前も告白しろ!」
「え、そんなぁ……」
香月姉さんが、ワハハハと大きく笑った。
「お前、ちっとも変わらないね。一年前からかえ」
ビシンッと香月姉さんの口に、春菜さんの平手打ちが飛んだ。
口を押さえてしゃがみこむ香月姉さん。
「いたた……、お前、そんなところが風香先輩によく似てるよな」
春菜さんが、顔を赤らめたまま聞き返す。
「え?」
香月姉さんは、苦笑いをしながら言った。
「だってさ、風香先輩も智に言えなかったじゃん。で、結局茜に取られて」
「わ、私は、告白ぐらいできるよ」
香月姉さんが、ニヤリと笑いながら言い返した。
「ほー、じゃあ今すぐやってもらおうか? どうせ、楓も告ったんだからさ」
「いじわる……」
うーっと顔を赤らめながら立ちすくしている春菜さんを置き去りにして、香月姉さんはメイルに言った。
「俺、香月花梨って言うんだ、よろしくな」
「はい、よろしくです」
メイルの頭をもみくちゃにしながら、香月姉さんは俺に言った。
「なぁ、どうせだから、夏休み取ろうぜ? うちもコーヒー豆、今日から数日卸さないことにしたんだ。だから、夏休み取れるぜ」
夏休みか……、三日ぐらいだったら姉さんも許してくれるだろう。
それに、メイルには休日なしに働かせているようなものだしな。
「よし、夏休みをとろう!」
メイルは満面の笑みを浮かべながら、喜んだ。
「やったー! 師匠、夏休みだー!」
こうして、俺たちの夏休みは始まった。
第三話:「さわやか夏風と育つ恋」
「おう、どうして海にしなかったんだ?」
香月のオヤジが、俺に不思議そうな顔をして聞いてきた。
俺は、そもそもなんで香月姉さん夫婦と一緒に出かけている……?
そんな疑問のほうが先にあるのだが、とりあえずまともに答えておいた。
「いや、海というと水着を買いに行かなくちゃいけないだろ?」
「そう、だな。たしかに、昨日の今日だもんな。しっかし、春菜さんの水着を」
ギュッとオヤジの耳を捻りあげる香月姉さん。
「なーに言ってんだ、うちの宿六は?」
「いてて、母ちゃんゴメン!」
さらにギュット捻りあげながら、香月姉さんが怒鳴った。
「母ちゃん言うな! 私が、50歳以上に見えるか? ん?」
「分かった、分かった。ごめん、花梨」
「分かればよろしい」
パッと耳を放してから、香月姉さんは微笑みながら言った。
「山にしたのは、やっぱりあれか?」
「はい、すみません。ちょっと心配だったもので」
香月姉さんは豪快に笑うと、酒をあおった。
まだ昼間だと言うのに、香月姉さんは酒を飲んでいる。
木漏れ日がさし、さわやかな風がそよぎ、ホトトギスの鳴く声がする。
もう初夏か……。
思えば季節なんて、思いつめていた頃の俺には無かった。
日があければ店を閉じ、昼間になればまた店をオープンする。
それだけの毎日、本当にそれだけでしかなかった。
ふんわりと漂う初夏の香り。
ぽかぽかとした森の中で、俺たちは今くつろいでいる。
「遊ぼう、楓君」
「ま、まぶしい……。
僕は輝きすぎている君を見つめることができない……。
君の笑顔は、まるで僕の真夏の太陽……。
僕の愛しい春菜」
パシン!
「余計なナレーションはいらん!」
香月姉さんはハリセンでたたかれた頭を抑えながら、ニシシと笑った。
春菜さんは一瞬ポカンとした後、くすくすと小さく笑い出した。
俺も思わずはははと笑い出してしまった。
メイルはフリスピーをいじりながら、わけが分からないといった顔をしていた。
「師匠、これどうやってやるの?」
オヤジさんは、自分の胸をたたいてから言った。
「おう、フリスビーなら俺が教えてやらぁ」
「すみません、オヤジさん」
「なーに、いいってことよ。それよりも」
ギロリ!
オヤジさんは一瞬肩を震わせてから、頭をぽりぽりかいてそのまま遊びに行ってしまった。
香月姉さんはまたニシシと笑うと、オヤジたちのところへ行ってしまった。
俺と春菜さんは、二人だけで取り残された。
「花梨、まるで高校生の頃の花梨みたい」
春菜さんは、微笑みながら言った。
春菜さんの話によると、前から香月姉さんはこんな感じだったらしい。
「ニシシ、春菜はうぶよのう」
「もう、どうしてそんなこと言うのよ! 花梨ってばー!」
数年前、そう風香先輩がまだ生きていた頃のことです。
みんなで、この山に遊びにきました。
花梨が「青春さようなら会」をやろうと言い出したからです。
私と花梨、礼那ちゃん、そして風香先輩。
四人だけの秘密のパーティーを開いたのでした。
風香先輩は弟の面倒を見てから来るということで、少し遅れてきました。
「ごめーん、待った?」
さわやかな笑顔で、風香先輩は荒い息を静めていました。
花梨はまたいじわるな笑いをしながら、風香先輩に言いました。
「ニシシ、先輩遅いよ。もう少し早ければ、春菜のうぶさがわかったのになぁ」
「え? 春菜さんが、うぶ?」
礼那ちゃんが、ボソッと私の急所をついてきました。
「茜に幸せになってもらえれば、それでいい……だそうです」
「れ、礼那ちゃん!」
風香先輩はふふふと笑うと、私の肩にポンッと手を置きながら言いました。
「いいじゃない。私だってそう思うよ。二人とも大切な友達だからね」
「そ、そうですよね。ほら、うぶじゃないでしょ?」
花梨はチッと舌うちをすると、はぁーと大きくため息をつきました。
「青春が過ぎさっちまうのか……。あーあ、永遠の十七歳でいたかったのにな」
礼那ちゃんは、あやしげな魔術書を取り出しながら言いました。
「……不老不死の薬、いりますか?」
「い、いや……。いらね。魂だけが永遠の十七歳だからいいのさ」
そう言うと花梨は、礼那ちゃんの髪の毛をもみくちゃにしました。
すると礼那ちゃんは、ふにゃふにゃと言って花梨にもたれかかりました。
「おうおう、礼那はかわいいのう。ニシシ」
それを見ながら、風香先輩はくすくすと笑っていました。
私の憧れであり、私の青春を飾った大事な人……風香先輩。
風香先輩の思い出は、いつまでも私の心から消えることは無いでしょう。
「……さん。春菜さん!」
俺が少し大きな声で呼ぶと、春菜さんは目を覚ました。
そして、照れ笑いをしながら言った。
「先輩の夢を見てたの。ここで皆で遊びにきたんだ」
「姉さんもここに来てたのか。ここ、いいところだもんね」
ここは学校の近くにある山で、多分学校帰りとかによっていたのだろう。
……ぴとっ
急に左手に春菜さんの手の温もりを感じた。
「あ、あの……」
俺の声で気がついたのか、春菜さんは顔をポーッと赤く火照らせながら右手を俺の左手から離した。
「え? あ、ご、ごめんなさい」
二人とも顔が赤くなってしまう。
こうして黙って向かいあっていると、余計恥ずかしくなる。
そう思った俺は、何かを言おうとした。
が、声が出ない。
先に話かけてくれたのは、春菜さんだった。
「あ、あの……、少しだけ手をにぎっても……いいですか?」
「う、うん」
ふわりと左手に添えられる春菜さんの右手。
……暖かいぬくもりが、左手から伝わってくる。
これが春菜さんのぬくもりか……。
今の俺は、昔の俺から笑われそうなやつになっていた。
姉さんではなく、春菜さんのぬくもり……。
春菜さんは、そっとささやいた。
「あの時、……私、嬉しかったの。私も……、楓君のこと」
春菜さんの声は、よりいっそう小さな声になった。
そして、タイミング悪くオヤジさんたちが帰ってきてしまった。
「宿六。変なこと言ったら、俺が許さないからね」
「い、いや、そんぐらい俺だって分かってるさ。ま、二十代前半の若さだしな。いいんじゃねえのか、それぐらい?」
「ふん……、宿六でも時にはいいこと言うんだね」
俺はそのいいこととやらを聞いて、余計に恥ずかしくなっている……。
そして、春菜さんも俺のとなりで顔を赤らめながら、黙り込んでしまった。
香月姉さんはオヤジに何かぼそぼそと言うと、オヤジを連れてメイルのもとへと帰っていった。
その後ろ姿を見ながら、春菜さんはもじもじとしていた。
俺はそんな春菜さんが見ていられなくなり、手を差し伸べた。
「一緒に皆と遊ぼう、春菜さん」
「はい、そうですね!」
その時の春菜さんの笑顔が、今日一番の笑顔だったと俺は思う。
こうして、俺たちの短き夏休みの一日が終わっていった。
第四話:「俺と店と平和への願いと」
「バーテン、聞いたわよー。デートに行ったんですってね、うらやましいわー」
ニューハーフプロレスラーは、俺に田舎の叔母さん口調で離しかけてきた。
俺は少し不思議に思い、聞いてみることにした。
「え? 君は、以前女性と恋愛はしないっていってなかったっけ?」
「あら、やだ。違うわよ。相手の方がうらやましいって言ったのよ」
そう言って、俺の肩にツッコミをいれてくる。
……正直言って、かなり痛いんだけど。
それに、こういう時どういったらいいのか分からない。
俺は、最近やってきた魔女っ娘ミルトにその場を任せることにした。
ミルトはメイルのお手伝いさんだとか言うことで、結構頼りにできる子だ。
メイルは金髪にかわいらしい童顔の少女なのだが、ミルトは青い髪の大人っぽい少女だった。
そして、魔法に関してもミルトの方がだんぜん成功率が高かった。
「ねぇ、いつものあれやってくれるかしら?」
「分かりました。少しお待ちを」
軽く会釈すると、ミルトは杖を持って呪文をかけた。
「ネルネルネルネル、ネルリンパ!」
ボウン! と雲が立ち込めてきて、その雲が消えるとそこには花が咲いていた。
青い花や緑の花、色とりどりの花たちが花瓶の中で咲き誇っている。
そして、花たちは楽しそうに唄を歌い始めた。
誰しもが雑談をやめ、その美しい歌声に聞きほれた。
そして、花たちが会釈をすると一斉に拍手が沸き起こった。
「ブラボーブラボー、今日の唄も良かったな」
「ああ、俺なんてこれと酒を楽しみに毎日来ているんだからな」
ミルトのおかげで、最近店は繁盛してきた。
以前はイスが少し空いていたのに対し、今では大混雑になっている。
常連さんたちは以前と変わらない風に楽しみ、新しいお客様たちはミルトの魔法を楽しんでいた。
だが、……
「メイル、入ってもいいかな?」
「はいです、師匠。ちょっと片付けるから、待っていてくださいです」
俺は少し待ってから、部屋の中に入った。
メイルは何かをせっせことやっていたらしく、毛糸があたりに散らばっていた。
そして、ふと本棚を見ると変な帯状の物があった。
「なんだい、これ?」
「あ、それは!」
勢いよく走り出し、毛糸に足を絡ませズテンと転んでしまうメイル。
「うー、痛いです……。と、とにかく、これを見ちゃいけないのです!」
メイルが帯状の物を隠しながら、俺のことをにらんでくる。
……、そんなに大事な物だったら机の何でも。
そうは思ったが、俺はゴメンなと言って廊下に出て行った。
「あ、春菜さん。メイルに用ですか?」
春菜さんは、すっかり秋物の服に衣替えをしていた。
カーキ色のセーターに厚手のGパン、それが春菜さんの黒髪に似合っていた。
「えーっと、これは内緒なんだそうです。ですから、いくら楓さんでも」
「そっか。ってことは、俺へのプレゼント?」
春菜さんは動揺したらしく、視線が泳ぎはじめた。
最近気づいたのだが、春菜さんは動揺すると視線が泳ぐ。
俺はそれを見て、図星だな、と思うようになった。
「えーと、えーと、とにかく内緒だそうです。では」
そう言って、春菜さんは部屋の中に入っていってしまった。
俺は口数の少ないミルトと二人だけでテレビを見ていた。
俺は最近あまりニュースを見なくなった。
というのも、世の中暗いニュースが多いからだ。
今見ているのは、ビデオに撮ったアニメ番組。
カエル星人と人間の一家が織り成すドタバタアニメだ。
この番組は、ミルトのお気に入りらしい。
「なぁ、ミルト。ジュース飲むか?」
「いただきます」
ジュースを飲んでいる時は、いったんミルトはテレビを消してしまう。
何でもながら族というのは、ミルトが受けた教育では禁止されているらしい。
俺は少し疑問に思ったことをミルトに聞いてみた。
「ちょっといいかな、聞いても?」
「はい。なんでしょう?」
「ミルトは、高貴な家柄の子なのかな?」
「いえ、違います。しかし、誇り高き血筋ではあります。かの英雄グランダークの孫ですから」
グランダーク、以前メイルに聞く所によるとメイルの国フランセスを守っている男だそうだ。
なんでも千年戦争という戦いがあって、グランダークはそこで「闇の賢人グランダーク」という異名で活躍したらしい。
とても忠誠心が強く、律儀で、強い。
そのため、多くの人がグランダークのことを尊敬しているのだそうだ。
「千年戦争って、人の年月に数えると五十年だろ?」
「はい、ちょうど五十年になります。長い戦いでした」
「だろうなぁ」
戦争、多くの人が命を落としたに違いない。
俺は、なんとも言えない気分になった。
コーヒーの香りで心を慰めていると、ミルトは会釈をした後またテレビを見始めた。
ドカーン!ボカボカ!軍曹さーん!
テレビの音がなんだか騒がしく思うようになり、俺はベッドで少し眠ることにした。
戦争の英雄、そう呼ばれる人々の多くは他人の命を吸って名をはせてきた人々だ。
平和になっても、人は他人の命を奪い去ることがある。
はたして、人が人の命を奪うことのない時代はくるのだろうか?
多分俺たちの世代では、実現できないことだろう。
だけど、少しずつ少しずつ人が人を愛せるようになっていけば、道は開いていくと思う。
俺はこの店で、人に愛を与えたい。
そして、お客様がまた誰かを愛してほしいと思っている。
俺はそう願いながら、深い眠りへと入っていった。
前半最終話:「成長したね、楓」
ふんわりと風がそよぎ、楓の髪をさらさらと流していく。
楓は最近寝言で私の名前を呼ばなくなった。
「ふにゃふにゃ、……春菜さん……」
なんだかちょっと寂しい気もするけど、でも私はそれでいいんだと思う。
人の気持ちは、止まったままではいけないから。
そして、人の気持ちはつねに動くのが当然だから。
ありがとう、メイルちゃん。
ありがとう、春菜。
ありがとう、花梨。
そして、ありがとう、皆さん。
私は楓の成長を見届けることができました。
また秋の風が、ふんわりと窓から入ってくる。
私はそっと窓のそばに立った。
赤く染まった紅葉たちが、風にふわふわと漂っている。
その風を感じながら、私はそろそろかな、と思った。
そろそろ私がこの店からいなくなっても、大丈夫だよね。
幼かった頃の楓、私がいなくなった時の楓、そして今の楓。
思い出してみると、今の楓が一番カッコいいと思う。
この短い期間で、メイルちゃんたちによって大きく変わったと思う。
店の雰囲気もより明るくなってきた。
お客さんたちの笑顔が、前よりも一層増えてきた。
私はそろそろ旅立とうと思う。
秋の風に乗って、遠い彼方へ……。
さようなら、そしてありがとう、楓……。
2004/12/16(Thu)22:11:34 公開 /
金森弥太郎
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