『Chat−』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:沙夢                

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入室するならエンターキーを、
やめるのならスペースキーを押してください




Chat−




これは、命懸けのチャットです
入ったら最後、出てくることは出来ないかもしれません
チャット内で死ぬ可能性も秘めております
苦情や責任は、こちらでは一切受け付けておりません

チャットを退室するには、荒らしを止めなくてはなりません
詳しい説明は、後ほど担当者から聞くことが出来ます
なお、チャット内であなたが死んでしまった場合、こちらでは何の対処も致しません

もう一度言います
これは命懸けのチャットです
入ったら最後、出てこれない可能性もあります
こちらでは、責任も苦情も受け付けておりません

入室するならエンターキーを、
やめるのならスペースキーを押してください

エンターキーを押された場合、セーブ不可能型アライブチャットシステムが作動いたします
スペースキーを押された場合、六秒後にこのウィンドウをこちらで閉じさせていただきます



少年は苦笑いした。
誰が運んできたのか、クラスで流れている噂。

―アドレスを全て消し、ゼロを五回入力し、そのまま“チャット”と検索すると現れる、真っ白なウィンドウ…
 反転すると、左下に小さく“入室”というボタンがあり、それをクリックすると…
 死のチャットへの入り口が現れる

どうせガセネタだ、本当に死ぬはずは無い。
よくあることじゃないか、これを見たら死ぬ、とか、呪われる、とか…
コレもその一つに過ぎない。
少年はそう思っていた。
ただ、他のモノとは違う、妙な生々しさを感じながら。

少年はエンターキーを押した。



第一話・担当少女




夢の中で、突然景色が変わったり、別の場所に居たりすることがある。
それはもう、“いつの間にか”と言うより他に無い。
それに近かった。
少年は、白い壁に直線がカクカクと引いてある、不思議な場所にいた。
何も無い。
ただ、五秒に一度くらいの感覚で、直線の上を真っ直ぐに、白い光が通っていく。
壁を叩いても、音がしない。
声も出ない。
と、突然、妙な感覚が少年に迫った。
嵐の前の静けさを、少し柔らかくしたような感じの、決して嫌ではない感じだった。
直線を通る光のスピードは、どんどん速くなっている。
同時に、その不思議な感覚も、はっきりと感じ取れるほどになっていった。

そして、不意に。
本当に不意に。
音も、なんの息遣いも無く、少年の前に現れたものがあった。
不思議な模様の入った黒い服を着た、見た目は少年と同い年ほどの、髪の長い少女。
そして、少女が現れた途端、この場所に音が現れた。
「あ…」
声が出る。
一歩前に足を出すと、トン、という音も出た。
少年は、目の前の少女を見た。
どことなく不思議な感じのこの少女は、クラスの女子とは違う、どこかミステリアスな雰囲気を放っていた。
彼女はふっと優しく微笑むと、一歩前に出て、優雅に一礼した。
少年は何がなんだかわからず、ただ少女を見ていた。
彼女は後ろに下がると、口を開いた。
「…チャットルームへようこそ…」
大人しそうな、それでいてどこか凛とした響きを持つ、彼女にピッタリの不思議な感覚の声だった。
「只今、3822名が入室しております…」
「え、そんなに?」
少年は思わず声を上げた。
「チャットでしょう?何でそんなに人が集まるんですか?」
少女は優しい微笑を少し消し、憂鬱そうな表情になった。
「このチャットルームへ入り、出られなくなった者達…そして、このチャットルームに住み着いてしまった者達も、大勢いますので…」
少女はそこまで言うと、また優しく微笑み、少年に話しかけた。
「…お名前とお歳を、教えていただけますでしょうか?」
「え、あ…僕は耀。歳は15」
「では耀様、私はあなたの担当者に命じられました、ルナ・オルゴールと申します」
少女はもう一度一礼すると、チャットの説明をし始めた。
「このチャットでは、たくさんの人物と会話し、情報を交換することが出来ます。ただ、荒らしと遭遇してしまった場合、耀様の身の危険度が少々高まりますのでご注意ください。
 このチャットで死人が出る理由は、荒らしにあります。彼らの攻撃を受ければ、大抵の人間は死んでしまいます。ただ、荒らしを一人でも追い払えれば、退室可能となります。
 荒らしは殺しても構いません」
「え?」
耀は驚き、思わず声を上げた。
ルナはお構いなしに、その優しげな声で話を続けた。
「なお、自分自身が死亡してしまった場合、担当者である私自身も何の責任も受け付けません…。説明を終わりますが、ご質問はございますでしょうか…?」
「…いろいろあるけど…現実世界では、僕は今どうなってるんですか?」
耀は、一歩ルナに近づき、焦ったような声で聞いた。
「入室したのは魂だけです。…私の仲間の一人が、現実世界のあなたを操作していますので、何も心配はございません。
 ただ、チャット内であなたが死亡された場合、現実世界の肉体も息絶えます」
「仲間…って?」
「私のように、永久的にチャット内にいる者のことを、簡単にDTと呼びます。DTはこのチャットの支配人であり、警備員です。
 合わせて7人おります。私は入室説明者、仲間達はそれぞれ警備者、トラブル処理者、設定変更者、入退室登録者、現実操作者…。
 最後の一人は、私達でもわからないのです…」
ルナは、どことなく悲しげに俯いた。
耀はその様子をじっと見ていたが、不意に声を上げた。
「でも、そのDTの人が現実の僕を操作してても、現実の僕のことなんて分からないんじゃないんですか?僕の性格とか…」
「それはございません」
ルナは優しい声で、それでいてきっぱりと言い放った。
「あなたが入室したその瞬間から、あなたのことは全て察知できますので…」
彼女の微笑みにつられて、耀も苦笑いした。
「質問が無ければ、チャットを開始いたします」
「…うん…どうぞ」
命懸けのチャットだというのに、何故か恐怖も疑問も無くなった。
頭の中が真っ白で、あまり思考が廻らないのだ。
「では、開始いたします…」

音はしなかった。
ただまた、いつの間にか、別の場所に来ていた。
丸いテーブルを囲んで、何人かが座っていた。
それらの人々は全て黒いマントを羽織っており、顔もまともに見えない。
暗い部屋に、暗い雰囲気の漂う、通常の人間では馴染むことの出来ないところだった。
耀は知らぬ間に、それに近づいていた。
「よう、初心者だな」
「気を付けなさい、荒らしより怖いものは、他にある」
「DTの奴ら、イカれてるぜ…こんなチャットを支配できるなんて」
「まだ14,5歳位の、少年少女の集まりだっていうのにね…」
「覚えときな新人、荒らしよりも死よりも、もっと気をつけなきゃいけないのは、DTの奴等さ」
「奴等に心を開いてはいけない。私達みたいになるから…」
一瞬にして、彼らはマントを取った。
「…っ!?」
耀は後ろに飛びのいた。
彼らの身体の半分は、赤黒く輝いていた。
「身体を蝕まれるのよ、荒らしに…」
「通常なら一瞬で死ねるのに…。DTの奴等、狂ってるぜ…!」


「どうですかイツキ、耀様の操作は」
黒い壁にカクカクと直線が引いてあった。
五秒に一度くらいのペースで、直線の上を紫の光が、真っ直ぐに通っていく。
そこには一人の、薄い茶の髪の少年が、無数のパソコンと向き合っていた。
「あ、ルナ。うん、順調だよ。こいつは頭はいいけど、案外単純だから、操作は簡単だよ」
「…そうですか。…チャットルームの入り口の者達、まだ処理していないようです」
「う〜ん、その仕事は確か、トラブル処理者だよね?またサボってるのかな…」
「あの方も意外としっかり者ですし、一段落ついてから処理を行うつもりなのでしょうか…」
「ま、いいんじゃない?あいつらがどんなに荒らしを憎んだって、報復なんて在り得ないしね」
「そうでしょうか…」
ルナは溜息を吐くと、その部屋からスッと出て、独り言を呟いた。
「憎まれているのは寧ろ、私達のような気もしますが…」

ルナが出て行ったあと、現実操作者のイツキは、大きく息を吸い込んだ。
そして息を吐き出すと共に、小さく呟いた。
「ルナの勘、100%だからなぁ…」
苦笑いとは思えない、にこやかな微笑を浮かべ、彼はパソコンのキーボードを打っていた。


何かが蠢いた。
どこか知らない、闇の中で。
闇は青い炎の前に立ち、感情の篭らない声を出した。
「…要するに…俺はそんな小さな生き物ではないということだ…」





第二話・クラスメイト




チャットルーム。
パソコンを通じ、雑談などをして楽しむもの。
チャットルーム。
生きるか死ぬか、自分では決められないもの。
そんなチャットルームに、遊ぶ半分で入った少年、耀。
彼が辿り着いた、丸いテーブルを囲んで座る、呪われた者達の間。
「デジタルの世界なのよ、ここは」
「もう行きなさい、新人さん」
「DTに近づいたら、呪われるから気をつけな」
「無事を祈るわ、生きて現実にお帰り」
「死よりも恐ろしいものは、DTを信じること」
「さあ、行きなさい」
円を囲むようにして座っていた、DTに呪われし者達は、マントを羽織った。
「もう会うことはない。行ってきなさい」
男の言葉と共に、耀は息つく間もなく、また違う場所に飛ばされた。

―何なんだ?一体…
 この“世界”は、デジタルの領域を超えてるんじゃないだろうか…

そんな、現実では考えないようなことを考えながら、耀は周りを見回した。
街だった。
人もたくさんいる。賑やかな町だった。
しかし、何かが違う。
耀には、何か現実と違う感覚があった。
しかし、それ以前に…
色がモノクロなのだ。
空が白い。
曇り空とは違う、本当に何も無い、ただの“白”。
そして、建物は皆灰色。
濃い灰色、薄い灰色、鼠色など、濃さは様々だったが…
地面は、黒に程近い灰色をしていた。
耀は歩くことも無く、ただそこに立って、周りを見回していた。
―デジタルの世界だから、色が無いのか?
そんなことを考えながら溜息を吐くと、何故かその時になって、急に込み上げてくるものがあった。
怖くなった。
ここは生死を問わない、機械的な世界。
危機が迫っても、死へのカウントダウンが始まっても…
誰一人、助けてはくれないのだ。
周りには、見ず知らずの人々。
中には、集団で行動している者もいる。
なのに、自分は一人ぼっちなのだ。
いつ死ぬか分からない世界に、今自分は立っている。
普通のチャットじゃない。
こんな冷たい世界じゃ、仲間も友達も作れない。
賑やかなこの街も、冷たい機械の中なんだ。
恐怖が込み上げてきた。
もう 戻れ ない ?

「…耀?」
冷たいものが走っていた自分の背中に、何者かの視線を感じた。
冷たくは無い。
だが…こんな世界では、油断は微塵も出来ない。
耀は意を決して、ふっと振り返った。
するとそこに立っていたのは、思いがけない人物だった。
「…だ、大介…!?」
背が高く、黒髪を短く切っている少年は、耀の顔見知りだった。
同じクラスで、中学になって初めて知り合った、崎野大介。
バスケットボール部所属で、常に好成績を挙げている。
クラスの中であまり活発な動きをしない耀とは、あまり話さない人物だった。
「お、やっぱお前か!何でこんなトコ居るんだよ?」
ここは結構シビアなところだぜ、と、大介は陽気に言ってのけた。
「いや、なんかクラスで噂が立ってたからさ、このチャットの。だから遊び半分で」
耀は大介との接触に心底驚きながら、ぎこちなく訳を言った。
「って、大介こそなんでいるのさ!?」
ガラに合わず大きな声を出してしまった耀は、慌てて口を閉じた。
大介は爽やかに笑って、自分より少し背の低い耀の肩に、手をポンと置いた。
「遊び半分、お前と一緒だな。あと、ちょっと最近暇でさ、もし噂がホントならな〜って思ってやってみたんだけど…キツイかもな」
苦笑いをして、耀の方に置いた手をポンポンと動かした。
そのとき、大介はふと、何かを思い出したように言った。
「ん、そうだお前、担当者誰になった?」
スポーツ少年特有の、慣れない爽やか笑顔で急にそんなことを聞かれ、耀は少し慌てて少女の名を思い出す。
「えっと…あれ、なんだっけ。…オルゴールがどうのこうのっていう、髪の長い女子だったんだけど…」
「オルゴール!?何だそりゃ、変わった名前だな…」
大介がふぅん、と鼻を鳴らした途端、二人の背後から、よく透る声が聞こえた。
「ルナ・オルゴールやろ」
「は?」
大介が拍子の抜けた声を上げ、耀が振り返ると、そこには黒い生地で、不思議な模様の描かれた服を着た、自分達と同い年ほどの、元気そうな少年が立っていた。
その服の模様を見ながら、耀はふと思った。
―…どこかで見たことある…
「よ、わいはゼロっちゅうねん」
片腕を上げて、よろしくな、と明るく言い放つ少年には、どこか違う雰囲気が漂っていた。
「DT…」
耀は無意識に、声に出していた。
そう、少年…ゼロが放っていた雰囲気は、前にルナに感じたものとそっくりだったのだ。
そして服の模様も生地の色も、ルナのものは女用だったが、それでもどこか似ていた。
ゼロは驚いたように目を見開いて耀をまじまじと見た。
「お前…なんでわかったんや?」
「……服と雰囲気…」
ありのままを、ありのまま伝える耀に、ゼロは大声で笑った。
「ははは!!素直っちゅうか正直っちゅうか…クソ真面目って感じやなぁコイツ!」
内心うるさいと感じながらも、耀と大介はあえて黙っていた。
「…ここはな、わいの街なんや。わいは設定変更を担当しとるDTなんやけど…色とか細かい設定とかあると、大変なんや。で、一番手っ取り早くする方法を思いついたんや。分かるか?」
二人は無言で首を振った。
いや、受け流すので精一杯だったのだ。
「モノクロにするんや。モノクロっちゅうのは簡単でな、一度染めたらあとは自動なんやで。面倒くさがりのわいには、一番これが良かったんや。まぁ、そのおかげでこの街も、寂しい雰囲気になったけどなぁ」
耀は心底溜息をつき、大介は表情から嫌気がさしているのが読み取れる。
ゼロは黙っている二人に気付いたのか、二人の肩にトンと手を置くと、元気に言った。
「ま、楽しんでくれや、お客はん。わい、はよ戻らんと、ロムに叱られるからな、んじゃ!」
ゼロはそのままトンと片足でジャンプすると、空中でふっと消えた。
空気が風に混じって溶けたように。
「何がしたかったんだろう…」
耀が呟くように言うと、大介は溜息混じりに言った。
「さぁな。ただ…うるさいだけだったな」
大介は伸びをすると、また笑顔に戻り、
「さ、これからは二人で行動しようぜ!」
と、耀に肩を持ちかけて走り出した。
「…ちょっと…!」
耀も陸上部に所属していた為、大介の足について行くことは容易だったが、少し呆れ気味に思った。
―さっきのDTと大介って、似てると思うけど…


「…ゼロ、貴様また余計なお喋りを…」
「いいやないかロム、性格悪いなぁ、覗き見なんて」
「俺は警備者だ。お前の行動以前に、このチャットルームの者共全員の動きが分かる」
「そうですか。ほなわいはあの街に戻るからな、警備ご苦労さん」
「…」
暗かったが、ランプの明かりだけが妙に眩しかった。
ゼロが部屋から出た時、景色がぼやけて見えたほどに。
「あいつも性格良くないからなぁ、気を付けんと…」
そう言いながらも、ゼロの口元は微笑んでいた。



その頃、耀と大介を着ける影が、一つあった。
少し小柄で、走っていく二人を追いかけている、黒い影。
しかし追いかける影自身に疲れている様子は無く、寧ろ余裕のようだった。





第三話・死神の宴




「やられましたね…。まさかDTをも殺すとは」
呆れた様子で呟く少女の前には、赤黒い液体に身を浸した、大き目の肉塊があった。
鼻を突く生臭さが、その状況をより引き立てていた。
「やっぱ、こういうときはあたしに責任があんの?」
高く髪を二つに結い上げた、丈の短い黒服の少女が、いかにも面倒くさそうに言った。
「それは無いやろ。ただ、処理はお前に任せられるんとちゃう?」
長身で陽気そうな少年が、明るく言葉を返す。
それをちらりと見た一人の少年が、一歩前に出、堂々と言った。
「奴等は遂にDTをも殺した。奴等をなめていては、被害が大きくなるだけだ。それなりの対処を考えようと思う」
少年は横に居た、自分より背の低い、中性的な顔立ちの少年に小声で聞いた。
「イツキ、シャンはこれから、仕事の予定は入っていたか?」
「ううん、平気。あいつは入退室登録者だから、登録以外何の仕事も無いよ」
返された言葉に少年は頷き、どこか優しげな色を瞳に浮かべ、今度は髪の長い、この中で最も神秘的な雰囲気を持つ少女を見つめた。
「ルナ。説明者と登録者、両方受け持つことは出来るか」
小声で、少女に尋ねる。
「…命ぜられるのなら」
少女は口元に微かな微笑を浮かべ、答えた。
少女にとって、彼の命は大切なものの一つであるのだろう。
少年はまたしても頷き、今度は全員に聞こえるよう、はきはきと声を上げた。
「よし、シャンの仕事はルナが継ぐ。それぞれ自分の配置に戻り、作業を続けてくれ。…何かあったら、すぐに信号に連絡を入れろ」
少年が言い終わった時、その場に人影は無く、ただ、赤黒い液体だけが地面にべっとりと付いていた。


現実世界――
空は青く、澄みきって美しかった。
大都会の裏側、銀のビルもあまり建っていない、出来損ないの都会のような場所に、学校がある。
どこにでもある、普通の中学校だ。
受験を控えた三年生は、毎朝予鈴よりも早く教室に行き、黙々と勉強している。
暢気に遅刻寸前で教室に入る生徒も居るが、それもクラスメイトの三割程度だ。
そんな中に、彼らは居た。
「耀、急がないと遅刻するよ」
息を切らして少年の前を通り過ぎていく、一人の少女。
小柄だが精神は強く、外面は大人しいが意外と明るい性格。
耀のクラスメイトであり、一年生の知り合ったときからの仲良しであった。
「あ、うん。…ちょっと待った…。チャイム鳴ってるよ!」
「え!?」
出来損ないの都会でも、車や電車は通るのだ。
騒音や雑音に混じって、僅かに学校の鐘の音が聞こえた。
「水姫、早く!」
「うっさいな、あたしは耀よりも足遅いのっ!」
ぜえぜえと肩で息をしながら、間に合わなかった校門の前で一休みをしていると…
「こら、八積!音羽!お前達遅刻だぞ、なにのろのろしてるんだ!」
担任の教師に叱られたりする。

「うんっ、我ながら上出来上出来!」
無数のパソコンを目の前にして、微笑んでいる少年。
彼の目の前のパソコンには、少女と共に叱られる、一人の少年の姿があった。
「動かしやすいなぁ、こういう単純バカな奴…!あはははっ」
笑い方は無邪気だったが、やっていることは氷以上に冷たかった。
魂など入っていない、ただの抜け殻を、まるで意志があるかのように動かす…それは、難しいことではないのだ。


「てゆうかさ、冷たいよな、ここ」
「え?」
全てがモノクロの街の一角で、大介が不意に話し出した。
「だってよ、チャットだぜ?話しかければ名前なんてすぐ分かるだろ」
「でも、ここは生死を賭けたチャットだろ?大介、怖くないの?」
大介はむっとしたように耀を見ると、白い空を見ながら話し出した。
「怖くないって言ったら、嘘になるだろ。…ま、ほかのチャットと違うのは、相手の表情も分かることと…生死がかかってるってことだけだろ?」
「そうかもしんないけどさ」
耀は不思議そうに大介の話を聞いていたが、ふいっと顔を背けた。
―こんな気楽に生きていけるなんて
―自分じゃ、とても追いつけない…
はぁ、と息を吐いたとき、耀は周囲の様子を何気なく見た。
その時だった。
異変に気が付いのは。
人々が…街からどんどん逃げていく。

耀と大介を見つめる黒い影が、真っ赤に輝いた。

耀は、自分の背後からの熱い風に気が付いた。
振り返った時…深紅に輝きながら蠢く、小柄な人間ほどの影があった。
耀は息つく間もなく、反射的に大介の手を取り、なるべく人のいない方向へと、全速力で走った。
「お!?おい…耀!?」
大介は驚いて、普段よりも高い声を出し、耀に呼びかけた。
「どうしたんだよ!?なんなんだよ!」
「…後ろっ…」
微かに聞こえた耀の声に反応し、大介が後ろを振り返る。
その瞬間、赤い光が二人の真横をしゃっと通っていった。
「……!?」
耀も大介も、目を見張った。
赤い光が通った部分だけ赤黒く変色し、嗅いだことも無いほどの臭いが鼻をついた。
廃棄に溢れたような臭いとアンモニアを混ぜたような、不思議でいて鼻にくる、嫌な臭いだった。
そして二人は、反射的に理解した。

―あの赤い光に触れれば、死ぬ

グッ、という音がして、また光が攻撃を始めた。
見ると、周りでも何体かの光が、人々を攻撃している。
―怖い…
耀は背筋に、冷たい、嫌な感じを覚えた。
大介も同じように、汗だくになりながら走っている。
光が今にも発射されそうなこの場合…
―手を離さなきゃ、二人ともやられる…!
耀は頭の隅で考え、ぱっと大介の手を離した。
こんな状況でも頭が働くのは、耀の長所だろう。
途端に二人は反射的に、別々の方向へと、猛スピードで駆け出した。
しかし、光の速さとではまるで比べ物にならない。
足元を狙われ、バランスを崩した二人は、ドッと倒れた。
『シュィィイイィイィィ……!』
奇妙な音声を発し、影を纏っていた深紅の光が飛び散った。
じゅおっと音がし、一瞬で、街が崩れていく。
光に触り、赤黒く変色した建物は、まるで豆腐のように、ぼろぼろと崩れていくのだ。
…周りには、既にたくさんの肉塊が転がっていた。
どれも真っ黒で、腕や足などは既に原型を留めていない。
こんな時でも、空だけは白いのだ。
―…モノクロっちゅうのは、一度染めたらあとは自動なんやで…―
ついさっきのゼロの言葉が、耀の脳裏を横切った。
深紅の光の影が、こちらを向くのが分かる。
『シュォォ…ォォン…』
不思議な音を立てながら、赤い光を飛び散らせながら。
『シャァァァァ!!!』
大きな音を発し、途端に赤い光がボトボトと飛び散る。
そして、光はモノクロを浸食していく。
「耀、走れ!」
遠くで、甲高い大介の叫びが聞こえた。
―僕はここで死ぬのか?
―怖い
―怖い
―怖いっ…!
赤い光が、耀にも飛び散る。
「うわ…っ!」
間一髪で転がって避けた耀は、反射的に判断する。
―次は、避けられない…
『シャァァァァ!』
光が大きく膨らむ。
…このままでは、今度は大介のところにまで飛び散ってしまう。
しかし、今自分は動けない。
恐怖 に 支配されて いる から
耀は目を開いていた。
それなのに、何も見えなくなりそうだった。
―死ぬ
それが、手に取るように分かった。
『シャァァゥッ!!』
―飛び散る…
耀も大介も、全て分かった。
心臓が一度だけ、大きく大きく跳ねた。

『…ォォ…ォォォン…』
目に映るのは…白い空、無くなった街、崩れかけた肉塊、そして…
深紅の光を片手で振り払った、一人の少女。

心臓が、大きく跳ねたとき。
まさに、そのときだった。
「邪魔です。お退きなさい」
そう言って、埃を振り払うかのように、片手でフッ、と光を掃った、何かがあった。
『…ォォ…ォォォン…』
深紅の光は見る間に黒い影に戻り、そして空気のように、ふっと消えた。
光を掃った張本人である、黒い服を纏った、グレーの長い髪を持つ少女は、まず大介に、それから耀に手を差し伸べ、立たせてやった。
「荒らしはDTを殺しましたから、各自、たった一度だけ、最新の担当者を荒らしから守ることにしたのです」
他人事のように、少女はさらりと言う。
「えっと、ルナ…さん?」
耀が言うと少女は頷き、微笑んで一礼した。
「耀様、紹介致します。…トラブル処理を担当しているDT、ティン」
するといつの間に居たのか、ルナの後ろに、髪を二つに高く結い上げた、活発そうな少女。
「始めまして、ティン・Jよ。よろしくねっ耀君!…それと、大介君久しぶり〜!」
両手をいっぱいに振って、ティンは大介に呼びかける。
大介は途端に笑顔になり、片手で彼女に挨拶を返すと、耀に説明する。
「ま、分かったと思うけど、俺の担当者」
「さっきはルナちゃんばっかり活躍しちゃって、あたしの出番全然無かったから、せめて挨拶だけでもしてこうとおもってねっ!」
「あ、そっか。最近調子どう?」
大介とティンは、すっかりお喋りムードに入ってしまった。
―こんな、崩れた街で…
心底、耀は溜息をついた。
呆れているのかほっとしているのか、自分でも分からない。
ルナはそんな耀の気持ちが分かったのか、その二人を尻目に、耀に近づいた。
「というわけなんです」
「どういうわけっスか」
自分がした思いがけない突っ込みに、耀は思わず「え?」と自分に疑問符を浮かべ、ルナは目を丸くした。
「あはははっ!耀君、ルナちゃん実はおとぼけだから、突っ込んであげてね!」
いつの間に見ていたのか、ティンが楽しそうに言う。
「そうだな、お前らなら漫才コンビ目指せるんじゃん?」
「コレを切欠に付き合っちゃえば?」
「ははっ、それ最高!」
大介とティンは、また笑いながらお喋りを始めてしまった。
「ごめんなさい耀様…。ティンは決して悪い子ではないのですが…」
ルナは呆れると、苦笑いしながら、すまなそうに耀に一礼した。
「え?い、いいって。それと…「様」付けとか止めていいよ」
「…?そうですか?」
少しぎこちなかった耀の物言いに、頭上に疑問符を浮かべながらも、ルナはあえてにこやかに言った。
「では耀。私達はもう帰りますので…。…次は、助けには行けません。責任は持たないという、しきたりですので…」
「…そっか…ありがとう。…ルナさん、もし荒らしに遭遇した時は、どうすればいいの?」
何気ない耀の問で、ルナの表情に影が差した。
「…運を怨むのです」
「運?」
「そう、運。…それと、私のことも呼び捨てで結構です」
「そう。…運かぁ」
―そうです耀、それしか道は無い…
―遭遇して助かるなんて、ありえないのだから…

―これは悪魔で勘ですが、私達以外の普通の人間は、このチャットからは脱出できない気がするのです…

ルナの勘は、どういうわけか、生まれたときから百発百中だった。
それは、自分では無意識であり、他人に言われても信じることは無い。
ただ、彼女の勘は、100%なのだ。
「…耀、DTになりませんか…?」
「えっ?」
その場に居る全員が、耳を疑った。
―僕が、DT…?
―っていうか、この女子、なに言い出すんだ?
「ルナちゃん…?」
「いや、DTって」
「荒らしに遭遇しても、力があれば死にませんし、このチャットを管理できますっ」
ルナには珍しい、焦ったような早口だった。
ティンも大介も、眼を丸くしてルナを見つめている。
耀はいまいち状況を掴めないまま、まず訳も分からず焦っているルナをどうにかしようと聞いてみる。
「え…っと、どうしたらなれるの?」
その答えは、すぐに出た。
「魂の前に肉体を滅ぼせば、DTになれるのです…!」
「あっは!そらエエ考えやわ!」
突然、陽気で澄んだ声が響いた。
「ほれティン、お前ここの処理しときや」
話し方でも分かるように、ゼロがそこに立っていた。
ティンはやる気のなさそうな表情をすると、転がっている肉塊に手を翳した。
ばふっという音がして、ソレは塵と化す。
「面倒くさいっ」
「頑張りや。…ルナ、お前のさっきの話、聞かせてもろうたで」
ティンの言葉をさらりと流し、ゼロはルナと向き合った。
陽気な笑みと優しい微笑みが、向かい合っている。
それは彼らがDTであるからであろうか。
とても不思議な光景だった。
「お前、耀っちゅうんか?どうや、DTになるか?」
突然話を振られ、耀は思わず間の抜けた声が出そうになった。
「え、あっと、いや…でも」
「無理強いは致しません」
先程とは打って変わって、ルナはいつもの冷静さを取り戻した声を発する。
ゼロは明るく笑い、ルナは優しく微笑み、ティンは面倒そうに作業し、大介は呆気に取られている。
「ま、考えとき」
いつまでも答えを出さない耀を見かねたのか、ゼロはまた明るく言うと、片手を上げて挨拶し、ふっと消えてしまった。
「何かありましたら、呼んでくださいね」
「よし!仕事終わり〜」
ルナは笑顔で一礼し、ティンは「ばいばい」といって手を振り、ゼロと同様に消えていった。

大介は、ぽかんとしている。
―DTになれば、生きられる。
―でも、肉体が、現実世界で…死ぬ。
―DTにならなければ、チャットで死ぬ。
死ぬのは嫌だ。
死にたくない。
怖い。
恐い。

「…大介…俺」

自分がDTになれば、大介を見殺しにしてしまう。
でも、自分も死んでしまう。
死ぬのは嫌だ。
裏切るのも嫌だ。
どちらも、怖い。
でも、

――無理強いは致しません――

「ごめん、大介…俺」





「耀、耀!ここの問題どうやるの?」
「また分かんないのかよ、いい加減自分で考えな、水姫」
「あたし数学嫌いだもん」
「だから、ここはエックスを…」

カタカタと、キーボードを叩く音が響く。
現実を操作するのは、簡単だ。
「ごめんね水姫ちゃん、その子は、本物の耀君じゃないんだよ」
無邪気な微笑と共に、イツキはまたキーボードを叩く。

冷たいデジタル。

現実世界も…全てが現実とは、限らない。








続く。

2005/02/27(Sun)12:57:41 公開 / 沙夢
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■作者からのメッセージ
ものすっごく遅れて、第三話です。
覚えてる方、いらっしゃるでしょうか;;
とにかく、第三話で伝えたいのは、現実の中にも現実ではないものが、案外近くにいるかもしれないってことです(わかんないな;)
では。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。