『機械人形は鎮魂歌として夜に唄う(読みきり)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ささら                

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機械人形は鎮魂歌として夜に唄う



 ――夜によって、闇は駸駸として生まれ、深深として空を被り、月光と共に大地を浸している――

 月光は黒く聳え立つ尖塔のような崖の上に、一人の少女を映し出していた。
 ――銀色の髪。
 躯は小鹿のように小さく無垢な様子で、しかし、しなやかであるが故に微かなる妖艶さを持ち、それを覆い、際立たせるように純白の薄いドレスが足下まで延びている。その色の薄い白い顔は精悍なほどに整えられていて、その瞳は清々しい健なる蒼い色を佇んでいる。
 ――少女はただ聖々しかった。
 黒天より空気を轢いて吹きすさぶ風に、少女の月に映える透き通った銀色の髪は、時に優しく、時に荒々しく撫で付けられて乱揺し、水面に雫を滴らせるように波立っている。その波を抑えるように、白く小さな少女の右手は銀髪へと添えられていた。
 解き放たれた、夜という名の時間。暗闇という自由の中での幽閉。
 その黒い檻の中で、
 ――少女は唄っていた。
 夜闇の中の唯独りの舞台。
 その旋律は、巻き込むように風を含み、蒼く、しかし白白とし、伸びて、ただ伸びて、まるで邪な物追い上げるように天に向かって響いている。それは愛を詠っているようにも聞こえ、生を愛しむようにも聞こえ、しかし聖なる物を憎んでいるようにも聞こえた。
 歌を唄いながら、少女は体の奥底から震えるような感情が沸きあがるのを感じていた。それは全身を妬けるような熱気と、凍えるような悪寒で包み込む感情。
 ――侵犯という名の快楽。
 少女は、静静――清清――とする夜を犯す自分に酔いしれていた。
 少女はよく分からない。
 ――自分がどんな歌を唄っているのか。
 ――自分が何故、唄いながら黒く聳え立つ尖塔のような崖の上で何かを求めるように天に向かって仰いでいるのか。
 無意識の衝動。組み込まれたプログラム。
 その理由を少女自身は分かってはいない。
 しかし、それらを考える事は、少女にとって天に輝く星の数を数える事と同義に虚しく、馬の頭と鹿の肢体を繋げるぐらいに、偶像で、滑稽な事だった。
 我が歌は、ただに余韻嫋嫋とし、なおも春風駘蕩であるのみと。
 唄うことこそが少女の全て、少女の唯一の悦びであり、そして生そのものだった。


 少女が長き歌を唄い終わったとき、場は再び静寂となり、闇に溶け込んで無味の空間に戻った。しかし、間も空かぬうちに叩音による乾いた音が静寂を割り、それは、一人の青年が発した物だった。
「美しい歌だったよ、ピュラ」
 ――少女と同じ銀色の髪
 しかし、少女とは比べようもない逞しい体躯に、燃えるような紅い瞳を持っている。
 少女は、蒼い瞳で青年の銀色を捉え、表情を微塵も崩さず、
「……ありがとう、デウカリオン」
 一言つぶやいた。
「そして、君は何を歌っていたんだい?」
 青年は暗い声でつぶやき、攻めるような、しかし憐れむような視線を少女に向ける。
 少女は、視線を一身に受け止めて、しかし何も語らない。
 そして、暫くの空白の後、
「分からない……でも、唄うと気持ちがいいから」
 少女の唇が微かに動いた。
「羨ましいな。私は快感と呼ばれる感覚を、感じた事がないから」
 青年は自嘲し、そして天を仰いだ。
「私に何か御用ですか?」
 少女は青年に問う。
 青年は少し考えるように間をおいた後、
「私は、宇宙(そら)に行こうと思うんだ」
 そう天に向かって呟いた。
 星を見つめながら、青年の瞳は朧であった。
 少女の蒼い瞳は、青年の声に反応して少し揺れた。
「何故?」
 少女は尋ねる。
「……もう千年経った。そして、待ち続けるのは、もう十分だ、もう無駄な事だということを私は理解してしまった。だから……」
 青年は、天より視線を下ろし、その瞳を少女に向けた。
「君を迎えに来たんだ、ピュラ。私と共に、行かないか」
 少女の顔には何も表れず、
「私たちの名前は、生の終わりと始まりを示すもの、次なる段階へと命を繋ぐようにと。そして、その使命は主足りえる旅人を待ち、出迎える事。彼らが乗っている宇宙船は『地球号』と」
「しかし、それは恐らく――いや、もう叶わないよ」
 青年は苦しそうに首を振り、そして膝を落とした。
「何故そう思うの?」
 少女は、抑揚のない声で、なおも起伏のない表情で青年に尋ねる。
「何故、だって? 私は千年も待ったのだよ? これ以上私に待てというのか?」
 青年は声を荒げ、その両の手を少女の肩に食い込ませた。しかし、すぐに離し、
「こういう時、涙を流す事が出来ないのはひどく歯がゆいな……」
 悲しげに呟く。
「聞かせてくれ、君は宇宙(そら)に行く気はあるかい? そして、僕達だけで新たな歴史を作る意思が」
 少女は夜空を見上げた。流れ星が一筋少女の視線の先を東に向かって流れていく。少女はそれを見送って、
「……ありません」
 静かに呟いた。
「そう……か…」
 青年は残念そうに、しかしこの反応を予想していたように、肩を落とす。
 少女はその青年の様子を、伺うように覗きながら、
「それでは、貴方はガイアを本当に発つつもりなのですね?」
「ああ、今すぐに。そして、君はおそらく行かないであろう事は分かっていた」
 青年は頷く。
「考え直してはいただけませんか?」
 少女の声には少し力が籠っていた。
 その声に青年は小さな声で、
「出来ない。もう私の心はガイアを離れてしまったから。そして、私の心は宇宙(そら)へと向いてしまったから」
 と呟いた。
 そして、少女に背を向けようとして、思い出したように振り返り、
「君は、性交は出来るのかい?」
 青年がそう呟いた瞳は純真で穢れがなかった。
 少女は青年の瞳を自分の瞳と重ねて、
「いえ、私はそのように作られてはいませんから」
 呟いた。青年は微笑んで、
「私もだ。何故だろうな……」
 少女は微笑まず、
「何故でしょうね」
 呟く。
「最後に一度、お前と交わってみたかった」
「……交わることは、気持ちいいのでしょうか」
「きっと、気持ちいいさ」
 少女は視線を地に落とし、
「ならば私もしてみたかった」
 微かな声で呟いた。
 暫く、場を再び静寂が支配した。
 少女と青年は動かない。
 ――銀色の髪が二人茫々と立ち尽くす。

「最後に、握手をしてくれませんか?」
 ふと、少女の声が静寂を崩した。青年は訝しげに少し眉をひそめて、
「握手を? 別れの握手かい?」
「ええ、そう。貴方と私の永遠の別れの」
 少女は呟く。
「……そうか」
 青年は手を少女に向かって差し出した。
「さようなら、私が愛したガイアよ。そして、その美しき姫君よ」
「ええ、さようなら」
 少女の顔に、微かな笑みが浮かんでいた事に青年は気づかなかった。

 青年が立ち去ろうとしたとき、
 ――ギ、ギギギ、ギギ、ギギギギギ、ギギギ、ギギギギギ――
 突然夜の静寂を無機質な摩擦音が支配した。それは、何か錆付いたものを 擦るようなものであり、骨を削るような音でもあった。
 それが自分の体から発せられた音であるということを青年が理解するのは まったく時間がかからなかった。そして自分の体は青い炎に包まれている事も。
「な、何だ!?」
 青年の声は震えていた。
「ピュ…ラ、まさ…か、君……が!?」
 青年の視線は少女の踊るような青い瞳を捉えた。
 少女の顔には青年と話し始めて初めての微かな笑みが浮かんでいた。
 ――ギ、ギギギギギ、ギギギ、ギギギギ、ギギギギギギ、ギギギ――
 醜音はなおも響き渡る。
「な…ぜ…なん……だ……ピュ……ラ……」
 青い炎を通して、青年は、恐ろしい獣を見ているような愕然とした表情で 少女を見つめる。
「貴方は自分ひとりでは宇宙(そら)になど行けはしないのよ。だから私が送ってあげたの」
 少女はその顔に純真なる無垢な笑みを浮かべて、幼き無邪気な声で呟いた。
「そ……ん…な…わ…た…し…は…消…え……た…くな…い・・・キ…エ…タ……ク…ナ…………イ…ヨ……キ…エ……タ…ク……」
 やがて青年の声は途絶え、そこには、ただ青い柱のみが天に向かって伸びていた。
「ああ、綺麗」
 少女は恍惚とした表情で呟いた。
「さようなら。宇宙(そら)が恋しい愚かな裏切り者の機械人形よ」
 地面から赤土を拾い上げ手向けとして青い炎の中に投げ入れる。
 そして、青い炎を愛しく抱き込むように腕を回し、
「私は待ち続ける。たとえ独りになろうとも、千年だろうと、万年だろうと、きっと母なる人は私の元へ来てくれるもの……」
 燃え上がる青い光の柱を見つめながら、少女の姿をした機械人形は鎮魂歌として夜に唄った。




 ――これは千年前から続く物語。喜劇とも呼べる苦笑の談。

     
  ――人と呼ばれた、永き繁栄を誇った一族の終焉の話――

 ガイア――地球が、幾度もの戦乱によって荒廃し、ついに、その永き命を終えようとした頃。地球に生き残った数少ない生存者達は、一度、放射能によって汚染された地球を洗浄する事を決意した。腐った空気を、科学の力によって破壊し、分解し、洗浄する。そして、その任務を与えられたのが二人のアンドロイド。
 
          ピュラとデウカリオン


  ――貴方達に、私達の最後の、いえ、最初の夢を託します。


 生存者達の思いを託された二人のアンドロイド、その容姿は、少女と青年の形をしていた。

  ――はい、主、私達にお任せください。母なるガイアは私達が必ず……。

  ――僕達二人がいれば、簡単ですよ。

  ――だから、必ず帰ってきてください。ずっと待ってますから……。

  ――うん、約束する、子供達よ。我々は必ず母なるガイアに帰ってくると……。

 その大規模な洗浄に際し、生存者達は、二人のアンドロイド達を残して、地球号と称された宇宙船に乗って宇宙(そら)へと旅立っていった。いつか美しく戻ったガイアへと戻ってくるために。


 ――それから数百年の時が流れた。

 二人のアンドロイドは長き苦道の果て、ガイアをついに洗浄し終えた。あとは、生存者達をただ待ち続けるだけであった。

 そして二人は待った、『地球号』を何年も何十年も、何百年も待ち続けた。時には、永遠とも感じられた時の流れの中で、数百の春を迎え、数百の夏を送り、数百の秋に気づき、数百の冬に耐えた。

 ――しかし、

         宇宙船は未だに戻らない。

 
 それは、あまりにあっけない最後だった。宇宙船の中で、残り少ない僅かな食料を巡り内紛が起こり、同士討ちという愚かな結末で人類は滅んだのである。非常に自分勝手な人間らしい愚かな最後と言えるだろう。

 その時、人類は宇宙(そら)の中で静かに滅んだのだ。ひたすらに待ち続ける少女と青年を残して。

 人類の最後の遺産。自らが生きていた事を示す存在であるピュラ。

 それは、科学者――生存者――が気まぐれで組み込んだプログラム。自分達が死んだ瞬間をスイッチとし、自動で発動するプログラム。

――少女の鎮魂歌は人類への唯一つの弔い。

 しかし少女は何も知らない。自分が何故歌を唄ってしまうのか。そして、自分がどんな歌を唄っているか。分からないまま、しかし少女は唄い続ける。これからも、その体が時という年輪によって動かなくなるまで。
 ただひたすらに、鎮魂歌――レクイエム――を唄い続ける。

 これほどの滑稽な話があるだろうか。少女自身のプログラムが人類の死を認めているのに、少女自身は主である人類帰ってくることを信じ、待ち続ける。人類の魂を慰める鎮魂歌を唄いながら……。


 ――自らが滅ぶまで、地球より黒き夜の宇宙(そら)に向けて――


2004/11/26(Fri)17:53:46 公開 / ささら
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■作者からのメッセージ
読んでいただいてありがとうございます。
ええ、本当に久しぶりです。ささらです。受験勉強が忙しく、暫く来れなかったのですが、今日一日だけパソコンを解禁(勝手に)して書きました。デウカリオンとピュラはギリシャ神話において、ゼウスによって滅ぼされた人間の中で生き残った最後の二人です。それを元に、未来の物語を書いみました。相変わらず陳腐ですが、御意見、御感想下されば嬉しいです。それでは。
追伸、灰色関係の話は、保留。なんだかもの凄く長くなってしまったので。(苦笑)
修正しました。
え〜気が変わって、鎮魂歌云々を追加記載する事にしました。(感想欄に書くのもなんだかなぁ、と思いましたので)すみません。そして、よろしくお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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