『傍弱無人』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:もろQ                

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「あ、おはよう」
 その朝も私の頭は真っ白だった。ただ眠たいだけなのか、とも思った。おはよう、と味気ない返事をして、その子を追い抜いた。

 窓には灰色の雲を裂いた、青い空が見えている。一番隅に座る私は、雲の裂けていく様をぼうっと見ていた。
 空を飛んでみたい、と何度思ったことか。あの遠く広い空を一度でいいから飛んでみたい。それは、最高の自由だと信じて疑わなかった。今なら、あの雲と雲の間を突き抜けて、その向こうに見えるまぶしい太陽に手を差し伸べよう。私はその経路を、ゆっくりと目で追った。
 この世のすべてが邪魔だった。この教室も、先生も、友達も、窮屈な制服、首にしかと巻き付くリボン、そしてもしかしたらこの命自身も、全てが私の自由を妨害した。欲しいのは自由のみだった。翼を持ち、爽快に天を駆けるような自由。
 終業のベルが鳴って、私は席を立った。

 「………ここは……」
「死の世界だ」男の声がした。
「死の世界? どうして? あなたはだれ?」
「お前が望んだんだ。俺はお前に呼ばれてきた」声は近付いている。しかしその姿は未だ、暗い部屋の色に溶け込んでいる。
「私はあなたを呼んでいないわ。死の世界? 死ぬの? どうして私は死んでいるの?」
「お前が望んだんだ」
「望んでいない! 私は死にたいなんて、一度も望んでいないわ!」怒鳴り声は部屋中に響いた。
「ならお前は、他に何を望んだ?」

 そう、私は自由を望んだ。空を飛びたいと思った。私は学校の屋上に上り、天を仰いだ。そして次の瞬間は、硬いアスファルトの上に体を寝かせているだけだった。

 「嫌よ! やめて、私は死にたくない! 死にたくないわ! ただ、違う。自由を望んだだけ! 死にたいなんて思ってない! いや、いや! 死にたくない! 死にたくない!!」
「………そうか、それほど言うなら強制などしない。しかしお前の体は既に死んでいる。それは変えられない事実だ。それでも構わないか?」 
「いいわ、それでいいから早くここから出して! お願い!」
「……わかった。それではお前を死の世界から出し、地上世界へ戻す」
 次の瞬間、暗い部屋はゆっくり渦を巻いて、私の視界からどんどん遠ざかった。墜ちている。私はどこかから墜ちていく感じを覚えた。

 その時、ぬっと男の影が現れた。男は何かをつぶやいた。私はゆっくりと墜ちていく間に、その声を聴き取った。
「ああ、人間の勝手なことよ」

 目を開けると、私は大勢の人に囲まれていた。大声で泣きじゃくる人、悲しげな顔をする人、彼らの頭の影から太陽が照りつけた。白く暖かい、差すような太陽の光。私はまぶしくて、右手で目を覆おうとした。しかし、腕の感覚はなかった。
 私は目をつぶりながら思った。体は既に死んでいる。それでもなぜか、またあの空を飛んでみたい、と心から願っていた。

 人間は、弱いと思った。

2004/11/22(Mon)00:15:39 公開 / もろQ
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個人的には結構短く、かつしっかりとまとまりました。
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