『決壊―幻は時計の愚心―』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:夢名未来                

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  決壊―幻は時計の愚心―

プロローグ*記憶

 1.最期

 私はもう振り返らないよ。
 過去をもう振り返らない。
 私はそう決めた。
 今は、目の前に現れた未来≠ニいう路(みち)を歩んでいくよ。
 過去と向き合える強さを手に入れる日まで―――
 
 ねぇ、フィラン。
 いいえ、フィラーネリス。
 あなたはなぜ、私を恐れるの?
 私とあなたとは、一つになりうる存在なのに。
 そう、声が囁いた。美しいけれど無表情な声が。
 少女の貌(かお)に怯えが走る。
 だが、その瞳は決意を秘めた、まっすぐな瞳だった。
 嘘をつけない蒼(あお)い瞳。
 少女は口を開いた。
 「私は何かに縛られるのはもう嫌なの。それに、そんなのは間違っている。あなたはいるべき場所にいるべきなのだ
 から。」
 彼女はそう言い放った。
 けれど、あなたは愚かだから、きっと、私ととけあい≠するでしょうね。
 そう、少女の心の声は囁いていた。
 少女は、自分の甘さと愚かさをよく知っていたから。
 もちろん、相手をどのくらい想っているかも。
 「あなたは過去なのよ。そして、ここにいる私は未来。時は一所に留まる事を許されない。こうしている間にも時
 の軸は私達からずれて行く。それでもこのままでいいと思っているの?」
 少女の瞳に怒りと焦りの色が浮かぶ。
 「私はあなたを信じてここまでやってきた。それもこれで終わりよ。その事をわかっているの?クィル・・・・クィル
 フィナン!!」
 少女はその幼さの残る貌に怒りの色を露にした。
 幽(かす)かな、姿のない声は哀しそうに応える。
 それでも、私はあなたが必要なの。
 と。
 その言葉は少女の核心に触れた。
 「ふざけるんじゃないわよ、馬鹿ァッッッ!!私は・・・あなたのために今まで生きてきたわけじゃないのよ!!」
 少女は怒鳴った。
 だが、少女は心のどこかで想い続けてきたのかも知れない。
 彼女ととけあう≠アとを。
 それが後に後悔する事だと知っていても。
 彼女と一つになる事を、何よりも体が求めていた。

 それでも、少女は、彼女が好きだったから。
 だから、永遠の刻(とき)を止めてまで、過ちを冒して欲しくなかったから・・・・
 
 「クィル・・まだあなたはそこにいるの?」
 少女は呼びかける。
 そして、瞳を伏せ、呟く。
 ――ごめんなさい・・・
 と。
 あなたに間違った事をして欲しくないから、と。その言葉にはそんな響きが隠されていた。
 「ええ。私はいつまでもここであなたを待ち続けるわ。フィラン・・・」
 「クィル・・・大好きよ。だけど・・・私は行く訳にはいかないの・・・」
 ごめんなさい、そう、少女は再び呟く。
 「いいの。あなたはきっとそうすると想っていたから。フィラン、あなたは私と違って間違った事はできないと、わ
 かっていたから。
 でも・・・とけあい≠ヘ私に与えられた最期の試練。だから・・」
 クィルは哀しそうな瞳を見せた。
 けれど、その口元は自嘲の笑みを浮かべていて。

 でも、あなたは清らかな水の心を持っているから。
 あなたは清らかな風の心を持っているから。
 だから、あなたは間違いを冒す事ができない・・・
 それがあなたの最大の長所で欠点。
 私はいつかあなたのようになりたいよ・・・フィラン――
 そんな思いが走馬灯の様にクィルの脳裏を駆け巡った。

 クィルは淋しい微笑を浮かべた。
 そう・・・例えるなら、傷ついた女神の様だった。
 「フィラン・・・・」
 その言葉は呪いだった。
 永久に響く呪いのコトバ・・・・
 それは真の呪いか祝福か。
 
 クィルは涙を流しながらも微笑んでいた。
 フィラン。
 そう、祈るように呟きながら―――

 彼女の口をついて出た言葉は、永遠の刻へと響いていった。
 それは彼女が少女――フィランを想ったゆえのことだった。

 2.幽かな想い

 少女――フィランは、日に日に体の中に不思議な欲求が溜まっていくのを感じていた。
 それはふとした時に感じる感覚。
 時にはそれを感じる事が切なくなる事さえある。
 それは、今に始まった事ではなかったが。
 ずっと、小さな子供の時から感じていた。
 ずっと、ずっと小さな時から。

 いつも記憶の片隅にある誰かの言葉。
 私はいつかあなたのようになりたいよ・・・フィラン――
 あれは一体誰の言葉なのだろう。
 それは、永遠に知る事はないだろう。きっと。
 けれど、フィランには時が来たらどこかへ行かなくてはならない、そんな気がしていた。
 未だ訪れた事のない未知の地へ。
 
 ここは豊かな翠(みどり)の地<激Nシラフィアス。
 この国、クテリアリアス帝国≠ニ隣接するロクシルア王国の国境となっている山々に埋もれる様にしてある街だ。
 この街の異称となっている豊かな翠の地≠ヘ、この街を嘲る意味でもあり、慈しむ意味でもあるだろう。
 
 この街、レクシラフィアスは深く豊かな森を囲むようにしてある街だ。
 フィランは、その森の中を彷徨っていた。
 全く日の光があたらない緑一色の世界を。
 森って不思議。
 フィランはいつもそう想う。
 森は、まさに神秘の世界だ。
 こんな森になら、畏(おそ)ろしきモノ£Bが住んでいてもおかしくはないだろう。
 天空より訪れしモノ£B、そして、彼の地から訪れし穢れた妖(あやかし)達・・・・
 
 フィランは森の中を彷徨ううちに空気の流れが変わったのを感じた。
 物凄い聖気を感じる。
 「・・・・・?!」
 もしかしたら畏ろしいモノ£Bが近くにいるのかもしれない。
 (この聖気は・・・)
 この聖気はどこかで感じた事がある。
 フィランはそう思った。
 (でも、いつ、どこで・・・?)
 まさしく自問自答だ。
 (とにかく、このままじゃ私が彼の世≠ノ惹かれてしまう。早くこの森を出なきゃ・・・)
 だが、ここは森のどこだかわからない。
 (そうだ・・空気の流れを感じればいい・・)
 フィランは生まれつき、空気の流れを読むのに長(た)けていた。
 フィランは、空気の流れを感じようと、精神を集中させた。
 (だめだわ、空気の流れがわからない。)
 この物凄い聖気のせいか、空気の流れが感じ取れなかった。どうしても。

 「・・・フィラン?」
 木々の葉があたる、渇いた音を立てて人影が現れた。
 若い男のようだ。
 「ディスラード、なの?」
 フィランは彼に歩み寄った。
 「ディスラード、なぜ、こんな所に?」
 フィランは彼に訊く。
 「お前のお守(も)りをしろと、長(おさ)に頼まれたからだよ。・・・ったく、お前にも困ったもんだ。〗
 と、ディスラードは不敵な笑みを浮かべた。
 「私はいい年して、もうお守りなんて必要ないわよ!!」
 フィランは赤くなって憤慨した。
 「なんてのは、嘘だけどな♪」
 「あぁぁぁぁぁぁっっッッ!!!!!!!!騙したわねぇぇぇぇっっっ!!!!」
 「引っ掛かる方が悪いんじゃん?」
 「あ〜もう!マジでムカつく!!」
 フィランはキレた。
 「私帰る!!」
 「一人で帰れんの?」
 ディラードの声が背後から問う。
 「それはその・・・・・・・」
 そう、フィランが口ごもると、ディスラードは勝ち誇った様に言う。
 「だろ?しょうがねぇから一緒に帰ってやるよ。」
 (あ〜あ、またコイツに借りをつくっちゃった。)
 フィランはディスラードに従って森を抜けていった。

 「フィラン、一つ聞きたいんだけど。」
 「何?」
 「お前・・・・いつまでそうやって生きてゆくつもりだ。いつまで、刺客(しかく)という事をやって生きて行くつもりだ・・・?」
 フィランの表情が凍りついた。

 フィランの職業は刺客。
 だが、ただの刺客ではない。
 この街、レクシラフィアスの長、専属の刺客なのだ。
 レクシラフィアスの長・グルデラスの命にしたがって人を襲う。
 それがフィランの使命。
 街と街との諍いが起こるたびにフィランはグルデラスに遣わされる。
 
 そもそも、なぜ、刺客として生きて行く事になったのだろう、とフィランは思う。
 どうせ、フィランの能力を買っての事に違いないだろう。
 自分の空気の流れを読む能力、時読(じどく)術≠。
 フィランは人とは嫌なものだとつくづく思う。
 力を求め、闘いに溺れる自己中心的な生物・・・・・
 だが、そう言う自分も、人≠ネのだ。
 つくづく自分が嫌になる。
 
 「フィラン、どうなんだ?!」
 「私には・・・今の私にはそうするしか道はないと思う。」
 フィランはぼそぼそと呟いた。
 聞き取れない位低い声で。
 ディスラードの瞳に厳しい光が宿る。
 「それでいいのか?」
 「・・・・・・・」
 「フィラン・・・!」
 「・・・・さよなら。」
 フィランは踵を返すと街の夜闇へと溶け込んで行ってしまった。

 そして、それをディスラードは呆然と見つめていた。
 今のまるで遺言のような言葉。
 それは一体何を示すのだろう。
 今の彼には見当もつかなかった。

 (私は・・・何処かへ往きたいだけ・・・・)




 第一章*決別

 1.風

 フィランは美しい星空を見つめた。
 (なんで、私はあんなふうに生きられないのだろう)
 と思って。
 ただ純粋に輝いて生きる、それはとても難しい事。
 非常に簡単なことであって、また、非常に、人にとっては難しい。
 人は弱く、卑劣な生き物だから。
 だけど、強く、優しいのも人。
 それでも人という生物は・・・・

 フィランはディスラードと分かれた後、街を出てしまった。
 今は、街に何ていたくない。
 そう思ったから。
 自分の全てなど、もう考えたくなかった。

 「・・・・・このまま、いっそのこと、そこか遠くへ行ってしまいたいな。自分の存在さえ忘れてしまえるような場所へと―――」
 そのためなら全てを捨ててもいい。そう思えた。
 心からの願いだった。自分と関わる全てのものと離れたかった。
 一筋の風が吹いた。
 その風は彼女の背に流した金髪を乱していった。
 
 風はいつも吹くけれど。
 星はいつだって輝くけれど。
 水はいつだって流れゆくものだけど。
 それはいつだって、ただの自然の法則に過ぎなかった。
 だから、風は単なる御伽噺のように、奇跡なんて起こさない。
 全ては思っているほど甘くはないのだから。
 
 だからこそ、自分は変わりたい。
 変えてみせるよ、きっと。
 きっと、ね。
 そう、フィランは願った。

 フィランは不思議な感覚に包まれた。
 (何?!)
 自分の感覚がない。
 どんどん、自分の指先、自分の爪先から感覚が消えていく。
 世界が回る。
 全ての視界と、全ての音と切り離されてゆく。
 フィランの身のうちから光が溢れ、また、風が吹いた。

 そして、フィランのいた場所には、何も残りはしなかった。
 彼女がいた痕跡さえも。
 一瞬の後にフィランがいた証拠というものは消え失せていた。

 再び、静寂が訪れた。


 2.召喚されし者と呪い

 フィランは気がつくと知らないところにいた。
 光だけの空間だった。
 輝かんばかりの光だけの空間。
 「一体ここはどこよ――」
 恐ろしいくらいに澄んだ光の空間だった。
 (いくら、ああは想ったとは言え、ああは言ったとはいえど、誰もこんな所に期待なんて言ってないわよ――?!)
 フィランは芯が強い。
 気丈さもここまでくれば、ただの後先を怖れない無鉄砲な人間とも言えるだろう。
 職業の割には無鉄砲すぎる。

 「私はあなたを召喚させて貰いました。」
 見知らぬ声がした。
 男とも女とも知れぬ、高くも低くもない声。
 フィランは辺りを見回す。
 「何ッ?!あんた何者?!
 ・・・つーか、勝手に人に断りも無しに召喚すんな、ボケェっ!」
 と、一気にまくしあげた。
 まあ、こんなろくでもない召喚に付き合わされたあとでは、わからなくもないような気もするが。
 「あなた、フィラーネリスですね。」
 見知らぬ声は、どこか、威厳を感じさせた。
 「はぁ?フィラーネリスぅ?それ誰さ?私はただのフィラン。それ以上でもそれ以下でもないの!
 ホントに大体あんた誰さ?さきから声ばっか。まず、人と話するときは姿くらい見せなさいよ!」
 「ふふ。さすがは我が分身。
 いいでしょう。あなたの言葉に応じましょう。」
 声の主は紅い光と共に姿を現した。
 「ふふふ・・・。フィラーネリスよ、これでよろしくて?」
 黒髪黒瞳(め)の女だ。いかにも、気高い雰囲気がにじみ出ている。
 「だから、私はフィラーネリスとか言う名前じゃないってさっきから言ってるでしょ!私はフィラン、なの!!」
 「それならば、フィラン。わたくしは、クィルフィナン。」
 「クィル・・ふぃな・・・ん?」
 舌が回らない。
 というより、言いづらい名前だ。
 「クィルフィナン、だ。」
 クィルフィナンが訂正する。 
 「クィルフィナン?」
 「そうだ。」
 「なら、クィルフィナン。なぜ、私を召喚したの?」
 「お前を必要としていたからだ。」
 クィルフィナンは素っ気無く答えた。
だが、素早く、
「では、簡潔に話そう、フィランよ。」
 と、話題を変えるかのように本題へ入った。
 「フィラン、とけあい≠フ儀の時が近づいた。私は、お前の過去の姿だ。
 つまりは前世。そういうことだ。
 私達二人は今、を歪ませている。」
 「時を歪ませるなんて・・・そんな危険な事・・・」

 時を歪ませると言う行為。
 時は決して一所に留まる事無く流れている。
 それは、まるで流れる水のように。
 時はこの世界さえ支えて過ぎてゆく。
 だから、違う時にある者同士が、無理に時空を歪ませると、それはかなり危険な事なのである。
 世界が滅びかねない。それほど危険な事なのだ。
 そして・・・・

 とけあい=B
 それは、この世界の伝統となる儀式だ。
 ある二人の同じ心を持つものが一つになるための儀式。
 一つになる――それはすなわち、その二人のうち一人の命の時が終わり、もう一人の体に二人の魂が共存する事を表す。

 それは本当に命懸けの儀式で、年々この世界の人口は減っていっている。
 
 「だけど、なぜ、あなたと私がとけあい≠・・・・?」
 「私の更に前世ロファス≠ェ最大の禁忌を冒したゆえだ。」
 「あなたの前世?」
 フィランは聞き返す。
 「左様。お前、フィランの前世の前世と言う事になるな。」
 「え・・・・ええっっっっ―――――?!」
 フィランは自分の前世の事でありながら、猛烈に腹が立った。
 もちろん、自分に腹を立てても仕方がない事なのだが。
 (あー、もう前世だのなんだのってまどろっこしい上にメチャむかつく!!)
 「これは一種の呪いゆえ、仕方のない事であろう。」
 「でもでもぉ・・・」
 自分の事だと知ると余計に腹が立つ。
 「そなたに頼みたい事がある。
 我らのとけあいの儀のために、八種の神器を揃えて欲しい。」
 クィルフィナンが真顔で言った。
 「え?!神器を?!しかも八種全部ぅ?!神器なんて私には入手不可だよぉ。
 無茶言わないでよ、過去の私クィルフィナン≠チっっ!!」
 「それでは、頼んだぞ。」
 クィルフィナンは平然とした顔で、今度は蒼い光と共に消えてしまった。
 「ちょっと待ってよぉ、クィルフィナン!!」
 フィランは叫んだが、その声は虚しくその空間に響くだけだった。

 ふと、足元の光が弱くなった。
 (え?!)
 どんどんフィランの回りの光が弱くなっていく。
 (なんかめちゃヤバ?!)

 やがて辺りには闇が満ちた。



 3.堕闇

 フィランはからだがフッと軽くなるのを感じた。
 (え?!)
 フィランは堕ちていっている事に気がついた。
 「いやぁぁぁっっっ―――!!まだ死にたくないのっっっ!!」
 フィランは堕ちながらも必死でもがいた。
 よく、堕ちながらそんな事ができるものだ。
 「ちょっとぉっっっ!!!!!クィルフィナン!!クィル!」
 フィランは叫んだ。
 だが、その声は虚しく闇の中を木霊するだけだった。
 フィランはそのままなす術もなくそのまま闇の中を堕ちていった。

 そして、永遠に時が過ぎたかと思われた頃、フィランはいきなり光の中へと墜落した。
 背を打ち付け、息ができない。
 フィランはそのまま気を失った。

 それから、しばらくしてフィランは気がついた。
 「ここはどこ―――?」
 知らないところにいた。
 そこは、ただ、さわさわと草の波が揺れる、草原。
 さわさわと揺れる草々と果てしなく続く蒼い空の他には何もない。
 「痛たたたた・・」
 フィランは立ち上がった。
 背中がまだ痛い。
 フィランは果てしなく続く蒼い空を見つめた。
 澄んだ、蒼い空を。
 「ここどこよ。こんな所にいたんじゃ神器もくそもないわよ。」
 クィルフィナンめ、とフィランは悪態をついた。
 だが、それは自分に悪態をついているとも言えなくはないだろう。
 「クィルフィナン!!」
 フィランが遂に怒鳴った。
 だが、その声はむなしく虚空に響き渡る。

 ふと見ると、草原にきらりと光るものが落ちていた。
 フィランが拾い上げたそれは、
 「鍵――?」
 それは古めかしい錆びた青銅の鍵だった。
 だが、再び悪態に戻る。
 「て、この際、鍵なんてどうでもいいわよ!
 ・・・ま、別に、この際だろうが、あの際だろうが、どの際だろうが、凶暴なサイだろうが、どんなサイだろうが構わないけどね。
 、、、て凶暴なサイは困るかも。
 じゃ、なーくーてー!
 クィルフィナンめぇぇっっっ!!」
 と、どうでもいいような事を言いつつも、再び怒鳴った。
 すると、フィランの頭上で、
 「フィランよ、わたくしを何ゆえ、召喚す?」
 そんな、不機嫌な声が響いた。
 「クィル!!」
 クィルフィナンがいたのだ。
 クィルフィナンは名前を略され、余計に不機嫌になった。
 「ここはどこなのよ!?」
 フィランが訊く。
 「ここはロファスの創りし世界だ。」
 「え・・えええっっっ?!つまりはパラレルワールドって事?」
 「左様。フィラン、もう二度とわたくしを召喚するではない。」
 そう、クィルフィナンは言い捨てて消えてしまった。
 淡く蒼い光だけを残して。
 
 4.開かれた扉
 「クィル・・・フィナン・・・・」
 さっきのクィルフィナンは心なしか、怒っているように見えた。
 何かが違ったのだ。
 大きく違うのが雰囲気。
 もともと彼女は冷たく刺々しいところがあるが、それでいて、気高さ、そして人を魅了す優雅さがあった。
 けれど、さっきの彼女はただ刺々しいだけだったのだ。
 フィランは溜め息をつく。
 「ったく、私の前世だか何だか知らないけど、クィルフィナンの奴よくも偉そうに言ってくれるじゃないの?
 それに、ロファスもロファスよ。」
 と、言いたい放題言い捨てると、フィランはある可能性に気付いた。
 「て・・・・これって夢かも?!あ、そっか〜☆私ってあったまいい〜」
 どこがだよ?
 「で夢ってどうやったら覚めるんだっけ???ん〜と、麻薬でも吸うんだっけ?それとも人殺すんだっけ?う〜ん、どうだったかなぁ・・・・」
 もちろん、普通は全部違う。空を飛んでいたアホウドリの鳴き声が虚しく響き渡った。
 「アホォーアホォー。お前アホー☆」
 「アホで悪かったわね!!」
 と、ムキになってフィランも怒鳴り返す。こっちの方が虚しい。
 
 一通り怒鳴ったあと。
 「ったく、疲れたー。ていうか、これ、夢じゃないわけね。こんなにやっても目ぇ覚めないし。」
 疲れるのも無理はない。けれど・・
 「もう、面倒臭いし早いところ神器とやらでも集めるとするか。そんなもんちょちょいのちょいで集まるだろうし。」
 と、フィランは大見得をはった。
 「で、こんな人っ子一人いないところなんかに神器なんてあるのかなぁ。あ、さっきウザいアホウドリはいたけどさ。」
 もう、夜も更けてきている。
 ぐぅぅぅ・・・と、フィランのお腹が切なく響いた。
 「くそぉ。さっきのアホウドリ捕獲しておけばよかったぁ。そしたら例え生肉でも食えたのに〜」
 それはそれで危ないような気もする。フィランは、しばしアホウドリの鮮血の滴る生肉に喰らいつくところを想像して楽しんだ。
 「あ〜あ、腹ペコって切ない・・・」
 一気に現実に戻る。
 そういえば、とフィランは懐を探った。
 そして、出てきたのは古びた青銅の鍵。
 ここに飛ばされてからすぐに拾ったものだ。
 「この鍵何なんだろう・・・・なに、私とクィルフィナンとロファスに関係あるものなのかなぁ・・・・」
 と、夜空に向かって呟いた。
 (それにしても、何で、クィルフィナンは私をあの名前で呼んだんだろう・・・・)
 そう、その言葉は。
 「フィラーネリス」
 さぁっと、ベールがかかるように蒼い霧がかかった。
 「な・・何?!」
 
 そうして、一夜が明けた。
 霧もまだうっすらと残っている。
 そして、その霧の向こうに見えたのは。
 古びた扉。鍵と同じ青銅の。
 フィランは辺りに鋭い視線を当てる。
 これは、刺客としてのもともとの習性と言えるだろう。
 フィランは扉の鍵穴にそっと鍵を差し込んだ。
 ためらうようにゆっくりと鍵を回した。
 カチャリ、と音を立てて扉が開いた。
 そして、白く眩しい閃光に包まれた。

 「フィラーネリス」
 それは聖なる言葉。
 その言葉の持つ意味は・・・
 聖なる光の女神=B

 今、女神の訪れし世界への扉は、開いた。

 
 第二章*伝説

 1.銀の疾風(はやて)

 風が吹いた。
 「痛たたた・・・・・」
 フィランはあれから墜落したのだ。
 それで、見事にしりもちをついた。
 「何でもいいけど、どうやら人のいるところに出られたようね。」
 ここは大分、レクシラフィアスとは違う雰囲気を持っていた。
 「でも、ここどこよ?レクシラフィアスじゃないし、かといって、クテリアリアスやロクシルアの何処かでもなさそうだし。」 
 などと、呟いていると、フィランは体をいきなり、馬に蹄で蹴られた。
 綺麗な黒い馬だった。
 「ったく、痛いッ!
 本当に、今日はあと何回くらい災難に遭わなきゃいけないんだろ。」
 少し先で、馬が止まった。そして、その馬に乗っていた少年が馬から降りこちらに歩み寄ってくる。
 「すみません。大丈夫でしたか。」
 その少年は綺麗な肩まである長い銀髪をうなじで雑に束ね、その不思議な紅い瞳を心配そうに曇らせた。
 フィランと同じくらいの年の少年だ。
 「だ・・大丈夫です。」
 少年はフィランの古傷を見、顔をしかめる。
 「でも、傷が・・・・。ちゃんと手当てしないと傷が膿んできて大変な事に・・・」
 「大丈夫よ。それに、これは、今、あなたの馬に蹴られた傷じゃないもの。」
 「でも、せめて消毒だけでも・・・・。家に行けばいい薬があるし、ばあちゃんは薬草師だし。」
 少年はどうやら引く気はないらしい。そう、フィランは悟った。
 「わかったわ。じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
 フィランは仕方無しにそう言った。
 「俺はスアークル。よろしく。で、あなたは・・・?」
 と、少年――スアークルは簡単に自己紹介をし、フィランの名を聞く。

 (この少年・・・・信用できるの?)
 フィランは、刺客として、疑う事は習性となっていた。
 フィランは訝しげにスアークルを見つめる。
 (でも・・・・これじゃあ、何が何だかわからないわ。だから、もう、今は彼を信じる事にしましょう。)
 フィランは腹を決めた。
 「私はフィラン。16歳よ。」
 「ふぅん。俺の一つ下なのか。」
 スアークルはしげしげとフィランを見る。
 「なぁ、フィラン。馬、乗れるか?」
 「運、一応乗れるけど?」
 乗馬なんて刺客として出来ないとおかしい。
 「じゃ、この馬に乗れ。」
 と、スアークルはさっきフィランが蹴られた黒馬を手で示した。
 「スアークルはどうするの?」
 「俺?俺は先に行ってばあちゃんに何かいい薬草、用意してもらっておくよ。
 あ、俺の家はこっから真っ直ぐいいて九つ目の角を右、それから、四つ目の角を左、二つ目の角を左に行ったところだから。」
 スアークルは走って行ってしまった。
 フィランはため息をついた。
 (何でこんな事になっちゃったかな。)
 クィルフィナンと出会って。
 不思議な世界に飛ばされて。
 そして、青銅の鍵と青銅の扉。
 そして、その扉の向こうに更に不思議なこの世界があった。
 フィランの前世の前世、ロファス≠ェ創った世界に。
 けれど。
 どこか懐かしい世界。
 自分の本当の居場所ように感じられる世界。
 それがここだった。
 それは、前世の記憶のゆえか否か。
 フィランは後者を望む。
 なぜなら、そんなもの信じたくなかったから。
 けれど、懐かしい風が呼んでいて。
 どうしても、その想いを振り払う事ができない。
 それに。
 銀色の髪、紅い石榴石の瞳。
 あの少年とフィランは必ずめぐり逢う宿命だったのだろうか?
 それが、ずっと昔、神話の時代より前から宿命られていたことだとしたら。
 異世界の少年と。
 刺客の少女が。
 そして、前世と。
 前世を引き金として望まれない宿命へと巻き込まれている、今の、現状。
 物事とは、全て、辻褄が合うように出来ているものではない。
 例え、そうだとしても。
 きっと、変えてみせる。
 宿命とは違う未来をきっとこの手で掴みとって見せる。
 大きな変化でなくてもいい。
 だから。
 私はもう振り返らないよ。
 過去をもう振り返らない。
 私はそう決めた。
 今は、目の前に現れた未来≠ニいう路を歩んでいくよ。
 過去と向き合える強さを手に入れる日まで―――
 フィランは自分の心にそう誓った。

 「振り落としたりしないでよ?」
 フィランはそう、黒馬に言い聞かせると手綱を持つ。
 手綱を引いて馬を走らせた。
 馬上で風を切る快感。
 そして、不思議な開放感。
 右、左、左。
 スアークルの家。
 フィランは家の前で馬を止めると、その背から飛び降りた。
 (ここよね?)
 その家は、花は咲き乱れ、緑が踊る、美しい庭園の奥に位置していた。
 家の周囲はいかにも高そうな灰色の大理石の塀に囲まれている。
 (こんないい家に住んでたワケ?)
 スアークルの素性がますますわからなくなる。
 縁側に吊るされた干した薬草を取り込んでいた老婆がこちらを見た。
 フィランは老婆におずおずと頭を下げる。
 老婆はフィランを手招きした。
 フィランは老婆の方へと歩み寄っていった。

 2.冥く想う想い出の風詩

 フィランはスアークルの祖母、ロアルから手当てを受けた後、思いがけずお茶をご馳走になっていた。
 フィランは、そういえば、と思い出した様に聞いた。
 「あの、スアークルは・・?」
 老婆は微笑んだ。
 「スアークルなら部屋に居ますよ。」
 「じゃあ、ちょっとお邪魔しても宜しいでしょうか。」
 「いいですよ。」
 フィランは立ち上がり、老婆――ロアルの手で示すドアの方へと足を運んだ。
 
 (彼女は、何者なんだ――?)
 少年――スアークルは暗い部屋の中に佇んでいた。
 街の外れで出会った見知らぬ少女。
 何かと不思議な雰囲気を纏っていた。
 彼女は、美しかった。
 その瞳には強い光を秘めていた。
 けれど、その同じ蒼い瞳は全てを拒んでいた。
 スアークルまでも。
 酷く拒んでいた。
 自分を護るかのようにただ、拒んでいた彼女。
 野を駆ける小動物のように、ただ、脅えていて。
 けれど、その彼女から滲み出てきた風格は・・・
 あれは、その脅えている少女からは予想出来ないような気だった。
 何か、鋭い気だった。
 あんな鋭い気は何なんだろう。
 それは彼にはわからない。
 肩に流れる金髪。
 強い光を秘めた蒼い瞳。
 彼女を取り巻く風。
 彼には彼女が一瞬神々しくさえ見えた。
 美しい白き白鳥(しらとり)の翼を広げた女神。
 かの伝説の女神のようだった。
 
 その彼女の名は・・・・
 「フィラン」
 
 スアークルははっとして顔をあげる。
 彼女はひょっとすると・・
 「神歌の教徒」
 その異名に込められた意味。
 それは、伝説へと戻ってゆく。
 
 異世界から迷い込んだ巫女、そうに違いない。
 彼女はきっと、自らの信念の為にここへやってきた。
 望まれないことだとしても。
 それが彼女の使命で。古い宿命られた約束で。
 
 フィランは儀式の為の異界の巫女。
 古い前世の約束に縛られた巫女。

 スアークルは遠い虚空を仰ぎ見た。
 風が吹いた。
 風は彼の銀髪を乱すと優しく流れて行った。
 それは奇跡のように、そしてまた、約束の様に。
 
 フィランと彼は遠い時空の彼方で繋がっていた。

 3.伝説
 
 「スアークル・・・・入っても、いい?」
 フィランは軽くドアをノックしながら、そのドアの向こうで聞いた。
 「いいよ。入って」
 スアークルはそう言いながらも、彼女には聞きたい事で溢れていた。
 フィランはそっと音を立てずにドアを開けるとスアークルの部屋へと入ってきた。
 「フィランは、神歌の教徒≠ネのか?」
 静かな声で、スア−クルは問う。
 「神歌の教徒―――?」
 その時、フィランの古い記憶が甦った。
 例えば、古傷を毟り取るかのように、鈍い痛みを伴いながら。
 それは、もうフィランとしての記憶ではなかった。
 クィルフィナンの記憶だった。

 クィルフィナンは、ただ、闇の中にいた。
 微かに笑みを浮かべながら。
 「フィラーネリスに、全てを託す。この世を統べる魂は、もう私ではない。
 彼女ならば神の風歌を奏でられるでしょう?
 彼女は私の生まれ変わりとなる者。
 私には無い物を秘めた――女神の呪いをその身に刻むのだから・・・
 彼女なら超えるでしょう?
 巫女として成し遂げてくれると私は信じたい。私にはその資格はないけれど、信じることなら誰にだって出来る。
 だから――――」
 彼女の想いは、予想外に冥く、複雑だった。

 「フィ・・ラン?」
 スアークルの心配そうな顔がフィランを覗きこんだ。
 「ごめんなさい――――」
 
 ふいに、スアークルは低い声で語り始めた。 

 ロファスは不思議な術を使っていたと伝説は語る。
 その術は魔と契約し、使う術だ。
 その契約には恐ろしい代償を払わなくてはならないのだが。
 その術の名は、
 ――魔術

 ロファスと言う美しい娘はある時、闇の中に別の世界を創り出した。
 それは現存なる世界に不満を抱いていたからと言う。
 その世界に人々を召喚し、魔呪をかけた。
 決して解ける事のない呪いを。


 ロファスはその世界に名付けた。
 フィラーネリス≠ニ。
 それは古代魔術語で、聖なる光の女神=B
 何故、ロファスはそんな穢れた名を付けたのだろう。
 その事実は伝説には記されていないのである。
 
 そして、その名のもう一つの意味。
 光の女神を祀る神官達の間での言語で悪に穢されし神器

 彼女は世界を作り上げたと同時に八種の神器に魔術を封印した。ロファスはまた、光の女神に仕う穢れなき巫女でもあったからだ。

 彼女が死した後もこの世界は尚も残り、永遠の呪いと神器が残された――――

 「光の女神に仕う穢れなき巫女――――!」
 クィルフィナンは来世こそ魔術に手を染めた罪を償うと誓っていた。
 それは巫女としても、人としても。
 
 そう、クィルフィナンは光の女神フィラーネリス≠ニ契りを交わしたのだった。

 「光の女神の誓い――――! 光の神術に仕う穢れなき巫女としての使命―――――!」

 それは、前世の記憶だった。クィルフィナンは、契りの証として、深い蒼の宝玉を授かった。

 「もしかして、これがーーーー?!」
 フィランは自分の耳に付けている蒼いピアスに触れた。
 「フィラン、それはもしかしてーーー」
 スアークルは驚いてフィランの耳元に顔を寄せた。
 スアークルの温かい息をフィランは頬に感じた。
 その息の温もりが、フィランの胸の鼓動を次第に激しくしてゆく。
 フィランの頬が紅く染まる。胸の鼓動も激しくなっていく。
 (な・・何?この感情は――――)
 この感情は何ていう名前?
 フィランにはよくわからない。
 けれど、初めて体験した感情だった。
 
 フィランの顔にスアークルの銀髪が触れる。
 その男の艶かしさを帯びた真剣な紅い瞳がフィランの蒼い瞳を見つめた。

 スアークルの瞳は吸い込まれてしまいそうなほど綺麗で。
 フィランはその不思議な瞳をただ見つめ返すことしか出来なかった。

 スアークルがふと、フィランの唇に自分のそれを重ねた。
 その紅い瞳が妖しく輝いていた。

 4.あなたが捜し求めるは星の欠片のように

 (―――!!)
 スアークルの唇から温かいぬくもりが体に伝わり、そのぬくもりはフィランの体中を駆け巡った。
 二人の唇の僅かな間から吐息が漏れる。

 「冗談やめてよ・・・」
 スアークルの瞳は更に輝きを増す。
 
 スアークルはこの娘の全てが欲しかった。
 この穢れなき異界の巫女の全てが。
 自分は、この娘を手に入れるために生きてきたのだと、今、悟った。
 潤んだ蒼い瞳で自分を見上げる娘。
 まだどこかあどけなさを残している娘。
 その娘を手に入れたかった。

 「俺はお前を手に入れるために生まれてきたんだ――フィラン・・」
 スアークルの瞳が冥くかげった。

 スアークルは昔から決められていた。
 彼自身も知らない運命が定められていた。
 それは光の女神フィラーネリス≠フ手によって。
 
 フィラン。
 彼女には何か神々しいモノが宿っていた。
 異界の巫女だから。
 前世で、光の女神と契りを交わし、契約の印として宝玉を授かったから。
 それもあるだろうが、それだけでは無いだろう。
 
 もしかすると彼女は――
 その想いをスアークルは振り払った。
 そんなことがあるはずは無いのだから。
 何故なら彼女自身が――
 光の女神?

 人の身で神となる事は赦される事ではなかった。
 人が野望を抱き、神へと姿を変えるとどんな事が起きるだろう。
 きっと世界は荒れ、傷つき、二度と時が流れなくなるだろう。

 あの圧制者ロファスのように。
 あの魔の術を操りしロファスのように。

 ロファス―――――
 その呪いを終わらせるためにスアークルたちは行く。
 フィランと共に。
 
 嗚呼――
 あの少女を守りたい。
 それが彼女を傷つけることだとしても。
 今のスアークルにはそれしか成す術が無いのだから。

 「私は、行くね。」
 フィランは言った。
 全ての決意を秘めた瞳をスアークルに見せる。
 ここで、別れたら、もう二度と逢えない。
 スアークルはそんな気がした。
 「フィランが行くなら・・・・俺もいく。」
 スアークルは顔を上げた。
 「俺が、フィランを守る。」
 今は、それだけだった。
 フィランの傍にいて、彼女を守る。
 それしか、今のスアークルにはできる事は無いのだから。 


 第三章*神器

 1.神殿

 女神フィラーネリスの地。
 そこに、神器の祀られた神殿はあった。
 唯一つの目的の為に歩んできた路を彼女は振り返った。
 「ここが――ここがそうなのね・・・・」
 彼女は邪悪な笑みを浮かべる。
 そして勝ち誇ったように呟く。
 「八種の神器は頂いていくわ。」
 彼女は腰の杖を抜き放つと姿を消した。

 悲鳴が響き渡る。
 紅い血糊が神殿の壁を、床を、天井を汚してゆく。
 金属が触れ合う音も聞こえる。
 神官達が応戦しているのだ。
 女は響く邪悪な声で哂った。 

 そして、神殿は静寂に包まれた。
 このことを、フィランたちは知る由もなかった。
 神殿から八種の神器が姿を消した事さえも――――

「ここね――」
 フィランは古い神殿を見上げた。
 そして、訝しげに後ろを振り返る。
 「ねぇ、スアークル。
 ここ・・・人の気配がないわ。何も感じられない・・・」
 スアークルは頷いた。
 「この幽かな気配・・・もしや!」
 「どうしたの?」
 「別に・・・」
 スアークルの動揺振りは異様なくらいだった。
 スアークルは神殿を見つめる。
 「ここに入ったら・・・・生きては出れないぞ・・・」
 そう呟く。
 「スアークル?」
 フィランがその背に気遣うように言葉を投げかける。
 「フィラン・・・・・フィランは行ってはいけない・・・・」
 「でも!私は行かねばならないのに!」
 フィランは目で訴える。
 だが、それにスアークルは気付きもしないで呟く。
 「俺はフィランを守りたいんだ――――」
 そして、フィランの細い肩を抱き寄せた。
 フィランの胸が高鳴っていく。
 深い安心感と共に。
 (何で、スアークルの傍にいると安心できるんだろう・・・・・)
 それには答えは無い。

 思いがけない言葉がスアークルの口をついて出た。
 「あいつは・・・ロファスはお前を殺そうとしている・・・・」
 「何故――?」
 フィランはスアークルを見上げる。
 「それは俺にもわからない。けれど、ロファスがお前に死んで欲しいと思っているのは事実だ。」
 わからない、それは嘘だった。
 本当は―――。

 この世界を創り出したロファスの魔呪が解けしとき、この世界は滅びる。
 一瞬にして消え失せる。
 とても、非情だ。
 それでも。
 この過ちを正すにはロファスの魔呪を解くしか道は無い。
 この世界フィラーネリスの崩壊という大いなる犠牲を伴わせて。

 けれど。
 この世界で今日まで精一杯生きてきた沢山の命の数々。
 それを諸共に消滅させる。
 そんな事をあの娘、あの異界より訪れし巫女に出来るだろうか。
 フィラン、フィラーネリスに。
 答えは、否。きっと。
 そうであって欲しいとスアークルは願った。

 二人は無言のまま、神殿の中に足を踏み入れていった。
  

2005/02/05(Sat)11:22:18 公開 / 夢名未来
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■作者からのメッセージ
あけましておめでとうございます〜
・・とか何とか言ってるうちに気がつきゃ節分まで終わってる・・・
一ヶ月ぶりの更新です(ォィ
もう読んでる人いなさそうだけど。。

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