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『走る男』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:もろQ
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~ONE~
そばの電柱に、僕は身体を放るようにもたれかかった。ひどく息を荒げて、外気で乾燥した両目で、遠くに消えていった何かを見た。こうしてしばしの休息を取る間も意識の果てでは、「走れ」のサイレンが絶えず響いていた。
先月まで地元の警察で働いていた。ところが突然上司に声をかけられ、僕はこの東京の街へ派遣された。田舎に比べて治安の悪いイメージは持っていたが、まさかやってきて早々こんな事件を任されるとは。
腰をもたげて再び走り出す。足は今にも壊れそうになって、「地面を走っている」という意識すら消えかかろうとしていた。そして、遠くにぼんやり見える影を追う。その影の意味を、そして影を追う僕の意味も忘れている気がした。どれだけ走ったのだろう。今さら止まっても止まれない、と思った。
~OTHER ONE~
俺はひたすら走っていた。口の中が乾燥しているが、呼吸を止めると息が持たないと思った。重くなる頭を引きずって、無理矢理走り続けた。かすれゆく意識の中では、「走れ」のサイレンが絶えず響いていた。
宝石店に忍び込んだ昨夜が、ずいぶん昔の夜に思えた。俺が盗んだのは、たかが数個の指輪とペンダントだ。それなのになぜ俺はこんなに走らなければならないんだ。たかが数個の指輪とペンダントだ。このくらい許されるだろう? もっと悪いヤツは山ほどいるだろう?
街の景色はもはや見えてはいなかった。吐く息と心臓の音が騒がしくて、目を閉じていてはアイツの気配を察知できない。しかしアイツの意味も、アイツから逃げる俺の意味も分からなくなってきた。どれだけ走っても、走り終わらない気がした。
~NEXT~
影が突き当たりを右に曲がった。僕も倣って右折する。先程に比べて影の動きがぎこちなくなってきたが、少しも気にならない。ただならぬ空白感と、頭にこびりついた「走れ」のサイレンだけがどんよりと渦巻いていた。そして、それ以外の記憶はほとんど残っていなかった。それ以外の記憶は………。
壁に気付かずに、思わず衝突しそうになるところをなんとか右に避けた。両足のふらふらした感覚が痛いほど伝わったが、俺は無視せざるを得なかった。ただならぬ空白感と、頭にこびりついた「走れ」のサイレンだけがどんよりと渦巻いていた。そして、それ以外の記憶はほとんど残っていなかった。それ以外の記憶は………。
~DAYDREAM~
目の前が真っ暗になった。果てしなく続く闇の中を、それでも走っていた。鼓動は絶えず二人を包んで離さない。それは眠りへの誘いだと想像した。
ところが二人は、未だ東京の街を走り続けていた。記憶も、体も、感情も全て浮遊して、「二人」という物体とは隔離された場所で、共に走っている気がした。僕は前方の影を、俺は後方のアイツから追い、追われていた。それは意味も理由もなく、ただ走っているだけの気がした。
意味を持たない僕に、理由を持たない俺に、走る必要はあるのか?
全てを忘れた二人に、こうしている必要などあるのだろうか?
僕がだんだんと足を遅めるのと同じように、影もゆっくりと動きを止めた。呼吸を整えるのにしばらくかかった。体は疲れきって、既に存在していないように思えた。すると影は、こちらを向いて歩き出した。同じく影の方へ歩いていくと、それはだんだんと人形になり、一人の男としての輪郭が現れた。
「俺は、なんで逃げていたんだろうか」男は笑っていた。
「僕も。どうしてあなたを追っていたんだろう」苦笑いを返した。朝の風が髪を撫でた。とても冷たかった。しかし、鼓動とともに心の安らぎが現れた。男はもう一度笑った。
~TRUTH~
ところが僕は突然男のそれに気付いた。男も僕の格好に気付いている。彼はスーツに身をまとい、腰には警棒をぶら下げ、頭には警察帽が乗っていた。そして僕の右手にはなんと、数個の指輪とペンダントが入ったふろしきがぶら下がっていた。
原因は、「精神的限界」だった。もともと僕は逃げる人間で、同じように、男は追うはずの人間だった。それが、僕があのとき電柱にもたれて休んでいるうちに、彼は僕を追い越し、影になって遠くに消えていったのだ。そして僕らは「走れ」の指示のみに動き、僕は追う人間として、彼は逃げる人間としてただ走っていた。
人が限界に足を踏み入れるとき、それは最も危険な世界となって人を惑わすものなのだった。
「………どうしましょう?」僕が尋ねた。風は再び冷たくなる。
「俺は……………お前を追うぞ!」
二人は、走り出した。
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■作者からのメッセージ
異色の刑事モノ?って感じですか。精神の限界をテーマに書きました。今回もオチ付きです。どうぞよろしくお願いします。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。