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『女神』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:snow
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文献に、よれば。
かつてこの世界は広大な大地が広がっていたという。
けれど今はその大半が深い海の底であり、残された陸地で、残された人々が生きる。
なぜ、大地は消えたのか。
それが真実かは誰も知らない。ただ、御伽噺のように繰り返し語られる言葉。
かつての大地は破滅の女神降臨によって、沈んだのだと。
女神 第一章
◆セイル国西の国境上空。四時、二十二分。
白み始めた空を、一隻の船が風のように飛んでいた。
一見して大きな鳥のように見えるその船は、飛空機と呼ばれる少人数用の乗り物だ。
このタイプはどうやら二人乗りらしい。先端に操縦席と、その後ろにもう一席。さらに後ろの荷台には白い布がロープで固定され広げられている。
乗員の影は二つ。
二人は風から身を守るための厚手のマントにゴーグルといった出で立ちのため、その素顔はうかがえないが、飛空機の操縦席に座っているのは明らかに幼い子供だ。
「見えた。リート、このまま真っ直ぐ西へ」
後ろにいた白いマントの人物が言う。高い細めの声はまだ若い。
「了解」
リートと呼ばれた子供が軽い調子で答え、少し大きめの皮の手袋を纏ったその手が幾つかのレバーを操作すると、改良を加えた飛空機のエンジンがうなりを上げさらに加速する。
雲の中を突き進み、開けた視界の先に現れのは巨大な飛空船。
飛空機の数百倍もある、魚の形に似た船の外観にはいくつものプロペラがついていて、風を切る音と機械音が混ざり合う。
飛空機はその巨大な飛空船の形をなぞるようにしてその真下に潜り込む。
接触するぎりぎりまで近づき、飛空機から背の高い方が身を乗り出し非常用のコックをこじ開けた。
軽い身のこなしで、白い影がするりと飛空船の中へと入り込む。
そこは貨物用の倉庫の用だった。大きな木箱や麻の袋が所狭しと並べられている。
他に人の気配がないことを確認して、白いマントの人物は飛空機の子供に合図を送る。
その合図を受け、乗員を一人減らした飛空機は徐々に高度を下げ、やがて何事もなかったかのように雲の中へと沈んでいった。
◆ジェノール国東の国境上空、四時、四十六分。
飴色の木と機械で彩られた船内。そこは船の操縦席で、正面の大きく開けたガラス張りの向こうにはうす暗い空が広がっている。
操縦席の数は五つ。それと同じ数だけ、無骨な男たちが座していた。
「お頭、目標確認しましたぁ」
両目は望遠鏡の彼方の輸送船に向けたまま、大柄な男があまり緊張感のない声で言う。
「よし、目標の状況報告しろ」
男の言葉を受け、声が上がったのは船内の中央に一階高く作られた指令席。
「へい。間違いありませんぜ。一般の輸送飛空船に見せかけちゃいるが、乗ってるヤツらの大半がジェノールの軍服着てやがる」
その言葉に、指令席で反り返り足を組んで座っていたギルが勢い良く立ち上がった。
一つに結われた腰まである長い銀髪が、彼の背中で大きく波打って揺れる。
男というには少し早い。まだ少年の面影を残してはいるが、きつめに整った精悍な顔立ちだ。日に焼けたしなやかな肢体。勝気な青灰色の瞳に強い光を宿し、ギルはいたずらを思いついた子供のようににやりと笑う。
「ビンゴ。サカキの情報が当たったな」
ギルの傍らで、サカキと呼ばれた青年が薄く笑みを浮かべる。
年は二十代半ばほどであろう。身長はギルより少し高い。量の少ない黒髪をきっちりと整え、右目には義眼用のムンクルがつけられている。片方だけの、少し垂れがちの黒い瞳は理知的で、彼の纏う雰囲気はどこか穏やかだ。
「砂漠のキャラバンから仕入れた情報ですからね。もっとも、その分値は張りましたが」
「頭、ヤツらの右胸の紋章、ありゃ黒竜軍の紋章ですぜ」
望遠鏡を覗いていた男の報告に、ギルは高く口笛を吹く。
「てことは、隊長は帝国の三将軍の一人か。こりゃますます怪しいな」
「黒竜軍の隊長は噂に違わぬ凄腕の男だそうです。ギル、接触はくれぐれも避けてください」
サカキの言葉に、ギルは「わかってるよ」と軽く答えて下の操縦席に座る男たちを見下ろした。
「目標までの距離は?」
「ざっと千五百。接触まで八分と十二秒!」
眼鏡をかけた小柄な男が答える。
「砲撃隊、状況は?」
「準備完了。いつでもイケますぜ」
痩せ型の背の高い男が答えて、ギルはにやりと笑った。
「よぉっし! 気流に差し掛かったと同時にエモノに乗り込む。遅れんじゃねぇぞてめぇら!」
ギルの掛け声に、無骨な男たちが気合を入れて「うぃーっす!」と声をそろえて叫んだ。
◆ジェノール国東の国境上空。四時、五十一分。
飛空船内の狭い廊下を、軍服姿の少年が走っていく。
途中、扉を開けて出てきた同じ軍服姿の男とぶつかりそうになり、慌てて謝りながら、二言、三言、言葉を交わし、少年は再び走り出した。
「ガッシュ隊長!」
勢いよく扉を開けて、少年は声を荒げて叫んだ。
船の一番奥にあるその部屋は、蒸気の熱気と騒音にまみれたエンジン室。
むっとする油の匂い。眉間にしわを寄せ、少年は唸る機械の間をさらに奥へと進む。
最後尾の扉を開けると、案の定、夜明け前の空をバックに酒瓶を煽る一人の男がいた。
「ガッシュ隊長」
静かな、けれどはっきりと怒気の含まれた声で呼ぶ。
男は別段悪びれた様子も無く、「よぉ」と一声返して口元を拳で拭った。
赤茶色の短く刈った髪。その額から眉間に走った一筋の大きな傷は、彼の端整な顔立ちをより一層際立てている。年のころは二十七、八。身長がかなり高いため、一見痩せ型に見えるが、その背には通常の二倍ほどもある大きな剣が危なげなく収まっている。
だらしなく手すりにもたれ掛かった態勢で夜明け前の朝っぱらから酒を煽るそんな姿は、酒場や賭博場のゴロツキと大差ない。おそらく軍服を身につけていなければ、誰も彼が帝国のエリート将校だなどと信じはしないだろう。
男の身に付けている軍服の色は漆黒。少年や他の軍人たちが身に付けている濃紺のものとは異なる色だ。
それは彼が帝国でその名を馳せる三将校の一人であることの証。すなわち、帝国の第二軍隊、黒竜軍の隊長であることを意味する。
「よぉ。じゃ、ありません! いったいこんなところで何をなさってるんですか! ガッシュ隊長!!」
そんな、帝国の人間でなくとも、軍に属する者ならその名を聞くだけで背筋に震えを走らせるような男に容赦なく怒声を飛ばす部下は、帝国広しと言えどこの少年くらいのものだろう。
さらりと風に揺れる金髪。澄んだアイスブルーの瞳。見るからに育ちが良さそうな整ったその面立ちは、やや童顔気味で線が細い。
可憐な少女のような、と例えられそうなその容貌は、実は少年の一番のコンプレックスだ。
しかし、若干十六歳にして帝国の三将校が指揮する黒竜軍にその身を置くのは、彼が見た目通りの少年ではない証だ。 故に、男はこの少年に一目置いている。
「何って、見ての通り夜明けの酒盛りだぜ?どうだ、お前も一杯付き合わねぇか?」
「付き合いません!」
はっきりきっぱり断られ、男は肩をすくめて再び喉に酒を流し込む。
「少しは真面目に指揮をして下さい。隊長がこんなとこでサボってお酒飲んでてどうするんですか」
「固いこと言うなよ。オレの指揮がいいかげんなのは今に始まったことじゃねぇだろ?」
反省の色皆無の上司に、少年は眉間に手を当ててため息をつく。
「黒竜軍の隊員はともかく、今回は王子直属の軍隊も一緒なんですよ。他の隊員に示しが付かないでしょう」
「それが気に入らねえんだよ」
「は?」
不意に声を低くして呟かれた上司の意外な言葉に、少年は顔を上げて聞き返す。
「何もかもが気に入らねえ。なんだってオレたち黒竜軍がわざわざ一般の輸送船装ってこそこそ国に帰らなきゃいけねぇんだ?」
「はぁ。それは今回、同盟国であるセイル国への訪問が病に伏されたセイル王の見舞いだと他国に知れれば、不穏な試みを目論む者がいるやも知れぬということを考慮されたダーク様が…」
少年の言葉が終わらぬ内に、男は「ハッ!」と吐き捨てるように笑う。
「お優しい王子サマのご配慮ね。それが一番うさんくせぇってんだ。そもそもオレは欲に溺れきった現王もいけ好かねぇが、あの善人面の王子も気に食わねぇ。涼しい顔して腹ん中じゃいったい何考えてるんだかわかったもんじゃねぇ」
無礼きわまりない上司の言葉に、少年の顔色は一瞬にして青ざめる。
「な、なんて事言うんですか! そんなこともし王の耳に届きでもしたらいくら三将校と言えど即刻死刑ですよ!」
声を裏返して叫び、他にこの男の言葉を聞く者がいないかきょろきょろと周りを確認する部下を無視し、男はなおも言葉を続ける。
「そもそもだ。オレ達黒竜軍は空族討伐のために結成されたはずだ。それにもかかわらず、なんでその空族どもからこそこそ隠れなきゃならねえんだ」
「ですから! お願いですからもう少し言葉を慎んで下さいっ!」
必死に小声で訴えるが、この豪胆というか図太いというか、どちらにせよ並みの神経の持ち主ではない上司の耳には届いていないらしい。
なおも何か口にしようとした男の言葉は、けれどそれ以上紡がれること無かった。
「ガッシュ隊長?」
不意に視線を飛ばして固まった上司に、少年が怪訝そうな顔で声を掛ける。
「今なんか光らなかったか?」
「え?」
言われて、少年が視線を男が見据える先へと飛ばした。
雲間で再び鈍い光。
目を凝らし、それが金属の放つ光でであることを悟った、その瞬間。
聴覚が麻痺するほどのすさまじい爆音とともに、船に走る衝撃。
その衝撃で飛ばされた少年の体を、船から落ちるギリギリのところで男が襟首をつかんで引き止めた。
ようやく滲み出した日の光が、雲間から現れた船を照らす。
色は赤。船の中心に描かれた象徴は鳥の右翼。
雲間から現れた船を睨み付け、男は叫ぶ。
「チクショー、出やがったか!」
「邪魔だ! どきやがれ!」
行く手を阻もうとした帝国兵を切り捨てて、ギルは突き進む。
その後ろを、赤毛とヒゲ面の男が二人、追ってきた帝国兵に応戦しながら続いた。
「頭、本当にこっちでいいんですかい?」
ヒゲ面の言葉に、ギルは走りながら自信満々に答える。
「まかせとけって! オレのカンじゃ、この下の倉庫にお宝がある!」
根拠のない自信で言い切られ、手下二人の眉間に胡散臭げなしわが寄る。けれど何か言った所でどうせ聞きゃしねーや。と思って口にはしない。
「あれだっ!」
目の前に現れた一つの扉に、ギルは真っ直ぐに向かっていく。
そうしてそのまま勢い任せに扉をぶち破ろうとした、その瞬間。
ばんっ!と、突然大きな物音がしたかと思えば、正面から何かが勢いよくギル目がけて飛んできた。
「うわっとぉっ!」
叫んで、ギルは咄嗟に持ち前のスバラシイ反射神経で吹っ飛んできたモノを避ける。彼の後ろにいたヒゲ面と赤毛の二人も流石にそれには驚いて目をむいたが、なんとか身をかわした。
「な、なんだァ?」
飛んできたのは軍服姿の男だった。男は派手に床に倒れこんでぴくりとも動かない。見れば完全に気を失っている。
何事かと視線を前へと戻せば、ギルがぶち破ろうと企んでいた扉は見事に全壊していた。その奥にたたずむ一つの白い影。
ゆっくりと、影が動き出す。やがて中から現れたのは、小柄と思える一人の人物。
白い厚手のマントを羽織り、額に巻いたバンダナの上には大きなゴーグル。顔の半分は覆面に覆われていて、その素顔は伺えない。
けれど、その瞳。
銀と紫と、緑の混ざり合った不思議な双眸。
稀有な宝石のような。一瞬そんな言葉がギルの頭をよぎる。けれど生命のない石には見れない、その強さ。
思わず息を呑む。
「お頭?」
固まったまま動かなくなったギルに、赤毛が首をかしげて呟いた。
はっと我に返り、ようやく現状を思い出したギルは慌てて取り繕うように、目の前の人物を睨み付けた。
「てめぇ、何者だ!」
鋭い声で叫ぶが、相手は少しもひるむことなくギルから視線を外す。
そのまま怒鳴りつけるギルを無視して、壁際の窓を見た。
「おい、てめぇ人の話を…」
言いかけて、ギルはようやく目の前の人物が手に小さな小箱を抱えていることに気付く。
「あっ、てめ、ナニ持ってやがる! そいつはオレのっ…」
ギルが言い終わる前に、覆面の人物は動いた。
床を蹴り、一気に壁まで距離を詰める。そのまま勢いよく窓を蹴破り、そこから外へと飛び降りた。
「なっ!!!」
予想外の行動に思わず絶句して、ギルと手下達は慌てて窓に駆け寄り身を乗り出す。
朝日に焼けた空の中を、どんどん小さくなっていく白い影。
その影を、不意に雲間から飛び出してきた一隻の飛空機が攫った。
それは一瞬で。
次の瞬間には、飛空機は再び雲の中へと姿を消していた。
「うへぁー、びびったー。見ろよこの鳥肌」
「かっけー。うわすげ。マジかっけー」
感動するヒゲ面と赤毛の頭を、額に青筋を浮かべたギルが容赦なく殴る。
「っのタコっ! 感心してる場合じゃねーだろっ! こちとらせっかく掴みかけた上物のエモノ横取りされたんだぞ!」
「ってー、ひでーや頭ァー」
「なにも殴るこたないでしょうがー」
二人の手下の非難の声を睨んで黙らせ、ギルは飛空機が消えた空へ視線を飛ばす。
「アイツ、何者だ…?」
「お帰り、フィン。大丈夫?」
飛空船から飛び降りてきた人物を、寸分の狂い無く見事にキャッチした操縦席の少年が振り返って問う。
風に揺れる鉄色の髪。大きなゴーグルをぐいっと額に押し上げて、笑うその口元はいかにも生意気そうな印象を受ける。
フィンと呼ばれたその者は、着地の衝撃を抑えるために用意されていたエアークッションの上からひらりと降りて、操縦席の後ろに腰を下ろした。
「大丈夫だ。ありがとうリート。いいタイミングで来てくれた」
目を細めて言われ、リートと呼ばれた少年は得意そうにへへっと笑う。
「それで、首尾は?」
「上々だ」
フィンは抱えていた小箱を見せ、蓋を開けると中のものを取り出した。
出てきたのは卵ぐらいの大きさの、緑色の鈍い光を放つ鉱物。
「それがフィンの言ってた『月のかけら』ってヤツ?」
もの珍しそうな瞳でまじまじとフィンと手の中のものを見つめる少年に、フィンは強い調子で頷く。
「ああ」
「そっか。ちゃんと手に入れることができて良かったね。それにしてもオレ焦っちゃった。いきなり横から空賊『翼』が出てくんだもんな。あいつらもそれ狙ってたのかなぁ」
「『翼』?」
「そうだよ。輸送船に乗り移ってきたバカでかい赤い船があったろ?あれが有名な翼だよ」
フィンの脳裏に、船の中で出会った銀髪の少年の姿が浮かぶ。
「ああ、そう言えばそれらしいのがいたな」
ぼそりと呟かれた言葉に、リートがぎょっとして声を上げる。
「って、フィン! まさか空賊と鉢合わせたの!?」
空賊。
その名の通り、空を駆ける盗賊集団。
「そりゃ確かに翼は有名な割にひどい噂聞かないけど…本当に大丈夫だったの?」
「心配ない。目はあったけど顔を見られたわけでもないし。すぐに脱出したから戦闘にもならなかった」
手にしていた鉱物を小箱に戻しながら、フィンは大して気にもとめず言い放つ。
「だったらいいけど…」
なにやら一抹の不安を覚えつつ、リートは飛空機の加速度を上げた。
続く。
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2004/10/22(Fri)22:35:04 公開 / snow
■この作品の著作権はsnowさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
はじめまして。snowと申します。
以前サイトをやっていた時に上げていた文なのですが、続きを書くにあたって誰かに読んでいただければと思い投稿させて頂きました。
未熟者ですが、よろしければご意見、アドバイス、よろしくお願いします。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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