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『炎と闇の狂愛』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅蓮
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月さえ見えない漆黒の夜の闇。
視界に広がるのは荒れ狂う紅い炎。
燃え盛る炎の中を人々が泣き叫びながら逃げ惑う。
その中には煙に巻かれて死んだ者、崩れた家の下敷きになり焼け死んだ者、そして、何者かの手によって殺された者の死体があった。
恐怖と闇夜の黒、血と炎の紅が混沌とする街の中、一人の幼い少女の姿があった。
「うふふ… みんな燃えちゃえばいいのよ、何もかも…」
怒り狂ったかのように燃え広がる炎を背に、その少女は冷たく笑っていた。
「とうさんも、かあさんも、馬鹿なことさえ考えなければ… 死なずに済んだのにね… 」
彼女の頬には、涙のようなものが炎に照らされ、光っていた。
しかし、それは紅い色をしていた。涙などではない、血である。
そして彼女の手は、頬に付いているそれと同じ色で染まっていた。
おそらく、彼女は人を殺したのであろう。その幼い手で。
「けどまさか、こんなことになっちゃうなんて… ねぇ?」
少女は誰かに話しかけているような口調で呟いた。
だが、彼女のそばに人の気配などない。
「こんなになっちゃったけど… 大丈夫よ、心配ないから…」
少女の小さな腕には、人形ではなく、生々しい人の首がしっかりと抱きかかえられていた。
その首が誰のものかは分からないであろう。彼女以外には。
抱きかかえられている首は、おそらく、彼女が切り落としたものだろう。
「それじゃあ… いきましょ…」
先ほどまでとは違い、少女は、純粋な可愛らしい笑顔で、大切そうに抱きかかえている首に囁きかけた。
「うふふ… あははは…」
そして彼女は、不敵な笑い声と共に、闇夜に広がる森の中へと、その姿を消した。
恐ろしい夢だった。
現実に起こりえる筈がない、と思えるほどに。
だが、妙にリアルで、本当に起きたかのような夢だった。
「ちっ、嫌な夢を見ちまった…」
男は寝汗でびっしょりな体をベッドから体を起こそうとするが、起き上がれない。
『ガチャリ…』
その音は、彼の手足をベッドに繋げている鎖の音だった。
「どうして俺は鎖で… って、それよりここはどこだっ?」
辺りを見回すが、男にはまったく見覚えのない部屋だ。
「ここは私とお兄ちゃんだけの家… 誰も邪魔は入らないわ…」
突然聞こえた声の方向に、首だけ向ける。
「おはよう、やっと目が覚めた?」
そこには、栗色の長髪で、まるで夢で見た炎のような紅い瞳をした少女の姿があった。
まだ、年の頃、十歳前後、と言ったところであろう。華奢な身体つきに、幼い顔立ちをしていた。
「君は…誰だ?」
その少女のあまりの可愛らしさに見とれながらも、男は最初に出てきた疑問符を言葉にし、彼女に話しかける。
「何寝ぼけてるの? 私よ、お兄ちゃんの妹のミリアよ?」
穢れを知らない、純粋な笑顔で、彼の問いに答える。
「ミリアか…。ところで、俺は何でベッドに固定されてるんだ?」
「え? あ、ごめんなさい。今外すから、気にしないで」
少女は手早く彼の手足から鎖を外していく。
「ふぅ、ありがとう」
男はやっと自由になった体を起こし、礼を言う。
「ううん、気にしないで」
ミリアはまた、可愛らしい笑顔を見せた。
ところが、男はあることに気が付いた。
(あれ、俺の名前は何だ? どうしてここにいる? それにどうしてこんな子が、俺のことをお兄ちゃんと呼んでいる?)
次々と浮かんでくる疑問に、男は難しい顔をして考え込んでいる。
(何故かは知らないが、どうやら俺は記憶を無くしたのか…)
「どうしたの? お兄ちゃん。そんなに恐い顔して…」
男は不安そうにしているミリアに気付き、「あぁ、ごめんよ。少し考え事があってね」と自分が記憶を無くしている事を隠す。
(この子は俺の妹のようだし、とりあえずは何気なく振る舞うか…)
「そう、ならよかったわ。それより汗びっしょりじゃない。シャワー浴びてきたら? それからお昼ご飯にしましょ」
どうやら、彼が起きたのは昼前だったらしい。
「そうだな、ちょっと汗を流してくるよ」
男はベッドから降り、部屋を出ようとすると、ドアの近くに置いてあった写真が目に付いた。
「この写真は…?」
「何言ってるの? 父さんと母さん、それにお兄ちゃんと私じゃない」
ミリアは彼の妙な言葉に、「頭大丈夫?」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
「あ、ああ…そうだったな、で? 二人は?」
彼は慌てて、変な質問をしたことを誤魔化そうと、言葉を続けた。
「ちょっと、本当に大丈夫? 父さんと母さんは… ちょっと前に事故で死んだじゃない」
その答えと共に、さっきまで笑顔だった彼女の表情が一瞬にして暗くなる。
「そ、そうだったな、ちょっと変みたいだ。シャワーを浴びて、目を覚ましてくるよ」
そう言うと、男は慌てて部屋を出て行った。
〜十数分後〜
「ふぅ、サッパリした。ミリアー? ご飯出来てるかーっ?」
「もうちょっとだから先に座っててーっ」
シャワーを浴び終えた男は、ミリアの言葉どおり、椅子に座って昼食が出来るのを待っていた。
「おまたせーっ」
すると、ミリアは美味しそうな料理をテーブルの上に並べた。
「さぁ、どんどん食べてね、お兄ちゃん」
「いただきまーす。もぐもぐ… うんっ! ウマイッ!」
「そう? よかったぁー」
まるで、男は記憶を無くしているとは思えないほど、自然に振る舞った。
本当に仲のいい、兄弟のように。
そう、この日の夜を迎えるまでは…。
その夜、ミリアと男は家の外でしゃがんで焚き火をしていた。
「うわぁー、綺麗ね。火の紅い色って…」
「そうだな、だけど少し寂しいような気もするよ…」
焚き火の効果か、少し感傷的になってしまう。
だが、そんな火を見て、男はあの夢のことを思い出してしまう。
(待てよ、この色は確か…)
そんなことを思いつつ、男はミリアの顔を見た。
彼女の顔は紅い炎に照らされていた。
だが炎を見つめるミリアの表情は、普段の可愛らしい笑顔とは違い、まるで夢に出てきた少女のように、冷たい笑顔だった。
「お前…、まさかあの夢のっ!?」
夢に出てきた少女の顔がミリアそっくりだったことを思い出し、慌てて立ち上がった。
「あーあ、こんな短い間で思い出しちゃうなんて、残念ね」
ミリアは凍て付く様な冷たい笑顔を男に向けた。
「そうだ… お前が俺の父さんと母さんをころしたんだっ!!」
「そうよ、私が殺したの。ただお兄ちゃんだけの親じゃないの、私の親でもあるんだから…」
ということは、ミリアは実の父と母を殺したということになる。
「部屋に写真があったでしょ? あれは本物なの。家族で撮った写真…」
「何故だっ!? 何故父さんと母さんを殺したっ!?」
少女は困惑する男を見ながら、焚き火の炎を背に、冷たい笑顔のままだった。
「そうね、強いて言うなら私から大好きなお兄ちゃんを奪おうとしたから… 離婚だの、子供はどっちか一人を引き取るとか、くだらない話でね… 私はお兄ちゃんと一緒が良かったのに… だから私は二人を殺して、火をつけたの。一番楽しかった、あの写真の思い出以外、気に入らないもの全てを消し去るために…」
ミリアの表情は、その言葉と同時に冷たい笑顔から、怒りと憎悪、そして悲しみが織り交ざったとても十歳前後の少女が見せるとは思えない、複雑な顔になっていた。
「けど仕方が無かった… ああでもしないと、お兄ちゃんは手に入らなかったから…」
「手に入らなかった? 俺はモノじゃないんだぞっ!?」
人間として扱っていないような物の言い方に、男は怒る。
「ごめんなさい。でも、もうお兄ちゃんは私の『モノ』なの」
「さっきから人を物みたいに言いやがって!!」
実の妹が両親を殺した怒り、それを止める事が出来なかった自分への怒り、そして自分を何かの物のように扱う彼女に対する怒り、様々な想いや怒りが混ざり合い、男は彼女に掴みかかろうとする。
しかし、彼女が口にした言葉に、男の動きが止まる。
「私を殴るの? いいわよ、殴って。その代り、お兄ちゃんは『また』死ぬことになるわよ?」
彼女の不自然な言葉に疑問が浮かぶ。
「おい、『また』ってどういうことだっ!?」
「あら? 言い忘れてたわ。私はお兄ちゃんを手に入れるためにお兄ちゃんを殺したの。本当は生きたまま欲しかったんだけど… けど、力のない私には抵抗するお兄ちゃんを家から運び出すのは無理だったから… だから仕方なくお兄ちゃんを殺して、お兄ちゃんの首だけを持って逃げたの…」
ミリアは信じられないことを口にした。
現に、男は地に足を着け、こうして生きているのだから。
恐ろしい言葉を平然とした顔で口にする幼い少女に恐怖を覚えながらも、何とか言葉を紡ぎ出した。
「ばっ、馬鹿を言うな! 俺はこうやって生きてるじゃないかっ!?」
「そうね、確かに今は生きてるわ。けどそれはお兄ちゃんの首に、他人の体を取り付けただけの、仮の命なの…」
意味の分からないミリアの言葉に、男は恐怖に歪んだ顔で聞き返す。
「どっ、どういうことだ!?」
「街から逃げた後、私は少し前に噂で聞いた、森の奥の「お化け屋敷」って所へ行ったの。そこにはおじいさんがいて、死んだ人を甦らせる研究をしていたの」
ミリアの言う『お化け屋敷』とは、男が以前、記憶を失う前に聞いたことがあった。
そこには老人が住んでおり、亡き妻を甦らせるため、密かに人体実験を繰り返し、妻を甦らせることに成功しているという妙な噂であった。
記憶を取り戻した男は、何故か夢で見た、ある光景を思い出していた。
燃え盛る炎を背に、少女が抱きかかえていた首… それは紛れもなく、自分の顔をしていたのだ。
「そ、そんな… じゃあ俺は本当に…」
「そう、だからその実験をする代わりに、お兄ちゃんを甦らせてもらったのよ。けど凄いでしょ? 首を取り付けた痕がないんだもの」
確かに、男がシャワーを浴びたときには、そんな傷などなかったのだ。気付く訳がない。
男は愕然とし、地面に膝を付く。
「うふふ、だからお兄ちゃんが何度死んでも、頭さえあれば、すぐに甦れるのよ? うれいしでしょ?」
いつもの可愛らしい笑顔で微笑む彼女を見て、男の中で、何かが音を立てて崩れ去った。
「うっ、うわぁぁぁあああーーーーーーーっ!!!」
男は突然立ち上がり、目の前にいたミリアを突き飛ばして、焚き火に向かって走っていく。
「キャア!? ちょっと!! お兄ちゃん!?」
突き飛ばされた反動で、ミリアは地面に倒れる。
すると男は、そのまま焚き火の炎の中へと飛び込んだ。
「フヒヒ… ヒャーーーハッハッハァァーーーーッ!!」
不気味な笑い声と共に、男は夢で見た光景と同じ、漆黒の闇の中、紅い炎にその身を焼かれていった。
〜数時間後〜
空は薄明るくなっていた。
少女に「お兄ちゃん」と呼ばれていた男は、跡形もなく燃え尽きていた。
「ばか… 燃えちゃったら、もう使えないじゃない…」
そこには男が燃え尽きるのをじっと見ていた、幼い少女の姿があった。
〜〜〜終わり〜〜〜
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2004/10/19(Tue)21:34:20 公開 / 紅蓮
■この作品の著作権は紅蓮さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
前回はあまりに未熟な作品を投稿してしまい、スミマセンでしたm(_ _)m
今回は方向性を変えて、少しダークな話にしてみました。前作でご指摘を受けた点なども、自分なりに考え、直したつもりです。
連続投稿的な形になってしまって申し訳ないのですが、また感想や評価のほどを頂けると、幸いに思います。
それではこの辺で…m(_ _)m
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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