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『鎮魂歌―レクイエム―はいかかです?』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ニラ
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「プロローグ」
――今もしも、貴方は死ぬと言われたら、貴方は諦めて死にますか?
――今もしも、死ななければいけない運命だと知ったら、貴方はどうしますか?
――もしも、死ぬまでに時間があるとしたら………
『貴方は一体、何をしますか?』
―――――「死神に宣告された少年」―――――
ある、猛暑の秋。幼顔の少年―祭 晴喜―は、町の蒸し暑くなるような灰色で覆われた大通りの中を、冷たくなっているアイスをもって、静かに歩いている。髪の色はさらりとしている黒で、服は静かな水色のシャツと茶色いたんぱんである。汗を時々拭いながら、少年は生き返ったような顔で涼しいアイスバーをなめている。しかし、服はもう湿りきっていて、絞れば相当出てきそうなほどである。少年は十六歳であり、今は、高校生なのだが、秋休みであった。秋といえども、今年の暑さは半端ではなかった。サラリーマンの男は、しょっちゅうハンカチを出しては頭からたれてくる汗を拭っている。
―やっぱり、こんな日にはアイスだね!!―と心の中で連呼しながら大通りを進んでいく。
大通りの中心部のあたりにさしかかったとき、晴喜はふいに目にしてしまった。赤い服を着た子供が、ボールを飛ばしてしまい、それを取ろうと、道路に走り出す。そこは、最も車の通行が多い道路だった。それを晴喜は見て、見知らぬふりなど出来はしない。持っていたアイスを投げ出し、無我夢中で走り出す。
響き渡るブレーキ音、子供は向かってくる車に対して状況が飲み込めずぽかんしている。母親はその状況に気づき、何度も子供の名前を大声で連呼し、荷物を全て捨てて道路に走る。そして、その全てがごちゃごちゃになって道に放り出される。
足は速い方だった。自分で考えても、高校では一・二を争えると思っている。その力強い足で、一歩一歩大地を蹴り、子供のいる所へ勢いをつけて飛びこんだ。もう迷っている暇も無かった。ここで止まれば子供の命は無い。晴喜はそう思っていた。
車の急停止する音が聞こえる。道路に血は流れていない。そして、子供と晴喜のすがたも見えない。
二人は道路の脇にいた。晴喜は少し、服が破れて血がにじんでいる所はあるが、子供は、突然起こったことの状況がやっと追いついたようで、大声を上げて泣いている。母親はこちらに走ってきながら晴喜と息子の無事を聞いた。
「大丈夫ですか!? 怪我は!?」
「平気ですよ・・腰打っただけです」
抱きかかえていた子供をおろすと、いてて、と腰を擦りながら置きあがる。子供は、泣きじゃくる母親の所にはしっていく。母親は、子供を抱き、晴喜の所へ来ると、ハンカチで目頭を抑えながら、小さい声を発した。
「ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」
「泣かないでくださいよ、怪我してませんから・・今度は気をつけてくださいね?」
母親はコクリと頷くと、ゆっくりと振り返って歩き出す。そして、灰色に覆われた大通りに消えていった。気がつくと、危うく引きそうになっていた車の姿も見えない。たぶん、引きかけたと言う責任を取りたくなかったのだろう。
「いててて…家に帰って休んだ方がいいな、こりゃ・・」
晴喜が立ち上がると、帰り道を歩き始める。しかし、辺りは変であった。あそこまで危険な事がありながら、そこらを歩いているサラリーマンの者達は、何も無かったように反応も無く歩いている。もちろん、心配をされたり、注目をされたりするのは晴喜は苦手なので、そのほうが都合がいいと思っているのだが、やはり、誰だって助けるために自分の命を捨てるより、自分の命を守ろうとするのが当たり前だろう。
確かに、晴喜のように命を捨てる覚悟をしてまで他人を助けようとする者はそうそういないだろう。と、晴喜は自分で納得し、大通りを抜けた道へと急ぐ。しかし、その時、氷を体中に入れられたような、何か説明しにくい冷たい視線を投げかけられてるような気がした。しかし、子供を助けたときのことを考えたせいだと、気がつかないふりを晴喜はした。しかし、大通りからは、晴喜の感じた通り、確かに冷たい視線が投げかけられていたのを晴喜は知らないでいた。
自分の家に帰ったと同じに、偶然にも雨が降り始めていた。普段なら、あそこまで晴れていた猛暑の天気が一転し、大粒の雨など降るはずが無い。現に、晴喜はアイスを食べなくては、死にかけていたのだから。
家には誰もいなかった。晴喜の家は、四人家族で、父・母はボランティア関連の仕事で、アフリカに出張中である、その仕事は長いので、あとニ・三年は帰ってこないのは承知である。そして、兄は家出中で今も捜索中である。なので、今まで晴喜は一人でこの家に住んでいた。
家は、なかなかの上質な雰囲気をかもし出していた。外壁は真っ白で、中は部屋が三つ前後あり、それが三階まであるのであった。晴喜はリビングに行くと、いつも通りにテレビをつける。そして、床にあぐらをかいていた。その時、大通りにいたときに感じた冷たい視線を感じ、それと共に、後ろの戸がキイ、と開く音がした。振り向くと、そこには、白い長衣を着て、背丈ほどもある大きな鎌を持った少女が立っていた。青い髪で、普通の人なら見とれてしまうのではないかというほどの美女である、と晴喜は考える。
「あの〜…家に勝手に入ってきて、何のご用でしょうか?」
晴喜が少し慌てを隠しながらそう聞くと、その少女は口元に少し笑みを浮かべて、鎌を構えるる。そして小さな口を開き、澄んだ綺麗な声で、容赦なく春樹にこう言った。
「貴方の命をいただきます」
「え?」
少女の鎌はしっかりと春樹の脳天に向かって突き進む。それを慌てて避けると、すぐさま立ちあがる。鎌は床にストンとつき刺さり、抜くのに力を入れている。それだけでも、鎌の鋭さは十分に分かった。
「何だよ!! あんた、そんな鎌振りまわすな!!」
晴喜は突然の事を受け入れられず、慌てて白い長衣の少女に向かって叫ぶ。しかし、少女は何も聞かなかったように、抜いた鎌をすぐさま晴喜に向ける。すぐさま後ろに逃げれば家から出れる。しかし、後ろを向いたら鎌が襲ってくるのは確かであった。そう考えた晴喜の決断はこうだった。
――やるしかない――
すぐに動きリビングの隅にある大きなキッチンに向かうと、鎌がまた飛んでくる。しかし、見をかがめ何とかそれを避けると、キッチンに向かって走り、すぐさま、包丁を手にしようとする。しかし、一瞬戸惑う。
「今度こそ!!」
少女は三度目の正直といわんばかりに、鎌を振り下ろす。晴喜はとっさに、包丁立ての上の棚に置いてあったこしょうを握るとキャップを外して、思いっきり振りかける。反応は無く、鎌は止まる気配がない。少し後ろに下がったが、鎌はしっかりと、晴喜の左肩に食いこんだ。
――――――第二話「命は六週間」――――――
「俺、どうなってるんだ?」
左胸にしっかりと食いこんでいる鎌を見下ろしながらゆっくりと言う。戸惑いよりも、何故死んでいないのか、とう言う驚きで、冷や汗をだらりと流している。
突然、少女は鎌を引きぬく。鎌の先端に血はついていない。そして、胸からも流れ出ていない。出てきたのは、黒一色で染められている表紙の分厚い本だけであった。
「何だよ、これ…」
「説明する義務はありませんので…」
少女はさらりとそう言うと、鎌から本を引きぬき、開いた。
「祭晴喜・西暦二千ニ年生誕・残り寿命『六十年』か…長生きするのね」
少女は分厚い本を開くと中に書いてある事を読み上げる。どれもこれも、晴喜にとっては懐かしい事ばかりであった。
「何してんだよ、俺の秘密ばっかじゃないか!! 返せ!!」
晴喜は読み上げられる事に恥ずかしさを感じ、手を伸ばそうとする。しかし、手は動かない。オマケに、動かそうとすると体中に痛みが走る。何処を動かそうとしても同じ事である。痛みは針でちくりと刺されるような程度だが、何回か続けていくうちに痛みは増してくる。
「やめた方がいいわよ。この本を抜き取られている間、貴方は全身を茨で縛られているような物だから…」
「だから、何でこんな事するんだよ!!」
「説明する義務はありませんので…」
少女はまたもやさらりと言い放つ。そして、本に目を大体通すと、パタンと閉じる。そして、鎌を自分に向ける。
「お、おい!! 何やってんだ。自殺するつもりか!?」
さくりと自分の左胸に鎌を刺す。しかし、痛みはあるようで、「うっ」と言う声を少しあげる。
胸からは血が流れ出し、その血はだんだんと形を成して行き、最後には赤い羽のついたペンが現れる。そうすると、改めて本を捲り、最初のページの「寿命」と書かれた所の「六十」に赤い線を引く。線を引いた所にあった字はだんだんと薄くなり、しっかりと消えた。それを見た後、少女はそこに「六週間」と書きつける。
書き終わると字は赤から黒に変わり、ペンも消えて血となり、床に弾けた。しかし、少女の胸からは血はもう流れてはおらず、残ったのは床の血のみであった。
「終わりだ。この本を返すぞ」
本を手に取りそう言うと、晴喜の胸にある痛みの無い傷口に本を押し当てる。取り出したときとは全く違い、ズブズブと入っていく本を見ながら、晴喜は苦痛に耐える。入れ終った時には、体を取り巻いていた何かが無くなり、動くようになる。
「ご協力ありがとう。これで君の寿命はあと一ヶ月とニ週間だ。」
「どう言う事だよ! 意味わかんねえ!! 理由を教えろよ!!」
「義務は…・・…キャ!!」
晴喜は少女の肩をしっかり掴む。その時、足がもつれて、少女を押し倒してしまった。少女は、さっきまでの綺麗で澄んだような声から。幼女の出す高く、柔らかい声で悲鳴を上げる。
「何をする!! 人間だからと言って容赦はしないぞ!!」
「いったぁ・…、ごめん!! わざとじゃない!!」
大きな声で晴喜を叱り飛ばす少女に向かって、晴喜は謝りながら立ちあがる。
「お願いだからさ、何で俺がこんな事にならなきゃならないのか教えて?」
「義務は無いといったはずだろ!!」
「大体でいいからさ、どうせ、1ヶ月後には死ぬんでしょ?」
少女は、仕方ないと言うように顔をしかめて晴喜を見る。そして、静かに口を開ける。
「私は死神、つまりは命をつかさどる神の一部・…」
「で、何で俺を?」
「はぁ・…、数時間前にお前が助けた子供がいただろう」
「うん、あの時はもう危機一発だったよ」
「それがいけないんだ」
晴喜の気楽な態度に嫌気がさしたのか、少女は適当というような感じで話を進める。晴喜は、それを軽く笑いながら聞いている。
「つまり、子供はあの時引かれて死ぬはずだったのだ。寿命本にもそうなっているはずだった。しかし、その本の寿命がゼロになる瞬間、君が助けてしまったわけだ。そして、その本の寿命は、ゼロになりかけたはずが、君の寿命をコピーしてしまい、生き延びてしまった」
「そう言う事って良くあるの?」
「あるわけが無い」
晴喜の柔らかい表情を見ながら、少女は溜め息をつく。それは、二人以外誰もいない部屋中に静かに響く。カチ、カチ、と音を鳴らしている時計の小さな針の動きも、しっかりと聞き取れる状態である。
「これは偶然であった。こんな事を誰も予想しなかったはずだ」
「それの何が悪かったの?」
「霊界と生物界はつながっていて、一日に誰が死に、誰が生まれるかと言う物が、ちゃんと管理されていて、その来た霊の数だけどんどん場所を広げていくはずだった。しかし、子供が一人来なかったせいで、天国と地獄のうち、天国に開きが出てしまった。そして、そこへ行こうと地獄に言った者達が霊界で反乱を起こしてしまったので、パニック状態なのだ」
「良く分からないけど、つまり、霊界で地獄の者が天国に無理やり行こうとしてるんだね?」
少女は、晴喜の状況の飲み込みやすさに感心しつつも、話を続けていく。
「そして、六週間ぴったりに誰か死人を連れてこないといけないと言う事になったのだ」
「そう」
晴喜はぶっきらぼうに答える。普通の者達の反応と違っていたため、少しだけ少女は驚く。そして、晴喜に青い顔をしながら聞く。
「怖く、無いのか?」
「全然」
少女は「何故?」と晴喜に問い掛ける。すると、晴喜はにっこりと笑いながら自分の手でグーを作り、親指を立てる。
「俺より小さい子供が助かるんなら、問題無いよ」
少女は思わず持っていた鎌を床に落す。床には二つ目の鎌の刺し跡がつく。その傷を渋い顔をしながら晴喜は見つめる。少女は、そうした後、ストン、とその場にへたり込んでしまう。やはり、死を宣告された者達と考え方が違うのもあるが、ここまで前向きな少年は、少女にとって始めてだったからであろう。
晴喜はその少女の放心状態なすがたをみて、あははは、と笑い声を上げた。
―――――第三話「嘆きと死神」――――――
枯れ始め、木の葉は赤に染まりつつあった。そして、夏のような暑さは消え去り、肌寒い風が吹き荒れている。たまに見かける煙は、落ちた紅葉を寄せ集めて燃やし、それで暖を取っているのだろう。
晴喜は首に栗色のマフラーを付け、大きな茶一色のコートを着て商店街を歩きながらそう言う。
「そういや、気がつけばあと1ヶ月か…」
晴喜はそうぼやきながらかじかむ手を口の方に持っていき、ハァ〜と白い息で暖める。そうすると、少しだけはかゆみを押さえることができた。
晴喜は紅葉で満たされた赤一色の道を歩き、学校へと向かう。学校の外にいる者は少なく、大体の生徒は教室のヒーターに集まっていた。晴喜も速く行ってそうしたいと思っているのだが、いつもより歩くスピードが遅く、頭はガンガンと何かに叩かれるように鳴り響いていた。
やっとの事で昇降口に着くと、上履きに履き替え、廊下に入る。コートを着ているはずなのだが、体の芯からひんやりとした物がある。遂には晴喜はよろけて、一人の少女にぶつかってしまう。
「すいません…」
晴喜は少女の顔も見ずに廊下の冷たい壁を伝って階段へと急ぐ。
「体壊したの? ずいぶんと元気無いじゃないですか」
その声は、晴喜は何度か聞き覚えがあった。真っ赤に染まっている顔を後ろに向けると、死神と名乗った少女がいた。学校の制服を着て、大きな鎌は持っていない。
「でもあなた中々前向きねぇ? 普通だったら死ぬ寸前はもうやりたい放題やる奴がほとんどよ?」
「まぁ、死ぬと言ってもそれまでにやりたいことがあるから、まあ、それまでに、全力尽くそう・・・と?」
バタン、と音を立てて階段から落ちる。幸い、まだ一段目を上がった所だったので、怪我は無いが、凄い熱で顔が沸騰していた。死神は驚いて晴喜に近づく。その時に偶然にも教師が通りかかり死神は助けを呼んでいた。
そこで、晴喜の意識は途絶えた。
気がつくと、目に見えるのは清潔な印象がある真っ白な天井だった。晴喜は自分が今、何処にいるのか分からなかった。一瞬、天国へ行ってしまったのだと勘違いさえする。
「熱、三十九度でしたよ…」
横から声がする。晴喜が声のする方に、重い頭を動かして見て見ると、少女だった。
「…死神さん?…」
弱弱しい声でそう言う。死神ははぁ、と溜め息を一回着くと、隣の水桶に浸してあったお絞りを絞り、動いて落ちた生ぬるい物と取りかえる。
「気分悪いんでしたら家で休みましょうよ…」
「俺は、死ぬんだから…、何処までボロボロになってもいいじゃないかな?」
前に会った時とは比べほどにならないほど、晴喜の声は変化していた。気分が悪いということもあるが、やはり、普通の宣告された人のようにショックは受けていたようだ。しかし、あの時は、子供が助かったのなら・・と言う気持ちで、和らいでいたのだろう、と死神は思う。
「貴方は、まだ時間があるんです。貴方の時間を制限する事は無いですが、休むときはしっかり休んだほうが良いですよ」
死神は再度取替えを行おうとするが、その手を、晴喜はよろよろになっている手で力いっぱいに払う。
「いや、時間はもう無い…て言うか、俺は本当に子供が助かったから良いって思ってるのかな?」
頭の中がぼうっと暗くなり、思ってもいないことが口に出てきた。熱でなのか、死を宣告された日から考えていた気楽な考えが、頭の中で絡んでいき、だんだんと考えがまとまっていき、暗くなっていく。
晴喜の言葉を聞いて、死神は下にうつむく。
――俺は人を助けて死ねるんだ・・、だから、俺は・・…。
死神に向けて微笑み、ゆっくりと言葉を一言一言しっかりと発する。
「俺、今死んでも良いかもしれないよ」
そう言った時、死神は顔を上げて晴喜の方をしっかりと見据える。目からはこぼれそうなほど涙を流す。
「貴方よりも早く死ななければいけない人はいる。今死ぬなんて言わないで下さい…、私は今までそんな人を沢山見てきたんだから」
晴喜は、一瞬何を言えば言いか分からなくなり、口がむぐむぐと音を立てている。死神は鎌を出すと、白装束に戻り、保健室の戸を開ける
「また来ます。何故か分かりませんが、貴方といると涙が溢れてきます。また会いましょう。さようなら」
「・…」
死神は目をぬらしながら保健室から出ていった。晴喜は、熱にうなされながらそれを黙って見ているしか出来なかった。
―――――第四話「今なら貫ける信念」――――――
気がつけば、汗が吹き出ていた。厚い羽毛で体を包んでいたからだと思う。そして、生暖かいその汗の中に、冷たいひんやりとした液体も混ざっている。きっと、死ぬかもしれないと言う考えが大きくなっているせいだろう。と晴喜は思う。
熱を出したとき、人は暗い考えしか浮かばないといわれている。晴喜の状態は、まさにそれであった。死ぬまで、近くに居てくれた死神でさえも、振り払い、もはや自分以外の事は考えられない。
「…俺、何やってるんだろう?」
晴喜の茶色の綺麗だった瞳は、目の前を写すだけのガラスだまのように、黒光りしていた。そして、何時間も自問自答を繰り返し、そうしてからまた目をつぶり、寝息を立てる。そんな事の繰り返しである。
学校から早退したはいいが、家には誰も居ない。学校の方が、晴喜にとっては真だ良かったはずである。騒がしい声と音で、何度も我に返っただろう。しかし、その声は、晴喜の周りにはもう無い。あるのは静寂と、布団の擦れ合う音だけである。
「何の為に、俺は生きてきたんだろう? 人の役に立ちたい…、そう思ってきた」
晴喜は再び自問自答をくり返し始める。もはやあの笑顔は無い。氷のような冷たい雰囲気を漂わせる無表情さと、ガラスだま。
突然、晴喜は置きあがると、自分の部屋を足をずりずりと引きずりながら歩き、二階、三階と上がっていく。そして、階段の一番上にあるガラス張りの引き戸をガラリと開ける。冷たい風が晴喜を包むように入ってくる。
心地よかった。それが、晴喜が唯一感じた事だった。晴喜は屋上に足を踏み入れる。冷たいコンクリートが、あしを突き刺すように足の体温を奪っていく。そして、フェンスで覆われた端へ向かい、フェンスに寄りかかる。下は、もう何年も動いていない鮮やかな青であった車が一台。
ここから落ちれば確実に死ぬ事が出来るだろう。晴喜はそう考え、フェンスを乗り越える。爪先立ちでしか立てないくらいの足場。フェンスに指をしっかりとからませながら、しっかりと下を見据える。外には誰も居ない。そう確認すると、すうっと息を吸う。
――死ぬ運命にあるんだ。だったら死んだほうが良いよ・・。
―本当にそれで良いんですか?
――運命なら仕方が無いじゃないか…俺には、子供を気にしない親しか居ないんだから…。
―そんな事はあるはずが無いじゃないですか。必ず、生きぬいて良かったと思える日が来るはずですよ?
――いつだってそうだった。自分を貫いてやりきった事をしても、誰だって誉めてくれない。
―では、ここに貴方の居場所は無いと言うのですか?
――そうだと思う。それが、運命なんだ…、俺の…・
晴喜はフェンスに絡めた指をほどく。だんだんと前に体重がかかり、そして、足が離れる。ひゅうううう。と言う風を切る音が、晴喜の耳に入ってくる。だんだんと地面が近くなってくる。晴喜は目をつぶる。落ちていくと言う考えが消えて、死ぬと言う恐怖も消えていく。地面まで後少しだと言う所で、自分の今まで忘れていた思い出が全て思い出され、つぶった目の前に流れていく。これが走馬灯と言うのかな。晴喜は少し口に笑みを浮かべる。地面への距離が近くなる。地面にぶつかるのが、薄めで見える。勢いが、下に向かっていく。
何が起きたのか分からなかった。体に痛みも走らない。地面の感触も無い。あるのは浮遊感と、絶望感だった。死ねなかった。何故か分からないけど死んでいない。俺はまだ生きつづけなくてはならないのか。
そう考えながら、晴喜は目をゆっくりと開ける。突然の光で、目が痛む。前がぼやける。
人影がある。白い長衣だ。晴喜はそう思う。後ろには大きな鋭い何かもあるように見える。目がハッキリしてくる。「死神」だ。
「何やってるんですか!!」
死神は一生懸命春樹の寝巻きを掴み、引っ張り上げている。目には、やはり涙がこもっている。
「貴方は自分の身を捨ててまで子供を助けた。それが、自分が死ぬと分かったら、誰の助けも借りずに、こうするんですか!?」
死神は、上手く言葉をまとめられず、甲高い声で叫ぶ。晴喜は、その言葉を聞き、ぼうっとする頭で言葉を練る。
「死ぬんなら、自分を貫いて、それから死んでください!!」
晴喜は、その言葉に驚く。走馬灯を見ていたときに、思い出した。晴喜のおじいちゃんが亡くなった時だった。
――わしは、もう寿命が短い。
――おじいちゃん? 何処に行っちゃうの?
――晴喜、いい事を教えてやろう。
――?
――この世の中では、死ぬ事は、一番の恐怖だと思われている。でもな、人はいつか死ぬと分かっていても、色々な事をやっているだろう?
――どういう事?
――はは、晴喜にはまだ早かったかな? そのうちに思い出すと良い。死ぬならな、自分を貫いて生きれば、死んでも幸せなはずだ。だから、晴喜、お前も貫けよ! 自分を…。
目を開ける。気絶していたのだと思う。目の前には、死神。
「起きたんですか!? あの後すぐに気絶したので驚きましたよ!!」
晴喜の目には多くの涙が溢れている。何故だか分からない。しかし、とてもこころがあったかい。
「俺、生きようと思う」
「?」
「前に、おじいちゃんに教えられたんだ『死ぬと分かっていても、それでも自分を貫け』ってね?」
「そうですか…、良かった」
晴喜には、笑みが再び戻っていた。死ぬ事の恐怖でさえ、拭い取られていた。熱が直ったからではなく、本当に生きようと思ったからである。それは、死神のおかげでもなく、「自分自身のおかげ」であった。
―――――第五話「最期の願い」―――――
あの日から、晴喜は、元に戻った。毎日のように人の手伝いをして、人の役に立とうと必死でがんばっていた。笑顔も絶えなく、幸せが彼を包んでいるようであった。死神は、それを見ながら、少しだけ苦笑いを繰り返している。
あれから一週間後の日、突然の台風で、晴喜は死神と、やりのように鋭く振る雨を窓から見つつ、家のロビー、通称「家族ルーム」にいた。そこは、部屋の角に大型テレビが一台あり、それを家族皆で見れるようにソファが置かれ、机が置かれていた。すぐ後ろには冷蔵庫もあり、テレビを見ながらお菓子をつまめると言う部屋だった。そこで、晴喜は好物である醤油せんべいを味わいながらかじっていた。
「しっかしさぁ、こんな日に限って台風なんてついてないよなぁ…」
「そうね、残り三週間の少ない命なのに」
「いや、そういう事じゃなくてさ」
晴喜は死神の言葉を否定する。死神は目を丸くしながら「どうして?」と晴喜を見ながら言う。しかし、それ以上は答えずせんべいをかじりつづける。死神は、少しだけ心にひっかかりがあったが、それ以上は聞かずに机に手を伸ばす。「あれ?」と言う声が部屋に響く。いつも、机の上にテレビのリモコンを置いているのだが、その日は何故か置いていない。ソファから立ちあがると、床を見るために上半身を屈めて目をキョロキョロと動かして探す。
「おっかしいなぁ…?」
「どうしたの?」
「リモコンがないの…、ニュース見てみようと思ったのにぃ」
必死で探しながら、死神は悔しそうに声を上げる。その後も、数分探して見たが、結局見つからなかった。仕方がないので、テレビを自分で付けに行く。
その時、家の外から、豪雨の大音に負けないような大声が響いてくる。
『誰か! 誰か助けてください!!』
晴喜は、どうしたんだろうと思いながら、部屋を抜け、玄関へ向かう。死神も、がっかりしながらテレビを消し、晴喜に付いて行く。扉を開けて見ると、ものすごい勢いの風が全身を貫き、冷たく、鋭い雨水かかり、晴喜は身震いした。外では、傘のささずに周りの家中に呼びかけている女性が居た。顔は真っ青で、もう台風など気になっていないような状態であった。
「すみません、どうしたんですか?」
晴喜は、何とか聞こえるように声を上げる。女性はその声に気づき、一生懸命走ってくる。真っ白だったと思われる綺麗な足は、途中途中転んだのか、血だらけで、もう、体中はずぶ濡れ状態であり、彼女が来ている白い服は雨で濡れ、薄っすらと下の肌を見せていた。
「娘が! かなたが!!」
彼女は息も途切れ途切れに、声を裏返しながら何度もその言葉を裏返す。内容は伝わらないが、そのパニックのし様に晴喜も顔をこわばらせる。そして、玄関の傘を二本取ると、彼女にさしだし、家を出る。慌てながら死神も付いて行く。
彼女の走る方についていく。もはや、傘など何の役にも立たず、邪魔同然であった。強い雨は足を少しづつ冷やし、氷になったように、足は動かなくなっていき、来ていた服も、既にびしょ濡れで、吹いて来る冷たい風で、さらに冷やされていく。
着いた所では、驚くような事になっていた。いつも学校の通学路として通っている場所の下の小さな川は、普段は綺麗な澄んだ水の色で、入ってくる小さい子供を楽しませていた。しかし、今は土が混じり、茶色一色で染まり、恐ろしいほど増水していた。もちろん川の流れも急激になり、確実に入れば死は同然であった。
そこに、小さな少女が川に捕まっている。それを一生懸命男性が少女の服を掴み、流れていかないようにしている。晴喜は傘を放り投げ、その場所へと走っていく。
――あと少し! 大丈夫、助けられる。絶対に!!
その考えが晴喜の中に浮かぶ。その時、走っている晴喜の後ろから、死神の高い声が響いた。
「危ない!!」
川を見る。そこに少女の姿は無い。あるのは千切れたと思われる服の一部を持って、放心している男性だけであった。川の先を見れば、流れていく少女の恐怖にまみれた顔がある。
「うああああああ!!」
叫ぶ晴喜、泣き崩れる男性、晴喜を一瞬見て目を反らす死神。
ドボンッ
水の跳ねた音がした。川の流れを使って勢いをつけ、必死に流れていく少女を泳いで追いかける晴喜がそこにはいた。
冷たい水は晴喜の体温と体力を奪っていく。がちがちがちと、音が聞こえてくる。目の前を見ると、涙を流しながら顔は真っ青になりかけている少女の姿があった。手を伸ばし、服を掴む。そして、ぎゅっと強く抱きしめる。
――少しでもあっためないと…!?
晴喜は少女を抱きしめながら聞こえない声でそう呟く。少女は閉じかけた目を晴喜に向ける。そして、小さな手で弱く、晴喜の腰に手を回す。
――流れていく…、終わった…。全てが終わった…。でも、この子だけは…、この子だけは絶対に!!
頭の中でその考えがよぎる。もう既に体は冷え切っており、思うように手も動かない。少女は晴喜をずっと見て、唇を震わせている。晴喜は少女を見ながら、残った力を振り絞り、再び少女を抱きしめる。
小さな少女と晴喜は、静かに冷たい川を流れていく。
―――――最終話「周りゆく命」―――――
冷たく、体に突き刺さる水の感触が、だんだんと薄れていく。目には既に力は無く、開ける事も出来ない。何も考えられない。体中の神経の一つ一つが活動を停止していき、それはだんだんと脳に近づいてきていると考える。手には暖かく、小さな何かがある。しかしそれも遂には感じなくなった。
――もういいや、疲れたな…、少しの間眠ろう…・
晴喜は激流の中、がくりと力を抜く。腕は凍っていて、抱いている少女を離してはいない。少女は凍えながら未だに晴喜に抱きついている。しかし、晴喜からの反応は無い。
――き? ―――るき? ――――晴喜?
どこかから声が聞こえる。いつまで寝ていたのだろうと晴喜は考える。先程まで凍り付いて動かなかった体中の個所が動くようになっている。寒さも、暖かさも、何も感じないが、これだけは思えた。
――助かったのか!?
晴喜は起き上がろうとする。その時、何かが体から離れていく感じがした。体も、羽のように軽い気がする。晴喜は起きあがると、目をゆっくり開ける。大量の光が目にどっと流れ込む。普通ならば目が痛むはずだが、痛みは走らない。病院の一室のようである。白く薄いシーツが上にかかっているようである。そして、目の前には死神がいる。
「…やっと、起きたんだ…」
「俺と女の子、助かったんだな!! 奇跡としか言いようが無いな!!」
晴喜は弾むように死神に言う。死神はうつろに目を開け、晴喜の下を見る。晴喜は死神の目の方向にゆっくりと目を動かす。
――抜けていく感じは、これだったんだ・・・
あるのは目をうつろに開け、静かに横たわっている晴喜自身であった。それを見て、晴喜は一瞬ショックを受ける。
「俺…は、死んだのか?」
「少女の方は、貴方のおかげで一命は取りとめたけど、川から何とか助けてもらったときには、既に…」
「そうか…」
晴喜は口元に苦笑いを浮かべる。同時に、「これが運命だったんだ」と自覚したときでもあった。軽くなった意味、暖かさも、寒さも感じない訳、全てが分かった。晴喜は、霊安室の床に、静かに座り込む。
「ごめんなさい」
死神は晴喜に向けて言葉を放つ。晴喜は少し無言でうつむくが、作り笑いをしながら死神に微笑む。
「いいって、いつかは死ぬ運命だからな・・」
死神から一滴の雫が落ちる。目からである。晴喜はそれを見ながら、ゆっくりと立ちあがると、死神の側に行き、肩に手を置く。死神は、大声で泣き始める。
「まだ、時間があるはずだったのに!! 何でこんな事になるの!?」
――泣かなくたって、良いんだ
晴喜は、泣き崩れる死神を見ながら、心の中で呟く。手からは、なんの感触もしない。
静かな部屋の中で、誰にも聞こえない泣き声が、大きく響いていく。晴喜は、笑いながら、ずっと死神を励ましていた。
「では、これから、三途の川の船に乗ります。準備は良いですね?」
死神は静かにそう言う。辺りは一面、白い花が咲いていて、霧がかかっている不思議な所である。男は、白い浴衣をゆらゆらと揺らしながら、楽しそうに辺りを見まわっている。首にはポーチのような者が付いていて、中からシャラシャラと音がしている。
「珍しいからはしゃぐのは良いけど、これから閻魔様に会うんだからね? 大丈夫?」
死神は心配そうに言うが、それを聞いた男はビっと親指を立てる。そして、顔には満面の笑顔が咲き誇っている。花で表現するなら、ひまわりである。白く、暗い雰囲気のする花の中に、一つの黄色く明るい花が混じっているようだ。と死神は思う。
男は綺麗に澄んだ色をした川に浮かぶ船に乗ると、漕ぐ役目のような人に首のポーチから三枚小銭のような物を渡す。すると、人はオールをゆっくりと動かし始め、川の向こうの濃い霧へと進んでいく。
「また、会えたら会おうな!!」
男は元気いっぱいに手を振っていく。死神は、それを見ながら手を振り返し、見送りが終わると川と逆の方に消えていった。
少年―祭晴喜―としての人生は、この日、この場所で、遂に幕を閉じたのであった。
―――――エピローグ―――――
あれから十年経ち、秋の季節が再びやってきた。夏のように暑かった1年前とは違い、身も凍えるような寒さであった。町の者達は、近くの公園に集まり、焚き火をしたり、その焚き火で芋を焼いて食べたりしている。
そう言う事でにぎやかな街中を、目立つ真っ白な長衣を着た少女が歩いていく。背中には彼女の背丈以上もありそうな長く、光が反射して鈍色を放つ鎌を持っている。しかし、誰も気づいてはいない。前に人がいても、ぶつからずにすうっと通りぬけてしまう。
その少女―死神―は、左手に赤いボードを持って、前にいる幼女の後をつけている。
「西潟 沙耶、五歳…十時十分ぴったりに車に跳ねられ即死…っと」
さらさらとボードにクリップで留めてある紙に羽ペンで書きつける。そうした後に、母親と手を繋いで幸せそうに歩く幼女を見る。
「はぁ、なんでこんな子が死ななきゃ行けないんでしょうか?」
死神は溜め息をつき、再度目の前の男をすり抜ける。そして、左にある時計を見た。「十時九分」と書かれた赤い文字がはっきりと見える。「そろそろ…」と死神は横断歩道を渡ろうとする親子に目を戻す。
ドンッ
何か、鈍い音がする。幼女が一瞬手を離したときに、反対側から歩いてきた男にぶつかった音だった。幼女は横断歩道から勢いで飛び出て、十字路に飛び出してしまった。勢いをつけた車が幼女の前に迫ってくる。
「全く、こう言うときに限って、運命って当っちゃうなんて・・、変ですよね?」
ボードで顔を隠し、見えないようにする。時計はあと三秒で十分である。三・ニ・一、とカウントを心の中でした後、ボードを顔の前から取り除く。
「え!?」
幼女は轢かれていなかった。小学生くらいの男の子が泣く幼女を抱えている。「大丈夫か?」などと声をかけつつ、冷や汗でまみれている。母親は、泣きじゃくりながら、ありがとうございます。と言っている。「少年!! よくやった」等と助けに出ようとしていた者たちは言っている。
「デジャヴ感じるんですけど・・」
死神は溜め息をつきながら少年を見てそう言う。しかし、その表情には、微かな笑みが含まれている。
ボードを見ると、「西潟 沙耶、五歳…寿命『八十年』」としっかりと書きこまれている。そして、空から手紙が一通落ちてくる。やはり、十年前と同じ内容であった。
『西潟を助けた少年の寿命がコピーされて、またもや天国で反乱が起きてしまっている。四週間と言う寿命をセットし、少年『勝谷晴之』を天国へ送る事・・』
死神はクスリと笑う。そして、走り去ろうとしている少年に着いて行く。
――やはり、一人暮しなのだろうか? それとも?
――やっぱり、明るいんだろうな?
死神は、走る少年の背中を見ながら笑いを堪えて色々な事を考えている。そして、向こうには聞こえていないが、笑みを浮かべて、こう言った。
《久しぶりですね》
完
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2004/10/25(Mon)21:22:35 公開 / ニラ
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■作者からのメッセージ
最期まで書き終えました。後は、誤字など、修正を入れて終わりです。メイルマン様・卍丸様・神夜様・水柳様・ささら様・エテナ様、厳しいアドバイス、感想等、どうもありがとうございました。次回の作品では、もっと成長できるよう努力したいと思います。では、次回作も見ていただけると嬉しいです!!
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