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『貴方を思って過ごしたついさっきの時間』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:愁夜
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あなたは覚えているだろうか。
私の言葉を。
あなたは覚えているだろうか。
私の温もりを。
あなたは覚えているだろうか。
私の瞳が睨んだ先を。
あなたは覚えているだろうか・・・?
第一章:記憶の中のあなたを辿れば少しくらい胸の痛みはひいていくだろうか。
「捨てた女のことなんて、覚えてない」
そう、真っ先に言われたことを今でも私は覚えている。
ここは街の一角にある喫茶店。昔の雰囲気を帯びた店内は、私のお気に入りだった。
私と彼は日にあたる方の窓に座っていた。彼の顔は光に当たっていてところどころに陰影を作っていた。
かしゃ、と私は音を立ててコーヒーの入ったカップを置いた。それで少し、跳ねたコーヒーが指についた。
「“捨てた女”?」
私は聞き返した、と思う。
彼は小猫を捨てたように軽々しく、言った。
「そ。もうお前のことなんて、何も覚えてないよ」
だからもうお前も俺を忘れれば? と彼は、皮肉を込めて私に言った。
「忘れられない、と言ったら、あなたはどうするの?」
ちら、と彼は私に視線を向けて抑揚のない声で言った。
「どうでもいい。俺はお前のことを覚えてない。お前と寝たことも今では過去だ。下らない」
私の胸が、微かに痛んだのを、私は覚えている。
「てか、本当にお前ウザい。俺に女がいること、お前知ってるだろ?」
独り言のように、彼は言う。しかしその独り言を、私は黙って聞いていた。
「キスもしたし、もう何回も寝てる。だからお前はもう用無しなんだ。なのになんで呼び出すよ?」
私は無意識に膝の上に置いた拳を握り締めた。掌に爪が食い込んで、痛かったのを覚えている。
黙り込む私に、彼は冷徹な言葉を投げかける。
「でももうお前は別れる前から用無しだったし、飽きてた」
痛い、痛い。でも握り締めた拳はなかなか開かず、力は強くなっていくばかりだった。
「お前も俺の帰りが遅いわけを知ってたんだろ?」
ふと問われて、私は顔を上げる。
喋ろうとしたが、なぜか喉が嚥下していて、うまく言葉が出せなかった。
「…わ、たしは…」
渇いた声で、続けた。
「てっきり…仕事が遅いからだと思って…」
「だからお前は甘いんだよ」
言葉を続けようと思ったが、彼にぴしゃりと遮られてしまった。
「お前、それ昔っからかわってないな。人を必死に信じようとする癖……。それって性格の問題か?」
煙草を指に持ち、軽蔑の目を私に向けて彼は言う。
「お人好しなのはわかってる。とっくの昔にわかってる。だから俺はお前を捨てることを躊躇わなかった」
煙草を口に咥え、煙を吸う。そして吐いた。
「世の中、そんなに甘くはないんだぜ。人を信じるのは勝手だが、信じすぎるのはこっちにも迷惑なんだよ。ウザいんだよ」
立て続けに気にしている欠点を突かれていた。
ウザい、という言葉は聞き慣れていたはずなのに、なぜだろうか。とても胸が痛い。
「お前もさァ、なんで今更俺を呼び出すわけ? 俺はヤサシイから来てやったんだけど。てか、何? 今更よりをもどそう、とか、言おうとしてたわけ?」
私は黙り込む。ぷつ、と掌につきたてていた爪が音を立てて掌の皮膚を薄く突き破った。
微かに、血が滲む。
「…とにかく、もう俺の前に顔を出すな?」
乱暴に立ちあがり、彼は乱暴に店を出ていく。入り口の近くに座っていた客が、目を丸くして見ていた。
「………スキ」
口から密やかな独り言が、零れた。
“スキ”だという思いを言葉にすれば、本当に痛みはひいていくのだろうか。
ぽた、ぽた、と膝の上に置いた拳の上に涙が落ちる。やがてそれは拳から流れてその下のスカートに達し、小さな染みを作った。
喉から、小さな呻き声が、搾り出された。
その夜は、一晩中寝られないのが印象に残っている。
それは、一週間前の話だ。
ある朝、またこんな夢を見た。
あなたがだんだん遠くなる夢。
手を伸ばしても届かないくらい遠くに。
あなたの背中がだんだん霞んでいく。
もうあなたが見えない。
お願い、行かないで。
私を置いて行かないで。
行かないで、ねえ、行かないで、と私は叫んだ・
「……っ!」
私は跳ね起きた。目を開けた瞬間カーテンから滲み出る太陽の光が入り、眩しくて目を閉じた。
よくよく考えてみたら私は何故か、正面に手を伸ばしていた。
彼を掴もうとしていたのだろうか。でもその手の中は、当然ながら空っぽだった。
“夢か………。”
私は無意識に前髪を掴む。私の髪の色はけっこう薄めで、太陽の光に当てると金色に光る。
はあ、と私はため息をついた。
これで何回彼が行ってしまう夢を見たのだろうか。もう数え切れないほど見てしまった夢は、毎日同じ場面から始まる
しかし見るたびに彼の背中は遠くなってしまう。今まで側にいたのに。
どうして。あんなに側にいたじゃない。
なのになんで、あの女のところへ行ってしまうの? 私はそんなに嫌な女だった?
どろどろの思いを駆けめぐらすたびに、ぐしゃ、ぐしゃ、と前髪を掴む。引っ張って引っ張って、ついには髪を十数本くらいを一気に抜いてしまった。
「あ………」
手の中の髪の毛を、しばし私は凝視する。
またやってしまった、と後悔の念が心の中を埋め尽くすが、これも毎日のことだった。だんだん慣れてしまっているのかもしれない。もうすでに私の前髪はほとんどなく、そこだけ円形脱毛症のように見える。
「…………」
ふと、私は左にあるベッドを見つめた。
そこは彼のベッドだった。同棲している間、ずっと彼がそこで寝ていた。
彼の持ち物はそれだけじゃない。一緒にペアで買ったマグカップや、彼のパジャマ。ネクタイ、それに彼が吸っていた煙草など、彼が側にいた頃の物がこの部屋にはまだあった。
それを見るたび、彼との幸せだった時間を思い出す。ついさっきのことのようにも思える。
だけどついさっきいた彼は、もういない。どこかへ行ってしまったのだ。
「…………」
どこへ行ってしまったのだろう。今から追いかけたらまだ間に合うのかしら?
「…………」
どうすれば取り戻せる? あなたと過ごした時間を埋め合わすことはもうできないのかしら?
追いかけて、追いかけて、辿りつけば笑顔で抱き締めてくれる?
抱き締めてくれる?
「……戻って、来てよ」
口から、小さな呟きが、漏れた。
それは心に溜めていた想いで、決して外には出したくない、言葉だった。
「あの女のところから…帰ってきてよ…」
止めたい。だけど溢れ出した言葉は、止まらなかった。
「抱いてよ…、私だけを抱いてよ…、あの女なんか抱かないで」
涙が出る。おびただしいほどに流れる涙は、布団に吸いこまれて消える。
「帰ってきてよ…、戻ってきてよ…」
いっそのこと私なんか殺してくれればいいのに。
「私を殺してからあの女のところに行けばよかったのよ!!」
背中を丸め、声をあげて泣いた。泣き声はしん、と静まり返った部屋に冷たく響く。
微かな匂いが、わたしの鼻を付いた。
それは彼が吸っていた煙草の煙の、特有の匂いだった。
彼がいたという証拠は、この部屋の中にはたくさんある。
しかし、彼がいないというのに、なぜその証拠たちは、消えないのだろうか。
煙草の匂いがどこかに染み付いて、消えない。
彼の名残は、こうして私を苦しめる。
「―――ああああああああああああああああああああっ!!」
いっそのこと、私なんか殺してくれればよかったのに。
そうすれば、あなたの名残に苦しめられるはずがなかった。
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2004/10/19(Tue)18:28:41 公開 / 愁夜
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■作者からのメッセージ
愁夜です。むちゃくちゃ書き直したりしてみました。
いや、読み直してみるともうおびただしいほどの失敗が見つかりました。
「おい何書いてんだよ」と自分で言ってしまうほど欠陥が見つかってしまいます;
村越サマ、彩サマ、ささらサマ指摘をありがとうございました;;
まだまだ続きますが、また変なところがあればビシバシ指摘してください++
まだまだ頑張ります★☆
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