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『DJマーリンの冒険1〜2』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:霧
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1.日没
魔法とは内なる力から出るものだ。人間の中で唯一予測不可能な力と言ってよい。人間の中に眠る不思議な魔法の力……すなわち魔力を心の中で構想し、放出する。その際には呪文が欠かせない。なぜなら魔法を具現化するのにはそれに決まった言霊を載せる必要があるからだ。
魔法の種類によって呪文は異なる。例えば炎の魔法ならば、『レッジエルガ』と唱える。別に『レッジエル』と唱えても魔法は発動する。しかし、『レッジエルガ』と唱えた方が、その魔法の威力は増すのである。これは魔法が生まれ、長きに渡って研究されてきた結果である。そのほかにも、個々の魔法にはこのような最適な呪文が備わっている(まだ最適なものが見つかっていない呪文もある)。ここで学んでいるのはその、最適な呪文のみである……。
「こういうのってさ、ウンチクっていうんだよね」僕はそう言って教科書を投げ捨てた。
「まあ、そうだな」アルも不満そうだった。
「絶対こんなの普段の生活で気にしないぜ。うちの母さん見てみろよ。『洗濯呪文』を唱えるときなんか、こんなこといちいち考えてない」
僕は短く笑った。
「うちも同じ。ていうか、僕剣士クラスに進むんだ。だから魔法は関係ないよ。この一年、僕にとっては悪夢だ、あーやだやだ」僕は赤い髪の毛をかきむしった。
「でもさ、俺魔法クラスに進むけど、剣術のテスト、ダニエルより成績よかったぜ」アルはニヤリと笑った。
「どっちかっていうと剣術が得意なだけだろ?」
「どうせ僕、成績悪いけどさ、そんな言い方なくない?」
「いや、実際そうじゃん。お前、俺に一個でも勝った教科あったか?今度も俺がいただきだな」
僕はアルをぶんなぐりたい衝動を、どうにか押さえた。たまにこんなこというが、いい奴なのだ。
「いいよ。テストは明日からだろ……見てろ、剣術だけは勝ってやる」
「明日、剣術のテストないぜ」
下は魔法使いの誕生から繁栄までの簡易年表である。空欄を埋めよ。
BC□世紀、初の魔法使い、キングス・マーリン生誕。魔法使いとして幼少から絶大な力を持っていたが、周囲はマーリンを軽蔑した。
BC□□□年、キングス・マーリン孤立化。世界にいる魔力を持ち、孤立化した子供達を集め、魔法を研究するとともに、魔法を教える。この時、呪文□□□□□を発見。
AD□□□年、マーリンの子孫、および弟子が世界各地を旅し、素質のある者に魔法を伝える。
AD□□□□年、各地で魔法使いの集落が出来る。
AD1541年、□□の村が初めて魔法使いの学校を設立。
AD1914年、魔力を持たぬ者同士による戦争により、魔法使い達は被害のない場所へ集団移住。(□□□□の大移動)
AD2569年、魔法使いの数は億単位へ。この星の崩壊を防ぐため、初めて魔法使いと魔力を持たぬ者同士が会談する。(名言、魔法をエネルギーへ!)ちなみに魔法使いの大使館は□□□□・マーリン。
AD2570年、交渉は決裂。魔法使い達は星を守るために武装蜂起。全ての危険な武器(□兵器)を消滅させ、魔法を持たぬ者は滅亡。それ以後、現在に至る。
これは、歴史。ああ……もうだめだ……。全然分からない。大体なんでこんないつだか分からないようなものの物勉強しなきゃいけないんだ?今がよければそれでいいじゃないか!
僕はもう面倒になって、机に突っ伏した。その拍子に鉛筆を床に落としてしまった。鉛筆が、僕の3つ前の席まで転がっていく。もうどうでもいい……。僕は窓の外の美しい自然を眺めていた。
こりゃ駄目だ、失敗。手ごたえなし。
今度は魔法の実技試験だ。クラスの皆や先生が見ている前で、魔法を数メートル離れた的に当てる。といっても、皆は魔法クラスに入って専門的な魔法を身につけない限り、的に届く前に魔法が消えてしまう。だからどれぐらい魔法を飛ばせるかを試すわけだ。的まで届けば満点。
「ダーツ・リトケット!」
ダーツが呼ばれた。成績優秀。模範生。でも性格は悪い。どのクラスにも、必ず一人はいるんだこういうの。
「ブルースコルド!凍れ!」ダーツの右手から、青い光の弾が勢いよく炸裂した。弾は勢いをとどめることなく、的に突っ込んだ。しかも、真ん中に……。的は瞬く間に凍った。
「すごーい」見物席でエミー・リントスが言った。僕もエミーにこんなこと言われて見たいよ。
「ダニエル・イーグル!」
「笑える失敗してくれよ。俺最近勉強漬けで、ストレスたまってんだ」ダーツがすれ違いざま囁いた。ええい、頭に来る!
僕は線の上に立った。顔は間違いなく青ざめているだろう。
「ダニエル!頑張って!」エミーの声がした。これで赤くなればちょうどよかったのだが、僕の顔はますます青くなった。……なんで生徒が見てる前でやるわけさ?
もう逃げられない。僕は全神経を両手に集中させた。イメージしろ……自分の魔力を手の中で練り上げる……。そして、呪文を唱え、一気に魔力を放出する!
「レッジエルガ!火炎よ!」何も起こらない。会場がシンとなった。ざわついてていいのに。
「レッジエルガ!火炎よ!」変化なし。あと1回何も起こらなかったら、0点だ……。
「レッジエルガ!火炎よ!」すがるような思いで叫んだ。僕の右手が赤く光った……やった!と思った瞬間には、僕の右手が燃えていた。一瞬僕は自分の右手を見た。そして……。
「うわ!」
失敗。しかもエミーの前で。多分0点だ。でも一応燃えたから、10点くらいもらえるかな?
いずれにしても、よくはなかったことは確かだ。
次の問いに答えよ
剣術はどんな何に役に立つか、自分の言葉で書け。
これは、剣術の筆記試験。しまった……。実技の特訓しかやっていなかった……。これだけは落とすわけにはいかないのに……。
とりあえず、適当に書いた。『剣術は本当に役に立つ。動物を狩る時なんかは、剣術を使えた方が、もしもの時に役に立つ。それに色々な国で魔法禁止の武術大会があるので、賞金稼ぎにも便利だ』見直してみてもふにゃふにゃした、頼りない文章だ。もっとシャキっとした感じの文章で書けないもんだろうか。
その時、恐ろしい音が鳴り響いた。テスト終わりのチャイムが鳴ったのだ。
「全教科クラスワースト10以内。今までで最悪の出来だぞ」ゴンドル先生が結果表を渡した。
「今回は、気合入れたんですけど……」
「結果を出せ、結果を。努力すれば出来ないことなんかないぞ」
自分の身長が一メートルほど縮んだように思えた。……最悪だ。父さんと母さんになんて言ったらいいんだろう……。
アルは僕の雰囲気で現状を察したのか、今回のテストに関しては僕をからかわなかった。「なあ、もういいかげん元気出せよ」アルは僕の方を叩いた。
「こんなに最悪なのは初めてだよ。一番よかったのが、実技の剣術のクラスワースト10だぜ。やってられないよ」もう何もかも投げ出したい気分だった。
「お前は頑張ったかもしれないけど、他の連中の方がもっと頑張ってたってことだよ」別に励ましになってないよ。
「魔法にしても最悪だよ」僕は悪い所を次から次へと発掘していった。
「お前、魔法クラスにはいかないんだろ?」
「そうだけど、少しは出来とかないと困る。魔法で炎を作り出すことなんか、中学部の1年部門だ。僕達今何年生だよ」
「中学部の3年」
「笑っちゃうよ」本当に笑ってしまった。
「あのダーツが、また僕のことを笑いものにする」
「ダーツと俺達は住んでる世界が違うんだって!いちいち気にするなよ!いらいらするなあ!」
落ち込んでるのはこっちなのに、怒られても困る。
「じゃあまた明日」僕はさっさと逃げることにした。
「ああ」アルはぶっきらぼうに言った。その声は間違いなくいらついていた。
「ただいま」
「おかえり。テストはどうだった?」
それを聞くなよ。僕は首をよこに振った。
「そうか……ま、次頑張れよ」父さんはたいしたことではないかのようにそう言った。
僕の父さんも母さんも、成績のことで僕を叱ったことはない。もう諦めているのか、それとも成績は人生に大して影響が出るわけじゃないとでも思っているのかのどっちかだろうと思ってきたが、最近になって新しい考えが生まれた。
怒ってくれないことが、逆に僕を落ち込ませる。母さんと父さんは、僕のことを愛していないんじゃないか……?そういうことだ。
僕は明らかに周りとは違っていた。赤毛、小柄な体系、そして何より、両手首に巻きつくような形で魔法による入れ墨が刻まれている。額にも近くで見ないと分からないが、紋章のようなものがある。
母さんに「なんで僕の体だけ色々な模様があるのか?」と聞いてみたことがある。母さんはこう答えた。
「お前が私達の息子であることの証しだよ。これだけは『変装呪文』でも真似できないの」 しかし、周囲には入れ墨や紋章のある子などいない。そこでこう思った。
僕は、本当に人間なんだろうか……?答えは出ていない。
僕らの村は森の中にあるが、近くにはさほど高くない山もある。悲しい時はここに上る。何故って聞かれても困る。あえていうならそこに行きたくなるから。あたりはすっかり暗くなっていたが、僕はそこへ行った。
しかし、そこには先客がいた。僕の心臓がバクンと鳴った。
「エミー……」
「ダニエル。何してるの?」
「何もしてないよ。君は?」よし、変な台詞じゃないな。でも、今さらエミリーが僕をどう見てるかなんて、考えるだけ無駄かも……。
「見れば分かるでしょ?星を眺めてる」
「どうして?」理由などないだろうが、一応聞いた。それ以外に会話を続かす術はない。
「私、テクノシティの高等部に行くの。だからこの景色もそんなに見れないんだ」
……初耳だ。僕はしばらく凍りついた。テクノシティは世界で一番発達した都市と呼ばれているが、その位置はこのソルグの村のはるか東。とてもちょっといってこれるような距離ではない。
「そっか……エミー、頭いいしね」
「ショック?」エミーはくすりと笑った。
「うん。まあ」ポーカーフェイスっていうんだよな、これ。
「でもエミー凄いじゃん。ホントは嬉しいことなんだよな。僕なんか……いいところなんかこれっぽっちもない。何をやっても失敗する」
「失敗するのは悪い事じゃないわ。大切なのは夢を持って、進もうとする心。ダニエルは、何になりたいの?」
「剣士」即答。でも、成績は見てのとおり…だ。
「そういえば君、剣術の授業だけは真剣だね」
「だけはって……ひどくない?」
エミーは微笑んだ。
「これ、ダニエルにあげる」取り出されたのは一冊の本だった。『剣術の書』
「ダニエルって技術はすごいじゃない。でも力がないのよ。だからうまく出来てないように見えるだけだと思う。とりあえず力をつけて、それで勉強してみるといいわ」
「ありがとう……でも、なんでこんなの持ってるの?」
「私、剣術だけは苦手だから……」エミーが赤くなった。
「出来るだけ早く見てね」
「あ、うん」僕も赤くなっていた。
「さ、早く帰ろ!……あ」
「え?」僕もエミーの方向を見た。
村が燃えている。
「……火事?」エミーは呆然としていた。
「違う、村のところどころが燃えてる……」
「私、家を見てくる!」
「僕もだ。じゃ、また明日、学校で!」
火事……のはずがない……。
じゃあ、なんだ?
僕は家の前まで来た。そして、心臓が凍りつくような物を見た。見知らぬ男が、僕の家の前で火をつけようとしていた。
「ア、アンタ何やって……」
「腕輪はどこだ?」間髪いれずに男が言った。
「腕輪?」本当に分からない。
「そうか、お前も何も知らないか」男がこちらの方向に右手の指先を向けた。何かやられる……!僕はそう直感したが、動く事は出来なかった。
「レーグブラ……」
「レッジエルガ!」右側から炎の弾が現れ、男を襲った。アルだった。アルは左手に持ったこん棒のようなもので男の腹を思い切り殴った。男は火だるまになりながら倒れ、のた打ち回った。
「ダニエル、こんな所で何やってんだ!早く守りの地下倉庫へ行くんだ!」
「何だって?」
「伝達魔法だ!お前の父さんから連絡があったんだ!伝わらなかったのか?」
ダニエルは首を振った。伝達魔法はどんなに離れていても伝わるが、動いている者には伝えることが出来ないのが欠点で、これはこの魔法の最適な呪文ではないとされているため、現在学者たちによって研究が進められている……と、あとになって知った。
「とにかく急ごう!あの森の中だ!」森といってもそんなに迷うような森ではない。せいぜい子供の遊び場程度だ。だが、そこに守りの倉庫はある。
「何が起こってるんだ?」僕は走りながら尋ねた。
「この村は襲われてるんだ!」
「誰に?」
「知らねえ!着いたぞ」
そこは気造りの小屋のような場所だ。だが、この小屋の地下室に、魔法の倉庫が眠っている。
二人は戸を開けた。そこには既に父さん母さんをはじめ数人が集まっていた。そのほとんどが、子供だ。だが、エミーの姿は、ない。
「父さん、これはなんなの?」
「細かく説明している暇はない。ダニエルが来たことだし、手短に話そう。ここが襲われるのも時間の問題だ」
「どういうこと?僕が来たからって……」質問が次から次へと溢れ出した。
「ダニエル、黙って」母さんが止めた。
「話を聞きなさい……」
「奴等はこれを狙ってこの村を襲った」父さんが、それを高々と掲げた。それは見事なまでの黄金の腕輪だった。
「この腕輪は決まった呪文さえ唱えれば封印が解け、魔力を増大させる。ざっと、100倍か……この数字がいかにとてつもないか、分かるな?」
「今のダニエルの炎魔法が、この村をまるごと覆うぐらいの大きさになります」ダーツが言った。言い方がどこか気に入らない。
「そうだ。ということは、一流の魔法使いがこれを使えばどうなる?」
世界を牛耳ることさえ可能かもしれない。
「腕輪の封印を解く呪文はどこかに深く眠っているという話だが、ここに来てそれを探し出す連中が出てきたと聞いている。あいつらがそうだ。そんな連中に腕輪を渡すわけにはいかん」父さんは僕を見た。そして無謀なことを言った。
「ダニエル。お前は、これを持って、遠くへ逃げろ」
空気が凍りついた。
「……そんな、そんなこと、出来ないよ。無理だ……」
「出来る」父さんはガンとして受け付けない。
「何故僕がやらなきゃいけないのさ?アルは?ダーツは?ダーツなんか僕よりずっと魔法が使える!」焦りと不安で笑みすらこぼれた。
ダーツは黙っていた。『俺がやる』とでも言ってくれればいいのに、誰もそんなことは言わなかった。所詮、自分には荷が重過ぎるとでも思っているのだろう。それなら皆より成績の低い僕はどうなるんだ?
「聞け」父さんの声には重みがあった。皆父さんを見た。すると、急に疲れたような声になった。
「いつかは言わねばならないと思っていたが……」
一瞬の沈黙……。
「お前は、私達の本当の息子ではないのだ」
夢に決まってる。
間違っている。そんなの嘘だ。
しかし、外に聞こえる叫び声、木の床の冷たい感触、そしてこの部屋の空気が、これは現実だと言っていた。
「お前の名前は、ダニエル・イーグルではない。本当の名前は、ジンクス・マーリンだ」「ジンクス……マーリン?」マーリンって……!
「そう。最も古来の、最も偉大な魔法使いの血を、お前は受け継いでいるんだ」
「でも、僕の魔力は……」
「お前の魔力が低いのは、右手の入れ墨のせいだ。それは、封印の入れ墨だ。お前の魔力はそれによって封印されている」
だから父さんも母さんも僕の成績のことで何も言わなかった。僕の力が封印されていたものだと知っていたから……。
「分かったな。とにかく逃げろ。知りたいことはまだあるだろうが、もう時間がない。皆、いいか?」
父さん、いや、イーグル氏というべきだろうか……は今度はそこにいる子供達によびかけた。
「皆も、逃げるんだ。君たちには未来がある。私達は君たちが逃げる時間を稼ぐ。とにかく今すぐこの村から離れるんだ。そして、遠くへ行け。見つからない所へ」
しかし、そこにいた小さな子供が言った。
「おじさん、だけどまだパパやママと話してもいない。こんなの……」
「いいから行け!」ついに彼は怒鳴った。ある者は涙しながら、ある者は必死でその小屋を飛び出した。
小屋の中には、数人の大人と、僕とアルが残された。
「父さん……母さん」
父と母だった二人は、僕と目を合わせようとしなかった。
「……お前も、行け。東に町がある。その町の長が、詳しいことを話してくれる」
「母さん……」
「もう、母さんじゃないわ、ジンクス。行きなさい」
僕は二人をチラリと見て、そして背を向けた。……涙を見られないように。
「ダ……ジンクス。腕輪を守れ」彼が言った。呟くような声だったが、僕ははっきりと聞き取れた。
僕は裏口のドアを開けた。いいようのない深い悲しみが襲った。ここに残り、アルに腕輪を渡して、果てる。実現不可能なシナリオが次々と浮かんでは消えた。
「そして、幸せになれ」
僕はドアを閉めた。
「ダニエル!」アルが僕の頭を叩いた。
「いつまでそこにいるんだ!早くここから逃げるんだよ」
「もう、父さんと母さんに会えない」僕ははき捨てるように言った。アルは僕の胸ぐらをつかんだ。
「寝ぼけんなよ、そんなの、俺も同じなんだよ!」
……目が覚めた。「……行こう」
僕は収納の袋(どんな大きさのものでもこの袋に入れることが出来る)を腰に巻き、黄金の腕輪と一冊の本をその中に入れた。……さっきエミーがくれた本だ。
「……待って」
「なんだ?」
「エミーは守りの倉庫に来てなかった」
アルはしばらく黙っていた。
「……どうするんだ?」
「助けに行く」僕は決然と言った。
「正気か!」
「正気だ。大人たちは村の裏口を守ってる。村の中は多分無防備だ。そこにエミーはいるんだぞ!」
「駄目だ!お前は腕輪を守るんだ!せっかく村の皆が作ってくれた逃げ道をぶち壊すつもりか!」
「じゃあ、エミーを見殺しにするのか?」僕はアルを睨みつけた。やがてアルは、深く息を吸い込んでこう言った。
「俺が助けに行く」
僕は、走っていた。限りなく速く、限りなく遠くへ。
「エミーは、俺が必ず助け出す。エミーを連れて、お前に会う。俺とエミーとお前の三人で、一緒に旅をするんだ。だから、お前は先に行け」
アルの最後の言葉が、頭の中にむなしく鳴り響いていた。
アルは決して強い戦士ではない。大人の一流の戦士と戦えば、その結果はわかりきっている。
しかし僕は止めなかった。止められなかった。アルの言葉を聞いて、行かなければならないと知った。だけどエミーを助けに行くのをやめ、自分と共に行こうとも言えなかった。 僕は止まってはいけない。15年間ともにした村を捨て、親友アルを捨て、恋人エミーを捨てても、走らなければならなかった。
僕は走っていた。泣きながら。あまりにも突然に、あまりにも遠い世界へ。あまりにも暗い世界へと。
景色が動いていく。
2.弱者
ソルグの村、生存者名簿
@ダニエル・イーグル
Aスール・ヴィークン
B……
C……
P……
以上の者は、生死を問わず、連行せよ。
東に町がある。
その言葉を信じて、僕は歩き続けていた。もはや走る必要もない。もう村から大分離れた。追手もここまではこない。
悲しみと現実逃避が重なり、すっかり感覚がなくなっていた。しかし、気が付いてみれば、既に一夜が明けていた。止まってもいない。後ろを向いてもいない。ひたすら歩きつづけた。しかし、村らしいものは全く見当たらない。見わたす限り、草、砂、草、草、だ。
僕の疲労は精神的にも肉体的にもピークを迎えようとしていた。特に空腹。この辺には幸い凶暴な動物はいないようなのだが、普通の動物もなかなか現れない。しかも動物を捕まえたとしても火を起こせない……。
溜息が漏れる。
その時、僕は見た。カラスの群れが、木の上に止まっているのを。千載一遇のチャンだ。仕留めるしかない。
「石……!」
石を拾った。構え、カラスをじっと見つめる。恥ずかしながら、15年間の人生の中で一番真剣になった瞬間だった。
投げる。
いつもどおり、外れる。
僕はフッと笑った。自分を嘲った。
「これがあの、キングス・マーリンの子孫か。見事な石の投げ方だ」
呟き、地面を思い切り蹴る。惨めな光景だ。自分で思うのだからもはや最悪だ。
「随分お粗末だな」
背後で声がした。……しまった!全然気づかなかった!追手がひそかに……?僕の脚は凍り付いて動かない。かろうじて首が動いたが、その前にそいつはこう叫んでいた。
「こうやるんだよ!」
……あれ?
「レッジエルガ!」
炎の弾丸が僕の横を通り、カラスに直撃した。カラスは羽根をばたつかせながら逃げようとしたが、その羽根が燃え、地面に落ちた。
「やっと見つけたぞ」
「ダーツ!」僕は思わず叫んだ。
ダーツ・リトケット。成績優秀。性格悪し。僕の天敵だったが、この時ばかりはそんなことも言ってられない。僕は初めてこいつにあって感激した。
「逃げ切れてたのか……」
アルやエミーだったらなおさらよかったのに……。そんなことは勿論口には出さない。
「お前が逃げれるなら、俺は大丈夫だ」
学校ならば、僕が何か言い返す。だけど、そんな日常は終わりを告げた。
「エミーは?アルは?あいつら、生き残ったのか?」僕は次々に聞いた。もう何年も人と話していない気がした。
「知らないね、そこまで天才じゃない」さらりと言ってのけた。やっぱり、こいつは僕の天敵だ。
「村はどうなった?お前、どうやって逃げた?お前……なんで僕とここにいるわけさ?」言葉が勝手に出てきて止める事ができなくなった。
「黙れ」ダーツはぴしゃりと言った。言葉の波は一挙に消えうせた。
「とりあえず、重要な質問に答えよう。なんで俺がスッポンみたいなお前と一緒にいるのか?ま、不安になったからだな。お前一人じゃ町に辿り着く前に飢え死にするか、動物に襲われるかのどっちかだ。世界の運命を握るお前がそんなんじゃ困る。俺のテクノシティでのプランもパーだ。だからお前が強くなるまで一緒にいてやることにした」
僕はムッとして言った。「いいよ。僕、お前と一緒なんてまっぴらごめんだ」
「そうか?これはなんだ?」ダーツは地面に落ちていたさっきのカラスを拾い上げた。……焼かれた獲物……。
「よこせ!」僕はもの凄い勢いでダーツからそれをひったくった。そして、目にも止まらぬ速さでかぶりついた。決してうまくはない。だが、味などという贅沢なことを言ってられるか。
「おい」
僕はダーツを見た。……なんと、ダーツの持つ剣の先が僕の目の前に突きつけられている!
「ほざいてんじゃねーぞ」もの凄い剣幕だった。
「飯も自力で食えないような奴が、この先腕輪を守り通せると思ってんのか?俺がわざわざ助けてやるっつってんだ。もし断るなら、ここでお前を仕留めて俺が腕輪を守る」
背筋が凍った。……こいつは、本気だ。そう直感した。村にいたときと雰囲気がまるで違う。
「……分かった……悪かった」
「……よし」
ダーツは剣を収めた。僕は震えながら立ち上がった。
これもトラウマになるだろう。
「あとちょっとで村に着く」ダーツが歩き出した。
「やっと着く……」僕は独り言を言った。ダーツに話し掛ける気分じゃなか
った。しかし、ダーツはしっかり聞いていた。
「違う。お前の目的地じゃない。休憩所みたいなもんだな。小さい、農家の村だ。名産は油の花。ま、魔力を使わずに何かやるにはこれは何かと便利だ。だがこんなのどこでも採れるようなもんだから、その村は貧しい。一応宿屋はあるがベッドは多分ぼろいな……これ、全部地理の授業でやったはずじゃなかったか?」
僕は何も言わなかった。
「ちなみに、その村の名前はオールス。お前の目的地はポスフル。全く、これだから無知はよ」
僕は黙っていた。
「着いたぞ」
オールスは本当に小さな村だった。建造物は家が10軒ほど。あとは油の花の畑だ。そして、畑で作業(多分、収穫だ)をしているのは見るからに筋肉質な男ばかりだった。
「すいません、どの家が宿屋ですか?」ダーツが男に尋ねた。猫かぶりは天才的だ。ダーツの頼みなら誰でも快く応じる。僕に対しての第一印象もこんな感じだった。つまり最初はいい奴のように見える。
しかし、男の反応は一風変わっていた。ダーツと僕をじっと眺めたあと、不意に気が付いたように「あの家だ」と言った。
「子供が珍しいんだな、きっと。俺達、ここでは見ない顔だしな」ダーツが呟いた。
そして……着いた。宿屋だ……。やっとベッドで眠れる……!生まれて初めてダーツに感謝した。確かに、僕だけだったら飢え死にしていたかもしれない。
宿屋の店員(この人も筋肉質の男だ)の反応も、さっきの男と似ていた。ただ、さっきの男よりはマシな受け答えだった。
「珍しいな。子供か。ん、金?いやいや、そんなもんいらねえよ。子供から金が取れるか。今日一日ぐらいタダで泊めてやるぜ。坊主たち、名前は?」
「ダーツ・リトケット」
「ダニエル・イーグル」
「はいよ。じゃあ、2階の3番の部屋を使ってくれ」
田舎の人というのはいい人が多い。どうやらそのイメージは間違っていなさそうだ。僕らはありがたくここに泊まることにした。
「合い部屋か……ま、タダだからしょうがねえな」やはりダーツには気に入らないところがある。
「そんなに僕が嫌だったらお前が外で寝ればいいだろ?」僕は強い口調で言った。
「立場が逆だな」
僕はダーツを睨みつけた。ダーツは自分は王でこいつは貧民だという顔で僕を見た。やってられない。
僕はダーツのベッドと逆の方向を向いて寝た。とにかく、今は眠い。疲労が限界までたまっていた……。
僕は真っ白な世界にいた。壁も白、床も白。他には何もない。
いや、人がいる。黒いズボン、赤いシャツ、そしてその上に黒いパーカーコート。僕は目を凝らしてそいつの顔を見た。
その顔は間違えようもない、この僕の顔だ!その表情は憎しみのようなもので満ち足りている……。巨大な剣を右手に持ち、構え、こちらを見ている。
そして、その僕が突っ込んできた。飛び上がり、僕に斬りかかろうとした……。
しかし、気がつくと僕はすでに白い部屋にはいなかった。今度は、真っ暗な部屋だった。逃げられたと思い、ほっとしたのもつかの間だった。
残酷な風景が次々と現れては消えていく。エミーが叫び声をあげた。アルが刺された。父さんが吼え、突っ込み、殴られて吹っ飛んだ……。
僕は目を覚ました。宿屋の布団の中だった。
「そんなはずはない」僕は汗をびっしょりかいていた。
「アルもエミーも生きているんだ」そう信じていたい。
くそ、なんでこんなバカげた夢を見るんだ?僕の心の中で、エミーもアルも死んでいると思っているところがあるっていうのか?
馬鹿野郎。僕は布団に潜り込んだ。目の前の光景が布団に閉ざされた。
唐突に、音が聞こえた。床が軋む音……。ドアが開く音……。荒い、呼吸の音……。
僕は布団から頭を出した。そして、見た。
僕のベッドの上で、男がハンマーを構え、今まさにそれを振り下ろそうとしていた。
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2004/10/19(Tue)21:40:29 公開 / 霧
■この作品の著作権は霧さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
何の反響がなかったわけでもないのに、書きたくなったので二話目を書いてしまいました(汗
しかもタイトルの意味が読者の方々によく分からないという(前回は「ファンタジー」という題名でした)
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。