『時を超えて 第一章』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:暁 寛光
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Name:ノア・ケーニッヒ Age:21 BloodType:O‐EX Team:サンクチュアリ
Vanczar:自己開発ヴァンツァー Vanczar Name:Super Nova
Code Number:0710‐62
Record:若くして、ヴァンツァー自己開発に着手。世界初、最年少のヴァンツァー開発者として、世に広まる。自己が開発したヴァンツァーには、基礎能力・プログラム・戦闘コマンドが他のヴァンツァーと違い、通常のヴァンツァーをはるかに凌ぐ能力を持ち、なおかつ装備者の身体能力も飛躍的に向上させる。
上記の者を、我がGASMU(政府公認特殊任務部隊)への所属を許可する。
「今日は、入隊式か。」
堅苦しい入隊面接を昨日終えたのにもかかわらず、今日は入隊式だ。入隊式と言っても、世間に公表されるような入隊式ではない。
「今日もまた、つまらない一日だな。」
渋々ベッドから起き上がり、着心地の悪い部隊衣に着替え、部屋を出た。廊下の突き当たりに、最下部から最上部まで行けるエレベーターがある。このエレベーターは、階に一つづつしかなく、非常に不便な物になっている。
エレベーターに乗りこむと、最下部のボタンはあったが、最上部のボタンがなかった。
「最上部、どうやって行きゃいいんだよ。」
しょうがなく、エレベーターの表示で一番高い九九階のボタンを押した。
「99階ったら、結構高いな…。また退屈しちまうな。」
とにかく退屈が大嫌いだ。常に何かをしていないと苛ついてしまう。もう大分経っただろうと思い、エレベーターの表示を見ると、また五十階ほどだった。
ドアの逆の方を見てみると、下の町が小さく見えた。
「こりゃ絶景とまでは言えないけど、凄ェ風景だ。」
少しの間、その風景を眺めていると、少し懐かしく感じてきた。
「俺も前まではこの町にいたんだよな。」
そんな事を考えていると、再びエレベーターが音を鳴らした。表示は九九階、短いようで長かった。
「コードナンバーを入力して下さい。」
何年前からこの電子的な声が使われていたのだろうか、聞き慣れた電子声がそう言った。
「コードナンバー、0710‐62だ。」
目の前にあった、重々しい銀の扉が開き奥へと続いていた。
「どうぞ、お通り下さい。」
もうすでにプログラムされているのか、コードナンバーを言っただけで通れるとは。
奥へ行くと、短い螺旋階段があり、「Floor 100」と表示されていた。
「やっと来たか。」
螺旋階段の上を見上げると、面接の時にいた上官がいた。
「あ、おはようございます。」
「堅苦しい挨拶などはよい。速く来なさい。」
そう言われ螺旋階段を上り、ついに最上部まで来た。最上部は案外下より狭く、階段を上ったすぐ近くに扉が一つあるだけだった。扉には「最上部最高指揮室」と記されていた。
「入ってアスガルム指揮官長に挨拶を。」
さっきは堅苦しい挨拶はいいと言ったばかりなのに。そんな事は頭から消し、少し緊張気味で指揮室のドアをノックした。
「失礼します、コードナンバー0710‐62、チーム・サンクチュアリに配属する…。」
「よろしい、ノア君だったかな。」
と、それで最後まで言えず、途中でかき消された。
「はい、ノア・ケーニッヒです。」
そう言うと、指揮官長は椅子から立ち上がり、こちらを向いた。
「いい目をしている。優秀な人材だ、もう少し速くこの部隊に入っていればな。」
と、惜しげにそう言った。
「よい、後は自分なりに館内を見て部隊へ向いなさい。」
「ハッ。」
俺の所属した部隊、サンクチュアリは特殊部隊中、最後部に位置する部隊で、
指揮官長及び部隊長の話の後には、ハッの声と共に敬礼が義務付けられている。
「失礼しました。」
ドアを開け、外に出ると《Sanctuary》と刻まれたドックタグが飛んで来た。
「それがお前のタグだ。今日からサンクチュアリのメンバーだ、よろしく。」
飛んで来た方を見ると、同じく《Sanctuary》と刻まれたドックタグを持った人が、四人いた。ドックタグには、名前と誕生日、コードナンバーと血液型とチーム名が刻まれていた。
「不思議そうだな。俺達サンクチュアリのドックタグは他の部隊のドックタグとは少し違う事に気付いたか。」
おそらく隊長らしき人が言った。普通、ドックタグは価値の安く硬い、パドック白金で作られている。だが、明らかにパドック白金にはない光沢と、それなりの重量感がある。
「このマテリアルは、ジェラルドムーン?」
「ご名答。」
ジェラルドムーンは非常に珍しい鉱物で、こんなドックタグに使用するほどのマテリアルではない。
「でも、何故ドックタグ一つに、ジェラルドムーンを?」
と、質問すると思っていた通りの解答が返ってきた。
「それだけ俺達がエリートと言う訳だ。他の部隊とは比べ物にならないくらいのな。」
「んな事はいいから隊長、自己紹介しましょうや。」
確かに、こんなドッグタグ一つの話をしている場合ではない。今、俺は目の前にいる人達が、サンクチュアリのメンバーだとしかわからない。
「む、そうだな。失礼した。では、紹介させてもらおう。」
隊長がそう言うと、隊長以外の人は一歩前に出た。
「一番右が、マデロ・セルベート。真ん中が、アーク・アーヴィング。一番左が、エヴァンス・ジェニーヴァ。そして私が、チーム・サンクチュアリの部隊隊長のサイオンジ・マサムネ(彩音次 将宗)だ。」
「たいちょぉ〜、勘弁してくださいよぉ〜。また人数少ないじゃないですかぁ〜。」
人数が少ない?と言う事は、これ以上特殊部隊員がいると言う事か。恐ろしいな、四人エリートがいるだけでも十分なのに、まだいるのか。
「おお、そうだった。すまん、物忘れが激しくてな。」
まだ若そうなのに、大変だな。
「すみませ〜ん!遅れました〜!」
「まぁいい、今紹介をしていた所だ。早く来い。」
「はっ、は〜い!」
ドタドタと音をたてて走って来たのは二人のよく似た、女性というよりは同年代くらいの女の子だった。
「紹介が遅れたが、この子等は双子でな。右がユミル・ハーキュリー。左がエミル・ハーキュリーだ。」
ユミルとエミル…、瓜二つで区別がつかなくなりそうだ。
「君も自己紹介してくれないかな?我々は、新しく入隊するとしか聞かされていないのだ。」
「あ、わかりました。ノア・ケーニッヒです。以後よろしくおねがいします。」
「うむ、ノア君だな。よし、では早速部隊会議に移る。我々について来てくれ。」
そして、俺達はエレベーターに乗り込んだ。エレベーターでの七人乗りは、結構狭苦しい事がわかった。
エレベーターが止まり、ついたのは様々な部隊の人達が忙しく動いている所だった。
「こっちだ。」
隊長を見失いそうになった所で、エヴァンスさんに声をかけられた。
「この辺は入り乱れてて空気も悪い。慣れれば別だが、迷えば最悪だからな。空気の悪い中で彷徨い歩かなきゃならんからな。」
そう言われれば、空気は上と違って大分悪くなっている感じもした。結構な時間歩くと、丈夫そうな黒く大きな扉の前に来た。
「ここが我々、サンクチュアリの部隊室だ。」
扉には《Team:Sanctuary》と書かれていた。
「コードナンバー、X000‐11」
と言うと、扉は音も無くスムーズに開いた。中に入ると、部屋の中心に机があり、その他には幾つかの扉がある。
「さぁ、今から会議だ。会議が終われば自由時間とする。」
皆は所定の位置に座れるが、俺はどこに座っていいのかわからない。
「隊長、俺はどこに…。」
「あぁ、適当に座っていてくれ。」
適当にって、そんなに大雑把でいいのだろうか。少しためらいながらも、俺は空いている椅子に腰掛けようとした。だが、俺の腰掛けようとした椅子は、何か細工がしてある事に気付いた。とっさに身を引くと、椅子はバラバラに崩れた。
「むぅ、避けたか。」
隊長は、何か惜しそうにそう言った。普通に椅子に座っている皆ですら驚いていた。
「これは?」
そう聞くと、隊長は笑ってこう言った。
「いや、それは部隊の仲を深めるためのお遊びだよ。君以外は、皆そうやって椅子に腰掛け、椅子はバラバラに。だが、君は避けたな。この部隊始まって以来の事だ。」
皆も珍しそうに、いまだに驚いた顔をしている。
「何故、その椅子に細工されてあるとわかったのかね?」
「ヴァンツァーが、察知しました。」
そう言うと、より一層驚き、隊長すらも唖然とした。
「ヴァンツァーにそんな機能が?」
「いえ、そんな機能と言うより何かの気配を察知する能力を搭載しているんです。それが、俺の頭のフェムトマシンに行くように設定しているんです。」
皆を見ると、口が開いて塞がらない状態になっていた。
「そ、そんな事ができるのか。凄いな君は。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
「じゃ、じゃあ会議に入るか。」
まだ驚きを隠せない皆と共に、隊長は会議を始めた。
「…であるからして、今後ノア君が新たに加わり、我々の任務行動範囲が広がった。これからの計画についてだが…」
隊長の話を聞いていて、実に暇だった。久しぶりに無駄な時間を過ごした感覚だった。
「ノア君、君の部屋はあの扉から左の部屋だ。」
隊長に言われ、ドアを見た。ドアには《Member Room》と記されていた。
「あの奥は隊全員の部屋になる訳ですか。」
俺がそう言うと、隊長はうなづいた。俺は机の上に置かれた会議資料を持って、メンバールームのドア前に立った。
「コードナンバーを入力して下さい。」
またこれだ。もうこの電子音声は、いい加減聞き飽きたとでも言おうか。
「コードナンバー、0710‐62。」
「どうぞ、お入り下さい。」
言えば返って来る言葉は同じなのだから、どうも面白味がわかない。ドアを奥に進むと、部屋の扉は10個あった。
「ここが俺の部屋か。」
俺の部屋番号は五。皆、それぞれ好きな場所に入っているのだろうか。扉には取っ手がなく、その替わりにドックタグチェッカーがあった。
「なるほどな、ドックタグが鍵って事か。」
ドックタグをチェッカーに通すと、扉はパッと消えてなくなった。この扉はどうやらホログラフのようで、奥の様子が見えないプライバシーを守るためのホログラフだったようだ。
部屋に入ると、靴置きの枠があり、再び扉のホログラフがブンッと音を立てて出現した。
靴を置いて部屋にあがると、見る物全てが新鮮だった。高性能のパソコン、高級なカプセルベッドに、くるぶしほどまである柔らかい絨毯、トレーニングシステム、広いバスルームなど、目に写る物が俺には豪華だった。
「凄い…。本当に俺がこんな部屋使っていいのか?」
思わず独り言を呟いてしまうほどだ。俺はひとまずキャビネットから飲み物を取り出し、ソファーに腰掛け気持ちを落ちつかせた。
「落ちつけ、これが俺の部屋だ。落ちつけ、落ちつけ…。」
はたから見るとおかしい人に見られるだろう。今現在、俺は物凄くテンションが上がり、何故か緊張している。と、扉のホログラフの前に人影が見えた。よく見てみると、扉の前にはエヴァンスさんがいた。
「ノア、少し話でもしないか?」
エヴァンスさんは、チームの中で一番最初に喋った人だ。これはいい機会だ、チームの事をよく教えてもらわないと。扉のホログラフの前に近づくと、ホログラフは消え去った。
「どうぞ。」
「この部屋、最初驚いただろ?」
「あ、ええ。まさかこんなに豪華な部屋だとは思ってませんでした。」
「だろうな、俺も入隊した時はそうだった。隊長に聞いたんだが、俺は部屋に入った途端失神したそうだぞ。」
また笑いながら言った。失神するほど驚いたほどだったのか。ある意味凄い。
「俺が生まれて始めて失神した瞬間がそれだよ。」
エヴァンスさんは入隊したばかりの事を思い出しているのか、少し懐かしげだった。
「エヴァンスさん、話と言うのは?」
「ノア、俺はエヴァンスでいい。サンクチュアリは上下関係なんて関係のない部隊だ。敬語を使うのは
最高指揮官長だけでいい。実際に聞いただろう?マデロが隊長に敬語ではなかったのを。」
そう言えば、紹介の時に敬語を使っていなかったのを思い出した。
「あ、わか…わかった。それで、エヴァンス話とは?」
「俺は隊長からお前のパートナーを任されている。その事で今日は来たんだ。」
「パートナー?任務はパートナーと行動するのか?」
政府公認の特殊部隊の最高部の部隊が、パートナーと行動するなんて、聞いた事もない。
「いや、実際にはパートナーを組むだけでなんら任務に影響はない。パートナー同士で任務をする事も、ほとんどない。」
だろうな。パートナーと任務などやっていたら、まず簡単に遂行できる訳がない。どうせやるなら、チーム全体の任務の方が多いはずだ。
「任務は主に、単独任務と部隊任務がある。単独任務はそれなりの数をこなして来たエリート、つまりサイオンジ隊長とかが受ける、一人で行った方が有利な任務だ。それとは変わって、部隊任務はもう言わなくてもわかるな?」
俺は小さくうなづいた。単独任務も言われないでもわかったが、そこは入隊したばかりの身、予測はついたがあえて聞いた。
「それじゃあ、部隊任務がほんとんどだろ?」
「ああ、部隊任務の方が多いな。単独任務は非常に危険な事が多いからな。滅多にないぞ。」
単独任務か、一度はやってみたいものだな。
「それと、お前も知っての通り、この政府特殊部隊は時空任務と言う単独任務よりも危険な任務がある。
時空任務はサンクチュアリのみの任務だ。こっちも滅多にないが、あったときは厄介だ。もしかしたらその任務によって世界に何らかの変化を与えれば、時空犯罪者としてすぐさま時空保安隊がくるだろうからな。」
俺はそこで、一つ素朴な疑問が浮かんだ。だが、俺にとってはある意味重大な問題だった。
「もし、その時空転移システムが破損した場合は?」
そう言うと、エヴァンスは黙り込んでしまった。
「戻れる方法くらいあるんだろ?時空犯罪者として、すぐさま時空を超えて捕まえに来れる訳だ。
もしも破損してこの時代に戻って来れなくなったら時空保安隊が来てくれるだろ?」
そう言うと、エヴァンスは首を横に振ってこう言った。
「時空転移システムが破損した場合、時空保安隊は何もしてくれないんだ。そのままその世界で、自害しなければならんのだ。」
「なっ、何だと?!」
それはあまりにも惨い。時空で迷いこんだ場合は、自ら死ねと。そしてその時代の文化に影響を与えれば、時空犯罪者として捕まる。時空任務とは、確かに凄まじく過酷な任務のようだ。
「じゃあ、俺達はその任務を遂行しなければならないのか?」
俺がそう言うと、エヴァンスはうなづいた。
「俺も一度時空任務に参加した事がある。あの任務は苦しかった。まさに地獄のようだったよ。
人間に見つからないように行動して任務を遂行する。本当にあの任務は辛かった。いずれ、お前もわかると思うよ。」
そう言ったエヴァンスの顔は、時空任務の辛さを物語っていた。
「どうだ、ノア。話過ぎたな、飯でも食いに行くか。」
と、ケロッとした表情でエヴァンスは俺の方に振り返った。
「ああ、そうだな。そろそろ食いたかった時間だった。」
俺はエヴァンスに相槌を打って、部屋を後にした。再びエレベーターのある場所まで辿り着いた。
歩いている時に、エヴァンスは平気そうだったが、俺は平気ではなかった。通って来た時よりも、もっと空気が悪くなっていたからだ。
「今は空気が悪いな。このくらいならまだ俺は平気だが。お前は…、大丈夫じゃなさそうだな。」
俺はあまりの空気の悪さに、ヴァンツァーに救急酸素コーティングをプログラムした。
見えない酸素の膜が、俺を包み息苦しさは解消された。だが、臭いはかき消せない。
「ん、今何をした?」
「酸素コーティングだ。俺のヴァンツァーにプログラムしていたモンだよ。」
エヴァンスは不思議そうに俺を見るが、何の変わりもないと言った感じで、眉を上に上げる。
「酸素コーティング?」
特殊部隊でも知らないプログラムだったか。常人はわからなくても、軍の上部は知っていると思ったのだが…。
「酸素コーティングは、見えないに決まっているだろ。酸素の膜を体の表面に作り出す、特殊なプログラムだ。一般のヴァンツァーには、100%搭載されていない。なんせ使う必要が全くないからな。
俺は何かの時に、と思って一応搭載しておいただけだよ。」
そう言ってもエヴァンスは、なおも首を傾げていた。
「簡単に言えば、酸素をいつでも吸っていられる、と言うことだ。」
「なるほど。」
そう言うとわかり易かったのか。軍のエリートとは、頭脳に長けている者ばかりが揃っていると思ったのだが、多少おつむの弱い者もいるようだな。
「まぁいい。それよりも、今は飯だ。危うく食欲を失うところだったよ。」
俺がそう言うと、エヴァンスは同感だ、と言わんばかりにうなづいた。
エレベーターに乗り、一階を選択した。飯は軍内部の食堂で食べるより、外に出て食べた方が美味い物が多い。
「ところで、お前の幼少期の頃だが。随分と貧しかったようだな。しかし、よくそんな高性能のヴァンツァーを作れた物だ。」
エヴァンスがほんの少し俺の過去に触れた。俺は、なるべく過去の記憶を人に知られたくない。
貧しかったのは、親父がただの酒飲みで、母さんばかりが苦労をしていた。だから、俺が母さんの代わりに働きながら、とある工場に行っていた。とある工場とは、他でもない。俺がこのヴァンツァーを製造した廃墟の工場だ。
「ああ、まあそうだな。一日、まともに飯にありつけるかありつけないかの生活だったからな。
なるべく、過去の事には触れないで欲しい。」
俺がそう行って、エヴァンスの方を見ると、エヴァンスはゆっくりうなづいた。パートナー故の事なのか。
いずれにせよ、過去には触れて欲しくない。
「一階に、到着致しました。ご利用ありがとうございます。」
電子音声がそう言うと同時に、扉が開いた。それと同じタイミングでエヴァンスが口を開いた。
「さて、どこに食いに行こうか。」
「俺はちょっと顔を出したい店がある。結構美味い店なんだが、行くか?」
「それは楽しみだな、是非行こう。」
俺はエヴァンスを連れて、軍ビルを出た。久しぶりに外の空気に見をさらし、自然の風が気持ちよかった。
「さて、行くか。」
歩き慣れた街並みを、懐かしむように俺は足を進めた。だが、ほんの何日かあのビルにいて、この街に戻って来たと思うと、本当に懐かしく思える。
「ここら辺だったと思うんだが…。」
俺の知っている店は、路地裏の入り組んだ細道にある。路地裏の風景は、多少変わっていたが、
きっと店の場所は変わっていないと思った。
「あった、ここだ。」
路地裏で、太陽の光が当たらないためか、看板はボロボロになり、錆びついて文字が読み取れないほどだった。ここの店の名前は確か、牡鹿亭だった。ボロボロになった看板からは、もう文字は読み取れないが、確かそうだ。
「本当に、営業しているのか?」
やはり始めて来た人はそう言うだろう。こんな状況では、そう思われても無理はないか。
「大丈夫だ、営業は年中無休のはずだ。」
扉を開けると、カウンターやテーブルには人影がなく、奥の調理場には二つの影が見えた。
「いますか、マイルスさん?俺です、ノアです。」
俺が調理場の方に向けて呼びかけると、人影は調理場からこちらに近づいて来た。調理場とカウンターの間にあるのれんをくぐって出て来たのは、少し痩せたマイルスさんだった。
「まだ、やっているんですよね。」
俺は、この店に久しぶりに顔をだした。廃墟の工場に入り浸るようになってから、もう随分とこの店には来ていなかった。工場に入り浸る前は、ほぼ毎日のように来ていたのだが。
「おお…、ノア君か…。こんなに大きくなって…。」
マイルスさんは、老化のためか言葉に覇気がない。以前は元気なおじさんだったのに…。
「お久しぶりです。それで、今日はご飯を食べに来たんですけど。」
「ああ…、いいよ。存分に味わっていっておくれ…。」
老いても、やはり優しい人は変わらない者だな。以前もこんな感じだった。ふと、エヴァンスを見ると、
店内を物珍しそうに見渡していた。
「凄いな。レトロな感じがそのまま出ている。素晴らしい。」
エヴァンスは店内を、一種の美学か何かと照らし合わせているのか。俺にとって、その独り言はおかしな方向に聞こえた。だが、言ってみればそうかも知れない。一度も改装などせず、煙草の煙で汚れた壁や、
いかにも古い時代の置物など、この店には色んな物がある。エヴァンスはそれにとらわれたのか。
「はい、おまちどう。」
マイルスさんが、出してくれたのは俺が以前、毎日のように食べていた定食だった。それは、エヴァンスも同じだった。一年以上前だろうか、安いこの定食で一日を繋いでいたのを思い出す。
「懐かしいかい?」
この語りかけも、マイルスさんは変わっていない。昔は、食べている時においしいかい?と聞いて来ていたのだが、久しぶりに来た俺にとって、この言葉がベストだと思ったのだろう。
「はい、凄く懐かしいです。」
懐かしい定食を前に、物凄い喜びを感じた。昔の食べ方で、久しぶりに食べてみよう。
一番最初は魚の揚げ物からだったか、久しぶりに箸をつける。魚を一口食べると、懐かしい味が口の中に広がった。そして、マイルスさんが得意だと言っていた、辛味のきいた汁物。これもまた、少しすすると懐かしい味がした。後は、白ご飯だ。何もかもが懐かしい。
「どうした、ノア?久しぶりに来たから感動したのか。」
すでに食べ終わっていたエヴァンスは、俺を見てそう言った。
「ああ、まあな。懐かし過ぎて、泣きたい気持ちになったよ。」
そう言うと、マイルスさんもエヴァンスも、かすかな笑みを浮かべた。だが、俺は本当にそう感じた。
「ごちそうさま。」
俺が食べ終わり、エヴァンスも満足そうだった。
「マイルスさん、お代を。」
「貰えんよ。いいんだ、今日は久しぶりに来てくれたからね…。いいんだよ。」
こんなところにも、マイルスさんの優しさは行き届く物なのか。偉大な人だ。
「ありがとうございます。それじゃあ、また来ますね。」
そう言って、店を出た。ふと店の方を振り返ると、マイルスさんが手を振っていた。俺はそれを見て、同じく手を振り返した。
「いい人だったな。」
路地裏を抜けた辺りで、エヴァンスがそう言った。
「それはそうだろう。あの人は、今も昔も変わらないようだ。」
「案外美味かった。優しさもこもっていた感じがする。必ずまた行こう。」
どうやらエヴァンスも、牡鹿亭を気に入ったようだ。料理に、優しさがこもっている、か。エヴァンスの言う通りかもしれない。それから俺達は、再びメンバールームに戻った。
部屋に入り、何もする事がなかった。ただソファーに腰掛け、惚けていた。何かやる事を見つけようと、
部屋の中を見回した。ふと、パソコンが目に止まった。あれなら暇潰しができるだろう、と俺はパソコンを起動させた。そう言えば、色々と調べたい事がある。政府関連の事や、時空任務に関連の事だ。
時空関連の事とは、昔の事や文化の事だ。パソコンが起動してすぐさま俺は、時空辞典と記されていた
ファイルを立ち上げた。
「これは、あり過ぎて全部は見れないな。」
ファイルを立ち上げたはいいが、その後が問題だった。記録されている膨大な資料を前に、どれから手をつけていいかわからなかった。
「まあいいか、適当に見ておこう。」
ぱっと見で、俺は現代から約八千年前の資料を開いた。資料を開くと、音声データが説明をし始めた。
「今から約八千年前、世界初のヴァンツァー製作に成功。ヴァンツァーの大量生産化に伴ない、一般にも販売されるようになり、それから三年後十八歳以上の男女に、ヴァンツァーの使用許可が出される法律が制定される。そして…。」
音声データを聞いていて、ヴァンツァーは八千年も前に作られたのに、全く進歩していない事がわかった。
「つまらんな。これを見ていても何ら変わりないな。」
俺はもうある程度昔の事は理解している。ヴァンツァーを作り始める前に、読書に没頭した時に色々と学習した。それを補うためとして、今この資料を開いたのだが、あまり得にはならなかった。
だが、ふと思い返して見ると、俺が何故ヴァンツァーを作り始めたのか、自分で疑問を抱いてしまった。
「そうか、あれは俺があの男に復讐するためだったか…。」
少し間をおいて、俺はそれを思い出した。そう、あれはまだ俺が一日中働いていた時の事だ。
2004/10/02(Sat)00:10:49 公開 /
暁 寛光
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