『アイツとあたしとアイツの恋人』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:依音                

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あたしの好きな男には好きな女がいる。
そんなのわかってたよ。


―アイツとあたしとアイツの恋人―


いつもの見慣れた道。
いつもの通い慣れた並木道。
そこをため息をつきながら歩いていくあたし。
『ひさー。俺もうダメだー』
と奴が泣きそうな声で電話してきたので、仕方なく出てきた。
しかし暑い、温暖化の影響だろうか。ものすごい外が暑い。
あー焼ける。焼けたらまた色が…はあ。
なんて思ってても奴が恋人とケンカしたっちゅーんで慰めにいくあたし。
暇だという建前を使って。
「あ」
待ち合わせた喫茶店に、奴の姿を見つけた。
あたしを捕らえた彼は、外のあたしに手を振る。
駅前の喫茶店。
お互いの家の距離のちょうど真ん中あたりに位置するこの店はしょっちゅうあたし達が出入りする店だ。
店に入ると、「いらっしゃいませー」という声と、涼しげな空気。鼻先を掠めるコーヒーの匂い。
彼が座る席を探し、寄るとテーブルには空になった皿が何枚か乗せられていた。随分ここにいたらしい。
「はろー」
「遅いっ!」
「メールもらってからまだ30分もたってない」
「俺はもう1時間はここにいるの!」
しらねえよそんなこと。とは思っても口に出さない。
一応ね。今言いたいことはそういうことじゃないし。
「また喧嘩したの?」
「喧嘩ってか…」
「何?あんたの一方的な喧嘩なの?」
「そうだっていったらそうかも」
「どっちだよ」
「いやわかってるんだよー俺よりも友達大事なのはー。わかるんだけどさー」
「はあ」
「でも何も俺との約束断って行かなくてもいいと思うんだけどーしかも一度約束したのにー」
「へえ」
「ひどいと思わん?いっぱいいろいろ計画立ててたのに」
「そう」
「あれだよね。あいつは俺のこと全然わかってない!たまには放っておかれる立場も経験しろってんだ!」
「うん」
「ってか俺の話聞いてる?」
「一応」
「……」
彼は不服とばかりに口を尖らせた。
いや、確かにわかるんだけどね、いちいちそんなこと言われてもどう返せばいいのかわからんのよ、おねえさんは。
「はあ、どーして俺の気持ちわかんないのかなあ」
「そりゃあの人がマイペースな上に自ら『不思議ちゃん』とか名乗っちゃうような人で、あまつ人の押しに弱すぎる上に何にでも頑張っちゃうような人だから、でしょ?」
「・・・・・人の恋人つかまえてずらずら並べ立てないでくれる?」
「だってホントのことじゃん」
というとさすがの彼も黙った。
彼は恋人が好きだ。本人は気づいてるのか気づいてないのかは知らないが、ものすっごい独占欲の持ち主で。そりゃあもう奴が男なんかと歩いてる日にゃあたしに電話かけてきてどーでもいいことを並べ立て勝手に電話を切る。そんな風に電話されても(しかも夜中の日とかもある)あたしとしては困るわけで、ぶっちゃけそんなん本人に言えよ。とか思うんですが、それって間違ってないよね。彼は恋人の前だと強がって「いいよ行ってきなよ。俺のことは気にしないでいいから」と言う。でも心の中は「イカナイデ」でいっぱい。そんな彼の心を知らない無邪気な恋人は「ありがとう。じゃあいってくるね」と笑顔を彼に向けるのです。そしてその笑顔も彼にとってはハートど真ん中、ってやつで。
「ねえ、そんなんじゃ浮気されても文句いえn」
「大丈夫あいつに限ってそんなことありえない」
「すごい自信ですね」
「だってあいつ、俺のこと愛してるから」
じゃあ素直にやつに言えよ、と思うんですけど。
ああ、言い忘れてたけど彼はプライドも高いのです。いるよね、素直になれない人。プライドを壊す勇気をもてない人。
「あーあーあーあーあーあーあー」
「煩い。ってかグチ早く終わらせてね。7時から『みの○んたのほんとのことどーなの!』始まるから」
「知らねーよ大体そういう番組に限って台本とかあるじゃねえかよどこがおもしろいんだよ」
「どっかの誰かさんの愚痴よりよっぽどおもしろいよ」
「ひでえ。ひでえよお前鬼だ鬼」
「聞いてあげてるだけ有り難いと思えよお前」
わかってるけどさあ、なんて机につっぷす彼の顔はどこか切なそうで。
あたしはため息をついた。
「なんていうか…悲しい」
「そうね。でも人間性格は一生直んないわ」
「俺、お前のこと好きになればよかったのに」
言われた瞬間、身体中の血の気が引いた。
「は?」
「だってさ、ひさ、俺のことすっごく理解してくれようとするじゃん。電話したら文句言いながら来てくれたりさ。きっと一緒にいたら楽しそうだなって」
「バカなこといわないでよ」
きっと今のあたしの顔は。
ブサイクに違いない。
「勝手にそんなこと言わないでよ。ありえない話するの、あたしはキライ」
「…ごめん」
「何で謝んの」
「ごめん」


あたしの好きな男には好きな女がいる。


出逢った時からわかってた。そんなこと。
でも彼もあの子もしらない。あたしの気持ちなんて。
気づかれることなんて望んでない。
望むのはこの気持ちが風化することだ。
あの子が知らずに笑いかけるたびに張り裂けそうになる。
…別に壊れることを望んでいるわけではないのに。
「フジはさあ」
「ん?」
「あの子のこと、好きにならなきゃよかったって思ったことある?」
「ないよ」
「知らなかったほうが幸せだったとしても?」
「俺は忘れて幸せになるよりも、不幸の中にいつづけなきゃいけなくてもあいつを覚えているほうがずっとずっといいんだよ」
「そっか」
携帯の画面を開く。
電話帳をだして引っ張り出すは、彼の恋人。
『?もしもし?』
「やっほー、あたし」
『どうしたの?』
「あーたのダンナがあたしの目の前ですっごい泣きそうな顔してるんだけど、引き取りにきてくれない?あたしじゃ手に負えない」
「誰も泣きそうな顔なんてしてない!!!!!」
『え?嘘。そこにいんの?』
「うん。あたしが相手してたんだけど愚痴ばっかで」
電話の向こうの人はクスクス笑う。
『ちょうどね、今終わったトコなんだよ。どこにいるの?』
「いつもの喫茶店。早く来ないと餓死するかも」
「しねえし」
『あはは。わかった。がんばって早く帰ります』
電話を切ると、恨めしそうな声。
「いいなあ女友達は」
「あたしはこの役をするために女になったんかい」
「…で、さっきの質問の意味は?」
「さあね。何でだろ。…じゃああたし帰るわ。愚痴のお礼はコーヒー代ってことで」
「え」
「だって恋人同士仲良くやってるところにあたしいらんだろ」
「え、何でだよ。いいよ別に」
「あたしがよくないの。じゃ」
彼の腕があたしを捕まえる。けれどあたしは笑って解いた。

いつからか自分に嘘を重ねることが多くなった。本当は、彼の声を聞くために、彼の愚痴を聞いている自分がいる。彼の恋人が約束を破るたびに、あたしと彼の時間が増えていく。それを素直に嬉しいと思う。罪悪感を感じないのはそれを自覚しないように口にださないから。あたしはいつもそうやって確信から逃げてきた。父親が若い女と浮気していたことを知っても。母親が祖母の財布からいくらか盗んだことも。自覚さえなければ逃げ出させるんだ。罪からも劣等感からも。それが不幸だとは思わない。むしろそれに気づけて幸せだと思う。

彼を好きだと思う気持ちにふたをする。
それでも日に日につもる、コイゴコロ。


こんな風になることも。
出逢った時からわかってた。
それでも。

あんたに出逢えて恋をして、よかったと思ってるよ。


2004/09/22(Wed)21:48:12 公開 / 依音
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