『ストーン・ディスカバリー 7〜(終)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:風魔
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「第7の石碑」
あなたはいつか言いましたね。
信頼しなければ、信頼されることはないと。
しかし、あなたは裏切られ殺されました。
それと同じことなのかもしれません。
全くもって、馬鹿な人達です。
海を超えて、僕を追ってくるなんてね。
そうです。
追ってきたのは、襲撃者だけではなく。ナナシとおっさんまでやって来たのです。
この大陸に来る前に、僕は調子が悪かったのですが、
船旅の最中は大丈夫だったものの、降りて街道を歩いていたとき、発作が現れたのです。
あなたも覚えていると思いますが、僕が心臓のあたりに手をやって、地面に倒れてもがき苦しんだことが数度あったでしょう。あれです。
特に今回は僕自身身に覚えが無いほどのモノで、途中で意識が無くなり、僕は街道の脇で倒れていたそうです。
『いたそうです』、というのも、後で聞いた話だからなのですが。
ベッドで聞かされたのです。ナナシから。
僕が冗談混じりに思ったのは、事実だったようなのです。
ナナシとおっさんは、僕を追って、海を超えてやってきたのです。あなたが僕以外のモノを見ていたのならば、あなたは既知だったのでしょうが。
しかし僕を見ていてくれたのならば、あなたもまた驚き、僕の驚きに共感してくれることと思います。
僕は何も証拠を残さなかったはずでした。なぜ海を渡ったことがばれたのでしょう。
その原因は、港町前に書いた石碑でした。あなたの墓に見立て、花を添えたあの石碑です。それが、偶然彼等の目に触れたようなのです。
しかし、なぜ書いたのが僕だと気付いたのか、疑問でした。僕が疑問に思っているのですから、きっとあなたも同じはずでしょう。
尋ねたところ、『おっさんと、ナナシと、書いてあったから』だそうです。
確かに。聞いてみれば、簡単なことでした。
この世に旅人多しといえど、パーティメンバーをおっさんやナナシ呼ばわりしているのは、僕らのパーティだけだったでしょうから。
そしておっさんに、『絶対に1人にさせない』と言われ、夜は手錠付きになることになりました。
それは慣れているからいいのですが、そんなことをしなくても、もう僕は、
彼等と組まずにはいられないようなのです。
彼等といることよりも、重大な問題ができたのです。
この大陸は医療技術が発達している、というのは、前に書きましたから、いくらあなたでも覚えていると思います。たぶん。
それで、僕が倒れて、おっさんとナナシは医者に診せたのです。
どうやら死ぬ一歩手前だったらしく、治療費も馬鹿にならなかったそうで、僕の手持ちの財産でも間に合いません。彼等にしてみれば、それを考える以前の高額さです。
まあその問題は、後に置いておくこととしましょう。
あなたにしてみれば、金銭などどうでも良いのでしょうね。僕が死にかけた事を気にしているのでしょう。
あなたは優しすぎる。それゆえに死んだのですから、僕にも予想できます。
未発見の病気だそうです。
僕は理解できたのですが、あなたまでそうとは限りません。簡単にまとめます。
僕は、ナナシとおっさんが立ち会っている中で、医者に、自分が遺伝子を操作されて生まれたことを伝えました。医者は、おそらくそれが原因であろうと言います。
そしてそれから、年齢を尋ねられました。
どういう事だか、もうあなたは分かったでしょう。
年齢を尋ねられるということは、僕の死期が見定まっているということです。
伝えられたところによれば、僕の病は段階的に発作が強まっていくのだそうです。言葉を濁されましたが、あと2ヶ月ほどで死ぬそうです。
目的地に間に合うのか微妙です。少々急がなければいけないでしょう。
また、発作の抑止はできないそうで、出てから医者が看なければいけないそうです。
そのため、またパーティが増えました。
見てもらった医者の娘が、治療代の借金取りおよび僕の主治医として、旅に付いてくる事になりました。
こちらの大陸の人々は異様に名前が長いので、あだ名で呼ぶのが普通なのだそうです。
彼女は自分のことを『女王様』と呼ぶよう言いました。
もちろん固まりました。
確か本名は、ジュデイナスティスティリスなのですが、おっさんが早口言葉みたいだと怒って、やはりあだ名となりました。あだ名になったらなったで、『女王様とお言い!』と言われ、おっさんは怒りました。
僕もジュディでは駄目なのかと尋ねたのですが、駄目なのだそうです。
あなたよりもお転婆で、我が儘で、気が強い少女なのです。
それから、彼女を含め、ナナシとおっさんにも付いてきてもらうことにしました。
戦っている時に僕が倒れた場合、女王だけでしたら、非常に不安だからです。むしろ瞬殺されるでしょう。
ナナシとおっさんは、元よりそのつもりだったようで、承諾してくれました。
という一連の作業から、回復した今日まで、ひたすらおっさんに怒鳴られ続けました。
やれ『子供は大人の言う事を聞け』ですとか、
やれ『事情を話せ』とか、やれ『あの石碑はなんだ』とか。
ですが、やはり事情は話さないことにします。
あなたの二の舞いになってはいけないのです、僕は。
生き抜こうという。
その考えは今でも変わりません。
死ぬつもりで生きるような人生を、あなたの道から学んだ覚えはありません。
僕は誰も信用などしません。ただ、
一度パーティを組んだことのあるナナシやおっさんのほうが、
比較的安心できるだけです。
ですからあなたも安心してください。
あなたが僕の幸せを望むのならば、僕に微笑んでくださるだけで良いのです。
あなたの果たそうとした目的を、僕が果たしましょう。
その後で、あなたに会いに行きますよ。
それまで、僕を見ていてください。
目的を遂げるまでは、絶対に、諦めたりなどしない。
by Sekihi
「第8の石碑」
女王の我が儘ぶりは今に始まったことではないのですが、
突然水泳大会に出ようと騒ぎ出した時は、どうしようかと思いました。
あなたも昔笑いましたが、僕は泳げないのです。
リレー形式だったので大会はぼろ負けし、なぜか僕は2日連続で泳ぐ練習を強要されています。
『適度な運動も必要』と女王は言いますが、
旅をしている時点で、適度以上の運動をしているはずなのですがね。
女王がパーティに入って、この大陸を旅しているわけなのですが、
かなりの珍道中だと思います。巷の小説で見るような、そんな旅路でしょう。
僕としては早く進みたいのですが、女王が『休め』と言ったら休むしかないのです。
おっさんは女王が嫌いなようですが、
僕の健康のほうが大事ならしく、女王に絶対服従ですし。
ナナシは言うまでもありません。そうなれば、僕も従うしかないのです。
これでは本当に女王というものなのですが、どうしようもない状況です。
ナナシは、女王『様』とまで呼ぶようになりました。
もしかしたら、ナナシはあれで、いわゆるノリの良い男なのかもしれません。
発作のほうは、2度ありました。
が、大事には至っていません。元気ですよ。
目的地まで、あと一週間ほどとなりましたし、安心してよさそうです。
予定よりも早く着きそうです。
目的地の前の宿場町で、ナナシとは別れるつもりです。
ナナシならば分かってくれるでしょうし、おっさんもおそらく、自分でなければ納得するでしょう。
女王にはやはりいてほしいので、彼女の身の安全のために、おっさんに付いてきてもらうことしています。
僕では、相手に入り込まれたとき、あっさりやられてしまいますから。
近距離型のおっさんには、いてほしいのです。
この頃、強くあなたを意識します。
あなたの微笑みが、より鮮烈に頭に思い浮かびます。
これまでの旅路を思い出します。
あなたの道を歩み、そこから僕の道を歩みましたが、
頑張ったねと、あなたはあの頃の笑顔で言ってくれるのでしょうか。
まだまだ頑張りますよ。
見ていてください。もう二度と諦めないと、誓った僕を、
まだ覚えていてくれていますよね。
by Sekihi
「第9の石碑」
明日、目的地に入ります。
先程、夕食のあと、宿の裏庭にナナシを呼び出し、残ってもらうよう説得しました。
あなたは意外に思うのでしょうか。それとも納得するのでしょうか。
ナナシは、迷わず首を振りました。
理由を尋ねたところ、『いま行かなければ一生後悔するから』だそうです。
彼は、僕と一番最初に旅をした、この旅での最初の相棒です。
そういえば、ナナシは自分から話しかけてきたなと思い出し、僕は危機感を感じました。
思いきって聞いてみました、おそらく的外れだろうと思いながら、
『間者ではありませんよね』と。
予想はつくづく外れるものらしいです。
彼は、『そうだった』と言い、さらに、『でも、おっさんに説得されて止めた』と。
詳しく聞くところによると、おっさんは、僕らのパーティに入る直前の朝、
偶然、本部と連絡をするナナシを見たのだそうです。
そしておっさんはナナシから事情を聞き、『彼が好きだが、本部には逆らえない』というナナシに、
『それならわしが付いているのが理由になるだろう』と。
おっさんが、あの往来の人込みの中で、僕らを選んで旅に出たのは、偶然では無かったのです。
彼は、僕ら2人のために、付いてきてくれたようなのです。
全てを知っていたのは、ナナシ1人のようです。
そしてそのナナシに聞くところによれば、ナナシもまた僕のように組織に育てられた人間らしいです。
彼もまた遺伝子を操作されたそうですが、右目が頭に出来たこと以外、
ほとんど能力的にも影響が無かったのだそうです。
ナナシの右目の大きな眼帯は、目が無いことを隠す意味があったのでしょう。
組織ではそのような『失敗した子供』は、敵組織への隠密に使います。
彼もその1人で、体内に、埋め込まれた爆弾があるのだとか。
僕はナナシに、『おっさんに説得されてから、連絡はしたのか』と聞きました。
ナナシは『あやふやなモノを。場所も知られることはない』と。
色々考えましたが、やはり、今までのように信用することはできません。
僕は、予定通りナナシを置いていくことにしました。
それから数十分をかけ、彼を何とかねじ伏せました。彼があそこまで饒舌になったのを見たのは、初めてのことです。
そしてその旨を女王とおっさんに伝え、おっさんにだけ、事情を了解したことを話しました。
それから全員に、目的を話しました。
つまり、あなたの夢をです。
造られた人間、遺伝子操作によるホムンクルスが製造されているという事実を、
警告として世界へ発信すること。
それがどれだけの危険性を秘めているのか、どれだけの地獄絵図が施設の中にあるのか、
世界へ伝えることです。
あなたの夢でしたね。
僕へ掲げた最後の手紙に、書いてありました。
『それでもあなたは、私を好きと言ってくれるの、アダム?』と。
愚問ですよ。
答えは、肯定しかありえません。
あの施設の設備を復活させることができれば、
宇宙にあると言われている『何か』を使って、
あなたの夢を実現させることが可能なはずです。
僕はあなたの死によって、逃亡した子供としていま身を追われていますが、
もしこの夢を実現させることができれば、
運が良ければどこかの国に保護してもらえるかもしれません。
重要参考人、もしくは研究対象として、ですが。でも、それも今となっては、夢のまた夢でしょうね。
何としてでも生き抜こうと思っていましたが、
死が直ぐに訪れるのならば、せめて目的を達成して死にたいものです。
ここまで来て何も成し遂げず倒れるのは、この上もなく不快です。
全ては、明日で決まります。
女王に検診してもらいましたが、体調も良好です。
しかし、ひょっとしたらこの石碑も最後となるかもしれません。
あなたの夢を叶えてから死ぬことを、誓いましょう。
絶対に諦めません。
発信のボタンを押すまでは、必ずこの意識を保ち続けます。
見守っていてください。どうか。
お願いします。
ですから、どうか、言ってください。
ボン。ボヤージュ。
僕の道が、いつか、誰かの道しるべとなりますよう。
by Sekihi
「彼の書いた1番目の最後の石碑(エピローグ)」
人を詮索すること。
人を観察すること。
それらは、俺の癖だ。それは、あいつに会った前と後でも、
そして今でも、やっぱり変わらない。
俺とあいつには、幾つか違いがある。
反対に言えば、幾つか共通点があった。
2人とも、遺伝子を弄られて生まれてきた。これは共通点。
だけど、成功と失敗に別れた、これが決定的な違い。
あいつは新しいモノになり、俺は名無しの雑草になった。
それは、花の品種改良ってやつに良く似てると思う。
俺の失敗から、新しいやつが生まれていくのだろうし。
おそらく実際、あいつは俺の失敗や他のやつの失敗を積み重ねて、
そして奇跡のように生まれてきた、まさに奇跡の男なんだろう。
死屍累々の上に咲いた、至上最高の花。
それが、アダムだ。
だけどその花は、人間の手によって、人間の利益のために働く花にはならなかった。
俺は当時12才で、すっかり闇の中で生きることに慣れていた。
いや、慣れる以前に、それが当たり前だったのだから……仕事に慣れた、というのが正しいだろう。
郊外にあった主要研究所が、巷で騒がれている『波新豆<ハニーズ>』という5人組に襲われ、さらになんと、壊滅させられた。
それがあいつにとっても、そして俺にとっても、人生の転機になった。
研究所にいた、成功していた子供達は揃って行方不明。
『波新豆』の足取りも、長く掴めていなかった。
そして、1年前。組織から俺に、久々に仕事が回って来た。
成功した子供の1人の仲間となり、相手の動向を探り随時報告すること。
その子供は、『波新豆』の解散の波瀾によって見つかったのだという。
写真を見せられた。
長くも短くもない鮮やかな金髪、左の頬に黒いタトゥー。
青い右目、赤い左目。あまり背は高くなく、いつも黒いロングコートを着ている。
製造ナンバー1928、
『波新豆』から名付けられたらしい名前は、アダムという。
15才。俺より6才年下。
だが、成功した子供で。俺は失敗した子供だ。知力の違いもずば抜けているかもしれない。いかに信頼させるかが勝負だった。
俺は、かなり緊張した。
俺が接触したのは、居酒屋だった。
『繰り返すのは嫌か』と話し掛けた俺に、
あいつは席から俺を見上げて開口一番、こう言った。
『もうコーヒーは要りません』。
かなりマイペースな男なんだろうなと、直感でそう思った。
っつーか俺、ウエイターじゃないし。
成功した子供には、『元素支配』という力が備わる。というか、
その力が備わっているか備わっていないかで、成功と失敗に分けられる。
俺とあいつは、自然に2人旅になって。
そして俺は、その力をまざまざと見せつけられることになった。
組織から送られてくる刺客を、蠅でも振り払うようにあっさりと撃退するあいつ。
凍てついた、氷の表情で、死体に向かって吐き捨てる。
『僕を阻むものは、排除するのみです』と。
だけど。
でも、あいつは、たぶん、そういうヤツじゃないと思った。
あいつは自分の事を無口と石碑で言っていたが、
結構喋る男だ。プライドが高くて、結構味に煩い。
おまけに言えば寝つきが悪く、さらに寝相も悪くておまけに朝まで弱い。
時々、寝ぼけて宿の裏庭にいたりする。それを探すのは俺の役目で、
見つけて起こすと、あいつは決まって頭を掻いて、
『僕が悪いんじゃないですよ。きっと世の中が悪いんです』
とか、生意気な小僧のような発言をしたりする。もちろん寝ぼけてるんだろうが。
あと、あいつの書いた石碑について、俺はもう幾つか指摘したい。
まず1つ。あいつはたぶん、『彼女』が自分を見ていないと、思っていた。
自分を見ているという確信があるなら、わざわざ自分の状況説明なんか、石碑の中でするわけがない。
たぶんあいつは、『彼女』が死んだことを受け止めきれなかったんだろう。
石碑の中で語りかけることで、自分を安定させたかったんじゃないか。
でなければ、矛盾が多すぎる。
あいつは、『彼女』を信じていなかった。というより、
あいつは、現実を受け止めきれていなかった、んだろう。
だけどそれでも、『彼女』が自分を見守り続けていると信じたかったから、
何度も石碑の中で頼んでいたんじゃないか。
でも、見守られている感覚はしなかった。
だから、状況説明とか、俺のこととかを話していた。
あいつが石碑を書いていた理由は、彼女に語りかけるためじゃない。
『彼女』が自分を見ていると、自分に勘違いをさせるためだろう。
それが無意識だったのか、意識的だったのかまでは知らないが、
俺はそんなあいつが哀れだった。
それと、1つ。あいつは俺やおっさん、女王様のことを信じていないと言ったが、
はっきりいって、戦闘の時はかなり信頼されていたように思う。
俺の勘違いかもしれないが、あいつが俺達を信頼していなかったというのは、
俺の右目が突然元に戻るくらいに、あり得ないことだ。
たぶん、あれも嘘だ。
『彼女』だけと限定することで、『彼女』を自分につなぎ止めておきたかったのかもしれないし、
そうすることで『彼女』を忘れないことで生への執着をつなぎ止める、あいつの生き物としての本能かもしれなかった。
あいつは何度も石碑で、『二の舞いにならない』と言った。
あいつは何度も『誰も信じない』と言った。
その言葉通り、戦闘以外では、あいつが信じていたのは己だけだったかもしれないし、
戦闘にしたって、己だけだったかもしれない、実のところ。
でもそれでも、俺達はパーティだったと思う。
俺はあいつを信頼していた。
あいつが俺を信頼してくれなくても、あいつは、
石碑で俺のことを『気に入っている』と書いていた。
あと、これも指摘させて欲しい。
あいつは、『彼女』に全てを話していない。
俺は知ってる。あいつが、『死にたくない』と、泣いたことを。
発作に襲われて、体を震わせ息荒い中、泣きながら『彼女』の名前を何度も呼んでいたことを。
あいつは、自分が死ぬことを何でもないように、石碑に書いていた。
でもそれは違う。
あいつは恐れていた。最後の時を恐れていた。
当時、アダムは16才。
『殺して殺して、いつか自分も同じように殺されるのだとは思っていたのですが』
あいつは、テンウォン平野の辺りで、俺達に言った。
『まさか、病で死ぬことになるなんて、思いませんでしたよ……』
アダムは16才だった。
いま、あんたは何才だ。
あと、何年生きられる。
アダムに残された時間は、2ヶ月しかなかった。
『遅かれ早かれ皆死にます。僕はそれが人より少し早いだけです』
『僕は、化け物ですからね』
馬鹿言え。容姿で言えば、俺のほうがよっぽど化け物だよ。
俺は、完璧に、その時。
組織を裏切ろうと決めていた。
ストーンリバーでおっさんに会ったとき、
俺は既にあいつを騙すのにつらくなっていた。
いつも、こういう情に流されて任務を失敗する俺だから、
しっかりしなくちゃと思ってはいたのだが、駄目そうだった。
あいつは、結構良いヤツだ。
石碑とかでは、俺達のことや『彼女』のことも、
随分ぼろくそに言っているが、本当に良いヤツだ。
誰かが疲れていれば、さりげなく休憩を入れたり。
調子が悪いときは、直ぐに医者まがいに検診をしてくれたり。
パーティの雰囲気が悪い時には、なんと、冗談とかを言って、俺達を笑わせた。
アダムは自分のことを無表情だと思っているらしいが、
とんでもない。
不機嫌になると妙に静かで、怒ると怖いというより可愛くて、
ぴーぴーぎゃーぎゃー女王やおっさんに文句を言い、
食事中はぶつくさ延々とシェフの悪口を言ったりしていて。
そして、俺なんかより余程、良く笑う男だった。
そこらにいる、ただの子供らと同じ、少年らしい笑顔だった。
俺とは違う。
失敗して、雑草として終わった俺とは違う。
花として完成したあいつは、完膚なきまでに俺の嫉妬と羨望を集約させた。
成功によって、組織に認められ。『彼女』によって、人間らしくなって。
影で生きることもなく、そして誰かに否定されることもなく育ったアダム。
失敗作として蔑まれ存在を否定され、影で生きるしかなかった俺。
違いは、明瞭だった。
だからなんだろうか。俺は、その花を潰しちゃいけないな、とか思った。
花をより美しくするために、周りの雑草は刈るものだ。
今のままの俺では邪魔なのだろうと思った。
だから、組織を裏切ろうと思ったのだが、弱気な俺はそれも思いきってできなくて。
そしてストーンリバーで、おっさんに会った。
そして彼の薦めるままにおっさんをパーティに入れ、
彼に監視されているという名目の上、組織を裏切ることもなく、
かと言ってアダムに全てを打ち明けるわけでもなく、
俺はあいつの隣で、旅を続けていた。
でも、あいつが突然一人旅に戻ると言い出し、
その夜に抜け出して。
俺とおっさんは、大急ぎで捜しまわった。
単純に、心配だったから。
はっきりいって、あいつは自覚は無いみたいだが、常識というのに欠けている。
起こさなければ延々寝ていそうだし、金銭感覚なんて無いに等しい。と思う。
しかも極度の方向音痴。
何とか見つけた石碑には、花が添えられていた。
俺にはその内容は大体分かったが、おっさんは驚いていたようで。
俺達はブルーフォレストに向かって船に乗り、あいつを追って。
そして街道で倒れていたあいつを、ストーンハントの町の医者に診せた。
アダムは、おっさんに説教されている間、ずっと黙っていた。
そしてこの町で、ジュデイナスティスティリス、つまり女王がパーティに加わって、
さらにパーティは賑やかになった。
歌なんか歌って、街道を闊歩したこともある。
丁度立ち寄った村がお祭りで、女王がハメを外したいと騒ぎ、
彼女が行方不明になって3人で大騒ぎしたこともある。
あいつはそういう事も、『彼女』への石碑に書かなかった。
それは、『彼女』が見ていてくれているという、確信からなのか。
それとも、『彼女』に知らせたくないのか。
真実は闇に葬られたままだ。
それにしても、あいつは気付いていなかったんだろうか。
女王が、あいつに惚れていたことを。
祭りの踊りのときとか、女王がいつも自分を誘ってきていることに、
あいつは気付いていなかったのだろうか。
いつも気が張り詰めて、余裕が無いようなあいつに、
女王が遊びプランを持ちかけて、楽しませてあげたいとしていたことに、
アダムは、気付いていたんだろうか。
一度、露骨に告白まがいまでしたのに。
もしかして、最強の奥手なのか。
それとも、気付いていない振りをしていたのか。
女王も悲恋だ。
死が間近な患者に惚れた主治医なんて、俺だったら、御免だ……。
それにしても、アダムが一番信頼していたのは、
やっぱりおっさんだったのではないかと思う。
いつもがはがは笑っていて、頼りになるんだかならないんだか微妙で、
だけど、本当の父親のような役目を果たしていたおっさん。
宿屋に記帳する時は、いつもおっさんの名前だったし、
酒を買う時も、おっさんがいれば安心だった。
盗賊にからまれる事も、少なくなったし。
なにより、年長者の言葉には、時々妙な説得力があって、
アダムも彼の言葉に、よく、何か考え事をしているようだった。
だから、おっさんはポリティクスヘルに連れていって貰えたのかもしれない。
最終目的地。名前も無い、何かの研究所。
そこにある<アンテナ>だったか何かで、宇宙にあるナニカを利用し、
世界に警告を与えること。
それが、アダムの目的だった。
そしてあいつは、俺を置いていくと。
絶対に嫌だった。
実は俺は、その時点で、あいつの事を親友のように思っていた。
俺は俺のことをあいつに話した。
あいつは、ますます信頼できないと言い、首を振った。
何とかできないかと思ったが、あいつの頑固なところは良く知っている。
かなり粘ったが、結局駄目だった。
俺は次の日の朝、女王とおっさんと共にあいつが村を出ていくのを、ゲートから見送った。
たぶん、刺客とかが出てくるんだろうが、あいつなら1人でも一掃できるのだろうなとか、
思った。
まさか、こんなタイミングで発作が起こることも無いだろう、と。
俺は待った。アダム達が帰ってくるのを。
でも、1時間ももたなかった。
もともと俺は、あまり忍耐力のある男じゃなかった。
何となくでまとめておいた荷物を掴み、俺は宿屋をチェックアウトして、
後を追いかけていった。
そこは修羅場だった。
どうやら、俺以外にも尾行していたやつがいたらしく、
刺客が大勢いて、ほとんどが障害者になることは免れず、
何人かが研究所の廊下で死んでいた。
俺は走った。
途中の廊下で、おっさんと女王に会った。
『小僧は1人で行った』と、怪我をしているおっさんはそう言い、
『イヴとかいう女の子と、一騎討ちしてる』と、女王が泣きながら言った。
アダムとイヴ。
何の冗談だろう。どこかの宗教で、人間の始めとされる2人の男女の名前じゃないか。
それが殺し合っているなんて、
神が聞いたら座布団をひっくり返して驚きそうな事態だ。
刺客達が倒れる廊下を抜け、俺は研究所の中枢に辿りついた。
そこはもう壊れまくっていて、装置が動くのかあやふやだった。
床には、白銀の長髪の女の子が倒れていた。血溜まりの中で。
どうやら彼女が、イヴらしい……という事は、後で分かったことだった。
俺は、コントロールパネルの前で倒れているあいつを助け起こして、声をかけた。
『大丈夫か』
あいつは皮肉気に笑った。
『この刺客は、あなたが呼んだんですか、ナナシ』と。
『イヴは、僕と同じガラス管で生まれた少女ですよ。ただ、彼女は、直ぐに研究所に連れ戻されたようですけれどね。確かに、僕を止める気なら、僕と同じ化け物を連れてこなければいけませんし、非常に分かりやすくそして適切な対処方法ですね』と。
皮肉って、誉めた。
そして、最後にこう言った。
だんだん小さく、かぼそくなる声で。
『もう手が動かないのです。ナナシ、あなたが裏切り者でもいいから、
せめて最後に仏心でも出して、僕の右手の人さし指に、あの赤いボタンを押させてあげてはくれませんか』
俺は言われた通り、赤いボタンをアダムの右手の人さし指に押させた。
正面にあった装置がちかちか光って、そして、全ての電気が消えたように辺りは急に暗く、何も見えなくなった。
『ありがとう』
御礼の声が聞こえた。その途端、いきなりアダムの体が急に重くなった。
俺は、腕の中のあいつを揺すった。
でも返事をすることは無くて。
急いで、廊下の女王の元に戻ったが。
彼女は泣きわめきながら、首を振った。
アダムはもう、死んでいた。
原因は不明。
あの病のせいかもしれないし。
イヴという少女との、戦闘によるものなのかもしれない。
いずれにしても。
アダムは、もう、二度と目を覚まさなかった。
俺は、あいつの石碑について、最後の指摘をしたいと思う。
あいつは、ただ生きるために『彼女』の道を行ったと言った。
でもそれは、違う。
ただ生きるためなら、俺のように組織に従属していたほうが安全だったろう。
ひょっとしたら、組織にいたほうが病の発見も早く、治療も可能で、もっと長く生きられたかもしれない。
あいつも、それは重々承知だったはずだ。組織に戻ったほうが良いことを、あいつは知っていたはずだ。
あいつは知っていたはずだ。
でも、人の手によって造られたあの花は、
商品として人に操られることを拒んだ。
虫に食べられたり、人に踏まれたりする、大空の下の野原を選んだ。
俺のような雑草とも一緒に生きて。
そして短い生を終え、たった一代で枯れていった。
アダムという花。
繰り返してはいけない、花だ。
俺はいま、国の牢で死刑囚の身だが、こうやって牢の壁にこの言葉を書き込む今も、
アダムという花の生き方を忘れようとは思えない。
アダムは、アダムらしく生きるために、アダムの道を進んで行った。
途中までは『彼女』の道を。
そしてそれから、あいつ自身の道を。
自分らしく生きるため。それが、あいつの旅の目的だったんだ。
人生という旅の、目的。
アダム、お前が死んで。
俺は、泣いたよ。おっさんも泣いたよ。女王も泣いたよ。
泣いたよアダム。
泣いたよ。
初めて俺、人が死んで泣いたよ。
泣いたよアダム。
お前のおかげで、たぶん俺は、変われたよ。
もうすぐ、処刑される身だけれども。
それでも変われて良かったって、俺は、思うよ。
俺は、俺の道を。
造ってこれたと、思うから。
by Sekihi
イーストシティ収容所の囚人室の壁
この3ヶ月後、ナナシはギロチンになる
罪状は大量殺人
アダムと共に真実を世界に広めたこととして
絞首刑は免れた
という ことである
fin
2004/09/14(Tue)00:04:48 公開 /
風魔
http://rinu.easter.ne.jp/
■この作品の著作権は
風魔さん
にあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは、風魔です。ストーン・ディスカバリーを投稿させていただきました。お楽しみいただけたなら幸いです。
どこか納得できないところがあるのですが、それが何なのか良く分からなくてもやもやしております。世界観がはっきりしていないのは大分わざとなのですが、はっきりしていたほうが良かったのか、そもそも石碑形式自体が良く無いのか……。
ひとまず、ここまで御覧いただきましてありがとうございました。
よろしければ、迷走する私に御指摘・御感想お願いいたします。
作品の感想については、
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