『天使喪失〜失われた翼〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:月葉                

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 ロストパラダイスと呼ばれる場所がある。
 そこには臆病で、それでも生きるためにひっそりとがんばっている天使達がいる。
 その天使達には翼がなかった。
 金色のはずのその天使達の髪は銀色で、天使とは程遠かった。
 それでも彼らは天使と呼ばれている。
 罪を犯した堕天使と。



第一羽 月曜日〜赤点と彼女とチェーンメール〜


 「28点……」
 俺は手元に配られた、英語のテストの答案用紙を見て愕然とした。
 もう九月だというのに、止まない蝉の鳴き声にうんざりする。
 教室にはテストが返された時特有の喜びと悲しみが入り混じっていた。
 俺はもう一度、誰か違う人のテストなのではないかと、名前を確認する。
『井原翆(いはら すい)』
 紛れもなく俺の名前だ……。
 赤点決定。
 体中の体温が一気に冷めていく感じがした。
「翆〜!! 何点だった?」
 小学校からの腐れ縁の、楓が大きな声で話しかけてきた。
 楓は少し短めの髪を、今日は珍しくピンで留めていた。
 俺はあわててテストを机の中にぐしゃぐしゃに詰め込む。
 机の中はすでに前の時間配られたテストで一杯だった。
「秘密」
 俺は少し乱れた心臓の音を落ち着かせるために、冷静に言った。
 楓は少し不満そうに頬を膨らませながら、俺を叩いてくる。
 痛い。
 結構痛い。
「教えてよ!! 私も教えるから〜」
「ぜーったい嫌だ」
 俺と楓が言い争っているうちに、先生が恐ろしい一言を口にした。
「今から呼ぶ赤点の者は、今週の水曜日から補習だ。まず……井原!!」
 出席番号が早いことを、今ほど呪ったことはない。
 最悪だ。
「はっはい」
 俺の気弱な返事を聞くと、先生は次の奴の名前を読み上げていく。
 俺と同じく絶望の声が上がる。
「翆……赤点だったの!?」
 楓が心底驚いたように俺を見てくる。
 あんまり赤点言わないでほしい。
 惨めになってきた。
「そうだよ!! 夏休み勉強してなかったから」
 俺は半分投げ出すように言った。
 高校最初の夏休みは遊びほうけていた。
 学期の最初にやるテストなんて覚えているはずがない。
 俺だけかもしれないけど。
「珍しいね、翆、頭いいのに。遊ぶ女の子なんていなかったでしょ?」
 ほっとけ。


 その日の学校からの帰り道、帰宅部組の俺と楓は、学校の近くにあるゲーセンで遊んでいた。
 赤点の憂さ晴らしだ。
 今日に限らず楓とは家も近く、いつも一緒に帰っている。
 だけど恋人ではない。
 考えると変な関係だ。
 俺と楓は太鼓の達人で盛り上がっていた。
 太鼓の達人は音楽に合わせて太鼓を叩いていくゲームで、俺はこれが大の得意だったりする。二人でやると得点を競い合うことができ、俺と楓はいつもこれで勝負している。
 たくさんの人が使って擦り切れたばちもまた魅力的だ。
 俺がリズムに乗っているとき、楓の携帯の着メロが鳴った。
「ごめん、ちょっと待ってて」
 ごそごそと楓はかばんの中を探している。
 そのかばんは小さく見えて、実は中にはたくさんポケットがついてあり、意外に物が入るという優れものらしい。
 その間俺は一人で、ダダン、ドンドン、カッ、と太鼓を叩く。
 空しい。
「なんだ、メールだった。しかもチェンメ!! だるいなぁ、もう!!」
 そう叫びながら楓は最後の音をしっかりと叩いた。
 太鼓が少し震える。
 もちろん得点は俺のほうが圧倒的に勝っていた。
「どんなチェンメ?」
 俺は適当にばちを置いて、楓の携帯を覗き込む。
 楓の携帯は薄いピンクで、ストラップに牛丼屋のマスコットをつけている。
「読むのだるいから、翆読んでみなよ」
 そう言いながら、楓は携帯を俺に差し出してきた。
 俺は文章をスクロールさせながら読んでいく。
 

 『このメールを受け取った人!!
 貴方は堕天使になる可能性が
 あります。これ、本当の話だから
 !!(`□´)ノ
 前世の貴方はすごい罪を
 犯していて、それがまだ許されて
 ないんだって!!
 このメールを受け取った一週間
 後に迎えにいきます。
 回避する方法はないよ。
 とりあえず罪を許してくれるように
 神様に祈ってみたら?(^ー^)
 ロストパラダイスの扉は貴方を歓
 迎するよ。
 それじゃあせいぜい頑張ってね。
 馬鹿で間抜けな人間さん。 』


 その後も意味のわからない文章が続いていた。
「変なチェンメ。画像も何もついてないぞ? 誰から来たんだ?」
「えっとねぇ……」
 楓は表示されているメールアドレスを読み上げる。
「エイチ……イー……HEAVEN」
 俺はしばらく固まる。
「それだけ?」
「これだけ」
 俺と楓はしばらく笑いあう。
 ゲーセンの周りの人の視線が痛かったが、気にしない。
「なんか気分が削げたから帰ろうぜ」
 俺はゲーセンの入り口に向かう。
「そっそうだね」
 楓が急いで俺の後についてくる。
 ゲーセンからでると、まだ蒸し暑い外の空気が体にあたり、汗が一気に吹き出てきた。
 その日は暑かったし、特に用事もなかったので、寄り道もせずに帰った。
 俺の頭の片隅には、なんとなく楓のチェンメが気になったけど、そのときはそれほど深刻には捕らえていなかった。
 どっかの頭のイカレタ野郎が作ったチェンメだろうと思っていた。
 そう思っていたかった。


第二羽 夢の狭間〜もし君が願うのなら〜


 「翆〜!! 朝よ!! 起きなさい!!」
 母さんの怒鳴り声が下から聞こえてきた。
 俺はゆっくりとベッドから起き上がり、時計を見た。
 まだ六時だ。
 俺はいつも七時に起きるのにだ。
 いつもは俺を放っておいて仕事に行くのに、何で今日は起こすんだか……。
 俺は眠たい目をこじ開け、部屋の窓のカーテンを横に引く。
 生まれたての太陽の光が、俺の目に入り込んできた。
「まぶっ」
 一瞬目をつぶり、下のほうを見下ろす。
 俺の家の庭はジャングル状態で、どこからか飛んできた花の種が花を咲かせていた。
 いつか草を刈らなくては、とは思ってはいるけどなかなか行動に移せない。
 きっとこれからも、そのいつかはやってこないんだろうな。
 俺が玄関のほうに視線を移すと、人影が見えた。
「楓……?」
 短い髪に、ひざより少し短いスカート。
 そのシルエットは紛れもなく楓だった。
 いつも帰りは一緒に帰るが、朝まで一緒に行く約束はしていない。
 俺は不思議に思いながら、まだ寝ぼけた頭をフラフラさせながら一階に降りていく。
「翆、楓ちゃんが来てるわよ!! 早く用意しなさい」
 俺が返事をする前に、母さんはそう言いながら大急ぎで化粧をし、かばんを持って仕事に向かった。
 父さんは六年前に事故で他界した。
 それからずっと一人で母さんは俺を育ててくれている。
 俺は死んだ父さんの写真に手を合わせながら、急いで学校に行く支度をする。
 父さんの写真は六年前の若い頃のまま、老いることはなかった。
 当たり前のことなんだろうけど。
 きっと成長する写真なんて、怪奇現象の他なんでもないんだろう。
 俺はそんなことを思いながら、適当にそこら辺においてあるパンを手に取り、口に放り込んだ。
 味など味わう暇もないまま、急いでドアを開ける。
「ふまん、まはへた(すまん、待たせた)」
 ドアの前には顔をうつむけた楓が立っていた。
 何故だかわからないけど、今の楓は朝の光に消えてしまうような気がした。
 楓は俺の姿を確認して、明らかにホッとした笑顔を見せる。
 俺の胸の鼓動が少し早くなった気がした。
「どうした? こんな朝早くから?」
 俺は少し不自然な声で楓に話しかけてしまった。
 失敗だ。
 とりあえずごまかすために、ワックスを付けていない髪を必死に立てる振りをした。
 髪の毛は一瞬立って、すぐに力を失ったように落ちていく。
 失敗だ……。
 俺がそうこうする内に、楓は重たい口をゆっくりと開いた。
「うん……何て言ったらいいのかな? 私、死ぬかもしれない」
 楓は力のない顔で笑って見せた。
 よくその顔を見ると、血の気が引いて青白い。
 死ぬかもしれないって、何言ってるんだこいつ?
 冗談でそんなことを言うような奴じゃないはずだ。
「な……なんかあったのか?」
 俺のその言葉には答えず、楓は俺の家の門を出て歩き出す。
「歩きながら話そ」
 無理に明るく振舞った声だった。
 俺はいろいろと気になることもあったけど、とりあえず楓の言うとおりにする事にした。
 少し錆びついた門は、閉めるときに黒板を引っかいたときのような音がした。
 
 
 「夢を見たの」
 家を出てからしばらくして、やっと楓は言葉を口にした。
「はっ? 夢!?」
 たかが夢で落ち込んでいたのか、こいつは。
 心配した自分が馬鹿みたいだった。
 こんなことならわざわざ学校まで遠回りして、川原なんて歩くもんじゃなかった。
 俺はそこら辺にある小石を軽く川に蹴ってみる。
 小石は綺麗な放射線を描いて、川に吸い込まれるように落ちていった。
 落ちたところから波紋が浮き出ていく。
「ただの夢じゃなかったの! 真剣に聞いてよ!!」
 俺が小石を蹴って遊んでいると、楓は大声で怒ってきた。
 楓がここまで怒ったのはあまり見たことがない。
 俺の父さんが死んだとき以来だ。
 あの時は俺を何回も殴ったけど。
 俺は小石を蹴ろうとした足を止めて、楓のほうを向く。
「分かったよ、どんな夢だったんだ?」
 楓は一瞬迷ったように下を向いたけど、決心したのか口を開いた。
 どこかで鳥の羽ばたく音が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだ。
「私は、夢の中ではイーデって言う名前の女の人だった。イーデは……今で言う夜のお仕事で、娼婦って呼ばれてた――


2004/09/13(Mon)23:10:29 公開 / 月葉
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■作者からのメッセージ
第二羽は少し長くなりそうなので、分けて更新させていただいています。
まだまだ物語りは序盤で、動きが少ないですが、もう少しお待ちください(汗)
時間がほしい今日この頃です。
まだまだ未熟で、どうしようもない奴ですが、感想、ご指摘、批判などなどくれましたら、本人踊ります(ぇっ)

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