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『機械の国の約束 < 逃げ戦/再会 >』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ベル
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降り積もった雪の重みに耐えられなくなって、一本の木から積もった雪がすべり落落ちた。ベシャリと落ちた雪の小さな山の上を、小さな子供たちが踏みくずしていく。嬉しそうにはしゃぎながら子供たちはある一つの目的地へと向っていっていた。
「おじさーん! 今日もお話してー!」
シンシンと振る雪の中、ベンチに大きな傘をさした一人の男性が座っていた。青い膝位までのコートに身を包み、虚ろな眼でただ目の前をゆっくりと落ちていく雪を見つめていた。おじさんと言うにはまだ遠い若い顔だが、その男性の出している雰囲気は今時の若者が出すようなモノではなく、もっと何か年季の様なものを感じるところから、子供たちはおじさんと呼んでいるのだろうか。子供たちの声に気付いて、少し安堵のような表情を浮かべると、小さく子供たちを歓迎した。
「やあ、今日も来たのか」
「うんっ。だって、おじさんのお話は面白いんだもん!」
そうか、と、微笑みながら頷いて、子供たちに雪がかからないよう、その大きな傘をあたえた。身長170はありそうなほどの男性でも大きく見えた傘は、子供たちが持つと、ざっと子供4人くらいは入れそうなほどである。
「さて、雪の降る日にこんな所での話もなんだ。どれ、私の家に来ないか?」
子供たちが一斉に頷いたのを見ると、男性は微笑をくずさぬまま、子供たちの前を歩き出した。足を踏み出すごとに、積もった雪が音を立てた。肩越しに後ろを振り返り、誰が傘を持つか、と少しケンカ気味になっている子供たちの様子を見て、男性は苦笑いをしながら、再度前へと顔を向けた。雪のせいでろくに20メートル先も見えない道を、迷子が道を間違えないように男は子供たちを自分の家へと誘導した。
●
雪の道を歩く事20分。白しか見えなかった景色にボウっと一つのぼんやりした影が写った。その影は子供たちよりも、男性よりもはるかに大きかった。その影を見つけると、男性は後ろにいる子供たちに、
「さあ、そろそろ家につくぞ」
と元気な声をかけて、その声を聞くと子供たちは男性の隣へと早歩きをした。その子供たちの動きを見て、早く話を聞きたくて早歩きをしていると見取った男性も、常に子供たちを自分の後ろにつかせるように負けじと早歩きをした。影の正体は屋根だった。細長い三角柱の様な形をした黒い屋根が大きな家に何本も生えていた。いかにもブルジョワな貴族の人達が住んでいそうなほどの豪邸である。その豪邸の玄関で、男性と子供たちは自分たちの厚着の服と大きな傘に積もった雪を払い落とし、玄関のノブを押し開けて、豪邸の中へと入った。見た目よりもものすごく広く見える豪邸の中。高さ4メートルはありそうな天井。そして100メートルはありそうな廊下。廊下なのにもかかわらず横幅も人3人は通れそうなほどである。廊下でこれなら、大広間になるとどれほど広いのか、子供たちは感動した様子で口を大きく開けて周りをキョロキョロと見回した。壁に飾られている高そうな絵画や人の上半身の銅像などの美術品の数々。100メートルの廊下を埋め尽くす紅色の絨毯。見回せば見回すほど、子供たちの好奇心は膨れ上がった。男性は50メートルほど歩くと、廊下の向って右手側にある一つのドアを見つけると、さあここだ、といわんばかりに子供たちを招き寄せ、そのドアの金色のノブを引っ張った。
「わあ……」
思わず子供たちは声を上げた。ドアの向こうは、さっきの廊下よりも凄い世界が広がっていた。さっきの廊下が狭く感じるほどだ。天井は倍の8メートル近くあり、部屋の広さ自体は40畳だありそうなほどだ。そしてその床の上にもまた、豪華そうな紅色の絨毯が敷かれていた。その部屋は男性の書斎なのか、部屋の3分の1をギッシリと本棚で埋めており、その癖部屋の真ん中には接待用の大きなソファーと机が並べられていた。男性は子供たちをソファーへ座らせた。子供たちはソファーに座りながらも緊張しながら辺りを見回した。この部屋だけで普通の家よりも広いのにこんな部屋が幾つもあろうとなら一体この男性はどれほどの金持ちなのか。しかし一つ不自然な所がある。こんなに広い家を持つなら、お手伝いさんやメイドさんがいてもいいはず。これは子供の勝手なイメージだが、普通家の主人が帰って来たなら『おかえりなさいませ』と一言言いに来てもいいはず。それなのに誰も来てないというのは変である。
「おじさんは……ここで一人で暮らしてるの?」
ふと思いついた疑問を言葉に乗せ、子供の一人は思い切って男性に尋ねてみた。すると男性は笑みを浮かべ。
「今日はお手伝いさんはお休みの日なんだよ。いくら何でも、働きっぱなしというのは疲れるからね」
「えっ、じゃあ今日はおじさんは一人? こんなに広いお家の中に? 寂しくないの?」
「一人じゃないさ。君たちがいるからね」
笑みをくずさぬまま、男性は少しため息を一つついた。そして何かを考え込むように頭を下げ、少しの間をおいて語りだした。
「じゃあ、今日は『機会の国の約束』という話をしてあげようか」
どこか悲しみともいえる寂しげな表情で語りだし、腕を組んで背もたれにもたれかかった。首だけを天井に向けて、眼を閉じて一呼吸。そしてその震える唇からその男性の持つ年季の様な雰囲気ではなく、泣いた子供のような小さな声を漏らした。
「昔、この世界は『フラン』という機械の国と、今私達が住んでいる人間の国の二つに分かれていました」
機械ノ国ノ約束 < 進撃準備・起動 >
――G・A、M・A、S・A――
機械的な、発音も何も無いような低い男の声が、その空間全体に大きく響き渡った。洞窟と言う訳でもない空間。寧ろ、その空間はよく『整備』されていた。
――起動・『W・エンテバリティ』プログラムセット――
続ける男の声が終るのと同時に、その空間を唐突にまぶしい白い光が照らし出す。そこは、野球のスタジアムと比べても引けを取らないほど大げさに見取ってしまう……『格納庫』であった。
――ブースティングチップ・スタンバイ・ウィングホバー・オールグリーン――
男の声に合わせるようにして、その空間の両端から、二つの赤い光が光りだした。その光の後を追うように、4つ、6つ、と次々に光出していった。
――起動スタンバイ・OK――
銀色の肌に、光が反射して、キラリと光った。ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン、と、まるでロボットでも動かすかのような音がさらに鳴り響く。
――カウントダウン・5・4――
そのまるでが、折りたたまれた膝を伸ばして、立ち上がった。
――3――
そのまるで――身長3メートルはある、銀色の人間の、間接全てを機械でつながれた鋼鉄のボディは、ガシャンと音を立て、少し盛り上がった床に持ち上げられる。
――2――
よくみれば、その空間は明らかに何かが異質であった。その宙を、何かの作業用ハンドアームが飛び交い、バラバラになって、原型が分からない機械の残骸を掴み上げ、頭の無い先ほどの機械の人形に、無駄のまるで無いツルツルの丸い頭を取り付ける。その空間に人の姿は一つも無く、生活観も無く、そこはまさに、機械の国と言えるものであった。
――1――
直立不動の機械の、その頑丈な膝が角度を変えて、曲がらせた。ゆっくりゆっくりと軋んだ音を立てながら、その膝はやがてふくらはぎと太ももの部分がピッタリくっつきあう。瞬間、残像を残し、極限まで曲げられたバネを開放するように、機械達は飛び立っていく。一体目が飛び立ってから一秒おいて2体目が。一秒間の間を置いて、機械たちは次々にその姿を宙へと運ぶ。
――対象――
高速で飛び上がっていく機械たちを待ち受ける天井。衝突する寸前、その広い天井は、機械たちが動くスピードよりももっと早く、その体を横にスライドし、雪が振り込んでくる大空への道を開いた。強烈な寒気が飛び込んでくる。が、人がいないのであれば、そんなものはまるで意味の無いものである。機械たちのサーモグラフィーがみるみるうちに真っ青に変わっていく。雪をはじきながら飛び上がる機械は、熱体感知から、肉眼感知へとその宝石のような眼を切りかえると、大きく雲の上までと上りあがる。雲の上はとても晴天で、熱体感知なら今度は真っ赤になって見えなかったところであろうか。推進力が消えうせていき、少し体が重力を感じた瞬間。機械たちの背中から肩幅までの小さな鉄のウィングが生え出した。ウィングの裏側から、大量の熱気が放出され、それは炎、そして飛行機のジェット噴射の如く、勢いよく噴出した。滑空する事、数秒。0だったそのスピードは100へとはじけ上がり、またも残像を残し、雲の中へと飛び込んだ。
――人間ノ世界――
雲をつきぬけ、降りゆく雪よりも早く地面へと降りていく機械たち。地上から、警報機のブザー音のような音が小さながらも聞こえてきた。機械たちがハイスピードで降りて、地面に近づくにつれて、そのブザーの音は、より大きく、そして高く、雪の振る白い大空へと響き渡った。雲を揺るがすほどの空気の振動と、地面に降り落ちた雪を染める紅が、証となる。
――殺戮という名の、機械たちの無情なるマーチの証と――
機械の国の約束 < 崩れゆく雪 >
異様な緊迫感に静まり返った会議室の中で、一人の女性が眼下に広がる光景をじっと見つめていた。ウェーブを描く豊かな髪と、どこか醒めた瞳を持つ女性。
彼女の事をあるものは「コールド・ウェーブ」と呼び、またあるものは「ラース・オブ・ウィンド」、そして最後に人々は彼女をこう呼ぶ。
「ジャイアントフォース」……巨大な意志と。
3つの呼び名を持つ女。『トリプル・ハート』三つの魂を持つ、ユイフィーリア皇国史上初の女王である。
その彼女、セラ・ライルのクール・フェイスは今、苦々しげにゆがめられていた。
「どうやら完全に引っ掛けられたようね」
彼女の眼下に広がる皇都『白門』はすでに敵兵で溢れかえっており、城は完全に包囲されている。敵兵の掲げる旗の紋章は青の羽。領内の内情不安で大陸南部への進行を断念したはずの蒼鷹帝国の戦旗だった。
蒼鷹帝国――グランディエーナ大陸東部の大半を勢力化に抑える大国は、若き皇帝フィーダ・エルフレイムの即位と同時に、古き皮を脱ぎ捨て全く新しい国に生まれ変わり、その力を外部に向けようとしていた。
即ち、それは侵略。
これを憂慮したユイフィーリア皇国は帝国との融和交渉を粘り強く続けていたが、フィーダ・エルフレイムは野心を抑える様子を見せず、すぐにでも戦争が始まると誰もが信じざるをえない状態であった。
しかし数ヶ月前、帝国領内で駆逐されたはずの旧貴族階級による一斉蜂起が起こるという噂が立った。
実際、一部の地方では小規模な反乱が勃発していた。
噂のもみ消しに躍起となった帝国政府だったが領内には不穏な空気が蔓延するようになる。そしてフィーダ・エルフレイムが国内の安定の優先し対外侵攻は見送るという情報が飛び交った結果、ユイフィーリア皇国は外交による解決に手応えを感じ(現に帝国との折衝は順調に進んでいた)、安堵の空気が広がっていた。
帝国のユイフィーリア侵攻はまさにその直後だった。
帝国軍は大陸南西部ユイフィーリア皇国への電撃侵攻を開始、戦時体制を解除したばかりだったユイフィーリアは完全に不意を突かれ、皇国東部の僅かな抵抗を退けた帝国軍快速部隊による皇都包囲を許していた。
「サナの……責任ですっ!」
唇をかみ締め搾り出すように悔恨の言葉を発したサナ・シルフィーの表情は、普段の明るさを影に潜め蒼白となっていた。
セイル将軍率いる先遣隊、機動騎士団六〇〇〇は緊張緩和により弛緩しきっていた国境警備隊を一瞬で粉砕し、帝国侵攻の報が届くよりも速い速度で皇国領内を進撃し、皇国内でも帝国国境寄りに位置している皇都「白門」への侵入に成功する。
『迅雷(ブリッツ)』の異名を持つセイル将軍の、その名に違わぬ用兵速度だった。
「白門」より南西部に位置する皇国領は、突然の帝国軍の侵攻に右往左往するのみで、後続したリアル将軍により難なく制圧されつつある。
長期に渡って維持すると、何かと経済面で不都合の出てくる戦時体制を解除した直後であったため「雪門」に、一時的だが全く戦力が存在しなかったのだ。
皇都を守護すべき存在である主力軍の打撃騎士団(ストライク・ナイツ)も現在「白門」から離れており、包囲されているスノーゲート城内には約一〇〇〇の兵がいるのみであった。その兵すらも近衛警備隊という貴族の師弟が集まった名目的な代物に過ぎない有様である。
皇国の軍部を統括する軍務宰相であるサナ・シルフィーが打開しようもない情勢に蒼白となるのも無理はなかった。
「戦時体制解除を許可したのは私よ。それに今更責任をどうこう言ってもしょうがないじゃない」
静かな瞳でサナをじっと見据えたセラは諭すように言った。
「問題はこれからどうするか……でしょ?」
「……でも、このままじゃどうにもならない」
皇国の誇るユイフィーリア打撃騎士団の団長であり、皇国最強の剣士の一人でもあるマイ・フウカは、あまり感情のこもらぬ口調で答える。彼女自身、単身皇都に赴いていたため率いる部隊がない状況であり対処する方法も思いつかなかった。
「だったら逃げるしかないんじゃないか?」
「逃げちゃうんですか?」
サナは非難というより確認といったトーンでライツの発言に問い返した。
「しかたないでしょう、このままじゃ一時間も持ちませんよ」
ライツ・ジューンが弱気になるのも仕方ないといえるだろう。城に篭る一〇〇〇の兵は近衛警備隊長であるライツの直属の部隊であり、彼にはその情けない実力はいやになるほど分かっていた。
この隊長職はかつて無役の素浪人として城に居着いていた彼に体よく押し付けられたものであったが、それなりに訓練してみたものの全く使い物にならなかった連中である。とても六倍の敵を相手に戦えるはずもなかった。
「でもどうやって?」
「そうよ、完全に包囲されているこの状況でどうやって逃げ出せる?」
確かに城は何重にも包囲されているこの状況では城の外に出ることすらままならない。この行き詰まったような状況を壊すようにこれまで一言も喋らずに部屋の端に佇んでいた男が尊大ともいえる口調で言葉を発した。
「抜け穴の一つでもあるだろう? なぜそれをつかわないのかね」
凍りつくような視線を男に向けながら香里が冷ややかな声音で応えた。嫌いだという感情を隠そうともしない。実際その男は有能だがその分性格も歪んでいると嫌う者も多い。
「抜け穴の一つや二つぐらいあるわよ。でも城を抜け出したところで帝国は直ぐに追撃隊を出すんじゃないかしら? 違う? クゼ侯爵殿」
ユイフィーリア皇国防諜局長官を勤めるクゼはその評判に違わぬ歪んだ笑みを浮かべる。
「ここに残ってもしょうがないだろう。それともここで潔く死にたいとでも言うつもりかね?」
「いいえ、お断りだわ」
きっぱりと答えるセラに「ふん」と鼻を鳴らしクゼは話を続ける。
「ならばさっさとその抜け穴で逃げ出すことだな。じきに城内にも敵兵が侵入してくるだろう。もっとも……だれかが残って、時間を稼がんことにはろくに逃げ出すこともできんだろうがな」
そのクゼの最後の言葉に俯き加減に佇んでいたサナの肩が幽かに震えた。
「サナが……サナが残ります」
「サナ!!」
その言葉に彼女の親友であるマイが過敏に反応する。
当たり前だ。ここで残るということは死ぬということと同じ意味と言っていい。
「そんなこと!! 許可できませんよサナさん!」
強い調子で詰め寄るマイとセラに首をふりつつサナはいつもの笑みを浮かべた。
「あはは〜〜大丈夫ですよ〜。サナは大丈夫です。それにこれはサナの責任ですから」
「サナさん!!」
それでも止めようとするセラを遮るようにサナは決然とした口調で命令を下す。
「マイ、ライツさん。陛下とシエル姫を連れて脱出してください。これは軍務宰相としての命令です!!」
「ちょっと、マイさん、ライツ君。皇王の私を無視して宰相の命令を聞くつもり!?」
板ばさみの状況に戸惑うライツにサナの一言が背中を押す。
「ライツさん! セラさんをむざむざ殺すつもりですか?」
この言葉にはっとしたライツは思いを振り切るようにサナに一礼すると、セラの体を引っ担ぎ、シエルの待つ部屋へと向かった。
「ちょっ、ちょっとライツ君っ。離しなさい、ってこら! ちょっと、聞いてるの!? ライツ!!」
「あはは〜〜うるさいようならはたき倒して静かにさせちゃったほうがいいですよ〜」
立ち去るライツの背にちょっと危ないセリフを投げかけるサナにチラリと意味ありげな視線を向けたクゼも「僕も準備があるのでね」と呟き部屋を出て行く。
広間に集まった人影が消え、ただ二人だけが残った。
「マイ……。マイも早くいってください」
ふるふると首を振るマイに諭すように優しく呼びかける。
「マイは騎士団長だよ。こんなところで死んじゃだめだよ。だから早く」
「サナは大丈夫って言った。だから私も大丈夫」
サナの言葉を遮ってマイはまっすぐにサナを見つめる。
その真摯な思いを込めた瞳にサナは言葉を詰まらせた。
そんな目をされたら、何を言ったら良いかわからないよ、マイ。
沈黙の広がった広間に一人の人影が入ってきたのにサナは気付いた。
まるで止まった時間を動かすように、そんな思いを浮かべながらサナはその人影に声をかけた。
「クゼさん。まだいらっしゃったんですか? マイを連れて早く行って下さい」
クゼは自分に向かって殺気すら込めた視線を送るマイに顔をしかめながらも彼女たちのもとに歩み寄った。そして自分とサナを離れ離れにするつもりなら容赦しないとばかりに威嚇するマイを睨み返し、サナに向かって言った。
「僕では彼女を無理やり連れて行くなどということは無理ですな。だいいち僕は彼女と一緒に行くつもりはありませんよ」
そしてサナの傍らに立ったクゼは続きを耳元で囁いた。
「彼女と一緒に行くのは貴女です。シルフィーさん」
「ふぇ?」
戸惑ったサナの表情が衝撃に歪み、意識が薄れていく。クゼの拳が彼女の鳩尾へと叩き込まれていた。
「クゼ!? 貴様!!」
そして剣を抜こうとするマイにサナの体を預ける。慌てて抱きとめるマイ。
「クゼさん……どう……して……」
マイに支えられ薄れゆく意識を必死に保ちつつサナはクゼに問い掛ける。
「悪いが貴女では時間稼ぎもできないでしょう。この城の全てを貴女は知り尽くしてはいないですしね。それに、責任というならば情報を統括している僕の方が責任が重い」
「あなたは……最初から……」
そこまでいうとサナは意識を失った。
「……貴女はまだこの国に必要な人だ……」
この国の人間が誰も聞いたことがないような優しげな声で呟いたクゼは元の嫌味な口調でマイに向かって言った。
「さっさと行け。城のトラップ群を起動したからな、じきに大騒ぎになるぞ」
サナを背負ったマイは何か言いたげに口を開きかけたが、そのまま何も言わずに足早に広間を出て行った。
クゼは自嘲するような笑みを浮かべる。
「ふんっ……ガラじゃないんだがな」
そう呟くとクゼは広間を後にし、彼の戦いの場へと向かった。
「さて、この城は僕の掌の上だ。帝国のバカどもにはせいぜい長い間踊ってもらおうか」
彼の言葉に被さるように爆発音が当たりに炸裂している。
この城のトラップはある事情で頻繁に破壊される城内の修復を担当していたクゼが趣味で設置させていたものであり、その全てがクゼの思うがままに動く代物である。
まさにクゼの言葉通り、城内に侵入した帝国兵は彼の掌の上にいたと言ってもいい。
帝国史上最悪の攻城戦と伝えられることとなるスノーゲート攻城戦における帝国軍の大混乱は、今まさに始まったばかりであった。
機械の国の約束 < 逃げ戦/頼れるものを求め >
圧倒的戦力を持ってカノン皇国皇城スノーゲートへと突入した『迅雷(ブリッツ)』ことセイル将軍率いる帝国軍セイル機動騎士団は莫大な数のトラップに襲われた。
城内は古代遺跡を彷彿とさせる悪辣な罠が各所に配備され、皇族・重臣の身柄を確保しようと勇躍突入した帝国軍兵士を恐怖のどん底に叩き込んだ。
あくまで軍人であってトレジャーハンターではない帝国兵士はこの事態にパニックを引き起こし被害を加速度的に増加させていく。
セイル自身が野戦を得意とするタイプであり、城攻めはあまり得手としないことも災いした。
彼は城内で起こっている混乱の把握に失敗。逐次に戦力を投入しつづけたことも被害増大の一因となる。まあ、彼は良くも悪くも常識的な思考の持ち主であり城がトラップの巣窟などとは想像もしていなかった。
だが兵力に勝る帝国軍を前にトラップは徐々にその数を減らし、城中枢へと到達する兵士の数も増えてきていた。
そして城内トラップ群の統括管制を行っていたクゼ侯爵のもとにも戦闘は及び始めていた。
「ちぃ、面倒な」
荒い息を整えるクゼの足元にはたった今息絶えたと思われる帝国兵士の死体が既に10を越えている。
『プリティー☆サナリン』と一部で有名なサナ・リフィーに匹敵する魔導の使い手であるクゼではあったがこのままではじきに手詰まりとなることは明らかであった。
やっと息を整えようとした矢先に帝国兵士の声が響いた。
「おい! こっちに誰かいるぞ! 早く来い」
「……ふんっ」
絶体絶命のピンチというシチュエーションにクゼはつまらなそうに鼻を鳴らすだけで答え、残り少ない魔力を集中し始めた。が
「なんだ!? 貴様っギャッッ」
いきなり剣戟の戦場音が聞こえ、悲鳴が響いたと思うとあたりは静寂に包まれる。
何事かと暫く様子を窺っていたクゼの耳にこちらに向かってくる軽い足音が聞こえた。警戒しつつ、いつでも魔力を開放できるように態勢を整えたクゼは、現れた人物に驚愕の声をあげた。
「マイ・フウカ!? 貴様、何故こんなところにいる!?」
クゼの眼前には、既にサナ・シルフィーと共に城を出たはずのマイ・フウカが血に塗れた剣を下げ、無造作に佇んでいた。
驚くクゼにマイはジロリと視線を送ると
「……ついてきて」
と無愛想に言い放ち、後も振り返らず歩き出した。
予想外の展開に少々呆然としていたクゼだったが慌てて彼女の後を追いつつ怒鳴りつける。
「なぜここにいると聞いている!!」
「……戻った」
やはり後も見ずにスタスタと歩きながらマイも答える。
「戻っただと!? 愚かな、自殺行為だぞ、なぜ戻ったのだ!?」
「サナがお前を連れに戻ろうとしたから、だから私が来た」
クゼは思わず息を飲んだ。
何故自分を嫌うマイがわざわざ危険を侵し助けに来たのかようやく合点がいったのだ。
サナ・シルフィーは自分のために他人を犠牲できない人間だ。故にクゼを残して逃げることを善しとしようとしなかったのだろう。ここでクゼを見捨てて逃げれば彼女は決して自分を許せない。彼女の責任ではないのにもかかわらず。
ならばどうしたらいいのか。
クゼを助ければいい。マイはそう判断したのだろう。無論サナはそんな舞の危険な行為を許すはずはないだろうが、無理やり抜け出してきたのだろう。
「それにサナが言ってた。クゼもまだこの国に必要な人間だって」
その一言を聞いて一瞬あっけにとられたクゼは無性に笑い出したくなった。それがどういう類の笑いの衝動なのかは彼自身も分からない。嬉しさゆえか自嘲か、それとも呆れたのか。
「ふんっ。当たり前だ、僕がいないとこの国は立ち行かないのだよ」
マイが嫌そうな顔をしているのが見えたが全く気にしない。普段のどこか歪んでいるクゼが戻り始めていた。
「それで、どこから脱出するのだ? まさか分からなくなったなどとは言わないだろうな」
尊大な調子で喋るクゼにどこか呆れたような雰囲気を浮かべ、いや、表情自体は無いのだが、あっちと前方の小部屋を指差す。だがその方角から多数の人間の気配が近づいてきていた。
「どうやらもう一暴れしなければならないようだな。全く…僕のような人間は肉体労働はあまりするべきではないのだが」
ぶつぶつと呟きながら魔力を編み始めるクゼを横目にマイも無言で剣を抜き放った。
彼ら二人の脱出行はまだ始まったばかりであった。
皇都の西の森
城の抜け道を使い、脱出した人数は30人に満たなかった。
城詰の近衛警備隊はろくな抵抗もせず降伏、重臣の多くもカノンに見切りをつけて帝国軍に投降した。付き従った兵を除けば主なメンバーは女王 セラ・ライル、皇妹 リアラ・セイル、軍務宰相 サナ・シルフィー、近衛警備隊長 ライツ・ジューンの四名だけであった。
サナを連れて追いついたマイは周囲が押し留めるのも聞かず城にとって返してしまっている。城が敵兵で埋まっている状況を考えると無事という言葉は想像できない。
サナ・シルフィーはマイを行かせてしまったことを悔やみきっていた。マイが城に戻るということを決めてしまったのは明らかに自分のせいである。これは自分が行かなければならなかったことだ。だがもはや彼女に出来ることはマイとクゼの無事を祈ることだけであった。
「マイ、クゼさん。どうか無事にサナに元気な顔を見せてください。お願いします」
普段の彼女の明るさ爆発といった性格を知る者から見れば、今のサナの様子はあまりに痛々しかった。そんな彼女をリアラは付きっきりで励ましていた。
「大丈夫ですよ。二人ともとっても強いじゃないですか。だから絶対戻ってきます。大丈夫、信じて待ちましょう」
その言葉にサナは少しだけ表情を緩めリアラに頷いた。
城からの脱出に成功した一行は城の裏手の森へと通じていた抜け穴を出てしばらく前進し、現在はライツが前方の安全を確かめて来るのを待っている状況であった。さらに付け加えるなら、マイたちが戻ってくるのを待っているともいう。しかしあまり時間が無いのも確かだった。いつここまで帝国が軍を進めてくるか分からないうえ、捕まった重臣たちが抜け道のことを知っていた場合、セラ一行がこの森にいることは直ぐに分かってしまう。
「大丈夫だ、こっちにはまだ誰もいないみたいだぜ」
先行しての単独偵察から戻ったライツの第一声がそれだった。一行に安堵が広がる、少なくとも先回りはされていない。
「で? 森を抜けた後はどうするつもりなんだライル」
ライツの発した言葉に一同の注目は自然とセラへと集まる。
そう、皇都を奪われながらも帝国との戦いを止めるつもりの無いセラたちは、どこかに身を寄せなければならない。しかし帝国有利のなか皇国内の豪族のなかには帝国への鞍替えを行う者もでてくるだろう。
となると信頼でき、かつ帝国に対抗できる戦力を有する者を探さなくてはならない。そしてそれは酷く限定されることになる。
しかしセラは特に迷うこともなくライツの問いに答えた。
「決まってるでしょ……バレル大公爵家を頼るわ」
その答えを聞いた一行の疲れきった顔に生気が戻る。そうだ……我々にはまだバレルがいる。絶望にも似た表情を浮かべていた連中を立ち直らせる、バレル大公爵家の名はそれほどの名声を以って響き渡っていた。
「そうですよ。私たちにはまだあのスピカさんがついてるんです。みんなまだ終わってなんていません」
そうやって一生懸命みんなを元気付けようとする妹を、滅多に見せない優しい眼差しで見つめるセラにライツが近づき、周りに聞こえないように話しかけた。
「さすが女王陛下ってところか。元気なかった奴らがとたん生き生きしてきやがったじゃないか」
「なにいってるのよ。バレルの名前を言わせたのはあんたでしょ」
「さあ、なんのことやら……しかしバレルの名声は凄いな」
「まあね」
セラはそっけなく返したが、その表情は安心した笑みを浮かべていた。
機械の国の約束 < キルハ雪原合戦・会戦 >
バレル大公爵家――皇族ライル家の最大の後ろ盾として知られる名池である。
セラの父親、つまり前代国王とバレル大公爵は地位を越えた大の友人同士として有名で、バレル大公は補佐役としてライルの影に日向に親友を助け続けた。
しかしどんなものも永遠には続かず。バレル大公は39と言う若さで死去。そしてそれの後を追うように前代ライル家国王も3年後に死去。しかし、親友二人が死してもライルは娘のセラが。バレルは嫁のスピカ・レイ・バレルが。それぞれ家柄を継ぐ。それぞれ、前代に負けない動きを見せる。
スピカ・レイ・バレル――
30の若さで当主の座を受け継いだ前代公爵アシュレイ・ファウト・バレル。当初は女性の身で差配するのは無理という声が高かったが、彼女が下す的確かつ革新的な裁断を前に声は細くなっていった。
そんな中でも彼女が特に才能を示したのが軍事であった。
元々強軍として知られていた水瀬公爵軍をさらに徹底的に鍛え直した結果、大陸最強とまで言われる軍が作り上げられた。
青に統一された装飾から「パーフェクト・ブルー」と呼ばれる彼らを前にして敗走しなかった軍はなかった。
「無敵って言葉はスピカさんのタメにあるようなものでしょう?」
そう言ってセラはリアラに向けた優しい眼差しを少し悪戯っぽいモノに変え、ライツを見つめる。その表情は彼女が普段は決して見せない年相応の少し勝気な少女のものだった。
思わず顔を赤らめて言葉を詰まらせたライツにセラは、んっ? というように首を傾げた。
「じゃ、じゃあそろそろ行こうか」
あわてて誤魔化すようにいうライツにセラはキっと眼を吊り上げて目線をチラリとまだ心配そうに佇むサナに向けてライツに言い放つ。
「ちょっと! マイさんとクゼ侯爵を置いていくつもり。ここで動いたら別れ別れになるわよ。それとも、もうだめだなんて言うんじゃないでしょうね」
ライツは噛み付きそうなセラをどうどうと押えながら、いつも彼女にちょっかいを出すようなニヤニヤとした薄笑いを浮かべて何事もないように言った。
「ああ……あの二人なら俺が連れて来るよ」
あまりにさり気なく発せられたためセラはしばらくその言葉の意味を把握できなかった。
「なっ、なっ、なに考えてるのよ。連れてくるってどうするつもり? まさか城まで戻ってなんて言うんじゃないでしょうね! 馬鹿言わないで! あんたみたいな弱っちいのがいってなんとかなるわけないでしょ」
「弱っちいって……この天才を捕まえて何を言うかね。大体あの二人、俺達のいる場所知らないし、これからどこに向かうかも知らないんだぞ。このままだと別れ別れになっちまうだろ? ちょっと迎えにいくだけだから心配すんなって」
それだけいうとライツはさっさと兵士たちに彼女らを守って先にいくように命令し城の方に歩き始めた。
その彼をサナが呼び止める。
「ライツさん……マイを……二人を頼みます」
「いやだなぁサナさん。俺はちょっと迎えにいくだけですよ? あの二人なら……フウカ先輩なら自分でなんとかしてますよ。……じゃあすぐに帰りますんで」
サナは今日初めての笑顔を見せペコリと頭をさげた。
「ちょっと! ライツ君!!」
なにか言おうとするセラにライツは振り返らずヒラヒラと手を振りながら森の中に消えていった。
森を走る二人はどう控えめに見てもボロボロとしか言いようが無い状態だった。
マイとクゼの二人は森に出るまでに八〇人近い人数と渡り合っていた。特にマイと合流する前から魔術を連発していたクゼの疲労はピークに達している。だからといって置いていけなどという愁傷な言葉が彼から発せられることはあるはずもなかったが。
森に出た後は敵兵とは遭遇せず、追跡を受けている様子もなかったが、マイは緊張を解かなかった。まだここは安全とはいえない、城がほぼ陥落した以上帝国軍は女王たちが城を脱出したことに気が付いているはず、ならば城の裏手にあるこの森にまで探索の兵を回してくる可能性は高かった。
ふとマイの足が止まる。
「どうした、フウカ?」
「……誰かいる」
その言葉にクゼの顔に緊張が走った。この状態では敵兵と戦う余力はもうない。これまでかという言葉が浮かぶが彼もマイもあきらめるつもりはなかった。疲労に固まった体で構える。だが
「貴様は!!」
「……ライツ」
ヘラヘラと気合の入らない笑みを浮かべ草むらから姿を現した人物は二人のよく知る男だった。
「よう! フウカ先輩にクゼの旦那。何とか無事みたいだな?」
「ライツ、貴様なぜ一人でこんなところにいる。陛下たちはどこにいる。まさか逃げ出してきたわけではあるまいな?」
「セラたちなら先にいってもらったよ。しかしひでぇな、わざわざ迎えに来たのにそんないいかたしなくても」
どこか拗ねたような態度のライツにクゼは蔑むように言葉を続ける。
「馬鹿め。貴様のような雑魚が敵兵と出くわしたら一瞬で死ぬぞ」
「雑魚ってなんだよ雑魚って、俺は雑魚なんかじゃねぇぞ!! っあ、先輩! サナさんが心配してたぜ」
マイはその言葉にコクリと頷いた。その無表情がどこか嬉しげだったのは気のせいだろうか。
「じゃあさっさと元気な顔みせて安心させにいこうぜ」
「ふんっ、まあいい。行くぞ」
「……うん」
先に進み始めた二人について歩きだしたマイはふと違和感を感じ足を止め周囲を見渡した。
「……血の……臭い?」
自身の返り血などでいままで気付かなかったが辺りには確かに幽かに血臭が漂っていた。そして注意深く見ると森のあちこちに戦闘の後と見られる傷がある。
そしてマイはそれを見つけた。
「帝国兵の……死体?」
草むらの影に見えた倒れている人間。それは帝国軍の軍服を着ているように見えた。そしてその奥にも同じように倒れている人影がいくつか見えた。
いったい誰が……?
マイは前方を歩くライツに視線を向ける。状況からいってやったのはここにいたライツしかいない、しかし……。
マイは先ほどクゼがライツのことを雑魚と言っていたのを思い出す。
クゼほどの辛辣な意見ではないものの、マイもライツの腕に関してはさほどの評価を持っていなかった。これはライツを知るものに共通する認識でもある。
彼が期待されていたのはあくまでライツのお守(つまりストレス発散の標的)であり、道化役でしかなかった。ちなみに、皇城のトラップ群が設置されることとなった城の破壊は、毎日のように繰り広げられたライツのちょっかいに対するエラの魔術での制裁の余波によるものであるものであるのは、秘密の話。
そもそもライツが戦っている場面を見たことがあるものがいなかった。訓練ですら天才には必要ないといってやろうとはしない、といって隠れて特訓でもしているかと思えばなにかやっている様子も窺えなかった。
なにより腕というのは日常の何気ない動作にも現れるものである。ライツの普段の動きはあまりに素人くさかった。だからこそ、ライツの実力を大したものではないと評価していたのだが……。
「先輩? なにやってんだ? 置いてくぜ」
ついて来ないマイを不思議そうに見るライツを、マイはしばらくじっと探るように見つめると、無言でその場所を後にした。
帝国軍先遣隊司令部
「まだ見つからないだと?」
皇都攻撃軍を指揮するセイル将軍は焦りを抑えることができなかった。
簡単に陥したはずの城は異常な数のトラップのオンパレードで被害続出。そのうえ捕獲できたのはどうでもいい重臣どもだけ。最優先で捕らえるべき連中の悉くが消息不明となれば彼が焦るのも無理もなかった。
「もはや城にはいないのでは?」
側近の言葉に矢島は頷きつつも密かに毒づいた。
そんなことはわかってるんだ。知りたいのはどこにいるかだ。
側近の進言が妥当であるのは矢島にも分かっていたがだからといって彼らがどこにいったかが判明しなければあまり意味がない。
「森に向かわせた一隊からの連絡は?」
「いまだありません」
その答えにセイルは頭を抱えた。
「抜け道があるとするなら森じゃないかと思ったんだがな」
なにか見つけたら報告を寄越すだろうとセイルは森に派遣した部隊のことを思考から除外した。その後、セイルは市街地をしらみ潰しに捜索することを決定、軍勢を城下へと向けた。
結局市街捜索は尋問した重臣の口から抜け道の出口が漏れる翌日まで続けられる。そしてついに帰ってこなかった捜索隊五八名が森で斬殺死体となって見つかったのはその翌日だった。
何故帰ってこない捜索隊が丸一日も放置されていたのかは定かではない。それだけ帝国軍の混乱が酷かったとも伝えられるがすぐに連絡を寄越さない捜索隊に増援を送れば早期に脱出するセラ・ライル一行に追いつけた可能性が高かったと思われる。
この件に対してのセイルはなんの発言も残していない。
皇都の西の森
「マイ!! マイ!! まい〜!!」
「……サナ、ごめん」
マイの姿を見つけるや否や泣きながら彼女に抱きついたサナは、マイの言葉に何か言い返そうとして言葉が出てこず、ただひたすら首を振りながらマイを離すまいと抱きしめつづけた。マイも優しくサナのことを抱き返す。
「ライツ君、ご苦労様」
「おう……ぐぇ」
感動の再会シーンを堪能していたライツはセラの声に振り返るといきなり頭頂部に衝撃を受けた。
「ってぇ、なにすんだよセラァ」
「あんたってばわたしの言うことを全く聞かないんだから、このくらいですんで感謝して欲しいわね」
「うわ、ひでぇ」
「なによ」
「いえ、なんでも……」
一睨みでライツを黙らせたセラはクゼの方に振り返った。
「クゼ侯爵、今回は助かったわ。ありがとう」
人々の輪に入らず、端のほうで腕を組んで目をつむっていたクゼはその言葉に片目を薄く開けてセラの方を見ると「ふん」と鼻を鳴らして再び眼を閉じてしまった。
うわぁ、すげぇ!!
クゼの態度に思わず心の中で息を呑んだライツは恐る恐る傍らを覗き見る。予想通りセラは無表情だったが、プルプルと震えている拳が彼女の心中を表していた。
八つ当たりを受けるのは俺なのになぁ。
思わず溜息をついたライツの肩をポンポンと誰かが慰めるように叩いた。
「リアラちゃん?」
リアラはニコリと笑みを浮かべるとライツにだけ聞こえるように微笑みながら小声で囁いた。
「がんばって殴られてくださいね、ライツさん」
ライツはもう一度深々と溜息をついた。
ともあれ一行はバレル公爵領に向け歩き始めた。
歴史はユイフィーリア皇国の反攻が、この歩みから始まったと記している。
続く〜
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2004/09/19(Sun)13:47:24 公開 / ベル
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■作者からのメッセージ
こんばんは。最近楽しみすぎて暇なベルです。
最近運動不足なのかよく動作をするたび間接がコキコキなりましたとさ(ぇ まあクラブ最近停止中だしなあと心の中で呟いてみたり(何
ではでは〜。
(……はあ)
(何さ)
(……ライツくん、かわいそうに)
(確かにね)
誤字UPです;;
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。