『アイヴィスの歌声 プロローグ』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:蘇芳                

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 真夏のモール。
歩道は人で埋まり、車道は車で埋まっている。
当然といえば当然なのだが、車道を車が埋め尽くすのはどうかと思う。
なんでかって言うと流れていないから、車がエンジン掛けっぱなしで止まっている。
一時間ほど前に強盗があったらしい、それで検問をしているらしいのだが、そこで覚醒剤を見つかった人がいて更に込み合っているらしい。
 風の便りに聞いたんだけだけど、パトカーが増えてるから本当なんだろうな。
「…偶然ってあるんだね」
「ん? ああ、ホントだな」
 カフェの一角。歩道に面して全面ガラス張り。
どっかの有名デザイナーが、店全体をコーディネイトしているらしい。
イスやテーブル、カウンター。小物とかもお洒落。その置き方もセンスがいい。
多分、本当なんだろうな。
ガラス張りの向こうは人、人、人。歩いたら人酔いしそうな、もうしちゃったからカフェにいるんだけど、それくらい人がいる。
いったいどこから来て、どこに行くんだろうか。
考えても無駄だろうけど、向かいに座る人に興味がいかないから、自然と別のことを考えてしまう。
なんでだろうな、最初は好きだったのに。
今は好きなのか嫌いなのか。それも分かんない。
 自分の頭なのに、自分で何を考えているか分からない。
「なあ、リサ…」
「なに?」
 彼も何かを考えていたみたい。でも私と違って、それは深刻だったみたいだけど。
 ある程度だけど予想は出来てるから、何を言われても動じないと思う。
「俺、別れたい…」
「……」
 好きでもなければ嫌いでもない。
でも嫌じゃない。
一緒にいれば楽しいし、なにより楽だった。
少しバカで向こう見ずなトコとか、時々だけど落とすみたいに笑う癖とか。
タバコを吸うときに、必ずライターを振る癖とか。
お酒に弱いトコとか、男の癖にやわらかい髪の毛とか、子供のときに怪我した背中のキズとか。
 なんでだろうな、予想はしてたのに、悲しいや。
「…嫌だよ…」
「リサ…」
 自然に涙が頬を伝って、白いテーブルにポタポタと水溜りを作る。
「ねえ、なんで? なんで別れるの?」
 理由も分からないのに別れるなんてヤダよ、ちゃんとした理由をちょうだいよ。
それとも、ただめんどくさいから別れるの?
ねえ、やだよ。
 シュウジと離れるなんてヤダよ、寂しいよ。
「ホントに、ごめん」
「謝らないでよ…ねえ、シュ…」
 次の瞬間。
ガラスが砕け散った。
グラスを落としたとか、そういう大きさじゃない。
歩道に面して全面ガラス張り、そのガラスが砕け散った。
ガラスの破片が私達の方に殺到してきた。太陽の光を反射してキラキラと。でも、 怖い。
「リサ!!!」
 シュウジが飛びあがった。
たぶん、そう見えただけかも知れないけど。私には、少なくともそう見えた。
飛び上がったシュウジが歩道に背を向けて、私を抱いた。
温かい腕の中で、私はほっとしていた。
それはガラスとか、そういうのじゃない。
まだシュウジが護ってくれるんだ、そう思ったからだった。
 周りの喧騒と悲鳴、そしてガラス片が落ちる音を聞いた。
「…ッ、大丈夫か!?」
「うん、ありが…」
 ありがとう、そう言ってシュウジに抱きつこうとした。
ぬるりとした、血の感触が手の平に触れた。
真夏、シュウジが着ていたのは黒いブランド物のティーシャツだった。
たしかバウンティハンターだったと思う。その黒いティーシャツが裂けて、紅い血が溢れていた。
そしてシュウジの息が、荒くなっていた。
 ベッドの上でも見たことの無い、痛そうな、辛そうな荒い息を。
「シュウジ!?」
「へ、大丈夫だって。ちょっと切っただけ」
 大丈夫じゃない。
それは素人目にも分かる。
大きなガラス片が三枚。背中に深々と刺さっている。
小さいガラス片で付いた傷も、浅いとはいえ血が出ている。
背中をグッショリと濡らすほどの出血。血は前の方にも流れているのか、シュウジ の胸に当たった頬には血が付いている。
「わり、やっぱ別れるって話、無しな」
 私を安心させようとしているのだろうか。シュウジの力の篭もらない笑顔が、痛 い。
「ねえ!? シュウジ!? シュウジ!!」
「どいて」
「え?」
 ガラス片を踏み割る音が聞こえたと思うと、女の人の声が聞こえた。
そして白い腕が私をどけて、女の人がシュウジの背中からガラス片を抜き取ってた。
「…大丈夫、傷は深いけど血管も神経も損傷してない。病院まで運びたいんだけど…」
 そう言う女の人は、ものすごく綺麗だった。
自然な金色の髪、蒼い眼、白磁のような肌。
でもその美貌も、自身の血で濡れていた。
よくみると髪の生え際辺りを、ざっくりと切っている。
でも、その表情に揺らぎは無い。目はシュウジの傷に向けられ、手持ちのガーゼなどで応急処置をしている。
服装はカーゴパンツに黒いティーシャツ。手には指だけを露出させる、革のグローブをはめている。
スタイルは、私とは比べ物にならない。小さくないし大きくも無いが形の良さそうな胸、くびれたウェスト。適度な大きさのヒップ。
天は二物を与えずというが、このひとは二物どころか三物も四物も持っている。
そして腰に、不釣合いな物が下がっている。
ラバー製のグリップが覗き、プラスチックのような鞘に収められている。
たしかサバイバルナイフとかいうやつだ。でも拵えはもっと無骨で、シュウジの読 んでた雑誌にあった軍用ナイフみたいな…。
「できた、あとは病院に搬送すれば大丈夫」
 私の顔を一瞥すると、シュウジを肩で担ぐ。
高校生1人支える、私には絶対無理な事だ。
 私が呆然としていると、
「来た…っ!!」
 女の人が小声で叫び、シュウジを突き飛ばす。
力の篭もらないシュウジの体は横に倒れ、力無く手足をうなだれている。
 私がシュウジの傍へ駆け寄る。ガラス片を踏み砕く、耳障りな音がうるさかった。
「シュウジ!? ねえ!!」
「…っ、大丈夫…」
 出血多量だろうか、顔が青褪めている。唇も紫色に近い。
私じゃ対応が分からない。出血は止まってるから安心できるけど、でも不安が心を侵食していく。
おろおろとしていると、うしろから何か耳障りな音が響いた。
黒いスーツを着た男、その男が顔面を殴られ、怯んだところへ左足を軸にしたハイキックが殺到していた。
どこまで柔軟なのだろうか、2メートルかそこら。とりあえず女の人の頭三つ分は高い。その首を、足の甲が無情に刈取っていた。
首を性格に捕らえた足はそのまま左へと振りぬけて、右から踵が男の下顎を蹴る。
軸にした左足の下から、ペキッというガラス片を踏み砕く音が聞こえた。
男の意識が一瞬飛んだところへ、体勢を低く構えた足払い。革のグローブに庇護された手の平を床につき、両足で足元を掬う。
あれでは倒れない方が無理だ、素人目でも確実にわかる。
情けなく屈強そうな男が倒れ、床を通じて振動が伝わってきた。
体重も相当あるだろうが、それを一切感じさせず倒れてしまった。
何が起きているのか、まったく分からない。
足払いを受けて倒れた男。短く「うっ」と言い。起き上がろうとしていた。
両肘を床につき、状態を半分ほど起こしている。
だがその無防備な腹部へ、女の人の踵落としが炸裂。
鳩尾に強烈な衝撃を受けて、男が白目を剥いた。
そして情けなく五体を広げて、口の端から唾液をたらす。
私の唖然とした視線に気付くと、女の人は照れたように笑った。
 そして、
「じゃあね」
 そう言って、人込みの中に紛れてしまった。
野次馬がいたので、見失ってしまうのは一瞬だった。
頭が連続した異常に、困惑しきっている。
何がどうなっているのか、まったく分からない。
 ただ分かるのは、
「誰か…誰か救急車!!!! 早く、早くして!!!」
 シュウジは呼びかけても、揺すっても、叩いても起きない。
背中に貼られたガーゼは血を吸い、もうただの紅い塊になっていた。
誰かが呼んでいたのだろうか、遠くでサイレンが聞こえる。
安堵した。
これでシュウジが助かる。
プツッ、と糸が切れた。
私はそのまま、シュウジに覆い被さるようにして倒れた。
遠くで聞こえていたサイレンが、だいぶ近く感じる。
「…シュウジ……」



つづく



2004/08/23(Mon)03:29:24 公開 / 蘇芳
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■作者からのメッセージ
ぎゃああああああ!!! 3時だ!!!!
どうも。蘇芳です。
今作、ジャンルとしましては偽アクションに恋愛です。はじめて掴み、というか冒頭部を強くした気がします。拙く、また最後まで続くかもあやふやですが、続く限りはお付き合い願いたく思い候。
それではこの辺りで、3時だし。ねみぃぜチクショウ。

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