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『黒から白へ →完←』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:千夏
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朝、自分が生きているのを確認する。
手が動く。心臓が鳴る。「あー」声が出る。立ち上がる。
そんなことを考える。
そんな日常はもう大分前に終わった。
彼女が来たから。
―
「ふー」と一つ、溜め息をつく。
俺の名は高橋。生きる意味を無くした男。いや、そんなカッコイイ事ではない。ただ何かする事が面倒になっただけだ。生きる意味なんて物、最初から無かった。
寝返りを打つ。目に映るのはテーブルだけ。この部屋にあるのは毛布と布団、卓袱台、小さな冷蔵庫。目に映る物と言える物はこれしかないのだから、目に映る物自体が少ない。
天井を向き、手を上げた。重いので力を抜いた。するとバタッという音と共に手が畳の上に落ちる。
落ちたその手は、女の手ぐらい細かった。
なぜなら、俺は面倒臭がりだからだ。
二ヶ月前、食事をするのを止めてみた。どうせ生きていても生きていなくてもいいような命なら、食事をする分無駄だと思ったからだ。けれど、食事をした。誰にも必要とされなくても、餓死するのは俺が嫌だから。飯を食うのくらい、良いだろう?
何もすることがない。たまに外でガランという音がする。それはポストに手紙を入れる音だ。だからと言って手紙が入るわけではない。手紙ではなく、店から送られて来る手紙とは呼べない代物。手紙なんてもう一年は見ていない。
ピンポーンという五月蝿い音は、聞こえない。電源をハサミでジョキジョキと切ったからだ。けれど、切る意味もなかった。チャイムを鳴らす人間がいないのだから。
俺の生きる意味って何なんだろう。
―
今日も変わらない一日。昨日は食事をしなかったから、今日は食事をする。
立ちあがり、一歩歩いた。
(ドンドンドンドン。高橋さーん)
久しぶりに聞いた、人の声。若い女の声。俺は止まった。
(ドンドン、ドンドン。高橋さーん)
まだ聞こえる。
こういうのは少しすればすぐに帰るというのを知っている俺は、無視して冷蔵庫を開けた。パンが入っていたので、パンを千切って口に頬張る。
(ドンドン、ドンドン)
しぶとい。いい加減うざったい。が、俺が出たら相手はおびえて用件も言わなくなる。別に大した事じゃないだろうけど。
ふと、音が消えた。
俺は冷蔵庫を威勢良くバンッと閉めた。やっと消えたか。
(高橋さん!?いるんですか!?)
居た。
俺はしょうがなく、ドアまで行った。久しぶりにここまで来た。
(ガチャッ)
―
「キャー!」
甲高い悲鳴に驚いた俺は、閉めた。思いきり、ドアを閉めた。
高鳴る心臓に静まれ静まれと言い聞かせながら、胸を手で抑えた。まさかこんなリアクションが帰ってくるとは思ってもみなかったので、内心ドキドキだ。
立つのも辛いくらい腹が減っていた俺は、見なかったことにして冷蔵庫へ向かった。さっき食べかけていたパンを冷蔵庫の上に置きっぱなしだったので、俺はそれをまた口に頬張る、その時。
(なんで閉めるんですか!っていうか、高橋さんですよね!?)
まだ居たらしい。
パッと見だったのでちゃんとは分からないが、今風の女性だった。身長は俺より小さくて、ショートボブくらいの髪を明るめの茶色に染めていた。白の膝丈スカートだったと思う。
(ドンドン、ドンドン。開けてください!高橋さん!)
俺はパンを全部頬張り、玄関までゆっくりと歩いた。いなくなっていることを祈って。
「すう」と息を吸ってから、ドアを開けた。
そこには、彼女がいた。
―
今、なぜだか俺にもよく分からないが、彼女が部屋にいる。何もない部屋に、一際目立つ彼女。それはなぜか。
彼女は、俺を見て少し怯えた様子で「すいません、ちょっと、お邪魔します」と言って家に上がり込んで来た。で、この殺風景な部屋を見て言ったのが、そのまんま、「うわ、殺風景なお部屋ですね。でも人それぞれですよね」と言った。しかも悪気がないところが悲しくなる。正直、グサッときた。
そんなことを考えてると、彼女が言った。
「いきなりですいません。しかも上がらせてもらっちゃって」
照れ笑いをして言った彼女は、久しぶりに人間を見る俺にはとても眩しく思えた。それにしても、「上がらせてもらって」じゃないだろう。「勝手に上がった」のだ。彼女は。
「私、隣りの家に引っ越してきた佐野葉月です!今日は一応知ってもらおうと思って来たんですよ。で、コレ、はい」
にこやかに微笑み、「はい」と手を出したそこには、東京限定の文字が印刷されたお菓子。どうやら俺にくれるらしい。
「・・・どうも」
「あー、それにしても、私高橋さんみたいな人が隣りで良かったです。仲良くなれそうですし」
俺の礼はお構い無しに話す彼女、佐野葉月。俺を見ていきなり「キャー」と叫んだくせに、仲良くなれるのか? いや、なれないだろう。俺がなれない。人間と話すのがこんなに久しぶりなのに、仲良くなれるわけがないだろう。
「あの、そろそろ出て行ってくれないですか」
俺が彼女の目を見て言うと、彼女は少し眉をハの字にさせて、言った。
「高橋さん・・・。どこか悪いんですか? 失礼ですけど・・・人間らしさが欠けてる気がしてしまうのですが」
俺の怒りが頂点に達した。立ちあがり、彼女の手を掴んで立ちあがらせ、引っ張った。痛いと言う彼女なんか無視で、引っ張り玄関まで行き、外に出した。
「もう来ないでくれ!もう人間らしさなんてものは無くしたんだ!」
そう言ってドアを閉めた。
外からは「高橋さん」と呼ぶ彼女の声が聞こえたが、無視した。開けるものか。絶対に、開けるものか・・・。
俺は電気を消し、寝転がって目を瞑った。もう目を覚ましたくないとも思った。
―
隣人が引っ越してきてから月日は経ち、もう忘れかけていた頃だった。
(ドンドン)
久しぶりのドアを叩く音に懐かしさを覚えたが、俺は開けなかった。
寝転がっている下の方に毛布が蹴られてそのままになっているのを俺は起き上がり引っ張った。部屋にズルズルという音が響いた。
今回の訪問は一回で鳴り止んだからピンポンダッシュならぬ、コンコンダッシュだろう。この家のドアは叩くと「ドンドン」だが。
(ドンドンドンドン)
どうやらまだいたらしい。俺は無視して毛布にくるまい、寝返りを打って玄関の方を見た。あのドアの向こうに人がいると思うと、なんとなく恐怖感に襲われた。心の中で「来るな来るな」と呟いていると、段々それが言葉になってくる。毛布に顔を埋め、小さな声で
「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな・・・」
俺はハッと我に返った。
ふと玄関の方を見やると、鍵は開いている。もし開けて来られたらお終いだななどと考えていると、
「ガチャリ」
そのまさかだった。
「ヤメロォォォォォォォォォォォォォ」
俺は毛布を脱ぎ捨て、玄関へ走り、開きかけたドアをバンッという大きな音を立てて閉めた。
俺の目に見えた一人の人間は、あの迷惑な隣人、佐野葉月だった。
―
二人の押し合いが続く。
俺は「常識を知らないのか」と「非常識だ」と「帰れ」と「二度と来るな」と、一通りのことを言った。
すると少しの間があって、「常識は知ってます」「非常識じゃないです」「帰りません」「何回だって来ます」全部一つずつ返事を返された。
「非常識だ!ドアを開けるなんてするわけがない!」
俺は最もなことを言ったはずなのに、彼女にはサラリと返されてしまう。
「開けるだけじゃないですか!留守だったら鍵は閉まってるはずだし、開いてたら高橋さん今みたいに開けるなって走ってくるでしょう!?それに鍵開いてても私はまた閉めます!多分部屋の方覗き込むだろうけど!」
常識を知らない彼女には何を言っても無駄だった。
「・・・来るな・・・来るな」
「高橋さんどうしたんですか!?・・・聞きたいことがあります。どうしてそんなに私を嫌うんですか? 私は何もしていませんし、前のはちょっと酷かったと反省しています。だから今日訪ねて来たんです。高橋さんのこともちゃんと分かろうと思ってですよ」
このドアを開けると、俺のことを分かろうと思ってくれている人がいる。
こんなことは今までに一度もなくて、俺はどうしようか迷っていた。意地でも開けないか、恥さらしではあるが、過去を話すか・・・。
まだ彼女の声は聞こえている。
「高橋さん、何があったんですか?返事をしてください。高橋さん」
何度も何度も俺を呼ぶ。
「高橋さん・・・」
声が疲れて来たのか、ボリュームが下がる。
「・・・」
帰ってしまったのだろうか。
「俺は人間なんて嫌いだ。俺は・・・俺が嫌いだ」
俺の目からは涙が溢れていた。いつから涙を流さなくなったのか分からない。とても久々で、何故かこんなことでさえも「凄い」と感じた。俺の体は涙を忘れていなかったということが凄いと思った。
俺は、ドアをゆっくりと開いた。
―
とりあえず、彼女を部屋に入れた。
俺の目から涙が溢れている間、彼女はずっと手を握って傍に居てくれた。
俺は彼女の手を離した。
「俺は、親はいなかったから、祖父の家で住んでた。祖父は何も言わずに、しょうがないと言って、許してくれてたんだ。高校になると、この家を借りるようになって、俺はバイトをするように、なった。大学は行かないで、バイトをしていたんだ。そうしたら、電話がかかってきて、祖父が死んだという電話で、俺は葬儀に行った・・・。俺は親戚に人以外の何かを見るような目で見られていた。祖父についていてあげなかった、祖父なんかお構い無しに一人暮らしをした、祖父は・・・俺を可愛がってくれたのに。祖父になんて言えば良いか分からなかったから、俺は葬儀の途中で帰ったんだ。申し訳ないことだとは分かっていたけれど、言うことはないし、あの空気が耐えられなかったから・・・。俺は帰ったことも色々言われた。なぜ帰ったのか、祖父が可哀想だと。それから、親戚中に手紙がこの部屋に送られるように・・・なった。嫌がらせの言葉ばかり並んだ、手紙が・・・」
「高橋さん、高橋さんの両親は何故亡くなったんですか?」
「・・・」
「何故亡く・・・」
「俺を捨てたんだ」
「・・・そうだったんですか」
「俺の両親は親戚中に迷惑がられていた。けど祖父はとても人望の厚い人だったから・・・俺は祖父が生きている間は何もされなかった。祖父が死んだ途端、葬儀を途中で帰ったことなんかを理由に・・・嫌がらせの手紙を送ってきて・・・」
「高橋さん・・・」
「俺は、俺は!こんなことなら生まれて来なければ良かったんだ!生きる意味なんて知らない!生きる意味なんていらない!俺には必要ない!俺は・・・死んだほうが良かったんだ」
(パシーン!)
部屋中に響いた、大きな音。彼女が、俺の頬を叩く音。力に負けて俺は横を向いた状態になった。今にも涙が溢れそうだったが、俺は彼女の方を向いた。怒りもいくらか沸いてきた。
が、彼女の顔を見た途端俺の怒りは消された。
彼女は、目にいっぱい涙を溜めて、今にも溢れそうだった。
「なんで!なんでそんなこと言うんですか!?死んだほうがいいなんて!なんで思うんですか!?私は高橋さんが生きていて良かったと思う、私は高橋さんに死んでもらいたくない!今だってどこかの国では命がなくなっているかもしれないんですよ!?死にたくないのに死んでしまうんですよ!?貴方には死ぬ必要なんてないじゃないですか!何も、ないじゃないですか!高橋さんにはこれからがあるんですよ!自分の命を大切にしてください!」
部屋に響く彼女の声は、俺の身体にも響いた。彼女は涙を流しながら、俺に向かって「バカ」と言った。
俺はバカだから。俺はバカだからそんなことを考えていたんだ。
「俺に・・・構ってるお前だってバカだよ」
小さな声で言った。
なんだか可笑しくなって、「はは」と声を出して笑った。久しぶりに笑った。口がなんだか痛くなった。
彼女は手を顔に当てて、「なんで笑ってるんですか」と言った。そんな彼女も笑っていた。
「俺はバカだから。生きる意味も見つけられなかったけどバカはバカなりに、がんばってみようかなあ」
「そうしてください。死んでしまったお祖父さんも・・・そう願ってますよ」
俺たちはずっと、笑いあってた。
―
(ドンドン)
「たーかはーしさーん」
今日も彼女の声が耳に届く。
「はいはい、今開けます」
今日も俺の声が、彼女に届く。
彼女を家に入れた。サンダルだったので裸足の彼女の足が、ペタペタと鳴らして一つしかない部屋へ向かう。彼女は畳で立ち止まって、「うわ・・・」と声を漏らした。そして、俺の方を向き、微笑んで言った。
「凄い、綺麗になりましたね」
「でしょう。俺もけっこうそう思います」
殺風景だった部屋は、「新高橋」(彼女談)になったということで、綺麗にした。
家具も買って少し狭く感じるが、俺は全然嫌じゃない。
だってほら、こんなに、生きてる感じがするじゃないか。
「・・・高橋さんは、誰よりも心の繊細な人だったんですよね」
彼女は振りかえる様に言った。
「そうみたいデスネ。佐野葉月さん」
俺は今、真っ黒だった世界から抜け出して、真っ白な世界に生きている。
(完!)
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2004/08/26(Thu)09:27:48 公開 / 千夏
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■作者からのメッセージ
終わりましたーvv
少し納得のいかないところがありますが、個人的にそれも良しかということで、終了です。(ォィ
やっぱ展開はこんな感じでvv分かり易くvv
っていうか一つだけ疑問が残りましたね。
高橋の名前はなんだ!?
なんでしょうか・・・。ストーリーに出さないのに名前考えちゃうのは
ちょっと面倒だし、終わったので・・・
「太郎」とかで良いですかね;
「高橋太郎」丁度良くイニシャルは「T.T」決まり!
それではでは、最後まで読んで下さった皆様、どうも有難うございました!!
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
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