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『死体と子供と犬の骨 拾』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:オレンジ
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壱
本堂へ辿り着く迄には、雑木に覆われた、幅がおよそ一間程の崩れかけの石段を14段ほど登らねばならない。木の枝枝が頭の辺りまで伸び、異様な圧迫感を創り出している。その天然のアーケードは、木漏れ日などの進入を一切遮断しているに違いない。石段はかなり苔むしている。それらは、男の精神力を更にすり減らしていった。男は疲弊しきった足を引き摺りながら石段を登る。眼球の周りの肉は落ち窪み、頬はこけ、肌は艶無く浅黒く、アバタがそこかしこに発生していた。身に着けた服飾品は、それでいて高価な物ではあったが、既に着倒されていて、汚れや綻びがあちこちに目立っている。男はここしばらく、洋服すら着替えていない様だ。
男は、一段一段命を削るかの様にして、やっと石段を登り終えた。そして、肩に担いでいた荷物をそっと地面に降ろした。いや、荷物などと言っては語弊があろう。男が大事そうに自分の肩から降ろしたものは、若い女性だった。年の頃は二十代前半といったところか。目鼻立ちのはっきりした、小顔の美人だ。ただ、惜しむらくは、彼女は既に呼吸をしていなかった。また、心臓も機能していなかった。彼女から、人肌の温もりは全く感じ取ることが出来なかった。
刻はいつしか丑三つ時を差していた。石段を登り終え、女をそっと地面に寝かせると、男は辺りを見回した。正面には、軒先の崩れかかったこの寺の本堂がある。どうやら、破壊されてしまったのだろう賽銭箱の残骸が縁側に散らばっている。誰も居ない様だ。人の気配は感じられない。本堂まではおよそ五間ほどの距離がある。そこまでの間には、参道の名残だろうか、石畳らしきものがまばらに敷かれている。石畳の隙間からは、雑草が伸び放題となっていた。ここしばらく、人の手は全く入っていない様だ。
男から見て左手には、墓石が数個、折れかかった卒塔婆が数本建てられている。いや、良く見ると倒れて転がっている墓石も見受けられる。ここも、きっと人の手はしばらく入っていないだろう。そして、右手には本堂の裏へ通じているのだろうか、下りの石段が見えた。その先には、漆黒のみが口を開けている。
男は、精彩無くグッと背伸びをすると、寝かされた女の横へ座り込んだ。
「レイコ、今夜はここで泊まる事にしような。人は居なさそうだし、ここならしばらく寝泊り出来そうだ」
男は、女の頬をそっと撫でた。冷たい……。しかし、これが男にとって彼女の体温だった。
「レイコ、すまないなあ。俺の所為でこんな苦労かけて。こんなに冷たくなって。でも、もうっちょっと辛抱してくれよな。そしたらきちんとした医者連れてってやるからさ。逃げ切ってやるから。そしたらお前も元気になって、また旨いもんでも食いに行こう。な、レイコ……」
男は、女の手を取り、上半身を起こす。そのまま脇に自分の肩を入れて、再び女を担ぎ上げた。
「さ、本堂の中に行こう。この時期、明け方はグッと冷え込むんだ、お前の体に良くないからな」
弛緩した女の体は、男の肩にずっしりとのしかかる。ずるずるとつま先を引き摺られながら、女の体は本堂の中へと連れられていく。
本堂の中は、明かり一つ無かった。別にそれでも良い。いや、返って好都合だろう。明かり一つ無い部屋での生活など、この逃亡生活の過程で既に慣れっこだし、明かりが灯っていると変に怪しまれる事もあろう。暗闇の中で二人肌を寄せ合って眠る、このひと時だけが生きている証だと男は感じている。
「レイコ、おやすみ。明日は、俺、早く起きてあの車処分してくるから、その間は大人しくしてろよ。そろそろあの車も足が付く頃だからな。そうだ、いい子だ」
男が、女に寄り添い、眠ろうと目を閉じた、正にその時だった。
「誰じゃ、そこにいるのは」
男は、反射的に上半身を起こし身構えた。
「何をしておる、この様な所で。ひめごとならば他を当るがよい。御仏の御前でふしだらな……いや、そうでも無い様じゃな。そこのご婦人はもはやこの世のお人に在らざるようじゃ。そなた、このご婦人の供養に参られたのか?」
そこには、禿頭の老人が、ロウソクの様な物を手に持ってまるで透けているかの如く自然に、空気の様に立っていた。袈裟を被っているところから、この寺の住職なのだろうか。まあ、仏に仕える者には間違いないだろう。
「誰だ、てめえ!」
男は、口走った。多分反射的に出た言葉だろう。姿を見たならおおよそはこの老人が誰なのか想像はつく。逃亡生活で身についてしまった癖なのだろう。
「誰だ、とは。またおかしな事をおっしゃりますな。見た通りこの寺の住職じゃ」
「ちっ、坊主かよ。いいか俺とレイコがここに居た事は絶対誰にも喋んじゃねえぞ、喋ったらいくら坊主でも命はねえからな」
「いや、それは喋らぬが、そなたはこのご婦人の供養に参ったのでは無いのか?」
「何言ってんだ?俺は、組を抜けて追われてんだよ。タマ狙われてるんだ。だからここにガラ交わさせてくれって言ってんだ。それと、レイコが何だって?」
男は、大声でまくし立てる。住職は眉一つ動かさずに男の眼を見続けている。
「そのご婦人は既に亡くなっておられるようじゃ。わしゃ医師では無いので死亡診断書は書けぬが、其の様子を見たれば、万人が死者と認識するであろうな」
男は、顔を真っ赤にして更にまくしたてる。
「貴様、フザケた事ぬかしてんじゃねえぞ!レイコは病気なんだよ!体が冷たくなって、体が動かなくなっちまったが、絶対治る病気なんだよ。死んでる訳ねえだろうが、毎日俺はレイコと話してんだよ、将来の事とかよ、明日のメシの事とかよ!死んだ人間と話せる訳ねえだろうが」
「ご婦人は未だ成仏なされていないのじゃ。そなたがこの様にご婦人の亡骸にむごい仕打ちを続けている限り、極楽浄土へ逝かれないのです。ここで逢ったのも何かの縁で御座いましょう。拙僧が、このご婦人のお弔いを致したく思うのじゃが、どうであろうか」
「いい加減にしろよ!レイコは生きてんだよ!今だって……今だって俺に話し掛けて来るんだよ。『もういいよ、かんにんしてやって』って……。レイコが言ってんだよ!死んでる訳ねえだろうがよお……」
男は、住職の胸倉を掴んだ。男の眼には涙が溢れ、今にも零れそうだ。住職は、一瞬として男の眼から視線を外していない。
「やれやれ、業の深いお人じゃ。……仕方ないのう。あれをご覧になりますかな」
「あれだと?」
「九相詩絵巻と言うものをご存知無いか?」
「くそう……し?」
「この寺に代々伝わる九相図をご覧に入れよう。さすれば、そなたの業も消え去ろう」
住職は、『ついて参れ』と言って、本堂の奥へと物音一つ立てずに入ってゆく。男は、抵抗を感じながらも、住職の後をついて本堂の奥へと入って行くのだった。
弐
「レイコ、少し待ってろよ」
すっかり暗闇にも目が馴れてきた男は、横たわる女の姿を確認して、本堂奥にある木製の引き戸を潜る。引き戸の向こうには廊下が続いていた。住職は既に三、四歩先を歩いており、男はミシミシと音を立てながら住職の背中を追った。
「なあ、坊さんよ。あんた、ここに住んでるのか?」
男は、住職に尋ねた。生活感が全く無いのだ、この寺は。荒れ放題で、しかも電気も通っていないようだ。先程の引き戸も相当ガタが来ていたし、寺の本尊には花一つ飾られていない。正直、とても人が住んでいるは思えないのだ。
「もう、五十五年此処で暮らしておるがのう」
住職は、振り向きもせずに答える。
いくら目が馴れたと言っても、三歩先には何があるか解らない闇の中である。それを住職は、ロウソクの灯りが有るとはいえ平然と歩を進めていく。目を閉じていてもこの先に何があるか解っている様だ。
ここに住んでいるという住職の言葉も強ち嘘ではないのだろう。
「ご覧の通り、貧乏寺でございましてな、電気も水道も止められておるのじゃ。水は井戸があるので大丈夫じゃ。電気などは、ロウソクや行灯があれば十分事足りる。何も不自由はしておりませぬ。まあ、そなたの様な若者には不便かも知れぬのう」
「若者かよ……俺ももう二十九になるんだけどな」
男は、別にどうでも良い内容の突っ込みをする。住職はそれを聞き流して立ち止まると、右手の障子をすう、と開けた。その障子は、紙が破れ、組子が外れ、本来の部屋と廊下との区切りの役目を殆ど果たしていない。ロウソクの、薄ぼんやりした灯りが部屋を照らす。その部屋が和室なのだという事が感覚的に解る程度に。
「さあ、お入りなされ」
住職に促されるまま、男は部屋に入る。踵が畳にめり込む。畳の床が相当痛んでいる証拠だ。男は、畳に足を捕られながらも部屋の真ん中辺りまでやってきた。ここは、六帖の和室で、床の間に書院まである。
「そこに座って少し待たれよ。座布団も無しですまぬが」
男は、言われるまま、どかと尻を付きあぐらをかいた。この畳の柔らかさでは、座布団など必要無かろう。しかし、どうもお尻の辺りが不安定で仕方ない。
住職は、足元にロウソクの付いたままの燭台を置くと、床の間から大事そうに紐で縛り上げられている桐の箱を持ってきた。そして、男の目の前に正座をすると、その桐の箱を畳の上にそっと置いた。
ろうそくの灯りだけが、この世界でたった一つのともし火であるかのような、錯覚が男を襲う。住職の肉付きの悪い萎びた顔と、やけに綺麗に飾った桐の箱……灯りの輪の中に存在するものはその二つだけである。これが、この世の全てかと思う。
「これから、そなたにこの寺に代々伝わる九相図というものをお見せ致す。そもそも、九相図とは、世の無常を、人体が土に帰すまでの九つの相を描く事で現したものである。生前、いかに栄華を誇り、豪華絢爛に生きた者でも、死んでしまえば肉体は腐り、獣達の餌食となり、果ては骨となり、唯の土くれと化す。これを見せる事で、人々に諸行無常の理を植えつけていったのじゃ。どんな人間も皆死ねば一緒。九相図は古くは平安時代の公家達の……」
「おいおい、坊主の得意な説教かい?この俺に?悪いが俺は気が短いんだ」
男は、拳を握り床を殴りかけて思い留まった。床が抜けるかも知れないと。
「急かさずともよい。そんなにこの箱の中が見たいか?先程からそなたの目はずっとこの箱に釘付けになっておる」
「何だと?そんな事は……。なあ、でもそれを見たらなんだってんだよ。レイコが良くなるとでもいうのかよ。なあ、坊さんよ」
住職は声をひそめて喋る。
「なるかも知れぬ。……それは、そなた次第じゃ」
男は血走った瞳を見開いて住職の顔を見つめる。
「心の準備は良いか?では、ご覧に入れよう」
――音が消えた――
住職の萎びた手が桐の箱にかかる。
ゆらり――ロウソクの火が揺らぐ。枯れ木のような住職の手、そして桐の箱が歪む。
紐が解かれ、桐の蓋が開かれた。
そこには、十二単に身を包んだ華麗なる美女が描かれていた。
「良いか、これが、『生前の相』じゃ」
「せ、生前の相……」
男は身を乗り出してその絵を見つめる。ロウソクの灯りが絵のイロを妖艶に浮かび上がらせる。
「飾り立てられた、華麗な女人であろう。そして、これが、次の図じゃ」
住職は、桐の箱から、先程の『生前の相』の図を取り出した。
男は、更に身を乗り出す。
参
「これが『新死の相』(シンシノソウ)じゃ」
二枚目の図には、先程の着飾られた女性が裸で横たわる姿が描かれていた。体には何やら布の様な物が一枚無造作に掛けられているだけだ。
「この女人、既に息絶えておるのじゃが、そなたには判別がつくまい。見ようによっては、ただ眠っているだけとも取れるからのう」
男は、目を凝らし、その絵を睨みつけている。
「まあな、言われなければこの女が死んでいるとは解らんな」
「そうじゃろう。この絵では判別は出来ぬ。しかし、これがこの世に生を授かった本物の人間であったら、そなたは死んでいるかの判別はつくのであろうか」
「そんな事、当たり前だろ。死体と生きた人間の区別くらいつくに決ってる」
「では、そなたが連れて参った女人、彼の者はどうじゃ、死んではおらぬと申すか」
住職は男に問う。
腹の奥底から声を絞り出し、男の心に響かせる。
男は、顔色を変え声を荒げて喋る。
「レイコの事か!だから、レイコは生きてるんだって言ってるだろ!」
「息もしておらぬ、心の臓も動いておらぬ、四肢も動かせぬ者が生きておるとは、どの様な了見か!」
住職は、更に声量を上げる。
「レイコは、俺に話しかけて来るんだよ。俺が話しかけてもちゃんと応えてくれる。死んだ人間がそんな事できる訳ないと、さっきも言ったじゃないか!」
「それは、そなたの怨念じゃ!かの女人の声などでは無い!ワシにはそれが、女人の苦しみの声にしか聞こえぬ。己の欲望の為に、死者を冒涜する、そなたの罪は断じて軽いものではない。解るか!」
住職は、男を一喝した。
再び、ロウソクの灯りの中という極狭い世界に静寂が訪れる。男は体を震わせ、何かを言葉にしようと必至になっている。
「……がう……違う……ちがう!レイコは、レイコは生きてるんだよ。俺を残して死ぬ筈が無い。あいつがそんな事する筈が無い!」
「そなたの業は相当深いようじゃ。では、続きを見るがよい。そして、己の罪深さを知るのじゃ」
「う、煩い。レイコは生きてる……この絵だって、死体かどうか解らないじゃないか。レイコが死んでるか生きてるかなんて、お前に解るのかよ!医者でも無いくせに。ふざけんなよ!」
住職は、桐の箱の中からまた一枚、図を取り出した。
「これが『肪脹の相』(ボウチョウノソウ)じゃ」
三枚目の図には、女性の死体の変わり果てた姿が描かれていた。四肢はむくれ上がり、肌も先程の白く艶やかなイロは消えうせ、茶色く濁った様に変色している。顔もすっかり変わってしまっている。
「遺体は鬱血し、皮膚をどす黒く変色させる。臓物が腐り始め、発酵物が体中を膨脹させるのじゃ」
男の顔色が、さあっと青ざめる。声を出そうにも、何も口から零れては来ない。
住職は、また一枚、桐の箱から取り出す。
「これが『血塗の相』(ケットノソウ)じゃ」
腫れ上がった皮膚は、所々破裂し、何やら膿の様な物が滲み出ている。皮膚は益々どす黒く、顔は、元々の目鼻が何処にあったのかさえ解らぬ程に壊れていた。
続けて住職はもう一枚図を取り出す。
「そしてこれが『肪乱の相』(ホウランノソウ)」
皮膚は破れ、臓物であっただろうモノがどろりと出ている。蛆や蟲が湧き、体中を這い回っている。一言で言えば、ぐちゃぐちゃだ。目玉は飛び出て腐汁が体を覆う。最早、原型を止めてはいない。これが人であったのだろうか、それすら疑わしく成る程に崩れている。
男の額からは汗が滲み出る。何も言葉が見付からないというように口をぽかんと開けたまま、ただその絵を見つめる。
「そなたは、誠に罪深い。かの女人も時が経てばこの様に不浄な姿を晒す事となるのじゃ。よく見るのじゃ。そなたの犯そうとしている罪を!」
男の息があがる。冷や汗が額から頬を伝い、あごの先からぽたりと畳に落ちた。
「こ、これが、レイコ……」
「悔い改めよ」
住職は、更に桐の箱から図を取り出す。
「これが『噉食の相』(タンショクノソウ)じゃ。見るがよい。既にこれは獣の餌じゃ」
そこには、死体に群がる野犬や猛禽類、烏などが描かれている。野犬の牙が腹を割く。鳥の嘴が臓器を啄ばむ。屍は無残に蹂躙されている。
また一枚、住職は桐の箱から図を取り出す。
「これが『青おの相』(セイオノソウ)」
ケモノに食い尽くされた肉は殆ど残っておらず、骨に残った皮膚や肉片がこびり付いているというのが絵の印象だろうか。長い髪の毛だけが本来の姿を止めているに過ぎない。
「そして『散骨の相』(サンコツノソウ)」
そこには骸骨が横たわっているのみ。長い黒髪もあちこちに飛散している。
「最後に『古墳の相』(コフンノソウ)じゃ」
骨は砕け、最早土くれの一部となっている。生前、華麗を極めた美女は、醜態を晒し、果ては土に返っていったのだ。
ロウソクの灯りの元に九枚の屍の絵が並んでいる。ロウソクの灯の中という特異な世界を屍の絵が占領する。丑三つ時の寺は死が溢れていた。
「見たか、人は死して、皆土に返ってゆく。それが……」
「いや、違う」
「何じゃと」
ロウソクの火が揺れる度に、まるで屍が動いた様な錯覚がする。
「この女は……死んじゃあいない……」
肆
ドクン……。男の心音が響く。
「なあ、坊さんよ、あんたも聞こえるんだろ。この女の声が」
ロウソクの火が住職の顔を仄かに照らしている。その灯りは住職の顔にはっきりとした陰影を創り出す。
「解らぬな。そなたの言葉の意味が」
「聞こえるぞ、俺にはこの女の声がはっきりとな」
「そなたは、詩人か?もしくは胡散臭い芸術評論家の類か?」
「何を言ってるんだ。この女まだ生きている」
男は、食い入るように九枚の絵を眺めている。脳髄からの分泌物は、男の心臓の鼓動を更に高める。
男の輪郭は、光と闇の狭間にあった。ロウソクの灯は、男の輪郭を異様に際立たせるが、同時に闇との境界線をあやふやにしている。
「この絵は、千年前に描かれたと伝えられておる。仮にこの屍の人物が当時実在しておったとしても、最早、影も形も残っておらぬわ。血迷ったか?この絵の者が生きているなどと……」
「元々この俺は正気じゃないのさ。今までに三人殺している。正気の奴が出来る事じゃない」
「苦しんでおるようじゃな。己の犯した罪の深さに」
男は、にやりと口を歪めて住職を見据える。
「ああ、俺は罪深い男だ。でも、救いの手はまだ俺に差し伸べられているみたいだな」
「そなたに、救いの手が?」
「この女が、教えてくれた。レイコは救われるぞ。ははは……なあ、坊さん、しばらくこのボロ寺にやっかいになるからな。別に飯を食わせてくれとは言わないが、しばらく此処に居させてくれ」
男はすくと立ち上がり、『頼んだぞ』と言い残し、住職の前から去っていった。
男は思う、神でも仏でも、天使でも悪魔でも、死神でも良い、レイコに救いの手を差し伸べてくれる者があるなら、俺はどの様な罰でも受けよう、千年の間、地獄の業火に焼かれ続けてもいい、レイコだけは救ってやって欲しい、と。
男は、本堂に戻ると、女の傍らに寝転がった。
「なあ、レイコ。俺たちはずっと一緒だぞ……死ぬまでな」
男は、更に女の体に寄り添っていくと、ものの数十秒で寝息を立て始めた。
その頃、取り残された住職は、九相図を眺めながら笑いを必至にこらえていた。噛み潰した笑い声が暗闇の中に響き渡る。
男は夢を見ていた。
ワンボックスカーの後部座席を全て倒し、女は毛布一枚を被って横になっていた。苦しそうに咳き込む女を、心配そうに男は見つめている。
「レイコ、もう駄目だ、医者に……医者に行こう」
女は、熱にうなされ息も絶え絶えに答える。
「ダメだよ……今、医者なんかに行ったら、コウちゃんの居場所が判っちゃうじゃない……。昨日も、テレビに顔が出てたよ……指名手配だって……捕まっちゃうよ。コウちゃんが捕まったら、私……」
そこまで言うと、女は喉の奥底から咳き込んだ。痰に血が混じったものが咳と共に出る。
「それに、もしあの人達に見付かったりしたら……コウちゃん殺されちゃう。そんな事になったら、私……私……」
「もういい、苦しいだろ、喋るな、大人しくしてろ」
「ねえ、もし足手まといだったら私を捨て%
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2004/08/10(Tue)02:05:17 公開 / オレンジ
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■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。