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『楽園【エデン】の真実 〜第1章〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:多空
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1
「おい」
「なんですか」
もうどれくらいこの会話が続いただろうか。
目の前に座っている少年は、特徴的な紅い瞳で俺を睨み付けるように見上げてきた。
「お前今の自分の状況わかっているのか?」
「わかっていますよ」
…………いや、わかっていないだろう。
わかっていたら、少なくとも俺を睨むということはしないはずだ。この少年の命を握っているのは他ならぬ俺なのだから。
この少年の周りは、一時的にだが俺の部下になった兵が10人程で囲っていて、皆剣を構えている。
それにこの少年の両手、両足は鎖で縛られていて抵抗することも、ましてや逃げることもできないのだから。
なのにこの少年は俺が尋問しても何一つ明確な答えを返さない。
名前は?と聞けば「忘れました」
年齢は?と聞けば「数えてませんよ」
何者だ?と聞けば「旅人です」
目的はなんだ?と聞けば「旅人なんですから旅ですよ」
何度聞いても答えは同じ。
俺はいい加減うんざりしてきた。
俺だって暇なわけではないのに。
(あぁ、くそっ!こんなことなら罰でもなんでも断っておけばよかった!!)
俺は心の中で怒りを爆発させた。
事の始まりは3日前。
アストレイア王国には騎士団と呼ばれる軍隊があった。騎士団は決して他国を攻めるために戦うのではなく、自国を護るためだけに存在した。
騎士団は幾つもの隊に分かれていて、合計5000を超えるほどの隊が存在した。
この世界は戦争の時代を今まさに迎えようとしている。
世界の6つの国の中でも大国と呼ばれるアストレイア王国。そしてその隣国のコルト=ルティス王国。この2つの大国間での戦争ならば、かねり大規模な戦争になるだろうといわれている。
しかしまだ決定的に開戦したわけではなく、冷戦が続いている。でもだからといっていつ開戦するかわからないので騎士団5000が、各地を常に動き回って監視している。
アストレイア王国の騎士団といえば世界でも最強と名高く、その中でも最も優れた者には、遥か昔に存在したといわれる伝説の騎士の名、王国最強騎士【ジン】の名が授けられた。
ジンはいつの時代にもいるとは限らない。その名に相応しい者がいなければ必然的にジンはいなくなる。
が、この年あまりにも異例なことがおきた。ジンの名が130年ぶりに授けられたのだ。しかしただジンの名が授けられただけなら異例でもなんでもない。
異例なのはその人数と、その者達の年齢。
アヴィネス・ホルフェス 19歳。
ジラルド・ゴルディオン 19歳。
レイス・カルディア 17歳。
ロキ・エスペランス 16歳。
彼等は王の目の前で、他の者を遥かに越えたその才能を披露した。
文武両道、眉目秀麗、家は王家に連なる上流貴族で、その後継ぎ。
ジンの名が授けられたその日から、彼等は他の騎士や民の憧れの的になったのは言うまでもない。
でも完璧な人間なんていない。ジンの4人といえども苦手なものや欠点はある。
アヴィネスは大の女嫌い。
ジラルドは大の女好き。
ロキは腹黒、及び毒舌。
そして俺、レイス・カルディアは大の朝嫌い。
他の連中はいいさ。アヴィネスとジラルドは女に近づかなければいいのだし、ロキなんかは自分にはなんの害もないのだから。
だが俺は毎日否応なしにやってくる朝嫌い。
仕方がないだろう?起きられないのだから。
だが流石に2日連続寝坊はまずかったとは思う。しかもその日が重要な会議の日だったのなら尚更だ。
そしてその会議というのが、各地を徘徊している騎士団の隊が次々に消息を絶っている、という問題についてだった。しかも噂によればたった一人の少年の手によって。
騎士団の隊というのは主に20〜30人で構成されていて、当然その全員が戦闘のプロ。
それが次々と少年の手で消息を絶っている?
噂といえども放ってはおけない事だった。火のないところに煙は立たない、というようにこの噂にも何か裏があると読んで、ジンの3人は、ここにはいない王国最強騎士を用心のために調査隊と共に、隊が消えたキストという町に向かわせることにした。
『と、言うわけで2日連続寝坊の罰としてレイスに行って貰う事になった』
『は、はぁ!?ちょっと待てアヴィネス!!』
『問答無用だ。大切な会議の日に寝坊してきたお前に文句を言う権利はない』
『…………っ!』
『詳しいことは行く途中で調査隊の連中に聞け。説明する時間ももったいない。とっとと行け』
『い、今からか!?』
『当然』
『何の準備もしてないぞ!?』
『気にするな。食料は調査隊の連中が用意しているはずだからお前は剣さえもって愛馬に乗って行けばいい。それにジンの紅いマントを忘れるなよ』
『………しかしっ!俺にも重要な仕事が…っ』
『重要といえども貴族の捜索だろう。それくらいならば私達3人でフォローくらししておいてやる。とにかく行け。今すぐ』
俺はそうして会議室から蹴り出され、会議室の外で控えていた調査隊の連中に引き摺られるようにしてキストに向かった。
そして今に至る。
「もう一度だけ聞く。お前の名前は?」
「ですから、忘れました」
ありえないことを至極真面目に言う少年に、レイスの苛立ちは限界まで来ていた。
「では最近この辺りで騎士団の隊がたった一人の少年によって消息を絶っているらしいのだ。そのことについて何かいうことはないか?」
レイスが話を切り替えて威圧的に問うと、少年は何だそんなことか、とでもいうように言った。
「それをわざわざ調べに来たのですか?」
「あたりまえだ。大切な我が仲間だ。それより質問に答えろ」
「………あなたは僕をその犯人だと思っているのですか?」
「こんな光景を見て、疑うなという方が難しい」
レイスは周りに意識を失って散らばっている山賊達を指差していった。
レイス等調査隊一行は、3日かけてキストに向かっていた。そしてキストに着く直前の森で、何者かが争う物音がし、更には多数の男の悲鳴が聞こえてきたので大急ぎで駆けつけると、山賊と思われる男たちの体が一体何をされたのか、無傷でその場に意識を失って転がっていたのだ。ごろごろと。そしてその中心にいたのがこの少年だった。少年はその場にただぼーっと立っていて、調査隊が鎖で縛ってもなんの抵抗も見せなかった。
これが少年を捕まえた経緯。
「これは正当防衛ですよ」
「あぁ、これについてはどうでもいい。俺が聞きたいのはこれじゃない」
「…………確かに騎士団の隊が消息を絶っているというのは、犯人は僕ですよ。僕が彼等を消しました」
少年は表情一つ崩さずに言ってのけた。
その少年の余裕の態度がどうしても許せず、そしてその少年が告げた内容が許せず、レイスは少年の胸ぐらを掴みあげた。
「貴様……っ!!」
「でも僕はそのことについて謝るつもりはありません」
レイスに胸ぐらを掴みあげられて苦しいはずなのに少年はレイスを真っ直ぐ見てきっぱりといった。
「なん…っ」
「後悔もしていません」
「なんだと…っ!?」
「彼等は僕に消されても文句の言えないことをしましたから」
「ふざけるな!だからといって貴様に人を殺す権利があるものか!!」
レイスは冷静さを全く失っていた。
そして冷静さを失ったレイスの言葉は少年の瞳に一点の炎をつけた。
今まで無表情だった少年の顔が崩れた。その顔に浮かぶ表情は明らかな怒り。
「では騎士ならば自国の町を襲ってもいいのですか?剣で町の人を脅してただで飲み食いをして、金品を奪ってもいいのですか?あまつさえ町長の娘を遣さなければ町を潰すと言って、娘をさらってもいいのですか?自分達が護っているのだから、当然の権利だとでもいうように」
「お、おい……」
「そこに転がっている山賊よりもたちが悪いですよ」
「ちょっと待て!一体何の話だ!?」
レイスは少年を掴みあげたまま信じられないとでもいうように叫んだ。
「キストに行ってみればわかりますよ。キストは貴方達騎士団を歓迎しない。ましてやその中に騎士団のトップ、レイス・カルディアなどが混ざっていれば尚更です」
少年はそう言うと、胸ぐらを掴んでいるレイスの手を叩き落した。
その行動にレイスは勿論のこと、今まで沈黙をまもっていた周りの兵達もざわめきだした。
それもそのはず。少年の手は鎖で縛られているはずだったのだ。なのにいつの間にか少年の手を縛っていた鎖はレイスの足元に落ちており、おまけに足の鎖まで外れていた。
「……っ!そいつを捕らえろ!!」
レイスの言葉を合図に、兵達は一斉に剣を構えて少年に向かっていったが、すべて紙一重でかわされたようだった。というのも、兵達が一気に斬りかかっていったので、ごちゃごちゃしていてよく見えなかったのだ。
そしてレイスがようやく少年の姿をその瞳にとらえると、広がる色は深紅。
一瞬、紅いマントを羽織ることが許された3人のジンの誰かが来たのかと思った。だがそんなはずはないと思い直し、少年が流した血の色だと考えた。
だがそれも違った。
一体今までどこにその目立つものを隠していたのか。広がった紅は少年の腰まで伸ばした紅い髪だった。貴族ならばまだしも、ただの旅の少年の癖になぜ長いのか、そんな疑問はレイスの頭には浮かばなかった。
ただその紅に魅せられた。
深紅の瞳と髪を持つ少年がこの世の何よりも美しく思えた。
「僕の話が信じられないというのなら直接行って見てきてください。ただ町の人は絶対に歓迎してはくれませんが、無礼な、などとお怒りになりませんよう。彼等に非はないのですから。そして騎士団に手をかけたのは僕一人で、町の人に頼まれたとかでもなく僕の独断ですから。決して町の人を責めるようなことはしないでください」
少年はそういいながら、ゆっくりとその姿を森に消していった。
「あと、何か勘違いしているようですけど僕は女ですよ」
少年、もとい少女は完全に姿が見えなくなる直前に紅い髪をふわりと靡かせ、それだけ言い残して森に完全に消えた。
レイス及び調査隊はただ呆然と見送る事しか出来なかった。
2
レイス等調査隊一行は、当初の目的通りキストに向かった。
そして追い出された。と、いうより追い返された。
キストの町に入るために門まで行くと、何の予告もなしで門が閉められた。危うく挟まれそうになった兵がいたが、そこはなんとか調査隊総出で救出したが。
門が閉められたことに文句を言おうとしたレイスだが、先ほどの少女の言葉を思い出して言い留まった。
町の住民は門を閉めただけで何も言ってくることはなく、調査隊が何を言っても返事が返ってくることはなかった。
レイス達も、目的はキストの町ではあったが、本当の目的の人物を確認することが出来たのでそれで良しとして王宮に戻ることにした。
3日後。
レイスは無事王宮まで戻り、少年を捕まえ、自白させ、消息を絶った騎士団がしでかした事、そして少年が実は少女で、しかも逃がしてしまったことを、すでに会議室に集合していた他のジンに報告した。
「………………………………で?」
「で、とはなんだ?アヴィネス」
「お前、それでキストに行って帰ってきたのか?」
頭を抱えるアヴィネスに代わってジラルドが呆れたように聞いた。
「なんだ?なにか文句でもあるのか?」
「ありますよ」
今度はロキが口を挟んだ。
「捕まえたのに逃がすなんて馬鹿ですかあなたは。それになぜすぐに追いかけなかったのですか?普通追うでしょう?」
「だからっ、動けなかったんだ!!」
「なぜですか?」
「そ、……それは…その」
つい見惚れてしまったから。
なんて、言える訳がない。
レイスが次の言葉に困っていると、頭を抱えていたアヴィネスがすっと席を立ち、レイスの目の前にばんっ!と紙と羽ペンを叩き付けた。
「そいつの似顔絵を書け」
レイスはアヴィネスの命令口調に文句を言おうと思ったが、やめた。
アヴィネスの表情を見て、思わず「…はい」と答えてしまった。
その後レイスは語る。「あの時のアヴィネスの顔はこの世のものとは思えないほど恐ろしかった……」と。
とにかくレイスは言われた通りあの少女の似顔絵を書いた。
まだ鮮明に思い出せる。
あのすっと伸びた顎。桃色の形の良いふっくらとした唇。大きな目の奥に光る深紅の輝き。上から見下ろした時に見た長い睫毛。真珠のように白く美しい肌。瞳と同じ深紅の長い髪。
レイスは似顔絵を書きながら思い出していた。今こうして考えてみると、かなりの美少女だったと思う。
レイスは書き終えた絵を3人に見せた。
3人が絵を見ている時にこの少女の髪と瞳は紅色だということを告げた。
「「「………………………」」」
3人は絵を見つめたまま動かなくなってしまった。
レイスは絵に自信があったから少女をそのまま絵に再現できた。
つまり、3人も絵ではあったが見惚れてしまったのだ。あまりに整いすぎたその容姿に。
「……お前が動けなかった理由、なんとなくわかった…」
「……だな」
「……えぇ、これは…僕でも動けないかもしれませんね…」
上からアヴィネス、ジラルド、ロキの意見。
「とにかくこの少女が何者なのか調べる必要があるな」
ロキはアヴィネスのこの台詞に頷き、ぽつりと一言いった。
「それならこの容姿からわかったことが一つ」
「わかったこと?」
ロキはアヴィネスの質問を無視して立ち上がり、どこから出したのか分厚い本をぱらぱらとめくり始めた。
しばらくして、お目当てのページが見つかったらしく、アヴィネスの前にどんっと、余程その本は重かったのか「よっこいせっ」という掛け声付きで落とされた。
「ここです。これ、読んでください」
ロキが指差したのは、なにやらよくわからない文字で書かれた文章だった。
明らかにこの国の文字ではない。といってもこの世界は言葉が統一されているので、おそらくなにか特別な用途のために創られた文字なのだろう。
だったらこんなもの、アヴィネスに読めるはずがない。
「ロキ、読めないのだが」
「え?あぁ!すみません、そうでしたね。じゃぁ僕が読みますよ」
「「「あぁ、頼む」」」
ロキはアヴィネスに向いていた本を自分に向け、持ち上げることなくデスクに置いたまま読み始めた。
「これは魔術師に関する情報なんですが・…読みにくいな・…僕なりに翻訳して、ついでに要点だけに絞りますよ。『魔術師は他の者と髪又は瞳の色が異なる』と、いうわけなんです」
アヴィネスが先ほど見たロキの示したページは、かなり細かい字で紙一枚びっしり字で埋め尽くされていた。それが訳すとたったこれだけになるはずがない。
「ロキ、要点過ぎてよくわからないのだが?」
「頭の回転のろすぎですよアヴィネス。この女の子は紅い髪と瞳だったのでしょう?でしたら魔術師ということですよ。もしくはただ魔力を持っているだけ、ということも」
ロキの毒舌もかなり気になったが、今はそんなことどうでもよかった。
「ちょ、ちょちょちょっと待て!魔術師だと?そんな御伽話のようなことが…」
「レイス、呂律回ってませんよ、鬱陶しい。それに魔術師はちゃんと存在します。ただその存在があまりにも世に知れ渡っていないというだけ。つまりレイス、あなたがしらないというだけです」
「魔術師ってーのがいるかいないかはどーでもいいとして、なんでお前がそんなこと知ってんだ?」
「まったく、頭の回転遅すぎですよ。普通気づくでしょう?」
先ほどからかなりロキの言葉が胸に刺さるが、気にしないように努めるのがロキの毒舌に対する最善策だ。
「「「なににだ?」」」
3人が揃って尋ねると、ロキは何も言わずにテーブルに置かれた分厚い本を指差した。
(これ?これはロキの本だろう?読めない文字のようだが…)
(…ん?読めない?ということは古代文字か、いや、もしかして話の流れ的にこれは…魔術語?)
(魔術語の本を所持していて尚且つそれが読める・…ってーことは…も、もしかしてロキって…)
「「「魔術師!?」」」
3人はようやく一つの答えに辿り着いた。ちなみに上の心の声は、順にアヴィネス、レイス、ジラルド。
「気づくの遅いですよ」
「だ、だがロキの髪や瞳は茶色じゃないか!茶色は普通の色だろう?」
「僕の場合は髪の色が違うんですよ。この茶色は染めているだけです」
「なんで隠すあるんだよ?」
「隠してなんかいません。ただ本来の髪の色が嫌ですから染めているだけです」
「一体何色なん…」
「僕の事はどうでもいいじゃないですか。今問題なのは紅い髪の女の子でしょう?」
ロキは明らかに怒っていた。
それに話がかなりずれていたのでロキの話は後で詳しく聞くとして、とりあえず話題を会議の議題に戻すことにした。
3
真面目に会議をするために、まずはきちんと自分の席に着くことにした。
長方形のあまり大きくないテーブルに、アヴィネスとレイスが横に並んで座り、その向かいにロキとジラルドが着いた。
そして会議の第一声はアヴィネス。
「それで、この少女は魔術師だと断言できるのだな?」
「ええ。それもかなり強力な魔術師だと僕は思います」
「理由は?」
「まず、魔術師というのは魔力を持っているんです」
「それくらいはわかる」
「うるさいですよ、人の話は最後まで聞いてください。そしてどんなに魔術を極めた者でも、自分の中の魔力を完全に制御することなんてできないんです。魔力は体中に行き渡っていますから、気づかないうちに滲み出してしまうんです。それの影響で、その人の属性に近い色が、髪か瞳についてしまうんです」
レイスとジラルドは話に入っていくタイミングを逃したのと、ロキの毒舌を受けたくないという理由から聞き方に徹した。レイスは腕を組んで。ジラルドはテーブルに伏せて顔だけ横に座るロキに向けた。
「属性?」
「そうです。その少女の髪と瞳が紅だったというのならおそらく属性は炎。炎は主に攻撃のための魔術ですから、その力を使って騎士団を皆殺しにしたのだと思います」
「攻撃の属性を持っているから強力な魔術師なのか?」
「いいえ、先ほど僕がいったでしょう?『魔術師は他の者と髪又は瞳の色が異なる』と。ここで重要なのは『髪又は瞳』というところです。『又は』といっているように本来なら髪か瞳、どちらかにしか色の変化は表れないんです。なのにこの少女は髪と瞳が紅。それが意味するのは、滲み出している魔力がかなりの量だということです。つまり巨大な魔力の持ち主、になる訳です」
「それって俺等的にまずいことなんじゃねーの?」
やっと自然に話しに入ることができたジラルド。
「いや、そんなことはないと思う」
ジラルドに便乗するレイス。
「そうですね」
そしてロキもレイスの意見に賛同するが、わかっていない者が約2名。
「「なんでだ?」」
「なんでって、……要するにこの子は『正義の味方』だろう?むやみに騎士団を潰されるのは困るが、民を守るためにやっているのだから別に悪者にはならないはずだ。それにこの国の民を守ってくれているってことはコルト=ルティスの者ではないだろう?」
レイスが腕を組んだまま平然と答えると、アヴィネスもジラルドも、レイスに賛同したロキも皆唖然とした。
「どうした?」
「…………いえ、そういう考え方も…あったんですね」
「ロキは違うのか?」
「僕のほうはその少女の対抗策というかなんというか……」
だんだんとロキの声が小さくなっている。
「え?対抗策あんの?」
「なくはないというだけです。とにかく今はその少女の身元の確認を急いだほうがいいでしょう。今は多くの仲間が必要な時代ですから」
「「「仲間にするのか!?」」」
声を揃えて叫んだ3人に対してロキは思いっきり鋭い視線を送った。特にレイスに。
「なんですかレイスまで。この女の子は正義の味方なのでしょう?そして僕等も国を護るヒーロー。これが敵対するなんておかしいでしょう?」
「…………ヒーロー…?」
「えぇそうです。とにかくそういう方向で進めていくということで、後はアヴィネス、指示お願いします」
しゃべるだけしゃべってロキはさっさと引導をアヴィネスに譲った。
いきなりだったのでアヴィネスも一瞬戸惑ったが、そこは腐ってもジンというべきか。少女の身元確認及び騎士団勧誘という方向に考えるように頭を切り替えた。
「ではロキは私とキストへ。明日出発だ。騎士団ということを隠し町に潜入し、情報収集をしてくる。レイスとジラルドはいつも通り仕事をこなしていろ。私とロキが帰り次第会議を開く。その時は事前に伝えておくから遅刻は許さないぞ、レイス」
「・……………………………努力はする」
「よし、ではロキは今から準備をしに一度屋敷に戻れ。私は国王にこの似顔絵を見せて経過報告をしてくる。レイス、ジラルド、わかっているとは思うが王都から出るなよ」
「「はいはい」」
「では解散!」
4
アヴィネスとロキが会議室から出て行っても、レイスとジラルドはしばらく無言で座っていた。
そしてその沈黙に先に耐え切れなくなったのはジラルドだった。
居心地が悪いのなら出て行けばいいものを、ごそごそごそごそとお茶を入れたり、窓に寄って外を眺めたりしていた。
「…………ジラルド」
「ん?なんだ?」
やっと沈黙から脱出できると喜んだのか、嬉しそうな表情で外の景色から目を離しレイスの方を振り返った。
「あいつらが動いているのに何もやっていない訳にはいかない。仕事はないのか?」
「う〜ん……………」
ジラルドは紅茶をすすってまた視線を外に移した。
「ないな」
「俺のやりかけだった仕事は?」
「あぁ、貴族の捜索ってやつか?あれ、単なる家出だったらしくてな、すぐ見つかったらしいぞ」
「……そうか、ならいい」
レイスはそういうと立ち上がって紅いマントを脱ぎ、会議室の壁に掛けてあった白いマントを掴んで会議室を出て行こうとした。
「お、おい!どこ行くんだレイス!!」
「町に出る」
「んじゃ俺も行く。暇だしな」
「お前が来てもつまらないだけだぞ?」
「別にいいさ。ここにいるよりは町に出たほうが楽しいし」
ジラルドもレイスを真似て、紅いマントを脱いで椅子に掛け、壁に掛けてある自分の白いマントを取ってレイスと共に会議室を後にした。
「で、どこ行くんだ?」
ジラルドはマントを着けながら先を歩くレイスに聞いた。
レイスもマントを着けていて返答に少し時間がかかったが、マントをつけ終えるとすぐに答えた。
「マリアの所だ。少し気になっていたからな…」
「マリア…?って確かお前の親友の奥さんだったか?」
「そうだ」
「んで確かその親友、…………死んだんだったか?」
「…あぁ、あの紅髪の少女に殺された騎士団の騎士だった」
「お前そのマリアんとこ行ってどーするつもりなんだ?慰めたりすんのか?」
「いや、様子を見るだけだ。会って話をするつもりはない」
ジラルドは「覗きか?」と聞こうとして何とか踏みとどまった。そんなふざけた事を言っていい雰囲気ではなかった。
返す言葉が見つからなかったので「そうか」とだけ言うと、また沈黙がやってきた。
(あ〜もう勘弁してくれ!早く町に出てぇ〜!!ったく無駄に広すぎなんだよこの王宮は!!)
それまでレイスの後ろを歩いていたジラルドだったが、一刻も早く賑やかな町に出たいという一心から、レイスを追い抜いて足早に王宮の外に向かった。
そして一生懸命に歩いて着いたところは王宮の南の門。
アストレイアの都は上空から見ると完全な円形になっており、中心に王宮がある。そしてその周りに町が広がっていている。
町は東西南北の4つに分かれており、それが更に居住区と商業区に分かれていた。
東と西が居住区で、南と北が商業区。
といっても居住区で商売をする者はいないが、商業区に住む者はいた。店の2階に住むものや、ホテルなどに泊まる客、住み込みで働く者。特にこれといって規制はないので自由気ままにやっている。
そしてレイスとジラルドが向かうは南の商業区。
5
南の門を出ると、すぐに道行く人がレイスとジラルドに好奇の目を向けてきた。
だがジンと知ってではないだろう。名は知られていても顔まではそんなに知られていないのだから。
となると向けられているのはおそらく騎士団の軍服とその容姿。
だが平民でも志願すれば騎士団員になれるこの時代、町に軍服を着た騎士がいようとそんなに珍しくもなかった。
ということは、やはり視線を集めているのは容姿になるのだろう。
なんといってもレイスは青い瞳に金の髪。月の光を思わせるその髪を、肩に掛かるか掛からないかのところまで伸ばしている。身長は170cm前後で騎士にしてみれば少し小さめになる。手足はすらりと長く、決して筋肉質ではなくスマート。肌はあの少女のように真っ白とまでいかないが、男にしては白い方の部類に入るだろう。そして顔はまさに『王子様』。国中の女性が思い描く王子様像にぴったり当てはまるだろう。
それに対してジラルドは、黒い瞳に黒い髪。鬱陶しいといって髪はかなり短めに切ってあるが、それはそれで似合っている。身長は185pかそれ以上で、マッチョとまではいかないが、それなりに筋肉もついている。肌も健康的に焼けており、かなり男らしい。顔も爽やか系でかっこいい。まさに男の中の男と言えるだろうが、雰囲気が女好きのオーラを放っているのが玉にキズ。
ついでにいうと、アヴィネスは青い瞳に黒い髪。体系はジラルドに近いが、雰囲気としては、『かなり真面目なリーダータイプ』。
ロキは茶色い瞳に茶色い髪。といっても髪は染めているらしいから、実際の色は不明。体系はどっちかというとレイスに近く、雰囲気は『外見お姉さんキラー、中身腹黒』。
ちなみにこの世界の普通の瞳の色は、黒・茶・青・灰・緑。普通の髪の色は、黒・茶・金・赤茶で、老人になると灰・白も出てくる。
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そんな彼等が2人も並んで歩いていれば、人の目がいってしまうのも無理ないだろう。
現に今レイスとジラルドが進む道は1.5m程先まで人が避けて、ちらちらと盗み見する者達ばかりだ。
「ジラルド」
「ん〜?」
「何かやたらと視線を感じるのだが気のせいか?」
あまり人ごみが好きではないレイスが少し俯いて周りに声が聞こえないように言った。
「気のせいじゃないと思うぜぇ?」
そんなレイスを尻目に、ジラルドは偶然見つけた可愛い女の子に手を振りながらにやけた声で答えた。
「………やはりお前は連れてくるんじゃなかったな」
「まぁまぁ、そんなこと言わないで。折角なんだから楽しもーよ。まさかアヴィネスと同じで女嫌いなんてことはないだろ?」
「それはそうだが……」
「…もしかして町娘なんて嫌だー、とか?」
「…………」
「レイスだもんなー。プライド高いしね。理想も高そーだもんな」
レイスは周りのことを気にするのはやめ、普通に、小声などではなく堂々とジラルドと話そうと思ったが、こんな所でこんな話をするのは気が引ける。
あと少しでマリアの店に着くので、それまでなんとかこの場をやり過ごそうと、無言を決め込むレイス。
「…お〜いレイス?あれ?無視〜?」
「……………………」
「プライド高いって言ったの怒ってたりする〜?」
「……………………」
「悪かったって!ちょっと悪ノリし過ぎた!!」
「……………………」
「頼むからなんとかいってくれ〜」
「うるさい。もうマリアの店に着く。静かにしていろ」
「店?なんの店だ?」
ジラルドの今更の質問に思わず溜息が漏れる。
「ホテルだ。アストレイア王都一の高級ホテル【フェニックス】」
「【フェニックス】?……って、あれか?」
ジラルドが指差した先には、赤と金の豪華な装飾を施された白大理石の建物。ほんのり赤みの掛かった特別な大理石の階段に、赤い絨毯。王族・国賓御用達の超有名ホテルだ。
レイスはジラルドの問いには答えずに、ただ真っ直ぐそこに向かっていく事で肯定した。
「ふ〜ん、で、どーすんの?こっそり覗くっつってもあそこはそんな事をさせてくれるほど警備薄くはないだろ?」
「………警備?そんなもの、ジンにしてみれば突破など容易い」
ジラルドは我が耳を疑った。
(…………………突破?今こいつ突破っていったか?)
ジラルドが呆然としているのも気に留めず、レイスは明らかにホテルの脇の路地に向かっていた。
自分の耳が信じられなかったジラルドもレイスのこの行動で、やはり自分の耳は間違っていなかったと確信した。
今まさに目の前の同僚は犯罪を犯そうとしている。ここで止めておかなくては後々ロキが恐い。きっとあんな事やこんな事を散々言われるだろう。考えるだけで背中を冷や汗が伝う。
そしてはっと気が付くとすでにレイスの姿がなかった。
慌ててレイスが向かった路地に駆け込むと、幸いなことにまだレイスは犯罪者にはなっていなかった。ただ、一歩手前というだけで。
ジラルドは今まさに塀を登ろうとしているレイスの肩を掴んだ。
「ちょっと待ってレイス。何?何するの?」
「何って登るのだが?」
「何を?これ?塀を?」
「そうだが?」
「それ犯罪だぞ?わかっているのか?」
「………ふん、冗談決まっているだろう。俺を馬鹿にするな。それより、どうやってマリアの様子を見るか、お前も考えろ」
ジラルドは付いて来なければよかった、と心の底から思った。
とりあえず塀登りは本当に冗談だったようだが、マリア覗き作戦は考えていなかったらしい。
(時々天然だよな…こいつ)
ジラルドはしみじみ思った。
「とにかく路地から出ようぜ。こんな所、いるだけで不審だし」
「しかし……」
ジラルドがレイスの腕を掴んで路地から引き摺り出そうとしたが、レイスとしては人ごみで考え込むよりは、人気のないこの路地の方がよかった。なのでジラルドが引っ張るのに抵抗していた。その時突然上から叫び声が聞こえた。
「「ん?」」
2人揃って上を見たが、時すでに遅し。
何かがレイスとジラルドに向かって落ちてきたところだった。
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「…っと!」
「ぐえっ!!」
「…っつ!」
状況を説明すると、レイスは咄嗟にジラルドの手を振り払って避けた。ジラルドも一緒に引っ張って避けさせようともせずに自分だけしっかりと。
ジラルドは本来ならば避けられたが、レイスを引いて避けさせようと考え、実行しようとしたが手を振り払われ、それに気をとられて避けきれずに上から降ってきたモノの下敷きになっている。
そしてその、上から降ってきたのはどうやら人で、ジラルドの上で頭を抱えて悶えていた。
「げっほげほごほ、がはっ」
ジラルドはどうやら鳩尾に衝突の衝撃がいったらしく死にそうな顔で咽ていた。
「わっ!す、すすすすすみません!!大丈夫ですか!?」
上から降ってきた人物は、ようやく下敷きになっているジラルドに気づき、慌ててどいた。
「だ、げっほ、大丈夫な訳あるか!なんなんだよあんた!!」
落ちてきた人物はどうやらまだ若い女の子のようだった。
真っ白なローブを着ていて、フードを深く被っているので顔は窺えないが、声が泣きそうになっていた。
「す、すみません!まさかこんな所に人がいるとは思わなくて…」
その女の子は必死に謝りながらジラルドの肩を抱き、そっと起き上がらせた。
「まったく、あれしきの事を避けきれんちは情けない奴だな」
お前がいうな!!そう叫びたいジラルドだったが後が恐いのでやめた。
「それで?貴様は何者だ?なぜ上から降ってきた」
「え?え〜っと。……………げ」
上から降ってきた女の子は気まずそうに顔を上げてこそっとレイスの顔を窺った。
そして明らかに不審な反応を見せた。
レイスからは女の子の顔は陰になっていて見えなかったが、女の子はレイスの顔を見るとそわそわとし出し、何時でも逃げ出せるような体勢を整えていた。
それにはジラルドも気づき、女の子に気づかれないように、そっと女の子のローブの裾を握った。
そしてそれに気づかず女の子は一気に大通りに向かって飛び出したが、ジラルドがローブの裾を握っていたので、飛び出す勢いのまま見事に転んだ。そこをすかさずレイスが手を拘束。
「貴様、何故逃げる」
「ぃたたたた、放して下さい!」
「答えろ!」
暴れる女の子を抑えながら、レイスは女の子の被っているフードを取り払った。
そして、零れ落ちた紅。見忘れるはずもない。あの何よりも美しいと思った紅だった。
「お、お前!!」
「あ〜………もう…」
「…………………………何?レイス知り合い?」
レイスは口を開けたまま動かなくなり、レイスに押さえ込まれて抵抗していた女の子は溜息と共に大人しくなった。傍観していたジラルドも、このままでは埒があかないと思い、思ったままの疑問を口にした。
「…今日お前も見ただろう…」
「今日?俺も見たぁ?おっかしぃなぁ、こんな美人一回見たら忘れるはずが……ん?」
完全復活したジラルドは。女の子の真正面に回ってじっくりとその顔を眺めた。そしてふと、目に止まったのはその印象的な紅い髪。
「んんん!?こ、この色の髪にこの顔…ってまさか……!!」
「そのまさかだ。とにかく連れて行くぞ」
「うっそだろ!?なんでこんな所に…」
「そんなことは後でじっくりと聞けばいいだろう?」
「…そうだな。じゃぁそういうことだから…」
ジラルドは始めは驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して女の子に言った。
「美人は殴りたくねぇから大人しくしててくれよ〜」
「………はぁ、もう勝手にしてください」
危なくなったら僕も勝手に逃げますから
8
レイスとジラルドは、女の子を連れて、牢屋ではなく会議室に向かった。
といってもただの会議室ではない。なんと言っても騎士団トップの集う場だ。防音効果はばっちりだし、出入りできそうなは入り口の扉のみ。しかもこの会議室は外から覗き見されぬよう塔の最上階になっているのだ。そして入り口の扉を開くと真っ直ぐ一本道しかない。塔に出入りするには王宮から伸びた通路を通らなければ行けないのだ。
会議室に着くと、レイスはどこから出したのか、手錠と足枷を女の子につけた。そして椅子に座らせて鎖で完全に固定させた。
横の方でジラルドが「なんでここまでするんだ?」というような顔で見ていたが、そんなことは気にしない。なんといってもこの女の子は前科持ちなのだ。甘い事はいっていられない。
「ジラルド、ライトとダークを呼べ」
「へーへー。ったく自分でやれよ…」
「何か言ったか?」
「いーえ!何にも!!」
それでもジラルドは小声で何かぼやきながら本棚の横にある梯子を登っていった。そしてこの塔の、頭を出すのがやっとというくらいの天窓から顔を出してぴーっと笛を吹いた。
数秒すると。ばさばさという羽音と共に白と黒の鳥がジラルドが顔を引っ込めた天窓から入ってきた。
ちなみに白い鳥がライト。黒い鳥がダーク。所謂伝書鳥というものだ。
その2羽を肩に乗せて梯子から降り、その間にレイスが用意していた伝令書をライトとダークの足に結び付けると、2羽は再び天窓から飛び立っていった。
それを見送ってから2人は女の子に向き合った席に着いた。
「4日ぶりだな」
「……僕はあなたなんて知りませんけど」
「ふざけるなっ!!」
「冗談ですよ、ジョーダン。それでなんの用ですか?」
「貴様っ……っ!」
「まーまーレイス。話が進まないでしょーが。あんたも、こいつを煽るような言動はやめてくれないか」
「煽ってはいませんけど、そう取れたようなら申し訳ありません」
女の子は鎖をじゃらじゃら鳴らしながら頭を下げた。
「それで?あんた名前は?」
「無駄だジラルド。こいつは答……」
答えん、レイスがそう言おうとすると女の子の声によって阻まれた。
「エヴァンジェリンです」
「「ん?」」
「だから、エヴァンジェリンです。名前」
エヴァンジェリンと名乗った少女は真っ直ぐジラルドを見つめていた。その綺麗な紅い瞳で。
レイスは無償に腹が立った。
「貴様!何故答える!!」
「…おいおい何言ってんだよレイス」
「何故って、聞いてきたのはあなた方でしょう?」
「俺が前に聞いたときは答えなかったではないか!」
「答える必要がなかったからです」
「なにぃ!?」
「まーまーレイス。落ち着け。そーゆーのはヤキモチみたいで格好悪いぞぉ?」
「んなっ!」
「とーにーかーくー!お前だと話が進まないからちょっと黙ってろ」
「賢明な判断です、ジラルド様」
「ありがとよエヴァンジェリンちゃん」
「貴様等ぁ!!」
「エヴァで結構ですよ。エヴァンジェリンなんて長いだけですから」
エヴァはまた真っ直ぐジラルドを見据えた。それは初めてレイスに会った時向けられたものと同じ、なんの感情も込められていない不思議な目だった。
ジラルドも静かにそれに応戦していた。レイスに至っては、その異様な雰囲気に気づきながらもイライラを募らせていた。
9
「おい、貴様等。俺を無視するな!」
「あなたは変な方ですね、ジラルド様」
突然くすりと笑われて、一瞬呆けてしまったジラルドだったがすぐに笑い返していった。
「へぇ?何でそう思うの?」
「何を考えているのか全くわかりませんので」
「そぉかぁ?仲間連中にはわかりやすい奴だっていわれてるぜぇ?」
「そうですか。まぁ別にどうでもいいんですけどね。それで、僕に何の用なんですか?僕今時間ないんですけど」
エヴァはそういうと、ごそごそと動いた。当然鎖で縛り付けられているので椅子から立つことも出来ないが、なんといっても前科持ち。それを考え警戒の態勢をとるレイスを見て、エヴァはくすりと笑った。微笑む、などという優しいものではなく、嘲け笑うといったような笑みだった。そしてその時、レイスとジラルドは異常な何かを感じた。何度も戦場に立ち命のやり取りをしてきた2人が、一瞬だけではあったが竦むほどの何かを。
ジラルドもレイスもそれで一気に警戒の色を強めた。
「エヴァ」
ジラルドが剣の柄を強く握りながら呼んだ。
「はい?」
「お前何者だ?」
「何者、とはどういった意味ですか?」
エヴァは笑った。だが目が笑っていなかった。口だけを綺麗に歪ませて。
「僕の素性ですか?」
「そうだ」
「答える義理はありませんね。知りたければ調べればいいでしょう?」
この一言でレイスがばんっとテーブルを叩いて立ち上がった。
「ならば質問を変えよう。貴様、なぜ【フェニックス】にいた?あそこのオーナーがどういったものか知っていたのか?と言うよりも貴様はなぜこの都にいる?貴様などが入っていい土地だと思っておるのか!?」
「なぜと言われても。【フェニックス】には用事があったんです。オーナーは知っていますよ。マリア・フェニックスさんでしょう?そのマリアさんに用事があったんですから。この都にいる理由は、ここが僕の住む町だからです。それに、僕がどこに入ろうと勝手でしょう?あなたに文句を言われる筋合いはないと思いますが」
これにはレイス共々ジラルドもキタらしい。
レイスがテーブルに足を掛けてエヴァに掴みかかっていくのを止めようともしなかった。
ジラルドは、一発くらい殴らしてやろうと思い傍観を決め込んでいたが、レイスがエヴァを殴ることはなかった。だが決してレイスがエヴァを殴るのをやめたというわけではない。レイスの拳は真っ直ぐエヴァに向かって振り上げられていた。
今まさに殴ろうという瞬間に、防音効果ばっちりの分厚い会議室の扉が何者かによってどごぉん!!という豪快な音を発して粉々に吹き飛ばされた。
10
腐ってもジン。
どんなに性格に問題があってもジン。
そして普段ボケをかましていようともジン。
扉が吹き飛ばされた音と同時にレイスとジラルドはほぼ一緒に腰の剣を抜き、レイスはエヴァの首に剣を当て、ジラルドはレイスとエヴァの前に素早く移動して入り口に向かって剣をかまえた。
「誰だ…!」
ジラルドは普段の気の抜けた表情から掛け離れた険しいジンの顔で、まだ姿の確認できない扉破壊の犯人に言った。
「誰だ………ですって?」
それは聞き覚えのある声だった。
だがあいつの声はこんなに低かったか?
こんなに地を這うようなどろどろした声だったか?
「あなた達が呼びつけたのでしょう?それにこっちは忙しいっていうのにわざわざ来てみれば…!なにをやっているのですか!!女の子を鎖で縛り付けるなんてっ!!そんな趣味があったんですか!?同じジンとして恥ずかしいですよっ!!」
扉破壊の犯人。それは怒り狂ったロキだった。
「しかも動けない子の首に刃物を当てるなんて信じられませんよ。まったく!!」
ロキはそういってジラルドを押し退けてエヴァに近寄り、鎖を外そうと手を伸ばした。
レイスは慌てて剣を鞘に戻して、ロキの鎖に伸びる手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待てロキ」
「なんですか!!」
「こいつの髪を見て何か思いださないか?」
「髪?」
ロキはそこで初めてエヴァをまじまじと見た。
「紅い髪…っということはもしかして騎士団殺し?」
ロキは目を見開いてエヴァを凝視したまま、伸ばした手を引いた。
「そうだ。さっき偶然町で見かけて捕獲してきた」
「本物ですか?」
「この紅い髪が証拠だ」
レイスは顎でエヴァの方を示した。
ロキは何も言わずに、ただ驚いた顔でエヴァを見ていたが、しばらくしてレイスとジラルドを自分の横に置いていった。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、エヴァン」
「あなたなんかには聞いてませんよ、レイス。黙っていて下さい」
「エヴァンジェリンです、ロキ様」
「僕の名前を知っているのですか?」
ロキはふと思ったことを口にしたが、これはレイスもジラルドもちょっと疑問に思っていたことだ。
「はい、エスペランス卿とはよく話しますから」
エスペランス卿。それはロキの父を指す。
「父上をご存知なのですか!?」
「えぇ、まぁ」
「…フルネームを聞いても?」
「それはいえません」
エヴァはにっこりと、今までにないほどの極上の笑みを返した。
レイスの書いた似顔絵で見惚れるくらいだ。実物のこの微笑みは3人を呆けさせるのには十分だった。
だがすぐに3人は第三者の介入ではっと我に帰った。
「あ、あの、失礼します」
いきなり掛かった声の主に気づけなかったのと同時に、罪人であるエヴァの笑みに見とれてしまった自分に憤りを感じたレイスはその第三者に怒りを向けた。
「馬鹿者が。ノックくらい…………あ〜」
「も、申し訳ありません!その…扉が…」
声を掛けてきた衛兵は困ったように周りに散らばる木片を見た。
「そうか、ロキが破壊したのだったな」
「うるさいですよ、レイス。後でちゃんと直すに決まっているでしょう。それで、どうしました?」
「はっ」
衛兵はビッと敬礼して、用件を告げた。
「カルディア様に御用との方がお見えです!」
「俺に?」
「はっ、もうそこまで来ておられて…」
衛兵はちらりと後ろを振り返った。
それにならってレイスも塔に繋がる一本の通路を覗くと、通路を抜けた王宮の廊下にそわそわといている人物がいるのを確認した。その人物はレイスが自分の方を見ているのに気づくと、もう一人の衛兵が止めるのを振り払って会議室に飛び込んできた。
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2004/11/02(Tue)19:47:27 公開 / 多空
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■作者からのメッセージ
10話目です。
ほんとに話が急です…(汗)
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。