『燭台』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:KA                

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 1
ボーン
とどこかで時計の音が聞こえた。
 この屋敷は閑静な住宅街のほぼ中心に、まるでそこだけ時の止まったようにそびえていた。いつの時代のものだろう。ふるぼけた赤レンガはところどころがかけていて、それをひた隠すように青々とした蔦がびっしりと不気味に絡まっていた。
――そう、ここは巷でも有名な幽霊屋敷
 その幽霊屋敷のなかこの暗闇の中移動するまあるい灯りがあった。ふよふよと動いて前進する。ときたま止まっては、また動き出す。こんな時間に、いったい誰が・・・・・・
「きゃああっ」
と甲高い悲鳴が響くと、不規則だが一定の間隔を持った灯りが急に思いもよらぬ動きを見せた。がたがた、と何かにぶつかる音。
「ってえな、何なんだよ、いったい」
 少年の声。
「何ってさっきあっちに何かいたのよう」
 怯える少女。すがり付いてくる彼女を煩わしそうに、少年――要は落とした懐中電灯を拾い上げた。遥の指差す方に向けたが、そこには何もいない。
「なにもいねえよ。お前から来よう、って言ったのに、いちいち騒ぐんじゃねえよ」
「だ、だって・・・、こ、怖くなんかないわよっ」
「誰もんなこといってねえよ」
 要は冷静だ。怖いものなんて彼にはないのかもしれない、と遥は思う。どんな怖い話でも、誰に怒られていようとも、要の表情が変わったのを遥は見たことがなかった。終わると、いつも勝ち誇ったように笑って、遥を見る。それがくやしくてくやしくて。だから、遥は今日、ここに要をさそったのだ。さすがの彼でも、本当の幽霊屋敷は怖いに決まっているから、要の怖がるところが見てみたいから、要を見返してやりたいから。
――でも、
怖いのはやっぱり自分だった。
 要はもうずいぶんと前にいる。心なしか早足にも感じられる。いや、いつもこんな調子だったかもしれない。
 少しずつ小さくなっていく灯りを遥は小走りに追いかけた。
 古ぼけた廊下はどこまでも続いていくかのようだった。敷かれた赤ジュ―タンはすすけて、もとの鮮やかさはない。連なるドアの装飾は豪華だが、なん十年もの埃が厚く積もっていた。ところどころに薄くなっているところは、二人と同様に肝試しに来た人たちのあとだろうか。
 しばらく歩いて、要がふと足を止めた。まあるい灯りが壁に掛けられた一枚の肖像がを照らし出している。
「どうしたの、急に」
 と遥は要の顔を覗き込んだ。すると、要はなにやらとても驚いたようにものすごい勢いで後ろに飛び退った。その顔は見たこともないように青白い。
「ど、どうしたのよ」
 要はきょとんとしていた。まるで、何があったかわからないと言ったふう。
「ねえってば」
「いま・・・」
「え、」
「いま、しゃべったんだ・・・」
 まさか、と思った。きっと、要はからかっているのだろう。やりかねない。
 でも、と遥は絵画を見た。
 美しい貴婦人。つややかな黒髪の色の白い、その手には燭台・・・。
 要は、また黙々と歩き始める。表情は硬い。
 
 後ろを追った遥は見てしまった。

 女の、夫人のその黒瞳が、ぐるりと二人を追ったことを。


 2
 その事件が起こったのは、3年前の夏、丁度夏休みが終わる三日まえだった。もう色あせた事件ではあるが、それでもなお一部の人間にとっては忘れがたいものであった。
 その年は、例年まれに見る猛暑で、その日ももう夜だと言うのに気温が下がらず、蒸し暑かった。彼らはこの日、クラスの皆で肝試し大会を計画していた。三年生の夏休み、来年には会えなくなる最後の思い出作り。計画も準備もすべて万端だった。きっといい思い出になる、とそう自覚していた。
 最高の夜だった。まるで、修学旅行のようだった。いや、それ以上に楽しかったような気がする。
 事件というのは、これだけの事。これだけの事は事件とは言わないことぐらいはわかっている。でも、紛れもない事件、なぜなら、

――消えたのだ。

 その日、その場所で、クラスの数名が姿を消した。入ったきり、誰も出てこなかった。しかし、入ったのかどうかもわからない。
 家出。
 彼らの消息は、その一言でかたずけられた。それっきり。
 そのことを知っているクラスメートは何人いるだろう。でも、その数人はもうあの場所には近づかないことだろう。だって、知っている。彼らは間違いなく中へ入っていったのだ。

 その場所は、あの屋敷だった。

「ねえ、要」
「・・・・・・」
「要」
「・・・・・・」
「かなめってばっ」
 さっきからもうずいぶんと歩いたと言うのに、要はいまだ無言だった。なにかを追い払うがごとくただもくもくと、でも、探索する気はあるらしく、青白い顔でいちいち扉を開けていく。鍵が掛かっているのもあるが、たいていのものがそのままで容易にあけられた。中には、鍵が何者かに壊された形跡があるものもあった。
 この部屋もその口である。
 女中の部屋だろうか。そうは広くないものの、綺麗に片付いている。小さな丸テーブルに、椅子に掛かった古ぼけたショール。日記帳の字はもう読めない。
「さっきから」
と要がクローゼットを開けながら、言った。
「おかしいんだ。どの部屋も、どの部屋も住人が生活をしてるまま消えたみたいなんだ」
 意味がわからなかった。遥は、首をかしげて、要に歩み寄る。
「これ。なかに服がそのままだ」
 そういえば、と遥。
「さっきは飲みかけみたいな、ティーカップもあったわよね」
 ふふふ、と笑う。はは、と要もつられて笑う。
 遥はもうわからなかった。怖いのが怖い。逃げ出したいけど、それも怖い。もう何から何まで怖くて、要もたよりにならなくて、支えは自分の薄っぺらな強がりだけだった。ひきつった笑い声が空洞に響く。
 そのとき、かたん、と鳴った。
「なに」
「さあ」
と灯りを――つかない。
 懐中電灯のスイッチはカチカチなるばかりで、一向につく気配はない。
「電池切れか」
 要は言った。
 ありえない、と遥は思う。なぜならば、その懐中電灯は遥の用意したもので、切れないようにと昨日電池交換してきたのだ。
 月のない夜、灯りを失った部屋の中は真っ暗だった。すすけた窓からは一筋の光も入らない。暗闇は恐怖を増幅させた。遥は自分の足が、がくがくと震えるのを感じた。思わず腕をつかんだ。要が隣にいる、という事で少し安心できた。
 一分、二分、暗闇では二倍にも三倍にも感じる時間を遥は立っていた。なにかしなければいけないのはわかっていたが、でも要のそばを離れる勇気もなかった。
 かなめの腕がするりとぬけた。
 ぼう
 暖かい光があたりに広がる。電気的でない懐かしい灯り。それは懐中電灯なんかよりぜんぜん広いはんいを照らし出していた。
「要」
 遥は言った。
「丁度、ここに燭台があったんだ。蝋燭もあったし、ライターも持っていたし。古いからつかないかと思ったけど、何回か試してたらうまくいった」
 要は笑っていた。あの勝ち誇った笑みで。ああ、いつもの要だ、と遥はほっとした。
――でも、
「本当に、何回も試してたの」
 遥は訊いた。遥の立つクローゼット脇から要の立っているテーブル横までは数歩と言ったところ。
「ん、ああ。だからこんなにかかっちまった。見つけるのは結構早かったから」
 ライターをつかっていたのか、と訊いた。
「あたりまえだろ」
と答えが返ってきた。
 遥は己の手を見る。さっきまでつかんでいたあれはなんだったのだろうか。要がライターを使っていたと言うのなら、なぜ、ああも暗かったのか・・・。それよりも、あんな物はいったときにあっただろうか。
「おい、いくぞ」
と要が言った。ぎいとドアが鳴る。
 二人は気付いていない。ドアが閉まったその瞬間に、点ったまあるい灯りを。
 

 3
 赤月館。
 かつて呼ばれていたその名前を今は誰も知らない。
 かつての栄華を今は誰も知らない。
 その美しかった姿はもはや幻。
 事件があったその日から、時が止まって。
 住人の行方を知るものは、誰一人として、事件の真相を知るものは誰一人として。
 
 カツン、カツンと靴の音がやけに響いて、思わず後ろを振り向かずにはいられなかった。足音は要と遥の二つきっかりだったが、でも、こういうところではありもしない気配と言うものを感じてしまうもので、振り向かずにいる事は不可能だった。蝋燭の灯りは淡いもののさっきより全然明るいので、周りの様子や前を歩く要の存在がよくわかる。何もいない事を確かめて、遥はほう、と息をついた。それから、周りを見渡してまたほう、とため息を漏らす。今度は安堵ではなく、感嘆の息。
 懐中電灯では一部分だけが集中して見えていたのであまり気にしていなかったのだが、よくよく見ると、この屋敷の装飾は素晴らしいものでしかなかった。埃にまみれてはいても、そのもともとの美しさは隠しようの無いものなのである。こうやっていると、怖さも忘れてしまいそうだ。一回昼に着てみるのも悪くは無いかもしれない。
「きれいだねえ」
「そうかあ、別にたいしたこと無いと思うけど」
 さっきのことで本当にふっきれたのか、要は普通だ。単純だとは思うけれども、それでも要はこっちのほうが頼もしい。遥もなんとなく安心してられた。相変わらず、辺りには二人の足音しかない。
「さっきから、ずっと廊下だね。ドアが一つも無い」
 遥が気付いた。
「たしかに」
 と要。より広くを見るように燭台をかざした。
 そういえば、さっきから家具も無い。どこかさっきと違ったような建築様式で、なにか特別な雰囲気を感じた。
「この先に、なにかお宝でも隠してあるんじゃねえの」
 要が言った。
「そうかも」
 答えて、遥はふと何かが引っかかるような感じがした。何だろうか、と首をかしげる遥に、要は
「どうしたんだよ」
と笑った。

 まあるい灯りが動いていた。無いはずの足音がもう一つあった。それは部屋の中を映し出して、それからドアをがたがたと開こうとする。それを何回か繰り返す。でも、開かない。
「くそう」
 とそれが言った。灯りで鍵穴を照らすと、中で鍵が折れていてどうしようもない事がわかった。
「おい、遥。遥、開けろよ」
 多分、ドアの向こうにいるはずの連れに呼びかける。
 そう、これは要。ここはさっきの部屋。
「おい、いたずらすんなって」
 なおも要は、呼びかける。
 だって、さっきは開いていたのだ。鍵を壊されていて、容易に入ってくる事ができた。だから、これは遥がむこうでドアを抑えているしかないのだ。
「おいってば」
 だんだん不安になってきて、要はいったんドアから離れた。
「遥」
 返事は無かった。要は不思議に思う。自分の知っている遥は、こんないたずらをするだろうか。知りうる限りでは、彼女は確かに人の事をよくからかったりすぐ調子に乗ったりするけれども、反面、とても怖がりなはずだ。今日だって、強がっていたけれども本当は怖いって事が如実に顔に出ていた。そんな彼女が真っ暗な中、こんな事をできるのだろうか。
 要はドアから離れて助走をつけた。それから、全体重を掛けてドアにぶつかる。バンッ、と言う音と共にドアは開いた。
 辺りを見回す。真っ暗。懐中電灯のまあるい灯りに映されるのは、壁と廊下。
 遥はいなかった。
――要はここにいる。紛れも無い。
  だったら、遥と一緒にいるのは、誰。

 広い階段の向こうに、大きな扉があった。明らかに今までとは違う特別な部屋だと言う事がうかがえる。
 要が立派な取っ手を持って、扉を開けた。
 中は真っ暗だった。気のせいか、ここはどこよりも闇が濃いように感じられる。広いせいだろうか。要が燭台をかざすと、闇が一枚剥がれた。
 大広間だった。どこよりも華やかで、美しい。並べられたテーブル、赤いカーテン、豪華なシャンデリア。見とれて、遥が一歩踏み出した。要も後ろに続く。テーブルの上には、皿やグラスが置かれている。いたるところの置物も、すべて高価そうだ。
「すごい、ここでパーティなんてやったのかな」
 遥はすかっり怖いのなんて忘れていた。いや、忘れていたのではなく、乙女心が恐怖に勝っていたのかもしれない。でも、とにかくそのときは、怖くなかったのだ。
「ドレスとか着ちゃってさ」
 くすくす、と遥がダンスの真似事をしてみせる。
「うらやましい」
「くだらない」
 要が言う。
「なによ、要にはわからないわよね、男の子だもん」
「わるかったな」
 声が冷たい。
 そのとき、ないはずの月が、隠れていたはずの月が、大きく顔を見せた。まるで、なにかを照らし出すように。月の光は、カーテンの隙間から中の闇を剥がしていった。明るみに出た広間の全容。遥は思わず顔を覆った。
 点々とついた黒い染み。嫌な想像がよぎった。よく漫画や小説にある表現に酷似していたから、まるで、それが自分を呑みこんでしまうような気がして。
――血痕
 もう、それしか思いつかなかった。大量についたそれは相当昔のものだとわかるけれども、何があったのか。怖いのに悲鳴が出なかった。遥は、しゃがみこんだ。そうだ、要は・・・。
「要」
 遥が振り返る。声が震えているのが自分でも感じ取れた。
「かなめ」
 いなかった。
 代わりにあったのは――
「あなたにこそわからない」
 それは言った。
 遥は目を大きく見開いた。自分の意志ではない。そうしなければいけなかった。

 なにかが入ってくる。

 赤いレンガの建物。
 男性、痩せていて立派な髭があって、中年私の夫だった。
 若い男性、燭台を持っている。私の愛した人。大広間は真っ暗。
 パーティ、怒った顔の夫。
 拳銃、大きな音、紅。悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 あの人が、いとしいあの人が倒れている。殺されたの、あいつに。
 増えていく紅。誰の、わたしの。いいえ、みんなの。
 悲鳴がひとつきえるたびに、シャンデリアの蝋燭も消えていく。
 そして、すっかり静かになった頃、ひとつ、銃声が響いた。
 最後に残ったのは、テーブルの脇に置かれたひとつの燭台の灯りだけ。

 ぷつん、と途切れた。
 あとは真っ暗。
 
「遥、はるかあ」
 誰もいない廊下に声が響く。返事は無くてただ静寂だけが襲ってくる。一人きりは、不安も倍増である。
「おうい、だいじょうぶかあ」
 もしかして、遥は帰ってしまったのかもしれない。でも、そうじゃないかもしれないから、自分が帰ってしまうことはできない。きっと、遥は一人怯えているはずだから。
 かたん、と後ろで物音がした。
「はるかっ」
 要が勢い良く振り返った。安堵の混じった声。やはり要も怖かったのである。でも、そこのは誰もいない。こういうことがあると、さらに恐怖が増していく。風でも吹いたんだろうと、自分を納得させてまた、もとの方向を振り向く。
 いた。でも遥ではない。
 燭台を持った真っ白い手と遥よりもはるかに高い位置にある黒瞳が見下ろしていた。

END

2004/08/07(Sat)22:54:44 公開 / KA
■この作品の著作権はKAさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちわ
終わってしまいました。少々強引な終わり方でした。やっぱり、小説って、難しいですね。いままで私のへったくそな文章を読んでくださった皆さんありがとうございました。私、懲りずに、また何か書き出すかもしれません、むしろそのつもりです。そのときは、また、なにとぞよろしくお願いいたします。それでは、KAでした☆

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