『No Title 〜題名さえもつかない恋愛物語〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:最低記録!
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No Title 〜題名さえもつかない恋愛物語〜
【プロローグ】
所々で橙の光が弾ける川。橙の光は空も同じで、遠くの山の端の黒い陰に夕陽が隠れる。その夕陽が空を橙に染め、頭上には藍の闇が広がり、それとのグラデーションが美しい。こうやって土手に座ってこれを眺めるのが好きだった。それは中学生の頃に遡る。
この町を離れて7年、僕は帰ってきた。辛い思い出も、苦しい気持ちも、すべて背負って帰ってきた。
町はほとんど変わってなかった。この僕が好きだった景色も変わらなかった。かつてクラスメイトだった仲間達も今はそれぞれの道を行き、ここに残っている者は少ないだろう。
僕がこの町に住んでいたのは中学3年生の時までで、さっき言ったのと同じ様に7年前、15歳の時に卒業と同時に父親の仕事の都合で長野県に引っ越した。正直、生まれてからずっと過ごしてきたこの町を離れるのは気が引けた。と、言いたい所なのだが……丁度その時重なった出来事から逃げ出したい気持ちも重なって、当時の僕は快く長野へ行った。いや、゛快く゛といえば語弊があるかもしれない。゛都合良く゛と言った方が正しいだろう。決して手放しに、僕が残した悔いと思いから逃げる事を喜んだわけじゃないのだ。
長野に行ってからは、高校生活をとにかくムリに楽しんだ。一生懸命、ここでの事を忘れようとした。しかしそれでも一人になる時、ここの仲間から電話やメール、手紙がきたときに、思い出してしまった。
「ふぅ……」
今も時々思い出す。こうやってため息をついては、その度に重い鉛を乗せられたかのように、体も重くなる。心も、その場の空気も、鉛色に変わっていく気がする。
「あれ」
突然、後方に女性の驚く声がした。最初、特に気にしなかったが暫くしてもう一度その女性は声を放った。
「もしかして……ヤベッチ?」
二度目のその声に僕は振り返った。そして、振り返りながら思い出した。かつて聞きなれていた声だった、その主の名前を、姿を。
「あ、やっぱり! 久しぶりねぇ!」
その姿はやはり、彼女だった。
僕は小学・中学時代はヤベッチと呼ばれていた。それは、僕の名前が矢部慎二(やべ しんじ)という名前だったからだ。僕が小学生の低学年だった頃に名前が売れたお笑い芸人の66(シックスティー・シックス)のツッコミが矢部と言う名前で、彼がMr.ヤベッチという名前で出演する某人気番組の人気コーナーがあった事からきている。
「柳井……ほんとに、久しぶりだな。……でも、よく分かったな。俺も大分変わっただろう?」
「まぁ、確かに変わったけど、最近はテレビによく出てるじゃん」
「あぁ……そっか」
実は、僕は直木賞を受賞した。僕の小学校時代からの夢だった事がつい2週間ばかり前に叶ったのだ。今日ここに帰ってきたのも母校である中学校に、演説……と言えるほど大したものではないが、生徒に話をしてもらいたいと言う依頼が来たからだ。
柳井希美(やない きみ)、彼女の名前だ。
「君も変わったな」
「そう?」
「あぁ……。大人っぽくなった」
「なに? そんな、突然」
柳井は頬を赤らめて、笑いながら言った。何て返せばいいのかわからず、出た言葉をとりあえず言った感じだ。
「君はまだこっちに居るのか?」
「うん……でもさ、その、『君』って呼ぶのやめてくれない? 下の名前と一緒だからどっちで呼んでるのか分からないから」
「あ、そうだったな」
二人とも笑った。
柳井は小柄だが、スポーツ万能の活発な女子だった。そして、人気があった。それは友達として、と言う意味でもそうだが……男子からそういう感情を抱かれることもあったと言う事だ。それだけ可愛かったと言う事だ、いや、今もそうだが……むしろ、少し大人らしくなって、更に魅力的に……って、何を考えてるんだ。僕は……。
「でも、すごいよね。直木賞を受賞するなんて……あの頃からの夢が叶ったじゃない! 同級生が直木賞作家なんて、私たちの誇りよ。それに隣に居られるなんて光栄だわ」
柳井はセリフの後半をわざとらしい口調で、笑いながら言った。
「からかってるのか?」
僕も笑いながら言った。
「いえいえ、からかうだなんて恐れ多い」
とんでもない、と両手を振って柳井が言う。暫くお互いに睨んだが、ほぼ同時に二人とも吹き出してしまった。
そういえば、柳井は買い物帰りでも、ペットの散歩でも無さそうだ。
「なんか、特に用事も無さそうだけど、なんでこんな土手に?」
「え……いや、散歩よ。散歩」
少し考えてから、柳井が答えた。
「ふーん」
僕は笑顔を崩さないまま言った。
「あのさ……少し歩こっか」
しばしの沈黙の後に柳井が言った。
土手を抜ける風が心地良い。わずかに川の香りを漂わせている。陽も沈み、あたりが闇に包まれ始めていた。
「そういえば、健二がね……」
柳井……彼女は僕の初恋の人だ。
その話をするには僕の中学時代で一番充実していた、しかしながら一番辛く苦しんだ、三年生の時。そう、最初にも話した゛ここに残した悔いと思い゛の事を言わなくてはいけない。
――そう、彼女とは3年で初めて同じクラスになった。
【第一章】
本当の恋っていうものはね、胸がときめいてキュンとする物なんだよ。
いつか、母親が言った言葉だ。この言葉を聞いた時は、「ハイハイ、分かった分かった」という感じで流してしまった。それに正直言って信じられなかった。有名な歌手が歌の中にそんなフレーズを入れたり、漫画や映画、小説なんかにそんな事があったりもする。けどそれはそういった架空の出来事に出てくる話で、実際は虚構の感情に過ぎないと思っていた。
しかし、だ。
「まさか……本当にそんな事がありえるなんてな」
梅雨の中休みに入ったと天気予報で言っているが、もう既に真夏の空をまとっていた。その頂点から見下ろす太陽が、校庭に撒かれるスプリンクラーの水が輝かせている。そのアーチをくぐってって遊ぶ生徒たちが、キャッキャッと声をあげている。
「正直言って、すげぇ辛い。期末(テストの事だ)も近いって言うのに、授業に全然集中できねぇんだ。それに、なんて言うか……胸が張り裂けそうな苦しさって言うか……これじゃ、期末ダメだよ」
「でもよ」
俺の話をずっと黙って聞いていた、亮輔。杉山亮輔(すぎやま りょうすけ)がやっと口を開いた。
「俺は羨ましいぜ? だって、とりあえず彼女作っとこうとか、特に理由無く彼女ほしいから作るだとか、言っているヤツらも居るこのご時世にさ、そんな本気で恋愛して悩めるって言うのは、男として惚れるね。俺は。期末がダメになる事よりも人として素晴らしいものを得てるよ。お前は。受験の内申は二学期がメインだろ? まだ大丈夫だって、今は悩めよ」
湿気をたっぷりと含んだ風が、窓から入ってくる。
こうも不快指数三倍増な風に吹かれたら、言いたい事が良く分からなくなってしまう。
「……ご時世って何?」
嗚呼、やっぱり。御礼を言うべきだろうに、何でこんな事しかいえないんだ。
「俺もよくわからん」
亮輔は苦笑いしながら言う。
しかし、これはこれで案の定だ。結局、中学生は説明できない言葉を日常的に使っている。
「ってかさ、お前はまだ一番肝心な部分に触れてねぇんだよ」
「?」
「誰に惚れたんだよ?」
「ああ……」
そうだった。その一番重要な部分を俺は言ってなかった。俺はなんて馬鹿なのだろう……
一度振り返って、教室を見回す。盗み聞きするものが居ないか確認する為だ。しっかりと見回したが、教室には誰も居なかった。……ぶっちゃけ、窓際で男子が二人で話してる事を、わざわざ盗み聞きしようとするヤツもあまり居ない。それに一歩間違えば、二人はホモだったというショッキングなニュースを手に入れるかもしれない。……それについては、盗み聞きする価値があるかもしれないが。
まぁ、そんなことよりもだ。
「柳井だよ」
「……ほぅ、お目が高い」
柳井希美、俺の席の右斜め後ろに座っている。
ソフトテニス部の彼女は個人戦で都大会にも行った。もっとも、中学生のソフトテニスは基本的にダブルスなので、相方の木村祥子(きむら しょうこ)のおかげもあるのだろうが、柳井はとにかくスポーツ万能型だ。
「あいつは、人気あるからなぁ……」
そう。その通りなのだ。柳井はモテる。だが、今まで一人も彼女がOKした男は居ない。まぁ、その男たちは皆、不細工だったが……
しかし、とにかく彼女は倍率が高い。
この学校でも指折りの美人……というより、可愛いのだ。ビューティフルよりむしろプリティーやキュートの方が合う女子だ。性格もさっぱりしてて、優しい一面もある。
それに引き換え、俺はルックスもよくない。スポーツも得意じゃない、インドア派の人間だ。そんな俺が……彼女の目に叶うだろうか? 答えはNOの確立が大きいだろう。
「いつから?」
「……覚えとらん。いつの間にか」
「そうか……なんで、好きになった?」
「……わからん」
「なんだよそれ」
そう言われても、わからない。自分でも不思議だが、何故そこまで彼女を想うのか、何故こんなに苦しいのか、全くわからない。けど、柳井と居ると楽しい。他の誰よりもだ。特に何もしてなくても笑顔がこぼれてきたり、和やかな気持ちになれたりする。そして、他の誰よりも可愛く見える。
「あぁ、でも……」
「?」
何か思いついたように、亮輔が言った。
「本当の恋をすると、そうなのかもしれないな。俺はそんな事無いからわからないけどさ」
「あぁ……」
太陽が雲に隠れて、一瞬にして一面が暗くなった。こうも突然に日が蔭ると目まいがする。
「あのさ」
「ん?」
「俺、キモいかな」
「何を言い出すんだよ藪から棒に」
まただ……また、おかしな事を言ってる。
「お前はキモくねぇよ。柳井だってお前と普通に話してるじゃねぇかよ。部活の時だって」
実は俺もソフトテニス部だ。男子と女子で分かれてはいるが、やっぱり会話が距離を近づけるだろうから、積極的に話してる。
「お前……まぁ、仕方の無い事なのかも知れねぇけどよ、無駄に悩みすぎだよ。もっとプラスの面でどうしたら良いか考えろよ」
「……そうだよな」
その直後、いつもと変わらないチャイム音が鳴り響いた。
「まぁ、何かあったらまた言ってくれよ。俺で良ければ、相談に乗るからよ」
「ありがとな、マジで」
「良いってことよ!」
亮輔は俺の方をポンポンと叩いて笑った。
こいつは俺が唯一、親友と呼べるヤツだ。友達は沢山居る。だが、親友はこいつだけだ。こいつほど友達を思ってくれるヤツは、何処を探しても居ないだろう。ちょっとばかりワルだが、自分が悪かった事は悪かったと素直に謝るし、優しい。
「あれ、もしかして、次って体育じゃね?」
その言葉にハッとして、壁に立てかけられた我がクラスの時間割を見た。
……案の定だ。
「……どおりで誰もいねぇ訳だな」
亮輔は苦笑ではなく、真面目に微笑んだ。
「そんな事言ってる場合じゃねぇぜ!」
俺は声を張り上げた。何を隠そう、体育の教師は遅刻だけは許さない。時間を守れんやつは……地獄の筋トレだ。
駆け出して机の横にかけてある、体育着を取った。
「ちょっと待った!」
亮輔の声が俺を制した。
「何だよ?」
「俺、保健室行って来る。お前は倒れた俺を担いで連れてったって事にしとけよ」
「それで良いのかよ? お前は」
「かったりぃしな」
亮輔が満面の笑みで言った。
「……でもそのウソが通じるか?」
「……幸運を祈る」
グッドラック! と付け足して、親指を立ててお決まりのポーズをした。
「了解」
二人は廊下に出て、それぞれの道に別れた。
階段を下りて校庭に出た。更衣室には校庭を通らなくてはならないのだ。
「まぶ!」
まぶしい、と言いたかったが、略して言った。もう陽は雲から出て、強い日差しで照りつけていた。
「ふぅ……」
一人になると、どうも柳井の姿を思い浮かべてしまう……。しかしそれを振り切るように「はっ」と気合とも、ため息とも取れる声を上げて、俺は走り出した。
もう輝きを放っていたスプリンクラーは止まっていた。
2004/08/02(Mon)09:17:45 公開 /
最低記録!
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最低記録!さん
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■作者からのメッセージ
第一章まで書きました。
題名が「7度目の冬がきても」でしたが、この題名はストーリーの芯を貫いてないな、と思い他のものを考えました。しかし、どうもコレといったものが見つからず、題名が無い……と悩んでいて、これを思いつきました(^^;
こんなのもアリかな……と
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
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42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
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