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『初めての殺し屋 一話〜最終話』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ストレッチマン
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(初めての殺し屋 第一話 朝のコーヒーはブラックで)
ジリリリリリ!!! という目覚まし時計のけたたましい音で目が覚める。
パジャマを脱ぎ、いつものようにいちご柄のスーツを着る。
チンっという音が鳴り、香ばしいかおりを放つ小麦色のトーストが焼けたようだ。
朝、私が最初に口にするのは決まってコーヒーだ。砂糖は入れないブラック。
大人の私には甘いものなど合わない。私はこくりとコーヒーを一口ふくんだ。
苦い、間違いなく苦い。いくらブラックとはいえこれはおかしい。
苦さのあまり顔がゆがみそうになる。だが、この私がたかがコーヒーごときで表情を崩すのはポリシーに反する。
豆が古いのか? そう私は思い賞味期限を確かめる。
1年前か、まあ豆は古いほうがかえって渋みがでて・・
そんなわけないだろう
「うぇー!!ごほごひぃひぃ!!!」
あー、にがかった。もう、サイテーなんなの!!
私は嫌な事があるとオカマ口調になってしまうのだが、こんなこと人には言えない。あくまで自分の心の中にしまってある。
プルルルッルル!!
電話が私を呼んでいる。何故よりにもよって靴下を履いているときにかかってくるのだ。
靴下は少し小さく、思ったように入ってくれない。しかたなく半分ほど入ったところで電話へと向かう。
電話のある廊下に向かう途中、恐ろしい激痛が走った。
足の小指をタンスのカドにぶつけてしまった。
あまりの痛さに地面をのた打ち回る。くそ!靴下が脱げてしまった!早く電話に出ないと切れてしまう!!
私はほふく全身しながら受話器をとった。
「もしもし」
受話器からは低い男の声が聞こえてきた。
「私だ」
その声が聞こえた瞬間、私の体が強張った。
「ボス!なんでしょうか?」
この声を聞いたのは3ヶ月ぶりだ。
なにを隠そう私は殺し屋コロスーゾ(株)に勤めるごく普通の殺し屋なのだ。
ヒットマンbV 通称ヤマちゃんこと、五十朗 照正 22歳独身
私は大学を中退し、この会社に入った。その選択は正しかったと思っている。
クールで美しい私にはこの職業が一番にあっていると思ったからだ。
「おい、聴いているのかヤマちゃん。」
私はハっと自分の世界から戻った。
「は、はい。なんでしょうか?」
あわてて弁解する。冷や汗をかいてしまった。
「仕事だ。ある女性を殺害してほしいと依頼がきた。」
私の汗が一瞬にして引いた。それは予想してなかった言葉だったからだ。
「ま、まってください!!私はまだ人を殺すなんて無理です!!」
取り乱す私に対し低い声が受話器から聴こえる。
「甘えるな。いつまでも学校のウサギやゴキブリの殺人などやっているレベルじゃないだろう?」
たしかに私は入って1年がたつが、未だに人は殺したことが無い。
「いいか、詳しいことはファックスで送る。期間は1週間だ。わかったな」
ガチャン! 受話器を切る音が聞こえ、私はその場でしばらく放心
していた。
10分ほどしただろうか、ガガガガ・・・という機械音と共にファックスが送られてきた。
私はそれを手に取って見た。
佐藤 香織
年齢 14
住所 ポコペン横丁3区
彼女は3日前のポコペン銀行強盗の犯人の顔を見てしまったらしい。
依頼人は犯人から、警察に言われると面倒なので消して欲しいとのこと。
これが成功したあかつきには200万の報酬
200万だって!?
私は驚いた。いままでの報酬は最高でも500円であった。
200万なんて大金ははじめてのことだ。これはやるしかない、そう私の本能がささやいた。
ポコペン横丁は典型的な繁華街だ。繁華街から少し離れたところに3区はある。
そこは繁華街のにぎやかさをまるで感じさせない・・というか微塵も感じさせない場所だった。
畑がほぼ5割以上を占めている。セミの泣き声が耳を噤み、コンビ二など無く神社や河原があるといったところだ。
「暑い・・・」
私はファックスにかかれた住所へやっとたどり着いた。午後2時
平日のこの時間だ。ターゲットの佐藤は中学生、おそらく学校だろう。
私は彼女の通う学校へと足を運んだ。田んぼ道を2時間ほど進むと学校が見えてきた。
見たところ緑にかこまれた田舎の学校といった所だ。私はさっそく校門で下校途中の生徒に聞き込みを始めた。
「ねぇ、きみたち。ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・」
なるべく怪しまれないよう自然に話しかけた。
「なにー?おじさんここらじゃ見ない顔だね。」
田舎だからかわからないが、人当たりが良い。これはやりやすくて助かる。
「佐藤香織さんって人に用があるんだけど、君達知ってる?」
生徒達は顔を見合わせ、
「あの子だよー。あの子が香織だよ。おーい!香織ー!」
指差す先には小柄な少女がいた。身長154センチといったところか。
肩までのサラサラの髪、大きい二重の目、小さな顔に美しい眉毛。
私の胸になにかが走った。電撃、いや雷撃といっても良い。
昔封印した感情が蘇ってくる。こ、これはまさか・・・。
そんなこととは裏腹に香織という少女は笑顔で近ずいてきた。
「どーしたの真奈美?この人どなた?」
彼女の大きな瞳が私の目を捉えた。ドキっと胸が鳴る。な、なんだこの雑念は、顔が徐々に熱くなる。
「香織に用があるんだってー」
香織という少女は笑顔で話しかける。天使の笑顔
「なーに?おじさん。私になにか用?」
私は必死になにか考えようとしていたが頭の回路がパンクしていた。
まさか私が、殺す相手を好きになるとは予想できない出来事であったから。
(初めての殺し屋 第2話 胸の痛みと少女の笑顔)
思えば私が恋という感情を捨てたのは小学校6年生の時だ。
当時、私はある少女に恋をしていた。名前はもう覚えていない。
私は恥ずかしがりやだったので告白なんてとてもじゃないが不可能に近かった。
しかし、私はどうしてもその少女に思いを伝えたかった。
だから私はラブレターを書くことにしたんだ。今時そんなもの古いと馬鹿にされるかもしれないが、
これが私の考えられるたった一つの方法だったのだ。
放課後に、私は彼女の下駄箱に手紙を入れ、急いで掃除用具入れに隠れた。
彼女が私の手紙を読んで、どんな表情をするか見届けたかったのだ。
数分後、彼女は赤いランドセルを背負い下駄箱へ来た。
そして、私の手紙を見つけた瞬間。
私の希望は絶望へと変わった。
彼女は手紙を見て、それをあろうことかゴミ箱に捨ててしまったのだ。
私はその場に泣き崩れた。付き合おうなんて高望みはしたくない。だが
自分の気持ちを伝え、それに答えてもらいたかった。
しかし、彼女にしてみれば私など相手にする価値すら無いということなのだ。
その日から私は恋という感情を心の奥底に封印し続けてきた。
しかし、この気持ちはなんだろう?
私は目の前にいる少女に対し不思議な感情を抱いている。
「ねぇ、おじさんどうしたの?」
ハッと現実へ引き戻された。そうだ、私はこんな感情に振り回されている暇などない。
200万を手に入れるために、この少女を殺さなければ。
んもぅ、やんなっちゃうわぁ。・・・っていかん、せっかくかっこよかったのに。
「あ、私は君のお父さんの古い友人なんだ。3年ぶりに会いに来たんだが、家の場所を忘れてしまったんだ。」
自分ながらうまい理由だ。もちろん頭のいい私だからできるハッタリである。
「そうだったんですか。私も今、家に帰るところなのでご一緒にどうぞ」
少女はニコっと笑顔を浮かべながらそう言った。
「じゃあ、悪いけど案内してもらうよ。ありがとう」
ふ、うまくいったなとさりげなくガッツポーズを決める私であった。
厳しい陽射しの下、私は汗をたらしながら長い坂道を登っていた。
サァァァァァとたまに涼しい風が葉を揺らし、なんとなくなつかしい気分になるような感じを覚えていた。
「どうぞ、あがって下さい」
しばらく坂道を進んだ先に彼女の家はあった。
彼女は玄関を素早く上がった。私は靴を脱ぎ、家へと入るとした。
「ぐぅおおおおおお!!!!!!」
私の尻に激痛が走った。あまりの痛さにキチガ0的声を発してしまう。
その叫び声に何事かと彼女が走ってきた。
「な、なにかが私の尻に・・・・」
後を振り向くと、そこには白髪のジジイが私の高貴な尻に竹やりを突っついているではないか!!
「よくも、ばあさんを殺したなぁ!!!」
ジジイはわけの分からんことをほざいている。な、何故私が襲われなければいかんのだ・・
「おじいちゃん!!!その人はお客さんだよ!!」
ジジイはほえ?といった顔をして竹やりを私の尻からどけた。
「そりゃどうも。ワシャ香織の祖父のキヨジと申しますわ」
いきなり竹やりをぶっさして申しますわじゃねぇだろジジイ!!
と、いいたかったがここは穏便にすませなければ私の計画がおじゃんだ。
クソ、痔になったらこのジジイ墓穴に埋めてやる。心に誓った。
「い、いえ、こちらこそよろしく・・・」
彼女はごめんなさい、と深々と謝って私を家の中へ案内した。
「いやー、全然変わってないなーこの家は!!いやぁ気持ちいいなぁ」
もちろんこんなとこはきたことない。だが、怪しまれないように迫真の演技を決める。
「あの、先ほどは祖父が失礼しました。おじいちゃん、ボケが始まってるみたいで・・」
少女は再び深々と頭を下げた。なんか私のほうが悪いみたいだ。
「い、いえ。いいんですよ。ところで家族の方々は・・・?」
父の古い友人という言い訳をしてしまった以上、こう聞かないと不自然だ。
適当に中学校の時の同級生とでもいえば話が合うだろう。
「あの、すいません・・。父は・・・」
彼女の顔が急に曇り始めた。うつむきながらこう答えた
「父は、1年前に病気で亡くなりました。」
なんということだ。なんてかわいそうなんだ。この年で父親を亡くすとは・・。
中学生の彼女にとってみれば1年前とはいえ心の傷を掘り返すようなことをいってしまったのだ。
「そうですか・・すいません。悪いことを聞いてしまって。」
彼女はつくりわらいを浮かべながら大丈夫ですよ。と言った。
私はこんな彼女の命を奪おうとしている。私は胸が苦しくなった。
ガラガラーという音が玄関から聴こえてきた。
「あ、母です。買い物から戻ってきたみたいですね。ちょっと待っててください。」
そういうと彼女は裸足の足でパタパタと廊下を走っていってしまった。
私は大きいため息をつき、ふと時計を見るともう夕方の6時だった。
「すいません、お待たせしました。」
母親らしき人物が現れた。やさしそうな、だけど根っ子は強そうなお母さんだ。
「どうも、初めまして。えーっと、五十朗と申します。」
とりあえず本名を言った。まぁ、どうせ後で殺すんだ。特に気にする必要は無い。
「ごめんなさいね。こんな遠いとこまでいらっしゃったのに夫がいなくて・・」
私はいえいえと言いながらつじつまを合わせる。
「もうこんな時間でしょう。今夜は泊まってってください。」
私はこれはチャンスとばかりに言う。
「申し訳ない、お言葉に甘えさせていただきます。」
こうして、私の一日目の夜が始まった。
(初めての殺し屋 第三話 ホタルの光)
「いやー、このひややっこおいしいですねー!!!」
「五十朗さん、いっぱい食べてくださいね。遠慮はいりませんから」
「はい!!いっぱい食べます」
「五十郎さんそんなに慌てなくてもご飯は逃げないよ!」
「う・・ぐう・・おお・・・ごほごほ!!!喉につまった!」
みんなの笑い声が響く。平和な一般家庭の食卓。
料理は田舎ながらの純和風で、流石というべきかおいしい。
新鮮な食材は田舎でしかとれない。食通の私にとってはうれしいことだ。
「まったく、食い物を喉に詰まらせるとは気合いがはいっとらん証拠じゃ!」
もちろんこのジジイもいる。私は苦笑いをしながら心の中で呪いの言葉をつぶやいていた。
「う・・・うごぉおおおお!!!!!」
ガシャーンという食器が地面に落ちた音と共に人が倒れる音がした。
私の呪いのせいか知らんがジジイがぶったおれた。
「おじいちゃん!!どうしたの!?」
お母さんや香織ちゃんが近寄る。私も渋々ゆっくりゆっくり駆け寄った。
「ふぉ・・・が・・・のど・・・に・・」
どうやら喉に食い物をつまらせたらしい。まったく人に言っといて自分が詰まらせるとは・・・。
あきれながらもジジイが死ぬと面倒なので私はジジイの体を持ち上げ上下に振った。
スポーンと食いかけの芋と入れ歯が出てきた。おもわず笑いそうになったが必死でこらえた。
「おじいちゃん!!大丈夫?」
香織ちゃんがジジイを心配していることもお構いナシになんか言ってる。
「ふぉがふぉがががふほふほ!!!」
・・・入れ歯を取れ、と言ってるように聞こえなくも無い。というか入れ歯が無いとしゃべれんらしい。
私は入れ歯を取って、ジジイに渡した。
「ワシャ助けてもらってもちーっともうれしくないからな!!!」
プイっとそっぽを向くジジイ。素直じゃないのか本気で言ってるのかわからんが非常に腹ただしい。
「もう、おじいちゃん五十朗さんが助けてくれなかったら死んでたかもしれないんだよ!!」
「死んだらばあさんとこにいけて本望じゃ!!」
そういうとジジイは風呂!と叫びながらそのとうり風呂へと向かった。
「ごめんなさいね五十朗さん、おじいちゃん素直じゃなくて・・・」
お母さんは深々と私にお礼を言った後、食事は終わった。
夜9時
私は寝室にいた。ふとんに寝転がり、バックの中からナイフを取り出した。
(200万・・・それだけのことで、あの幸せな家庭を崩すのか?)
私はナイフを見つめながら考えていた。たしかに私は今までまともな給料をもらったことが無い。
ゴミをあさったりして食料をかせぎ、服は拾ったこのいちご柄のスーツのみ。
・・・そんな人生をこんな簡単な任務で終わりにできるんだぞ?
もう私は人生の負け組では無い。もう3流の殺し屋じゃない。
私はポケットにナイフを突っ込み、香織ちゃんの部屋へ向かった。
コンコンと2回ほどノックする。
香織ちゃんがドアを開き顔を出した。
「あのさ、散歩に行かない?とっておきの場所があるんだ。」
嘘だ。
「本当ですか!よかった。ちょうど暇だったんです!」
君のその笑顔も嘘なのか?
すべてが嘘なんだ。これは夢だ。
そう思わなければ私はこの子を殺せないから。
「涼しいね。昼とは大違いだよ。」
私と香織ちゃんは夜の川原を歩いていた。
虫や川や木達が自然の音楽を奏でる。
でも、それはまるで私を責めているように聞こえた。
「僕のいる東京とは大違いだな・・・」
「五十朗さん、東京からきたんですか?」
「一応ね。」
「私、東京とかそういう都市には行ったことないから憧れてるんですよ」
「でも、僕は東京よりここのが好きだな。」
「そうですか?でも東京は便利じゃないですか。コンビニとか映画館とかあるし」
「そんなもの、この夜空の星にはかなわない。」
私は夜空を見上げた。きれいな星達も怒ってる。
私に対して怒ってる。
そんな話をしながら、私は人気の無い森道で立ち止まった。
「香織ちゃん」
ポケットの中のナイフに手をかける。
でも、そこから手が動かない。
(200万なんだぞ!!動けよ!!俺の手!!)
脳の指令は届いている。だが、何かが私の手を止めている。
私は手に意識を集中し、少しずつナイフを取り出す。その時だった。
「ああ!!!」
香織ちゃんは右のほうを指差した。
「これは・・・」
そこにはすこし開けた場所があった。
そしてそこを舞う光。ホタルの光だ。
「綺麗・・・」
私の手はナイフから離れ、ただ呆然と目の前の光を見つめる。
「ホタルが・・・こんなに綺麗だったなんて・・・」
ホタルは光の線を描き、時には点灯した。
美しい。私はもうなにもかも忘れ、この美しい光に見とれていた。
「こんな場所があったなんて・・・。」
私はその場に座り込んだ。香織ちゃんも私の隣に座った。
私達はしばらくその自然の起こした奇跡に見とれていた。
(ああ、これは神様が私に目を覚ますようにこの場所へ導いてくれたんだな)
私はこの光の中でそう思った。
1日目終了
期限まで残り6日
(初めての殺し屋 第四話 命 )
朝の陽射しがカーテン越しに当たる。
私はう〜ん、と大きな伸びをし、ゆっくりと立ち上がった。
(昨日のホタルは綺麗だったな・・・。香織ちゃんもよろこんでたし)
私は昨日の出来事を思い返すと無意識に笑みを浮かべた。
任務のことはもう少し考えよう。時間はあるのだから。
私は窓を開け、さわやかな風にあたり物思いにふけてみた。
スズメの声や、風に揺られる木の音。川のせせらぎ。
自然の朝は人を癒してくれる不思議な力があるんだな・・・
「きぇぇぇぇぇぇぇいいいい!!!!!!」
その気分をぶち壊すあつくるしい気合いの声。
いったいなにが起きたのかと庭に出てみると案の定、ジジイが訳の分からんことをしている。
「何やってるんですか?」
私は恐れながらも聞いた。
「みればわかるじゃろう?空手じゃ!!」
「はあ。」
なにもこんな朝っぱらからしないでほしい・・・。
いつか住民から苦情が来るぞ。
「おじいちゃんはね、琉球空手5段なのよ。」
香織ちゃんが麦茶をお盆にのせてやってきた。
私は縁側に座り、麦茶をいただいた。
そして見たくもないがジジイの空手を見るハメになった。
「おい、小僧!!」
私のことか?小僧って・・・
「ちょっと相手をしろ!!気合いを入れてやろう!!」
ジジイは上機嫌だ。あーあ、なんだこの展開は。
「いや、私はそのー・・・」
言い訳を考えようとしたが朝なのでいい言い訳が思いつかない。
すると突如ジジイが宙を舞い、蹴り足が飛んできた。
「うわ!!」
私は上半身をねじり、なんとかかわすとジジイの蹴りは縁側を破壊した。
「問答無用じゃぁぁぁ!!ふとんがふっとんだぁー!!」
ジジイは上段突きから冗談好きのコンボを繰り出した。
なにかがおかしいぞ。この空手は・・・
私達が戦っているとお母さんが縁側に座り、ニコリと笑った。
「珍しくおじいちゃん張り切ってるわね。弟子ができたみたいでうれしいのかしら」
ふふっと笑い、お母さんはしばらく戦いを傍観していた。
「いててて・・・ひー!しみる・・・」
昼飯時、私は体中ボロボロの状態だった。
「気合いが入って無いから怪我なんかするんじゃ!!」
てめえがこけそうになったのを助けて私が石にぶつかったのになにを偉そうな事を言ってるんだ・・・
私は痛みをおさえながらもひややっこを口に運んでいた。
「ねぇ、五十朗さん。今日はどうするの?」
香織ちゃんが私に尋ねてきた。そういや何も考えてないや・・・
「特にやることは無いけど・・・」
香織ちゃんの顔がパアっと明るくなり、
「じゃあ、川に行かない?魚とか取れるんだよ!」
「川か・・・うん。いいよ。」
「やったー!」
私達は昼飯を終え、川へ行く準備をした。
夏の太陽の厳しい陽射しの下、私達はズボンをめくり川で魚採りに挑戦していた。
「だめだー!!逃げられちゃうよ!!」
魚は採るどころか近ずくだけで逃げていってしまう。
そのスピードはF1並のスピードに感じられるほどだ。
「香織ちゃーん!!そっちはとれたー?」
私は下流にいる香織ちゃんに向かって叫んだ。
「もう少しなんだけど、なかなか取れないのー!!」
やっぱり香織ちゃんかわいいなぁ。
ズボンをまくっている姿が私の脳を刺激していた。
も、萌えー
しばらく魚採りにチャレンジしていたが、全然取れなかった。
私は時計を見るともう4時になっていた。そろそろ引き上げるか・・・
「おーい!!香織ちゃーん!!そろそろ帰ろうよー!!!」
返事は無い。
どうやらもっと下流のほうまで行ってしまった様だ。
私はジュボジュボと水をかきわけて下流へ行った。
しかし、そこにも香織ちゃんの姿は無い。
この先は急に川の流れも速くなり、底も深くなる地点だ。
注意書きの看板が川に倒れていた。
「まさか・・・」
私の全身から血の気が引いた。
私は考える暇も無くさらに下流へと足を進めた。
もう水は私の胸の高さまできていた。
流れも速く、足をすべらせれば一瞬で川に飲まれてしまう。
「香織ちゃーーーーん!!!!」
私は必死にあたりを見て、香織ちゃんを探した。
私の脳裏には最悪の状況が浮かんだ。
もし、彼女が死んでしまったら・・・。私は背筋が凍りつくような感蝕に襲われた。
もし彼女が死ねば私が殺す手間が省ける。
彼女は「事故」で死ぬんだ。私のせいじゃない。
ほら、オマエの良心にも言い訳が出来るじゃないか。
ヤメロ
あとは東京に帰り200万もらって優雅に生活すればいい。それをオマエは望んでいるんだろ?
「黙れ!!!」
私は声を張り上げた。何を考えているんだ。
私が今すべきことは香織ちゃんを探し出すことだ。
その時、前方にある大きな岩に人が張り付いているのが見えた。
「香織ちゃん!!!」
私は急いで彼女の元へ向かった。
彼女の頭からは血が流れ、体は長時間川につかっていたせいか冷たく、
生気のない真っ青な顔をしていた。
「畜生!!」
私は急いで彼女を背負い、川を出て、ケータイで119番へプッシュした。
3区中央病院
薄暗い中、集中治療室の前で私は頭を抱えていた。
何が起こったのか。彼女は生きているのか?死んでいる?
彼女の笑顔が脳裏に浮かび、それはがらがらと崩れていく。
「治療中」というマークは点灯したまま、私は何度もまだかまだかと見つめる。
黒いベンチはきしっと音を立て、私は激しく自分を攻め立てた。
私のせいだ。私が不注意だったからこんな事故が起こった。
彼女のお母さんはどう思うだろうか?
自分の娘がこんな男の不注意で死ぬ。
はは、ジジイなんか空手で殺されるかもな。
いっそのこと死んだほうがマシかもしれない。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
私は目から涙を流し、誰かに言っている訳でもなくそうつぶやいた。
バタバタと足音がし、お母さんとジジイがやって来た。
私は合わせる顔も無く、うつむいたままの状態だった。
お母さんは激しく動揺した顔で、ジジイは息使いが荒い。
ジジイが重い口を開いた。
「なんで・・・香織がこんなことになっとるんじゃ!!ええ!!」
ジジイは私の胸倉をつかみ上げた。
「ごめんなさい・・・私が・・不注意でした」
自分でも分かっている。こんな言葉で許されたらどんなに楽なんだろう。
「貴様!!それですむと思っているのか!!」
ジジイの手にさらに力が入った。
「やめて!!おじいちゃん!!」
お母さんが涙ながらにそう言うとジジイの手から力が抜けた。
「香織・・・香織ぃ!!!}
ジジイはその場に泣き崩れ、手で顔を覆った。
あれから2時間ほどたった時「治療中」のマークが消えた。
中から神妙な顔をした医師が出てきた。
「先生!!香織の状態は・・・」
医師は顔を変えずに言った。
「落ち着いて聞いてください。」
私達は医師の言葉に耳を済ませた。
沈黙が流れる。重い。冷たい沈黙。
「彼女は頭を強く打っており、出血がひどい。今輸血をしていますが傷口の大きさから考えて輸血のほうが先に底をつくでしょう。」
お母さんは今にも倒れそうな悲痛な声で言った。
「そ、それじゃあ香織は助からないんですか!?」
「落ち着いてくださいお母さん!!まだ助からないと言った訳じゃない。」
医師はお母さんをなだめ、さらに続けた。
「香織さんの傷口は今の状態ではふさげません。このままでは持って7時間と言ったところです」
そんな・・・持って7時間?助からないとでもいうのか?
私の脳が真っ白になった。
「助ける方法はひとつだけあるのですが・・・」
「それはなんですか!?私はできる範囲のことなら全てします!!」
私は考えるより先に口が走った。
「彼女の傷口をふさぐには特殊な糸でないとふさげません。その特殊な糸はある草から出来ている物なんですが、今うちの病院にはそれが無いので・・」
「・・・その草を探せばいいんですね!」
私に希望の光が差し込んだ。それならそうと早く言えばよいのに。
しかし、医師の表情は変わらない。
「その草は雷光草というのですが、10年ほど前はこの地域に生息していたのですが今は・・・」
そういって医師はうつむいた。
「香織・・・香織ー!!」
お母さんは耐え切れずに叫んだ。叫ばずにはいられないのだろう。
「香織さんは今、集中治療室にいます。顔を見てあげてはいかがでしょうか?」
そう言って私達は集中治療室へと入った。
そこにはベットに横たわり、呼吸器や脈拍をはかる物をつけた香織ちゃんがいた。
「ああ・・・香織ぃ・・・。お母さんだよ・・ほら、目を開けてよ!!」
私は静かに病室を出た。
私のすべきことはひとつしかない。
私は靴を履き、外へ飛び出した。
「待ちんかい!!」
聞き覚えのある声、いやもうイヤになるほど覚えてしまった
後を振り返るとジジイがいた。
「雷光草をさがしにいくのじゃろう?・・・バカチンが。草の姿もわからんのに探してどうする。」
ジジイはニヤリと笑っていった。
「ワシも一緒に探すぞ。雷光草を知っているのはわしぐらいじゃろうしな。」
「・・・はい!」
私は涙ぐみながらジジイと共に走った。
絶対に死なせないからな・・・まってろよ。香織ちゃん。
(初めての殺し屋 第五話 喧嘩するほど仲がいい)
夜の川原を月の光が照らす。リーンリーンという虫の音とザアザアという川のせせらぎが聞こえる中、
私達は地面によつんばいになって雷光草を探していた。
「じいさん!あったかー!?」
私は向こうでもぞもぞしているジジイに向かって叫んだ。
「10年前に絶滅した草じゃぞー!!んな簡単に見つかるか!!」
すでに探し始めてから2時間がたっていた。
だが一向に見つかる気配すら無い。
残り5時間か・・・。私は腕時計を見て焦りを感じていた。
ただでさえあるかどうか分からない草なのに時間制限付きだ。
私は焦りのせいかイライラしていた。
早く見つけなければ香織ちゃんが危ない。
なのに肝心の雷光草はまったく見つからない。
「雷光草は、自然に光を放つ珍しい草じゃ。見つかるとしたらすぐ見つかるはずじゃ」
ジジイの言葉を思い出す。
私は立ち上がってあたりを見回すが、そんな草は見当たらない。
そもそも光を放つ草なんて聞いたこと無い。
「じいさーん!!そっちはどうだー!!」
私は叫びながらジジイのほうを向いたがそこにジジイの姿は無い。
どこいったんだ?と、その瞬間下からザザア!!と音を立てジジイが現れた。
ジジイの頭が私のアゴにクリティカルヒットした。
私はぎゃあ!と叫びながら後ろの草むらに倒れこんだ。
「いってぇ・・・いきなりでてこないでよ!!」
「そこにいるお前が悪いんじゃ!!」
・・・って
今はこんなことで喧嘩してる場合じゃない。
私はもう一度あたりを見回す。
サァァァァと風が草をなびかせるが、どれも同じような草だ。
「本当にこんなとこにあるのか・・・?」
私は弱音だとわかっていてもつい言ってしまった。
2時間も探して無いんだ。弱音のひとつだって飛ぶ。
「そもそもこんなとこにあったら誰か見つけてるかものぉ・・・」
それに速く気ずけよジジイ
「じゃあこんなとこ探しても意味ないじゃない!!誰よ!こんなとこ探そうって言ったの!」
「やかましい!!なんじゃそのオカマ口調は!!気味悪い!!」
いかん。ついオカマ口調になってしまった。
だが、そんな細かいことを気にしてる場合じゃない。
「あっちの森のほうにいってみましょう。」
私は当てがある訳じゃないが、人が普段入らない森の奥深くならあるんじゃないかと思った。
私達は森へと向かった。
残り4時間30分
夜の森は川原と違ってだいぶ薄暗かった。
月の光が所狭しと成長した葉によってさえぎられている。
私はバックからペンライトを取り出し、奥へと向かった。
「おっかないのぉ〜・・・怖いの〜・・・」
ジジイがぶつぶついいながら私のそでをつかんでいる。
これが香織ちゃんならどんなにうれしいことか。
が、しがみついているのは70過ぎのジジイ。
空手5段の威厳も吹っ飛ぶぜこれじゃ。
「暗いのぉ〜・・・怖いの〜・・・ここらへんは昔首吊りがあって・・・」
「はいはい。先急ぎますよじいさん。」
「こ、こら!お年寄りを大事にせんと森の神様に天罰をくらうぞ!!」
その後、天罰かしらないが私は木の枝に引っかかってこけた。
午後7時30分
あるき続けて1時間が経過した。
あたりはさらに薄暗くなり、カラスがカァーカァーと泣き叫び
明らかに雰囲気が違う。
(香織ちゃんが運び込まれたのが午後5時・・・タイムリミットは12時か・・・)
私はこの雰囲気に飲まれることも無くずんずんと足を進めた。
ここまでくると見たことも無い草木が多くなってきたが、いっこうに雷光草は見つからない。
「じいさん、ここらへんを探してみよう。」
私はそでに張り付いているジジイに言った。
「いいか!ワシから4メートル以上はなれるなよ!こう草が激しいとはぐれちまうからな!}
ジジイは威張りながらも足が震えていた。
「ほんとは怖いくせに・・・」
「なんかいったか!?」
「いえ、なにも」
私達はそこを念入りに調べた。
見たことも無いきのこや明らかにラフレシアンだろう植物はあったが、
いっこうに雷光草は見つからない。
「おーい、小僧!どうじゃそっちは。こっちは全然・・・のおおおお!!!」
こっちに歩み寄ってきたジジイが突如消えた。
というか地面に吸い込まれた。
私は急いでジジイの落ちた地点に行くとずるっという泥を踏んだ感触と共に大きな穴へと落ちていった。
「うわ!!うわあああ!!!」
穴は予想以上に深く、ガラガラと石と共に落ちる、ひたすら落ちる。
ドシン!!という音と共に私はやわらかいものの上に落ちた。
「あぶないあぶない。なんかクッションがあって助かっ・・」
私がクッションにしたのはジジイであった。
さすがにこれはまずいだろ。と思いジジイの安否を確認した。
私は息を確認した。ジジイは息をしていない。
「ご愁傷様です・・・。それにしてもここは一体・・・」
立ち上がりあたりを見回す。高さ4メートル、横6メートルといったところか。大きなトンネルだった。
その時、背後に殺気を感じた。
「おぬしはワシをクッションにしてしかもご愁傷様だと〜」
後にはジジイが立っていた。生きてたのか・・・
「このバカチンがぁぁ!!!」
その怒号のせいか、トンネルがぐらぐらと音を立てて揺れた。
「このトンネル、結構昔に作られたものらしいな。崩れる危険性があります。はやいとこ脱出口を見つけましょう」
まだ怒りをおさえきれないジジイをなだめ、私達は出口を求め歩き出した。
「クソ!こんな所で無駄な時間をすごしてる暇はないのに・・・」
その時ジジイが「まて!」と叫んだ。
「この洞窟・・・もしかしたらもしかするかもしれんぞ。」
私は、はぁ?という顔で答えた。
「なにが・・・ですか?」
「ここは昔、戦争のあった場所なんじゃ。その時、負傷した兵士を看病する巨大防空壕があったんじゃ。恐らくここがそうじゃろう。」
「・・・で?そんな昔話がなにか?」
「ちゃんと最後まできかんかい!いいか、その負傷した兵士の傷を縫うためにな、ここでは雷光草を大量に集めていたと聞いておる。」
「なんだって!?」
私は興奮した。希望の光が徐々に大きくなる。
「この防空壕を徹底的に探すんじゃ!!もしかしたら一個ぐらい残ってるかもしれん!!」
私達は防空壕を走り回った。
ようやくつかんだ雷光草への希望。
「じいさんもたまには役に立つじゃん!!」
「いつも役に立つわ!小僧が!!」
私達は憎まれ口をお互いに叩きながらも、顔には笑みをうかべていた。
そしてしばらく走り、曲がり角を曲がった所に「それ」はあった。
「こ、これは・・・」
まばゆいばかりの光。
その光を放っているのは紛れも無い雷光草だった。
「よっしゃあ!!」
私は飛び上がりガッツポーズを決めた。
「さっそく持ってかえるんじゃ!一刻を争うぞ!ほら踊ってないでバックにつめんかい!!」
私達は入るだけ雷光草をバックにつめこみ、バックを背負った。
「さあ、急いで香織の所へもどるぞ小僧!!」
私は時計を見た。10時か・・・ギリギリセーフだな。
だが、私はあることに気ずいた。
「どうした小僧?速くせんと・・・」
私は忘れていた。雷光草を探すのに必死だったからか、とんでもない過ちを犯していた。
「じいさん、帰るのは無理みたいだ・・・」
ジジイはわかっていないようで「何いっとる!」と叫び散らした。
「帰り道が・・・分からない。」
その瞬間、はしゃいでいたジジイの顔面が蒼白になった。
そう、この防空壕はかなり広い。そこをがむしゃらに走ってきたんだ。
当然帰り道をたどる術は無い。
「で、でも、ワシらの来た道を頑張って帰ればワシらが落ちてきた穴からでられるじゃろう?」
私は地面を見たままゆっくりと言った。
「たとえ運よく落ちてきた場所へ戻ってもあそこの壁は泥だ。・・・上ることは到底無理だ。」
「そ、そんなバカな・・・」
ジジイがその場に膝をついた。
私はその場に座り込み頭をかかえた。
(なんてこった。これじゃ香織ちゃんを助けるどころか自分達まで危ない)
私は自分の情けなさを恨んだ。
「畜生!こんな所まで来てゲームオーバーかよ!!」
私は思わず叫んでしまう。すると再びゴゴゴゴゴ・・・と洞窟は揺れた。
「この防空壕とやらももう崩れるみたいだし、はは!笑っちまうよ。せっかく雷光草を見つけたのに生き埋めだってさ!!」
私は、はははっと笑い泣いた。
悔しさとむなしさ。もうどうすることもできない。
自分は結局香織ちゃんを助けることも、殺すこともできない中途半端な男だったんだ。
人生の負け犬の終わりが防空壕で生き埋めか。お似合いだぜ・・・
「あきらめるな。」
私はその声に顔を上げた。
ジジイが胸を張ってたっている。
「あきらめたらそこからはなにも生まれない。さぁ、出口を探すんだ!」
「はっ!熱血もいいとこだな。私達はもうここで死ぬんだ!!」
「馬鹿野朗!!」
ジジイはバシーンと私のほほを叩いた。
私のほほはジーンと痛み、赤くなった。
「貴様は香織がどうなってもいいのか?貴様が死ぬのは勝手だがな、香織を救えるのはあんたしかいねぇんだよ!!」
ジジイは真剣な目で私を見る。
「今、オマエは香織に必要とされているんだ!!だから諦めるな!!最後まで希望を信じろ!」
私に香織ちゃんの顔が浮かんだ。
ーーー五十朗さんーーーー
そうだ。私はこんな所で落ち込んでいる場合じゃない。
探すんだ、なんとしても脱出口を。
私は立ち上がり、歩きながら振り向かずに言った。
「じいさん・・・目さましてくれてあんがとな」
ジジイは何も言わなかった。ただ、私の後ろを黙々と歩いていた。
もうどれくらい歩いただろう。もう時計を見る気がしない。
いや、見る勇気が無いのだろう。12時を越えたら全てが終わる。
そう言い聞かせ足を進める。
私の目になにかが飛び込んできた。
「なんだろう?地下水かな?」
そこには大きな水溜りがあった。
しかし、水溜りにしては大きすぎる。
「これは・・・もしかしたら脱出口かもしれんぞ。」
私はパアっと顔を輝かせた。
「本当か!?こんな水溜りが外につながってるのか??」
だがジジイは厳しい表情だ。
「予想だがな。外の川かなにかにつながってる可能性がある。だが、根拠は無いがな・・・」
私は意を決した。
「これに賭けて見るしかないでしょう。行きましょう!」
私は勢いよく水溜りにダイブした。
中はトンネル上になっていてどこまでも続いている。
薄暗い水の中、私は必死に泳いだ。泳ぎは多少は自信があった。
昔、水着の女の子見たさにスイミングスクールに通っていたからだ。
あの時の感覚を体が思い出す。
そして、トンネルの向きが上になり、光が見えてきた。
「ぶはあ!!!」
私は水面から顔を出し、大きく息をすいこんだ。
ゼェゼェいいながらも辺りを見てみるとそこは香織ちゃんが溺れた川の上流だった。
数秒遅れてジジイが水面に顔を出した。
やはりこの年で長時間の水泳はきつかったらしくドクロのような顔つきで息を切らしている。
私達は岸へ上がった。
「さあ、一刻も早く病院へ行きましょう!!」
「わかっとるわい・・・バカチンが!!!」
私達は夜の川原を走り出した。
もう時計なんてみている暇は無い。
美しい星空の下、走る俺とジジイ
香織ちゃんの笑顔が見たいから
香織ちゃんともう一度話したいから
香織ちゃんのことが・・・好きだから。
だから私は走る。虫達の泣き声も、川のせせらぎも、
全てが私に声援を送っているように思えた。
息を切らしながら病院のドアを体当たりでぶち開けて階段を上る。
ジジイも後に続いて上りまくる。
そして、集中治療室のドアを開けた・・・
そこにはうつむいた医師が立っていた。
私は腕時計を見た。
「12時・・・20分」
私はがくりと膝をついた。
そんな・・・せっかく雷光草をとってきたのに。
手遅れだったというのか、こんなこと認められない。
私の目から大粒の涙が流れ、医師に向かってつぶやく
「先生ぇ・・・」
医師はニコリと微笑み、こう言った。
「間に合いましたね。」
え? と聞き返す。ジジイがようやく階段から上がってきた。
「実はお母さんが輸血をしてくれてね、時間に1時間ほど余裕ができたんだ。」
私は涙を流しながら聞いた。
「そ、それじゃあ香織ちゃんは・・・」
医師ははっきりとこう言った。
「助かります。では、雷光草をもらいますね。早速緊急オペを始めます」
そういうと医師は集中治療室へと消えていった。
「は、ははは・・・」
私は自然と顔に笑みが浮かび、後ろを振り向く。
「や、やったーーー!!!!」
私はジジイと泣きながら抱き合った。
ジジイも泣いたり笑ったり疲れたりした顔で狂ったように喜んだ。
「ワシが防空壕へ落ちたおかげで香織は助かるんじゃな!!」
「ちょっとまった!それは違うでしょ。私が森の奥まで行こうといったんだ。」
「なにをいっちょる!!防空壕で泣き言いってたくせに!!」
「な!!あれはだな!!」
お互いの目が合い、プっと浮き出す。
そしてわははは!!と笑った。
心から笑った。
「あんた、なかなかやるじゃないか!!」
「おぬしがまだまだ甘いんじゃ小僧!!」
私とジジイは何故か妙な信頼感が生まれた。
友情には年は関係ないのかな。
そう思った。
一方その頃、株式会社コロスーゾ(株)
「ヤマちゃんめ、なにをうかうかとやっておるんだ。」
オールバックにサングラスをしたタモリさん風の男は机を叩きながら言った。
「少々、甘やかしすぎたようだな・・・。ヤマちゃんよ、せいぜい最後の時間を楽しむがいいさ。」
男は椅子から立ち上がり、窓の外を眺めながら煙草を吸うのであった。
2日目終了
残り5日
(初めての殺し屋 第6話 告白)
黒いベンチがギシギシときしむ。
時計の針の音がカチ、カチと1秒ずつ時を刻んでいる音のほかまったくといっていいほど音は無い。
私の心臓の鼓動や、呼吸のわずかな音さえもきこえない。
私は前を見た。
白い壁。白と言う色の割にはなぜか清潔そうには見えない。
シミがあるからだろうか。そういえば怪談話でよくシミが人の顔に見えるときいたことがある。
私は何かする訳でもなくただシミを見つめていた。
ヒュウっとなまぬるい風が病院の廊下を通った。
私は少し違和感を感じた。おかしい、この廊下には窓が無いはずだ。
しかし、たしかに風はふいた。私は風がふいた方に目を向けた。
そこにはうつむいたジジイ。寝ているのだろうか?
そう思って肩を叩いた。
すると、私の腕にドロリという嫌な感触が伝わった。
私はおもわず「ひっ!」と小さな悲鳴を上げた。そして、私は見た。
ジジイの体がまるで腐った果物のようにドロドロとした体になっている。
私は恐ろしさのあまり動けない。足が震えだす。
「オマエガ カオリヲ コロシタ」
ゾンビと化したジジイは私の腕をつかむ。
恐ろしい力だ。そしてそのまま腕を噛み千切った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「おい、大丈夫か?小僧」
はっと顔を上げた。あたりを見回す。
白い壁に時計の針の音。
病院の廊下だった。
そして、私は横にいるジジイを見て「ぎゃあ」と叫んでしまった。
その反動で私は椅子から落ちて後頭部を打ってしまった。
「なんじゃ、変な声あげて。変なヤツじゃ」
そうだ。ようやく思い出した。
今、香織ちゃんの手術中で、僕らはそれが終わるのを待っていたんだ。
じゃあ、さっきのは夢か・・・。なんて恐ろしい・・・
「おお!!」
「どわぁ!!」
ジジイが突然大声をあげたので私はまた椅子から落ちた。
「なんだよ一体・・・」
私はジジイの目の先を見つめた。
そこには「手術中」のマークが消えていた。
「おおおお!!!」
「うぎゃ!!」
こんどはジジイが椅子から落ちた。
そんなことをやっていると手術室から医師が現れた。
「どうでしたか先生!!」
ジジイとハモってしまった。
医師はニコリと笑い、
「無事、成功しましたよ。香織ちゃんの傷口はふさがれました。」
私は感激のあまりその場でコサックダンスを踊った。
私はガチャリと病室のドアを開けた。
涼しい風がカーテンを揺らし、私を出迎えてくれる。
「あ、五十郎さん!!」
彼女の笑顔。
もうみれないと思ってた天使の笑顔。
って、へらへら笑っている場合じゃない。
私はケジメをつけにきたんだった。
私はその場に土下座して
「ごめんなさい!!!」
全身全霊をかけて叫んだ。
香織ちゃんはぽかん、としている
「あの時、僕の不注意で香織ちゃんにこんな目にあわせちゃって・・・本当にごめんなさい!!」
私は深々と頭をさげた。
「五十郎さん」
私は恐る恐る顔をあげた。
そこには、いつもと変わらない笑顔。
「あなたのせいじゃないんです。」
香織ちゃんはちょっと涙ぐんでいた。
「あの時、私全然魚採れなくて、無理いって五十朗さんと川にきたのに魚が一匹も採れないんじゃ五十郎さんに悪いと思って、だから・・・」
香織ちゃんの目からは涙があふれ出てきた。
私の目頭も熱くなる。
「なのに、私を助けるのに五十郎さんは命がけで雷光草を探してくれて、だから謝らなければいけないのは私の方なんです。」
小さな雫がベットに落ちる。
私は香織ちゃんの体を引き寄せ、抱きしめた。
「もう、いいんだ。香織ちゃんが生きててくれたから。もう一度その笑顔が見れたから・・・」
香織ちゃんは私の胸の中で泣いた。
本当は怖かった。
本当はさびしかった。
でも彼女は必死にこらえていた。
私は彼女の苦しみを受け止めた。
「もう大丈夫だから。よく頑張ったな。」
白いカーテンが風でなびいていた・・・
「もう、大丈夫?」
彼女は涙をふき、小さくうなずいた。
「そうだ。じいさんがリンゴを持ってきてたんだ。それ食べて元気だそうよ!ね?」
彼女は笑顔で「うん!」といった。
その時、プルルルルル、と私の携帯電話が鳴り響いた。
「ちょっとごめんね。」
私は病室を出て、廊下で携帯電話に出た。
「もしもし」
「私だ」
私は背筋が凍った。
その低く、重い声。
間違いなくそれはボスの声だった。
「な、なにか・・・?」
私は喉の奥から声を引っ張り出した。
汗が額から流れ落ちる。
「ずいぶん楽しそうにしてるじゃねぇかヤマちゃん。挙句の果てに死にそうになった女を助けちまってるそうだな。」
私は一気に心臓の鼓動が早くなった。
ドクン、ドクンとまるで全身が心臓になったようだ。
「な、何故それを知っているのです?」
私の声が震える。
「ヤマちゃん、なめてもらっちゃ困るぜ。お前の働きっぷりを監視するのも俺の仕事の内だ」
私はうっ! とうなった。
「・・・裏切り者は殺すのがウチの基本思想だ。だが、まだ期限があるからいきなり殺すことはしねえ。お前にチャンスをやろう。」
私はゴクッとつばを飲み、一呼吸して言った
「そ、そのチャンスというのは・・・?」
「今夜以内に女を殺せ。それが出来ないのであれば女と一緒に地獄へ落ちるんだな。」
プツンっと電話は切れた。
私の目の前が真っ白になった。
携帯電話からは、プープーという音だけが響いていた。
私は黒いベンチに腰をかけた。
頭をかかえながら小さい脳みそをフル回転し、必死に考える。
どうする? その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
香織ちゃんをつれて逃げるか?
いや、ダメだ。コロソーゼの基本思想は「裏切り者は徹底排除」
刺客は3人以上くるだろう。そうなれば逃げることはほぼ不可能だ。
私の中の悪魔がささやく。
あの女を殺しちゃえよ
なに言ってるんだ。私は彼女を助けたじゃないか。
もうその考えはしないと決めたじゃないか。
あの程度の女、いくらでもいるさ。
違う。彼女は2人といない。たった一つの存在なんだ
自分の命のほうが大切なんだろ?
やめろ。これ以上俺をくるしませるな!!!!
「おい、小僧!」
ビクっと私の体が揺れた。
声のした所にはジジイが立っていた。
「なにやっとるんじゃこんなとこで。」
「いえ、別に・・・」
私はうつろな目で言った。
「・・・なにか悩み事でもあるんじゃろう?ワシでよかったら聞こう」
「いえ、本当になんでもないですから」
ジジイを巻き込むわけにはいかない。これは私の問題だから。
しかし、ジジイは真剣な目でこちらを見ている。
「お前さんの悪い所はいつもそうやって自分ひとりで問題を抱え込む所じゃ。・・・お前さんは一人じゃないんだ。決して一人で考え込むな」
私はうつむいた顔を上げた。
私の顔は涙でゆがんでいた。
「じいちゃん・・・」
私は泣きながらすべてを話した。
殺し屋だったこと
香織ちゃんを狙っていたこと
でも、香織ちゃんを守りたい自分がいたこと
そして、今夜殺さなければいけないこと
すべてを話した。
「・・・そうか。」
ジジイは小さくうなずき、私の頭をポンっと叩いた。
「よく話してくれた。苦しかったじゃろう。一人でそんな大きなプレッシャーと戦ってたんだもんな」
ジジイの暖かい、大きな手が私の頭をなでる。
「・・・怒らないんですか?私は香織ちゃんを殺そうとしていたんですよ?」
ジジイはニヤっと笑い答えた。
「怒らんよ。お前さんは悪人じゃない。」
「え?」
私は思わず聞き返す
「お前さんは川で溺れた香織を必死に助けたじゃろう?必死に雷光草を探したじゃろ?・・・本当に殺すつもりならそんなことはせん」
ジジイはそう言うと、ふうっと息を吐き私に背中を見せ、
「お前さんも香織も大事な人じゃ。・・・お前さんがどんな判断をしようとワシはお前さんを責めたりはしない。」
ジジイは振り返ることも無くコツコツと歩いていった。
一人残された私は再び考えた。
危険を冒して香織ちゃんを救うのか?
香織ちゃんを殺して200万と自分の命を救うか?
時計を見た。午後10時。
あと2時間で今日が終わる。
私はひとつの決断を下した。
私はゆっくりと立ち上がり、歩き出した。
505号室。香織ちゃんのいる病室の前で私は止まった。
ガチャリと音を立てないように中に入った。
その手には、ナイフが握られていた。
(初めての殺し屋 最終話 お人よしの殺し屋さん)
病室は真っ暗だった。
まったくと言っていいほど静寂をたもっており、聞こえるのは自分の足音だけだった。
私は手探りで電気のスイッチを探し、電気をつけた。
ビビっと音がし、少し点滅してから光が病室内にあふれた。
コツ、コツと私は足を進め、一つのベットの前で足を止めた。
そこにはすやすやと寝息を立てている彼女がいた。
私はナイフを振り上げる。狙いは首、頚動脈だ。
人間を殺すときは急所である首付近を切ればまたたくまに体中の血が噴出し、死へと導く。
ナイフが光に反射し、ギラっと光る。
(さよなら、香織ちゃん。)
私はナイフを振り下ろそうとした。
しかし、私は香織ちゃんを見て驚いた。
香織ちゃんの目から何かがこぼれおちている。
涙だ。一粒の大きな涙が目から流れ落ちていた。
「五十郎さん・・・」
私はその声を聞いてビクッとした。
香織ちゃんの目が開き、私の目を見ている。
ニコっと香織ちゃんは涙をながしながら笑った。
「わかってたんだ。五十郎さんが殺し屋だって。さっきおじいちゃんから聞いたの。」
香織ちゃんは一呼吸してから続けた。
「五十朗さん、私を殺さないと殺されちゃうんでしょ?・・・私、五十朗さんに会えて本当によかったから、思い出もいっぱいつくれたから、だから・・」
香織ちゃんの声は震えていた。
病室の電灯がチカチカと薄暗い光を発している音がする。
「私のことは気にしないで。天国のお父さんの所に行くだけだから、怖くないよ。・・・五十郎さん、おじいちゃんのことよろしくね。」
香織ちゃんはそう言うとゆっくり目を閉じた。
その表情は涙を流しながらも笑っていた。
私の目から涙が零れ落ちた。
涙だと・・・?何故だ。私が悲しむ要素なんてないじゃないか。
ーー思い出もいっぱいつくれたーー
不意に私の脳裏に全ての記憶がフラッシュバックした。
初めて会ったときの彼女の笑顔、そして私の不思議な感情
ジジイに竹やりぶっさされた時、必死に謝っていた彼女
どんな大金よりも価値のあるホタルの光
川での事故、そしてジジイとの雷光草探し
すべてを思い出したとき、私の手にはもうナイフが握られてなかった。
カラン、と音を立て地面にナイフが転がった。
私は香織ちゃんの小さな手を握り、その場に崩れた。
香織ちゃんは体を起こし、私の方を向いた。
「ダメだよ・・・。私を殺さないと五十郎さん殺されちゃうんだよ!?」
香織ちゃんは叫んだ。でも、私にはわかっていた。
「俺には、香織ちゃんを殺して自分だけ生き残るなんてできない!!」
「どうして!? 私達は赤の他人でしょ。なのにどうしてそんなに・・・」
私はまっすぐに香織ちゃんの目をみながら言った。
「俺は、香織のことを愛しているから。」
俺の正直な気持ち
初めて会ったときから感じていた気持ち
彼女と交わる度にこの感情は高まっていった
いままで私は殺し屋だから愛してはいけないと気持ちを制御してきた。
でも、愛することに制御は出来ない。
それは、人間である限り絶対不可能なことなんだ。
「そんなこと言わないでよ・・・。そんなこと言われたら、別れられないじゃないですか・・・」
「別れなくていい!!」
私は声を張り上げた。
「一緒に逃げよう。俺は絶対に香織を守ってみせる」
「五十朗さん・・・」
私は香織ちゃんと逃げることを決めた。
香織ちゃんを殺して後悔しながら生きるよりも、可能性は低くても香織ちゃんと一緒に生きる道を選択した。
東京の夜、都市の放つネオンを眺めながらそのやりとりを聞いている、
タモリさん風のオールバックの男は、煙草をふーっと噴出した。
「泣かせてくれるじゃねぇかヤマちゃん。だが、ウチはそうは甘くねぇんだ」
男はその機械に向かっていった。そう、盗聴機である。
今までの会話はすべて聞かれていたのだ。
「お前らもそうは思わないか? わが社自慢の16人のエージェント達よ」
男が振り返りながら言った。
そこにはコロスーゾの全社員、16名の冷酷な殺し屋達が肩を並べていた。
「いいか、このままこの男を放っておくとわが社の信用にも問題が出る。即刻殺害しにいってもらいたい。」
16人の殺し屋達はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、答えた。
「いやです。」
タモリさん風の男は思いもよらぬ返事にぶっ、とふきだした。
「何を言ってるんだ! 貴様等は私に雇われる身だということをわかっているのか?」
タモリさん風の男は大声を張り上げ、口にくわえていた煙草が地面に落ちた。
「私達は今まで世の中金が全てだと思っていました。だから金のために人を殺してきました。でも、この男は違う」
16人の冷酷な殺し屋達から涙や鼻水をすする音が聞こえた。
「この男は人を愛し、その気持ちがどんな大金よりも価値のあることだと教えてくれました。・・・この男を殺すことは私達にはできません。」
16人の冷酷な殺し屋達は責めるような目線でタモリさん風の男を見つめる。
タモリさん風の男は怒りのあまり体が震えている。
「貴様ら、目を覚ませ!! 世の中金だぞ!! こんな男の口車にのるんじゃい!!!」
「そう思うあなたはかわいそうですね。」
そう突き放すように言うと16人は辞表を置き、社長室から出て行った。
残されたタモリさん風の男はガン! とガラスを拳で叩き、机からワルサーP27を取り出した。
「ふふ・・・そうか。そうなら私が自ら殺してやろう。光栄に思うんだな・・・はははは・・ヒヒ・・」
東京のビルの一室は壊れた男の笑い声が響いていた。
「歩けるか?」
私は香織の手を持ち、立ち上がらせる。
「うん。大丈夫だよ。一人で歩ける」
彼女はそう言うとゆっくり立ち上がり、私の手を握った。
「よし、じゃあ行こう。」
私達は病室のドアを開けた。途端、うぎゃっ! と声がし、転がっているジジイがいた。
「おじいちゃん!?」
ジジイの手にはガラスのコップが握られていた。このジジイ、聞いてやがったな・・・
「盗み聞きとはいい趣味ですね」
私は皮肉をこめて言い放った。しかし、あいかわらずジジイは言い訳を並べる。
「い、いや、ワシは香織が心配で・・・」
ジジイはゴホンゴホンと咳でごまかそうとしている。子供かあんたは・・・
「と、とにかく逃げるのじゃろう? よし、外にワシの車があるはずじゃ。それに乗っていこう。」
そういうとジジイは走っていった。
私と香織は目をあわせ、ふっと笑いながらジジイの後を追った。
病院の外に出ると、もう辺りは真っ暗だった。
街の電灯と月の光がわずかな明かりをもたらしている。
「おーい、こっちじゃこっち!!」
私と香織はジジイのいるほうへ向かうと、そこには4WDがおいてあった。
「4WDか、じいさんずいぶんいい車乗ってるな」
「うるさいわい! 大事に運転しろよ!!」
そういうとジジイは助手席に乗り込み、車の鍵を私に渡した。
運転しろ、ということか。
私は運転席に乗り込み、香織ちゃんは後ろの席に座った。
「んじゃ、いきますか!」
私は車のエンジンをかけるべく鍵を回すと、ブルルルという音と共にエンジン音が鳴り響いた。
私達は病院を後にし、車で夜道に走りだした。
「さらばー地球よー宇宙船艦ヤーマートーン♪」
ジジイが変な歌を歌いだして30曲目。
この曲は宇宙船艦ヤマトンというアニメの主題歌だ。
たしか宇宙船にのりこむはずだったヤマトンという主人公が太りすぎであえなく乗り込めず、相撲取りを目指す感動の相撲アニメだったと記憶している。
「歌ってないでどこ行くか決めてくださいよ。」
実は私は行く当てもなくとりあえず適当に走り出したのだ。
しかし、いつまでも楽しくドライブというわけにはいかない。
「いいんじゃない? 当てもない旅なんて素敵で。」
香織が能天気なこと言っている。いいのか、そんなんで・・・
「あのなぁ香織、一応俺たち命狙われてんだぞ?もう少し緊張感を・・」
言い終わるその直前、私はバックミラーで、それを見た。
後からついてくる黒のキャデラック、それを運転する男、そう
タモリさん風のオールバックの男に。
私はアクセルをめいっぱい踏み込み、一気に加速した。
Gが私達の体にかかり、陽気に歌っていたジジイの食べていたえだまめが袋から飛び出した。
「なんじゃ!! いったい・・・いきなり飛ばして。」
私はジジイを無視し、再びバックミラーをみると、後にピッタリついてきてこちらに銃口が向けられていた。
「伏せろ!!」
私は大声を張り上げ自らも体をかがめた。
その声に素早く反応し、香織とジジイもかがんだ。
ガシャーン! とガラスに穴が2つほど開いた。
私はハンドルを思いっきり右に切り、違う道へ入っていった。
それを黒のキャデラックがしつこく追ってくる。
私は銃で応戦しようとしたが残念ながら私は3流のため持っていない。
「クソ!」
私は車を左右に振り、後からの銃撃のダメージを最小限に抑える。
「なんなんじゃあいつは!?」
ジジイが前かがみになりながら声を上げた。
「うちのボスっすよ!! くそ!なんであいつが・・・」
その時再び銃撃が後部ガラスに当たり、ガラスが大破した。
「きゃあ!」
ガラスは凶器の雨のように香織ちゃんに降り注ぐ。
「香織!大丈夫か!?」
ジジイが安否を心配する。私も気になって仕方ないが運転に集中しなければダメだ。
「うん。少し刺さっただけ。」
私は「畜生!」と叫びながら荒れ狂うように車を左右にふり、走った。
バサア! と音を立て木を振り払い川原道に出た。
同じく後から黒のキャデラックも追う。
「みんな、つかまってろ!!」
私はそう言い。、急ブレーキをかけた。
ぴったり後についてきたキャデラックはよけられるわけも無く、激しい衝撃と共に追突した。
「うわぁ!!!」
追突した車同士はバランスを失い川原へと3回転し、煙を上げながら止まった。
「みんな、大丈夫か?」
私の車は見事3回転し、運よく上向きに着地した。
私はみんなの安否を確認すると2人とも大丈夫だった。
「あ、あいつはどうなったの?」
香織ちゃんはキャデラックの方に目を向けた。
あっちのほうは運が悪かったのか天の裁きか、下向きにひっくり返っていた。
「とにかく、車から出てみよう。」
私達は車からおりてキャデラックを見た。
煙があがり、カラカラとタイヤが空回りする音が聞こえる。
突如、キャデラックのドアが開き、血だらけの奴が出てきた。手にはしっかりワルサーが握られている。
「くそ!!」
私達は急いで車の後ろに隠れた。
バンッ!! という音が鳴り、4WDの金属部分に弾が当たった。
「ヤマちゃんよぉ、やってくれたじゃねぇか。わ、私の会社、の社員を、会心させちゃって・・・」
改心? なんのことだがわからないが、奴は一歩一歩歩きながら銃を一発ずつ撃つ。
「お、おかげでこっちは、よりすぐりの、殺し屋、全員、失っちまった」
そういいながらパンッ! と弾が飛ぶ。その音はかなり近い。
「お前、お前さえ、この娘さえいなければお、こ、こんな事態はぁっぁぁ!!」
そう叫びながら奴は香織の横にいた。
銃口が香織の頭に突きつけられる。
私は瞬間的に跳躍し、香織におおいかぶさるようにジャンプした。
パァン!!
真っ白い閃光が私の目に飛び込んできた。
頭がぼーっとし、なにか気持ちいいものが私を包み込んだ。
うっすらと目が見える。心配そうな香織。
ジジイが奴にとび蹴りをくらわせ、奴は川に落っこちた。
香織の涙顔が目の前に飛び込んでくる。
ああ、私はどこか撃たれたんだな。そう悟った。
泣くなよ、お前には笑顔が似合って・・・
私の意識はそこで途切れた。
「・・・十郎さん、五十朗さん!!!」
私ははっと目が覚めた。
目の前に再び香織の涙顔。少し違う所と言えば、私の横たわっている芝生がベットに変わっていた。
「ここは・・・・」
起き上がろうとすると腹に強烈な痛みが走った。
うっ! とうなり腹をおさえる。
「まだ起きちゃダメだよ。お医者さんから絶対安静っていわれてるんだから。」
香織は私の肩をささえて再び私は横たわった。
「や、奴は?」
私は記憶が少々飛んでいた。
奴がどうなったか覚えていない。
「ワシが蹴り飛ばしたら、川に落ちてどっかいってしまったわい」
ジジイが椅子にすわりながら言った。
「もしかしたら防空壕で迷ってたりして。」
私は少し笑った。あまり笑うと腹に響くからな。
「よかった。みんな無事だったんだね。」
私はふうっと安心感からかため息をついた。
「お前さんの運転はちーっと腰にきたがな。」
ジジイは腰を叩きながらニヤっと笑った。
「ありがとう、五十朗さん。」
香織がお礼を言った。私はなにか言おうとしたが、唇がふさがった。
やわらかい感触、暖かい息。私は力が全身から抜けた。
「えへへ」
香織はキスをしてくれたのだ。
「あ、えへへっへへ」
私もつられてふにゃけた笑い方をする。
その時、香織の後ろから殺気を感じた。
「貴様、よくもワシのかわいい孫娘の唇を・・・」
やばい。
非常にやばい。
つーか俺けが人ですよ?
ああ、わかってるよ。
このジジイにはそんなこと関係ないんだろ?
「このバカチンがぁー!!!」
ジジイの手刀が振り下ろされた。
平和な病室に夏の風で白いカーテンがゆらゆらと笑っているように見えた。
終わり
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2004/07/26(Mon)10:59:33 公開 / ストレッチマン
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■作者からのメッセージ
初めての殺し屋。完結でございます。
2時間くらいかかったと思いますが記憶がありません(汗
とにかく私の思うままをすべて文章としてぶつけました。
長らく付き合ってくれたみなさん、
本当にありがとうございます。
これで初めての殺し屋は完結でございます。
本当にありがとうございました!!
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。