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『携帯電話』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:華桜茜
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「携帯電話」
トゥルルル・・・。着信音がこだまする。
「早くでろよなぁ。」
イライラと舌打ちをして光は一人ごちた。
もう夕暮れがすぐそこまで迫っていて、空は赤紫色に染まっている。ビルの窓ガラスもそれに乱反射して、淡く光っている。
『もしもし?』
低い男の声が返事をした。光は微かに眉をしかめた。
彼女である加奈子の声では、明らかにない。間違ったか。
無言で光は通話を切った。人通りの多い商店街の真ん中に突っ立っていた光は、通行人には邪魔で、サラリーマンが肩にぶつかって去っていった。
「ったくなんでだよ。」
そのサラリーマンを睨んでまた電話をかける。携帯の電話帳に電話番号は入ってるから、間違うはずはない。
『もしもし。』
(なんで?)
またもや低い男が電話にでた。光はたじろいで目の前の古びた看板を見た。
加奈子の奴電話番号変えて俺に教えてないのか?
ほんの一時間前に電話したときは普通につうじたのに。混線か?
『もしもし?誰だよ?』
「間違い電話なんだけど、これって090−7786−88○○であってる?」
『ああ、そうだけど。』
マジか。光は顔を露骨にしかめた。それはつまり、加奈子の奴が勝手に電話番号を変えたってことだ。
ようするに俺と別れたいってことなのか。
光は呆然と看板を見つめた。もう古くなった映画の看板だ。
一時間前まで加奈子とは普通に喋ったのに。と、いうよりも付きあって二年経つ今、これといって関係が悪いわけでもない。
『もしもし?なんなんだよ。』
電話の相手も苛立たしげな声を出していた。光はさっさと通話を切ろうとしたが、ふと思いついてまた電話を持ち直す。
「あのさ、その携帯いつ買ったの?俺の彼女にかけてんだけどさー、あんたにしか繋がらないんだよね。」
『は?半年前くらいに買ったんだけど。』
「え?マジで?電話混線してる?」
『さあ・・・?とりあえず半年間はこの番号俺のもんだけど・・・。』
「悪いけどもう一回番号確認してくんない?」
『分かった・・・うわっ!?』
「えっ?」
プツン。突然通話が向こうから切れた。光は思わず画面を見る。
「・・・切れた。」
再び、光は加奈子の番号にかけてみる。正確には、「低い声の男」に。
数回のコールの後返事があった。
『もしも〜し!光?どうしたの?』
「・・・加奈子ぉ?」
なんだこれ。光は力の抜けた声を出した。加奈子の甲高い声だ。
「なにお前、焦ったじゃん。やっぱ混線かー。」
『何の話?』
「なんでもねーよ。」
光は軽い笑いを浮かべて言った。夕日は半分以上雲に隠れて、夜の青が迫ってきていた。色あせた看板を一瞥して光は、携帯電話を耳に宛えたまま商店街を歩き出した。
5年後。
光は25歳になっていた。コンクリートの階段にどかっと腰を下ろす。
「あー、マジきつい。」
工事現場の鉄骨に太陽の光が容赦なく当たる。肩にかけたタオルで乱暴に顔を拭く。
携帯電話が鳴り出した。
「もしもし?」
頭の汗を拭きながらでる。一瞬顔をしかめて携帯のスクリーンを見た。
切れやがった。
すると再び電話が鳴り出した。光は少々乱雑に電話に出る。
「もしもし?誰だよ?」
『間違い電話なんだけど090−7786−88○○であってる?』
「ああ、そうだけど。」
礼儀知らずなやつだな、と光は思う。間違いなら一言謝るべきだ。
『あのさ、その電話いつ買ったの?俺の彼女にかけてんだけどさー、あんたにしか繋がらないんだよね。』
「は?半年前くらいに買ったんだけど。」
『え?マジで?電話混線してる?』
「さあ・・・?とりあえず半年間はこの番号おれのもんだけど・・・。」
変なこと言う奴だな。光は眉をしかめた。
混線か・・・。昔も混線がどうとか。
光は足下のコンクリートに目をやった。
何年か前付きあってた加奈子に電話するときこんな風に混線したっけ・・・?
(あれ?)
ゾクッと、光の背中に何か冷たいものが流れた。
この会話、あの時の混線と同じじゃん。
・・・てことは、この電話の相手、もしや、俺・・・?
「まさかね・・・」
『悪いけどもう一回番号確認してくんない?』
ドキリ、と光の心臓が大きく音を立てた。
やっぱり、あの時の会話と同じだ。つまり、これは俺だ。
あれ・・・?でもあの時電話途中で切れただろ・・・?
「分かった・・・。」
「よけろ!!あぶねえ!!」
突然の背後からの叫び声に光は振り返った。
「うわっ!?」
視界一杯に錆びた鉄骨が一瞬広がり、真っ暗になった。
鉄骨の下から唯一出た右手から、携帯電話が滑り落ちて光を失った・・・。
END
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■作者からのメッセージ
携帯の混線が時空を超えて、未来の自分にいってしまった。過去の自分は未来におこる悲劇を分かっていた、というのが本当にあったら怖いなと思って書きました。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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