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『Daft punk [読みきり]』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:蘇芳
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ただ音楽が好きだった。
ギター、ベース、ドラム。そしてヴォーカル。
一人欠けるだけでも、その音楽は崩壊を始める。
また一人突出したとしても、その音楽は崩壊を始める。
全てが均一で、しかも高度なバランスで統一された共同体。
機械などには到底生み出せない、生の臨場感。
それを皆に教えたかった。
ただ、それだけだった。
ライブが終わった後のライブハウスは、凄まじい物がある。
飲み物が零れていたり、チケットが散乱している訳では無い。
いや、そういった意味で散らかってはいるが、とにかく熱いのだ。
たった四人、たった四人が楽器を弾いて歌を歌う。
収容数120人という規模にも関わらず、そこはギャラリーの熱気で満ち溢れている。
そしてライブが終わっても尚、その熱気は余韻を残す。
俺はこの感覚が好きだった。
個性や人格。そういったものでバラバラの個でしかない人間が、ほんの一瞬だけでも同じ気持ちになる。
だれかと論争を交わしたり、それが原因で派手な殴り合いになった事のある者なら解るだろう。
人と人とは、それほどまでに分かり合えない存在なのだ。
それが一つになる。
たった4人の人間の手で、バラバラの個が純粋な個になる。
それは凄い事だ。
そんな思いを抱えながら、アルコールやジュースで汚れた床を拭く。
「公也さん!」
スタッフの一人、というよりもライブハウス【jack the ripper】のライブで、常にスターティングを務めるバンド【mummy】のヴォーカルである新見誠がブラシ片手に、枯れた声を張り上げる。
「なんだ?」
誠がデッキブラシを持ったまま、俺の方に駆け寄ってくる。
「来週のライブ、対バンにしてくれませんか?」
MCと歌、その両方で声が枯れたにも関わらず、誠は次のライブのことを考えていた。
対バンなど言われても、解らない人もいるだろう。
対バンというのは複数のバンドが、同じ時間に同じライブハウスでやるという事だ。
通常はこの形式がとられる。
ライブはライブハウスへバンドが音源を送り、それを聞いたライブハウス側が出演を要請するのと、バンドがライブハウスを借りてやるのが常だ。
とかく力と実力のあるバンドでなければ、ワンマンなどこなせる訳が無い。
だが【mummy】は違った。
実力は当然として、人々を惹きつける物があった。
そして何より、私は彼らに惹かれた。
「別に構わないが…珍しいな、お前らが対バンなんて」
【mummy】は初ライブの時から、一貫してワンマンの姿勢を保ってきた。
流行の曲のコピーもせず、往年の名曲のカバーもしない。
一貫したオリジナルへの探求と、パンクへの情熱。
何に関しても反抗的な彼らの性質は、その音にも現れていた。
彼らの歌にコスモスという物がある。
ライブでは必ずシメとして歌われる歌だ。
その歌詞に、こんな物がある。
Take love on the trust.
Are you being satisfied?
I’m not believed anybody.
I’m not recognizing you.
直訳すれば、『愛を確かめずに受け入れる。お前はそれで満足か? 俺は誰も信じない。
俺はお前を認めない』
悲しい歌だった。
それを枯れた声で、立っているのが精一杯の姿勢で、ただ声を張り上げて歌うのだ。
この歌は歌っているときは、熱気に包まれたライブハウスも静かになる。
彼らの親衛隊をつとめる人間は、涙さえ流す。
そして誠は、最後に誰にでもなく呟く。
「but I loved you…」
それでも、お前を愛していた。
誠の過去はタブーだ。誰も触れてはいけなかった。
だから誠の過去を知る者はいない。触れては行けない。
私は妻に先立たれた。今から2年前の話だ。
オーナーである私が腑抜けたために、ライブハウスは活気を失っていった。
酒に溺れていた私の前に、mayは颯爽と現れた。
音源を何回も送ったけど、一向に電話が無いから不安になった。
彼らはそう言って、薄汚れたステージの掃除を始めた。
キレる気力も無く、私はただ酒をあおり、その様を見ていた。
ステージ上のゴミを足で払い、アンプとギターを繋ぐ。
ドラムは手持ちのハンカチで優しくドラムを拭き、近くに転がっていたスティックで何度か叩く。
「ナニやってんだよ…?」
無気力に声を絞り出す。
精神病患者に似たソレは、防音設備の備わったライブハウスに虚しく響いた。
「あ、オーナーさんですか? ちょっと音源送っても返事無かったんで」
シド・ヴィシャスを髣髴させる容姿の少年は、屈託の無い笑顔で言い放った。
「悪いと思ったけど、勝手に来ちゃいました」
そう言ってマイクに向かい「あー、あー」と声を出す。
半年以上、音の響かなかったライブハウスの空気が久々の振動に打ち震えた。
ギター、ドラム、ベースも各々にチューンを始めた。
全く統一性が無い音。チューンとマイクテストだから当然なのだが、空気は久々の音に震えつづける。
一種の武者震いにも似た感覚。
知らず知らずの内に俺は、机から頭を起こしていた。
そう、ステージ上の彼らから目が離せなかった。
音合せをしているだけだが、一つ一つの音が澄んでいた。
ドラムが刻むリズム。ベースの立てる重く響く音。ギターの奏でるメロディ。
個人がバラバラに演奏しているに過ぎない。だが、一つのパートが出過ぎない程度に自分をアピールしていた。
そして誠と目が合った。
誠は優しく、だが寂しげな笑みを浮かべて、各メンバーの方を見た。
各メンバーがポジションにつき、ピックやスティックを構える。
ざわりとライブハウスの空気が変わった。
リングに上がる前から負けの決まっているボクサーや、退き際を誤り最後の賭けに出る賭博屋。
そと似た、切羽詰ったような空気。
「hello drunker. Do nothing but drinking hear my song!!」
よお酔っ払い。酒ばっか飲んでねーで、俺の歌を聞け!!
英語で言い放った瞬間、グラスに注がれた酒の表面に波が出るほどの音が響いた。
長い間、音楽から離れていた俺には、それがシンバルが叩かれた音だと解らなかった。
そして理解した瞬間、俺は彼らの、【mummy】の世界へと引きずり込まれていった。
ジャンルとしてはパンクだろうか。だが今まで聞いた事の無い、刺々しさの満載されたパンクだった。
誠が英語の罵詈雑言を吐き散らし、メンバーが互いを引き立たせるようにメロディを刻む。
誠は両足で踏ん張って、それでも支えきれないほどの何かを背負っているような。
歌を聴かされているこっちが置いていかれるような、そんな雰囲気を出していた。
演奏がリフに移り、誠のMCが入る。
「shit!!! Safeties come on!!! Fucker!!!!!!」
クソッ垂れ!!! ちゃんと着いてこいや!!!
ビリビリとライブハウス全体が揺れているような感覚。
誠たちの演奏は、時間にすれば4分程度。
その4分で、俺の酔いは完全に醒めていた。
「…で、どうですか?」
「…え?」
演奏が終わり、自前のタ手拭で汗を拭きながら誠が言った。
俺は誠達の音に酔わされていた。余韻が抜けていなかった。
「だからライブの話ですよ、大丈夫ですか?」
全身全霊。俺の全てで…。
「ああ、頼む…金はいらん」
涙が頬を伝う。
なぜ涙が流れたのか、その理由は、今も解らない。
「頼む…」
頭を深々と下げた。生まれて初めて、自分から頭を下げた。
それから後は、もの凄い展開だった。
噂が噂を呼び、実力を目にしたギャラリーは【mummy】の信者になっていった。
CD製作、レーベルの立ち上げ、新人実力派バンドのお披露目。
常に人のやらない事を求める【mummy】のメンバーは、いつも奇抜なパフォーマンスを披露した。
ステージにファンを立たせ、ギャラリーとの立ち位置を逆にしたライブ。
夏になれば校外の河原までヒィヒィ言いながら機材を運び、遠くに花火を見ながらの野外ライブ。
次第に芸能界からも注目が集まった。
彼ら【mummy】は急速な勢いで大きくなっていった。
「アレから、もう一年か…」
【mummy】はメジャーデビューを果たした。
名前も変えて【mummy】から【jack the ripper】になった。
メジャーデビューが決まって、レコーディングに入った頃だろうか。
「名前貰いました」というメールがきた。正直、苦笑いするし無かった。
だが、ライブは決まって【jack the ripper】で行う。
武道館や代々木体育館。東京ドームやエムウェーブ。
ドーム等は勿論だが、【jack the ripper】は武道館で歌うほど凄くなった。
だが彼らは変わっていない。
面白い物が好きで、人のやっていない事を好む。
だから建設途中のトンネルや、軍艦島でのライブも行ったのだろう。
誠は決まって招待状を送りつける。
行けなくても送りつける。
正直ウザいことこの上ない。だが反面、とても嬉しい。
「お、そろそろだな…」
そんな彼等が一年ぶりに、この場所に戻ってくる。
シークレット・ライブだ。バンド名は【mummy】。
「オープンだ!! 客入れろ!!」
久しぶりの彼らの事だ。
何か面白い事でもしてくれるのだろう。
FIN
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2004/06/10(Thu)23:21:04 公開 / 蘇芳
■この作品の著作権は蘇芳さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
友達から、やっと返ってきた「勝手にしやがれ」。
ジョニー・ロットンの「hahahahahahahahahahahaha!!」が聞こえた辺りで、火が点きました。めらめら。
一応読み直してはありますが、所々おかしな点もあるかと思います。
基本的になに言おうが自由なので、パンクっぽく弾けても、なんの文句もありません。
宜しくお願いしますよMother fuckers.
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
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