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『Serenity 第1話』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:よもぎ
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眩しいほどの満月の下、穏やかな風に揺られて水面に表情が浮かぶ。
ユラユラと姿を変えていく月色の光は、澄んだ鏡に映し出された白色の焔と共に、もう一つの空を作り出していた。
水辺に立ち並ぶ樹木は夏の訪れを物語り、幹の茶色と若葉の緑色が月光の下でその存在を示している。
「レオン」
桟橋に腰掛ける影が呼び声に振り向く。細い体が水面に映り、やわらかな栗色の髪が夏風に靡いた。
「本当に行くの?」
はっきりとした口調の裏に悲しげな表情が隠れている。少女は少年のそばに腰を下ろすと、静かに息を吐いた。
少年は隣に感じる存在を愛しく思った。言葉には出さなくとも、自分の心に翳る不安を理解してくれる、そんな存在を本当に大切だと思った。
風が少し強くなって、地平線の彼方に陽が昇り始める。
骨の出た膝に手をつき、無言で立ち上がると、少女の細い肩をポンと叩いた。
「ありがとう」
少年は一言だけ言い残すと、一人旅立った。
『この世界のどこかに、「夢の世界」と呼ばれる国がある』
幼い頃に祖父から聞いた話。俺は16歳になった今でも信じ続けている。
乱れた世界に飽き飽きしたのか、それとも平穏を求めていたのか。祖父の話す夢の物語を、「いつか自分が叶えてやる」と心に決めていた。
「夢の世界」には不安や苦しみなどはない。そこに住む人々は皆平和を愛していて、優しさで溢れたそれはそれは素晴らしい国なのだと教えられた。
青々とした草の上に寝転がって、流れる雲を眺めながら眠りにつく。祖父は自分が体験した事実を、夢心地に語り聞かせていた。
10歳の頃に一度、「夢の世界を探しに行く」と言い出したことがある。
無論、両親は耳を傾けてはくれず、友人たちにも散々馬鹿にされた。
ソンナクニガアルモノカ
コノヨニイクサノナイバショナドナイ
俺は諦めずに、必死で皆に説いた。
どうして「ない」と仮定するのか。どうして「ない」と諦めてしまうのか。
皆は言った。
「ならばこの目に見せてみろ。その「夢の世界」とやらを。平和で満たされた世界を俺たちに見せてみろ。荒んだこの世を癒せると言うのならば、お前のその細腕でやり遂げてみろ。それが出来なければ、お前は永遠のウソツキだ」
荒んだ世の中は人々の心までも支配してしまう。
俺はその言葉に誓うように、胸に証を刻んだ。
契約を示す十字架の焼印。そこまですることはないと止められたが、俺にとっては一世一代の決意だったので、躊躇いなどは一切なかった。
「6年後の今日、俺は契約の下に村を出る。そして誓いを胸に、必ず「夢の世界」を見つけてみてみせる」
微笑を浮かべる民衆の前で、俺は宣言した。
何人の輩が信じたかは分からないが、10歳の俺はその日確かに、自分自身との契約を結んだ。
そして16歳の誕生日。
胸にはあの十字架がはっきりと残っている。
俺は背後で佇む少女を振り切って、朝焼けの道を一人歩いていった。
状況を判断する能力が身につき、6年前よりも冷静な考えが出来るようになっていたため、少なからずの不安はあった。
だが迷いはない。
自分の決めた道を進む。それが祖父との約束でもあるから。
広い道上の孤独な存在は、脆そうに見えて、確かな信念の下にあるものだった。
第1話
朝焼けの空が目に沁みる。故郷の村を出てから丁度一日が経った。
出発の際には不安などなかったのに、今こうして一人で道に立ってみると、思っていたよりも世界は広いものだったということに嫌でも気付かされる。
周りには誰もいない。辺りに広がるのは広大な草原だけ。
「今日は風が強いな」
親指の先を舐めて風向きを確認すると、背負ってきた小さなリュックサックの中から一枚の地図を取り出した。
かなり前に骨董品店にて購入した品であり、ボロボロに折られた四隅が全て内側に丸まっている。
この地図が示すのは、他でもない「夢の世界」の在り処。
祖父の古くからの友人でもある骨董品店の主人は、「夢の世界」を信じる俺に比較的友好的だった。故にこの品も、定価の半額以下の値段で購入できた。
『ボウズの瞳はアレンにそっくりだ』
アレンというのは俺の祖父の俗名。
本名はアレンズ=ボーイ・エムロメンなのだが、長くて呼びにくいと昔友人たちに散々言われたらしく、孫である俺にも自分の名前はアレンだと言い張っていた。
何よりも家族と友人を大切にする、これが俺の祖父だった。
「とりあえず、海を目指すか」
オンボロ地図によると、どうやら「夢の世界」は海と並んだところにあるらしい。
つまりは沿岸部に位置していて、海からの贈り物を村の資源にしながら生活しているようだ。
両耳の後ろに手を当てて、元々優れている聴力をフルに生かす。すると、南の方角から微かに漣の音が聞こえてきた。
「よぉし、早速出発だ」
片手でリュックを背負うと、もう片方で地図を握り締め、南へ向かって歩き出した。
俺は遂に、孤独の門を潜ってしまったのだ。
レオンの村から南に位置する大きな街。そこは各地でも有名な「ビッグ・シティー」と呼ばれる商業を中心とした街であった。
朝を迎えると同時に、働き者の民衆は一斉に各自の持ち場へと向かう。
外国からの船を向かえるために海へ向かう者や、市場にて客商売の準備を始める者。全ての者が生き生きとした表情をしていて、街全体が活気で溢れている。
その一方、民衆の纏め役である街の長は、その雰囲気からしてまったく正反対の人間であった。
常時顔を不愉快そうに歪めていて、何か気に入らないことがあると、鋭い鞭で民衆の背中に消えない傷を付ける。
だがその事実は他の民衆に知れ渡っていない。
何故なら長は、刑罰を執行し終わった後、それらの人間を全て他国に奴隷として売り捌いていた。
遺された家族たちに居場所を問われると、虚偽の笑顔をうかべてこう答える。
「お前たちの家族がしたことは、人間として許されない行為だ。よって私が神に代わり、天罰を下したのだ」
鞭を使わなくても、時には自らの腕で民を殴り飛ばし、口封じをして街へ叩き返す。
見るからに残酷な程の痕が発見されても、民は何一つ公にしてはならない。
一度標的にされた後は、悪夢のような日々が待っている。その日から民は、自分の死が近いことを意識して暮らしていくことになる。
民衆の大部分が、長の外面に騙されていた。街で誰かが生まれるたび、誰かが代わりに殺される。
この明るい街は、明るさの影に死の闇を携えていた。
そんな街の民衆の中に、一人の青年がいた。
名はアッシュ・オリビア。現在18歳の好青年であり、筋骨隆々の身体に対して、大きな黒い瞳を持つ愛らしい顔は、街でも有名な美少年であった。
「よう、アッシュ! 今日も学校へお勤めか?」
「いつものことだよ。教師が少ないから仕方がないさ」
「偉いもんだねぇ。ほら、これ持って行きな!」
八百屋の店主が放り投げたトマトを片手で掴むと、アッシュは軽く会釈して学校へと向かった。
アッシュの本業は農家の息子であり、持ち前の体力と明るさで、老いた両親と幼い妹の三人を養っていた。
しかし街の小学校は危機的な教師不足であったため、アッシュと同年代の若者は本業の合間に幼い生徒に学問を教えていた。
それでも家の事情や他の問題で学校に来られない若者も在り、今や臨時の教師はアッシュと友人のリベロの二人だけになっていた。
「おはよう、リベロ」
「ああ、おはよう。アッシュ」
学校の花壇で花を植えていたリベロは、アッシュの声に振り向いて笑顔をうかべた。
その顔には疲労が滲み出ていて、よく日焼けした肌には紫色の痕が見える。
「お前、また傷が増えているぞ」
アッシュはリベロの腕を掴んで、鞄から荷物を取り出し応急処置を施した。
「これで合計8回目だ。お前が城に呼ばれて戻ってくると、決まって一つか二つ、殴られたような痕がついている。これはどういうことなんだ?」
リベロは有耶無耶な返事をして誤魔化した。
「別に何でもないさ」
「何でもないことないだろう」
アッシュは目の前の友人の姿をマジマジと見た。
明るい金髪を持つこの青年は、母親譲りの穏やかな性格を備え持っていて、澄んだ青い瞳には純粋な光が灯っている。
「お前は…」
リベロが口を開いた。
「なんだ?」
「お前は、長を敬愛しているだろう」
アッシュは「今さら何を聞くんだ」という顔をして、当たり前とでも言うように首を縦に振った。
長には週に二回、街を見て回る習慣があり、アッシュの家にも必ず訪れていた。
訪問の度に「いつも美味しい野菜をありがとう」と労いの言葉をかけてくれる。そんな長を、アッシュは心から好いていた。
しかし最近になって、リベロが城に頻繁に呼ばれるようになり、帰ってくると絶対と言っていいほど、身体の何処かにアザのような痕がついている。
アッシュは友人を心配して、何度も原因を尋ねたが、リベロはただ一言「転んだだけだ」と言い張るばかりであった。
「冷静沈着、几帳面で真面目なお前が、そんなに何度も転ぶはずがない。しかも城へ行く日に限って、必ずアザが増えている。どう考えてもおかしいだろう」
リベロは黙ったまま俯いた。
アッシュ自身も、城内で何かがあったのだということは勘付いていた。
アッシュは自分よりも幾分か背の低いリベロを促して、校内の休憩室へと向かった。
リベロは迷っていた。
アッシュに全て打ち明けてしまおうか。自分が長から暴力を受けているという事。
しかしそうなると、今度はアッシュが標的にされてしまうかもしれない。
アッシュが担当の生徒たちに連絡をし終え、休憩室へと戻ってきた。大きな両手にはMサイズのコーヒーが握られている。
リベロはコーヒーを受け取り、音もなく飲み干した。
アッシュはそんな彼の様子を見て、再び口を開いた。
「なぁ、本当のことを話してくれよ。城で何があったんだ? 警備の役人たちにやられたのか?」
リベロは首を横に振った。
「違う」
「それなら誰にやられたんだ」
シンと辺りが静まると、窓の外に聞こえる風の音が大きく感じられた。
コーヒーの入ったコップを握り締めると、決心したかのように、リベロは重々しく口を割った。
「俺は役人にやられたんじゃない。自分で転んだわけでもない」
アッシュは頷いた。
彼の仕草を確認すると、リベロは先を続けた。
「俺は………
長く歩いていると、段々足の裏が痛くなってきた。
デコボコの砂利道には慣れていないため、いつもの倍は疲れたような気がする。
「何処かの村で一休みするか」
もう太陽は頭の真上に来ている。カンカンと照りつける日光が焼きつくように熱い。
右手のリュックを背負い直すと、遠くから賑やかな声が聞こえてくることに気付き、なるべく急いでその場所へと向かった。
「アステカ・シティー。通称ビッグ・シティーと呼ばれる商業の村」
壮大な門の柱に共通語で刻まれていた。
のんびりとした村で育った俺にとっては、賑やかな街の雰囲気は不慣れなもので、少しの間圧倒されていた。
すると役人らしき人物が近づいてきて、とって作った笑顔で、「ようこそ、アステカ・シティーへ!」と半ば叫ぶ形でこう言った。
「どうも……」
下から見上げる形で役人を見ると、視線に気付いてニカっと歯を見せた。
「貴殿の名前と年齢を確認する。通行書を手配するため、役所まで御同行願う」
「はぁ……」
ズルズルと引きずられていくと、そこには煌びやかな建物が建っていた。どうやらここが役所らしい。
名前と年齢を教えると、すぐに「アステカ・シティー」と書かれた通行書を申請してくれた。
それを持って役所を出ると、先程まで忘れていた足の痛みが再発し、早く泊まる所を見つけようと人並みを潜っていった。
「どういうことだ……長が…長が、暴力を振るっていただなんて…」
アッシュは暫し絶句した。リベロはそんな彼の様子を痛々しそうに見上げた。
「これは全て真実だ。他の何事でもない。長は自らが標的と決めた人物に対して、何回かに分けて暴力を振るうんだ。そして最後にはその者を死に陥れる」
リベロは身に付けていたシャツを脱ぐと、傷だらけの上半身をアッシュに見せた。
棒切れか何かで叩かれた痕、拳で殴られた痕、足で蹴られた痕など、体中に広がる傷跡は数十箇所にも及んだ。
「標的にされてから今日まで、城に呼ばれる日は毎日死を覚悟していた。「今日こそ殺される」、「今日こそ殺される」と、毎日不安で怯えていた」
アッシュは両耳を塞ぎ、狂ったように首を振った。
「違う! 長が…長がそんなことするはずがない!!」
「アッシュ!」
アッシュは地面に蹲った。リベロは駆け寄って、大きな身体を抱き起こそうとした。
「アッシュ、これは嘘ではないんだ。お前が長のことを敬愛しているのは知っている。だがこれが事実なんだ。俺が受けた傷がそれを証明しているんだ」
アッシュは方に乗せられたリベロの手を払った。
そして素早く起き上がると、床にしゃがんでいるリベロを見下ろして、震える声で叫んだ。
「長が…あのお方がそんなことをするはずがない」
「アッシュ…」
アッシュは両手の拳を握ると、机に置いたコップをゴミ箱に向けて投げた。
紙製のコップはゴミ箱から外れ、壁に当たって回りが破けた。
リベロはいまだ嘗て見た事のない友人の姿を、呆然と見つめていた。
そしてアッシュはリベロに言い放った。
「何故嘘を吐く」
リベロは目を見開いた。
予想だにしない友人の言葉に、何かが壊れるような気がした。
そのままアッシュは校舎を飛び出し、街へと走り去っていった。
「だから何度も言うように、俺はこの街の住人じゃないんですって」
「あらぁ、いいじゃなぁい? 折角そんな良いお顔を持っているんだから、出場しちゃいなさいよぉ」
「そうよぉ。あなただったら、絶対に優勝できるわよぉ」
数人のオバサンに囲まれ、俺は虎に追い詰められた兎のような気持ちになった。
どうやら街の広場でコンテストが行われるらしく、それは街で一番格好いい男性を決めるものらしい。
ホテルを探して彷徨っているうちに、その広場に迷い込んでしまったらしく、俺は何とかオバサンたちを撒いて逃げようと必死だった。
その時、誰かが俺にぶつかった。
俺の身体は大きく傾いて、固い道路に顔面から追突した。
「いってぇ……」
鉄の味が口全体に広がる。どうやらぶつけた衝撃で唇が切れたらしい。
手をついて何とか身体を起こすと、目の前には一人の男が立っていた。
「すいません、大丈夫ですか?」
こげ茶色の短い髪に黒い瞳が印象的で、見た目はハンサムな好青年だった。
年は俺より上らしいが、身体と顔の与える印象が合っていないような気がする。
愛くるしい子供のような顔は、心配そうな表情でいっぱいになっていて、俺の衣服についた埃を払いながら、大きな身体を折り曲げて、何度も何度も頭を下げてきた。
オバサンたちはその男を見るなり急に色めいて、大声で叫んで男の周りを囲んだ。
「あらやだ! アッシュじゃなぁい。元気だったぁ?」
アッシュと呼ばれたその男は、困ったようにオバサンたちを宥めながら、俺の方を向いて手を差し伸べた。
「怪我の手当をしますから、付いて来て下さい」
「別にいいですよ」と言ったものの、男は聞くまもなく俺を引きずっていった。
背後からオバサンたちの嬌声が聞こえた。
to be next
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2004/06/19(Sat)13:29:13 公開 / よもぎ
■この作品の著作権はよもぎさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
中途半端ですいません。
頑張って徐々に更新していきます。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。