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『zero 1〜9』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅い蝶
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【contact1:連続殺人と全ての幕開け】
5月10日夜10時。帰宅途中のOLが何者かによって殺害された。被害者の名前は鈴木一美(すずき かずみ)24歳。綺麗な顔はナイフで無残にも切り裂かれ、原型を留めていない。人通りのない路地裏の出来事で、発見されたのは翌日の午前9時だった。そして気がかりなことが一つ。死体のすぐ側には「0」と書かれた紙が置かれており、警察はもちろん、他の誰もが頭を悩ませていた。何か伝えたいことでもあるのか。それともこれから先のことを暗示でもしているのか。この時はまだ誰も、その真実を知る由はなかった。
第一の殺人から3日後の13日。今度は酔っ払ったサラリーマン村木正二(むらき しょうじ)が殺害された。鈴木一美と同じく顔をグチャグチャに切り刻まれ、どこに何があったのかわからないほどだ。顔は出血で真っ赤に染まり、倒れていたアスファルトにも血が染み込んでいた。そしてまた、死体の側には「0」と書かれた紙が落ちていた。
「帰りのホームルーム始めるぞ。席に着け」
放課後の滝川高校。全校で1400人という大きな私立高校で、いつも活気に満ち溢れている。グラウンドも広く、サッカーのコート3つ分ある。先程も述べたとおり、この高校はいつも活気に満ち溢れている。だがここ最近は少し様子がおかしく、みんなそわそわというか、おどおどしている。早く家に帰りたい。怖い目にはあいたくない。そんな感じが漂っていた。
神野雄太(かんの ゆうた)はこの滝川高校の2年生になる。バスケ部に所属し、部活も授業もない暇なときは趣味のサバイバルゲームで毎日を過ごしている。バスケの腕前もサバイバルゲームの腕前も超一流で、中学の時には男子バスケ名門の高校からいくつも誘いを受けていたが、全てを断ってただ人数が多いだけの滝川高校へと進学した。その理由は3つあって、全然知らないやつらばかりのところには行きたくないのと、家から近いところに行きたいこと。そしてもうひとつは・・・・・・
「ねぇ、雄太。今日も一緒に帰ってくれるんでしょ?」
ホームルーム中に隣の席から話しかけてくるこの女子、雄太とは幼稚園のときからの付き合いでもう10年以上ずっと一緒にいる。名前は九条真由(くじょう まゆ)。もうひとつの理由とは、真由と離れたくない、ということだった。2人は付き合っているわけではないが、いつも一緒にいる。いきなり真由という存在を失ってしまったら胸にぽっかりと穴が開いたような感じになるに違いない。とにかく、雄太は真由と離れたくなかった。それが“恋”だということに雄太自信気付いていないのだが・・・・・・。
「ああ、いいよ。だから部活終わるの待っててくれよ?」
指で○と作って笑顔を見せる真由。雄太も同じように○を作って笑って見せた。
真由と話している最中、何やら担任の小針新八(こばり しんぱち)が深刻な表情になったのを確認して2人は会話をやめる。何か大事なことだとすぐに察知したためだ。
「最近、この近くで2人が殺されたのは、みんな知ってるよな? 死体のすぐ横に「0」と書かれた紙を置いていくためにzeroと呼ばれているわけだが・・・・・・。とにかく、絶対に暗い夜道を一人で歩かないように。いいな」
そう言ってクラス名簿を教卓の上でポンポンと叩き、全員の顔を見渡す。そして新八の目に留まった人物が一人。クラス1の不良で、空手全国一位の四谷真司(よつや しんじ)普通なら怖がられるはずなのに、意外とがんばり屋で優しい人柄のおかげでクラスの人気者だ。雄太とは中学校のときからの付き合いで、今では親友だ。最初の出会いは喧嘩から。肩がぶつかった時にお互いその衝撃で机や壁に頭を打ち、そのことが原因で殴り合いの大喧嘩になったのだ。真司が圧倒的有利かと思いきや、その勝負は全くの互角で、最後はお互いがぶっ倒れて相打ちとなって幕を閉じた。その後お互いに謝罪するのと同時によく話すようになり、いつの間にか仲良くなっていた。男は拳で語る、ということだ。
「わかったのか? 四谷」
人柄は最高なのだが、なぜか教師にはウケが悪い真司は毎日のように注意されたりしていた。今日もそうだ。本人は比較的しっかりと聞いていたのにこの様だ。周りから見ていると同情したくなるほどだ。
「ちゃんと聞いてるよ。そのzeroとかいう変態殺人鬼に気をつけろってんだろ?オーケーオーケー。さようなら」
そう言って真司は席を立った。友達やクラスメイトに対しては笑顔をよく見せる真司だが、自分のことをよく思っていない教師連中にはそっけない態度で応戦する。それを合図に全員が席を立ちぞろぞろと教室から出て行った。
新八が嫌われているわけではないが、新八と真司を比べたら真司をみんなは取る、ということだ。席を立って教室から姿を消したからといって、生徒達は不安に思っていないわけではない。全校生徒1400人は不安と恐怖で心がいっぱいで、みんな誰かと一緒に帰るなり迎えを呼ぶなりして一刻も早く家へと帰宅した。部活も今日からzeroが捕まるまで活動停止となり、体育館へと向かった雄太は拍子抜けして真由ととぼとぼと帰宅した。
夜のコンビニエンスストア。塾帰りにここで夜食のパンを購入して家路についた三田明(みた あきら)。彼は家まで行くのに人通りの少ない道を通らなければ帰れない。そのためzeroの恐怖におびえながらも足早に真っ暗な道を駆け抜けた。途中、電信柱の影に人のような形を見つけ、その手に握られていた月夜に浮かぶナイフを見て驚愕した。気付いたときにはすでに遅く、顔面をサックリと一突きされ、その後は今までと同じように八つ裂きにされてその命を絶った。三田明の惨殺死体が見つかったのは翌日の早朝のことであった。
「zero・・・・・・か。人を殺して快感でも得てんのか?」
三田がzeroに八つ裂きにされている頃、真司は自宅のベッドの上でそう呟いた。父親が警察官で、その影響を受けたためか不良ながらに正義感が人一倍ある。真司はzeroに対して怒りを覚えつつあった。
【contact2:真司、命を懸けた戦い】
次の日の学校。朝のホームルーム前の時間はいつも騒がしい。女子は仲のいい者同士集まって甲高い声を出している。zeroが怖くて震えているはずなのに、空元気というか何というか、必死にしゃべり続けている。しゃべることによって恐怖を紛らわせているのだろうか。だが、その空元気の雑談も、新八が教室に入って来て終了となった。
「大事な話だから席に着け」
昨日と同じく、深刻な表情だ。今度は一体なんだというのだろう。来週にせまる中間テストに関することだろうか。それともまた、zeroの話だろうか。
答えは後者。近くにある由布沢高校(ゆふさわこうこう)という進学校の三田明(17)が殺害されたらしい。前の二度と同じく顔を八つ裂きにされ、死体の近くには「0」と書かれた紙が落ちていた。やはり人通りの少ない暗路地裏で、発見されたのは死後7時間後のことだった。
「三田・・・・・・か」
そう呟いたところで真司はハッとなって、あることに気がついた。恐らくこの推理は正しい。zeroが誰なのかがわかったわけではないが、次に誰が被害に合うかの予想はできた。といっても一人に特定できるわけではなくて、候補は何人もいるのだが・・・・・・。
「雄太」
喧嘩して以来、二人は本当に気が合う親友となった。サバイバルゲームの楽しさを教えてくれたのは他でもない雄太で、バイク以外に金を使う予定の無い真司は、小遣いのほとんどを電動ガンなどにつぎ込んだ。だが、不思議なことに雄太にはどうしても勝てなかった。どんなに高性能の武器を用意しても。
とにかく、二人は最高の友達で信頼できる男同士だ。だからこそ、雄太に言おうと思って声をかけた。そのとき雄太は真由と楽しそうに話をしていて、周りから見れば完全に恋人同士に見える。声をかけたにはかけたのだが、真司は雄太を巻き込むまいと思った。推理が正しければ、雄太には被害が及ばないはず。真由は少し危険性があるが、その前にzeroは捕まっているだろう。幸せそうなその顔を見て、真司は何事も無かったようにその場を去った。
「? 今誰かが俺のこと呼ばなかったか?」
雄太がそう思って真由に尋ねた頃には、真司はもうその場にいなかった。真司は、自分のため他人のため、そして何よりも親友である雄太のために、zeroを捕まえる決意をした。
推理が合っていれば、次に襲われるのは他でもない四谷真司、彼自身だった。
真司の自慢の愛車であるスクーター、Z4(ズィーフォー)。最新型を貯金をはたいて新車で購入し、更には改造をバンバンに施したものである。それを時速60キロで転がし、近くのコンビニエンスストアに駆け込んだ。その日はヤングジャンプの発売日で、それを購入するためにやってきたのだ。ヤングジャンプを手にとって、ついでに午後の紅茶を購入。Z4のシート下に袋ごと収納して、ヘルメットをかぶってサングラスをしたところで急に便意が襲ってきた。といっても大ではなくて小なので、ヘルメットをかぶったままもう一度コンビニに入ってトイレへと向かった。
「ふぅ〜・・・・・・。いきなりだもんなぁ・・・・・・」
ズボンのチャックを開けて立小便器に用をたす。チロチロと流れる音が4畳程度はある広いトイレ内に響いた。
その次の瞬間、トイレのドアが静かに開いた。自分と同じように、他の誰かが用をたしにきたと考えるのが普通だ。だが、真司には誰が入ってきたのか一発でわかった。異常なまでの殺気。荒く乱れた呼吸音。
「こんばんは。zero」
チャックを上げながらそう話しかけた。それを聞いた瞬間に入ってきた誰かは襲い掛かってきた。チャックを上げ終わった真司はクルリと反転して顔面に向かってきたナイフを捌き、そいつのドテッ腹に蹴りを叩き込んだ。その衝撃は凄まじく、そいつはトイレの床の上で2回転ほどした。
「次にあんたが俺を襲ってくることは承知済みなんだよ。第一の被害者は鈴木一美。その次は村木正二で三田明。俺は不良だけど馬鹿じゃないんでな。その3人の共通点くらいすぐにわかる。その3人は全員名前に漢数字が入っていて、一から順に殺されてる。ってことは四が入る俺は次に襲われる可能性があるってことだ」
そう、真司の言うとおり、zeroは名前に漢数字が含まれた人間を順に殺していたのだ。これで死体の横に「0」と書かれた紙が落ちている理由が判明した。自分が0だから一から殺していくのだろう。子供が考えるようなことだ。
zeroは今の真司と同じくヘルメットをかぶっている。真司は頭だけを守るものに対し、zeroはフルフェイスのものを着用している。顔が全くわからない。だがまぁいい。捕まえてからゆっくりと拝んでやろうではないか。
「どうした? かかって来いよ」
空手の構えをしたまま人差し指をチョンチョンと動かした。
このとき、真司は気付くことが出来なかった。zeroの手にナイフではない別の何かが握られていることに・・・・・・。
zeroは立ち上がると同時にその手に持っているものを真司に向けた。それはボトル状のもので表面にはトイレ用洗剤と書いてある。マジックリンとかサンポールとかのそういう類のものだ。洗剤の先端から白く不透明な液体が発射される。弧を描いて真司の目に向かって飛んできたが、空手で鍛え上げられた真司の反射能力は半端じゃなかった。ほんの一瞬の出来事であったにも関わらず、真司は的確にその洗剤を避けた。
「甘いんだよ」
フルフェイスヘルメットの中で、zeroの口元がニッと緩んだ。笑っている。まるで避けられることを前提にしていたかのように・・・・・・。
zeroが右手で拳を作って殴りかかっていく。その動作は無駄だらけで、真司にとっては避けることは屁でもなかった・・・・・・はずだった。
足元に撒かれたトイレ用液体洗剤。それによって足を滑らせてスリップし、腰からトイレの床に落ちた。そしてその顔面にzeroの拳が叩き込まれる。脳が揺れる。大した威力ではないはずなのだが、流石にノーガードの最中に殴られてはクラッとくるだろう。
「・・・・・・うっ」
背中も床に落ちる。真司の服は洗剤でべチャべチャになり、独特の香りを放っている。ここのコンビニのトイレは2重ドアになっているため店内に物音は聞こえない。この絶体絶命の状態を救ってくれる人は現れないということだ。
zeroもそれがわかっているのだろう。フルフェイスヘルメットをそっと外した。そして、そのzeroの顔を見た真司は驚愕した。
「なっ・・・・・・! あんた、あんたがzero・・・・・・!?」
次の瞬間、zeroの手に再び握られたナイフによって、真司の顔面は八つ裂きにされていった。
色々な思いが駆け巡る。自分の力でzeroを捕まえ、真由が襲われる可能性を0に近づけたかった。雄太たちにzeroの恐怖から解き放ってあげたかった。不良の自分にもできることをやりたかった。いや、やっていたのだが今までにないくらいの何かをやってみせたかった。
雄太の顔が、真由の顔が、そして両親の顔が浮かんでは消えていく。みんなこの先、無事だろうか・・・・・・。
(雄太・・・・・・。zeroは・・・・・・、zeroの正体は・・・・・・!!)
そこで、真司の思考は途絶えてしまった。
【contact3:誓い】
5月20日、正午。『四谷家葬儀式場』と書かれた看板がいたるところに立っていた。その看板に記された矢印に案内されてたどり着いた場所は紛れもなく四谷家の葬儀式場で、多くの参列者が涙を流していた。
彼、四谷真司は不良ながらにも人望のある男で、根は優しく頑張り屋、自分のことよりも相手のことを第一に考えられる好青年だった。
そんな彼もが、今現在世間を騒がせているzeroに殺された。前例と同じく顔を八つ裂きにされ、そして死体の近くには「0」と書かれた紙が落ちていたことは言うまでもないだろう。事件現場は真司の家からバイクで5分ほどのところにあるコンビニ。死亡推定時刻は夜の8時36分。ついにzeroは、時間も場所も選ばなくなった。真の猟奇殺人鬼に成り下がったのか、それとも何か考えがあってのことなのか。それはzero本人だけが知ることであって、雄太たち周りの人間はわかるはずもない。ただただ、zeroに対して怒りをあらわにすることしか出来なかった。
「真司・・・・・・君」
真由が泣きすぎたせいでかすれてしまった声でそう呟いた。雄太の胸に顔を埋め、泣きじゃくる。そんな真由を見ているのが耐えがたくなって、雄太は真由から目線をそらして遺影の方を見た。
間違いだった。真由を見ている以上に耐えがたい。鼻の奥がツンとなって涙がこみ上げてくる。我慢しても我慢しても、涙が出てきそうになるのをこらえることができない。必死に泣くのを堪えていた雄太も、ついには涙を流してしまった。自分の親友の死。それを受け入れるのが怖くて泣きたくなかったのだが、どうしても無理だった。自分は、菅野雄太は四谷真司という大きな、とてつもなく大きな存在を失くしてしまったのだと思うと、心が何かに押しつぶされるような感覚に陥った。どうしようもできない現実。真司が生き返ることは絶対に無くて、受け入れるしかない。人間の弱さを、自分達の弱さを改めて痛感した。
午後1時19分、出棺。これで真司の顔も見納めだ。もう二度と見ることは出来ない。これから先真司に会えるのは写真や思い出の中だけで、目の前に現れることはもう二度とない。原型を留めていないその顔を見るのは少し気が引けたが、それでも雄太は見させてもらった。頬の肉が裂け、唇や目などはほとんどわからない。それを見て、雄太は本当に打ちのめされた。ああ、真司は死んだんだ・・・・・・と。そして真司をこんな風にしたzeroが、たまらなく憎くなった。許さない。絶対に許さない。
「俺の全存在を賭けて、お前をブタ箱にぶち込んでやる・・・・・・!」
心にそう誓って、真司の棺桶を見送った。
【contact4:その後の殺人と更なる危険】
四谷真司の死後、立て続けに3人が殺された。
新藤大五(しんどう だいご)19歳は、バイクに乗って夜の国道を走っていた。彼女をビッグスクーターの後ろに乗せて家へと向かっている途中だった。信号待ちのために減速して停止線で止まったところを、横断歩道を通って現れたzeroによって前例と同じく顔面を八つ裂きにされた。
その後、後ろに乗っていた大五の彼女である六月静香(むつき しずか)も殺害。たった5分程度の短時間で二人の命が奪われてしまった。
七人目の被害者は七海明日香(ななうみ あすか)28歳。飲食店に勤めていて、明日香の顔を見たさに来店してくる客もいるほどの美人であった。その美貌にも関わらず、28歳になっても独身でいるのにはわけがあった。明日香には高校生のときから交際している彼氏がいる。その彼氏は弁護士を目指しているのだが、中々試験に受からず未だフリーター。その彼氏は、自分だけの力で明日香を養っていけるようになるまで絶対に結婚しないといっていた。そんな彼が今年、やっとのことで試験に合格。正式にプロポーズされ、結婚式を翌月に控えていたときに殺されてしまった。仕事の帰りに夜道を歩いているところを、やはり顔面を八つ裂きにされて死んでしまった。
明日香が殺されてから二日が経った。その日の朝刊を新聞受けから取り出して食卓に座る。朝食のトーストにピーナッツクリームを塗って口へと運ぶ。外ではスズメが可愛らしく泣き、太陽の光がサンサンと降り注いでいる。zeroなんかが存在していなければ清々しい朝だ、と背伸びなどをできるかもしれない。だが今雄太が考えていることは気持ちいい朝だ、なんてことではない。どうやってzeroを捕まえるか。どうやって真司の復讐をしてやるか。それだけだった。
パンを半分ほど食べたところで、食卓の上に無造作に置かれた朝刊が目に入った。毎日新聞などの全国版ではなく、特定の地域にだけ配られる地域新聞。その一面には『七人目の被害者 zeroは止まらない』と書かれていた。
「何が・・・・・・zeroは止まらない、だ。人事みたいに気安く言いやがって。こっちは親友殺されてんだぞ」
誰に言うわけでもなく、新聞に向かってそう呟く。といってもその場に記事を書いたやつがいるわけでもないので虚しく部屋に響くだけだったが。
「雄太。早くご飯食べちゃってよ。洗い物できないんだから」
母親の声が台所から聞こえてくる。父親はとっくに仕事へと向かい、雄太自身もそろそろ着替えて学校に向かわなければいけない時間だ。しかもその前に真由の家にも寄っていかなければならない。
「はいはい。わかったよ」
適当にそう受け答えしながら、もう一度新聞記事を睨む。そのとき、ふと目に飛び込んできたものがあった。それは被害者のリスト。一人目から七人目まで、全ての被害者の名前が載せられていた。
『被害にあった方々』
一人目:鈴木一美さん
二人目:村木正二さん
三人目:三田明さん
四人目:四谷真司さん
五人目:新藤大五さん
六人目:六月静香さん
七人目:七海明日香さん
ご冥福をお祈りいたします。(記者一同)
雄太がもっとも興味を示したのは真司の名前ではない。全員の名前だ。被害にあった順番と、その被害者の名前に含まれるある一字が見事に一致している。例えば、“四”人目の被害者は“四”谷真司であるということ。真司が自分が被害にあうのではないかと考えたときと、全く同じ推理を雄太もすることができた。
「名前に含まれる、漢数字の順番に殺してる・・・・・・ってことか」
自分の考えを口に出して言った瞬間、嫌な予感が頭をよぎった。自分の身近な人物に、今後被害にあいそうな人物が二人いるということだ。一人は担任の小針新八。彼は次のターゲットになる確率が高い。新八は周りの空気に流されやすい頼りにならない大人ではあるが、いいやつだ。死なせるわけにはいかない。そして何よりも・・・・・・。
「真由・・・・・・」
そう。真由も名前に漢数字を含んでいる。覚えているだろうか? 真由の苗字が九条だということを。
「絶対にそんなことはさせねぇからな・・・・・・!」
新八と真由を守るために最凶の殺人鬼zeroと戦うことを、雄太は心に強く決心した。
【contact5:zeroと新八と真由】
授業の終了を告げるチャイムが学校中に響き渡る。全校1400人の滝川高校の各クラスから、ありがとうございましたという声が聞こえてきた。その声には元気がなく、いつ自分が被害にあうかもわからないという恐怖心が満ち溢れているようだった。
雄太は6時間目の授業だった現代文の教科書とノートを机の中にしまいこみ、ある場所へと向かった。ものの5分ほどで帰りのショートホームルームだというにも関わらず、だ。真由が雄太に話しかけようとして席を立ったときには、もうすでに雄太の姿は教室にはなかった。その代わりといってはなんだが、緊急放送を告げるデパートでよく流れていそうなチャイムが耳に入ってきた。
「こんちわ。一年生の神野雄太っていいます。今から大事な話をするので静かにしてください」
雄太の声だ。名乗っているからわかるのは当たり前だが、真由には一発でわかった。雄太の向かった先は放送室で、これから何かしでかそうとしているのだ。
放送が始まったと同時に教室に入ってきた担任の新八は、教卓の上にクラス名簿などを置くと踵を返してどこかへ向かおうとした。
「何やってんだ、神野は・・・・・・」
その言葉からして、どこへ向かおうとしているかはすぐにわかる。放送室だ。雄太の放送をやめさせようとしているのだろう。だが、教室から出ようとする新八の前に立ちふさがった人物が一人いた。
「やめさせないでください、先生。雄太は、きっと何か大事なことを・・・・・・。親友の真司くんを殺された雄太はきっと、みんなを守るために何かしようとしてるんです。だから、やめさせないでください」
しかし、真由の訴えも虚しく新八は教室から無理矢理出ていき、放送室の方向へと向かっていった。
「先生・・・・・・」
「zeroは、名前に漢数字が入っている人を一から順に殺しています。最初の被害者は鈴木一美っていうOL。次は村木正二。三田明と続いて・・・・・・四谷・・・真司です」
朝見た新聞の被害者リストを切り抜いてきて、それを読みながら放送を続ける雄太。真司の名前を出すときに少しためらいを感じた。その名前を“被害者”として言うことはつまり、真司が死んだということを根本的に認めてしまうことになるからだ。そんなのは、嫌だった。真司が死んだなんて考えたくもない。絶対にどこかで生きていて、いつかヒョッコリ顔を出すに違いない。そう思っていた。いや、思っていたかった。だが、いつまでもそんなことを言ってるわけにはいかない。いつか必ず認めなければいけない時がくることはわかっていたし、今回がそのいい例だ。真司の死を認めるからこそ、こうして放送して注意を促すことができる。
そこまで考えたところで、雄太はひとつの疑問を持った。なぜ誰も教師が来ない? 普通なら誰か必ず止めに来るはずだ。担任の新八や、学年主任であだ名がゴリの松ヶ原などが止めに来てもおかしくない。なのに、なぜ?
耳を澄ましたら、わかった。放送室の外からその松ヶ原たちの声が聞こえてくる。なのに入ってこないということは、誰かがそれを制止してくれているのだ。きっと真由だろう。雄太はそう考えたが、制止してくれているのは担任の新八。恐らく次の被害者になるであろう、担任の小針新八だった。
放送で、名前に八以上の漢数字が入っている人物に対して注意を呼びかけ、絶対に一人で出歩かないように言ったまではいいが、その後ゴリや生活指導の先生にこれでもかというほど絞られ、昇降口から出たのは夜の7時を回っていた。待ってくれていた、というより一人で帰らせるのが危険なので待たせていた真由と一緒に靴を履き替え、校門へと向かう。その途中で、雄太は何かおかしなことに気がついた。校門のすぐ近くでうずくまった黒い影。辺りが暗いせいでよく見えないが、それがなんなのかはすぐにわかった。
「誰か、倒れてる・・・・・・!」
その声と同時に雄太が走り出した。その後ろに真由も続く。駆け寄っていくうちに、倒れているのが誰なのかわかった。
「新八さん!!」
「先生!!」
倒れている人は紛れもなく新八だった。新八の名前には、ご覧の通り“八”という漢数字が含まれている。まさか、zeroに・・・・・・!!
zeroに殺された人物は全て顔を八つ裂きにされている。それが何の理由でかはわからないが、とにかく顔を八つ裂きだ。もし新八がzeroに襲われたのなら、もう生きていないかもしれない。そう覚悟していたが、実際には新八は生きながらえていた。
「おぅ・・・お前らか・・・・・・。気をつけろ。zeroだ。やつにやられた」
新八の看護を真由に任せ、雄太は近くを見回ってみたが、怪しい人物はもうどこにもいなかった。恐らくもう逃げたのだろう。
「真由、どうだ? 新八さんの傷は・・・・・・」
まだ周囲を警戒しつつ、雄太が真由に尋ねた。
「腕。右腕をナイフでバッサリ切られてる。とにかく医者に見せないと・・・・・・」
コクリとうなずいて携帯を取り出すと、雄太は自分の親に連絡を入れた。数分後、母親が迎えに来て、新八を医者に連れて行った。もちろん、雄太と真由も同乗して。
幸い新八の怪我はそれほどでもなく、4針程度縫っただけで事なきを得た。ひとつの疑問を、雄太の頭に残して・・・・・・。
制服を脱ぎ捨て、ベッドへと横になる。うざったいくらいに光る蛍光灯が本当にうざったく、目をつぶっても完全には遮断できなかった。腕を額に乗せてゆっくりと今日の出来事を整理してみる。
@放課後、雄太は放送で“漢数字が名前につく人”へと向けて注意を促した。
A帰宅する時間は7時を回り、もう辺りは暗かった。
B担任である新八が、zeroに襲われ右腕を4針縫った。
そこまで考えたところで、先ほど浮かんできた疑問がもう一度よみがえった。
なぜzeroは今回に限って“顔”ではなくて“腕”を狙ったのか、ということ。真司の葬儀の日、警察官である真司の父に話を伺ったところ、今までの被害者は全員顔しか狙われていないらしい。その他に目立った外傷は特になく、とにかく顔を狙うのがzeroらしいのだ。だが今回は違う。真っ先にzeroは新八の“腕”を狙った。それはなぜなのか。そして、なぜ人が多い学校という場所を犯行現場に選んだのか。なぜ放送をした今日にそれが起きたのか。全てについて落ち着いて考えた。そのとき、雄太の何かが音を立てて閃いた。
「まさか・・・・・・zeroは・・・犯人は・・・・・・」
その瞬間、電話がなった。FOMAのSH900i。真由とお揃いの携帯だ。先に買ったのは雄太で、真由がいじくっているうちに「あたしもこれにする」と真由が言い出してお揃いとなった。
着信は真由。すぐに電話に出ると、信じられない言葉が受話口から聞こえてきた。
「雄太・・・。助けて・・・・・・」
その言葉が言い終わったかと思ったら電話は切れた。雄太は急いで服を着ると、玄関から勢いよく飛び出していった。
【contact6:最凶の悪と消え行く命】
真由は、どこだ・・・・・・? どこから電話してきた? 助けてというのは、どうゆう意味だったんだ?
隆一はそんなことを考えながら母親にコンビニに行ってくると告げ、最高速度で家を飛び出した。外はもう真っ暗で月も雲に隠れてしまっている。そのため、街灯の明かりだけが頼りだ。行きかう人々が全て真由に見えてくる。だが全て間違いで、真由の命がピンチだというときに自分に対してイタズラをしてくる神様とやらに無性に腹が立ってきた。
「ちくしょう・・・・・・どこだ?」
走るのをやめてゆっくりと考える。といっても本当にゆっくりではなくて、雄太の脳味噌はフル稼働で運転中だ。恐らく真由がいると思われる場所は2ヶ所。ひとつは家の近くと、もうひとつは塾の近くだ。だが今の時間はすでに8時を回っている。真由の塾は基本的に7時からだ。この時間にはもう塾の中にいるのが普通だ。ということは・・・・・・。
「・・・・・・家か?」
雄太がいるところは真由の家と雄太の家の中間地点。走れば5分程度で着くはずだ。雄太はもうこれ以上は出ないであろうスピードで真由の家へと向かった。
暗い裏路地。家の前でフルフェイスのヘルメットを被った誰かが待ち伏せしており、いきなりナイフを持って襲い掛かってきた。顔を狙って。ギリギリのところでそれをかわしたまでは良かったが、その誰かの策略かどうかはわからないが家から遠ざけられ、今となってはこんな誰も通りそうにない所まで追い込まれてしまった。後ろはブロック塀。もうこれ以上は避けきれない。体験したことのない感覚が真由の心身を襲った。どうしようもない状況。これから死ぬんだという恐怖。全身がガタガタと震えだし、ヒザが笑っている。立っているのも精一杯だ。フルフェイスをかぶったそいつが、どんなものよりも恐ろしい存在に思える。もしここに貞子がいたら、真由は考えることもなく貞子のほうへと走っていくかもしれない。それくらい、怖かった。
「雄太ぁ・・・・・・。助けて・・・・・・」
声帯があまりの恐怖に圧迫されてうまくしゃべれない。もしかしたら真司もこんな感じだったのかなと思う。涙がボタボタと目から落ちていく。そのせいで視界がぼやけたが、今となってはどうでもいい。自分は死ぬのだから。せめて、あともう一度雄太に会いたかった。
「大好きって言えたら、怖がらずもっと強いあたしがいたなら・・・・・・」
フルフェイスのそいつがナイフを腹の横に構え、顔に狙いを定めた。どうせやるなら一思いにやってくれ。痛い思いをするのは嫌だ。即死を希望します。
「ただの幼馴染だなんて・・・。嘘なんてつかなくてもよかったのにね・・・・・・」
雄太に“好き”と思いを伝えられなかったことが一番の心残りだった。将来の夢である保母さんになれないことも心残りだし、一度もバイクや車を運転できなかったのも少し惜しい。そんなことはどうでもよくて・・・・・・、とにかくもう一度だけでいいから雄太に会いたかった。
―――――神様、お願いします。もう一度だけ・・・・・・。もう一度だけ、雄太の顔を見させてください・・・・・・。
次の瞬間。フルフェイスのそいつが自分の真横に倒れこんだ。一回転、二回転。ナイフは手から落ちてカラカラと音を立てている。何が起きたのだろうか・・・・・・。
ふと顔を上げると、そこには見慣れたあの顔があった。もう一度見たいと願った顔があった。神野雄太の、愛しいその顔が目の前に。
「雄太ぁ・・・・・・」
先ほどまでとはまるで違う涙がこぼれる。恐怖から解放された安堵感と、雄太が助けに来てくれたといううれしさが涙を流させたのだ。
雄太の息はそれこそ恐ろしい程に荒くて、小さな街灯に照らされた額は汗だくだ。
「よっ・・・・・・。遅く・・・なっちまったな。正義の味方の登場だ」
疲れて疲れてツライはずなのに、雄太は最高の笑顔を見せてくれた。これでもかというほどの笑顔を。
真由は自分の真横にフルフェイスのそいつがいることをまるで忘れて、雄太の胸に顔を埋めた。埋めずにはいられなかった。愛しい雄太の胸は広くガッチリとしていて、たくましかった。
「悪いけど、この続きはシングルベッドの上で頼むよ。今は・・・・・・そいつをぶっ倒すことが先決だ」
やっとのことで立ち上がったそいつは、ナイフを拾い上げてこちらを向いた。フルフェイスのスモークがかかったシールドにはヒビが入っていて、ジャケットの右腕から血がにじみ出ている。
「お前が・・・・・・zeroか。真由を襲ってくれるなんていい度胸してるじゃんか」
そこで一度言葉を切ってzeroであろうフルフェイスのそいつを睨んだ。拳にはわなわなと力がこもる。許せない。絶対に許せない。真司を殺し、真由をも殺そうとしたzeroを許すわけにはいかない。真由を自分の後ろに隠れさせてzeroを指差した。
「ぜってー許さねえ!」
【contact7:zeroの最後】
対処する方法は大体頭の中でわかっていたし、それを実行に移すこともできた。サバイバルゲームで培った反射能力と瞬発力。バスケで培われたのかもしれないが、まぁそれはどうでもいい。相手がナイフを持っている場合、第一に優先することは“ナイフによる攻撃を受けないこと”。これは絶対だ。Zeroが突き出してきたナイフを
半身で避けると、足でナイフを握った左手を思いっきり蹴り上げる。その衝撃でナイフは天高く舞い上がったかと思うと、次の瞬間には遠く離れたアスファルトの上へと落ちた。あっけにとられるzeroのがら空きの横っ腹に強烈なミドルキックを決めると、zeroは壁へと向かって一直線に吹き飛んで激突。その場に崩れ落ちた。
「お前が殺した四谷真司。俺はあいつと同じくらい強いぜ? 今はわかんないけど・・・・・・」
自慢げな顔をしてzeroを見据える。そのときに気付いたことが一つ。zeroは右腕を負傷している。ジャケットに滲み出た血は吸収されないでぽたぽたとアスファルトに血痕をつけた。先ほど部屋で閃いたことが、疑問から確信に変わった。
「やっぱりあんたがzeroだったのか・・・・・・。意外だったよ。なぁ・・・・・・新八さん」
えっ、という表情で雄太とzeroを交互に見る真由。それもそうだろう。まさか自分の担任が殺人鬼で、しかも真司を殺したなんて・・・・・・。
zeroの肩が小さく揺れる。フルフェイスの中で笑いが止まらないのだろうか。事実、そうだった。最初は小さく笑っていたzeroは、今度は腹の底から笑い出した。その声も、笑い終わってフルフェイスを外したその顔も、紛れもなく・・・・・・小針新八その人だった。
「よく気付いたなぁ、神野。もしよければ教えちゃくれないか?」
いつもとは違う喋り方。こちらが本性なのか、それともただ狂っているだけなのか。それは雄太にはわからない。ただひとつ言えることは、自分たちの担任である小針新八が、自分の親友である真司を殺し、その他にも6人の命を奪った。そして真由の命さえも奪おうとした。・・・・・・許せない。
込み上げてくる激しい憤りを必死に抑えながら、雄太は自分が推理した全てを語った。その声は震えていたかもしれない。それくらい、雄太は怒っていた。
「簡単だよ。八という漢数字がついているあんただけが、例外で腕を切りつけられた。他の被害者はみんな顔だけを狙われてるのに。それはつまりあんたが自分で、自分の右腕を切り裂いたってことだ。そしてもしあんたがzeroじゃないならもう一度襲われて今度こそ殺されているはずだろ? なのにあんたは殺されずに、今度は九っていう漢数字がついた真由が襲われた。八のあんただけが死なずにね。放送を止めなかったのは自分も襲われるってことをみんなに教えたかったから。それであんたが襲われれば、詳しく考えないみんなはあんたはzeroじゃないと思い込む。学校で襲われたフリをしたのはzeroを捕まえようとしてる俺に見せるため。こんなところか」
一気に喋った。呼吸することも忘れたかのように一気に。それで自覚した。あぁ、自分は相当怒っているんだな、と。
パチパチと手を叩く音が裏路地に響き渡る。その音を出している張本人はzero、小針新八だ。
「お見事だ。まぁ簡単だったかもしれないけどな」
そう言って立ち上がる。ゆっくりと、ゆっくりと。雄太の体に力が入る。向かってくるだろうという緊張感と、全てのことに対する激しい怒り。拳が震える。目が大きく見開かれる。負けるなんてまっぴらごめんだ。絶対ぶっ殺してやる。
サクッと顔面にナイフが突き刺さる。目がそのナイフに移動すると同時にグルンと白目を剥き、倒れこんだ。真由が泣き叫ぶ声が後ろから聞こえる。ナイフが抜かれると血が噴出し、目の前を真っ赤に染めた。アスファルトには血の池が出来上がる。だが勘違いしないでもらいたい。倒れたのは雄太ではない。倒れたのはzero、新八の方だ。かといって雄太の手にナイフが握られているわけでもない。zeroを殺した奴は、100円均一で売っているようなマスクをかぶっている。こいつは一体誰なのか。新たな恐怖で先ほどまでの闘志がみるみる雄太の体から抜けていく。
――――なんなんだ、こいつは・・・・・・。
「はい、八人目。死亡〜〜。ちゃんと順番通りに死ななきゃダメだろ?」
そいつはそう極めて明るい声で言ってその場を立ち去ろうとした。
「ま・・・・・・待てよ。おい」
声をかけるべきではないと思っていた。しかし、それでも雄太は声をかけずにいられなかった。さっきとは違う震えが体を襲う。怖い。正直、怖い。こんな簡単に人を殺せるこいつはなんなのだ。信じられない。神経を疑わずにはいられない。
そいつが振り向く。マスクの中できっとそいつは笑っていただろう。明るい声でこう言った。
「さぁね。また君達の前に出てくるよ。そこの子、九条真由を殺しにね」
暗い裏路地。残された2人と1つの死体。そいつが去り際に残していったものは、他の何でもない「0」と書かれた紙だった・・・・・・。
どちらが本当のzeroなのか。そして新八を殺したやつは一体どこの誰なのか。雄太の中に、新しい疑問と恐怖が湧き上がってきた。
新八が一体何人を殺したのか。本当に真司を殺したのが新八なのか。他の殺人も、何もかも。
新八はもう死んだ。動機も何もわからない。得体の知れないもう一人のzeroとの戦いが始まろうとしていた。
【contact8:転校生、梶原秀樹】
朝の学校のチャイムが一日の始まりを告げる。新八が死んで4日が過ぎたこの日。クラスの生徒達はみな静まり返り、いつもの騒がしさが微塵にも感じられない。といってもzeroが出現してからずっとこんな感じだが・・・・・・。
新八の代わりの教師はまだ学校に来ていない。そのうち来るらしいのだが、今のところはゴリをはじめとする何人かの教師が交代でホームルームなどを受け持っていた。
今日やってきたのは数学の遠藤で、生徒達からは結構な人気がある。だが少し変わり者で、何でもかんでも数学的に考える癖がある。いわゆる数学マニアだ。
「は〜い、席に着けよ〜。今日は転校生が来てんだからさ」
その声を合図にドタドタと席に着く生徒達。かといって元気があるわけでもない。みな無口で、まるで誰かが死んでしまったようだ。いや、実際に死んでいるのか。二人。転校生が来るとなれば騒がしくなるのが普通。男? 女? かっこいいかな? かわいいかな? そういった会話で盛り上がるのが普通なのだ。だが、今のこのクラスにそれはない。静まり返っている。
最悪な時期に来たもんだ。その転校生。
「じゃー入ってくれ」
途端にドアがガラガラと音を立てて開き、中肉中背の男が入ってきた。容姿は上の中といったところか。これで性格がよければモテるのは必至だ。雄太もかなりモテるのだが、周囲の人々は雄太と真由が既に付き合っているものだと勝手に解釈しているので告白されたことはない。もし真由という存在がいなければ、雄太はその辺の女子に引っ張りだこだったであろう。雄太、真由がいてよかったな。
「梶原秀樹(かじわら ひでき)です。三橋高校から来ました。よろしく」
三橋高校。全国トップクラスの成績を誇る超がつくほどの有名進学校だ。その高校は県外にあることから考えて、恐らく親の転勤かなんかだろう。じゃなければそんな頭の良い秀才くんが、一般的な滝川高校などに来るはずがない。
そんなことよりも、雄太には気になったことがあった。この背丈、肉付き、声。全てが4日前に突如現れた奴とピッタリ一致するのだ。まさか…・・・。いや、そんなはずはない。高校生がzeroだなんて考えたくもない。そんな馬鹿げた考えは即効ゴミ箱行きだ。さようなら。
「梶原の席は……。神野の後ろが空いてるな。そこに座れ」
右には真由がいて、左は窓。こんなところに誰かが席を構えていたらそれこそ怖い。Zeroより下手したら怖い。そして前には美少女ゲームマニアのオタク。毎週片道300円。往復600円もかけて秋葉原に通っているらしい。毎週だぞ? 考えられるか? 一ヶ月に通うだけで2400円も使ってやがるんだ、こいつは。
梶原が静かに近付いてくる。ワックスで固めた髪の毛が嫌でも目に付く。派手な髪型だ。三橋高校から来たと聞かなければ、どこぞのヤンキーだと思うほどだ。とにかく、派手。流石に転校初日だからか、アクセサリーの類はしていなかったが、左の耳たぶにはピアスの穴も開いている。そんな梶原が席に着き、バッグを下ろして落ち着いたと思った瞬間。梶原が雄太にぼそっと呟いた。
「また会ったな……。よろしく」
あの声。4日前に聞いたあの声。それが自分の真後ろから聞こえてくる。そして“また”という言葉。それが意味することは、雄太と梶原が一度会ったことがあるということだ。
「よう、zero……。まさか自分から名乗り出てくれるなんてな……」
そのときの雄太の声は震えていたかもしれない。だがここでもしビビッたところを見せたらそれで終わりだ。確実に真由は殺されるだろう。雄太が強気でいればいるだけ、zeroは……梶原は少なくとも真由を襲いにくくなるはずだ。
雄太の後ろ。窓際の席で、梶原はニタッと笑っていた……。
このとき、まだ雄太も真由も気付いていなかった。zeroとの戦い学校中を巻き込んだものになるということを……。
【contact9:最終決戦開始】
梶原がzeroだということははっきりとした。あまりにあっさりわかりすぎたので逆に違和感を感じたが、それ以外に怪しい人物もいない。そして何よりも梶原の声は新八を殺したあいつとぴったり一致した。記憶の上では……。ただ、今一つわからないことがある。それは新八と梶原のどちらが本物なのかということ。新八が本物のzeroで、今までたくさんの人を殺してきた中、梶原が現れたのか。それとも逆で、新八がzeroの真似事をしたのか。それが一番の謎だった。ただ間違いなく言えることは、真司を殺したやつがどちらであれ、このままzeroを放っておくことはできないということだ。
予想では恐らく真司を殺したのは新八だ。新八は真司にいつも負けていた。というのも、新八か真司かという決断を迫られたとき、クラスの全生徒は真司を選ぶからだ。それがどうしても許せなかった。不良のくせにみんなから慕われるなど、絶対に。その感情が顔に表れているのを雄太は見たことがある。恐らく、zeroの事件に紛れて自分もその真似をし、zeroの仕業に見せかけて真司を殺したのではないか。そして調子付いた新八は、自分が切りつけられたフリをして真由に接近。真由が一人になるのを見計らって家の前で襲撃した。その結果、本物のzeroに殺害された、と。真由を襲った理由ははっきりとはわからないが、真司の親友である自分を絶望の淵に陥れたかったのではないか。
そうやって推理しながら、雄太は家へと向かっていた。もちろん真由も一緒に。学校から家までの道のりの途中に真由の家がある。そこで真由を見届ければ襲われる心配は極端に減る。要は真由を家の外に出させなければいいのだ。
「ねぇ、雄太。聞いてるの?」
推理することに集中していた雄太は、真由の言葉が耳に入っていなかった。今の真由の不満そうな声がやっと耳に届き、何か話していたんだと察知して慌てふためいた。
「あ、悪い……。聞いて…なかった……」
真由がため息をつく。それもそうだろう。雄太が聞いていなかったということは、自分ひとりでバカみたいにしゃべっていただけということになる。ただの独り言ではないか。やるせない気分になるのは当たり前だった。
「今日ね、うちの親……いないの。帰ってくるのは10時。その間、もしzeroが来たらどうしよう……」
真由には、梶原がzeroだということは言っていない。自分の席の斜め後ろのやつがzeroだなんて知ったら気がおかしくなるだろう。実際、雄太もおかしくなりかけたのだから……。
「だから? 俺に家にいて欲しいの?」
ゆっくりとうなずく真由。顔は少し赤い。何を考えているのかわからないが、夜の10時まで年頃の男と女が二人きりというのは、流石に恥ずかしいものがあるだろう。雄太も、ちょっとというかかなり恥ずかしい。
そういえば、雄太は最悪の一言を真由に言ってしまっていた。それは新八が殺されたあの日。まだ新八が生きていて、その新八の魔の手から真由を救い出そうとしているときだ。“この続きはシングルベッドの上で頼むよ”。ようするに、そうゆうことをしよう、と言ったことになる。まさか、真由は……今日それをしようというのか? 勝手にそう結論付けて、うれしい気持ちと不安が交互に雄太を襲った。真由の親父さんに知られたら大変なことになる。雄太と真由の父は仲はいい。だがそれとこれとは話が別だ。昔雄太は言われたことがある。“ヤるな”と。
「いや、その……。俺、今日勉強しなきゃいけないし……」
「うちですれば?」
「見たいテレビあるし……」
「うちでも十分見れるけど?」
ダメだ。適当な理由が見つからない。これ以上言っても意味は無い。雄太は覚悟した。まだ“それ”をすると決まったわけでもないのに。
「わかったよ……。行くよ」
雄太は真由の家へと上がりこんだ。
暗い部屋で、机の蛍光灯だけが光を放っている。梶原はその机に向かって何かをいじくっていた。
「これで完璧だ。確実にやつを殺してやる。八つ裂きなど、構わない」
空気銃などに使用されるBB弾。それに長さ4センチほどの長めの釘をつける。これによって、銃の発射口から弾を装填して撃てば、目標物に釘が突き刺さるということだ。何度かの試し撃ちを行った結果、十分に人を殺す力があることがわかった。
そして肥料や硝酸など。導火線同士が触れると、恐らく爆発するのだろう。簡易爆弾だ。それを防ぐためにプラスチックの板を挟む。
「明日の学校……。楽しみにしてろよ」
梶原は空気銃の中ではトップクラスの力を誇るスコーピオンという空気銃と、釘付きのBB弾3000発に愛用のサバイバルナイフ、そして簡易爆弾を通学バッグの中にしまった。
きしむベッド。部屋の明かりは無く、真っ暗だ。その暗闇の中で二人は一つになった。親父さんが言ってることなんて関係ない。自分は九条真由が好きなのだから。ずっと昔から、九条真由だけを見つめてきたのだから。自分の気持ちに気がついた今、雄太は真由を世界一愛している。真由も、雄太を心から愛し、そして受け入れた。お互いの甘い体温に触れて、お互いを確かめあった。雄太にとって、真由は暖かかった。何もかもを包み込んでくれる、そんな優しい存在に思えた。
真由を、失いたくない。zeroなんかに殺させてたまるか。何が何でも守ってやる。絶対に……!
帰宅後、雄太はいつものスクールバッグの中に、趣味のサバイバルゲームのために集めたガス銃のうちの一つ、最も使いやすくお気に入りの“SOCOM”を投げ入れた。マガジンに弾とガスを十分に補充する。サブマガジンも5つある。合計で100発以上は撃てるはずだ。やつが、zeroが学校にいるということは、下手すれば学校で襲われても不思議ではない。何が何でも守り通すと決めた今、雄太の心に恐怖や焦りは無かった。ただ、真由を守るだけ。何が起きても絶対に……。
昼の休み時間。中庭で一人の男子生徒が頭から血を流して倒れた。後頭部には釘付きのBB弾。
犯人は……梶原だ。試し撃ちを人間にしたのだろうか。その男子の彼女であろう人物もまた、殺された。
梶原が持っている弾数はおよそ3000発。全てに釘による加工が施されている。全校生徒数は1400人。梶原はこの滝川高校ごと潰す気でいるのだろうか。もしそうなら、止められるのは警察か……神野雄太、ただ一人だ。素手では絶対に敵わない。サバイバルゲームで慣らした戦闘技術と、バッグの中に隠し持っているガス銃、SOCOM。
「どこかで聞いてるんだろ? 神野。勝負しようじゃないか。俺は今からこの学校の全生徒を狩る。教師も含めて一人残さずだ。数字だとか八つ裂きだとかはもう関係ない。俺から何人の生徒を守れるかな? 九条真由を守りきれるかな?」
中庭にある階段の影からそれを聞いていた雄太は考えた。なぜ学校全体を巻き込む? 狙いは真由一人じゃないのか? なぜ学校を……。
「始めようじゃないか。今世紀最凶の殺人犯、zeroの狩りを……!!」
止めるしかない。考えてなんかいられない。ここで梶原を止めなければ、1400人の全校生徒が死ぬかもしれない。例え勇気あるやつが戦おうとしても勝てるはずが無い。やつは絶対にナイフも隠し持っているはずだからだ。つまり、今の梶原には近接戦闘でも遠距離戦闘でも勝ち目が薄いということだ。一番簡単なのは、玄関から全ての生徒を逃がすこと。そして警察を呼べば全てが終わる。だが、三橋高校から来た梶原がそんなにバカだろうか? 簡単に逃げられるような失敗をするはずがない。恐らく玄関には何かがあるはずだ。
「俺、帰る!!」
そんな声が聞こえた。まずい。帰させるわけにはいかない。きっと玄関にも何かがあって、逃げようとすると被害に合うはずだ。その証拠に、梶原は帰ろうとするその声の主を探し出して帰させないようにする素振りを見せない。
雄太はその場から玄関へと向かった。真由も後ろから続く。梶原に見つからないように最善の注意を払いながら。
推理なんていらない。zeroは確実に梶原秀樹だ。例え梶原がzeroじゃなくても、やつは人を殺した。雄太の目の前で3度。これ以上好き勝手はさせない。させるわけにはいかない。バッグから取り出してあったSOCOMを、力強く握り締めた。
今日、この日。全てを終わらせるために雄太は全力で戦い抜くことを、天国の真司を始めとして新八を抜かした、7人の犠牲者に誓った。
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2004/06/06(Sun)16:24:42 公開 / 紅い蝶
■この作品の著作権は紅い蝶さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
もうミステリーじゃないですね。終盤は完璧アクションとなってきてます^^;ミステリーを期待された方には申し訳ないです。
最後の決戦が始まったわけですが、この戦いの中で梶原秀樹という人物が少しずつわかっていくと思います。本当にzeroなのか、なぜ殺人を行ったのか、など。
残り少ない期間ですが、ぜひ最後までお付き合いください。
一話一話が短いかと思われますが、ダラダラと長いよりは、短時間で読めて快適かなと思って意図的にそうしています。あまりお気になさらぬようお願いします。
〜感想へのレス〜
笑子さん>それを言ったらお終いですって^^;それに、通報したからといって梶原が捕まることはまず無いでしょう。物的証拠が何もありませんから。残り少ない話、よろしくおねがいしますね^^
雫さん>毎回毎回、感想をありがとうございます。ホント、うれしいです。ハマッてるとか言われたらもう涙っすよぉ・・・・。ホントありがとうございます。あともう少しでこの話も終わりです。それまでお付き合いいただけたらうれしいです。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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