-
『half 0』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:小村睦
-
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
Half 【ハーフ】
0:結果
ここは、古く寂れた廃墟。
傍から見れば、そうとしか見えないだろう。
しかしこの廃墟の中に、二人の男が入っていった。
しかしこの廃墟の中に、一人の少年が居た。
少年ではなかった。
「いやァ、やっぱここの見回りはキツイよな?」
片方の男が言った。
いかにもキャリアがある雰囲気ではあるが、口調からすると、見た目よりも歳は取っていないらしい。
「まあな。薄気味悪いし」
もう片方の男が答えた。
少し、こちらの男の方が若そうだ。
静まり返った廊下に、カツン、カツンという二人分の足音が響く。
見かけとは裏腹に小奇麗にしてある室内なのだが、どうも奇妙な雰囲気が漂っていた。
「人成獣の研究所だったんだろ、ここ」
「ああ」
二人の男は暫く黙った。
カツン、カツンという一定の速度の足音が、少しずつ速まり、前方を照らし出す丸い光が大きくなった。
それと同じ調子で、二人の影が廊下に伸びる。
少年は、窓から覗き込んでいた。
その窓は、この建物の中でも少年しか知らない、小部屋にある窓。
ひとり、ふたり。
二人の男が、何かを話しながら歩いていくのが見えた。
少年は、ひどく「外」を嫌った。
そして、その「外」に棲む人間を、またひどく嫌っていた。
誰か、外の人間が、来た。
それだけで、少年は穏やかな気持ちでは無くなり、すっと立ち上がった。
部屋の扉を開ける。
光が差し込んできた。
「人成獣って、どういう風に造ってたんだろうな」
男は、もう片方の男に尋ねた。
尋ねられた男は、少し言いよどんだが、答えた。
「そりゃ、色々だ。軍事用に、ひたすらデカくて強い奴を化学的に融合させて作ったりもしたし、物好きなんかは限りなく人間に近い物を作ったりもした」
「その両方を兼ね備えた奴がいりゃ良かったんじゃないか?一匹で済んだじゃねぇか」
はは、と乾いた笑いを上げる。
しかし、答えていたほうの男の顔は逆に引き攣った。
「…最終的には一匹で済んだんだよな」
あの小部屋で、少年は【二度目の生】を受けた。
その瞬間の事など何一つ記憶していない。
少年が覚えているのは、深い深い憎しみだけ。
自らの肉体に刻まれた、生まれもっての憎しみだけで埋め尽くされたのを憶えていた。
「完璧よ…完璧だわ、何一つ文句のつけようが無い!」
孤高の天才と呼ばれた科学者・マリス=レノワールは大きな声で、“それ”を絶賛した。
周りに居た研究員達は、その姿に恐れおののいたという。
血にまみれ、薬液独特の匂いを漂わせ、今にも獲物を捕らえてしまいそうに鋭い目を持った、赤ん坊。
赤ん坊の姿は、一応人間に似ていた。
ただ、耳の部分だけは、醜く獣の形へと変貌し、赤子だというのにとてつもなく硬く、鋭い爪を持っていた。
初々しい泣き声を上げるわけでもなく、ただ赤ん坊は唸っていた。
初々しい泣き声を上げるわけでもなく、ただ“化け物”は憎しみを抱いていた。
「どういう事だよ?」
男は尋ね返した。
動揺を無理矢理押さえ込むようにして、答える。
「“そいつ”の作成は、丁寧に行われた。いつもよりも遥かに精密に作られていた。
材料に何を使ったのかは知らないが、色んな優れた動物を犠牲にした。
そんで、作っていた訳だ
ごくり、と唾を飲む。
「材料は主に、狼の群れのリーダー数匹だったらしい。そんで、主な材料の中にはもう一種類…人間が含まれていたんだ。
まだほんの、赤ん坊が、5人」
「いい?貴方は、人間の子ではないの。私の子でもないの。
貴方は、神の子。悪い人間を裁く為に存在しているの」
マリスは、“それ”に、口癖のようにその台詞を教え続けた。
“それ”は大分成長し、僅かに言葉も覚え始めていた。
マリスの調合した特別薬のお陰で、ばさばさの茶色い髪の毛が生え、目の鋭さは消え始め、だいぶ人間らしくはなったのだが、やはり体の特徴は消えなかった。
少年は、少し帽子を深く被り直し、廊下のあちこちに空けられた窓から二人の動向を眺めた。
少年しか知らない、秘密の通路にある、小窓。
二人の声は、異常なまでの聴力によって聞き取る事が出来た。
外の男が、二人。
何か話している。
うろ覚えの言葉で、何となくの内容は理解できた。
ああ、自分の話だ。
少年は、帽子を更に深く被り直し、音を立てずに廊下を走り抜けた。
『人間の尊い命を犠牲にしてまで争って、何の意味があるのか?』
第三次世界大戦中、そう唱えられていた世の中に、当時の統領は告げた。
『これからは、犠牲を極力減らし、国民の戦争に関する負担を格段に減らす事をここに宣言する』
幾らでも言い訳の仕様がある、平和宣言だった。
それから、その国は争いを嫌い、他国からすれば「平和主義」の国に見えるようになっていった。
しかし、世の中は奇麗事ばかりでは治まってくれないものだ。
その国にはその後も、次々と陰での争いが起きていた。
対処の方法として、沢山の兵器が造られた。
ミサイル、戦車、地雷。一般の国民は知らない所で、極端に貧しい人間や孤児を、戦争へと駆り出した。
もともと技術の優れていたその国は、多くの兵器を造り、確かに国民の負担は少なくなった。
負担は“少なく”なった。
“それ”は、兵器として、造られた。
「兵器…?赤ん坊を犠牲に?」
「ああ」
二人の男はまだ話していた。
「何で、そんな事するんだよ?」
ずっと尋ね続けている男が、今までで一番不安げな顔で聞き返した。
すると、ずっと答え続けている男が、今までで一番言いよどむ事無く答えた。
「決まってるだろ。犠牲を極力抑えて、この国を“平和”に保つためだ」
答えを聞くと、ずっと尋ね続けている男が、表情に少しだけ陰を落として、黙った。
マリスは、“それ”に、争いの方法を教え続けた。
音を立てずに歩く方法、銃の撃ち方、敵に見つかった時の対処。
自分の手の届かない所は、国の力で専門家を呼び、熱心な訓練をした。
“それ”は、すんなりと理解した。
理解し、実践した。
実践し、多くを傷つけた。
傷つけたが、何も感じなかった。
自分は神の子。
『貴方は、神の子。悪い人間を裁く為に存在しているの』
神の子の使命だから。
ただ、時々、“それ”は思った。
自分は、人の子になりたい。
でも、その度、“それ”は思い直した。
自分には人の子になるような権利はない。
だから、神の子として産まれるしかなかったのだろう。
でも、自分をそんな形でも産み落としてくれた、神の下で働かなければいけない。
神の為に、傷つけなければいけない。
傷つかなければ、そして耐えなければ、いけないんだと。
「平和…?」
少年は呟いた。
薄暗い通路の中に、自分の声が響き渡る。
思わぬ不覚。少年は少し慌てる素振りを見せたが、直ぐに体勢を立て直し、場所を変えて二人の男を観察する事にした。
平和か。
心の中で思う。
平和の為に、神は自分を産んだのだろうか?
なら、何故自分は手を穢さなければならないのだろうか?
そんなのは我侭だ。
自分は、平和の為に居る。その為には、神に従う。従えば、手は穢れるのだ。
心の中で思う。
「今、何か声がしたな」
男が言う。
もう片方の男も頷く。
「誰かいるのか!」
男の声が響き渡る。
しんと辺りは静まり返り、人の気配は無くなった。
「…何も居なそうだな」
「実力行使することもないし」
二人は再び歩き始める。
「…“それ”は、結局…どうなったんだ?」
ぽつり、と呟く。
返答も、呟き返すような小さな声だった。
「結局…闇に葬られた。関係者達は、今後目立つ事をしないようにと言い渡され、闇の中に消された」
もう、何の反応もしなかった。
惨い話に、何の反応も出来なくなった。
「やめて!離して!!」
マリスは叫んでいた。
両脇には大柄な男が二人並んでおり、いくらマリスが抵抗した所でどうにもならない。
「あの子の研究はまだ途中なの!お願い!」
「駄目だ!この計画が国民に伝わってくる危険性が出てきた以上、もう研究は中断せざるを得ない!」
激しい声での口論。
口論の果てに、マリスは掠れた声で懇願した。
「…じゃあ、あの子にもう一度!もう一度だけ会わせて!」
男は顔を見合わせる。
そして、マリスは一度、解放された。
“それ”に向かって歩み寄り、すっと目線を合わせて話し始める。
「良い?貴方は、神の子。今までしつこいぐらいに言って来てしまったわね。
ごめんなさい。でも、これからは人の子として、生きていって。
貴方は、人の子。人を守るためにいるんだって、思い直して」
自分の被っていた、大きな帽子を“それ”に被せる。
その帽子は、小さな“それ”の特徴的な耳までも隠した。
「帽子を被れば、貴方はすっかり人の子に見えるわ」
マリスは微笑むと、頭を撫でる。
その時、“それ”は理解した。
この人は、自分の為にこんな事をしてくれている。
人の子とは、こういうものなんだ。
自分の為に、他人が居てくれる。気遣ってくれる。
“それ”は、いや“少年”は、大柄な男に向かって飛び掛ろうとした。
今、自分のことを想ってくれるこの人は、かけがえのないものだ。
その人を傷つけようとするこいつらは、悪い奴だ。
少年が、人として初めて考えた事。
一生懸命に、考えた事。
それは実に、実に簡単な図式だった。
しかし、少年の足首には、既に鎖が巻きついていた。
引きちぎってやろうと思った。
でも、その忌まわしい鎖には、マリスの手の甲が見えていた。
少年の頭の中に、その記憶はまざまざと甦ってくる。
激しくめぐる、後悔の渦。
歩いている二人の男に、オーバーラップする。
あの時の気持ちが、心の奥底でまた疼いた。
悔しい。
憎い。
少年の体の半分を埋め尽くす、深い獣の憎しみが、また疼いた。
「…でもな、闇に葬られたって言っても、“それ”はまだ処分されていない」
男は言った。
「そいつは、当時自分を迎えに来た奴を片っ端から殺したんだ。自分の産みの親も」
カツン、カツンという足音。
…結局は、その産みの親ってのも何人かいてな、戦争の被害者だったらしい。その人成獣自体は悪くないだろうし、その親も悪くはない。
一番悪かったのは、人間の醜い欲と、醜い知恵だ」
足音の高い音色に、男の低い声が合わさる。
「もし、自分がそんなに欲望にまみれて産まれて来たら…絶対に、そいつみたいに、復讐するだろうな」
「自分が100%の人間でも?」
「ああ」
「半々でも?」
「勿論だろうな」
殺しかねない。
暫くの静寂の後、また耳の中に足音が反響し始める。
カツン、カツン…という、足音。
「人間の欲、か」
「ああ」
ざくり。
神妙な顔をしていた男達の表情が、一変した。
苦し紛れに、
振り返る。
ぎろり。
光る。
お互いの首元を見合わせ、そしてそれが最期だった。
鋭い爪。
二人の背後に、一匹の獣が立っていた。
ずるり。
指が、引き抜かれた。
少年の爪に、真っ赤な血がこびりついていた。
滴っている、血。
それはまるで、血ではない、神聖な聖水にすら見えた。
しかし、それはまぎれもなく、血。
ぱたり、ぱたりと滴っていた。
少年の目に、冷たい光は宿されていた。
人間の瞳では無かった。
獣の光が。
憎しみが。
憎悪だけが。
「おや、いらっしゃい」
此処は、薄暗い研究室。
その中に、僅かに入り込んできた光を反射して、白く眼鏡が光る。
「今日も持って来てくれたのかい?」
嬉しそうに眼鏡の持ち主は告げる。
ぱっと明かりが灯り、持ち主の姿は露になった。
かつて白衣だったであろう物は、紅い血をこびり付かせ、汚れを跳ね飛ばしており、是でもかと言うほど汚くなっている。
真っ白に染まった髪の毛は、無造作に伸びていた。
その男に、体中を血で真っ赤に染めた少年が、二本の瓶を差し出す。
「これは凄いね?かなり新鮮で良い」
男は、その瓶を明かりに傾けたり、香りを確かめたりしながら呟いた。
「お母さんも喜んでくれるよ」
にやりと怪しい笑いを顔じゅうに広げながら、壁にすっと手を差し出す。
すると、壁は左右に開き、中に大きな壷が現れた。
「お母さんに、会うかい?」
少年は、ゆっくりと首を左右に振る。
男は、そうかいと一回頷くと、壁の方へと歩み寄っていった。
左右に開いた壁は閉じる。
明かりが、落ちた。
古く、寂れた廃墟。
傍から見れば、そうとしか見えないだろう。
しかし、その中に、一人の少年が居た。
少年ではなかった。
しかし、その中に、一人の少年が居た。
自分の中で渦巻いている何かを、掴もうとしていた。
少年では、なかった。
-
2004/05/28(Fri)14:42:03 公開 / 小村睦
■この作品の著作権は小村睦さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
お読み下さり、感謝です。かなりお久しぶりに顔出しました、小村です。
シリーズ物が長続きしない性質なので、このシリーズは短めにまとめたいと思ってます…はい。暗い話だけど頑張ります。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。