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『HeisA -couple of delta- <a prologue>』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ケイト
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*/a prologue
「は、はぁ――ハ」
視界を流れるネオンの灯り。
まるで蛍の遊歩のようにゆるやかな曲線で描かれるその光景を、私は普段なら美しいと感じたかもしれない。
宵闇が世界を支配するその時間に、この通りは昼よりもなお眩い七色がストライキを起こしている。
その七色は虹と言うには苛烈に過ぎ、オーロラと言うには露骨に過ぎた。
――いわゆる、歓楽街。そのただ中を私は疾走している。
「はぁ、はぁ……っぐ、はァ」
体は鉛。心臓はのど元までせり上がっている。息づかいなどもはや犬のように荒く、その中でも健気に伝えてくる味覚は鉄。
狭隘な世界は胡乱で、ただ私を埋めるのは本能だけ。その中で、超然とした理性が他人事のように自己を俯瞰している。
いや。本能に引きずられる理性はどこか散逸的で、本能、理性、自己、様々な私の葛藤はどれも的を射ない。それはまるで夢のよう。
狂気に侵された私はまるで乖離性同一性障害。夢と現実を隔てるものは、ただただ絶望的なまでの疲弊のみ。
時間感覚など失われて久しく、一体どれほどの悠久を――或いは刹那を駆け抜けたのか、判然としない。
歓楽街。夜間にこそ本領を発揮するその街道は、昼間とは反転した印象を見せる。ケバケバしいまでに華やかな彩り。
行きかう人もまた混じりあい、毒々しいまでに鮮やかだ。
――――逃げないと。
きっと振り返れば、そこはとてもシンプルで、しかし鮮やかな一色に染め上げられていることだろう。
それはきっと美しい。何にも勝り、かつて英雄と呼ばれた存在しか目に出来なかった、徹底した美だ。
――――逃げなければ。
「ひ、ふぅ、ふぅ……!」
その美に混ざること。それは抗いがたい誘惑。人たる身でありながら、神の芸術へ触れる快感。溶ける悦楽。
毒蛾のように美しく、誘蛾灯のように魅惑的。
――――ニゲロ。
「あ、あはぁ、はぁっ……!」
それなのに、酸欠でぼんやりとする頭はただそのことだけを考えているのに、体はちっとも言うことを聞かない。そもそも体の統制権がすでに私にはない。
私を埋めるのは本能だけ。
……それはきっと美しい。何にも勝り、かつて殺人鬼と呼ばれた存在しか目に出来なかった、徹底した美だ――。
「ア――はァ……っ!」
体は走り続ける。どこにそんな力があるのかと思うほどの力強い動きで、ただがむしゃらに走り続ける。
壊れゆく身体など気にした風もない。この身はただ走ることしか知らぬとばかりに、止まることなく全力の疾駆を続けている。
苦しさは感じない。そんな段階なんて、とっくに超越している。
このままなら、いつまでも走り続けることができそうだった。どこまでも走り続けることができそうだった。
後ろにアレのある限り、どこまでも、この世の果てまででも走り抜けることが可能だと思えた。――可能ではないとならなかった。
……それでも。
「――あっ」
終幕はあっけないものだった。舗装路の轍。視認すらできない微細な凹凸に足をとられた私の身体は、わずかの引っかかりを覚えたつま先を支点に全力の慣性をくるりと直下へ向ける。
――――ニ、ゲ……。
受け身もろくに取れずほとんど頬を引きずるようにして全体重を地面へと預けた私は衝撃にただの一瞬呼吸を奪われ、それだけで白目をむくほどの酸素不足に襲われる。
いや、もうずっと前から身体は慢性の酸素不足だった。今になって漸く肢体の統制権は返還されたようだが、限界をこえて働き続けた足は腐り落ちるほどの紫で、もはや痙攣すらままならない。
そもそも動力源の酸素すらほとんど供給されていなかったはずの足がここまで動き続けたことが、奇跡をこえて奇怪なのだ。
心臓の鼓動は頻脈より早く、早鐘より尚早く、摩擦される血液は喩えでもなんでもなく沸騰寸前。
――このような状況下で人間は生存できるようにはできておらず、よってそれはもう死に体だった。
ほんの数分、いや、数秒待てば死に至るであろう瀕死の身体。手を下すことなく自動的に、それも急速に訪れる消滅のとき。
……だが、それも。アレの前では、遅すぎた。
いよいよ暗がりゆく視界が映すのは、あらん限りの視野いっぱいに広がる赤色の靄。何となく火の粉を彷彿とさせるそれに気持ち身じろぎするが、実際に動いた距離は1ミリにも満たないだろう。
「ク。クフフ。はははははは――」
音は視界の外から。この世の至福全てを手に入れたような喜悦あふれる笑い声。おぞましいまでに無邪気なその声は――無邪気なまでにおぞましいその声は、死に逝く身体をなおも振るいにかけようとする。だが、身体はぴくりとも動かない。
本能と身体が噛み合わない。生物として決定的な部分が壊れてしまった私は、もうあれだけの運動をする力が残っていない。否、それを為す器官がとうに存在しない。すでに足の壊死は全身に広がりつつあった。
――もう、疲れた。
本能もそれを悟ったのか、ざわめきは胸中から失せる。ただ残ったのは、死に逝くにしては妙にすっきりとした思考だけ。
覚悟なら生まれたときからできていた。させられていた。私は元々、そういったものだったから。
恐怖がない、とは言わないが、死に際するにはあまりに心境は穏やかと言えた。
……思い出すのは、アイツのこと。きっとアイツは悲しむだろう。悲しみ――怒るだろう。できるなら、悲しまないでほしい。怒らないでほしい。
それはアイツには似合わない。ただ私が許せなかっただけだから。これは私のわがままで、結末は自業自得なのだから。
――約束を守れなくてごめんね。叶うなら、あなたの隣でいつまでも無防備にあくびをしていたかった。
それはゼロコンマを下回る、まさに刹那の走馬灯。風前の灯し火が見せた、泡沫のゆめまぼろし。
訪れる死は、そう、ただ早いか遅いかの違い。このまま死に逝けば私の勝ち、アレが先に手を下したならアレの勝ち。
単純明快。私に訪れる未来は決まっている。あがくことすら適わない。なら、できることをしよう。
私は何千、何万と繰り返したソレを行うと、
「――Anfang」
静かに瞳を閉じた。
………さあ。
それでは一つ、死ぬとしようか――――
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2004/05/22(Sat)21:45:25 公開 / ケイト
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■作者からのメッセージ
はじめまして、初投稿のケイトです。以後お見知りおきを。
拙い文章でお眼汚し申し訳ありません;
実は添削段階で致命的欠陥を発見したりしなかったりしたのですが、まあそこは気合で捻じ曲げました!(マテ)
現在とても忙しく遅々として進まないかもしれませんが、頑張りますのでどうか暫くの間お付き合いくださいませ(礼)
感想やアドバイスなどありましたら頂けると嬉しいです♪
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