『桃ノ花ビラ 〜読みきり〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅い蝶
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「桃ノ花ビラ」
―――――春。あたしが生まれた季節。そして、あなたともう一度巡り会えた季節。・・・・・・そんな季節の思い出。
「ばいばい。桃子ちゃん」
まだ幼かったあたしが涙を流して手を振る。彼もボロボロ涙を流して手を振る。
父親の仕事の都合で引っ越す彼。
もう会えないと思っていた・・・・・・・・。
「きれ〜い・・・・」
2月の終わり。気分転換に一人で散歩に来た自然公園。公園は子供連れの家族でそれなりに溢れていた。
桃の木に淡いピンク色の花びらが咲いている。春のそよ風に揺られて一枚が落ちた。ヒラリヒラリと舞って・・・・。
「あ・・・・・」
その花びらを三春桃子(みはる ももこ)はもの惜しそうに目で追った。きれいな花びらもいつかは散ってしまって、葉が生えてくる。毎年そんな現象が繰り返し行われているのだけれど、やっぱりどこか物悲しい。
散った花びらが、桃子の近くにいたある人の鼻にちょこんと腰を下ろした。
その花びらをそっと指で持ち上げると、その人は桃子の方を向いた。
目が合う。二人の間をそよ風が通り抜け、そしていくつもの桃の花びらが舞った。
「これ・・・・・・・欲しいの?」
その人は花びらを親指と人差し指でつまんで、桃子の方に差し出した。
「あ・・・・えっと・・・・はい」
たった一枚の花びら。それを桃子に渡すとその人はどこかへと行ってしまった。
サラサラの黒髪が爽やかで、優しそうな顔立ちをしていた。
桃子は花びらを持ったまま立ち尽くしていた。
学校のチャイムが鳴り響き、高校最後の授業の終わりを告げる。
桃子は市内の高校に通う18歳の3年生。容姿端麗で友達も多い。背中くらいまで伸ばしたきれいなストレートヘアが特徴だ。進路も決まり、のんびりと大学入学を待つだけだった。
今日で最後の授業も終わり、あとは1週間後の卒業式まで休みだ。友達と遊ぶもの、就職活動に明け暮れるものなど様々だ。
クラスメイトに卒業式までの別れを告げて校門を出る。
といっても、この後ヒマだ。バイトは休みだし彼氏もいないし友達はみんな予定があるし・・・・。
「あの自然公園にでも行ってみようかな」
まっすぐ家には向かわず、一週間前に桃の花を見たあの自然公園へ向かった。
一週間前見た景色とほとんど変わりのない風景がそこにある。
桃の花が咲き誇り、仲のいい親子が笑い、そしてあの人が桃の木の下にいた。
黒い一眼レフカメラとかいうやつを構え、桃の花を何枚も撮っていた。
「写真・・・・撮ってるんですか?」
勇気を出して声をかけてみる。サラッとした黒髪をなびかせながら、彼は桃子の方をむいた。
「まあね。そんな大したことじゃないけど・・・・・。こうゆうの好きでさ」
優しい声。優しい顔立ち。一週間前のあの人だ。間違いない。
彼はカメラを下ろし素敵な笑顔を見せて話した。
「俺、ちょうど一週間後に東京行くんだ。カメラマンになりたくて・・・・。金がないから普通列車だけどね。こっちを12時に出てあっちに着くのは3時なんだ」
彼は桃子のことを覚えているのだろうか。初めて話した感じではなく、どこか親しげに色々と話してくれた。
「あの・・・・・」
桃子がしゃべろうとした時、彼の携帯がなった。最悪のタイミング。今日はおひつじ座の運勢は最悪?
2分ほど彼は電話相手と話していた。口調や内容から言って、おそらく仕事関係の話だろう。
パタンと二つ折りの携帯電話を閉じてポケットへとしまう。
「何?なんか言おうとしなかった?」
「あ・・・・・・いえ、別に」
本当はあった。名前を聞きたかった。でもこの人は一週間後に東京へと行ってしまう。もう会うことはできないだろう。だったら聞いても意味がないではないか。そう思って桃子は名前を聞くのをやめてしまった。
桃の花びらが風に舞う。二人を包み込むかのように・・・・・。
「じゃあ、俺は仕事の関係で今から出かけるからさ。じゃあね」
彼はカメラを入れたバッグを肩に掛けると、ゆっくり公園の出口へと歩いていった。
(もう、会えないのかな・・・・)
桃子は名前を聞かなかったことを少し後悔した。
卒業式。桃子を含め270人の生徒がこの高校から旅立っていく。
体育や部活で汗を流した体育館に、今は校長の言葉だけが響く。校長は今年定年を迎えた。教員生活最後の話と3年生の卒業に悲しくなったのだろうか。途中から涙を流して話していた。
校長は泣きながら最後に、心なしか桃子のほうを向いて話した。
「たとえ誰かに怒られたとしても、自分の気持ちにウソはつかないでください。大事なことをサボってはいけません。でもそれが自分の気持ちに素直に行動したことなら、それに対して胸を張ってください」
静かに話を聞く生徒達。校長はハンカチを取り出して涙をぬぐうと、力強い声で言った。
「三春桃子さん。今日、私の息子が東京に行きます。カメラマンになるために。君はそれを黙って送っていいのかい?確かに卒業式は大事。でもそれ以上に大事なことは・・・・・勇気を出すことです」
校長の言葉に、涙が出た。何で知ってるんだろう?なんであたしの名前がわかったんだろう。答えは簡単だ。桃子がまだ小さい頃、隣に教師の家族が住んでいた。3つ年上のお兄さんがよく遊んでくれて、桃子は覚えていないが・・・・・その人は、あの彼だったのだ。
がたっとパイプイスから立ち上がる。全生徒の視線が桃子に集まったが、そんなことはもはや関係なかった。
「先生・・・・・。行ってきます」
校長は静かに頷いた。その顔は幼い頃見た優しいおじさんと同じ笑顔だった。
他の先生達が止めようとするのを振り払って駆け出す。
もう迷ってなんかいられない。
―――――彼に・・・・会いたい!!
桃子は髪をなびかせて、必死に駅へ向かって走った。
『3番線、普通列車東京行き。まもなく発車します』
駅アナウンスが構内に響く。1,2番線に電車は止まっていない。3番線の東京行きだけがホームにあった。
彼はずっと改札口を見ていた。もしかしたら、桃子が来てくれるんじゃないかと。
名前を言わなかったことを後悔した。というより・・・・言えなかった。
あっちはきっと初対面だと思っていただろう。彼は桃子が昔よく遊んだあの女の子だとわかったが、桃子は幼かった。覚えてるはずがない。
「来て・・・・くれなかったか」
発車ベルが鳴る。次々に乗客が乗り込んでいく。もう乗らなければドアが閉まってしまう。
でかいショルダーバッグを肩に斜めに掛けて、彼は列車へと・・・・・・・・。
「一真さん!!」
聞こえた。彼女の声が・・・・・。
彼、一真は振り返って声のしたほうを向いた。
階段を登ってくる女の子が一人。昔見た面影が残り、そして昔よりも数倍きれいになった彼女、桃子だ。
発車ベルが鳴り響く中、桃子は走って一真の目の前まで来てくれた。発車時刻まであと10秒程度しかなかった。
ハァハァと息を切らして自分を見つめてくれる桃子に、一真はひとつの箱を取り出した。
「よかった。もう一度会えて・・・・。これを渡したかった・・・・・・」
箱の中には、桃の花びらがいっぱいに入っていた。
「俺達二人を再会させてくれたのは、桃の花びらだからね。またいつか会える日まで・・・・・持っていて欲しい」
ポロポロと涙が溢れてきた。止めたくても止められない。いや、もういっそ止まらなくていいや。
桃子はその箱を両手でぎゅっと抱きしめて、何度も何度も頷いた。
「それじゃあ・・・・・。また」
ドアが閉まる。
二人の間に壁を作り出した。
でも、もう今は二人の心の間に壁はない。
走っていく電車を桃子は見えなくなるまで眺めていた。
それから一年が過ぎた。
今でもあたしは、あの桃の花びらを持っている。
久しぶりに帰ってきた故郷。あの自然公園で桃の花を眺めていた。
風に舞ってどこかへ飛んでいく花びら。風が止んで地面に静かに落ちた。
それを誰かが拾い上げる。その人はやさしい顔で、サラサラの髪。肩に掛かったあのカメラ。
「また・・・・・・会えたね」
優しい声で、微笑んで、彼はあたしにそう言った。
もう忘れない。この優しい笑顔を・・・・・永遠に。
【終わり】
2004/05/04(Tue)17:28:50 公開 /
紅い蝶
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紅い蝶さん
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■作者からのメッセージ
えっと・・・・・。これは自分がかなり前に書いた未発表の作品を、投稿用に書き直したものです。
昔のものですから、描写やストーリーなどわかりにくいところも多いかと思いますが・・・・・。
改めて読みきりの難しさを思い知った今日この頃です。
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