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『背徳の牧師カロン(月曜に生まれ金曜に死ぬ女性)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:笑子
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カロンは息を切らして屋敷の中に駆け込んできた婦人に気づくと静かに歩み寄り話しかけた。
「よかったらその美しい指輪の訳を聞かせてもらいえませんか?あなたのような美しい女性が喪服を着て大事そうに指輪を握り締めているのには深いわけがあるのでしょう?ここは何もないところですからね。あなたのような美しい方が話し相手になってくださると退屈な屋敷にも花が咲きます。」とカロンは言った。
婦人は息を切らしながらもカロンを見上げ、口元を少し緩めて笑った。
「あなたは・・・私のことを追い出したりしないのですね」と婦人は言った。
「私はお客様の顔を忘れたりなどしませんよ。得にあなたのように美しい方ともなればね。好きなだけいらっしゃってください。ミス・ビクトリア。しかし少し前とは雰囲気が変わりましたね」とカロンは微笑みハンカチを差し出した。
「前よりちょっと太ったかしら?」
「いえ、今が丁度いいくらいですよ」
婦人は躊躇うように瞳を動かしたがやがてカロンの漆黒の目をしっかりと見つめた。
「私の懺悔を又聞いてくださるのですか?」
「何度でも。どうぞお聞かせくださいミス・ビクトリア」と言うとカロンは婦人が座るために椅子を引いた。
婦人は話し始めた。
あなたがご存知のとおり私は一週間前までスラムに住む貧乏な女でした。その日一日を過ごすためのパンもなく体を売ったこともあります。生きるためなら何でもする女です。最初は躊躇っていたことでも回を重ねるうちに何でもなくなりました。そうして私は一週間前の今日も私にその日の恵みを与えてくださるどなたかを路上で待ち続けました。
すると一人の殿方が足を止めました。私のほうに無作法にコインを投げつけます。拾ってみると5ルベクもの大金です。
「何でもするか?」とその殿方は言いました。
私はこくりと頷きました。どうせ他に何もしようがないのです。
「ある屋敷に入って指輪を一つ盗ってきて欲しい。難しいことじゃない。お前ならできる」と殿方は言いました。
私はびっくりしました。だって、私神に誓いますけど泥棒だけはしたことありませんのよ。
「そんなこと・・・失敗するに決まってます」
「そんなことはない。お前が適任だ。それとも受け取らずに今日も見知らぬ穢れた男に尻を振るのか?」とその人は言いました。
あんまりといえばあんまりの言葉に私は思わず唇をかみ締めました。
結局私はその人の言うとおりに夜になってから屋敷の塀を越えて中に入りました。確かにその人の言ったとおりに広い屋敷の割には警備員は一人もいなく、驚いたことに、ええそのときは本当に驚いたのですけど、玄関の鍵すら閉まってなかったのです。
私は難なく屋敷の中に入ると言われたとおりに3階の一番奥の部屋の前まで行き息を潜めました。話のとおりならそこに屋敷の主人ポルテ・ラグ・ヒュースがいるはずだからです。
私は静かに扉を開けました。主人が寝てることを祈りながら。
中には二人の人がいました。一人は主人のヒュース、ベッドに寝ているのは彼の奥さんでした。
「誰だ、」とヒュースは言いました。彼は起きていたのです。
私はもう終わりだと思いました。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私は・・・」と私は悲しさのあまり涙を流しました。
「・・・マリア?マリアなのか?」とヒュースは言いました。
「いえ・・・私は・・・」
「マリア・・・私は信じていたよ・・・。お前がまた元気な姿を見せてくれると・・・!」
そう言って彼は私を抱きしめました。私の言葉など耳を傾ける様子もありません。私は仕方なくしばらくそのまま抱かれていました。
「そのとき抱きしめられただけで胸がときめいてしまったのだ、と言ったら信じてくださいますか?」と婦人はカロンを見て言った。
「ええ、疑いませんよ。続けてください」とカロンは言った。
私は彼の腕の温かさにすっかり心を奪われてしまいました。そう、彼と私が出会ったのはその月曜日の夜のことだったのです。
火曜日の朝、その部屋でそのまま彼に抱きしめられたまま眠りについた私は鳥のさえずりで目を覚ましました。
眠ってしまっているヒュースを起こさぬよう静かに腕をはがしベッドに目を向けた私は驚いてしまいました。ベッドには私そっくりのまるで目をつぶった人形のように動かぬ彼の奥様が眠ってらっしゃったのです。そう、マリアとは原因不明の病気で生きたまま仮死状態となっていた奥様のことでした。
彼は奥様のことを深く愛していらっしゃいました。深く愛するがあまり彼は動かぬ奥様を受け入れることが出来なかったのです。
「お前はマリアだよ」とヒュースは何度もそう言いました。
私は何度もそこから逃げようとしましたがヒュースは私から目を離そうとはしませんでした。朝から夜までずっと一日マリア、マリア、と愛を囁き続けました。
「そして私はその夜、とうとう恋に落ち、彼を愛してしまったのです」と婦人は言った。
カロンは黙ったまま紅茶をすすった。
水曜日、私はヒュースのマリアになりました。ヒュースは本物のマリア奥様には近づこうとはしませんでした。無意識に奥様と私がかぶることを避けているようでした。私は深い罪を感じながらも彼を愛していました。彼も私を深く愛してくれました。彼は私に奥様の服を与え、温かい食事を与えました。たった一週間でやせ細っていた私はすっかり普通の女性並の体重になりました。
木曜日ヒュースは私の指に一つの指輪をはめました。真っ赤に輝く大きなルビーは私の貧相な指には似合いませんでした。しかしそれは奥様とヒュースの結婚指輪だったのです。
「マリア、ずっと私の側を離れないでくれ・・・」
「あぁ、ヒュース。私はずっと側にいるわ・・・。でも、私は怖いのです」と私は言いました。
「何が怖いのかい?そんなもの、私がすべて取り去ってやろう」
私は彼の目をじっと見つめました。
「いつか、奥様がお目覚めになるときが。あなたが彼女の元へ帰っていくときを思うと怖くてたまらないのです」と私は涙ぐみました。
「奥様?私の妻はマリア、お前一人だけだよ」とヒュースは言いました。
私はため息をつくほかにどうしようもありませんでした。
「でも、お前が不安に思うならそうだ、あの部屋には誰も入れないよう鍵をかけよう。お前はあの部屋になぜかいつも怯えているからな」
あの部屋、とはもちろん奥様の部屋です。私は頷きかけましたがやっとの良心でいいえと言うことができました。だってそんなことをしたら奥様の世話をする人がいなくなって死んでしまいます。
金曜日恐れていることがおきました。ヒュースと二人で静かに朝食を摂っていると3階の奥様の部屋から叫び声が聞こえました。
私はスプーンを取り落としました。ヒュースは理解できないように、いやそれを拒むように天井を見つめました。
「マ・・・リ・・・ア?」と彼は搾り出すような声で言いました。
私はおろおろし、絶望するばかりでした。私はヒュースを追い、3階の奥様の部屋に行きました。
奥様は上半身を起こし、ヒュースを見つめました。
「ヒュース・・・」と奥様は言いました。
「ヒュース!」と私は悲鳴を上げました。
彼は私たち二人を交互に見てううっと呻くと頭を押さえて床を転がりました。
私は慌てて彼のもとへ駆け寄りました。
そして、しばらくして彼が私の顔を見たときその視線に私は震えました。
それは彼が今まで一度も私に向けたことのない目でした。まるで路上に立っている私を道行く人が穢れた生き物を見る目をむけるが如く・・・。
彼は私をドンッと突き放しました。
「ヒュース・・・!」と私は泣き叫びました。
「ねぇ、ヒュース」と奥様は言いました。
「この人は、誰なの?」
ヒュースは奥様ににこりと笑いかけました。
「さぁ・・・どこのメス豚だろう・・・?見たこともない。泥棒かもしれないな」とヒュースは言いました。
「まぁ、そうなの?」と言うと奥様は憎むような目を私に向けました。
「早く出て行って頂戴。警察を呼ぶわよ」と奥様は言いました。
マリアは帰ってきたのだ・・・。そう思い私は涙を流しながら屋敷を後にしました。
「そうすると、その指輪はヒュースがあなたに渡したものなんですね?」とカロンは言った。
「ええ、そうです。まもなくこれを取り返しに彼がここに来るでしょう」と婦人は言った。
「ここに・・・?」
「ええ、ずっと私を尾けているはずですから。カロンさんの屋敷だから躊躇っているだけです。でも私は指輪なんてどうでもいいのですよ」と婦人は言った。
「そうですね。確かにその指輪は石が大きすぎてあなたには似合ってませんね」とカロンは言った。
婦人も笑い返した。
「私、このことを誰にも話していなかったの。今日はヒュースのもう一人のマリアの命日・・・!私は月曜日に彼によって洗礼を受け金曜日に彼の終わりの言葉によって死んだの」
「なるほど。それで私のところに来たのですね」とカロンは苦笑した。
「そうです。神の洗礼を受けてない私が神に懺悔するのはおかしいでしょう?」
バタンっと扉が乱暴に開けられた。
「・・・失礼ですよ。ヒュースさん。ノックぐらいしてください」とカロンが言った。
「失礼・・・。いや、用事はすぐ終わるんですよ。指輪さえ返してもらったらすぐに立ち去りますとも」とヒュースはにこやかに言った。
「指輪は返してもいいわ。ただその代わり認めてください。あなたは奥様が眠っている間だけでもいい。私を愛していたでしょう?」と婦人は言った。
「・・・何を言っているんだ!私がお前のようなメス豚を愛するなんてことがあるわけないだろう!大体指輪だってお前が盗んだようなものだ!」とヒュースは怒鳴った。
「そうですか。なら、指輪は返せません。豚は一度与えられた餌を返すなんてことはしませんからね。諦めてください」と婦人は言った。
「・・・貴様っ!」と言うとヒュースは銃を取り出した。
「ビクトリアさん」とカロンが言った。
「いいのです。カロンさん。私のマリアが死んだのなら私はもう・・・!」と婦人は言った。
パンパンパンっと軽い音がすると婦人の額からあごにかけて縦に三つ穴が開いた。
「ビクトリア・・・マリアさん・・・!」とカロンは叫んだ。
婦人はゴトリと音を立て人形のように倒れた。
ヒュースは婦人に近づくとその指から赤いルビーの指輪を抜き取った。
「一度は愛した女性でしょう・・・」とカロンは言った。
「この女が私をだましたんだ・・・。私がマリア以外を愛するわけがない・・・」と言うとヒュースは部屋を出ようとした。
「あなたみたいな人は長生きできませんよ」とカロンは言った。
「少なくともこの女よりは長く生きるさ」とヒュースはにやりと笑った。
カロンの顔が思わず歪んだ。
「そう大して変わらないみたいだぞ」と声は違うところから聞こえた。
窓ガラスがバリンと割れ黒い装束に身を包んだ男が飛び込んでくる。そのままヒュースの元に駆け寄ると、ザクリと刃物が肉を切る音がした。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」と呻きながらヒュースは倒れた。腹部から血が溢れ出している。
「ルイ―ザ!」とカロンは叫んだ。
「久しぶりだな、カロン」と黒装束の男は言いながら刃物についた血を払った。
「お前に会いたくなんかない!出て行け!」とカロンは叫んだ。
「ご挨拶だな。用は済んだ。言われなくても出て行くさ」とルイ―ザは笑って指輪を取ると窓に手をかけた。
「・・・相変わらず人を殺すことを躊躇わないロクデナシだな。なぜ、この男を殺したんだ。」とカロンが吐き捨てるように言った。
「私のクライアントがこの指輪をご所望でね」とルイ―ザは言った。
「殺す必要はなかっただろう・・・?」
「それはお前のためさ」
カロンははじかれたように顔を上げた。
「まさか・・・」
「そうとも。ビクトリアをヒュースに近づけさせたのは俺だ。お前が過去にこの女を助けたことは知っていたからな」
「何のために・・・!?」とカロンは怒りでこぶしを握り締めた。
「何のため・・・?決まっているだろう?」と言うとルイ―ザはひらりと身を翻しカロンの顎を掴んだ。
「お前に教えてやるためさ。お前は誰も救えない。お前の周りにあるのは呪われた死の螺旋だけだ・・・自分が神に見捨てられた子だから同じような者を救おうというつもりだろうがそんなことはできやしない・・・お前は他のどの者よりも罪深い存在なのだから・・・」
「・・・そんな・・・俺のせいだっていうのか・・・」と言うとカロンはその場にひざをついた。
「そうだ・・・すべてお前の業だ。お前は死ぬことも出来ずそのまま生き地獄を味わい続けるんだ・・・お前にふれた者は全て死んでいく・・・お前という呪いのためにな・・・!」
ルイーザは高らかに笑った。
カロンはルイーザをじっと睨みつけた。
「だが・・・俺は・・・俺は少なくともお前のように逃げはしなかった」とカロンは言った。
ルイーザの笑いが止まった。
冷ややかな目でカロンを睨みつける。憎悪、愛情、全ての感情がそこから溢れ出て毒ガスのようにカロンの体に痛みを与えた。この殺意に満ちた目・・・!なぜそこまで自分にこだわるのかカロンは理解できなかった。
「それは・・・どうかな」
そういい捨てるとルイ―ザは窓から飛び出し夜の闇に帰っていった。
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2004/05/01(Sat)03:52:11 公開 / 笑子
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■作者からのメッセージ
高校生のとき、これ系の話が大好きで(今もすきですが)つい書きたくなって書きました。読んでくださった人・・・ありがとうございます。批評、感想してくださるととてもうれしいです(ジャンルだけに共感してくれる人いるといいな・・・笑)
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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