『作りかけの玩具11〜13』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:渚                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
部屋には緊張した空気が流れていた。皆どこかそわそわしている。俺はもう何十回と見た時計をもう一度見た。11時52分。誰かが胸の中をざらりとなでたような気がした。後8分・・後8分で、俺たちの運命が動く。だが、この八分はいったい、どれほど長いのだろう。その間に、期待と不安に押しつぶされてしまうような気がした。
「純、ちょっと。」
一樹が俺を呼んだ。彼もまた、不安げに青ざめている。
「もう一回、みんなに計画のおさらいをしておいたほうがいいんじゃないか?」
「そんなことしなくても大丈夫だ。それに、大体は俺たちがやらないといけないんだし。」
「でも・・・。」
一樹はまだ不安げに俺を見ている。きっと、待っているこの時間に耐えられないのだ。何かをしていないと狂ってしまいそうな、そんな恐怖にかられているのだろう。
「もし失敗したら・・。」
「純!!一樹!!」
部屋の向こうから声がする。一樹はびくっとしてそっちを向いた。俺はついに来たか、と覚悟を決めながら、そちらを向いた。信也と涼、裕也が険しい顔でこちらを見ていた。
「・・時間だよ。」
俺は黙って頷いた。小さい者たちは完全におびえきった目でこちらを見ている。もっとも、おれ自身もそういう顔をしているかもしれない。他の者に気を使えるほどの余裕はなかった。だが、涼はほとんどそういう風には見えなかった。厳しい顔をしてどこか遠くを見ている。
「じゃあ・・行くか。」
俺は黙って配管の鉄格子をはずした。もう一度全員の顔を見てから、ゆっくりと配管の中に入る。
配管を通るときの順番も決めてあった。先頭が俺、次が裕也、その後ろに年下のものが6人、その次に涼、そしてその後ろにまた年下のものが7人並び、その後ろに一樹、信也という順だ。小さいものを俺たちではさむことで少しでも危険から遠ざけ、犠牲を出さないようにするための考慮だった。真ん中に涼を入れたのは、あまり俺たちから遠い者たちに不安を与えないためだ。
また、こんな遅い時間にしたのもわけがあった。これだけの大人数だと、移動するときの音が気になる。だから、主人たちが寝静まってからのほうがよいと思ったのだ。
だが、そのせいで配管の中は真っ暗だった。地図を見るにはかなり顔を近づけないといけなかったし、行きなれない道なのでかなり注意しないと道をまちがえてしまいそうだ。一度間違えれば引き返すのはかなり困難だろう。その全責任は、先頭の俺にかかっている。俺は注意深く前を見ながら、ゆっくりと配管の中を這っていった。一週間かけて徹夜で作った地図には、下水道への道が記してある。
いつも通っているはずの配管が、なぜかとても長く、黄泉路のように思えた。押し寄せてくる不安と恐怖を払いながら、俺はただ進んだ。そう、進むしかないのだ。立ち止まっているだけでは、何も得られないのだから。




「!!・・・裕也、もしかしてあそこか・・?」
「俺の前はお前がいるからみえねぇよ。・・で、ほんとについたのか?」
「・・光が見えてる。」
俺は少し息が上がっていた。もう20分ほど匍匐前進を続けているだろうか。後ろのほうからも荒い息が聞こえてくる。俺でもこれほど息が上がっているのだ、小さいものはもっとつらいだろう。だが、やっと見つけた光に、俺は疲れも忘れ、そこを目指した。
ようやく光にたどり着き、そこから用心深く下を覗き込む。汚い水が流れている。・・間違いない、ここだ。
俺はそっと配管から出た。少し高さがあったので飛び降りるような形になる。辺りを見回したが人気はない。俺はほっとして一樹に降りてこい、と合図をした。一樹が用心深く降りてくる。
「ここだよな?下水道。」
「ああ、多分。」
小さい者たちが降りてくるのを手伝いながら、下水道を見渡す。向こうのほうはまだ薄暗く、一番向こうは見えない。
「・・まだまだ先は長そうね、純。」
配管からひらりと飛び降りながら涼がいった。俺はきしきしと痛む腕をさすりながら、深いため息をついた。それでも第一の関門は突破した、という確かな手ごたえを感じていた。
「こっからマンホールまでどんくらいあるんだろうね・・。」
「さあな・・ぜんぜん見当つかない。こればっかりは調べられなかったからなぁ・・。」
俺は涼と肩を並べて、暗い下水道に立ち尽くした。ただひたすら長く暗い道だけが漠然と続いていた。
「今何時ぐらいかわかるか?」
「う〜ん・・多分、一時ぐらいじゃないかな。」
裕也が服についたほこりを払いながらそういった。時計もくすねてくるんだったな、と信也が苦笑する。
「とにかく・・行くしかないか。皆、ちゃんとついてこいよ。」
また配管を通ってきたときのように一列になる。別にそうしろと言ったわけではないが、皆何かの規則どおりにしていないと不安で仕方がないのだ。おれ自身もそうだった。配管の中はよく通っていたし、まだ引き返すことができた。だが、ここは未知の場所。左も右もわからない上に、進むことも戻ることもできなくなるかもしれない。そう思うと、さっきよりも強い不安が、胸にねじ込まれてくる。俺は息が詰まるような感じに必死に耐えながら薄暗く湿った下水道を歩いた。
だが、早速問題が出てきた。配管を通ってきただけで、一番年下の里奈がつかれきってしまい、歩けなくなってしまったのだ。里奈はまだ5歳、無理もない。結局その場は信也が里奈を負ぶっていくことにしたが、いやな不安が頭に引っかかった。信也だってそんなに体力が有り余っているわけではないのだ。マンホールまでどのくらいの距離があるかわからない以上、信也の体力が尽きることだって考えられるし、そうなるとほかの小さい者たちもそのうち力尽きてしまうだろう。それに、まだこの後崖を上らないといけないのだ。体力、時間ともにかなり際どい。館の者たちが起きてしまえばそのうち見つかり、連れ戻されるだろう。そうなればもう終わりだ。
だが、考えていても仕方がない。とにかく進むしかないのだ。俺は尽きることのない不安を何とか振り払って、歩き続けた。





作りかけの玩具 12


長い長い、まっすぐな道。歩いても歩いても、同じ光景ばかり。そんな具合なモンで、皆疲れと不安の表情を浮かべていた。体が痛み、寝不足のためまぶたが重い。だが、俺はまだましなほうだろう。最近、ハードな仕事は与えられていないのだから。
それを考えたとたん、いやな気分になった。仕事が少ない理由、それは俺が「デザイナーズ・チャイルド」だからだ。おそらく、水野博士あたりが主人に頼んだのだろう。
しばらくわすれていたそれを思い出して、一気に体が重くなる。そして、同時に一つの思いが頭を掲げた。俺のこの体、この心、すべては水野博士たち院作られたもの、つまり、俺自体があいつらの所有物だ。それなのにこの体ごと、俺はここを逃げ出そうとしている。それは、正しいことなのだろうか。その上、俺の体がきちんと完成しているかどうかはっきりとはわからないのだ。もしかしたら、まだ不完全かもしれない。俺は頭を振ってその思いを頭から追い出した。たとえ作られたものだとしても、俺はあいつらの所有物じゃない。自分の意思があって、曲がりなりにも懸命に生きているのだ。それに、たとえ未完成でもかまわない。作りかけなら、これからゆっくりと、時間をかけて作っていけばいい。
「・・純・・おい、純!!」
俺ははっとして振り返った。自分の考えに没頭してしまったらしい。裕也が少し怒った顔で俺を見ていた。その後ろに、皆の疲れた顔が並んでいる。
「少し休もう。皆限界だ。」
俺は皆をもう一度見渡した。みなすっかりつかれきって、眠そうな顔をしていた。タイムロスは痛いが、無理に進むよりは少し休んだほうがいいだろう。確認のため、俺は列の一番後ろまで重い足を引きずって走っていった。そこには、涼と信也が小さい者をなだめている姿があった。
「信也、少し休憩してもいいか?」
「ああ、そうしてくれ。」
信也は意外にもあっさりとそう答えた。思っていることが顔に出てしまったらしく、信也は苦笑した。
「俺も疲れたよ。」



あまり安らかな休息ではなかった。一度眠ってしまうとまたおきるのがつらい。だが、頭ではわかっていても眠気は押し寄せてくる。その誘惑を振り払い、うつらうつらしている者を起こし、今後どうするかを必死で考え・・気はほとんど休まらなかった。10分ほどでまた嫌がる皆をなだめて歩き始めた。
「ねぇ〜後どのくらい歩くの?」
「朝までにつく?」
「足が痛いよぅ。」
後ろから聞こえてくる弱音を俺は無視した。いちいち相手に指定たらキリがない。


意外にも、ゴールは近くにあった。10分ほどしてマンホールが見つかり、這い登ってみると切り立った崖のまん前に出た。俺は大きく息を吸い、人口じゃない土を踏むのは久しぶりだと思った。が、ふと気づいた。俺が自然の土を踏むのは「久しぶり」ではなく、「はじめて」じゃないだろうか。屋敷内の土はすべて人口で、自然のものは一切なかった。俺はあの屋敷で生まれ、記憶にある限りは、外に出たことはない。つまり、新鮮な空気を吸うのも、自然の大地を踏むのもはじめて、ということだ。俺はそっと地面に触れた。少し湿った冷たい感触。奴らは「地球が生み出したものはすべて汚い」などといったが、それは違うと俺は思う。やはり地球が作り出した自然は、人口とは違う、美しい。汚れない。人間だって、きっとそうなのだ。本当は汚くない。心が病んでいるだけなのかもしれない。だが俺は・・・。そう思うと、少し悲しくなる。俺はこの大地から生まれた存在ではない。俺は・・俺の存在自体が・・汚れているのだろうか。
悩んでいる暇はなかった。こんなところで感傷に浸っている時間はないのだ。今はあの屋敷を出て自由になる。他の事は、それからだ。



作りかけの玩具 13


「じゃあ・・行ってくる。」
俺はそれだけ言うと、崖に手をかけた。小さい者たちの不安げな囁きが聞こえる。心臓が痛いほど脈打っている。俺は今、ここにいる「玩具」達の命、可能性、希望のすべてを背負っているのだ。もし俺が失敗すればもう逃げることは無理だろうし、命の保証もない。あと2時間もすれば、屋敷の者たちが目を覚ますだろう。そして異変に気づき、俺たちを追ってくるだろう。そうなる前にこの崖を上りきり、ほかのみんなを引き上げないといけない。そのためには、俺がこの崖を、かかっても30分で上らないといけないだろう。
崖は思ったよりの難所だった。普段ならなんてことはないだろうが、今はすでにかなり体力を消耗している。足を踏ん張るたびに、指を岩にかけるたびに、体がきしきしと痛み、腕をはなしそうになる。いっそはなせば楽かもしれない。地面に打ち付けられて死ねば・・そんな考えを頭から必死で追い出す。そんな自己満足じゃいけないのだ。俺はちらりと下を見た。なんだかんだいいながら、もう結構上ってきている。下にいるみんながかなり小さく見え、その中で涼の銀髪がやたら目立った。あいつらを見捨てるのか?ただ、自分だけが楽になるために?
と、右手の指先に鋭い痛みが走って悲鳴を上げる、それと同時に右手を思わずはなしてしまい、なんとか左手で岩をつかむ。下から甲高い悲鳴が聞こえた。俺は痛む右手を持ち上げ、何とか体勢を立て直した。人差し指のつめがきれいにはがれ、真っ赤な鮮血が指を伝って腕を流れていた。気を抜いていたら、そのうち落ちてしまう。俺は気を引き締めて、岩に手をかけた。
疲労と痛みでふらふらしながらも、ただひたすら上った。どれぐらい上っただろうか、突然目の前が切り開けた。俺は一瞬、どうなったのかわからなったが、ようやく上りきったということがわかると、思わずため息をついた。だが、まだ気を抜いてはいけない。俺はひっくり返ってしまいたい衝動を抑え、力を振り絞ってすぐ近くに生えていた大木にロープをきつくくくり付け、ロープの先を下にたらした。すぐにずしりと重い感触が来た。疲れた体に鞭打ってそいつを引き上げると。それは裕也だった。裕也は俺の姿を見ると、すぐに駆け寄って肩をつかんだ。
「純、よくやった!!大丈夫か?」
裕也は俺の体を隅々まで見、血が流れている指先で目を留めた。そして、黙って俺の顔を見、そのまま俺を無理やり座らせた。その突然さに、俺はひっくり返ってしまう。
「ちょっ・・何すんだよ!?」
「ちょっと休んでろ。俺がしばらくやるから・・。」
裕也はそれだけ言うと俺に背を向け、ロープを握り、引っ張り出した俺はもう一度立ち上がる気力もなく、木にもたれかかってそれを見ていた。腰にしっかりとロープを巻きつけた小さい子供たちが上ってくる。皆心配そうに俺に駆け寄り、血が流れた手を見て泣き出した者もいた。俺はそいつらをなだめ、9人目に一樹が上ってきたときにようやく立ち上がり、駆け寄った。
「後9人か?」
「ああ。涼と信也が最後にくるって言ってる。まあ、それが安心だろうな。俺も引き上げるの手伝うよ。3人なら、一度に2人は上げられるな。」
「おいおい、手伝うのは当たり前だろ?」
俺たち3人は下にこのことを告げ、一度に二人づつひき上げた。本当なら3人でもいいぐらいだが、ロープが切れてしまっては元も子もない。
あと5人になり、澪と隆太を引き上げているときだった。突然銃声が鳴り響いた。それと同時に二人の体が大きくしなり、やがてがくりと力なくロープにもたれかかる。屋敷のほうから、銃を構えた男が二人走ってくるのが見える。その向こうには、蒼白な顔をした主人が立っていた。
俺は鳥肌が立つのがわかった。主人の姿は久しぶりに見た。あの人を威圧する、冷たい目。容赦なく手を上げる男。
「純!!何ぼっとしてんだ、急げ!!」
はっと我に返る。ぐったりとした澪と隆太が引き上げられていた。澪は頭から、隆太は原から血を流していた。隆太が低くうめく。俺は隆太の耳元でそっと囁いた。
「・・死ぬなよ・・。」
二人からすぐにロープを解き、下に落とした瞬間悲鳴が上がり、銃声が鳴る。
「信也!!どうする気!?」
涼の金切り声が聞こえ、俺は下を覗き込む。やはりぐったりした少年の体にロープを巻きつけている涼、そして、銃を持った男たちのほうに突っ込んでいく信也の姿。俺はロープを引っ張りながらも下から目が放せなかった。信也が男たちを殴り飛ばす。銃声が鳴り響く。信也がよろめく。
「涼!急げ!!」
「わかってる!!でも信也が・・。」
「いいから行け!!」
涼は信也にせかされて泣きそうな顔のまま、ロープを体に巻きつけていたが、銃声と共に倒れた。俺は発作的にロープをすべりおりた、そして、上にいる裕也達に叫んだ。
「おまえら、何人か先に行け!!誰かにここを教えて、助けを呼ぶんだ!!」
相手の返事を聞く余裕はなかった。一番下まで滑り降り、涼を抱え込む。彼女の額から血が流れている。信也を助けに行きたかったが、まずは涼を引き上げ、それから来よう。そんなことを考えていると、耳元を何かがかすった。銃弾だ。男は俺に銃を向け、もう一度引き金を引こうとしたが、主人はそれを止めた。
主人は何を言うでもなく、黙って俺を見ていた。いったい何を考えているのか。と、突然屋敷が爆発した。俺はとっさに涼をかばって伏せた。地面に額を擦り付けたまま、ぼんやりと考える。主人は、もうこのことを世間から隠すことはできないと感じ、あきらめたのだ。そして、この屋敷と屋敷内の人間もろとも巻き添えにし、死んだ。
俺は涼をロープにくくり付け、上へ合図をおくり引き上げさせたあと、爆発ですこしふっとんだ信也にふらふらと近付いた。信也はあちこち銃弾を受けた後があり、彼の服は赤く染まっている。彼の瞳は固く閉じられ、肌は冷たくなっていた。俺は彼の額にかかった前髪をそっとかきあげた。何をするでもなく、俺はただぼんやりと彼の隣でしばらく座り込んでいた。

2004/05/06(Thu)20:07:00 公開 /
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
えーと、なぜか10話が消えてしまいました;編集したはずなんですけど・・;
後、だいぶ長くなって読みづらくなったので新規作成しました。今までのにレス下さった方、ありがとうございました。
次回最終回です。展開が速くてわかりづらいと思いますが、よければまた読んでやってください。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。