-
『コメディー・ザ・ビューティー 第一〜五章』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:笑子
-
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
第一章 醜いアヒルの子
「美子(よしこ)!あんたまた喧嘩してきたの!?」と母光子が玄関で額から血を垂れ流す私を見て叫んだ。
「向こうが絡んできたんだよ!」と私は訴えた。
「あんまりにもブッサイクな面だったから、殴りたくなったんじゃん?」と兄の麗二がコーヒーを飲みながら言った。
長い足を優雅に組んでいるのが様になっているのが一層憎たらしい。
私は兄をきっと睨んだ。
「この顔は生まれつきだ!私のせいじゃない!!」
「努力がたんねぇんだよ、ブス」と兄は涼しい顔で言い放った。
ふっともれた笑みはまるで禁断の果実、とは近所のねぇちゃんが言った事だが確かに兄は男のくせにとんでもなく美しかった。
白い肌に透き通るような黒髪に黒い瞳、切れ長の眉、180を超えるスラリとした長身にふさわしく伸びた細い手足。低めの魅惑のセクシーボイス。
どれをとっても神さまの作った最高級品である。
清楚でクールな雰囲気を醸し出す兄にとある別のねぇちゃんは禁欲的なのにたまらなくセクシーっとため息を漏らしていた。
・・・・・・・が!!!!!同じ材料から出来てるはずの私といえば・・・
「可愛いだけが女じゃないわ。中身が大事なのよ、元気出して」と母が瞳をぬらしながら言った。
「ふつー、見た目の次に中身だよな。いくら性格よくたって顔がブルドックじゃ何も出来ないでしょ」と兄がほざいた。
「ふっ」と私はそれを鼻で笑った。
「兄貴、そろそろ別の嫌味を考えなよ。15年間ずっとブスといわれ続けりゃもう私だって何も感じんよ」と私は言った。
「本当に?じゃあ」と兄は意地悪く微笑むとコーヒーカップを置き、両手で私の顔を挟んだ。
大きな瞳が私の目(しかもちょっとくまができてる)を捕らえる。
美しく濡れた魅惑のピンクの唇が静かに開き・・・告げた。
「ブス、ブス、ブス、ブス、ブス、ブス、ブス、ブス」
兄は勝利の女神の如く満足げに微笑む。
「〜〜〜〜〜〜〜っきーっさーっまーっくそ兄貴〜〜〜〜!!!」
「ギャーーーーーー!!!」
ゴンッと音がして兄が悲鳴を上げた。
「久しぶりに見たわ。美子の破壊的ヘッドクラッシュ(光子命名)」
「母さん!のん気なこと言ってないでたすけってあっ!?血っ!血ーー!」
「ふん。男のくせに血くらいで騒ぐんじゃねぇ」
「何言ってるの、美子。麗二はこのお人形さんのような顔で生計をたててるんだから」と母が言った。
「はぁ?兄貴はただの大学生であって芸能人でも何でもねーよ!?」
「お母さん麗二がもらったプレゼント質屋にもってって換金してあげてるんだもの」
兄に捧げる軽蔑のまなざし。
「何だよ、ちゃんと母さんに三割は手数料として払ってるんだからな」と兄は言ってのけた。
「そーゆう問題かぁ!!」
「キャーー!!」
いつか妹に殺されると兄が本気で感じたのは言うまでもない。
翌朝私はいつまでもベッドの中でぐずっていた。学校なんて行きたくない。女の子は私を笑いものにするし男の子は近づこうとしないし。
いつまでもこのサンクチュアリに居たい。一人で誰とも顔を合わさずに。
そしておばあさんになるの。だっておばあさんになったらみんなしわくちゃだからブスも美人もないでしょ?あぁなんて素晴らしい老人世界!!
あぁ早く年とりてぇ。
そんな美しくも幸せな妄想に取りつかれながら私はいつまでもぐずっていた。
しかし幸せは長くは続かない。
「起きろアホンダラ。いつまで寝てやがんだよ!俺だって朝は忙しいんだ!
ブスを起こしてる暇なんざねぇ!」と兄は掛け布団を無理矢理剥いで言った。
「いやーっ!ほっといてよ!起こさなくていい!!」と私はセミのように布団にしがみついた。
「お前起こさないと俺が母さんからどやされんだよ」と兄は怒った顔で布団を私から無理矢理剥ぎ取った。
「はいっとっとと着替える」と兄はベッドから私を引きずり出した。
兄はもう制服に着替えていた。わたしはしぶしぶっていうかトロトロ起き上がった。そしてちらりと兄のまぶしい顔(今は怒っているが)を盗み見た。
この美しい顔も年をとれば本当に私と同じになるのだろうか?そんなの・・・想像できん。
「人の顔見てないでとっとと着替えろ!!」と兄はいらいらした声を出すといきなり私のパジャマの襟をつかんだ。
「えっ。ちょっ、いやーーっ。エッチーー!」
「エッチだぁ!?そんなセリフはかわいらしい女の子になってから言え!」
と兄は切れたように次々とボタンを外していった。
「かっかわいくはないけど私だって女の子だもん!」と私は涙声で抗議した。
「ジョー張りのパンチ力があってプロレス業マスターして空手が得意な女なんていてたまるか」と兄は言い切ると私のパジャマの上着を放り投げズボン(もちわたしの)に手をかけた。楽しんでいる様がクスリと意地悪に微笑む顔からはっきりとわかる。
絶対昨日の仕返しだ、と私は思った。
「あらーっ美子ったら朝からどうして泣き顔してるのよ。余計不細工に見えるからやめなさい」とにこやかに母が言った。
「だってだって!兄貴私のブラとパンツ見たんだよ!?私もう高校生なのに!!」と私は母に助けを求めた。
「美子、そんなこと言うなら見られてもいいようなもっとかわいらしい下着を身に着けなさい」と、母とわたしの論点は全くずれていた。
「そーゆう問題かぁ!!」と思わず私のパンチが炸裂した。
「いてっ!何だよ、言ったのは母さんだろ!」
「原因は貴様にあるんじゃい!!このっ変態!!」
「変態だって?」と兄は聞き返すと小ばかにしたように口の端で笑った。
「ふーん、じゃあ言ってやるけどなあ、お前あれっぽっちの胸でブラつける必要なんかあんのか?大体小学生が履くような熊のパンツなんて見たがる奴世界広しと言えども誰もいねぇよ」
ガーン、と私の頭に五トンの重りが落ちてきた。即死。
神さま・・・こんなのあんまりじゃないですか。何故貴方は兄のような美しいものをつくれるくせに(ちょっと恨み節)私のような醜いものをつくったのですか(もうかなり恨み節)。
「麗二くーん、おはようー!」と外に出た途端わらわらと数人の女の人が出てきた。中には近所のおばさんまでいる。
「おはようございます。今日も天気いいですね」と愛想良く答える兄。そのあさつきのような笑顔にみんな(except me)がため息をつく。
電車の中でも兄はモテモテだった。どこぞの女子高生やらOLやら何やら朝っぱらから兄のかばんは既にもう一杯である。
「げっ」と兄が小さく悲鳴を上げた。
「こんなもん渡されてもなぁ」
「?何だよ」と私は覗き込んだ。
それは兄の写真だった。カメラ目線じゃないから恐らく絶対隠し撮りである。でも良く撮れてる。ま、どんな角度から撮ろうとこの男が不細工に写る事はないだろうが。強いて言えば心の中はドロドロかな。
「美子、とっとけ、これ」と兄はそれを私のブレザーのポケットに突っ込んだ。
「えっ、いらないよ。こんなもん!」と私は言った。
「それ見て毎日拝んでたらちょっとはマシな顔になるかもよ」と兄は意地悪く微笑んだ。
「〜〜〜〜っ(怒)(怒)(怒)」
こいつ、絶対悪魔だ!と私は毎日のことながら再確認した。
ぷいと顔をそむけてもまだ兄は私の方を見て笑っていた。
ふと私の目に不自然な映像が飛び込んでくる。
満員電車、混雑した車内、その中に顔を真っ青にして震える美少女。そして後ろにはにやにやした中年男。
ふっ、私の前でそんなおろかな行為に及んだ事を地獄で後悔するがいい。
「変態ー!!怒りのツイスタークラーっシュ!!」
「アゴゴゴウッ!!」
「きゃーー!!」
「またかよ」
私のパンチは人ごみをかき分け痴漢男の顔面に見事クリティカルヒットした。この日の私のパンチは絶好調だった。おかげで駅構内はちょっとした騒動になった。
「いやー、女子高生が顔面パンチですか。侮れませんねぇ、はっはっはっ」
と駅員は笑っていった。
「すいません、こいつ、手加減知らないんです」と兄が言った。
痴漢男は鼻と口を切り顔がちょっぴりスプラッタ状態になっていたのだ。
再び車内に入り私は言った。
「手加減したもん。ほんとならあごの骨くらい砕いてもよかったんだよ」
「はいはい。次からはまず口で言おうね」とやはり馬鹿にしたように私の頭をポンポンッと叩いた。
ちなみにこの時押し付けられた兄の写真が私に大事件を起こすなんて当時の私にはまったく想像できるはずもなかったのです。
第一のα章 自己嫌悪
毎日ここ(学校)に来るたび私は憂鬱になる。何だよ、ブスは廊下歩いちゃいけねーのかよ。ジロジロ見やがって。
私はこっちを見て囁きあってる奴等を睨み返しながら廊下の真ん中を我が物顔で歩いた。
「ちょっと、やだ、大堂美子よ、ホラ、1−Bの・・・」
「ホント、ブッサイクな顔してるわよねぇ。側に寄ったらうつらないかしら」
無視無視、と私は自分に言い聞かせた。男ならぶん殴れるが女の子はそうはいかない。こういうときは怒りよりも悲しみが沸き起こった。
私だって人並みの顔に生まれて恋だってしたかったし、おしゃれの話だってしたかった。でもしょうがないもん。そーいうもんはどーにかすればどーにかなる子がしなきゃどーにもならないもんだし、整形なんて出来ないし。ってかそんな金ないし。それに美にこだわんのは疲れる。美とか醜とか関係ない世界がどっかにあるさ。
でもってそれを私が見つけて見せる。
「美子ちゃーん」と突然鈴の鳴るような声が響いた。
声の主は東川愛良(あいら)。私と同じ1−Bに属する激マブプリティ・ガールである。通称マドンナ。
え?何でそんな子と一緒に居て恥ずかしくねーのかって?バカ言え、十六年もこの顔やってらそんな羞恥心なくなるっての。
・・・のハズなんだが・・・。
「美子ちゃん?大丈夫?鼻血でてるよ」と心配そうに愛良ちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「・・・大丈夫。綺麗なもの見たら血が出るようなってんの」と私は鼻をおさえながら言った。
「綺麗って私が?やっだもう!美子ちゃんったら」と彼女はまともに赤くなって見せた。
シャイなところがまた堪らなく魅力的な子なのだ。
性格もいいし私が男だったら真っ先に告っているに違いない。
「今朝大村コーチから聞いたよぉ。美子ちゃん空手また全国優勝したんだって?かっこいいなぁ。私もその試合みたかったよー」
と彼女はふくれた。
彼女は毎回大会のたびに私の応援に来てくれるのだが、彼女には広田コウという同学年の彼氏がいてそいつとデートの約束があってこれなかったのだ。
「でも、彼氏と楽しかったんでしょ?ならしょうがないよ」と私は言った。
「うーん。まぁ楽しかったのかなぁ、あれは・・・」と彼女はいつになく微妙な顔をした。
「何?何か不満な事があったの?」
「不満って程じゃないんだけど、彼って優しいし・・・」と彼女はもごもごと言った。
「優しいだけだったって事?」と私は訊いた。
「まぁ・・・そんな感じかな・・・」と彼女は曖昧にぼやいた。
そしてパンッと両手を叩いた。
「ハイッ!この話はここで終わり!コーチから放課後職員室来るように伝言を頼まれてたから、放課後忘れずに行ってね!」
「お・・・おうよ」と幾分おされ気味に私は応えた。
「それと、お昼一緒に食べよ!」
「おっおう・・・」
美にはこだわらんとか言っといて美しいものを見るとやっぱりドキドキする自分が憎かった。
放課後私は言われた通りに職員室に行った。
「大堂、お前次の大会はメンバーから外れろ」
大村コーチの突然の言葉に私は目の前が白黒した。
「なっ何言ってるんですか?何で?」と私は言った。
「お前、こないだの大会の後、矢瀬高の選手と喧嘩しただろ。大会の後だったから良かったものの委員会から苦情がきてるぞ。お前には前科もあることだし・・・」
前科とはその前の大会の時にまた似たような喧嘩を起こした事である。
確かに私はカッとなりやすいし、沸点も低いかもしれない。でもただ喧嘩がしたくてやったことは一度もない。
今回だって部員が絡まれたのを助けただけだし、前回だってナンパされて困ってた部のマネージャーを守ろうとしたでの事だった。
大村コーチは一度決めたら絶対曲げない人だ。私を外すと決めたんならそれはやっぱり絶対なのだろう。
「うちの部としても絶対入賞できるお前の存在はでかいんだが・・・」
とコーチは言葉を濁した。
「問題児は推薦できない、でしょう」と私が言葉を引き取った。
職員室を出ると待っていた愛良ちゃんが手を振った。
「ねぇ、何かあったの?元気ないよ?」と彼女が心配そうに私を見て言った。
私といえば駅までの帰り道をふらふらしながら歩いていた。
「空手・・・辞めるかも」と私はつぶやいた。
「何で!?」と彼女は悲しそうに訊いた。
「私って乱暴者らしいから」とケラケラと私は笑って言った。
本当はちょっぴり泣きたかった。
「次の代表から外されちゃったってこと?」
コクンとわたしは頷いた。彼女のがっかりした声は聞きたくなかった。
コーチに言われたときに感じた腹の底が冷え切っていくような失望感が再び私を襲った。
「そんなの、ちょっと喧嘩我慢して次の大会出ればいいじゃん」と意外にも彼女はケラケラとそれを笑い飛ばした。
私はただ黙って歩いた。
「折角美子ちゃんには空手っていうものすごい特技があるんだから辞めちゃ駄目だよ。だって、試合中の美子ちゃんって本当にもう強くて無敵でかっこいいんだから!」
彼女は私を慰めようと思ったのかいつもながらべた褒めだった。
「男子よりも強いなんてほんと尊敬しちゃうよ・・・って聞いてる?」
と怒ったように私の顔を覗いた。
顔を傾けたときに彼女のカールされた髪がふわっと揺れて何か花の匂いがした。
「うん・・・聞いてる」
私はまっすぐ歩くようになったものの気分は悶々としたままだった。
「空手・・・辞めない?」
「うん・・・辞めない」
もともと気分に任せて言ったことだから辞める気も続ける気もなかった。
心の黒い三途の川(私の体の奥にあって時々氾濫する)がザッパーンと水しぶきを上げた。
それでふと思いついた。
「私・・・女として欠陥品なのかもしれない」
「えぇ!?」と彼女が言った。
「ほら、体とか精神に欠陥がある人ってそれを補うべく別の才能が特化するってよくTVでやってるじゃん」
「美子ちゃん、何か欠陥があるの?」と彼女が訊いた。
「目の前に」
「うん?」と彼女は不思議そうに私を見た。
「私の、顔」
はぁーっと彼女はため息をついた。
「私、美子ちゃんすごぉくかわいいと思うよ」と彼女は真剣に言った。
「いいよ、おだてなくっても。家に鏡あるんだから(あんま見ないけど)」
「本当だもん!他の誰がなんと言おうと私、美子ちゃんの顔好きだよ!?」
後で思うと私のこの捨っ鉢な性格のせいでかなりまわりの人に迷惑かけた・・・何より自分を傷つけていたと思う。
「でも、もっとかわいくなりたいって言うんだったら、今度一緒に化粧品とか買いに行く?」
「あはは。いいっていいって。無駄無駄!あーいうのはどーにかすればどーにかなる子だけがやればいいの!」
彼女の足がピタッと止まった。
「美子ちゃん」と彼女が言った。
「うん?」と私は振り返った。
「私、美子ちゃんのことかわいいと思うし、すごく強くて正義感があって困ってる子とかほっとけないところとか尊敬する。でも」
「でも?」と私は言った。愚かにもここに至っても私は彼女が何で怒ってるのかわかんなかった。
「自分の事になるとすぐ卑屈になってもう駄目だとか無駄だとか、何したってしょうがないとかすぐ諦めちゃうとこ、好きじゃない」
「・・・」
「・・・ていうか、嫌い」と彼女は言い切った。
駅に着くと彼女はまた明日、と小さく言いホームに去っていった。
キライ、キライ、キライ、キライ。
「お母さん、あれ何ー?カオがコワイ人だよー?」
「しーっ、見てはいけません!」
何ですぐあやまんなかったんだろう。
「きゃっ。ちょっと何あの子。目が死んでるわよ」
見た目がブスだから?
「うっわー。あれ、やばくない?どっかで自殺でもしそー」
違う。
私って・・・心までブサイクなんだ・・・。
「もう!こんなの!やだーーーーーーー!!」
と私は街中で叫んだ。
「きゃー!?」
周りの人がびっくりしてこっちを見たが他人の目なんて気にならなかった。
それどころじゃなかった。
私は駆け出した。
全速力で。
一刻も早くここを立ち去りたかった。
家にも帰りたくなかった。
人が居ないところ、私が見たこともない静かなところ、無意識にそんな場所を求めて私は街中を無我夢中で走った。
第二章 美しいもの
私は全速力で走った。体力には自信があったが、二十分ぐらい走るとさすがに疲れて立ち止まった。そこは人気のない公園だった。息が切れて苦しかった。冬だってのに汗がだくだくだった。汗と一緒に涙まで流れた。
「やばい・・・このまま被害妄想してたら・・・確実に、死ぬ」と私は独りごちした。
幸せなことを考えるのだ・・・幸せなこと・・・!。
そのとき、公園の前を黒塗りベンツが一台、ゆっくりと通った。
「ん?何だ、あれは・・・」と中にいた若い男が言った。男はイタリア製の高いスーツに着ていた。
「どうかなさいましたか?」と、年老いてはいるが、姿勢の綺麗な初老の男が尋ねた。
この老人の若い主人は幼いころから父親に後継者としての教育を受けていたため、高校生にもかかわらず、学校には友達ひとりいず、時には家からの呼び出しで学校を早退したり、欠席することも少なくなかった。
そのせいか特に最近はもう外のことには関心を示さなくなってしまい、老人は心を痛めていた。
その主人が今、車内から外を見てあれは何だ?と興味を示したのだ。老人はうれしくて、すぐに車を止めさせた。
「あれは・・・死体か?」と若い主人が言った。
老人は驚いて目を見開いた。しかし、主人は平静から決して冗談を言うような人ではなかったから、うそではないと思い、外に目をやった。
「ん?うーん、幽霊か?」と主人は首をかしげた。
幽霊!?と思わず老人の体が飛び上がった。恐ろしいほど現実的な主人が今度はオカルトを口にしたのだ。忠実なセバスチャンである老人は本気で心配した。
「ぼっ、坊ちゃま・・・、それはどこに!?」と老人は身を乗り出した。
「ほら・・・公園のベンチに座ってる、あれ」と主人は指差した。
そこには確かに一人の女性が腰掛けていた。どす黒いオーラがそこから放たれている。
「きゃー!!出たーーー!!」と思わず老人は叫んだ。
「大きな声を出すな。頭に響く」と主人は眉をひそめてドアを開けた。
「坊ちゃま!どこに!?」と老人は驚いていった。
「興味がある。死体かどうか確かめるだけだ。太田、お前はここで待ってろ」と言うと主人は外に出て車のドアをバタンと閉めた。
「坊ちゃま・・・」
老人は心配と久しぶりに見た主人の楽しそうな顔を見たうれしさとで複雑な気持ちだった。
私はよろよろとしながらも何とかベンチに座った。幸せなことなんて何も浮かばなかった。っていうかそーいうもんて思い出そうとして思い浮かぶもんじゃなくて自然と浮かんでくるもんだって気づいて失望した。
「だからって諦めるわけには・・・いっそ、勝手に思い出を編集してしまおうか・・・」
私は血走った目を公園中に向けた。ふと噴水の側にボロボロのロープの切れ端があることに気がついた。
「今・・・それで死のうと思ったでしょ?私。ふふ・・・無駄よ。私の首太いんだから。そんなんじゃ一周もできないわよ・・・」
「おい、お前」
「噴水に首突っ込んで死のうと思ったでしょ?私。ふふ・・・無駄よ。私忍耐力ないんだから・・・しかも水汚いし。一秒も持たないわよ・・・」
がし、と何かが私の肩を強く掴んだ。びくっと体を震わせ、私は振り返った。
「きゃー!!美しい生き物―!」と私は思わずベンチから飛び上がった。
そのまま噴水まで走り、影からこっそりベンチを顧みた。ベンチの前には大層美しい若い男が立っていた。素人目にも分かる高そうなスーツが男を少しサディスティックに見せていた。しかし、それには血がべったりとくっついていたが。
「血・・・?」私は恐る恐る自分の鼻を触った。血のぬるっとした感触が指にまとわりついた。
男はゆっくりとこっちに向かってきた。男の目は私に向けられたままだったが私に掛けられた血を気にする様子もなく怒ってるのかどうかも分からなかった。無表情、というのはきっとこういう顔をいうに違いない。
私はだくだくと流れる血を意識しつつ鼻を押さえて後ずさった。やばい、このままだと出血多量で死ぬ・・・!
「寄らないで!そこの美しい生き物・・・!あんた私を出血多量で殺す気・・・!?」
すると男はピタと足を止めた。
「殺す気ってことは・・・なんだお前、生きてるのか。幽霊か何かだと思った」と男は言った。
「幽霊・・・?」と私は眉をひそめた。
「そっか・・・私ってばもうちょっとだったのにまたしても自分で生きる活力を見出そうとしたのね・・・」と思わず私は舌打ちした。
「お前、面白い奴だな」と男はふっと笑った。そのまま膝をつき、私の顔を覗き込む。
美青年ブ少女を出血多量で殺害。凶器は美貌、という明日の朝刊の見出しが私の頭に浮かんだ。
「だから近寄んなっていってるだろ!!」と私は顔を背けた。
ところが男は私の肩をぐいと引き寄せ、片手で私のあごを掴むと無理矢理自分のほうに向かせた。おかげで私は見たくもないこの男の美しい顔をまじまじと見てしまった。シャープな顔立ちに雪のような白い肌の兄とは違って健康的な白さを持つ肌、薄い茶色の髪の毛に筋の通った高い鼻。
兄が和風の美しさを持っているならこっちは洋風だな、と思った。男は貧血気味でくらくらしている私の顔をじっと見て、告げた。
「俺と寝てみないか?」
無表情のまま男は確かにそう言った。三途の川をえっさ、ほいさとボートで漕ぎ始めたばかりの私の意識は突如現実に引き戻された。
この男・・・何つった!?
「俺、ホラー少女と寝たことないんだよな」
「わっ、私、ベビーシッターのアルバイトはお断りっ!」と自分でも意味の分からない言葉を喚いてずりずりと後ずさる。
「そういう意味じゃねーよ」と男はさらに身を乗り出した。
はっきり言って、こんな状況は初めてだった。
「もっ、物好き・・・!」
視界がチカチカし身の危険(貞操の危機50%出血多量死の危機50%)を感じた私は再びベンチまでずり下がった。
「慈善事業と言え」とはじめて兄のように意地悪い笑みを浮かべて男は言った。
「悪いけど、今人の施しを受けるくらいなら死にたい気分なんで!」と私は言うと必死でその場から逃走した。男の追ってくる気配はなかった。
再び駅前の交差点まで戻ってきてしまった私・・・。
「死ぬよりひどい目にあった・・・もう・・・帰ろう」と私は呟いた。
「何?あの子血だらけじゃない?」
「何かの事件?警察よんだほうがいい?救急車?」
「あっ!ちょっとそこの怖い女の子!」
「きゃー!信号赤よ!?」
私は交差点をフラフラしながら歩いていた。やばい、耳鳴りまでしてきた。家帰るより病院言ったほうがいいかな。でも理由話すのやだな・・・。
その時、パパパーッというクラクションの音が響いた。
ぼんやりと横を向くとトラックがすぐそこまできていた。
最初に思い出したのは愛良ちゃんだった。次に兄の顔が思い浮かんだ。
何だ、やっぱり死ぬんじゃん、と思った。
ふと体が軽くなってふわっと浮き上がった気がした。温かいぬくもりに包まれた気がして、それがすごく心地よくって私は静かに目を閉じた。
・・・・・が。
ゴンッと鈍い音がして激しい痛みとともに私はその場でのた打ち回った。
「いってーーーっ!たったたた!」
目を開けると目の前には私のおでこと鼻の血がついた電柱が立っていた。ブロローっと後ろをトラックが通り過ぎていく。
「大丈夫?悪い、助けようと思ったんだけど、ちょっと失敗した・・・」
真後ろから声がして、びっくりして私は振り返った。
第3章 さよなら大堂美子
振り返るとすぐ後ろに少年が尻餅をついてこっちを見ていた。少年ていっても高校の制服を着ていたから少なくとも私と同い年以上だが。どうやら私はこの人に抱えれれて助かったらしい。
少年は健康的な浅黒い肌をしていて、短く髪をカットして総毛立てていた。黒いくりくりの目が小動物を連想させた。よく見ると矢瀬高の制服を着ていた。前に一度ここの生徒と暴行事件をおこしたから覚えている。
「大丈夫・・・?なわけないよね、顔血だらけだし・・・」と少年はズボンからハンカチを取り出すと私の顔を拭き始めた。
「駄目だ・・・一回ハンカチ濡らしてこないと・・・。ちょっと待ってて!」と言って少年は立ち上がると交差点のすぐ側にある喫茶店に入っていった。
ほどなくして少年は店から駆け足で出てきた。何となくその場を動けないでいた私の前にしゃがみこみ、濡れたハンカチで私の顔を拭いた。周りの視線が恥ずかしくて私は彼の手を掴んで止めさせた。
「あの・・・いいです。助けてくださってありがとうございました」とペコリと頭を下げて立ち去ろうとした私を彼が強く呼び止めた。
「駄目だよ!顔、血だらけだし、俺の責任だし!俺がちゃんと助けらんなかったから!」と彼は言った。おでこはともかく私の鼻血まで自分のせいだと思っているらしかった。心配そうな目が再び私に小動物を連想させた。男の人が言われてもあんまうれしくないだろうが、かわいい顔をしていた。
「大丈夫、私の顔なんて多少擦り剥けてても血出してても誰も気にしないから」と私はケラケラ笑った。
「何言ってるの。女の子が顔に血つけてたりけがなんてしちゃ駄目だよ」と彼は真剣にたしなめた。
女の子!?私が!?
と心の中でエコーし、私はこの少年の顔をまじまじと見た。世の中、いるのである。どこかにはこうやって私でも女の子扱いしてくれる優しい人が。
「タオルとか借りたいし、ここ人通り多いしから、そこの茶店でトイレ借りよう。歩ける?」
「・・・はい」
というと彼は私の手を引っ張って行った。
喫茶店のトイレは当たり前だけど女子と男子に別れてたから私は心配する彼を振り切り女子トイレに入っていった。トイレの鏡で久しぶりに見た私の顔はかなりグロイことになっていた。鼻の周りだけでなく拭い方が悪かったのか耳の辺りまで血が飛んでいて乾いてこびりついていた。
「貞子顔負けだな」と私は言った。
ブスに生まれて正解だったかもしれない、と私は思った。だって、美しいもの見るたびにこんなことになるんだからもし美しくなって毎日自分の顔見るたびに鼻血してたら死んじゃうもん。
トイレから出るとテーブルについていた彼が手を振った。
「よかった。血止まったんだね」と彼が言った。本当にほっとしたような顔をしている。
「あの、・・・何ていうかご迷惑おかけして・・・」
「いいのいいの!俺も悪かったし。でも、信号渡るときは気をつけた方がいいと思うぜ」と彼はにこっと笑った。吸い込まれていくような優しい笑顔に思わず私からも笑みがこぼれた。
・・・まさか。
「アイスティー頼んだんだけど、別のがよかった?」
「あ、いえ、そんな悪いです。気使わなくてよかったのに・・・」
「ねぇ、そのセリフおばさんみたいだよ」と彼は苦笑した。
自分の頬が高潮していくのが分かる。そんな馬鹿な。ここ数年、そんなものとは一切縁のない生活を敢えてしてきたというのに。
「そういえば、名前言ってなかったね。俺、佐久間 夕(ゆう)。すぐそこの矢瀬学校1年。」
「わ・・私は、高木高校1年の・・・大堂美子・・・」
いつも不愉快でならない視線が今は私をたまらなくドキドキさせる。心臓が破裂しそうだった。
「あ、じゃあ結構近いんだね。ところでさ・・・」
「はい?」
「交差点で見たとき死にそうな顔してたんだけど、血だらけだったし、どうしてかなっとか聞いてもいい?もちろん、いいたくなければ全然構わないんだけど」とポリポリと頭をかいた。
「・・・鼻血止まらなくて貧血状態だったんです」
「誰かに殴られた?」
「・・・似たようなもんです」ほんとは綺麗な顔近づけられたんだけど、曖昧にぼかした。
「そっか、ひどいことする人もいるもんだね」と彼はそれでも納得してくれたようだった。
まったくだ、と私は公園で会った男を思い出しながら思った。
「さて、美子さんは家帰って着替えた方がいいだろうし、そろそろ俺も帰ろうかな」と彼が店の時計を見て言った。
「あ・・・あの・・・」
「何?」
「・・・・・・」
人生に一度ぐらい罰当たりなこと訊いたっていいじゃないか!言え!言うんだ美子!
「・・・ま・・・また、会えませんか?」
ぎゃーーー!!いったーーー!!言っちゃったーーー!!
「いいよ」
「・・・へ?」
彼は店のハガキにさらさらと走り書きし私に手渡した。携帯のアドレスと番号が書いてあった。
「暇なときでも連絡して?俺も部活とかあるから駄目なときはあるけどさ」
「・・・・・・っ」と思わず鼻を抑える私。
「じゃ、またね、美子さん」と子供っぽく笑い店を出て行く彼。
彼を見送った後、手を外すとぽたぽたと再び血がしたたった。
夕君(勝手に下で呼ぶ)私は・・・私は・・・。
あなたのためなら死んでもいい!!
「あらー?美子ったらでれでれした顔しちゃって、どうしたのよー」と家に帰ると母が訊いて来た。
「ふふ・・・ふふふ・・・。訊きたい?」
「まっ、もしかして恋の話?」と顔をほころばせる母に私はそっと彼との出来事を話した。
「きゃー・・・、お赤飯炊かなきゃ〜。じゃあ、美子の部屋の暗幕とオカルト特集の雑誌も捨てなきゃね」
「いや、それはそのままにして」と私は言った。
「なんでよ〜、乙女の部屋におかしいわよ〜」
「私の趣味なんだからい〜の!」
二人で夕食を取っているとしばらくしてアルバイト帰りの兄が帰ってきた。
「ただいまー、母さん俺の分の飯も出して。・・・ん?母さん何で今日は赤飯なの?」
「お母さん言っちゃ駄目」と私がすばやく言った。
「あのねー、美子が・・・」
「こらーーーー!!待て待て待てーーー!!」
「何だよ、聞こえないじゃんか。お前黙ってろ」と兄は私の口を押さえた。
「んんー!!ふがっふがっ!(あー!だめ!だめ!)
「美子が・・・・・・」と母が兄に耳打ちした。兄が驚いたように目を見開いた。
「んんんん〜〜〜(ああああぁ〜〜〜〜)」
「同情だろ、同情!」と兄がコーヒーを飲みながら言った。
「何っでそーいうこと言うかな〜、このクソ兄貴は・・・」
「同情でもいいわよう。お母さん見てみたいわぁ〜」
「お母さんまで!」と私は非難した。
「何が恋だ。てめぇのツラ鏡で見てから言え」と言うと兄は手鏡をもって無理矢理私に私の顔を見せた。
「いや〜!見たくない〜!ひどいよ〜!」
「麗二、かわいそうだから止めなさい」
「・・・・・・疲れたからもう寝るわ」
兄は私から手を離すとスタスタと二階へ上がっていった。
「麗二、ご飯全然食べてないじゃない。麗二―!っもう・・・うちの子は皆気分屋なんだから」
「私も?」と眉をひそめた。
「美子もよ」と母は怒ったように頷いた。
次の日の朝、私が起きると母が一人でキッチンにいた。
「あれ?お母さん、兄貴は?」と私は言った。
「調子悪いんだって。美子今日は一人で学校行きなさい。それと、箸並べといて・・・」
「うん。兄貴が学校休むなんて珍しいね・・・」
一人バス停に並ぶとみんなが不審そうに私を見た。悪かったな、一人で。見舞いにでも行けば?
ふと昨日の夕君の顔が浮かんだ。愛良ちゃんに謝って仲直りしよう。そして、彼のことを言おう。きっと彼女は喜ぶ、そんな気がしてまた幸せな気持ちになった。
今日は何か特別なことが起こる・・・そんな気がした。
「このバスは亀有行きです。出発します。ドアにお気を付けください」と車掌が言った。
私は椅子に腰をおろし、窓の外をぼんやりと見た。窓に私の醜い顔が映った。
「この顔でも・・・いいか」
「ねぇ、あのトラック、なんかフラフラしてない?」
「こっちくるよぉ」
「うっわー、やべぇ、避けたほうがいんじゃない?」
「俺じゃなくて運転手に言えよ」
「車掌さん!避けたほうがいいですよ!」
「はぁ・・・でもここじゃまだ曲がりようもなくて・・・」
「そんな事言ってる場合じゃ・・・あっ!あああああ!」
「きゃぁああああ!!」
「ああああぁあああ!!」
突然ガクンとバスが持ち上がり私の視界が斜めになった。ボンッと何かが爆発する音が聞こえて私の目にオレンジ色の炎が飛び込んでくる。熱さを感じたのは一瞬だった。
ああ・・・今日は学校行きたかったんだけどなあ・・・。
サイレンが鳴り響き、次々と救急車が病院に到着した。
「通ります!通りますよお!どいてください!」と救急隊員が叫んだ。
「トラックとバスの衝突事故だって」
「まぁー、怖いわねぇ。飲酒?」
「トラックのほうがね。バスはそのまま横転してがけ下の川まで落ちちゃったらしいのよぉ」
「やだ、生存者いるの?」
「今運ばれてんじゃない。でも、ほとんどは即死らしいわね。その中にきいた?あのすごい子がいるって」
「誰?芸能人?」
「違うわよ、あの空手全国大会優勝者の大堂美子!まだ高校一年生だったらしいわよ!」
「あらー、若いのに。でも何でそんなの知ってるの?」
「さっき、家族が呼ばれて死体確認してたのよ。お兄さんとお母さんが来てたのよ。かわいそうにお兄さんなんか泣き崩れちゃってたわよ」
「身内がそんなことになっちゃねぇ・・・」
「ん・・・?もう・・・朝・・・?」と言って私は目を開けた。視界が真っ白で自分の体じゃないみたいに瞼が重かった。起き上がろうとしてもうまく力が入らない。
駄目だ・・・学校行かなきゃなんないのに。頑張れ、私、動け動け体!
「動けええええええええ!!!」と私は叫んでとうとう起き上がった。
「きゃーー!?」と女性の叫び声が聞こえた。
私は声のしたほうを見た。一人の白衣を着た女性がこっちを見ている。
「びっくりした。いきなり目をさますんだもの。大丈夫?体の調子悪くない?」
「・・・全身が重いです」
「それは半年間も寝てたからよ」
「半年も!?何で・・・ここ・・・病院?」と言って私はあたりを見回した。
「私の個人病院よ。あなた身元不明だったからずっと大病院にいられなくてね。感謝してよ」と言って、彼女はにこりと笑った。
「身元不明?」
「あなた、全身火傷でね、女性か男性かが精一杯だったのよ。でも任せて、私が元通りにしてあげたんだから。うーん、自分でも惚れ惚れするわぁ。天才ね!」と言うと彼女は鏡をこっちにむけた。私の全身が鏡に写る。
「ほーら、元通りでしょぉ?」
私は鏡をじっと見た。見たことのある顔。長いまつげ、高くも低くもない小鼻、薄いピンクの唇、吸い込まれそうなほど大きな目。
「ぎゃーーーーーーー!!」と私は叫んだ!
「どっどうしたのよ?」
「ちっがーう!!これ、私じゃない!あっ兄貴の顔だよ!!」
「ええ!?そんなわけないわよ!ちゃんと写真見たんだから!ほら!」と言って彼女は少し焼け焦げた写真を一枚差し出した。
「これは・・・っ。って自分の写真を持ち歩く奴がいるかぁ!!これは兄貴が無理矢理渡した写真だよ!大体どう見たって男だろ!これ!」
「いや、綺麗な子だったからありかなーって」
「もどしてっ!私の顔をもどしてよぉ!」
「いいけど・・・私あなたの顔知らないし」と彼女は困った顔をした。
「せっ生徒手帳は・・・?」
「あなた、身元不明だって言ったでしょ。全部あの事故で燃えちゃったわよ。あっ、その日の新聞見る?とっといたのよ」
私は急いで新聞を受け取った。
亀有でバスと飲酒トラックの衝突事故。25名中生存者3名の大惨事。犠牲者の中には空手全国大会優勝者、期待の星の大堂美子(15歳)も含まれていた。・・・・・。
「あっ、私が死んだことになってる・・・」
「どの死体も黒焦げだったからねぇ。間違えたっておかしくないわよ」
「っそっ、そーいうもんなの?」
「そーいうもんよ」と彼女は言った。
「とりあえず、家に帰る。家に私の写真あるだろうし・・・」
「えー、そんな綺麗な顔なのに直しちゃうの?女でも十分いけるって。大体整形ってすごい高いのよ、払える?」
「・・・間違った顔つけても金取るの?」
「・・・サービスするから行ってらっしゃいってそのままベッドから降りたら裸よ」
「おわっ」といって私は慌ててシーツを取り寄せた。
「ふ・・・服貸してもらっていいですか?」
彼女はにやりと笑った。
「お・・・男物・・・」と私は呻いた。
「いやーん、素敵―、背ちっちゃいからかわいいー!こんな男の子欲しかったのよー」と彼女は手をたたいて喜んだ。
「ちっちゃい!?私160あるよ!?」
「男じゃちっちゃいわよ。しかしかわいいわねー。キスしていい?」
「寄らないでください。大体私男になる気なんてないんだから!」と言って私は病院を出た。外に出るとほんとに小さい個人病院なのがわかった。
「兄貴・・・笑うだろうなぁ・・・。死んだことになってんのかぁ私・・・」
私は彼女にもらった小銭を手にバスに乗り込んだ。こっちを見て女子高生がひそひそと話している。醜くて悪かったな!
「きゃっ、カッコいい!」
「てか、かわいい!女の子みたいー!」
・・・?何の話をしているんだ??
私は窓に写る自分の顔を見た。
あ・・・そうか、これ兄貴の顔だった・・・。しかしこれほんとに髪垂らしたら女で通るよな・・。なんとなく兄貴が髪にわざとウェーブかけてるわけが分かったよ・・・。瞬きをすると長いまつげが揺れた。物憂げな大きな瞳が潤んでいた。神様のつくった最高傑作・・・。私・・・神に背いてる?
「あのー、こんにちわ」と女子高生が話しかけてきた。
「?」と私はイラついた目を向けた。
「しゃっ写真とってもいいですか?」と頬を高潮させながらもう一人が言った。
「駄目。向こう行ってろ」と私は冷たくあしらった。
あぁ、早く自分にもどりたい。
「怒った顔も素敵―!」という声を聞きながら私は切実にホームシックにかかっていた。
バス停を降りると私は自分のマンションに走り出した。ドキドキしながらインターホンを押す。ピンポーン、ピンポーンという音がすると私の胸が高鳴った。
「・・・・・・?」
ピンポーン、ピンポーン。
「・・・・・・(怒)」
ピンポーン、ピンポーン。
「なぜいないんだーーーー!!おかあさ―ん!おにいちゃーん!」と私は叫んだ。
ガチャっという音がして、隣の部屋に住んでいたおばさんが出てきた。
「あら・・・?麗二ちゃん・・・?」と不思議そうに言った。
やばっ。何て答えればいいんだろう。
「ちょっとちっちゃいか・・・。弟さん?いたっけ?」
「あの・・・従兄弟なんです・・・」と私は言った。
「まぁ、そうだったの。でも、聞いてない?大堂さんのお宅、引っ越したのよ?」
「引っ越した!?どっどこへ!?」
「さぁ・・・そこまでは・・・。ほら、ここの美子ちゃん、亡くなっちゃったでしょ。ここにいると思い出しちゃうんですって」
「・・・そう・・・なんですか・・・」
「大丈夫?顔色悪いけど、お水かお茶、飲む?」
「いえ・・・ありがとうございました。急いでるので・・・」と私は言ってマンションを去った。
「お母さん、お兄ちゃん・・・」
空しくて目頭が熱くなった。二人とも私が死んだと思って、もう私の事を待ってくれてないんじゃないかと思った。時の流れを憎く思った。私だけが・・・あの時のままなのだ・・・。
「翼(つばさ)・・・?」と聞き覚えのある声がした。
はっとして私は振り返った。
「ゆ・・・夕君・・・?」と私は言った。
彼はにこっと笑うと私に抱きついた。
「ちょ、ちょっと・・・!?」
「翼!すんげぇ久しぶり!元気にしてたか・・・!?」と彼は私の頭を撫でながら言った。
「人違っ・・・い・・・だよぉ」
いろいろありすぎて、突然の温もりがあまりにも心地よくて、私は泣き出してしまった。
「翼・・・?どうした?」と彼が優しく訊いてきた。
神様・・・今だけ、今だけ甘えさせてください。
「翼・・・大丈夫か?」
彼の問いに私は首を横に振ると、思い切り抱きついて涙が枯れるまで泣き続けた。
しばらくの間、彼は私の肩を抱いたまま静かに泣かせてくれた。やがて私が落ち着いてくると、ゆっくりと体を離し、顔を覗き込んできた。
「落ち着いたか・・・?」
「うん・・・。ごめん・・・」と私はうつむいた。彼に自分を偽って抱きついたことに罪悪感を覚えた。でも今はこの温もりは私じゃない翼という人に与えられたものだとは考えたくなかった。
「事情・・・話したくないなら言わなくていいからな」と彼はやさしく言った。
「ごめん・・・」
「お前・・・今どこに住んでるんだ?」
「・・・・・・」
「それも言えないのか?」と彼が悲しそうな顔をした。
私は首を振るしかなかった。翼じゃない、と言ったらもっと彼が悲しむような気がした。
「俺さ、小学6年の時にお前がいきなり引っ越してからさ、すげぇ泣いたんだぜ?何で黙って行ったんだろうって。俺ってお前にとって友達じゃなかったのかなって」
「・・・」
「・・・そうなのか?翼・・・俺のこと・・・どう思ってた・・・?」
「・・・何とも思ってなかったら、俺、お前の前で泣いたりしない」と私は言った。半分は翼になりきって、半分は私の気持ちだった。彼はそれを聞いて、安心したようににこりと笑った。
「翼!家寄ってけよ。大したもてなしできないけどさ。お袋もお前の顔見たら喜ぶって!」
な?とおねだりするように(美子ビジョン)彼が私の顔を覗いた。なんとかなるかな、と思った。
「うん」と答えて私は彼ににこりと笑った。
翼ってきっと男だろうな、どんな性格だったんだろう、二人って仲良しだったのかな、なんで彼に黙って消えちゃったのかな、とかそんなようなことを考えていた。
家にお邪魔するとすぐに夕君のお母さんが出てきた。私を見て最初新しいお友達?と訊いてきたが彼が翼だよ、というとあぁ、面影があるわ!と言った。
「紅茶とお茶どっちがいい?あぁ、翼君はミルクティー好きだったわよねぇ。今も好き?」とおばさんが訊いた。
「ええ」と私は答えた。
本当はあんまり甘い飲み物は好きじゃないけどしょうがない。翼のふりをしてなんとか切り抜けなければ・・・。しかし夕君、うれしそう。よっぽど、大切な友人だったんだなー。
「それで、翼君。どこに引っ越してたの?最近東京に戻ったのかしら?」とミルクティーを渡しながらおばさんが言った。
「お袋!」と彼がそれをたしなめた。
「あら、それぐらいいいじゃない。ねぇ、翼君?」
ちっともよかない・・・ばれるじゃん・・・。
「ほ・・・北海道に・・・今日戻ったばかりなんです・・・」と私は言った。
なるべく私の事実と合わせたほうがぼろが出ないと思った。北海道は2年間住んでいたことがあったし、私が昏睡状態から覚めたのも今日だし・・・。
「まぁ、そうだったの。でも一度くらい連絡くれればよかったのに。心配したのよ」とおばさんが言った。
「ははは・・・すいません。いろいろあって・・・」と誤魔化した。
「いろいろって・・・?」とおばさんが身を乗り出した。ぎくりと私の体が強張る。
「お袋!」
「はいはい。わかりましたよ」とおばさんは夕君に向かって首を振った。
「でも、冴子さんには会いたいわ。ここに戻ってきたんでしょ?昔はよく一緒に買い物とかしたのよねー。元気?」
よく他人のふりをして双子とか私みたいな整形とかで家族になりきるとかいうドラマとか見たことあるけど絶対無理だ、と思った。さっそくボロが出た。
「ええ、元気ですよ。栄子さん」と私は答えた。単純な聞き間違えである。
「栄子?」
「・・・おいおい、翼・・・自分の母親の名前だぞ・・・・?」
きゃーーーーー!!そんなの、知らないよーーー!
「は・・・ははは・・・さ・・・最近会ってないもんで・・・」
「最近会ってない?一緒に暮らしてないの?」とおばさんが眉をひそめた。
「はい」と私は答えた。
家族について訊かれるよりそのほうが楽だと思ったからだ。
夕君も驚いた顔をしていた。
「寮か何かに入ってるの?」とおばさんが訊いた。
「いえ・・・その、ずっと今まで病院にいて・・・」
なるべく自分に近く、自分に近く。
「病院!?あなた、体悪かったの!?」
「いえ、ちょっとした交通事故です。もうそろそろ退院です」
「翼君、やんちゃだったからねぇ、おばさんいつか事故にあうんじゃないかと心配してたのよ。気をつけなきゃだめよー。せっかくかわいい顔に生んでもらったんだから」とおばさんが言った。
「どこの病院?」とおばさんが言った。
「5丁目の菊田病院です」
「あら、結構近くにいたのねぇ。今日は病院に戻るの?」
「はい。あ・・・そろそろ戻らなきゃ」と私はわざと時計を見て大げさに言った。
「俺、送ってこうか?」と彼が言った。
「いや、いいよ。一人で平気」と私は笑顔で言った。
「翼君かわいいからあぶないわよ。送ってもらいなさい」とおばさんが私に箱に詰めたクッキーを渡しながら言った。
おいおい。翼って男だろ!?かわいいからって・・・それは・・・。
私は取り合えずしかめツラをしてそれを受け取った。
「ふふ。変わらないわねぇ。昔の翼君もよくそうやってしかめ顔してたわ。これ、あなたが好きだったおばさんお手製のクッキーよ!おいしそうでしょ?」と言って私の鼻に箱を近づけた。こんがりと焼けたバターの香りがした。
「じゃ、退院したら、また遊びに来てね〜!」というおばさんの明るい声を聞きながら私と夕君は家を去っていった。
「すぐそこだから、歩いていこうか」と彼が言った。
「おう」と私は言った。
意外に男のふりうまいかも。私、もともと口悪いし。
「クッキー、持とうか?」と彼が優しく訊いた。
「女扱いすんなよ。平気だって」と私は笑って言った。
「そっか。悪い」と彼は少しうつむいてあやまった。
「俺、怒ってないよ?別に」
なんか彼って翼に気使ってる気がする、と思った。もしかして翼が連絡よこさない原因て彼にあるのかな、とも思った。そんな悪いことするようには見えないけど。
「悪かった」と交差点に差し掛かったとき彼が突然あやまった。
びくりと私の肩が震えた。
「な・・・何が?」
「小学ん時の・・・。まだ怒ってんのかなーって」
私は黙って彼の顔を見た。
「覚えてないの?」
コクリと私は頷いた。ってか知らねぇ。
「そっか。ならいいや。思い出すな」と言って彼も笑った。
彼って心配性なのかも、と思った。でも、そんなに気使ってもらってる翼にちょっと嫉妬した。あぁ私って心狭い。
それから彼と軽いおしゃべりをした。彼があたりさわりのないように話題を選んでるおかげで会話はかなり楽だった。10分くらい歩いて病院についた。
「じゃ、どーもありがとうございました」と言って私はぺこりと頭を下げた。
「退院したらさ、また来いよ」と彼が言った。
「おう」
「じゃ、またな」と軽く手を振って彼は去って行った。
「先生!先生いる?」と私は叫んだ。
「はいはーい。いますよぉ。でも、あなた見た目男なんだから連れてくるのは女にしたら?あれじゃホモよ」と先生が笑って言った。
「そんなんじゃ、ない。友達みたいなもんだ」と私は言った。
「顔違うのによく信じてくれたわね」
「いや、この顔だから声掛けられたっていうか・・・」
話すの面倒いな・・・。
「・・・あなた、その顔で友達作る前に家族見つけたら?」と彼女が軽蔑したように言った。
「・・・やっぱ、お願いだから話聞いて」
「警察に言うのが一番かもね」と一通り話を聞いた後彼女が言った。
「ニュースとか出ればすぐ見つかるんじゃない?」
「うーん。この顔で出るの恥ずかしいなぁ・・・。家族はともかくみんな見るだろー・・・」と私は言った。
「家族に会いたいんだったら我慢するのね。第一、あなた今の状況わかってる?家族が迎えにこなきゃ、学校にもいけないのよ。勉強だって遅れてるだろうし。住むところだってないじゃない。将来にも響くわよ。」
「警察に秘密裏に動いてもらえないかなぁ・・・」
「そんな下らん理由じゃすぐTVに出すわよ。その方が楽じゃない。犯罪者探すわけじゃないんだから」
「・・・もとはと言えば、先生が間違った顔つけるからこんなに悩んでるんじゃん〜」と私は膨れた。
「そんな綺麗な顔つけてもらって文句言うんじゃないわよ」
「ぶーーー」
「あら、ふくれた顔もかわいいわねぇ・・・」
「わっ。寄らないで寄らないで」と私は彼女を慌てて跳ね除けた。
「取りあえず、家族が見つかる見込みは立ったんだよね。それは、ひとまずそれで保留だ」と私は言った。
「保留?今のあなたにそれより大事なことなんてあるの?」と彼女が可笑しそうに言った。
「夕君だよ。このままTVで私のこと分かるなんてやだよ。明日、ちゃんとあやまって話す」
「あなたのこと忘れてるかもよ?半年前に一回会っただけなんでしょ」
「そーだろーけど、翼じゃないことだけでも言っとかないと」
「ふーん。律儀ねぇ。ま、いいわ。じゃ今夜だけ泊まってきなさい」
「ありがとー、先生」
「まったく、金のかかる患者引き取ったわよ」
「本当に、ご愁傷様です」と私は笑った。
寝る前に鏡を見て、兄にお休みを言い、母を思って寝た。
第四章 夕と翼
朝、ドンッドンッという扉を激しくノックする音で目が覚めた。借りた部屋にドアはない。病院の玄関のドアだ。
「先生ー、先生―?お客さんだよぉー?」と欠伸を含めながら私は隣の寝室で寝ている先生を起こした。
「んー、急患―?朝っぱらから・・・。諦めて死ねばいいのよ」と寝ぼけた顔で彼女は言った。
「おいおい」
「私、着替えるから取りあえず中に入れて」と彼女が言った。
「って私もパジャマだよ」と私は言った。
「あなた・・・ここに来たときはぺチャパイだったのに成長したわねぇ」と彼女が私をじっと見ていった。
「打ち所がよかったのかな」と私も少し誇らしげに言った。
「燃えどころじゃない?」と彼女は皮肉って私に服を渡した。やっぱり男物だった。
「ねぇ、これ先生の彼氏の服?」と私は着替えながら言った。中に入っていたプロテクター(着ると胸がほとんど目立たなくなる)も一応着た。ブラ貸してくんなかったし。
「秘密」と言って白衣を着ると彼女は玄関に向かった。
「お早うございます。ここに度会(わたらい) 翼って患者、いますでしょうか?」と女の人の声がした。
「えぇ・・・いますよ」と先生が私に目配せした。
つられて彼女も私の方を見た。
「おばさん・・・」と私が驚いて言った。
「あら、翼君。おはよう、お見舞いに来たのよ」とおばさんは笑った。
先生はおばさんを診察室に入れてコーヒーを出した。この病院には応接間なんてないのだ。
患者も泊まりは私一人だし。
「これ、リンゴ。皿に剥いておくわね。先生もどうぞ」とおばさんが言った。
「あぁ、どうも恐縮です」と先生が言った。
「実は今日はおばさんから翼君にお願いがあるんだけど・・・」とリンゴを剥きながらおばさんが言った。
「何でしょうか?」と私は言った。
「息子の夕のことなんだけど・・・、翼君、夕のこと友達と思ってるわよね?」
「あ・・・、その事なんですが・・・」と私は言った。
言わなきゃ、私は美子で翼じゃないって・・・。
「・・・夕のこと、嫌いになっちゃった?」とおばさんが驚いて言った。
「え!?いや、そんなわけないじゃないですか!」と慌てて私は言った。
い・・・言えねぇ・・・。先生は呆れたように片手で目を覆っていた。
「ほら、男同士って、高校生にもなると照れくさくて友達と思ってるとか言えないじゃない?」
「はあ・・・」と意味が飲み込めず私は返事した。
「だから、夕もあなたにそういう事ちゃんと言ってないんじゃないかと思って」
「いや・・・そうでもないですけど・・・」
翼君ってすごい大事にされてるよなぁ、彼に。
「たぶん、あなたが思ってるよりもあなたの夕の中に占める割合って大きいのよ。何か事情があっての事だと思うけど、あなたがいきなり家族といなくなっちゃった時夕の落ち込みようったら見てられなかったわ」とおばさんが少し責めるように言った。
「ホモですか」と先生が言った。
ええ!?
「違います。夕は普通の男の子です」とおばさんが笑いながら言った。
私もほっとした。
「それで、昨日夕の前にまたあなたが現れたでしょう。その、だからあなたがまたいなくなると、小学生の頃のようにはならなくてもやっぱり、夕は落ち込むのよ」
「翼君がまたどこかに消えてしまうと?」と先生が言った。
「失礼だけど、昨日会ったときから、おばさんそんな気がしたのよ。ごめんなさい。気を悪くしないでね」
私は先生と顔を見合わせた。母親の感って恐ろしい。昨日根掘り葉掘りに訊いてたのはそのためか。
もう限界だ。全部話そう・・・。夕君・・・ごめん。嫌ってもいいから。
「おばさん。実は・・・」
「私に任せて」と先生がそれを遮った。
「先生?」と私は言った。
「夕君のお母様には私から彼の全容を話しましょう。実は翼君、今みなしごハッチの状態なんです。母親は行方不明で父親はいざ知らず。高校生だから誰か養子というわけにも行かない。とある暴力団組織にこの美しさから売られて脱走に失敗し半年も意識が戻らないほどの暴行を受け、やっと今日退院できるのです。退院できても社会復帰するのは大変ですね。彼、高校行きたがってますから」
おいおいおい!!大分話違うぞこら!どこのドラマだ!?
「せっ先生!?」
「まぁ、そうだったんですか!?」
なんで信じちゃうのおばさん!?
「いや、私も彼の身を案じてたから、こうやって信頼できる彼の知人に会えて事情を話せてよかったですよ」と先生が言った。
「せっ先生!何いい加減なこと言ってるんですか・・・!!」と私は先生に掴みかかった。
「いいのよ、翼君。隠そうとしなくて・・・。そう・・・大変だったのね」とおばさんが涙ぐんで言った。
「そう・・・大変だったんですよ」と先生が付け加えた。
「いいわ。わかりました」とおばさんが決意したように言った。
「わかりましたって、何を?」と私が訊いた。
「翼君、あなた家にきなさい。それで夕の高校に編入しなさい。幸い学年も1年だし。高校までだったらおばさん、なんとか出来るわよ。大学は奨学金もらえば行けるし。そうしなさい」とおばさんが私の手を取って言った。
「そんなっ。そんな事お願いできるわけっ・・・」
「こういう裏のある綺麗な子預かるって大変ですよ」と先生が言った。
そーじゃねーだろ!裏ってなんだ裏って!?
「冴子さんの息子をこのままほっとくなんて友達としてできないわ。私に任せてください」
「いやー、よかったよかった。私も安心ですよ。じゃ、彼の荷物整理するんで翼君、ちょっとあっちの部屋きてくれる?」
「はい、先生」と私はすぐ先生の後をついていった。
「何考えてるんですか!?余計複雑にして!」と私は部屋に入るなりいきなり怒鳴った。
「声聞こえちゃう。静かにして」と先生は口に指を当てた。
「いい。あなたは夕君の家で翼君として暮らすのよ。ずっとじゃない。数ヶ月の間よ。その間に私達はあなたの家族と翼君を探すのよ。翼君がみつかればそのままあなたは繋ぎの役目を終えられるし、家族の元に帰れるわよ」
「そんなっ。大体、翼君が見つかる保障なんてどこにもないじゃないですか!」
「あなたの家族もよ」と先生が言った。
「・・・?警察、行ったんですか?」
「行ったわよ。夜にね。このご時世そんな行方不明なんて事件めずらしくもなんともないって取り合ってくれなかったわ」
「そんな・・・」
「警察はよくて最低三ヶ月は見つからないだろうって。順番待ちってことね。だから、私の知り合いの私立探偵に依頼しといてあげるから。それも同じくらいかかるかも知んないけど警察より確かよ」
「・・・」
「大体、あんた夕君に慰めてもらったんでしょう?昨日。好きなんでしょう?ちょっとは献身的になったらどうなのよ」
「・・・そうだけど」
「頼るだけ頼って、自分の家が見つかったらはいさよらならなんて泥棒猫見たいな女は歓迎しないわねぇ」と彼女はさらに畳み掛けた。
「いままで女扱いしてないじゃん・・・」
「どーする?本当のこと言って警察行く?」
「・・・・・・・・・わかった。数ヶ月の間だからね。私、やる」と私は腹を決めた。
お兄ちゃん、お母さん。ちょっとだけ待っててね・・・。
「よし!じゃ、これ選別のあなたの服!」と言ってバッグに服を詰め込み始めた。
「全部男物・・・」
「女物の服なんて持ってったらすぐばれちゃうでしょ」
「風呂とかですぐばれそう」
「努力しなさい」と言って彼女はバッグのチャックを閉めた。
「ん?」
私は彼女の机の上にある資料が気になって手に取った。警察とかいう文字が見えたのだ。
「警察・・・捜査料300万から・・・?私立探偵友達割引で20万・・・?」
「あ!!」と彼女が叫び声をあげた。
「・・・先生〜〜〜」
「しょうがないでしょ!お金ないのよ!私。あんたが300万払う!?」
「いや、無理です」と私は首を振った。
「でしょ?学生は働く暇あったら勉強しなさい!」といって彼女はバッグをなげてよこした。
今日から私の新しい不思議な生活がスタートしようとしている。でも、家族は見つかると思ったし、翼君も見つかると思ったから大分気は楽だった。あぁ、でもせめて翼君が女だったらなぁと私は思わずにはいられなかった。
おばさんと矢瀬高によった後、買い物をして家に帰った。おばさんは私の私服もいつくか買ってくれた。
「ごめんなさいね、重いもの持たせちゃって」とおばさんが言った。
「いえいえ、もうすぐ家着くし」と私は笑った。
今日はご馳走にするつもりなんだろうな、と思った。
「あれ・・・?翼、もう退院したの?」と家に帰ってきた夕君が私を見て驚いたように言った。
「翼君家に住むことになったから。夕、親切にしてあげてね」とおばさんがキッチンに立ったまま言った。
おいおい。それじゃ混乱するんじゃないか?
「・・・は?」と夕君は思ったとおり呆けた顔をした。
おばさんが夕君に私の事を(先生の言ったとおりに)話している間私は照れ隠しに買ってもらったホラー雑誌を眺めていた。
「そっか・・・。俺は翼がそれでいいなら別にいいけど・・・」と夕君が言った。
「あの・・・ご迷惑おかけしますが・・・よろしくお願いします・・・」と私は頭を下げた。
「二人ともそんなにかしこまってるとお見合い中みたいよ」とのおばさんのセリフに耳まで私は真っ赤になってしまった。
私にできること。彼のために精一杯翼になろう。そして家族をみつけよう。それからバイトもして先生にやっぱ20万返さなきゃ。私が美子にもどるために。
朝、目覚ましがけたたましく鳴り響く。あぁ、学校いかなきゃ・・・。行きたくないなぁ。だって行ってもみんな私のことブサイクだって避けるんだもん。親しくしてくれるのなんて愛良ちゃんと部活の奴らぐらい・・・。あぁ、空手したいなぁ。思いっきりプロレスもしたい。ホラーDVDも見たいな・・・。お兄ちゃんは無視って今日は家にいようかな。お母さんは調子悪いって言ったら休ませてくれるよ・・・。
ガチャリとドアが開く。
「翼、入るぞ。いい加減起きろよ。今日は編入試験受けにいくんだからな。」
「はっ!!」といつもとは違う声にびっくりして私は起き上がる。
「何だよ?」と夕君が私をじっと見た。
「きゃーーーー!エッチーーー!」と叫んで私は枕を思いっきり投げつけた。
「ごめん・・・俺・・・その、寝ぼけてて・・・」と私は朝食の席でも謝っていた。
「いや、いいけどさ。男同士で部屋入ったくらいでエッチはないよな・・・」と味噌汁を啜りながら夕君が言った。
「そうだよな、俺寝ぼけてるときってちょっとおかしくって・・・ははは・・・」
「女の子みたいな悲鳴出してたぜ」
びくっと私の肩が強張る。
「俺は女じゃないよ!」
「分かってるって。ムキになるなよ」と笑って夕君は私の頭を軽く叩いた。
明日からはちゃんと一人で起きよう・・・。朝はプロテクターしてなかったし。
私は今男物の紺色の制服を着ている。ズボンは灰色のチェックだった。例の矢瀬高の制服である。元来私はこの学校が好きじゃない。空手は弱かったし、ナンパばかりしてるし。唯一いいところがあるとすれば、と私は隣を見た。私の視線に気づいて夕君がにこりと爽やかな笑みを返した。つられて私も微笑み返す。彼と一緒に学校に行けるってことくらいかな。ってか、段々少女漫画っぽくなってきた。私の人生とはこんなの無縁だったからなぁ。たまには楽しんだっていいよね、女の子っぽく恋なんてしちゃってさ。女の子だってばれないようにすんのも結構スリルあっておもしろいし。
私は出かける前に洗面台の鏡の前に立ってネクタイを締めた。
「行ってきます。お兄ちゃん」と言うと私は玄関で私を待ってくれている夕君のもとに走り出した。
「翼、編入試験って落ちたらどうなるのかな?」と夕君が訊いた。
「昨日学校では一年は絶対入れるから単に学力見るだけって言ってたよ」
「そうなんだ。よかったな。お前落ち着いてるからさ。俺あんま成績よくないから上がるんだよなテストの前とか」と夕君が笑った。
二人で歩いていると通りを歩く人がみんな振り返った。
さすが、夕君爽やか系でかっこいいしもてるんだな、ちょっとやだな、と私は思った。
「あの、これそこのパン屋で買ったんですけどとってもおいしんですよ。是非食べてくれませんか?」と数人の女子高生が私に寄ってきてパンの入った袋を差し出した。
「え・・・?」と私は驚きの声を上げた。
「ありがとうございましたー!」と言い黄色い声を上げながら去っていく女子高生達。
「あの、これそこの花屋で売ってるんですけど、とっても綺麗なんですよ。プレゼントしますから是非持ってって飾ってやって下さい」と花屋の女店員が私に花を渡してきた。
「あの・・・この牛乳おいしいのよ。是非飲んでやって・・・」と配達されたばかりの牛乳ビンを渡す見知らぬおばさん。
「お前・・・すごいな・・・。一人で持てるか・・・?学校までまだ結構あるぞ?」と夕君が言った。
「何とか・・・平気・・・」と私は答えた。
兄貴の顔だったんだよな・・・。兄貴毎朝こんな感じだったもんな。私笑ってたけど、大変だったんだな。今なら少し分かるよ。兄貴の苦労。綺麗だからこそ大変なことってあるんだな。
学校の門に入っても騒ぎはおさまらなかった。
「何、あの子。超かっこいい!転入生!?」
「かわいい〜。160くらい?一年のクラスに入るらしいよ!私のクラスこないかな〜」
「ふん、綺麗ったってちびじゃん」
「あんた何ひがんでるのよ」
「今ちょっとこっち見たよ!目おっきい!まつげ長い〜!お人形さんみたい〜!」
「度会 翼君は今佐々木 夕の家にいるのか?」と先生が言った。メガネを掛けたロン毛のあんまり近くで見たくないような先生だった。
「はい。そうです」と私は答えた。
「そうか、まぁ彼のお母さんから話は聞いているが頑張ってな。何か困ったことがあったら何でも私に(ここ強調した)言え」と私を食い入るように見つめながら言った。
「は・・・はぁ。どうも」
学校の先生ってこんなに優しかったか?てか、もらった教材にこんなに教員の名刺が挟まっているのはなぜ!?・・・恐ろしい。
授業が始まる頃一人職員室の隣の指導室で私は編入試験を受けていた。
・・・なんで監督の先生が三人もいるんだよ!?
「ん?そこむずかしい?」となぜか話しかけてくる先生。
「・・・はい。わからないからここ飛ばそうと思っ・・・」
「ここはね、こう解くといいよ・・・ほら、こういう公式があって・・・」
「へぇー、そうだったんですか・・・」
答え教えちゃって、もうテストじゃないじゃん・・・。
「えーずるい。谷先生、私も教える〜!国語でわかんないとこあったらいってね!翼君!」
「英語でわからないところは僕に・・・」
いやー!まじめに公正な先生してーー!!
「ん?午前中でテスト終わったのか?」と食堂の弁当をあけながら夕君が言った。
夕君のクラスが1のCなことは彼から聞いていた。
「うん。疲れた・・・。いーなー、弁当。俺も食いてぇ」
「あ、悪い。お前の分買わなかった。でもお前朝パンとかもらってたじゃん」
「昼は弁当がいい・・・、買ってくるか・・・」
「今の時間混んでて買えないと思うけど・・・」
「がーん・・・」と私はうなだれた。
「俺の食うか?」と優しく訊いてくる夕君。
「いい。我慢する」
優しい夕君のご飯なんか食べれるわけないじゃん・・・。
おもむろに夕君は箸で白米をつかみ、私の口に押し付けた。
「気にすんなって。食えよ。半分ぐらいならやる」とにこりと笑う彼。
こ・・・この箸、彼が使ったら間接キスになるんじゃ・・・!?
心臓がバクバクした。駄目!兄貴の顔とはいえ元が私の口に触れた箸なんか使ったらせっかくの夕君の爽やかフェイスが腐る!!あぁ!でも乙女心として止めたくない!いや、私に乙女心なんかあんのか!?これは兄貴の顔が映し出す幻では!?ああぁ・・・こんなこと思ってる間に夕君が卵焼きを口に運ぼうとしている!どうしよう・・・!!
「翼君!お弁当ないなら私の食べて!」
「あ!それなら私のを!」
「私のも食べて〜!」
突如押し寄せる複数の女子生徒等に吹っ飛ばされる夕君と取り囲まれる私。おい、なんで男まで混じってんだよ・・・。
「これ、翼君が使った割り箸〜!」
「きゃー!欲しい〜!」
割り箸にはしっかりと口をつけていない卵焼きが刺さっていた。
放課後、再び職員室に呼び出された。
「お、やっときたな。どうした?疲れた顔して」とメガネとロン毛の先生が言った。
「いえ・・なんでもありません」
女の私が女の子に取り囲まれて廊下もまっすぐ歩けなくなるなんて・・・泣。
「お前、どこのクラスに入りたい?」
思わず目を見開く私。
「それって・・・選べるんですか?」
聞いたことねぇぞクラス選べる学校なんて。
「普通はできないが、お前は特別だ、好きなところを選べ」
おいおい・・・。でもラッキ♪
「1のCお願いしまーす」と私は兄貴譲りの極上スマイルを浮かべて言った。
「俺、部活あるから遅くなるけど翼はどうする?」と夕君が言った。
「待ってようか?」と私は言った。
そしたら一緒に帰れるし・・・。
「いや・・・お前は待ってないほうがいいな」
「何で!?」と私は驚いて言った。
「翼君―!部活どこ入るのー?」
「バスケ部入ろうよ〜」
「野球部はいろ〜」
「水泳部に入らない〜?」
「帰宅部なら私たちと帰ろう〜」
「・・・」
「な?帰った方がいいって」と夕君が言った。
「そういえば夕君はどこの部活入ってるの?」と私は言った。
同じ部活に入ればいいんじゃん。相撲部とかだったら無理だけどさ。水泳も駄目だけど。
「俺?空手部」
ガーーーーン!!
ゆ・・夕君があの弱っちくて下らない野郎の寄せ集めの矢瀬高の空手部の中にいたなんて・・・。
「野球部と掛け持ちしてほとんど出てなかったんだけどさ、今度から空手にしぼることにしたんだ」
なるほど・・・それで顔合わせなかったんだ。
「でもまた何で空手部に?」
「ん?・・・ちょっと知り合いに空手のすげぇうまい子がいてさ」
「へぇ・・・誰?」
「いや、その子、死んじゃったんだけど。新聞に載るくらい強い子でさ」
それって・・・。
「一回しか会ったことないんだけどさ、新聞で名前見てあぁー、って。で、なんとなく空手に興味沸いてさ。・・・不純な動機だな」と彼は笑った。
覚えてて・・・くれてるんだ・・・。
私はそんな事ない、と私は首を振った。
「何でそんなうれしそうなんだ?」と彼が訊いた
「そんな事ないよ。じゃ、俺、先帰るわ」と手を振って私は教室を飛び出した。
「あ、翼君、一緒に帰ろ〜」
「悪い!また今度な!」
「きゃー!また今度だってー!笑顔も素敵―!」
「いいなー、私も帰るとき誘ってー」
私のこと、覚えててくれてる・・・!早く美子に戻って今度は告白したい!
うきうきしながら私は下足箱に向かった。前をよく見てなかったのか人にぶつかってしまった。
「あでっ。す・・・すみません」と私は謝った。
ぶつかった男子は上級生だろうか何も言わず私をちらりと見て興味なさ気にすぐに歩き出した。後ろには黒づくめが二人。ボディーガードだろうか。って・・・。
「あーーーーー!!」と私は彼を指差して叫んだ。
「何だ?俺に何かついてるのか?」とうるさそうにその美男子は振り返った。スーツを着てなくてもその顔から高級感が漂っている。シックに値の張りそうな低いボイス・・・。
「な・・・何でもありません・・・。人違いでした・・・」と私は恐ろしさに体を震わせながら逃げ去った。
俺と寝てみないか?
俺、ホラー女と寝たことないんだよな。
あの顔、声、顔、間違いない!あの物好き高校生だったなんて!反則だ!美子の時でさえあんなこと言われたのに兄貴の顔で近くにいたら確実に食われてしまう!
「守(まもる)さん。彼は知り合いですか?」と黒づくめの一人が言った。
「知らん。興味もない」と守は言った。
プルルルッと黒づくめの携帯が鳴った。
「はい、田辺です・・・はい、はい、わかりました」と言い男は携帯をしまった。
「守さん。社長から催促の電話です。早く行きましょう」
守は舌打ちした。最近父からの電話が増えていた。父が病気がちになってからである。
「あの男・・・今さら俺に恩でも売る気か・・・」
「そうは言っても行かないわけにはいかないでしょう」
「・・・わかっている・・・!」と守は顔を歪めた。
高層ビルの一室で太田は元主人にりんごを剥いていた。元主人が太田を自分の息子の世話係にしてからもう18年が経っていた。
「太田・・・守はまだか?」
「今、こちらに向かっているところでしょう。」と言って太田は皿に載せたりんごをテーブルの上に置いた。
「体調も芳しくないんですから、病院で療養したらいかがですか?」
「今は会社がある。私が病院に入るとしたら守が会社をついでからだな。あれも・・・もう高校を卒業するのだな・・・」
「そうですね・・・。坊ちゃまの成績ならちゃんと東大に受かるでしょう。坊ちゃまも大学生活を楽しみになさってますよ」
「本当は大学なんて行かせずすぐにでも会社をついで欲しいのだが、学歴は大事だからな」
太田は小さくため息をついた。この人はいつから会社が一番だと思うようになってしまったのだろう。自分に守を任せると言ったときのあの子思いの社長は消えてしまったのだろうか。
本社の前に黒塗りのベンツが一台止まるのが太田の目に写った。
「坊ちゃま・・・」と太田がつぶやいた。
「遅かったな」と社長がつぶやいた。
「道が混んでたんですよ」と守は言った。
「今日は何か・・・?」と守は微笑んで言った。
「今週の社内パーティーにお前も出席しろ」と社長は言った。
「いいですよ。でも、そんなこと秘書に伝えておくか電話で済ませてもよかったのに」
「私と会うのは嫌か?」と社長は笑った。
「父さんの体を心配したんですよ。お加減悪いんでしょう?」と守も微笑み返した。
その目が冷たいままなことに社長は気付いていた。
「守、私は妙子(たえこ)がお前を産んでから18年間お前を必死に育てた。妙子が死んでからも何不自由なくだ。好きなものは何でも与えた。そうだろう?」
「そうですね」
「私に、感謝しているだろう?」と社長の目が守の目を捕らえた。
守はこぶしを固く握り締めた。
「ええ、もちろんですよ」と守は笑った。
守のあまりの機嫌の悪さに車の中でボディーガード達は態度には示さずともはらはらしていた。
守の怒りの矛先はいつ何時どこにむかうかもわからない。ボディーガードの一人が余計なことを言って守によって腕を折られたのはつい最近のことだった。
「社長が気に入りませんか」と太田が言った。
思わずボディーガード達の肩がびくっと震えた。
「当たり前だろう」と憎憎しげに守が言った。
「社長はあなたのことを愛していますよ」と太田が言った。
「あいつが愛しているのは会社だけだ」
「あなたを愛してるからこそ会社を任そうとなさっているのです」
「お前はあいつをわかっていない」と守は冷たい目を太田に向けた。
太田はその目を見ただけで悲しくなった。
「俺はあいつにとって会社に必要なただの部品だ。お前も、お前たちも。差はない。あるとすればそれが換えが効くかどうかだ。お前らは換えが効くから邪険に扱われる。それだけのことだ。そういう意味では等しくお前らもあいつに愛されてるってことだな。俺だって絶対に換えが効かないわけじゃない」
「坊ちゃま!」と太田が悲鳴を上げた。
「年寄りは黙ってろ!」と守が睨んだ。
太田はショックのあまり口を閉ざした。
「俺は愛なんかいらない」とはき捨てるように守は言った。
太田はそれがまるで守が自身に言い聞かせてるように見えてならなかった。
私は夕君より一足先に佐々木家へと帰っていた。
「おばさん。ただいま」
「あら、翼君お帰りなさい。早いわねぇ」と振り返りおばさんはぎょっとした。
「あ・・・これはその、道を歩いてたら色々もらっちゃって・・・」と私は苦笑いした。
「もらうって・・・この服とかCDとかも?」
「店の前を歩いてたら・・・って重いから降ろしていいですか」
どさっとダンボール一個分はあるプレゼントの山が廊下に広がった。
「まぁ・・・すごいわねぇ」と言っておばさんは笑った。
「着替えたら悪いんだけど、部屋の掃除と棚の整理してくれる?美味しいプリン作ってるからね」とおばさんがボールを見せながら言った。
「はい、わかりました」と私は笑って答えた。
部屋の掃除はすぐに終わった。たまに夕君が入ってくるから散らかせないのだ。
私はベッドの横の棚の上にある黒い骸骨にキスをした。
「男っていいよなー。こんなの飾っても何も言わないし」と私は微笑んだ。
ニスで磨きまくって手に入れたこのすべすべとした感触。なんとも言えない淡い黒色。大きい目の穴を通して見える棚の表面。きれいな歯並び・・・。
あぁ・・・和むわ。
そいえば棚片付けんの忘れてた。私は立ち上がると棚の本とか物を取り出し床に置いた。
「ちょっと埃っぽいな・・・ん?」
私はアルバムを取り出した。
もしかして夕君のアルバム!?
私はどきどきしながらページをめくった。やっぱり!かわいらしい夕君がうじゃうじゃと出てきた。これはベビー夕君!毛生えてない!可愛い!これは・・・幼稚園の時?もう女の子が周りにうじゃうじゃいるよ・・・。かっこいいもんなー。
そして小学生の時の写真が出てきた。私はびっくりしてアルバムを取り落としそうになった。ちび兄貴が夕君と校庭で遊んでいた。あ・・・そうかこれが翼君か・・・。
「似てる・・・。ドッぺルゲンガーって本当にあったんだ」と私は言った。
翼君・・・君はどこにいるのかな・・・?
それからしばらく平和な日々が続いた。季節は冬になりカレンダーは12月になった。
休日久しぶりに私は病院の先生に呼び出された。
「先生!元気してた?進展あったの?」
「あら可愛らしいコート着ちゃって!」と先生が私を抱きしめた。
「しょうがないじゃん。夕君が似合うって言ってくれて買ってくれたんだもん」と私は言った。
「・・・ホモ?」と先生は首をかしげた。
「残念ながら、彼は正常です」と私は言った。
うれしいような悲しいような。
「家族についてはまだ何もわからないわ」と先生が言った。
「そう・・・」と私もため息をついた。
「翼君についてはわかったことがあるわ」
「え!?どこにいるの!?」
「何で彼があなたの家族より先にわかったかと言うと、警察が保管してる犯罪資料に載ってたからなの」
「借りたの?」
「友達がいるのよ。警察に」
「彼・・・犯罪者だったの?」
「いや、彼、4年前に事件に巻き込まれてるのよ」と先生が言った。
私はびっくりして先生の顔を穴があくまで見つめた。
「中国の人身売買の組織にさらわれたリストの中に彼の名前があったのよ」と言って私に資料のコピーを渡した。度会翼という名前にマーカーがひかれてあった。
「そんな・・・」と私はうつむいた。
それで・・・夕君と連絡、取れなかったんだ・・・。
「彼の母親の居所、わかったけど、行く?」
「・・・どうしようかな・・・。翼君がいないなら行っても・・・」
「彼が死んだって決まったわけじゃないわ。それにこの母親、何か知ってるかもしれないし。」
「どういうこと?」と私は訊いた。
「この母親、麻薬で3回捕まってるわ。事件の前にね。いずれも彼がさらわれる前にね。しかも全て中国ルートで購入している・・・」
翼君のお母さんが麻薬を持ってたって聞いたとき、意外に思った。夕君のお母さんみたいなのかなと思ってたから。
「その道で名前がしれちゃって、さらわれちゃったかもってこと?」
「・・・まぁ、そうともとれるけど・・・」
「行ってみるよ!で、どこに住んでるの?」
「大阪」
「遠っ!」
「家に相談してから行ったほうがいいわね。もちろん事実は伏せといて」
「そうだね。行けるとしても早くて来週の土日か・・・」
「ま、あなたの家族もぼちぼち見つかるわよ」
「へへ、よろしくお願いします」と言って私は病院を出た。
「世の中には子供を愛さない母親や売り飛ばす母親もいるのよ・・・」と先生はつぶやいた。
おばさんが私が和食好きなのを知って、食事は和食が多くなった。翼君はそうでもなかったみたいだけど、好みは変わるし。今日もおばさんは夕飯に味噌汁と炊き立てのほかほかご飯。焼き鮭とお手製茶碗蒸しを作ってくれた。
「おばさん、来週の土曜日大阪行ってきてもいい?」と私は言った。
「え?何でまた?」とおばさんは驚いたように言った。
「その、大阪城とかを見たり、観光したいかな〜って」
「一人で?」とおばさんが眉をひそめた。
「気・・気が楽だし、その方が・・・」
「俺も行こうか?」と夕君が言った。
いやー!うれしいけどきちゃだめー!ばれる!!
「そうね、翼君一人じゃ危ないし夕も連れて行きなさい」
「でっでも!」
「俺、大阪行ったことないんだよなー。なぁ、ユニバーサルスタジオも行ってみようぜ」
そう言ってにこりと私に微笑む彼。
そりゃ、私だって夕君と二人で行きたいけど・・・、ばれないようになんて会えるのかな。
夕食を食べた後私は二階のベランダから夜景を見ていた。北海道では田舎の方にいたからやっぱり東京の夜景はすごいと思った。遠く見える高速道路を走る車のライトが動く宝石のように赤やオレンジに光り輝いて。だから私は夜の高速道路なら車の中にずっといてもいい。それにライトが吸い込まれていく夜空をじっとみていると心が癒された。東京の空は星なんて見えない。そのかわりに光り輝く車のライトがあるのだ。
死んだらお星様になるってガキの頃に聞いたけど、信じるようになったのは高校に入ってからだった。だって真っ黒な空なのに見てるとこんなに心が落ち着く。あぁ、私もいつかあそこに帰ってくんだなーって思える。
「翼、夜景見てるのか?」と夕君もベランダに入ってきた。
「うん。綺麗だなーって」と私は笑った。
「星、見えないけどな」と言って彼も笑った。
「翼、お前がいなくなってから高校入って再会した時の事、覚えてる?」と彼が言った。
私が翼として初めて夕君とあった日か・・・。よく覚えてるよ。
「うん」
「あの時、本当は翼に声掛けるか迷ったんだ」
「何で?」
「何か、別人のような気がしたんだ。翼じゃないような・・・おかしいよな」
「・・・そう」
「あの時、翼泣きそうな顔してた」
「うん」
「何で?・・・あの、暴力団組織とかと関係あったの?」
「違うよ。でも、もう、半分以上解決済みだよ」
「そうか・・・」と言うと夕君はうつむいた。
「人ってさ、やっぱり帰るところがいるんだよ。そう思わない?」と私は突然夕君の方に向き直った。
「どうしたんだよ?」と夕君は笑った。
「世界中を周った旅人もさ、ちゃんと帰るところがわかってたから危険な旅にも出れたんだよ。不良が荒れてられるのだってちゃんと帰る家がなければ不安でぐれるどころじゃないよ」
「・・・なるほど。詩人だなぁ」と彼は苦笑した。
「だから、泣いてたんだよ。あの時」
「・・・・・・」
「どこに行ったらいいのかもどこに行けば帰れるのかもわからなくて、不安で泣いてた」
私はにこりと微笑んだ。
「そして今、俺がこうやって笑ってるのは帰る場所がわかったからだ」
夕君は少し驚いた顔をして私を見ていた。
「夕君、ありがとう」
「・・・俺、ちょっと感動しちゃった」と夕君も微笑んだ。
「俺様、詩人だから」
「はいはい。調子に乗らない」と夕君は私の頭を軽く叩いた。
帰る場所は・・・ここじゃない。すごく居心地がいいけど、この温かさに包まれるべき人は他にいるから。でも、私に向けられた温もりじゃなくてもそれは十分私を癒してくれたから、私は私の好きな夕君のために。
翼、お前を見つけて夕君の元に連れて帰って見せる。
「よし、じゃあ翼にこれをやろう」と言って夕君は私に一枚のチケットを渡した。
「ん・・・?あー!これ、ホラー・オブ・ザ・キッチンの映画のチケット!見ようと思ってたんだ!」と私は叫んだ。
「もしかして、もう持ってた?」
「ううん。持ってない」
「よかった。ほれ」と言って夕君はもう一枚チケットを見せた。
「明日二人で見に行こうぜ。翼ホラー好きだもんなぁ」
「二人で・・・?」と私は息を飲んだ。
「何だよ。彼女とがいいってか?」
「そんなの、いねーよ」
「そうだよな。翼なんてどんな子とも付き合えそうなのになー。何で?」
「いんだよ。俺は!そういう夕君は?いるのかよ?」
あ・・・あんまり聞きたくなかったかも・・・。
「いるよ」と夕君は照れたように答えた。
ガーーーン!そんな・・・・!?ま、待てよ。私かもしんないじゃん(都合良すぎ)。あ、でも私今翼じゃん。じゃ、じゃあ、美子?ほら、空手部に入るきっかけだってつくったの私だし!
「でも、俺、お前のことも結構好きだぜ」そういうと夕君はまたにこりと笑って私の頭をこついた。
「さすがに冬の外は寒いな。中入ろうぜ」と言って夕君は家の中に戻っていった。
お前のことも、好きだぜ・・・。それって・・・。
「他に、好きな子いんのかよ・・・」と私はぺたんと尻餅をついた。
「・・・・っ」
嗚咽が止まらなかった。こんなとこで泣いてるのがばれたら怪しまれる・・・。私は袖に顔を押し付けて声を殺して泣いた。
当然だよな。私は今、男なわけだし、翼は彼の親友なんだし。彼はノーマルなわけだし。女の子ともしゃべらないわけじゃないし。いて当然なんだよな・・・。たとえ私が彼のために死んでもいいと思っていてもそれは私の勝手であって彼には関係ないもんな・・・。
第五章 変わり始めた運命
「何だか、今日の翼様はアンニュイだわ・・・」
「何かあったのかしら・・・?憂いてる顔も素敵・・・」と朝から女子高生達はざわめきたっていた。
「翼、今日は映画見に行くんだろ?何でそんな落ち込んでるんだよ」と夕君が私の顔を覗き込んで言った。
「何でも、ない。お幸せにな」と私は地獄から響くような声で言った。
「お前・・・結構怖いな」
「そんなに俺と行きたくないのかよ。いいぜ。他の奴誘っても」と言って夕君は背を向けた。
「やだ、行く!」と私は夕君の袖を掴んだ。
「素直でよろしい」と偉そうに夕君は笑うと自分の席に戻っていった。
ラウンジで茶でも飲んでこよう・・・。気分晴れるかもだし・・・。
ラウンジに着くとそこはなんだかざわざわとしていた廊下の窓という窓から人が乗り出している。
「あの・・・そこ、どいてください」と泣きそうな声で女子高生が言った。
「ぶっさいくな女がよぉ。クラスに入ってくんじゃねーよ!」といかにも人相の悪い男子校生が言った。
あれ・・・こいつ、空手部の奴じゃん・・・。
「お前が入ると教室がくさっちゃうじゃーん。あれー?泣くの?泣いちゃうのぉ?」とケラケラ空手部の奴が笑った。
女の子はポロポロと涙を流した。
私だったら絶対泣かない。こんな野郎に涙なんて見せてたまるかって思う。
「おい。お前、下らない事してないで教室入ったら?すんごい迷惑だよ?」と私は間に入っていった。
ギャラリーの悲鳴が上がる。
「何だ、お前。あぁ、その顔知ってるぜ。うわさの渡会翼か。引っ込んでろよ、優男ちゃん。俺が空手部のリーダーだってご存知?」と奴はまたげらげらと笑った。
「ああ、世界一よわっちい空手部だろ?」と私は言った。
「てめぇ・・・後悔しても遅いからな・・・」
「仲間はいないのか?一人じゃお前勝ち目ないぜ」と私は言った。
「うっせぇえええ!」と言って飛び掛かってくる。
昔からほんと進歩ないなお前。
私は男の腕を掴むとぐいと横に引っ張った。
思わず横に体勢が崩れる男。
「出直してきな!」と叫ぶと私はみぞおちに思いっきりこぶしを叩き込んでやった。
「おっおええええ!」と言って転がる男。
こりゃ一日吐き続けるな・・・。
「けんか・・・強かったんだ、意外―」
「素敵―!」
「あの・・・ごめんなさい・・ありがとうございます」と女の子はまだ泣きながら言った。
確かにおせじにもかわいいとは言えないが普通の子だった。三つアミが時代遅れな気がするけど・・・。
「大丈夫?」と言って私はハンカチを差し出した。
彼女のハンカチはもうぐしゃぐしゃだったのだ。
「ご・・・ごめんなさい・・・私が醜いばっかりに・・・」としり込みする彼女。
醜いって私もよく使ったけど、人が言うの聞くとあんまり気持ちよくないな・・・。
私もこんな感じだったのかな・・・。
「人に苛められるのってさ醜いとか美しいとか関係ないよ」
「・・・え?」と彼女が顔を上げた。
「弱いからつけこまれるんだよ。あいつも君の事醜いと思って突っかかったわけじゃない。弱いと思って突っかかってきたんだ」
「・・・弱いから?」
私は頷くと教室に戻った。
私も、そうだったと思いながら。醜いってことを弱点にしてそれをぶら下げて歩いてたから下らない奴の一言に傷ついてたんだ。
放課後、私は夕君と二人で映画館に向かった。
「混んでるなー」と夕君が言った。
「だって、公開してからまだ1週間もたってないでしょ」と私は言った。
「立ち見だったらごめんな」
「いいよ、別に。夕君のせいじゃないって!」
「あ・・・すいすい中に入ってく人がいる・・・」と夕君が言った。
「あ?ずりぃ!どんな奴だよ!」と私は身を乗り出したが背が足りなくて見えなかった。
「翼・・・ちっさくて可愛い!」と夕君は声を立てて笑った。
「・・・失礼な奴だな」と私も笑った。
やっぱり、二人でいるときは幸せだなぁ・・・。
「これはこれは市ヶ谷様。よくいらしてくださいました」と映画館の支配人が頭を下げた。
「この映画館はなかなかヒットしてるようだな」と市谷社長は言った。
「はい。おかげさまで・・・」と支配人はより深く頭を垂れた。
「当たり前だ。他の二つの映画館は売れ行きが悪くて手を引くことにしたからな。ここも売れ行きが悪ければすぐそうなる」
「はっ、重々承知で・・・!」
「守、こい」と社長が言った。
「何か?」
「外の人だかりを見ろ。みんなこの映画を見るために並んでいるんだ」
「そうでしょうね」と守は言った。
「みんな一人で映画館も買えないくずどもだ。ああやって、醜くひしめき合っていることに何のためらいも感じておらん。人間の99パーセントがああいったくずだ」
「・・・・・・」
「私はあのくず達に社会の邪魔にならないように人生の方向を指し示してやらねばならんのだ」
「そして、邪魔になった人間は海外にばらばらにして売り飛ばす?」と守は言った。
「知っておったのか」と社長はにやりと笑った。
守の背筋に悪寒が走った。こんな笑い方をする父は見たことがなかった。今まで隠していたのだろうか・・・。
ドアが開けられ映画館の中に入れ替わりにたくさんの人が入ってきた。
「私は何も知りませんよ」と言うと守は父から離れた。
「なぁ、あれって市ヶ谷社長じゃねぇ?」
「何で社長がこんなところに?」
「ほら、うちの会社って映画館のスポンサーもしてたじゃん」
「なるほど〜っておい、木ノ下?」
「あれが・・・市ヶ谷・・・!!」
「・・・おい?どうしたんだよ・・・」
「悪い・・・先行っててくれ」
「先行けって・・・木ノ下!」
男は一人映画館の外にでると携帯電話を取り出した。
「俺だ・・・市ヶ谷をみつけた。今すぐ来てくれ・・・!」
「俺、飲み物買ってくるよ。何がいい?」と私は言った。
「コーラ。翼は絶対緑茶だろ?」と夕君が言った。
「・・・よくわかったな」
「お前、ワンパターンだもん」と夕君が笑った。
「守さん。大丈夫ですか?」と黒づくめが言った。
「少し気分が悪いだけだ・・・ほっとけ」
「ほっとけと言われましても・・・」
「じゃあ茶買え」と守が言った。
「チャかえ?」
「・・・・もういいっ」と守は立ち上がって自販機に向かった。
どいつもこいつもイラつかせる。くだらん。何でこんなとこに俺はいるんだ?
「あーーーー!!」と言う叫び声が守の頭に突き刺さった。
「叫ぶのは映画が始まってからにしろ」と守は思わず毒づいた。
「あ・・・すいません、人違いでした」と恐ろしさのあまり後ずさる私。
今度は逃げられなかった。
「そのセリフ・・・どこかで聞いたことがあるな・・・思い出したぞお前・・・」
「・・・・・・なんだよ」
「いや、思い出すほど内容のある奴じゃなかった」と守は言った。
ま、そうだよね翼としてはぶつかっただけさ。
「お前、こないだ会ったときも叫んでたな。他に会ったことでもあるのか?」と鋭く訊いてきた。
「あ・・・ありませんとも・・・」と私は言った。
「本当に・・・?」と守は疑うように言った。
背中がびりびりとするような視線だった。
きゃーーー!と遠くから悲鳴が聞こえた。
「え?もう始まっちゃった?」と私が言った。
「市ヶ谷―!どこだ!出て来い!!」と木ノ下が叫んだ。20人ものやくざを従えている。このときのために金を出しておいたのだ。
「市ヶ谷?」と私は言った。
「俺だ。恐らく・・・親父だな」と守が嘲るように言った。
木ノ下はラウンジにいる黒づくめを見つけた。
20人を引き連れながら近寄っていく。
「お前が市ヶ谷の息子か?」
「(なんか、やばくない?違うって言っちゃえば?)」と私は耳打ちした。
「俺だ」と守は言った。
「おばかー!!正直に答える奴があるかー!!いかにも胡散臭い奴らだろーが!!」と私は守の頭をはたいた。
「おばかはお前だ。やくざの前で胡散臭いなんてけんかを売る奴があるか」と守は言った。
「お前をばらばらにして市ヶ谷の前に持っていったら奴も少しは俺の気持ちがわかるかな・・・」と木ノ下が言った。
やばい・・・。目が完全にイっちゃってる・・・。
「さあ・・・俺は換えの効く駒だからな・・・。まあ、びっくりはするだろうよ」と言うと守はにやりと笑った。
「むかつくガキだ・・・二人ともやっちまいな!」と木ノ下が叫んだ。
私もかい!!
「ボディーガードさん。勝てそう?」と私は訊いた。っても黒づくめ二人しかいないけど。
「勝てないから守さんと逃げてください」と黒づくめは微笑んでいった。
く・・・敵に背中を見せるとは私の武士魂に反することだが・・・。
「戦わざるもの志汚さずっ!守!ともにゴー・アウェイー!」
私は守の腕を掴み走り出した。む・・・この腕の感触・・・こいつ鍛えてるな・・・。
「やくざに背を向けて走るのか・・・やだな・・・」と守が走りながら言った。
「我慢しろ!」と私は叫び速度を上げた。
会場はパニックに陥っていた。みんなで抵抗すれば勝てると思うんだが相手は刃物を持っていたのでそういうわけにもいかなかった。会場にいた人たちは次々と外へ飛び出していった。
二人は2階の化粧室に逃げ込んだ。
「ふふ・・・ここならさすがに気づくまい・・・なんたってレディー用だからな・・・」
「そうか?」
「そうだよ!」と私は言い返し窓から外を見た。
そうか、こいつ物好きだもんな・・・女子トイレなんて朝飯前に違いない。く、私が男子トイレに入るたびに何回懺悔しているか聞かせてやりたい!
「みんな、逃げてくなぁ・・・。なぁ、あいつらまだ入り口にいるかな」
「普通逃げられないように入り口は見張ってるだろうな・・・。ま、親父が殺されれば大人しく帰るだろうよ」と守が笑って言った。
私は彼をじっと見た。
「お前、親父嫌いなのか?」
「お前に言う必要ないだろう」
「仲直り、しとけよ。いつ別れ離れになるかわかんないからな」と私は言った。
「お前は家族と離れているのか?」
「・・・お前に言う必要ないだろう」と私は言った。
ここか?と声がして誰かがトイレを覗き込んだ。
守は私を個室の中の壁に押し付けた。人が入ってるのもおかしいから扉は閉められない。
耳元に向き合って密着している彼の息遣いがした。心臓がばくばくした。こいつ・・・落ち着いてやがる。
「誰も、いないな」と言って立ち去るやくざ。
おいおい。ちゃんと一つ一つ点検しろよ・・・。やっぱりレディースははずかしいのかしら?
「行ったな・・・」と冷や汗をたらす私。
「お前・・・」
「ん?」と私は言って息を呑んだ。
覗き込むようにして守の顔が間近にあった。色素の薄い整った髪。日本人とは思えないほど高く整った鼻。いくら最近兄貴の顔で慣れたからって至近距離では鼻血がでる・・・!
「女だったんだな・・・」と守は言った。
「な・・・なんで!?違うよ!」
「胸」と彼は言った。
「!?」と思わず後ろを向いてセーターの中に手を突っ込む私。
しまった・・・最近冬服って厚いから油断してプロテクター外してベストだけで抑えてたんだ・・・!!
おっ・・・オーマイガッ!
「こ・・・これには海よりも高いわけが・・・!!」と私は言った。
「大したわけじゃなさそうだな、オイ」
「ま、いいや」と言うと守は私を押し倒した。
「ち・・・ちょ・・・ちょっと!」と私は叫んだ。
「大きな声出すなよ。ばれるだろ」と守がにやりと微笑んだ。
た・・・助けてだれかぁ!!
「俺、女男抱いたことないんだよな・・・」とうれしそうな守。
どっかで聞いたことあるようなセリフーー!!
「なぁ、お前・・・アレ、ついてるのか?」と守は低めのセクシーボイスを耳元で響かせながら私の腹のあたりをなでた。
「ついてない!ついてない!」と私は呻いた。
力一杯抵抗してるのに・・・!!
「本当に・・・?」と甘く囁きながらも彼は絶対に力を緩めない。
わざとだ。本当はもっと力出せるのに私の限界に合わせてる・・・。
な・・・なぶり殺し!?
「本当だっつうの!」と私は呻いた。力入れすぎて声が出ない・・・。
やばい・・・疲れてきた・・・でも、このままじゃ完璧に剥かれてしまう・・・!
「確かめてみようか」と言うと守は片手でかちゃかちゃと私のベルトを外し始めた。
もう片方の手で私の両手を押さえつける。
「いやー!勘弁して!!」と私は泣き叫んだ。
くっ、部活さえ続けてたらこんな醜態を晒さなくてもよかった(かも)のに・・・!
目をつぶっていたら急に首の根元をきつく吸われた。思わず目を開けると彼と目がばっちりと合った。
「もう、諦めたら?」と余裕の笑みを見せる守。
「ふふ・・・正義の味方は最後まで諦めないのだ」と顔を強張らせながらも言い返す私。
明日・・・腕が筋肉痛になりそう・・・。
「・・・ま、確かに俺には悪の手先がお似合いだよな」と呟くと私の視界から守の顔がフレームアウトする。
「ひっ!」と私は呻いた。
耳に突然走る鈍い痛み。
お兄ちゃん!私耳たぶ噛まれちゃったよう・・・!!
その時、入り口のドアがバタンと開いた。
「守さん!無事ですか!」と黒づくめが入ってきた。
そのまま二人を見て立ちすくんでいる。
守は舌打ちして力を緩めた。
「ナイス・タイミングだボディーガード君!でももうちょっと早くてもよかったぞ!」と私は誉めてやった。
もうしばらく続きます。
-
2004/05/07(Fri)23:56:08 公開 / 笑子
■この作品の著作権は笑子さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
私の初作品です。おしまいはもう頭の中にまとまってるんですが、なかなか終わりにたどりつけません笑。私も未完成だらけよのぉ・・・。というよりこれ、最初から読むと30分くらいかかりそうです。はたして初めてこれを開けた人が読んでくれる気になってくれるのかどうか・・・(心配)。どうか、皆様最後までコメビュをよろしくおねがいします。ではまた。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。