『ポ・トロ(宇宙の摂理)1章〜4章』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:香山 由紀雄                

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ポ・トロ(宇宙の摂理)
        
 
第1章 (銀河の彼方で)

 
 遥か遠い星系での出来事だった。非常に高度な文明を有する惑星(コンチェノルト)…正規軍と反乱軍による内乱から物語は始まる。激しい戦争は長期に渡り繰り返されていた。しかし、戦力で優る正規軍は次第に反乱軍を追い詰めていく。

 反乱軍のリーダーは最後まで徹底抗戦を主張する側近達を抑え、僅かに生き残った兵士と民衆を他星系へ脱出させる作戦を強行した。人々を乗せた宇宙船団は、正規軍の追っ手を逃れるため銀河の各方面に分散した航路をとったが、追っ手を逃れ無事に脱出できた船は僅か数隻だけだった。そのうちの1隻は正規軍の追っ手との戦闘で数箇所被弾し、長距離航宙に欠かせない各種センサーや、生命維持に必要な農耕プラントを修理不能なまで破壊されていた。出発当時300人程いた乗組員や一般の避難民は今や54人にまで減ってしまい、航宙というよりも漂流に近い状態だったのだ。そんな状況下で太陽系第三惑星に到達できたことは奇跡に等しい…。もし、この太陽系を発見するのがあと1週間遅かったら、彼らは1人も生き残れず永遠に暗黒の宇宙空間を彷徨っていただろう。
 太陽系の第3惑星に生命を維持できる環境を発見したのは搭載コンピュータの『JIG』だ。JIG=ジグは残された僅かなセンサーをフル稼働し懸命に水のある惑星を探しだしたのだ。後に彼の功績は称えようもない程、我々人類にとって重要な歴史の瞬間だったことを当時は知る由もない。
 奇跡の惑星発見に生き残った54人は歓喜に沸いた。そして、彼らはこの奇跡をポ・トロに感謝し祈りをささげた。

 宇宙船は第三惑星の衛星に着陸し、惑星の観測を開始した。大気成分はほぼ彼らの母星に近く呼吸に問題はない。地表に生息する動植物も食料として十分にその役を務める。ただ、1つ重要な問題は宇宙船が大気圏に突入する際、その摩擦に耐えられるかどうかだった。正規軍の追っ手との戦闘で損傷した船体と、被弾による影響で大気圏突入時に展開させる防護フィールドが本来の40%程度しか出力できないことが分ったからだ。
ジグに何度計算させても成功確率は20%に満たない…。船での地表降下が無理ならば緊急脱出用のポッドによる方法もあるが、この場合宇宙空間での推進制御用バーニアしか持たないポッドでは、惑星の引力圏を離脱することは不可能。つまり、二度とこの衛星にある船に戻ることができなくなる。しかし、彼らに選択の余地などありはしなかった。船内に備蓄されている空気と食糧はもはや一刻の猶予も許さない状況だったのだ。
 彼らは考え抜いた末、万が一正規軍の追跡があった場合に備え宇宙船を衛星の地下に隠し巧妙にカモフラージュした。また見方の船が捜索に来た場合も想定して、あらかじめ決めてあった暗号標識をジグに認識させるため補助動力を極低出力で運転させておくことにした。
 地表に降下する際、なるべく船にある物資を持っていけるように16機有る20人乗りのポッドに5人ずつ乗り込み空いているスペースに物資を詰め込み固定した。ポッドはまだ5機残っていたが、将来船に戻れた場合のことを考え、敢えて残しておくことにした。
 衛星の引力は0.17G=第三惑星の1/6ほどなので、ポッドのバーニアでも十分離脱できる。決死の覚悟をした54人の遭難者は太陽系第三惑星…すなわち『地球』へ降下し、最初の人類となった。

 彼らが新天地として降りた地球は紀元前3万1千年。その後、失われた大陸『アトランティス』と呼ばれる土地だった。彼らがこの地を選んだ理由には、太平洋のほぼ中央に位置し、『クロマニヨン人』『ピテカントロプス』といった高等霊長類が当時の地球に生息していたが、ここ「アトランティス」にはそういった先住民はいなかった事と、本来の生態系、自然環境に対し自分達の存在が干渉しないように配慮したものだった。僅か54人で始まった人類は苦労を重ねながらも、やがて大きな文明へと発展していく。彼らが自分達を異星人だと自覚していた時代は時と共に忘れ去られ、当然の如く地球の支配者として君臨していった。およそ、3千年の間はアトランティスから他の地へ赴くことは禁止されていたのだが、今や人類の繁栄はそれを許さなかった。次々とアトランティスから人類は旅立ち、地球全域に勢力を伸ばした。当初、先住民である「原始人」との共存共栄を模索した彼らではあったが、歴然とした知能の差とその凶暴性に試みは失敗に終わった。文明の利器とでも言うべき武器を駆使して野蛮で凶暴な『原始人』の駆逐が世界各地で頻繁に行われた。人類史において謎とされてきたクロマニヨン人の突然ともいえる絶滅、そして我々人類の『ホモサピエンス』が突然歴史に登場してきた背景には壮絶な事実が隠されていた。

 地球に避難民として降り立った人類の祖先は『ポ・トロ』という宗教を信仰し、敬謙な信心と賢明な思想をもった人々だった。僅か54人から始まった地球人類は、代を重ねるごとに本来の『ポ・トロ』の教義を歪曲させてしまった。『ポ・トロ』とは…宇宙。つまり、万物創生の主である大宇宙を教義したものだ。 その教えは深く、この宇宙に生きとし生けるもの全てに対し意味と意義を持たせている。一般にいう宗教とは違い、『神』なるものは存在しない…。科学に対して一片の矛盾もない、万物の法則を説いた『教え』そのものが『ポ・トロ』である。その教えに背き、最初の人類から5千年がたったころ地球は人類が支配し、各地で思想の違いや利権のため戦争が相次いだ。そのころ、アトランティスでは各地の堕落した情勢について長老たちが協議をはじめた。各地でのあまりにも秩序のない戦乱に憂慮した彼らは、世界を一つの王国とし『アトランティス王』こそが世界の君主であると定めた。また野蛮な敵対勢力を威嚇するため、強力な軍隊を組織した。元々、世界の中心であったアトランティスはその威光と科学力を武器に、世界を統治することに成功した。
 8千年という長い年月の間アトランティスは栄光と繁栄を謳歌していたが、その絶大な軍事力による独裁的政治体系は世界各地で反感を買う結果となる。すでに、地球人類は総人口を20億人にまで増やし、独自の宗教をもつ国家やアトランティスに匹敵する強力な軍隊をもつ軍事国家などが未公認のまま出現し、もはやアトランティス中心の世界観は大きく変わろうとしていた…。

 最初に地球に降りた先祖の末裔である地球人類は、母星よりも8%ほど大きい重力にも完全に順応し、今や「コンチェノルト人」ではなく地球人になっていた。外見はさほど変貌はないが、肌の色、髪の色、瞳の色、体格など地球各地において「人種」といわれる概念がでてきた。丁度その頃、ついにアトランティスは滅亡の危機にみまわれる。
 繁栄を極めるアトランティスを我が物にしようと各地で王を名乗るものが攻め込んできた。アトランティスは強力な軍隊を有していたが、軍事国家ではない。古より永きに渡り眠っていた、先祖が残した遺産とも言うべき「ホログラフ」={ビデオ情報機器}の発見により人類の意味、意義について学び、再び「ポ・トロ」を信仰する国になっていたのだ。そのころのアトランティスの王『デュータ・ティメラ』は人類が地球にいる理由を知り、愕然とし、また驚愕した。愚かな地球人類は、遠い過去に母星で起きた戦乱と同じ過ちを繰り返していることを恥じた。母星での内乱は、私利私欲に溺れた高官たちが『ポ・トロ』の教えに背き、企てたクーデターだったのだ。無防備なコンチェノルト世界政府は、あっけなく政権を剥奪され、『ポ・トロ』信仰者は迫害された。レジスタンスとして立ち上がった敬謙な信仰者の人々は反乱軍として戦い、そして敗れ、母星を脱出し、この太陽系第三惑星に漂着した。その生き残りが人類なのだ。デュータ・ティメラ王は敵国の王に使者をだし、人類の意義、歴史について詳細に記された書簡を届けたが、欲に溺れた権力者にはただの戯言と一蹴されて終わった。
 デュータ・ティメラ王は、これ以上の人類同士の殺し合いを避けるべく、アトランティスの放棄を決断する。しかし、アトランティスには多くの軍事施設や資源がある。ここを、野蛮な者にただ明け渡すわけにはいかない。一計を案じた王は、国民を比較的安全な南アメリカへ脱出させアトランティスは大陸もろとも海に沈める計画を立てる。沈めるための工事はアトランティスの科学力ならば、容易なことだった。地下深く穴を掘り小型核爆弾を数百箇所に仕掛ける。地下岩盤の弱い地殻なので、火山脈と連動させれば間違いなく海に沈む。かくして、アトランティスはその栄光の歴史と共に海の底に消えていった…。

 僕はここで、目を覚ました。 あたりは、なんだかぼやけて見える…。
「まだ、起き上がらないほうがいい。しばらく横になっていなさい」
どこからか聞き覚えのある声がした。



第1章 (銀河の彼方で)完




  
第2章 (脳細胞伝送式記憶装置)




 どんよりとした頭痛の中、僕は横になりながら考えた。
「人類が異星からの移民者だったなんて…」
僕の脳には、ほんの3時間程の時間で長編小説100冊分以上の情報がインストールされていた。それは鮮明な記憶のように、いや、それ以上に整然と整理され、詳細に思い出すことができる。こんなにも短時間でこれ程まで莫大な量の情報を記憶できるのは「脳細胞伝送式記憶装置」のおかげなのだ。装置自体は医療用に使うMRIに酷似しているが、中身は最先端の異星科学の粋を結集したとんでもなく高価な代物らしい。詳しいメカニズムは軍の機密事項なので明らかではないが、通常一年間の学習で習得できるカリキュラムを、この装置は僅か12時間で記憶として伝送できる。つまり僕は通常課程では3ヶ月はかかる学習を昼寝している間に習得できたことになるわけだ。 
「どう?・・具合は」
さっきとは違う親しみのある女性の声だ…。僕はまだ気だるい体を起こし声の方向に視線を向けた。
彼女は19歳で僕より1つ年上の、アジアと南米のハーフでチャーミングな女の子だ。名を「レイラ・フィリオ」という。
「やあ…レイラ。気分は最悪だよ、いつものことだけどね…」
僕はやっとの思いでベッドに腰掛けながら言った。
微笑しながら彼女は僕の傍にきて腰をかがめ、両手で僕の顔を包み込んだ。
「顔色が好くないわね…。もう少し休んでいたほうがいいわ」
僕は彼女の手が以外に冷たいのを感じながら微笑した。
「大丈夫さ。ただ、流石に今回の内容には少し動揺したみたいだ…」
彼女は優しく僕の頭を抱き寄せながら言った。
「無理もないわ…あたしだってあれには驚いたもの」
そう言うと彼女は僕の横に座り、自分の膝に僕を抱き寄せた。普段なら、赤面して躊躇するところだが今は抵抗する気力もない。
 混沌とした思考のなかで、伝送された記憶だけが鮮明になっている。この装置を使うのは今回で7回目だが、今回は前回までのものよりも頭痛がひどい…。この装置は少なからず脳細胞に悪影響を及ぼす。実に便利な機械だが、頻繁には使えない。年齢制限も22歳までと決められている。なんでも、それ以上の年齢では脳障害を起こす危険性があるからだという。
 入り口の方から先の声の主が現れた。
「私はお邪魔だったかね?」
僕は、レイラの膝に抱かれていることを思い出し、とっさに飛び起きた。勢いよく起き上がったので、目眩がした。
「Dr・ティレルいつからそこに?」
赤面しながら、ぼくは言った。
「おいおい…。私は今来たばかりだ。それに…」
彼は看護婦が押してきたワゴンから見覚えのある液体の入った瓶を取り出し、目盛りのついた透明なカップに注ぎながら言った。
「君とレイラの仲が好いことに、私はなんら干渉する権限を持ち合わせていない」
彼は『飲みなさい』という表情で僕にカップを差し出した。
僕は躊躇いながらも一気に飲み干した。この伝送のあとは毎回飲まされるのだが、とにかくひどい味の液体なのだ。伝送後に起こる脳の悪影響を緩和する薬らしいが…。僕が吐き気を我慢していると、Dr・ティレルはにこやかに言った。
「今回の伝送は君で最後だ。つまり我々は準備が整いつつあるということだな」
そう言いながら脳波スキャンのセンサーを僕の頭に被せた。
「今回はやや脳波の乱れが大きいようだ」
彼は、看護婦に目配せをした。看護婦は当然のようにワゴンのボックスから、錠剤や粉薬をいくつか取り出し、レイラに手渡した。
「今から2時間後に、この薬を彼に飲ませることを頼んでもいいかね?」
慌てて僕は言った。
「ドクター。薬くらい自分で飲めますよ…」
すると、Dr・ティレルは横目で僕を見ながら言った。
「私が知らないとでも思っているのかね?」
僕は耳まで赤くなった…以前、身体機能検査のため配られた薬で苦いものがあり、飲んだ振りをしてこっそり捨てたことがバレているらしい…。
レイラが明るく言った。
「任せて下さい、ドクター。私が責任を持って彼に飲ませます!」
Dr・ティレルはホログラフになにやら書き込みながら言った。
「よろしい。ではお任せしましたよ、奥さん」
とっさに否定しようとしたのだが、にこやかなレイラの顔をみていたら、僕は何も言えなくなってしまった。
ホログラフや薬品をワゴンに乗せながらDr・ティレルが言った。
「そうそう、多分今週中にも辞令が下りるだろう。もっとも、私の推測だがね」
僕の肩をポンと叩き、レイラには彼独特の意味深な目配せをしながら、看護婦を連れ部屋を出て行った。

第二章  (脳細胞伝送式記憶装置)完


第三章  (フィリオン素粒子)


 
 今から11年前、つまり2272年4月25日 人類は初めて異性人と遭遇した。その頃人類は、やっと火星に探査用基地を建設できる程度の科学技術しか持ち合わせていなかった。地球の衛星軌道には数基の観測用有人ステーションが飛んでいたが、宇宙開発は人類が初めて月に降りて以来、特にめざましい発展は遂げていなかった。 それは、相次ぐ地上での戦争が宇宙開発の妨げになっていたことに他ならない。

 2271年3月、米国の無人天体観測用衛星『ノア』が不審な粒子を観測した。それはとても微弱な反応で、ニュートリノ素粒子に似た性質のようだったが運動波形は異なっていた。2方向から断続的な波形が光速の99・998%の速度で行きかい、まるで交信しているかのような様相だった。 ノアは約12秒間この現象を観測することに成功し、データを地球に送った。当初、NASAの科学者達の見解はノアの観測エラーと結論付け、この貴重なデータに関心を示す者は誰もいなかった。しかし、世界的な宇宙物理工学の権威でもあり、大学教授でもあるアレックス・フィリオ博士はNASAの友人から聞いたこのエラーデータの話に興味を抱き、独自で調査を進めた。その結果、とんでもない事実が判明したのだ。
 ノアが観測した素粒子は、フィリオ博士一族が長年研究していた未知の素粒子『フィリオン素粒子』だったのだ。それはフィリオ博士の祖父の時代から、代々研究が引き継がれた理論上実在するはずの素粒子だったのだが、いままで発見されることはなかった。この素粒子は質量がニュートリノの1/3で、反物質と衝突しても対消滅しない特異な性質を持つ。まだ、仮説の段階だったが亜空間から放射される『Tエーテル』に乗り『T波』となって、光速を超える速度で移動することも可能なことは解っていた。
 博士はこの研究に生涯を賭けていた。正確に言うと、フィリオ家は親子3代に渡ってこの素粒子を研究し続けていたのだ。しかし、事実を公表する前に重大な問題がある。フィリオン素粒子は我々の住む正物質宇宙では決して自然発生しない。つまり、人為的に生成されたものだということだ。ここに、フィリオ博士の研究の真意があった。もし、人類以上に高度な知的生命体がいるとすれば、恐らく宇宙を亜光速航行し、母星や仲間とも交信するに違いないだろう。しかし、通信手段に電波では遅すぎる。 仮に光速の50%で1年間航行した場合距離は0・5光年、光の速度で半年掛かる。その場所から電波通信では、送信して返事を貰うまで一年待たねばならない。しかし、相対性理論は光速を超える質量の移動を許さない。では、どうしたら光を超える速度の通信が可能になるか? 答えは3代目のフィリオ博士が出していた。

 宇宙が創造されたビッグバンの直後、空間には正物質と反物質が同質量造られた。性質上両者は、出会い衝突すると大爆発を起こし互いに対消滅する。しかし、現在の宇宙空間には微量な反物質が存在するだけで、天体構造物のほとんど全ては正物質から構成されている。
 何故、同質量あるはずの反物質が微量しか発見されないのか? 初代のフィリオ博士はこう仮説を立てた。

≪我々の住むこの宇宙は正物質を基本構造にして成り立っている。しかし、理論的には別に空間を異にした反物質構造の宇宙が存在しなければ、現在の正物質構造の宇宙を説明できない。つまり、正と反は互いに引き寄せ合うことはなく、ちょうど磁石が反発するように互いに距離を離れて集合した。
 しかし、宇宙創造の時期まだ空間は互いが完全に別集合できるほど広くはなかった。膨らませた風船に水と油を同量入れた状態に似ている。境界は常に触れ合い互いに対消滅を繰り返す。そのうち、そのエネルギーは同じ空間に放出することが出来なくなる。すなわち圧縮された状態になるわけだ。勿論、空間そのものはビッグバン以降光速で膨張しているが、対消滅で発生するエネルギーはそれを圧倒的に凌駕する。圧縮されたエネルギーに耐えられなくなった空間は正物質と反物質の接点を境目に大爆発を起こし空間を二分した≫

初代フィリオ博士の仮説を基本に、2代目フィリオ博士の理論は≪正物質と反物質の宇宙があり、その境界には正でも反でもない中性物質が存在しちょうどクッションのように両者の接触を防いでいる≫というものだ。その中性物質こそ、フィリオン素粒子なのだ。境目には亜空間があり、「Tエーテル」という質量の無いエネルギーで満たされている。Tエーテルは質量がないため、自由に正と反の物質世界を行き来でき、フィリオン素粒子と結合すると「T波」となる。T波はどの空間からも、どの位置からでも亜空間に乗ることが出来る。亜空間では時間の概念がないため、一瞬で何光年でも移動できる。これこそが、電波に変わる光年単位距離通信手段ではないか? と3代目フィリオ博士は考えたのだ。
 方法は簡単だ。フィリオン素粒子をTエーテルに乗せるとき、2種類の配列パターンを作れば良い。この2種類の組み合わせで2進法デジタル信号にできる。送信元は受信先の座標に向けて発射すれば後は勝手にT波は亜空間に乗り、最短距離で相手に向かう。受信側は、T波に打ち込まれたフィリオン素粒子の配列を電波で読み取れば良い。半径30万キロの誤差ならば通信に支障は無い。
 2271年までは、あくまでも仮説として定着していた未知なる通信手段だったが、ノアの観測したデータはまさしく「T波通信」そのものだった。
 規則正しいフィリオン素粒子の配列と12秒間で3億7千万の単信号は、疑いようも無くデジタル信号だ。内容の解読は不可能だが、T波は単一指向性なので間違いなくこの地球の近くで通信されたものと結論付ける事が出来る。
 フィリオ博士はしばらく考えた後、マサチューセッツ工科大学の研究室から電話をした。
「大統領につないでくれ」



第三章  (フィリオン素粒子) 完





第四章  (未知なる物体)



 米国大統領「アルバート・F・ダグラス」は通話機を置き、ホワイトタワーの最上階にある執務室から夕日に染まるワシントンD.Cの街並みを眺めながら考えていた。《アレックスの報告に間違いはないだろう。しかし異星人とは…》ダグラスは通話機のスイッチを押した。
「NASAにつないでくれ。大至急だ」

 
 1ヵ月後、NASAは探査機5機を打ち上げた。ノアが通信を傍受してからNASAの科学者はフィリオ博士協力のもと、発信源を探知すべく懸命な努力をしたが、特定には至らなかった。しかし、おおよその方向は掴めた。
 ノアが観測した当日の時刻「月」の方向から発信されている。手探り状態の予測ではあったが、T波は電波で受信出来る事から月の周辺30万キロ(電波・光の速度=1秒間30万キロ)が、タイムラグを考慮した場合、通信圏内として最も有力であるという事から捜索範囲となった。 しかし、5機の探査機は月の宙域を隈なく探索したが、何も発見できずにいた。探査機打ち上げから5日目、NASAの司令長官は博士の嘆願をよそに、捜索打ち切りの命令を出した。

フィリオ博士は腕組みをして、これまでの経緯を考えていた。
《宇宙船であれば、いつまでも同じ宙域に留まりはしないだろう。だが、なにか引っかかる…》
12秒間のデータは、座標こそ不確定だが、ほぼ固定された位置から送受信されている事を示している。
しかし、僅かだが移動はしている。博士は当日の『ノア』の軌道軸と月の公転と自転速度を計算した。
《まさか…》
博士は、通信機に向かって言った。
「月に1番近い探査機聞こえますか?私は、フィリオ博士です。」
探査機から応答があった。
「こちら、探査機ノースキャロライナ。どうぞ」
「現在の位置を教えて下さい」
「現在、座標002・63・32です。どうぞ」
博士は、天体図で座標を確認しながら言った。
「月の方向に進路を変えてください。座標021・69・77です」
「こちら、ノースキャロライナ。探査終了の命令がでていますが?」
博士は躊躇なく答えた。
「責任は私が取ります。お願いです。どうか…」
NASAの司令官が静かに蔑んだ口調で言った。
「博士もう、捜索は打ち切りです。これ以上探しても何も見付かりはしませんよ」
博士は司令官の言葉を無視して続けた。
「ノースキャロライナ。機長は誰ですか?」
少しの間が空いて応答があった。
「こちら、ノースキャロライナ機長、マックス・ゲント中尉です。どうぞ」
「ゲント中尉、もしこのまま帰還したら、あなたはきっと後悔することになります。」
博士は続けた。
「私には確信があります! 絶対に何かある事は間違いないんです」
長官が近づき博士の肩に手を置いた。
「博士、お気持ちは分ります。しかし、5日間探して何の手掛かりも無いのですぞ」
博士は声を荒げて言った。
「私はこの研究に人生を賭けてきた。それをたった5日で終われと?」
長官は冷たく言った。
「根も葉もない貴殿の話に、軍は莫大な費用と人員を割いているのですぞ。これ以上無駄な経費と時間はかけられませんな」
博士は、震える拳で通信マイクを握り司令官を睨んだ。
「根も葉もない? 無駄だと? 貴様に何が分る!」
博士が、長官の胸座を掴みかけたその時
「こちら、ノースキャロライナ。月方向に不審な光源を視認」
博士は掴みかけた手をマイクに戻し、早口で言った。
「ゲント中尉! 光源の色は? 数は? 照度は? 距離は? 現在も見えますか?」
ゲントが答えた。
「はい…あの…色はたぶん赤だったような…え〜と」
博士が頭を抱えようとした時
「え〜、と…取り敢えず、光源の方向に向います。距離4万4700`、座標021・69・77に進路変更」
長官がマイクに怒鳴った。
「ゲント中尉! 貴様命令違反を犯すつもりか! 直ちに、帰還の進路に戻れ!」
ゲントが答えた。
「すいません。無線の調子が…本機は燃料もエアーも十分残っています」
長官は鬼のような形相で真っ赤になりながらマイクに怒鳴った。
「貴様! 誰がそんなことを聞いたか! さっさと戻らんか!!」
尚も、赤鬼は怒鳴り続けている。
「こら〜! 聞こえているのは分っているんだ! 答えんか! 馬鹿もの!!」
「こちら、ノースキャロライナ。只今、機長は用を足しにトイレに行っております。これより、月の裏側になり通信が途切れます」
赤鬼はすでに血液が沸騰している。
「なに〜! 貴様! 勝手な行動は許さんぞ! 断じて許さん! 貴様らまとめて軍法会議にかけてやるからな!! それでもいいのか!?」
「…ちら、ノースキャ…イナ…よく聞こえ……です。…以上」
赤鬼はマイクを床に叩き付け、忌々しいといった目付きで博士を睨み
ズンズンと司令室を出て行った。
 
 1時間あまりノースキャロライナとの通信は途絶えた。
《たぶんゲント中尉の報告は嘘だろう。私を助ける為にわざと光源を確認したと…》
フィリオ博士は祈るように通信を待っていた。司令室のオペレーターがコーヒーを薦めてくれたが、今は何も喉を通らない。ノースキャロライナ以外の探査機は衛星軌道上の国際宇宙ステーションに向かい帰路に就いている。
 隣の管制官が大きく伸びをしたその時
「こちら、ノースキャロライナ。ヒューストン聞こえますか?」
博士は本来応答する役目の管制官を無視してマイクに叫んだ。
「こちら、フィリオ博士です!ゲント中尉聞こえますか?」
「感度良好。現在指定ポイント通過中。指示を願う」
深呼吸して博士は言った。
「ゲント中尉、そこから月面は視認できますか?なにか人工的な…いや、不自然なモニュメントかなにかありませんか?」
「ここからでは、ちょうど月の夜にあたり肉眼では視認できません」
博士は思考回路をフル回転させ言った。
「では、そこから月面までレーザースキャンが届きますか?」
「この、距離では感度に問題があります。月の引力圏ギリギリまで近づいてみます」
博士は祈るように言った。
「お願いします。ゲント中尉、貴方の判断と配慮に感謝します」
「いや…自分は何も…。と…とにかく了解しました」
15分程たって、ゲントから通信が入った。
「こちら、ノースキャロライナ。レーザースキャン可能な距離に到着」
博士は月儀を見ながら、ポイントを絞った。
「ポイント334・217。ここを中心に半径100キロでスキャニングをして下さい。」
「了解。これより、レーザースキャンを開始します。スキャンした映像をリアルタイムで送信します」
間もなく司令室の大型モニターに月面のスキャニング映像が映し出された。
そこへ、ふてぶてしい態度で司令長官が戻ってきた。
「おやおや、これはこれは! いや〜驚きましたな」
皮肉たっぷりに、ドラム缶のような体をのけ反らし、下品に笑っている。
「月面に異星人の秘密基地でもありますかな? わ〜はっはは」
博士は無視してモニターを見つめている。
「もし」
少し間をおいて長官は言った。
「何も見付からなかったら、大変な税金の無駄遣いですなぁ」
今度は手を後ろに組み、腹を突き出し得意そうにしている。
「まぁ、博士のお立場も分らん訳じゃありませんがね? しかし、どうでしょう。人間、往生際が肝心ですぞ!」
博士はモニターを擬視しながら静かに言った。
「私は、合衆国大統領の命によりここに着任しました。ですから、私は私の責任を全うするだけです」
ギロっとした目付きで長官は博士を睨んだ。
「貴様の戯言に大統領が踊らされて、こっちはいい迷惑なんだよ!」
ゆっくりと歩きながら続けた。
「そもそも、ノアの観測データはエラーだったのだ! それを貴様はNASAの見落としだと? 異星人の交信だと? ふざけるな! ばかばかしい!」
「それに」
博士の後ろで立ち止まり、息を吹きかけ耳元で囁いた。
「大統領は今こちらに向かっておられる。貴様の茶番もそれで終わりだ」
博士は振り向き、目の前の突き出た腹から、顎と首の区別の付かない部位に視線を上げて言った。
「司令長官。口臭がひどいですな…」
そして、モニターに視線を戻した。長官はワナワナと震え、怒りをどこにぶつけようかと辺りを見回した。司令室の誰もが、必死で笑いを堪えている。
「貴様ら…。覚えていろ! 全員クビにしてやるからな! 覚悟していろよ!」
そういって、ゴミ箱を思い切り蹴飛ばし司令室を出て行った。
その瞬間バケツをひっくり返したような、大笑いが司令室に響きわたり、誰もがフィリオ博士に握手を求めにやってきた。博士は困惑しながらも、笑顔でそれに答えた。
 スキャニングを始めて1時間が経過した頃、大統領がヘリで到着した。長官が笑顔で大統領を司令室に案内してきた。司令室のスタッフは全員起立し大統領に敬礼をした。博士は軍属ではないので、敬礼はしなかったが起立した姿勢で、敬意を表した。
「全員ご苦労。私を気にせず仕事に戻ってくれ」
大統領の言葉で全員持ち場に就いた。
長官が威厳のある態度で言った。
「現在、探査任務は終了しノースキャロライナを除く全機、ステーションに帰還途中であります」
大統領は怪訝そうな表情で言った。
「何故、ノースキャロライナだけが任務を続行しているのだ?」
長官は得意満面で答えた。
「はっ! それは、私の命令を無視し、フィリオ博士の指示に従っているからであります。ノースキャロライナ機長、マックス・ゲント中尉以下乗組員は命令違反のかどで、厳重な処分を検討いたしておる次第であります。閣下!」
大統領は首を傾げ尚も長官を見詰めている。
長官は得意になって続けた。
「司令官である私の命令を無視し、民間人の指示に従うとは、いやはや軍人の風上にも置けない腰抜けで。それに、博士にも困ったものでして、ご覧のように月面に異星人の秘密基地があると思い込んでおられるようで、今時子供だってそんな馬鹿げた話信じませんよ。それに…」
大統領が司令官を制止した。
「司令長官、私は何故ノースキャロライナだけが任務を続行しているのかと聞いている」
長官は目を白黒させ答えた。
「はっ! ですから、私の命令を無視して…」
大統領は静かに言った。
「では君が、探査を打ち切ったと? 何故だ」
長官の血の気が引いて行く音が聞こえそうだ。
「わっ私は軍規に基づき、通常の宇宙空間での任務は最大5日間と認識しており、つまり…その」
大統領は視線を博士に向け、長官に言った。
「君はこの捜索を通常任務と認識していた?」
もはや、長官は青いヒキガエルになっている。
「い…いや、通常に…任務とは…わっ私は…その」
「もういい、君は自室で私物の整理をしたまえ。あ、そこの君、帰還途中の4機にノースキャロライナと合流し探査続行の指令を出してくれ」
長官は事態の急展開に我を失っていた。
「だ…大統領閣下! まさか、貴方も月に秘密基地があると?」
「君は私の命令が聞こえなかったのかね? 自室に戻りたまえ! すぐにだ!」
長官は、いや元司令長官は青くなったまま、すごすごと自室に帰っていった。
大統領はフィリオ博士の傍に歩み寄りやさしく声を掛けた。
「アレックス、どんな様子だい?」
博士は振り向き、複雑な表情で答えた。
「やあ、アル。あ、いや大統領。見ての通りです。もう、探せるところはここしか残っていません」
博士と大統領は学生時代からの親友で、今もお互いを尊敬しあっている。
「君の見解が間違っているとは思わない。そこしか残っていないのなら、そこにあるさ」
博士はにこやかに、しかし、か細い声で答えた。
「確信はあるんだ…だが今回ばかりは」
そう言った時
「ヒューストン! 何かある! こ…こいつはでかいぞ! これは…金属の塊だ!」
ゲント中尉が興奮した様子で伝えてきた。
博士はモニターに映っている巨大な塊を見て叫んだ!
「おお! 神よ!」

博士は興奮を抑えながらスキャニングデータを分析し始めた。
《物体は月面の地下およそ30メートルに埋まっている。その上に岩石がちりばめられており、肉眼では確認できない。物体の全長は約230メートル、構造物質はなにかの合金のようだ。熱源反応はない。いや、僅かだが微弱な反応はある。スキャンしたシルエットから推測すると形は流線型で中心が膨らんでいる。明らかに人工的な構造物だ。しかし、生態反応はない。熱源も1点で動かず、微妙に温度は変化していることから、生態の体温ではないだろう。しかし、未知なる物体だけに体温が変化する生物もいるかも知れない。だが、月面の夜部分は絶対零度に近い。生物学的に知的生命体が生存できる温度ではない。では、無人なのか?しかし、通信していたのがこいつだとすれば、いったい何のために? 母星からのリモートコントロールか? しかし、リモートコントロールでは地下に埋めその上に岩石を置いてカモフラージュさせることなど、どんなに発達した科学でも難しいだろう。どのみち、この地下に埋もれた状態では自力で動きだすことも容易ではないはずだ》

博士は1つ深呼吸をしてから立ち上がり、大統領に向かい皆にも聞こえるよう大きな声でいった。
「報告いたします。簡易分析した結果、月面ポイント332・210に発見した物体はほぼ間違いなく人工的建造物であると思われます。尚、生態反応は認められず、無人である可能性が高いと思います。詳細については、実物の調査をしてからご報告いたします」
 NASAの司令室はどよめいた。誰もが、目を見合わせている。
この瞬間、人類にとって思いがけない事態になることは、ここにいる全員が予感していた。
大統領が落ち着きながら言った。
「ゲント中尉聞こえるか? 私は合衆国大統領、ダグラスだ」
神妙な返事が返ってきた。
「大統領閣下ですか? お目にかか…いやお話できまして光栄です」
大統領は微笑しながら答えた。
「私もだよ、ゲント中尉。君は英雄だ!」
「いや、英雄はそちらにおられるフィリオ博士です。私はただ、指示に従っただけですから」
大統領が大きな声で笑った。
「はっはは! では、二人とも英雄だ!」
そして、今度は静かに言った。
「ゲント中尉。君は他の探査機の到着を待ち、その後いったんステーションに戻り月面着陸用の装備を整えろ。他の探査機は発見ポイント上空の警戒と哨戒にあたれ」
「了解」
他の探査機からも了解の通信が入った。
 そこへおずおずと『元司令長官』が伏し目がちにやってきた。
「あの、大統領閣下…。先ほどは大変失礼致しました。自室で頭を冷やして参りました。つきましては、今一度私の言い分も聞いて頂けないでしょうか? なにぶんにも今朝から頭痛がひどく、血圧も高いものですから…」
大統領は無言で元司令官を見つめている。
「私も月面にはなにかあると睨んでいたんですが…。如何せん頭痛が酷いもので、冷静な判断に支障が出てはいけないと思い、一旦探索機をステーションに帰還させようと思いまして、いえ! 一時帰投です。その後また探査任務に付かせるつもりでいたんです。本当です…」
大統領は言った。
「言いたいことはそれだけかね?」
元司令官は尚も食い下がる。
「いえ、まだあります! ありますとも。え〜その…」
「もういい! 止めたまえ。見苦しいぞ。だいたい、君は太り過ぎじゃないか? 高血圧も頭痛もそれが原因だろう。自己管理が出来ない司令官のために危うく重大な発見を反故にするところだった。今回の探索に国民の税金がいくら使われたか解っているのかね? 君は、莫大な費用と人員と貴重な時間を全て無駄にするところだった」
元司令官はシドロモドロに言った。
「そ…それは、私がさっき…だ…大統領閣下、私は軍のため国のためと思い…それで…そ…そうだ博士! 博士ならお分かりいただけますよね?!」
行き詰った元司令長官は博士に救いの手を求めてきた。
博士はモニターとコンソールの間を交互に目をやりながら呟いた。
「人間、往生際が肝心ですぞ」


第四章  (未知なる物体)完


2003/12/27(Sat)06:07:29 公開 / 香山 由紀雄
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■作者からのメッセージ
前回のスレがまた更新出来なくて新規にしちゃいました…。今回は修正したものを載せました^^;まだ、解り難いかも知れませんが、1〜5章は物語の背景と設定を書いています。ややこしいと思う方は軽く流しちゃって下さい。5章〜は修正完了次第掲載させて頂きます^^;ではでは!

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