『Wind Bell』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:財満悦博
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最近少し涼しくなってきた。
昼寝でもしようとゴロゴロしていると、おふくろがいきなり入ってきた。
「徹。今日スイミングの日だよ。」
「…。」
「支度はできてる?」
「…できてない。」
「早くしなさい。いい、あと10分で出なさいよ?」
おふくろは返事も待たずに出ていった。
俺は一年生のときから週三回スイミングスクールに通っている。
最初は楽しかった。が、3ヶ月前からそれは憂鬱なものになっていた。
親友の原田勇輝が通いだしたからだ。それがまた、勇輝がうますぎるのだ。
俺は6年目でやっとクロール練習のクラスなのだが、
勇輝は入っていきなり同じクラスに来た。
しかもこの間のテストであいつは進級した。俺は不合格。
それから俺は水泳が嫌になった。仲良しだった原田も嫌になった。
だが行くのは嫌だとはいえない。俺にもプライドってもんがある。
「仕方がない…。行こう。」
出がけに庭先の風鈴がチリリンと音を立てた。
「準備体操終わったか?」
岩水コーチがプールサイドで声を張り上げる。
「よし。入れ!」
一同は中へ飛び込んだ。
「相原!泳げ!」
俺は息を吸って水に浮かんだ。
左手をかいて、右手をかいて、左手をかいて、右手をかいて…。吸う!
左手をかいて、右手をかいて、吸う!
「ゲボッ!」
俺は足を下についた。
「ガボガボ!!」
俺は足を引きずってプールサイドに上がった。
「どうした相原!なぜやめるんだ?」
岩水コーチが目をとんがらせてやってきた。
「なぜ25m泳ぎ切らない?
途中で立っちゃってもやっていいんだぞ?
男は根性が大切なんだ!!やれ!!」」
「ちょっと水飲んじゃって…。」
俺は苦しそうな顔をしてみせた。するとコーチはあっさり
「ちぇ。仕方ねえ。休んでな。」
と言ってくれた。
向いてないのかもな…。
俺はタオルで体をふきながら思った。
6年かかってもまだこんなとこなんて…。
いや!原田のヤツが初めてでここまでくるなら俺だって泳げるはずだ!
くそ…。やめられるか!絶対!原田よりうまくなるまでは…。
ある日のことだった。
コーチがプールサイドに歩み寄って言った。
「来週の火曜日に区の水泳大会がある。
我がスイミングスクールからも、
25mを好タイムで泳げた者はその大会にでられる。」
ざわめきが起こる。
「出られるのは原田くらいだよな。」
隣に座っていた加藤が耳打ちしてきた。
「ああ?あ…ああ…。」
俺はうなずきながらも胸の中ががさがさいうような気がした。
「噂をすれば原田が来たぜ。」
…どうやら今日は原田のクラスと合同練習らしかった。
「よし、原田!手本を見せてみろ!」
「はい!!」
原田がきりりとした顔で飛び込み台に歩み寄る。
「あいつうまいんだよな!水泳大会でも優勝するって!」
「…そうかな。もっとうまいやついるんじゃない?」
気がついたら口が動いていた。
「よ〜い!」
コーチが笛を吹いた。
原田が水に飛び込む。
水しぶきが上がっている。
気がついたら原田はもう向こうにいた。
歓声と拍手がわき起こる。
唖然とした。
あいつ、あんなにうまくなったのか…。
想像以上だった。
く、くそ…。
「相原!今度おまえが泳いでみろ!」
原田を充分ほめた後、岩水コーチが俺を指差した。
「え…。俺ですか?」
「そうだおまえだ。
原田はうまい手本として泳がせた。
おまえは悪い見本として泳がせる。」
こ…この!!
俺は怒りで手足がワナワナと震えていた。
俺はだまって飛び込み台に立った。
原田がちょうど戻ってきた。
「おお!原田!!いいところに来た!
今コイツを悪い見本としてみんなに見せる。」
「え!?ちょっとコーチ!」
「行くぞ相原!!…よーい、ドン!」
俺は見よう見まねで飛び込んだ。
さっそく鼻に水が入った。続いて耳に、そして口に…。
またしても息継ぎのとき水を飲み、立ってしまった。
俺は黙ってプールサイドへ上がった。
コーチがこれ見よがしに言った。
「分かるよな?この違い。これを月とすっぽんと言うんだ。」
あはは!と全員が大爆笑。
「原田!君は今度の水泳大会参加決定だ!」
「…あ、ありがとうございます…。」
原田はうつむいていた。また拍手がおこる。
お…の…れ!原田め…!!
よくも俺に恥をかかせやがったな…!
俺は水泳ズボンのはしをギュッと握りしめた。
原田に対する拍手の中を横切って出口へ走った。
「おい!徹!!どこへ行くんだ!?」
俺は走った。足の裏が痛くなるまで。
家に帰った。おふくろに体調が悪くなったから早めに帰ったのだと言い訳して、
早めの夕食をとりさっさとベットへ潜り込んだ。
「くそ…!!原田め…!」
目を閉じて布団をひっかぶるとあいつらの笑い声がよみがえる。
俺は下手あいつはうまい!畜生!!
そのとき、雷がビシャーッン!とすさまじい音を立てて鳴った。
続いて雨の音。
…今夜は嵐になりそうだ。
そして俺の心も嵐になる。
「見ていろよ…。」
くやしかったが、それでも無理矢理目を閉じたら寝てしまった。
俺は原田からの誘いがあって新作ゲームソフトを見に近くのデパートへ行った。
「6階にゲーム売場があるんだ。」
原田が案内板を指差す。
「6階…玩具、テレビゲーム、電気製品、家庭用品。」と書いてある。
「行こう。」
原田が進んでいく。
整った背格好、やせた体。なによりおまえが泳げることが俺は憎い。
「ほら、あれだ。」
原田が宣伝ポスターをまぶしそうに眺める。
「ほしいなあ。」
「俺、いらねぇよ。」
俺はそっぽを向いて家具や料理用具売場の方へ向かった。
「え?見ないの?」
「いらねぇ、そんなくだらないの。」
「はぐれちゃうぞ。」
俺は黙って歩いた。
自然と料理用具売場へ歩いた。
「ちょっとちょっとそこの美人の奥さ〜ん!」
美人とは間違っても言えないようなカバみたいなおばさんが、
おじさんに呼ばれて歩み寄った。
俺も後に続いた。
「おっ、かわいい坊やも来たね!じゃあ二人とも見ててね。」
包丁の切れ味紹介だった。まずおじさんは包丁を右手に持ち、
野菜を左手に持った。
「ほらよっ…と。」
おじさんは左手の野菜を放り投げ、それに向かって包丁を投げた。
野菜は真っ二つに割れた。
包丁は…おじさんの手にすぽっと収まった。
「どうだい?」
「すごいですわね〜!1本下さらない?」
「どうぞどうぞ!!…はいはい。1050円です。ありがとうございました!
…坊やもお母さんへのお土産へどうだい?」
「聞いてもいい?それで、人切れる?」
おじさんはすこし訝しげな目をした。
「そりゃあ…。切れるけど…?」
「下さい。」
おじさんの顔は喜びの顔に変わった。
「はいはいはいはいはいはい!!どうもどうも。
…よ〜し!負けてあげる!!
800円だよ!!」
俺は迷彩柄のサイフから金を取り出した。
「ちょうどですねぇ。ありがとう!」
俺は袋に手を入れて包丁を握りながらゲーム売場へ走った。
待ってろ。原田勇輝!!俺に恥をかかせた罰として
今おまえの人生を終わらせてやる!!
と悪い方の俺が叫ぶ。
やめろ!勇輝は友達じゃないか!!
良い俺がわめく。
殺す! やめろ!!
「…殺す。」
結局殺す気持ちが勝った。
「徹。」
勇輝が手を振って走ってきた。
「買っちゃったよ、ゲーム。」
俺はナイフの柄をギュッと握りしめる。
「いやぁ、すごく欲しくてさぁ。」
切れ味は抜群。さっきのテストで分かっている。
「おもしろいんだよ。これ。徹もやりに来なよ。」
手に汗が滲みでる。
「いつでもやらせてやるよ。」
原田がこちらに近づいた。…今だ!!
俺は袋からナイフを引き抜きあらんかぎりの力で原田に体当たりした。
「ぐぉぇ!!」
原田の白いTシャツがパッと緋色に染まる。
胸のあたりにナイフがほぼ垂直にささっていた。。
「お…お…ま…え…!」
原田は手を俺にむかってのばしていたが、やがてうつぶせに倒れた。
死んだ。
俺はたちまち自分が何をしたかということが分かった。
そう、かつての親友を今この手で殺してしまったのだ。
俺は血で赤くそまった手を見た。
「よくやった徹。」
俺の悪い心がしわがれ声で語りかけた。
俺は慌てて動かない勇輝に駆け寄った。
「お、おい…。」
揺さぶっても勇輝はぐったりと倒れたままで動かない。
「勇輝…。」
俺は膝にポツンと涙をこぼした。
いつのまにか人が寄ってきてにやにやしている。
おふくろも加藤もナイフを売ったおじさんも岩水コーチも、
みんなにやにやして俺を見ていた。
俺は勇輝にすがって泣いた。
俺が殺した勇輝はもう二度と起きあがることはなかった。
ガチャン!!
俺は跳ね起きた。
「え?」
ということは…。
「夢…?」
額の汗を拭って窓に目をやると、
庭先の風鈴が割れていた。
畳の上にガラスの破片が散らばっている。
外では風がびゅんびゅんと鳴っている。
「嵐の…せいか。」
いや、違う。風鈴は俺の心の代わりに割れてくれたのだ。
もそ風鈴が割れてくれなかったら俺は本当に勇輝を殺していたかもしれない。
俺は勇輝を一生憎んでいたかもしれない。
勇輝はなんにも悪くない。ただ俺と同じようにうまくなろうとしているだけ。
なのに…なのに…俺はあいつを殺そうと心のどこかで思っていた。
悪いのはあいつではない。俺の心の弱さだった。
俺は一呼吸つき汗びっしょりのまま布団に入った。
明日…勇輝に謝ろう。
「しかし…。本当に生きてるのかなぁ。」
いつのまにか瞼が重くなり眠りに落ちていた。
「徹、具合はいいの?」
翌朝おふくろが部屋に入ってきて言った。
「…平気。」
「そう?じゃ朝御飯できてるからお食べ。」
俺はもそもそと布団から這い出て階段を降りた。
勇輝は本当に生きてるんだろうか。
俺は朝食のふりかけごはんをもぎゅもぎゅと口へ押し込みながら思った。
もしかして俺の弱い心があいつを殺してはいないだろうか。
俺はみそ汁を口へそそぎ込んだ。
最後に目玉焼きをつっこみ外へ飛び出した。
勇輝の家へ行こう。生きてるかどうか確かめよう。
そして全てを謝ろう。
俺は息を切らして走り出した。
生きていてくれよ。
「おはよう!」
背後から声が聞こえた。
勇輝がにこやかに手を振って追いついてきた。
「勇輝…。」
「よう。昨日はごめんな。僕のせいで君に嫌な思いさせちまって…。」
「おまえのせいじゃないよ。」
俺はうつむいてベルトをねじりながら答えた。
「謝るのは俺の方だよ。」
空を見上げた。
さぁっとさわやかな風が吹いた。
「なんで君が謝るの?」
勇輝が俺の顔をのぞき込んだ。
「俺が悪いから。」
「なぜ。」
「悪いから。」
「…どうしたんだい?」
勇輝が心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
「…おまえに勝つことに夢中になって…それで…、
おまえが友達ってこと…つい忘れてたんだ。」
「…なんのことだ?」
「おまえを…おまえを…敵だと思ってた。
憎んでた。」
俺はうつむいてまたベルトをねじった。
涙がポツッとズボンに垂れた。
勇輝は黙って空を見上げていたが、やがてこういった。
「…夏ももう終わりだな。」
「…ああ。」
「今からプール行かないか。」
「えっ?」
勇輝は水泳鞄をポンッと叩いて言った。
「俺、今から近くのプールへ行くんだ。
一緒に来いよ。一緒に水泳大会出ようぜ。」
「…いいのか?」
「何言ってるんだよ。僕たちは…友達だろ?」
勇輝が俺に笑いかけた。
「…俺は心の弱い人間だ。」
「それが。」
「また…こんなふうにおまえを憎むかもしれない。」
「それが。」
勇輝はまた空を見上げていた。
「でも…それでも…おまえは一緒に水泳大会に出ようっていってくれるのか。」
「そうだよ。僕らは友達だろ?」
勇輝が今度ははっきりと俺の顔を見た。
俺は目を反らしてベルトをねじった。
「…ありがとう。」
俺はまた涙をズボンに垂らした。
「さあ!水着とって来いよ。ここで待ってるからさっ!」
勇輝が威勢よく言った。
「お…おう。」
俺は口ごもりながら家へ走った。
「勇輝。」
俺は振り返った。
「ん?」
「ごめん。あと…ありがとう。」
「気にするなよ。」
勇輝はにっこりと笑いかけた。
「さあ!!早く行ってきなよ!!」
「オウ!!」
今度は勢いよく走り出した。
俺は走った。軽い足取りで。
今までの心の霧がさっと晴れた。
夏ももう終わりだ。今後は原田といい夢を見られるだろう。
どこからともなく風鈴の音がチリリン…チリリン…と聞こえてきた。
2003/12/25(Thu)23:13:39 公開 /
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