『恐るべし組長 (前編) 後編』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:LOH                

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前編 


 「ひろピー、だぁい好き! ……宿題教えて?」
「うざい、自分で考えろよ」
日常茶飯事のこの会話には、みんな見向きもしないのだ。
いるとすれば、俺の後ろに座る親友の新田が苦笑するくらいである。
俺、武藤宏也とこの梓塔古との始まりは二年の三学期始めの席替えからだろうか。

やっとあの寒い席から離れられるのだと思うとどうも笑みがこぼれてきてしまった。
市立の中学校の教室にあるのは暖房……ではなく、たった一つの小さなストーブのみである。
俺の席には届いてこない、ストーブの上に立ち上る熱気が恋しい。
まぁ、二学期に何も考えずに、空いていた一番後ろの廊下側を選んだ俺が悪いのだが。
「じゃあ、席替えのしかたを決めるんですけどー……」
学級委員の一言に、男子の様々な意見が飛び交う。
女子はと言えば、前後の友達と意見を言い合い、男子の意見に批判する。
それなら何故、学級委員に直接伝えないのかという疑問が俺には浮かんでくるのだが。
ちなみに俺は、面倒くさいので話し合いにあまり参加しない。
『くじ』、『お見合い』。
うちのクラスででてくる意見は所詮、こんなものなのである。
変なやり方を出す奴もいるが、そんなものは女子によってすぐに却下されてしまう。
くじというのも、女子はあまり好まない。
だから短い話し合いの末、今回もお見合いで決まりだ。
うちのせっかちな担任が、そんな席替えのやり方に反対をするはずもなく、聞き飽きたような注意を口早に並べながら、最後に頷く。
「じゃあ男子からだから、女子出て!」
ざわつきがだんだんと大きくなる教室に、委員二人が叫んだ。
ちなみにお見合いとは、まず女子が廊下にでて、男子が席を決める。
次に男子が廊下にでて、女子が席をきめる……と言う、うちのクラスにとっては一番納得のいく方法である。
女子がきゃあきゃあ言いながら、廊下にでていく。
俺はいそいそと一番前の一番窓側を陣取った。
今この時間が、一番日が当たるのだが、もうすぐこの席に座っていられると思うと天にも昇る気持ちである。
その席を選んだのは一人で、ではなく、恐らくお互いに親友と思っているであろう新田とだ。
何故こんなに自信なく、言うのかと言えば、確かめ合った事がないからなのだが。
まぁ、確かめ合うと言う行為も、傍から見れば気味のいいものでもない。
新田は俺の席の一つ後ろに座った。
皆が席を決めたところを確認すると、今度は男子が低いトーンでざわざわしながら出て行く。
女子と同じところで五分ほど待ち、女子の学級委員の呼びかけを待つのである。
「男子、いいよ」
女子の掛け声だ。
男子が教室に入ったときに誰しもがまず見るのは、自分の選んだ席のとなりに誰が座っているかである。
「……」
俺の決めた席のとなりに座り、後ろの女とぺちゃくちゃしゃべっていたのは、通称組長である梓 塔古だ。
誰が組長なんてつけたのかは不明だが、一年のころからの男子からの呼び名である。
「あ、ひろピーじゃーん」
と言いながら近づいてきた俺の肩を軽く押す。
組長というほど組長ではないのだが、男勝りなのか、何故か親しい男子が多い。
別に俺も嫌いではない。
「なんだよ、組長かよ」
笑みはないのだが嫌味で言っているわけではないことを知っているらしい。
笑顔を崩さずに、俺に話し掛ける。
俺はそんな梓に、たまに相槌を打つのである。

 そんなこんなで今に至るわけである。
三年の二学期の今まで、二度ほど席替えをしたわけであるが、お互いにこの席を気に入ってしまっているのか口裏を合わせずに隣になっているのだ。
一年近く梓の隣にいると、今まで知らなかったところが見えてきてしまう。
驚いたのが、梓を怒らせてしまったときである。
怒らせた理由はあいにく忘れたのだが、なにか俺が梓に対して癪に触ることを言ったのだろう。
梓は突然俺の机を蹴っ飛ばし、俺と梓の机の間は約二十センチの距離ができた。
一時間はずっとそのままだった。
次の十分休みに机を戻してきたが、その日一日、梓の顔からは怒りの色が消えなかった。
「ひろピー、これはぁ?」
ただ今、梓の宿題を手伝っている最中である。
どうも数学が苦手らしく、少しでも難しい宿題が出れば俺に聞く。
「組長さぁ、もっと自分で考えなよ」
俺はもう既に自分のノートに解き終わっている問題を片目に、溜息をついた。
「やったよぉ!やったさ。わかんないんだもん」
まぁ、いいとしよう。
教えるこちら側も、いい勉強になるという事実もあることだし。
「だからぁ、このABとCDが平行なんだから、△ABDと△CDBは…………」
なんてダラダラ長く説明をしていても、きっと梓は理解していないだろうな。
そんなことを考えつつも、俺は自分の解き方梓に伝授していく。
それを受け入れてくれるかは梓次第なのだが。
「……わかった?」
「うん、たぶんわかった。え、っていうことは、この三角形とこれは相似ってこと?」
なんだ、わかっているではないか。
「そう」
「あー!なんだぁ!こんなんだったのね。わかった、わかった!」
理解できた喜びの声を上げる。
以外に簡単だったといわんばかりの調子だが、それなら最初から自分でやってほしいものだ。
「ありがとー!ひろピー大好きぃ!」
「うざい。ひろピーってやめろ」
そんな俺の言葉を気にしていない……と言うより、耳にすら入っていないようだ。
宿題をだした張本人である数学教師が教室に入ってきた。
間もなく、五時間目のチャイムがなった。
 


後編


ところで、俺が梓の告白に答えないのは理由がある。
まず一つ目に、あの大好き云々という言葉が、本気なのかがわからない。
すぐに軽く口にするアレには、少なくとも俺には気持ちがはいっているようには思えないのだ。
もう一つは、何を隠そう俺には好きな人がいる。
名前は観月里子。
クラスが違うのだが、俺は中一のころから想いを寄せているのだ。
しかし悲劇なことに、俺のこの軽い口が災いしたのかこのことは学年約百人の誰もが知っている。
もちろん、あのにぶい観月里子でさえも知っているはずだ。
小さくて、にぶくて、お人好しで、変なところ天然ボケな観月里子。
俺の好み全てに当てはまる観月里子。
今までだって、何度か遠まわしな告白はした事はあるが、その度に避けられてしまう。
もはや望みがないことは言うまでもないのだ。

「ひろピー、聞いた? あれ」
「あぁ、観月が付き合ったんだろ」
放課後の人数少ない教室の中、部活の残りでいる梓は、用事で職員室に行った新田を待ちながら本を読む俺に話し掛けた。
観月のソレは本当に突然の出来事だった。
「あれだって。告られたんだってね、片思いだった相手に」
「あぁ」
俺が聞いていたのも単なる噂だったから、色々尾ひれがついていると思ったが、やはりそれは事実だったのか。
「ひろピー残念だったね。2年半の片思い、崩れたり」
「……」
色々傷がつくことをぽんぽん言うものだな。
俺はもやもやする気持ちを発散するかのように溜息まじりの大声を上げた。
「あーあ!! もう組長でいいよ。付き合って」
今このとき、俺は俺自身の気持ちが良くわからない。
半分だけ、いや、半分以下くらいは本気が混ざっている……かもしれない。
しかし、残りは間違いなくヤケである。
「や、私そんな予備みたいなもんじゃないし、遠慮しとくよ」
きっぱりと断った梓は、仕事を片付け始めた。
帰るつもりなのだろう、後ろに並ぶロッカーから黒い鞄を取り出した。
お互い無言のまま、俺は本を読み、梓は黙々と帰りの用意をしていた。
「……」
俺は何を考えているのだろう。
「じゃ」
そう言い放ちながら俺の横を通り過ぎようとする梓の腕を掴んだ。
初めて触れた。
程よく肉付いた梓の腕は、白くて、感触が気持ちよかった。
驚いた梓は目を少し見開き、俺の方に振り返った。
「なに?」
「いや、今の本気だから。好きです」
「……考えとく」
俺の手を振り払うようにした手と共に教室を出て行った梓の顔は、少し赤く染まっていた…?
わからない。
毎日のようにあれだけ告白している俺に、逆告白されて喜ぶべきところじゃないのか?
わからない。
さっきの俺のセリフは本気だった?
わからない、言った張本人の俺がわからないのもわからない。
開きっぱなしだったドアから、新田が入ってきた。
そして俺は、先程まであった現状を、新田に何も隠さず全て話した。

数日ほどして、観月里子の噂も消えかけた頃、梓から返事があった。
OKらしい。
さっそく、俺は梓を、待ち望んでいた下校デートに誘った。
何もない田舎の中の学校であるので、デートと言えば下校時なのである。
休日に会うカップルもあるが、悪いが俺はそんなことに興味はない。
彼女である人の帰り道を送ると言う事は、俺にとって小さくささやかな夢であった。
しかし梓はあまりそれを好まないらしい……と言うより、人に見られることを嫌う。
そんな梓の望みを叶えている俺は、帰り道の四分三までしか送れないのだ。
このような下校デートが五回くらい続いただろうか。
「じゃあ次ね。目の前には三個のミカンと三個の林檎。どっちをとる?……これってはやい話しミカンと林檎どっちが好きって言ってるものじゃんね」
自分が持ってきた心理テストの本にイチャモンをつける梓に俺は苦笑を漏らす。
しかしなんなのだろう。
心理テストの本を持ってくるなんて……今まで会話につまった事は何度もあるのだが、これはその対策なのだろうか。
「あ、じゃあここまででいいよ」
いつもの交差点、いつものセリフ。
「うん、じゃあ」
俺も、もうちょっとなんて野暮なことを言ったりしない。
軽く手を上げた後で俺は、今来た道筋を再びたどるのである。
俺の家は梓の家とは全く逆の方向なのだ。
「はぁ……」
俺は軽い溜息をつきながら、暗い家路へとついた。
この嫌な予感はなんなのだろうか。
人間、誰でも嫌な予感というものは当たるものなのだが、どうも明日辺りにきそうである。
気のせいであることを祈ろう。

 「ごめん、別れたいんだけど……。ごめん」
見事的中、ストライク。
「ごめん」
もう一つ、ピッチャーおまけのデッドボール。
目頭が熱くなる。
なんだ、なんだ。
なにか梓の心配顔がぼやけている。
「ごめん……」
もうやめてくれ、俺はもう担架で運ばれるほどだ。
言い終えた梓は、気まずさからなのか鞄を持って教室から出て行ってしまった。
「情けねぇなぁ、おい……」
独り言だ。
なんなのだ、俺は。
本当に梓塔古に本気だったのか? マジだったのか?
観月はどうしたんだ?
いや、実はもう、観月に冷めかけていた事は、あの時から知っていた。
あまりに大人数に知られすぎていて、後に引けなかったのだ。
しかしまさか梓塔古、組長に本気になるとは、俺も予想外であった。
……違う、梓に告白したときは少なからず本気が入っていたはずだった。
その前に、梓塔古はなんなのだ。
あれほど告白しておいて、お前からふるのか? いや、告白したのは俺からなのだが。
もうわからない。
なにもかもが、全てがわからない。

家の近くの公園、何ヶ月ぶりかにのるブランコに揺れる。
ひらりひらり、花びらのようにソレは舞い降りる。
白く、冷たく、それでいて柔らかいそれは、俺の右目に舞い降りた。
一瞬の冷たさに、思わず自分の目と言うことを忘れて、叩くように振り払ってしまった。
冷たさなのか、叩いてしまった痛さなのか、じんじんと痛みを引きずる。
しかしそれは、泣きに泣いた腫れぼったい目を冷やしてくれる。
額に舞い降りたソレは、整理がつかない俺の小さな小部屋を、冷たさで包み込んでくれる。
漫画、ゲーム、教科書、ノート、……梓への想いの数々。
そんなものが、地震があったかのようにあちらこちらに散らかっている。

もう少し、こうしていよう……そうしたら、少しくらい片付くかもしれないから。

2003/12/26(Fri)19:14:26 公開 / LOH
■この作品の著作権はLOHさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ふぅ…やっと終わりました。ころころと場面が変わり、展開がものすごくはやく感じてしまいました…。
やはり私にはファンタジーまじりの方があっているのかなと実感しました。
でも、また挑戦してみたいと思います(しつこい。
なにか気になる事がおありでしたら、言ってください。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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