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『共に生きる』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:柳沢 風
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私はいつもひとりだったから、
君が私を見て笑ってくれたのが嬉しかったんだ。
ひとりで寒い外で縮こまっていたから、
君の手が、とても暖かかったんだ。
ひとりだった私を、君は救ってくれた。
だから私は君にお礼が言いたい。
恩返しがしたい。
だから私は、
『生きよう』と思った。
「おいノラ、メシだぞ」
『ノラ』、私の名前だ。
今私のメシを持っている男、『口壁 賢治(くちかべ けんじ)』が付けてくれた名だ。
安直な名前だと思うだろうが、元野良猫の私にはピッタリだ。
それに私は雄だが雌でもいける名前だ。
彼は雨に打たれてぼろぼろがった私を救ってくれた。
だから、私は彼を好きに思う。
彼の奥さんの『千秋』もだ。
ふたりとも新婚で仲もいい。
どこから見ても『幸せな夫婦』だ。
私はふたりの飼い猫としてとても嬉しかった。
賢治が仕事に出かけて、千秋が洗濯物を干して、私が日向で昼寝をして、
賢治が帰ってきたら美味いメシを食べて、
そんな生活が普通になっていた時だった。
プルルっプルルっ
電話が鳴って、千秋がいそいそと受話器を取った。
「もしもし口壁です。・・・はい、私が賢治の妻ですが、
・・・・・・え、事故!?」
突然のことだった。
千秋の顔は真っ青になり、受話器を落としそうになった。
「川田病院?はい、すぐ行かせてもらいます!」
千秋は素早く車のキーをとって玄関に走った。
私もその後を走った。
千秋は私に気付くとそっと私を抱き上げた。
「そうだよね・・」
千秋は消え入りそうな声でそう言うと、
私を抱いたまま車に入った。
千秋は今にも倒れそうだった。
私は心配そうに小さい声で鳴いた。
「賢治!」
千秋と私は病院の個室に入っていった。
賢治の意識はちゃんとあって、
私たちを見ると優しく笑った。
「千秋・・、ノラ・・、来てくれたんだな」
体中に包帯を巻き、
顔はもう片方の目と鼻、口しか見えなかった。
「賢治・・、どうしてこんな事に・・」
千秋は包帯で巻かれた手を取ってうなだれた。
賢治は少し痛そうにしながら笑った。
「ちょっと道でかわいい奴を見つけてね。
トラックに轢かれそうなところを助けたら・・、こうなった」
賢治は腕をひねって机の上を指差した。
そこに居たのは・・、
一匹の子猫だった。
「この子を・・、助けようと・・・?」
賢治は頷く。
「・・・馬鹿ね。・・惚れ直した」
千秋は賢治のベットに頭を伏せた。
私はゆっくりと机の上に立った。
賢治が助けたという猫が幸せそうに眠っている。
私は子猫を起こした。
『あれ、あなたは・・、見たことのない猫ですねえ』
『私は飼い猫だからな』
『あの、僕を助けてくれた人は・・』
『・・あそこで寝ている』
子猫は賢治をみると目を見開いた。
『あ、あの怪我は・・、僕のせい!?』
『・・・だな』
『僕どうすれば・・』
そのときだった。
「賢治?賢治!!」
私ははっとした。
『ケンジ!』
私は賢治のベットに飛び降りた。
・・・ほとんど息をしていない。
千秋はナースコールを押している。
賢治は目を瞑って静かだ。
それからがやがやと医者やナースが数人やってきた。
賢治は少し口を開いた。
「生きろよ・・・」
終わった。
賢治はそのまま動かなくなり、
千秋は裂けるような鳴き声を上げた。
医者が時間を言ってから部屋を出て行く。
その後のことは・・、
覚えていない。
『兄貴、どこ行くんです?』
『お前はどうするんだ』
私が聞くと、子猫は少し困ったようにした。
『僕は、命の恩人の奥さんのところでいようと思います。
それが・・、僕のできる恩返しです』
私はふっと笑った。
『それがいい』
子猫は焦ったように私を見た。
『兄貴も一緒に・・』
私は顔を静めた。
『すまんが、・・私は行く』
『行くって?』
風がふいた。
私は少し目を瞑って風にあたってからゆっくり歩き出した。
子猫は目を細めてから顔をさげた。
『最後に・・、兄貴の名前を教えてください』
私は少し振り返ってから言った。
『ケンジ。私の名前はケンジだ』
私が千秋から離れた理由。
それは賢治のことで悲しむ千秋の姿がつらかったからだ。
きっともう、
会うこともないだろう。
だが私は忘れない。
千秋のこと。
子猫のこと。
賢治のこと。
賢治、共に生きよう。
私は長く道を歩いていたら、
いつか道が分からずに留まってしまう事があるかもしれない。
そのときは、
私が君に助けられた時みたいに、
私に道を示してくれないか。
変わりに私は、
君の分まで道を歩くから・・。
それが、
私に出来る君の恩返しだから・・・。
私は・・賢治と共に生きる。
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2003/12/21(Sun)14:48:21 公開 / 柳沢 風
■この作品の著作権は柳沢 風さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
読んでくれた方々有難うございます!
これはある意味『序章』的な話だと思います。
いつか絶対(?)やるつもりです。
この話の続き編!
よろしくお願いします!!
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