『雨の日に』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:LOH                

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空を、灰色の雲が低く、そして厚く隠している。
さきほどまでの透き通るくらいの青空は、全くの別人になってしまったみたいだ。
聞こえるのは直接耳に浸透してくるような小雨の静かな音だけ。
……いや、雨音と混じって幼い歌声がどこからか流れてくる。
まるで無人だったコンクリートの道路に、小さな赤い傘。
「ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ ランランラン」
黄色のレインコートに身を包み、傘と揃いの赤い長靴をはいた一人の女の子が、足取り軽く歩いていた。
年齢は四、五歳くらいだろうか、髪を二つに結って可愛らしいピンを止めている。
腕に少し大きな買い物かばんを下げている。
中に小さなものがいくつか入っているから、もう用事は終わり、帰るところなのだろう。
ふと、少女は公園の門の前で足を止めた。
滑り台、ブランコ、砂場、鉄棒と、少しさびた様々な遊具が雨に打たれている。
いつも聞こえる子供達の笑い声が、幻聴となって聞こえてきそうである。
「タッタタッタター」
リズムを口ずさみながら、少女はトテトテと公園の中に入っていった。
真ん中に立ち、グルっと体を一回転させる。
いつも母親と一緒で、まわりにはたくさんの友達がいる公園に、誰もいないことに違和感があるのだろう。
「ねぇ」
少女の背後から声がした。
驚いた女の子が後ろを振り向くと、同年くらいの男の子が立っていた。
さすがにまだ幼いが、滴る雨粒のような透き通る瞳をもっている。
光る淡い金髪に、思わずさわりたくような肌……どこの国の子かもわからない。
「だれ?」
「一緒に遊ぼうよ。だれもいないから、いっぱい遊べるよ」
「うん、いいよ」
思わず感心の溜息を漏らしてしまうほどの順応性である。
「行こう」
少年は少女の小さな手を取り、ブランコへと向かった。
晴れた日のブランコは、長い列ができているのだが、そのブランコですんなりと遊べる。
少女は、誰もいない公園の楽しさを知ってしまったようだ。
先程まで少年の方がリードしていたのだが、いつの間にかその少年の方が手を引っ張られるようになってしまっていた。

 「ねぇ、君の名前はなに?」
雨に濡れ、黒ずんだ砂場で恐らくトンネルを作っているとき、少年が聞いた。
いつもより固まりやすく、形が崩れにくい砂場に夢中の少女は顔を上げてそれに答えた。
「ユナ!」
「ユナ……。可愛いね」
同い年の男の子に、このようなことを言われたのは初めてだったのだろう。
幼いながらの照れの表現に、微かに頬を染めた。
「あなたは?」
「僕は、名前はないよ」
そんなこと、あるはずないじゃないかと言う疑問が浮かばないらしい。
「じゃあ、あたしが付けてあげる! うんとね……、ラン丸!」
「ラン丸?」
予想だにしなかった言葉がユナの口から飛び出し、少年は瞳を丸くした。
「うん、あたしんちの犬の名前! これからあなたはランちゃんね!」
「ランちゃん……」
少年……ラン丸は隠しもしないで照れ笑いを顔に浮かべた。
余程嬉しかったのだろう。
いままで見ることが出来なかった、心から笑っている様子がそれから絶える事はなかった。

 細かく降り続く雨をも忘れ、ユナは頬をピンクに染めながら走り回る。
絶えず付けられた名前を呼ばれるラン丸は、大人びたところがなくなり、まるきりの少年の姿で、ユナと共に遊んでいた。
「次はかくれんぼしようよ! ランちゃんが鬼だよ! 十数えたら探してね!」
ユナを走り回りながらそう言った。
ラン丸ははやくも目を閉じながら、口早に数え始めていた。
瞼の裏を黒……だったラン丸の視界が、突然オレンジ色に染まり始めた。
何が起きたのかと目を開けると、いつの間にか雨は止み、太陽が顔を覗かせていた。
「あ……」
待っていましたとばかりに照りつける太陽の光に目を細めながらも、ラン丸の表情は曇る。
「あ! お日様がでてきたね」
ユナもそれに気がつき、顔を上に向けた。
それでもなお、隠れ場所を探すユナを、ラン丸は寂し気に見つめる。
「ユナ、僕もう行かなきゃ」
「え?」
突拍子もないラン丸の発言に、ユナは体をラン丸のほうに向けた。
「なんで? もう雨やんだから、いっぱいトモダチくるよ? もっと遊ぼうよ」
まだ、ラン丸の言葉を深く理解していないようだ。
ラン丸はそんなユナの姿に苦笑を漏らし、それはすぐに寂しさの表情へ染まり変わる。
「ダメだよ。僕を呼んでる」
きょとん、とラン丸を見るユナは、まるで混乱しているようだ。
「僕と遊んでくれてありがとう。初めてだったんだ、こうやって誰かと遊ぶの。ごめんね、僕だってもっと遊びたいんだ。だけど、ダメなんだ」
言葉の意味は理解していないのだろうが、ユナの表情は徐々に曇り始める。
何か、嫌な予感でもあるのだろう、子供はいやに鋭いところがあるから。
「ありがとう、ユナのこと大好きだよ」
太陽の光がラン丸の体を丸々包む。
それに合わせて、ラン丸の体がどんどん透けていくようである。
「ランちゃん? ランちゃん?」
恐怖にかられているのか、ユナをゆっくりとラン丸の方へ歩み寄る。
ラン丸は笑顔を絶やさず、そのユナの様子をずっと見ていた。
微笑を浮かべるラン丸の目から、熱いものが一筋頬を伝って落ちた。
「ランちゃん!」
それを見たユナは恐怖を振り払い、ラン丸に駆け寄った……が、遅かった。
ラン丸の姿は消え、ユナの体はラン丸を通りこしてしまった。
何が起こったのか、いまだによくつかめきれないユナは、きょろきょろ辺りを見回した。
「ラン…ちゃん……?」

『ありがとう』

最後のラン丸のその声は、雲の切れ目から射す、太陽の光が包む空に響き渡った。
「ランちゃん! ランちゃん! ラン……ちゃん!!」
「由菜!」
ユナの声とは別の声が、後背からした。
ユナは後ろを振り向くと、そこには心配のあまりに顔が歪んでいた母親の姿。
「ママ……」
母親はユナに掛けより、その愛しい小さな体を抱き寄せた。
「もう! あんなに寄り道はだめよって言ったのに……!」
「ごめんなさい、ごめんなさいママ」
素直に謝るユナの泥だらけの体を、ハンカチで少しきつく拭く。
ポケットのところで手を止めた。
「あら、ポッケになに入れているの?」
ユナは黙ってポケットに手を入れた。
すこし冷たい感触と共に出てきたのは、雫の形をした石である。
微かに蒼く光っており、まるで雨の雫がそのまま固まったかのようなものである。
「そんなもの、何処で拾ったの? さぁ、うちに帰るわよ」
ユナはその石を握り締めながら、後にする公園に向かってもう一度だけ叫んだ。

「ランちゃん! ありがとぉ!」

2003/12/20(Sat)13:23:09 公開 / LOH
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
久しぶりにSSを書かせて頂きました。
表現や、説明などが足りない部分は数え切れないほどあるでしょう、すみません。
批評、アドバイス、ありましたら是非、どんどんください!

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