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『ちゃぶ台返しから2週間・・・』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:猪狩・パピヨン
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・第1章 ちゃぶ台返し
12月20日、親子げんかは、いつものようにほんの些細なことから始まっ
た。父がタバコの灰皿をひっくり返したのだ。
「母さん、雑巾、雑巾」
父は母に言う。
食器を洗っていた母は、「それぐらい、自分でやってよ。忙しいんだから」
と、文句を言う。
「なんだと。俺の女房の癖に生意気な」と父。
そんな横で、今日13回目の誕生日を迎えた僕はテレビを見ていた。
すると今度は、「じゃあ守。お前雑巾持って来い」と僕に命令する。
「誕生日ぐらい、ゆっくりさせてよ。だいたい自分でやったことを人に押し
付けるなんて、大人気ないよ」と僕は反論した。
この「大人気ない」という言葉が、父をいらだたせたようだ。
「お前は俺の息子だぞ。誕生日だろうがなんだろうが命令を聞け」
今度は僕が頭に来た。13歳の小柄な少年には、誕生日という貴重な日を侮
辱されたように思えたのだ。
「冗談じゃない。僕は父さんの命令をはいはい聞くために生まれてきたんじ
ゃないんだ」
「うるさい。お前なんか俺がいなければここまで育たなかったんだぞ」
とうとう僕はぶち切れた。側にあった爪楊枝立てしか乗っていないちゃぶ台
をひっくり返し、爪楊枝を父にぶちまけた。
「何てことするんだ。この不良め」父がそういい終わる前に、リビングを出
て、激しい音を立てながら2階の自分の部屋へ言った。
自分で何がしたいかは分かっていた。こんな家庭はもうたくさんだ。
たんすからリュックを引っ張り出し、30万ほど貯まっている預金通帳と現
金数万円を財布に入れてリュックに投げ入れ、さらに衣類や帽子も突っ込ん
だ。そして最後に、自分がペットのようにかわいがっている野球ボールを
(僕のうちはペット禁止なのだ)ポケットに入れ、オーバーを着た。危うく
携帯電話を忘れるところだった。
玄関に行くには、両親のいるリビングを通らなければいけない。
「こんな家出て行ってやる」我ながらかっこ悪いせりふを言い残し、家を出
た。靴を履くとき、「勝手にしろ」という言葉が耳に入ったが、気にしなか
った。
とにかく京都から離れたかった。幸い今は冬休みで、学校もない。しばらく
どこか遠くへ行きたかった。
どこへ行くにしろ、とりあえず電車に乗らなければどこへも行けない。徒歩
なら誘拐されるかもしれないし、この時間バスはめったに来ないからだ。
家の近くに、叡山電鉄という私鉄の駅がある。そこから電車に乗ろう。
運良くすぐに電車は来た。電車の中でどこへ行くか考えた。なんとなく携帯
を見ていると、メールが来た。メル友の絵里奈からだった。
その時僕は気づいた。絵里奈のすむ北海道へ行こう。僕は心にそう決めた。
・第2章 孤独との闘い
メールの内容は肉じゃがの話で、今の僕が興味を持つにはほど遠かった。
僕はすぐに絵里奈にメールを打った。
『絵里奈。僕は今家出をしたんだ。今から絵里奈の所』
ここまで打って、思った。これから何が起こるかわからない今の段階で、北
海道に行くのを絵里奈に伝えるのは早いと気づき、打つのをやめた。
それに、どうやって北海道に行けばいいのだろう。まずはそれをしっかり考
えないと、失敗に終わるかも知れない。そんなことを考えているうちに、電
車は終着駅の出町柳についた。ここからは、京阪電鉄に乗り換えることにし
た。鈍行列車では時間がかかるため特急に乗車することにして、次の列車は
何分発か駅員に聞いてみた。いかにも胡散臭そうなおっさんで、第1声が
「はあ?子供がこんな時間にうろちょろしててええのか?」だった。
「まあ」と中途半端な返事をしたのが間違いだった。
「それはいかんな。家まで送っていってやる」
と、これぞ誘拐の手口だと分かるようなことを言われたので、
「結構です」と言って、さっさとホームへ行くことにした。
追いかけてくるかと思ったが、持ち場を離れてはいけないらしく、ついてこ
なっかた。
ホームは地下にあり、そこまで長いエスカレーターを使用した。券売機で切
符を購入するときにホームから、「あと1分で最終の特急が発車致します」
というショックなアナウンスが流れてきた。僕は急いで切符を改札に通し、
ホームに降りた。すでにドアが閉まりかけているところを、なんとか乗り込
んだ。こんなんで大丈夫なのか?と自分に問いかけながら、開いている席に
着いた。のどが渇いていることに気づき、飲み物を持ってこなかったことを
後悔した。
ようやく落ち着いてこれからの行動を考えることができる。
北海道に行くには飛行機が最もよい。しかし、この時期空席があるとは思え
ない。それにいろいろな手続きが必要かもしれない。JRを使って行くのが
いいだろう。だが、少なくとも1晩を過ごさなければならない。公園で野
宿をして凍死するのは避けたい。ここはやはり寝台特急を利用するしかない
ようだ。それには、京橋でこの特急を降り、大阪環状線に乗り換えるべきで
ある。そんなことをしばらく考えながら、夜の孤独を紛らわした。
それでも孤独という感情は僕の心をぐいぐい押していく。よく考えず家を飛
び出したことを後悔し始めた。何度か家に帰ろうかと思った。しかし、その
度に「絵里奈に会いたい」という気持ちが勝った。
そもそも絵里奈と出会ったのは3ヶ月前だった。
あるチャットに参加しているときに話が盛り上がり、絵里奈のメルアドを教
えてもらった。最初はただのメル友だったが、時が流れるにつれて、お互い
に愛するという感情が芽生えてきた。特に絵里奈は本当に僕のことが気に入
ったらしく、先ほどの肉じゃがのような話でも送ってきた。僕もそんな絵里
奈が好きだった。どうしてここまで僕は絵里奈が好きになってしまったのだ
ろう。チャットで会ったときから、何か僕にとって普通ではない雰囲気を感
じていた・・・
『まもなく京橋です。お降りの方は・・・』
車内アナウンスがふと耳に入る。僕は降りる用意をして、席を立った。
京橋駅は人影が少なく、会社帰りの人がちらほら見えるだけだった。JR環
状線の看板を辿って、環状線の大阪方面のホームに向かった。これからどう
なるのだろう。それしか頭に無かった。
「へえ。家出かあ・・・私も昔したよ。あんたみたいに北海道まで行かなか
ったけどね」大阪駅の窓口のおばさんだ。僕は寝台特急の切符を得るために
立ち寄った窓口である。東京方面への空席を調べてもらうと、「サンライズ
出雲」の個室が2席開いているだけだった。もちろんそのうち1つを買っ
た。「サンライズ出雲」が来るまで30分ほどあるので、おばさんと話をし
ていたのだ。これからどうするべきか相談すると、
「そうねえ。JRで行くのが最もいいと思うわ。サンライズ出雲で東京に着
いたら、東北新幹線に乗ったら?お金はあるんでしょ?」
「うん」僕は軽くうなずいた。
北海道に行きたいことは話したが、絵里奈のことは話していなかった。なん
となく子供っぽく、はずかしかったからだ。
「ちょっと空席を調べてみるから、ちょっと待ってね」
おばさんは一見怖そうだったが、とても親切だった。
「えーと。はやて3号が3席空いてるわ。あなた運がいいわね。今すぐ切符
買うでしょ?そうしないと席が無くなるわよ。」
「ありがとうございます。切符買います。ついでに札幌までの列車も調べて
くれませんか?」
「分かった。調べてみる」
しばらく僕は待った。5分ほどしてから、数枚の切符を手に持っておばさん
が戻ってきた。
「全部切符取っといたわよ。はい」
「どうも。あと、時刻表が欲しいんですけど」
時刻表は列車で旅行する時には必需品だ。
数万円と引き換えに、切符と時刻表を受け取った。
「もう時間よ。電車が来るから、ホームに降りなさい。場所は分かるわよ
ね。それじゃ、がんばってね」
僕は礼を言い、ホームに降りた。すべて順調に行っているのが信じられなか
った。3分ほどすると、派手な列車が入ってきた。乗るのは僕1人だけのよ
うで、僕はすぐに乗り込み、個室を探した。すぐに見つかり、ドアを開ける
と、こざっぱりしたベットがあった。荷物を置くと、すぐにベットに倒れこ
んだ。列車の振動が僕の眠気を誘い、1分もしないうちに、眠りについた。
・第3章 夢の中で
「お客さん、終点ですよ。降りてください」
「母さん、もうちょっと寝かせてよ」
「・・・私はお母さんではありません。車掌です!」
僕は目を開いた。今自分がどこにいるのかすぐに分からなかった。しばらく
して、昨日のことを思い出した。
「今、何駅ですか?」とっさに言ってしまった。東京だってわかってるの
に・・・
「東京ですよ。早く降りる用意をしてください」とまあ、当然の返事。
寝ている間ずっと握りしめていた切符をリュックに入れ、ホームに出た。
東京駅・・・とうとう来てしまった。しかし先は長い。
一晩中同じ体勢で寝ていたせいか、体中が痛かった。携帯で時間を確かめる
と、7時15分。次に乗る「はやて3号」発車まで、あと30分いじょうあ
る。やや混雑するホームで考えていると、あることに気づいた。トイレだ。
昨日の夜から行っていない。列車で寝小便しなくてよかったと思った。何も
飲んでいないのが幸いしたのだ。しかし、すでに限界だった。トイレを探し
てさまようこと10分、ようやく見つけ、急いで駆け込み、用を足した。
とりあえず一安心だ。すると今度は喉のかわきに気づいた。トイレの入り口
の横に自動販売機があったので、ペットボトルでお茶を買った。なぜかジュ
ースや炭酸飲料を買う気にはなれなかった。それを何口か飲み、ベンチに座
った。時刻表を見ると、「はやて3号」が22番ホームに入線するのは7時
44分。まだ時間があるが、もう行くことにした。ところが、ホームがどこ
にあるのか分からず、さんざん苦労したあげく、ようやく見つかった。まだ
5分ほどあったので、中で食べようと売店で駅弁を購入した。いろいろ種類
があったが、「はやて弁当」にした。1600円払った時に気づいたが、も
う現金が1000円ほどしかない。どこかの銀行で貯金をおろさなければい
けない。ホームにATMがあるかと思って探したが、当然無かった。込み合
うホームにそんなものがあるはずがないとあとで思った。
しばらくして列車が入ってきた。ドアが開くとすぐに乗り込んだ僕の席は6
号車の12Eだった。今度はすぐに見つかり、座席についた。するとすぐに
眠気が襲ってきた。やはり6時間では足りないらしい。僕は列車が発車する
前に深い深い眠りについた・・・
ふと前を見ると、すぐ先に絵里奈が笑いながら立っていた。
やっとあえた。
僕は近づこうとした。ところが絵里奈は、磁石のように離れた。僕が動い
た分だけ絵里奈も動く。
「おかしいなあ・・・」僕がそうつぶやくと、
「まもなく八戸です」と絵里奈が言った。は?意味が分からん・・・
あれ?なんだ、夢か・・・・・ビックリしたぁ!
僕が目を覚ましたのを見て、隣の席に座っているおじさんが、
「どうした坊主。悪い夢でも見たか」と言いながら、新聞をたたんでからか
ばんに入れた。ずいぶんうなされていたのだろう。汗をかいている。
「はい」僕はおじさんの質問に僕は答えた。
「ふーん。まあ目が覚めてよかったな。もう八戸に着くぜ。そんじゃ」
と言い残して、行ってしまった。とたんに「はやて3号」はホームに入っ
た。せっかく初めて新幹線に乗れたのに・・・僕はそう思いながら立った。
それにしてもよく眠っていたな・・・おかげで駅弁も食べられなかった。
次に乗る列車は「白鳥3号」だった。乗り換え時間は10分なので、ゆっく
りはしていられない。僕は東北本線のホームに向かった。少し迷ったが、無
事、発車時刻の11時10分に間に合った。僕は2号車に乗った。2号車は
自由席で、もうすでに満席だった。これから函館までずっと立ち続けるのだ
ろうか・・・
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2003/12/25(Thu)15:08:18 公開 / 猪狩・パピヨン
■この作品の著作権は猪狩・パピヨンさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
「家出」をテーマとした作品です。これからもどんどん続きますので。改行が多いのは、読みやすさを配慮した上です。それが読みにくい方にここで謝ります。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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