『紅の森 第一章「海」X』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:森々                

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 あの頃は頑張れば不可能なコトなんてないと思ってた

 海と空の住む街には、広い十字街がある。
 そこを真っ直ぐ突き進んでいくと、大きな桜の木が3本見えてきて、その木に囲まれるようにして建っているのが、小さな喫茶店「花のワルツ」だ。
 海の友人でありクラスメイトでもある古藤華の実家で、華の両親と祖母が家族で経営している。
 季節の花で縁取られた窓には白いカーテンが掛けられていて、緑色の絨毯が敷かれた広い庭には、可愛い置物がいくつも置いてある。
 『Welcome』と書かれたポストは、華の父親が開店当時に作った物であり、看板の隅には小さく『WATARU/SUZU/HANA』と書かれていた。

 「シィはさ、バイトとかってやる気ある?」
 学生鞄を片手に歩きながら、華が聞いてきた。
 「今探してるトコロ。なになに?何処かいいトコ知ってるの?」
 「知ってるっていうか…実は頼みたいんだよね」
 口に含んでいたパンをやっとのところで飲み込むと、海は身を乗り出すようにして聞いた。
 「是非にも頼んで!なかなか条件のいい所って見つからないのよ〜」
 「諭史とかには聞いたの?」
 「今日聞くつもり。昨日叔母さんにも言っちゃったし」
 海は昨日の叔母からの電話を思い出していた。
 勢いで「学費は自分で払う」と言ってしまったのだが、その後海は多少後悔をしていた。
 『あの時はつい啖呵を切っちゃったけれど。叔母さんの言うとおり、都立と言っても学生にとってはかなりの大金なのよね。空の修学旅行もあるし…』
 先の事を考えると、やはり叔母に頼るのが最善の策だったと思われる。
 それでも負けず嫌いな海は、決意を新たに突き進む意志を固めていた。
 「あんたも大変ね」
 「別に。それで?頼みたいバイトって何なのよ」
 校門を通って昇降口へと向かいながら、海は急かすように華に尋ねた。
 出切る事なら早めに仕事先を決定してしまいたい。海はどんな仕事でも受けるつもりでいた。
 「ダチにこんなこと頼むのは、イケナイことだと思うんだけど…」
 華は項垂れながら言った。
 海は黙って靴箱からサンダルを取り出して、片手でバランスを取りながら履き替えた。
 華も少し遅れて履き替えると、海の手を強く握って頭を下げた。
 「ちょっとちょっと!頭なんか下げないでよ」
 「お願いシィ!家を救って!!」
 海は呆然と華を見つめていた。 

 「それにしてもあの時は驚いたな〜。いきなり頭下げてくるんだもん」
 「華ちゃんは大げさなんですよ。ママも聞いた時はビックリしちゃいました」
 「だって仕様が無いでしょ。あの時は一杯一杯だったんだから」
 華の母親である「鈴」は、バイトを終えた海に、熱い紅茶を入れてくれた。
 「海ちゃんはキャンディーが好みでしたよね」
 「覚えていてくれたんですか?」
 「もちろんです。ちなみにお茶菓子は鈴特製マドレーヌですよ」
 差し出されたバスケットには、大きなマドレーヌがたくさん入っていた。
 それを見ていた華は、急に思いついたように二階へと上がっていった。
 「どうしたんだろう」
 「さあねぇ。華ちゃんは『思い立ったら吉日』人間ですから」 
 「その通りですね。じゃあ私そろそろ帰らないと。ごちそうさまでした」
 そう言うと海は椅子に掛けていたコートを羽織り、赤いマフラーを巻いてドアへと歩き出した。
 「あ!ちょっと待って」
 調理場から出てきた鈴は、カウンターの下にある戸棚を開いた。
 そこにはありとあらゆる種類のバスケットが詰め込まれていて、奥の方は見えなくなっている。
 生理整頓が好きな華とは反対に、鈴はそういうコトが苦手なタイプで、この戸棚はまさにソレを形式的に表しているものであった。
 「女の子だから可愛いのがいいわね…あった!これにしましょう!」
 お目当てのものが見つかると、鈴は急いで調理場へと戻り、それに何かを詰め込んでいた。
 何をしているんだろうと思いながら、海はドアの前に突っ立っていた。
 その時二階から物凄い音が聞こえたかと思うと、地響きを立てながら華が下りてきた。その手には小さな箱が握られていた。
 「やっと見つかった…はいどうぞ。シィ」
 手渡された箱は蓋の部分がポッカリ開いていて、中味が見えるようになっていた。
 海は首を傾げながら中を覗いて見た。
 「これ……」
 そこに入っていたのは、小さな4つの貝殻だった。
 薄いピンク色のソレは、まだ海が小さい頃、両親と一緒に海へ行った時に拾った 思い出の品であった。
 海は4つ拾ったからと言って、自分と空に1つずつ。もう1つは諭史にあげて、最後の1つは華にあげた。
 華とは小学校に上がってからの友人で、その頃まだ幼稚園生だった海は、新しい 学校への想いを募らせて、この貝殻を取っておいた。
 「これをくれた時、私本当に嬉しかったのよ。もともとこの性格だから敬遠されることが多くてさ。小学校に上がることが心底嫌だったの」
 「さっきマドレーヌを見て思い出したのは、同じ貝の形をしていたからだったのね」
 「そういうこと。中3の文化祭準備の時に、4つ全部集めて1つの箱に閉まったのよね。『心を1つにしよう』っていう意味を込めて」
 「それでついつい準備の方に集中しちゃって、気づいた時には何処かにいっちゃってたんだよね。懐かしいな〜」
 楽しそうに話す2人を見ながら、鈴は笑顔で声をかけた。
 「さあさあ、思い出話はそこら辺にして。海ちゃんもそろそろ帰らないと」
 そう言うと鈴は、白い布をかけたバスケットを海に手渡した。
 「さっき焼いたマドレーヌの残りです。お家に帰って空ちゃんと食べてね」
 「ありがとうございます」
 海は古藤親子の温かさを抱きしめながら、家路へと着いた。

 「明日はCDショップか…」
 雪がちらつく空を見上げながら、海は呟いた。
 今日は偶然水族館が休館だったため、一日中「花のワルツ」に入り浸っていた。
 大好きな紅茶と大好きな人たちに囲まれて過ごす時間を、海は大切にしたかった。
 明日のバイトについて諭史に連絡をしようと、海は携帯電話をポケットから取り出した。
 その時道の向こうから空が走って来た。
 「海!」
 「空…あんたどうしたの?こんな時間に」
 『こんな時間』といっても、まだ時計は7時を回ったところだった。
 現在は冬であるため、日が沈むのが早い。それ故に海を心配して、空は迎えに来たのだ。
 「何処にいるかわかんなくてさ。そこら中探し回ったよ」
 そう言う空の身体は、凍るように冷たくなっていた。
 海は空が震えていることに気付くと、自分のマフラーを外して、そっと空の首にかけた。
 「いいよ、別に。俺は平気だから」
 「こんな季節にジャンパー1つで外に出るなんて。無茶にも程があるわよ」
 そう言いながらも、海の表情は柔らかかった。
 マドレーヌの入ったバスケットと、貝殻の入った箱を抱え直すと、空の腕に自分のを回して歩き出した。
 星が輝く空からは、シンシンと雪が舞い降りていた。

 あの頃は頑張れば不可能なんてないと思っていた
 それは自分に対する虚勢だったのか それとも単なる強がりであったのか
 今になっては もう

 わからないけれど 

2003/12/10(Wed)14:23:22 公開 / 森々
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