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『青春小説「卒業証書」』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:中山金太郎
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つい今しがた、
卒業式が終わった。
校長の長い話にも、
『仰げば尊し』にも、
卒業証書を受け取った瞬間にさえも、
別段込み上げてくるものは
何も無く、
時折、
体育館を通り抜ける
春の香りに誘われ、
文字通り春眠のうちに
「卒業生、退場」
という号令が聞こえた有り様だ。
『卒業証書』
最後の教室では、
クラスメート達がサイン帳を回し、
記念撮影をし、
机や壁に名前を刻み、
思い思いの形で学校生活に
ピリオドを打つ儀式を行っている。
僕はと言えば、
とりわけすることも無く、
唯一心残りと言えば、
窓から見える桜の樹が花をつける前に、
この特等席を離れなければ
いけない事ぐらいだ。
「田中君も何か書いてよ。」
ふいに、
僕の目の前で桜の花が揺れた。
実際には、
サイン帳を差し出した佐藤さんの
ポニーテールを束ねる
ピンクのリボンが揺れていた。
そうだ。
僕にも
心残りが一つあった。
それは部活動でも勉強でもない。
目の前にいる、
佐藤さんへの思いだ。
三年間、
心の奥底に閉まいっぱなしになっていた
この気持ちに決着を着けなければ、
卒業は出来ない。
突然湧き出した感情を
抑える事が出来なくなった僕は、
受け取ったサイン帳に
ペンを走らせた。
『どうしても話しておきたい事があるから、校舎裏で待ってます。 田中』
僕は押し付けるようにサイン帳を返すと、
逃げるように教室を出た。
情けないけど
僕の緊張はもう限界で、
これ以上佐藤さんの前にいたら
倒れてしまいかねない。
そう思ったからだ。
一目散に廊下を抜け、階段を降りた。
頭の中では
小心者の自分がしでかした大それた事が、
ぐるぐるぐるぐる回っていた。
「と、とにかく
落ち着かなくちゃ、
落ち着かなくちゃ。」
下駄箱の前で深呼吸して、
ようやく落ち着きを取り戻した。
・・・のもつかの間、
僕のスニーカーの上に、
薄いピンク色の封筒が置いてある事に気付いた。
女の子特有の丸文字で
「先輩へ」
と記してある。
差出人は
バスケ部の後輩、
高橋からである。
そして内容は・・・
「先輩のことがずっと好きでした。
もしよかったら今夜お電話して下さい。」
家に帰って数時間、
僕は自分の部屋にこもって考えた。
ベッドに仰向けになり、
サイン帳と手紙の内容を交互に思い出し、
頭を抱えた。
僕は佐藤さんが好きだ。
3年間も勇気を出せずに
想い続けてきた。
でも、
そんな意気地の無い僕を
高橋はずっと好きだった
と言ってくれた。
まず佐藤さんに電話をかけて、
結果次第で高橋に・・・。
そんな器用な事が出来るくらいなら、
苦労しちゃいない。
時間は午後8時。
時計に後押しされるようにして、
僕は決心した。
大切なのは僕の3年間にケジメをつけることなんだ。佐藤さんに電話しよう。
フッ、ハーッ!
僕は大きく深呼吸してから、
佐藤さんの家の電話番号を押した。
トゥルルルル・・・
トゥルルルル・・・
トゥルルルル・・・
呼び出し音が1度鳴る度に緊張が高まる。
頭の中では
言うべき言葉がぐるぐる回っている。
いっそのこと
佐藤さんが留守なら…
そんな情けない気持ちさえ
芽生えかけた7コール目、
不意に電話が繋がった。
「もしもし。佐藤です。」
「あ、あっ、あっ、あ、あの、田中です。」
何から切り出そう。
考えているうちにきっかけを失い、頭が混乱する。
そのうち大混乱になる頭は、
全く何も話さないうちから勝手な結論を出した。
もし佐藤さんがサイン帳を読んでいてくれんなら、
すぐ電話に出たはずだ。
こうなると、
ますます話し始めるタイミングはない。
「田中君。大切な話って何?」
僕の予想と全く逆の言葉に一瞬喜んだ。
しかし、よく考えればこの言葉はもっともっと悪いのだ。
サイン帳を読んだのにもかかわらず、
電話になかなか出てくれなかったという事は、
僕の申し入れは迷惑だって事になる。
まだ僕は何も話していない。
それなのに、全て事は済んでしまったのか?
いや違う。
僕はけじめをつけなければいけないんだ。
元々結果は二の次三の次。
ここで踏ん張らなければ、一生後悔し続ける。
目をつぶって、心の中で3つ数える。
1、2の 3。
「佐藤さん、僕、あなたの事が3年間ずっと好きでした!
卒業式の後、
『田中君ともっと早く仲良くなれれば良かった』って言われた時、すごく嬉しかった。
それ伝えたくて電話かけました。
本当にありがとう。」
一旦動き出した口は、
3年間ためていたモヤモヤを一気に吐き出した。
佐藤さんの答えは覚悟の上だ。
あとはそれを受け止めれば僕は僕から卒業できる。
しょっぱい卒業証書だけど、それがけじめか。
「…私も、ずっと田中君のこと、見てた。」
僕は耳を疑った。
天国から地獄には慣れっこだが、
地獄から天国なんて事は・・・
今回も、なかった。
「でも、遅すぎたみたい。
なんだか上手くいかないね。
こんな事なら、私もっと早く勇気を出せば良かった。」
佐藤さんは涙声だ。
「サイン帳見た時、すごくドキドキした。
電話待ってる間、落ち着かなかった。
ベルが鳴ってる間、迷ってた。
私も田中君に大事な話があったから。
田中君・・・私・・・」
佐藤さんから、
衝撃の告白を受けた。
「お父さんの仕事の都合で、海外に引っ越すの。」
続く
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2003/11/24(Mon)10:13:15 公開 / 中山金太郎
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