- 
   『28機目の男』  ...  ジャンル:未分類 未分類
 作者:棗                 
- 
	
 123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 
 黒崎という男がいた。
 時は第二次世界大戦の真っ只中。人々が苦しい暮らしを強いられており、彼は軍の中の『少尉』の位についていたが、あまり良くない暮らしをしていた。
 少尉は本来、国から一つの部屋を授かって生活できるが、そんな贅沢が出来ない時代だ。彼の部屋にはもう一人、同じ少尉の井上が住んでいた。
 井上は豪快で明るい人柄で、黒崎とも仲が良かった。
 また、二人は周りが驚愕する程のヘビースモーカーで、黒崎は一日に煙草の箱を二箱、井上は四箱開けていた。
 二人は、気の合う仲間同士だったのだ。
 
 ある日、アメリカ軍の飛行機がこちらに攻めて来た。
 上部からは、「B29が20台、その防衛の飛行機が10台いる」という判断がされ、黒崎と井上を含め、総勢28機の飛行機で対応する事になった。
 B29は、破壊の威力が凄まじいが、移動に関してはあまり優れていない。28機もいれば充分だと思ったのだろう。
 黒崎たちは、上空2000mを飛んでいた。
 すると、1000mの辺りを飛ぶ敵軍の飛行機がだんだんと見えてくる。
 「編隊を崩すな!」という隊長の命令が聞こえて来る。さあ本番だ、と皆気を引き締めて臨んだ。
 しかし、黒崎たちはその数に愕然とした。
 肉眼で見ると、その飛行機の大群は、30台どころではなく、50台、60台を超える程の数だったのだ。
 俺達はここで終わりだ。きっと、誰しもがそう思ったに違いなかった。
 
 だんだんと敵軍に近づいていく。いよいよ、相手からこちらが見えてきたか、という時だ。
 黒崎の隣を飛んでいた井上が、突然すっと右手を挙げたのだ。
 「お互い頑張ろうな」というサインだと思った黒崎は、にこやかに右手を挙げ、そのサインに応えた。
 すると井上は、きっと前方を向いた。黒崎も油断禁物、即座に前方を見る。
 その瞬間だった。
 井上の飛行機が、凄まじい加速で、真っ直ぐ下へと飛んで行ったのだ。
 仲間達は唖然とした。そして、井上の飛行機は、敵機の爆撃を受けて、跡形もなく消えてしまった。
 しかし敵軍は、まさか飛行機がそんなに唐突に落下してくるなどという事は、計画に入れていない。たちまちに編隊は崩れ、味方同士でぶつかり合い、次々に自滅して行ったのだ。
 その隙を見て、黒崎たちは27台で帰ってくる事が出来た。
 
 「奇跡だ!」黒崎たちは歓喜した。
 しかし、いつもなら騒ぎの中心になるはずの、あの男がいない。
 28機目の、あの男が、黒崎たちの軍から欠けていた。
 
 あれから数十年、黒崎はすっかり老き、現在80歳になろうとしていた。
 昔の記憶など、ほとんど薄れてしまっているが、その事件と井上の事だけは、いつでも鮮明に思い出す事が出来るという。
 もう、彼は煙草を吸えない。
 煙草の煙の中に、井上の笑顔が、粉砕された英雄の飛行機が、見えるのだという。
 黒崎の親友、ヘビースモーカーの井上。
 彼は、栄光の28機目の男として、そして一人の英雄として散っていった。
 
 
- 
2003/11/15(Sat)22:17:55 公開 / 棗
 ■この作品の著作権は棗さんにあります。無断転載は禁止です。
 
- 
■作者からのメッセージ
 一旦シリーズの方を中断し、このような短編を書かせていただきました。
 これは祖父から聞いた実話で、あまりに衝撃的だったので、小説にしました。
 作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
 
	等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
	CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
	MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
	2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。