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   『夢人 第四・五章』  ...  ジャンル:未分類 未分類
 作者:棗                 
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 「市場騒動」
 
 「ねーえ!ねえってば!」
 「煩い!」
 ボクとシェルは、フィルにほぼ同時にそう叫んだ。
 彼女は膨れて、どこかへフラフラ行ってしまう。
 「俺は嫌だぜ…あいつのお喋りと買い物に付き合うなんて。まっぴらごめん、ってやつだ。」
 シェルが吐き捨てるように言う。ボクも同感だった。
 さっきからフィルが行きたがっているのは、どうやら一年に一度の得市らしい。ペルガンは観光にも力を入れていて、民族工芸から高級な宝石まで、今日一日で売りさばくのだ。
 「第一さ、あんな民族工芸やら気味の悪い石やら、買ってどうするんだって話だよ…な?カルル」
 「ん?ああ…」
 と、その時。
 「あら、シェル来てたの!お友達も一緒?」
 この部屋の持ち主がやってきた。
 さっきシェルから聞いたのだが、この人の名前はレスケさん。シェルの祖母のいとこなのだそうだ。
 レスケさんは実ににこやかに、ボクに紅茶を出してくれた(さっき飲んだばかりだが)。
 彼女は手にめいっぱい荷物を持っていた。荷物を包んである袋には、『ペルガンバーゲン』と大きく書いてある。
 中には、野菜や食用品がぎっしり詰まっていた。
 「そうだ、あなたたち、得市に行ってきたらどう?いい記念になるわよ?」
 いいえ、結構ですとボクが断ろうとした(シェルは真っ青になっていた)その時、輝く瞳とはつらつとした声がそれを遮った。
 「それなら行って来ます、奥様!」
 
 市場はいやというほど混んでいた。ざわめきが大きく、何人の人にぶつかったか知れないほどだ。
 とりあえずフィルに付いて行けば良いや、と考えながら道を歩いていると、一人の男が近づいてきて言った。
 「はい、無料の新聞だよ」
 ボクは配られた新聞の一面記事を見て、がっくり来た。
 『ペルガンの隣村、謎の全焼事件!!』
 ちなみに裏面には、『薔薇の貴公子再びペルガンに上陸』という記事が載せられ、あの偽善者の微笑がアップで映っていた。
 その二つの記事が大きく取り上げられており、表も裏も見る気がしないので捨てようとすると、下の方に『ペルガンバーゲン開催』と小さく載っているのを発見した。
 ボクは、ためしにそのニュースを読んでみる事にした。
 何でもこの市の名物は「三大神ストラップ」だそうだ。
 ペルガンには特別な風習があって、武器を神様としているらしい。
 一つ目の神様は剣、二つ目の神様は鎌、三つ目の神様は光。
 光は武器じゃないだろ、と苦笑してしまったが、それにはきちんと由来があるらしい。
 
 「えーっと、なになに…」
 ボクが読んでいると、突然背中を叩く手が迫り、ビクッとした。
 「やあ諸君、久しぶりだね!」
 気が付けばボクの周りは1mくらい開けてビッシリ囲まれ、そして背中を叩いたのは
 「ティル…アーティム?」
 衝撃のあまり、ボクは間抜けな声を出した。ティルはにっこり笑って(もちろん白い歯を見せて)大きく頷く。
 シェルとフィルに助けを頼もうと振り返るが、出て行こうとするシェルを、目を輝かせたフィルががっちり捕まえていた。
 「そう、私こそがティル・アーティム!君は確かカルル君、そうだったね?」
 もう嫌だ。ボクは目立つのが世界で一番嫌いなのに、背中に視線がギンギン集まってくる。
 「あんなに小さい子とも優しくお話して下さるのね」
 おばちゃんの世間話が耳に入ってくる。そこで少し、ボクはむっとした。
 ただでさえ小さい身長に、何歳か下に見られる顔。もうだいぶ慣れているけど、やっぱり少し腹が立つ。
 貴公子はおばちゃん達に軽く会釈すると、再びボクの顔を見て微笑み、会話を続けようとした。
 「私が一晩泊めてくれと頼むと、目の色を変えて走り去って行ったね?」
 彼の目の中に憎悪の色がはっきりと浮かんだ。
 もうボクは顔を上げれば睨まれそうで、ただ新聞を読んでいるしかない。
 だが、読んでも中身が見えてこない。目から脳みそに行かないからよく内容が飲み込めないのだ。
 「そして、私は走って追いかけ、君をすぐそばまで追い詰め」
 よし、こうなったら、心の中で音読だ。えーと、剣には持ち主が居て、その持ち主は剣士と呼ばれる、なるほど。
 「しかしそこまで行っても君は私を鋭い眼差しで睨み、私の鳩尾に一発入れると去っていった」
 剣の神は女剣士で、赤い鎧に身を包んでいる。剣士の名前はフェレケレス・ルシオ。長い名前だ…。
 「そして、私はその反動で道路に飛び出し、大怪我を負った。それがこの傷跡だ!」
 おー、という歓声、そしてますます痛い視線。もう新聞を握る手がブルブル震えてくる。
 「その後、自らの手で治療を施した私は、何と昨日野宿した!」
 ボクは遂に新聞を破き、地面に投げ捨てた。
 「あのなぁ―――ッ!あることない事話すな―――!」
 ボクは、自分の顔が真っ赤になっていくのが感覚でわかった。
 逆に、さあっとギャラリーの顔からは血の気が引く。しかしそんな事は最高にどうでもいいことだ。言葉だけが既に出ていた.
 「確かにボクがあんたを泊めるのを拒否したのは否定しないよ?そいで、走って逃げたのも否定しない!でもね、目の色を変えて走り去るほど間抜けな逃げ方はしなかったね!しかもあんたはボクのことを追いかけもせずに呼んだだけ!そして、ボクはあんたに鳩尾一発入れた覚えもないし!そうしたい気持ちはやまやまだけど!もっと言うとさ、アンタは僕たちが町に入ろうとした時に叫びながら血を流して倒れこんできたんだよ!失神してるからボクが手当てしてやったんだよ! お前になんか治療が出来るわけないだろボケ!第一、旅人が野宿しないなんて聞いたことも無いね?ピアニスト崩れだからか?だとしたら全く自慢も出来ないし人気が出る理由も全く掴めない!更に言わしてもらえば、アンタは凄く中途半端なんだよ!『旅人ピアニスト』ってなんだよ?旅人なのかピアニストなのかはっきりしろっての!どうせアンタは根性が無いから旅人になりきれないし、技術も足りないからプロのピアニストも目指せない!アンタは所詮流浪者なんだよ!極端に言えばただのホームレスなんだ!」
 
 はぁ、はぁと息を切らしていると、もはや貴公子は目をあらん限り見開いてこちらを見つめていた。
 気のせいだったのかもしれないが、
 
 彼の瞳の中に、哀しい光が見えた。
 
 シェルは、やっとの事でフィルの腕を振り払い、こちらへ走ってきた。
 そして、呆然としているボクの、襟首を掴んで人ごみへと引っ込ませる。
 その後に延々と二人から何やらかんやら言われたが、ボクの頭には、明るいブルーの貴公子の瞳が、頭の中に焼きついたまま離れなくなっていた。
 
 「カルル、やっぱりあなたって凄いわ!」
 フィルの甲高い声がさっきから同じ事をリピートしていた。
 どうもシェルは気に食わないらしく、さっきから同じ言葉で言い返す。
 「あのな、あれは凄いとは言わない」
 「じゃあ何なのよ!」
 犬と猿。猫と鼠。水と油。本当に二人は顔を見れば争い始める。
 いい加減からかっているのも飽きたので、ボクは別のことに話題を移した。
 「フィル、その紙袋の中身って何?」
 さっきまで怒っていたはずの彼女の瞳が爛々と輝き、そして腕が、紙袋の中にざっくりと入れられた。
 「じゃじゃ〜ん!」
 取り出したのは、あの『三大神ストラップ』。
 「並んで買ったのよ〜!これが剣士の剣、これが死神の鎌、そしてこれが天使の光!ロマンチックでしょ?」
 ふぅ、と溜息をつくと、さっきの新聞配りの男が、またボクに新聞を渡した。
 「無料の新聞だ。もらっときない」
 同じ内容を二回も読みたくないよ、と言ってやりたかったが、せっかくだから、さっき読めなかった記事を改めて読み返す事にした。
 
 『現在、港町ペルガンで行われている恒例行事、ペルガンバーゲン。
 このバーゲンの最大の魅力は、やはりあの三大神ストラップである。
 三大神とは剣、鎌、光の事を言い、昔から争いの多かったペルガンならではの武器の神だ。
 三つの武器のストラップは、雑貨として、またお守りとして大人気を博している。
 三大神には持ち主が居る。その持ち主は、武器が誕生して10000年たつと、実際に現れるという。
 そして、今が10000年後。持ち主だと名乗る人物が、急激に増加しているが、ペルガン側は一向に認めていない。
 一つ目、剣の持ち主は、剣士フェレケレス・ルシオ。赤い鎧を身に纏った女剣士で、その美しさには誰もが惹かれるらしい。
 二つ目、鎌の持ち主は、死神ダルシェリア・カオス。黒く長いコートを羽織り、残忍だが、最も天使から離れているようで最も近いらしい。
 三つ目、光の持ち主は、神、カヴェル。白く長い着物を着ており、誰もがひれ伏すような善の心を持ち合わせているという事だ。
 皆さん、バーゲンに行ったら是非買ってみるといいかもしれない。』
 
 「へ〜え。」
 うおっ、とボクは一瞬身震いした。背後から、フィルとシェルが覗き込んでいたのだ。
 フィルはオッホン、と咳払いすると、勝手にストラップを分け始めた。
 「じゃあ、女剣士のフェレケレスは私ね。唯一女な訳だから。
 死神はシェルでいいわ。残忍だって…。本当にぴったりよ。
 大天使はカルルでいいかしら。カルル優しいもんね。」
 「おいちょっと待った!なんだよ“残忍だから”って俺が鎌かよ!」
 「いいじゃないのよ文句ある? 言って見なさいよ!」
 「あのな、俺は別に残忍じゃないし」
 「充分意地悪だわ!」
 「あのさ…迷惑だから。」
 
 ぎゃあぎゃあ喚きながら、ボクたちは365号室へ帰った。
 
 書置きが残してある。
 「『しばらく出かけます』だとさ。気長に待とうぜ」
 シェルがにっこりと微笑んだ。
 
 この後、この365号室で、悲劇が待ち受けているとは知らず。
 
 
 
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2003/11/15(Sat)20:31:45 公開 / 棗
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■作者からのメッセージ
 もともとあった物語に少し付け加えたエピソードだったので、4.5章という形になりました。
 読んでいただけたら幸いですv
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