『おらが村の四季・春編   ―お稲荷様―』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:PAL-BLAC[k]                

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 陽もずいぶんと傾いた時のことでした。

美しい夕日が、田植えの終えた水田に照っています。

まだまだ暑さには遠い、爽やかな五月の夕方。



今日は、村の衆総出で田植えが行われました。



青々とした、元気いっぱいの若苗が整然と植えられた田んぼは、
見た目にもとても気持ちの良いものでした。

村の真ん中の神社に、ぞくぞくと村の衆が集まって来ています。

よく見ると、男どもはお社に、女どもはお稲荷様に集まっています。



これからお社に、刈り入れまでの治水のお願いと、お稲荷様にぼた餅をお供えするのです。



面白い風習ですよね。男女が別れてお参りするなんて。

そのわけは、一年前に、こんな事件があったからなんです―。





以前から、この村は鉄砲水が絶えませんでした。ちょっと長雨になれば土手が切れ、
水が引いたかと思えば、日照りが続くという有様でした。

前の年も大水が出て、わずかばかりの苗と、権兵衛さんの畑の案山子だけが残ったのでした。



困り果てた村の年寄りどもは、たまたま村長の家に逗留していた神主に、助けを求めました。


一宿一飯の恩義をお返ししましょう。と、その神主が鎮守の森の大木から木簡を作り、
ありがたい文句を書いて下さり、竜神様をなだめる儀を執り行って下さいました。

それ以来、大水は無くなりました。
村の衆はありがたいお札を、広場の一角に社を建立し、安置しました。



後に、その神主は、修行のために諸国を放浪していた、都の偉い神主だという噂が
隣村から聞こえてきました。





龍神様のお怒りにふれなくなった村では、いい塩梅にお天道様からも好かれ、今までにない
豊作を迎えました。村の衆総出でも人手が足らないくらいでした。

おのおのの家で親類同士で助け合い、黄金色の重たい稲穂は、全て刈り入れられました。



親類同士の刈り入れです。親しき仲にも礼儀あり。

畑仕事が一段落すると、めいめいの家で、ぼた餅が作られました。
それは、手伝ってくれた親類へのお礼です。



家の主人が、できあがったぼた餅を重箱や盆に盛り、挨拶回りしようと、それぞれの家から
出だしてきました。
お互いに、出会っては「お疲れさんです」なんて挨拶を交わしながら、
目的の家へとてくてくと歩いていきます。



権兵衛さんと勘太郎さんも、そうやって出てきました。





重箱を包んだ風呂敷を携えて、権兵衛さんが、かみさん(奥さん)と子供に見送られて出てきました。

隣の勘太郎さんも、おっかあ(母)がこさえたぼた餅のお重を抱えて出てきたところでした。


まだ若い貫太郎さんは、権兵衛さんに会釈しました。

「権兵衛さん、お晩です」

「おんや、勘太郎かぇ。おめえも挨拶回りかい?」

言われて、勘太郎さんは、風呂敷包みを掲げて見せました。
「へぇ、てめえも挨拶回りでさぁ(私も挨拶回りです)」


挨拶を交わし、二人は刈り入れの終わった田んぼのあぜ道を歩いていきます。





しばらくしてから、いやに権兵衛さんの足取りが速いことに勘太郎さんは気づきました。

「権兵衛さんよ、あに急いでるんで?」

そう背中に呼びかけても、権兵衛さんは歩みをゆるめません。
みるみるうちに遠ざかっていき、どんどん背中が小さくなってきました。


呆気にとられていると、権兵衛さんの畑の案山子と、三蔵さんの畑の案山子が目につきました。
さっきまで、遠くに見える染みだったはずの案山子が、自分の脇に来ていたのです。


「あんれ?なんでこげなところに案山子が?(何でこんな所に案山子が?)」


案山子を見ようと、横を向いたら、驚いたことに、案山子が遠ざかりはじめたのです。

「あぁ?!」

びっくりしている隙に、案山子は、スーッと背後に遠ざかっていきました。
まるで、勘太郎さんが立っている部分をのぞいて、地面が動いているかのように。



あまりのことに、勘太郎さんはへたり込んでしまいました。





権兵衛さんはというと、こちらも大変な目にあっていました。



道の真ん中で貫太郎が立ち止まったのに気づき、声をかけました。

「どした?胸でも悪りいんか?(気分でも悪いのか?)」

権兵衛さんの声に気づいた様子もなく、ぼうっとしための勘太郎さんは、その場に
へたり込んでしまいました。



勘太郎さんが倒れたと思い、びっくりした権兵衛さんは、

「待ってろ!今、他のもんも呼んできちゃるからな(他の人も呼んできてやる)」

そう叫ぶと、風呂敷包みを置き、家をめがけて走り出しました。



ところが、走れども走れども、周りの景色が変わりません。

いくら走っても、横は刈り入れの終わった田んぼ。
前に、いつまでたっても家の灯りが見えてきません。

焦った権兵衛さんは、ますます足を速めました。



しかし、いつまでも同じ事の繰り返し。
まるで、その場で足踏みでもしているかのようでした。

田植えの後で疲れているところに、息切れするまで走った権兵衛さんは、
ついに倒れ伏してしまいました。





夜が明け、闇の帳に一条の明かりが射してきました。

「う゛ぁ・・・うーん・・・」

顔に当たる朝日に権兵衛さんが起こされてみると、権兵衛さんは田んぼのあぜ道にうつぶせに
寝ていることに気づきました。

「あんれま・・・?おらは、こんなとこで何してんだべ?」

あまりのことに、口を開けたままポカンとしてしまいました。





同じ頃、明け方の冷え込みで勘太郎さんはくしゃみをしました。

「ふ・・・ふぁっくしょい!・・・ああっ?!」

くしゃみをして、一つ身震いをしてから、勘太郎さんは、自分が田んぼのあぜ道に座り込んでいることに
気づきました。

「い・・・いったい何があったんだべ?」



キョロキョロと見回しましたが、そこは、何一つ変わらぬ田んぼのあぜ道でした。
いや、一つ変わったことがありました。
広げられて、中身が空になった風呂敷包みと、蓋の取れた、自分の重箱がありました。





同じようなことは、あちこちの家で起きていました。



かみさん連中は、「きっと宴会になって酒でも呑んでいるんだろう」と思い、大して騒がずにいました。

陽が昇って、狐につままれたような表情の夫から、事の顛末を聞いても、初めは誰も信じませんでした。



しかし、与作さんのかみさんが、風呂敷に狐の足跡があることに気づき、

「お狐さんに騙されたんだべ」と言いました。



その日のうちに、村の狐に化かされた男どものかみさん連中が集まって、相談がもたれました。

「お狐さんにお社作ってやんべ」

そんな結論に達し、お稲荷さんが建立されました。





それから、村では、田植えの後と刈り入れの後の挨拶回りの前に、お稲荷さんにお供え物を
することになりました。





陽もずいぶんと傾いた時のことでした。

美しい夕日が、田植えの終えた水田に照っています。

まだまだ暑さには遠い、爽やかな五月の夕方。



これからお社に、刈り入れまでの治水のお願いと、お稲荷様にぼた餅をお供えするのです。





ただし、狐はこりごりだと思っている男どもはお稲荷さんに近づきたがらないので、
女どもがお供えをし、情けない旦那を化かさないないようにお願いする風習を作ったんですと。


2003/11/12(Wed)20:32:53 公開 / PAL-BLAC[k]
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■作者からのメッセージ
前作、「かかし」のシリーズです。権兵衛さんの畑の案山子は元気でしょうか?

前作でご助言いただいた3点リーダー、使ってみました。どうも行間は感覚が難しくて・・・。精進します(汗)。

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