『紅の森 第一章「海」V』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:森々
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
両親の事故から1ヶ月が経った。
『海ちゃん。都立と言ってもそんな安い金額じゃないのよ?』
「前にも言いましたように、学費は自分で払います。叔母さんの世話にはなりません」
『でもあなたはまだ高校生よ?稼げる金額だって限られているわ』
「大丈夫です。友達にバイトに詳しい人物がいるので」
『でもやっぱり心配よ。生活費くらいは私に・・・』
「ご心配ありがとうございます。でも平気です。もう決めたことなので」
『海ちゃん・・・』
「失礼します」
海は電話を切った。
「叔母さんから?」
振り向くと空が立っていた。
雨の中自転車で帰宅して来たので、全身ずぶ濡れになっている。
「何の電話だったの?」
「楓ちゃんの高校の文化祭について」
海は洗面所からタオルを持ってくると、雫の滴り落ちる空の髪を拭き出した。
「楓姉が誘ったの?」
「そうよ。本当は私の学校のにも来て欲しかったんだけどね」
「6月だったっけ。海の高校の学園祭」
「うん。お父さんとお母さんも来てくれたのよ」
『お父さんお母さん。15日の学園祭には来てくれるでしょう?』
『もちろん行きますよ。夏美さんもその日は仕事が休みだし』
『担当の患者さんの状態は?』
『術後の経過も上々よ。学園祭の事を話したら、嬉しそうに「行ってらっしゃい」って言ってたわ』
『じゃあ二人とも来れるのね!嬉しい!』
『俺も行きたいな』
『空はその日はテストがあるでしょう?頑張ってくださいね』
『お父さんは優しすぎるわ。赤点取ったら承知しませんからね!』
『俺まだ一度も取ったことないよ!』
『偶然ってこともあるわ』
『海!!』
「父さんの敬語調の話し方。未だ頭から離れないよ」
「お母さんも厳しいけど優しかったわ」
幸せだったあの頃。
何もかもが輝いていたあの頃。
海はタオルで空の顔を隠した。
「うわっ・・・前が見えねぇって」
海は黙ってそのまま拭き続けた。
タオルから落ちる雫が海の服を濡らそうとも、気にせず拭き続けた。
学費と生活費を稼ぐために、海は割りの良いバイトを探していた。
「バイトに詳しい友人」の渡部諭史は海に協力的で、自分の受け持っているバイト先の店を数多く紹介してくれた。
「時給860円。悪い金額じゃないだろ」
そう言って勧めてくれたのは、駅の近くにあるCDショップでのバイト。
諭史は半年前からそこで働いていた為仕事の手順も熟知している。
「店長も女性ですごく良い人なんだ。人見知りが激しい海でも働きやすいと思うよ」
「そうね・・・やってみようかな」
「そうこなくっちゃ!」
諭史は腕捲りすると、早速携帯で店宛てに電話した。
簡単な面接を通して、海は晴れて店員となった。
初めは流石に不安なので、仕事の割当日を諭史と同じにした。
諭史は笑って「これから頑張ろうな」と言うと、海の背中を軽く叩いた。
海は俯きながらも、笑顔を返した。
だが海が受けた面接は一つではなかった。
諭史には内緒で12回もの面接を受け、海はCDショップ以外に4つのバイトを手につけた。
一つは小さな雑貨屋での販売員。そして近くのコンビニでのバイトと水族館での案内員。最後は友人の母親の経営する喫茶店でのウエイトレスだった。
これで海は一週間休み無しの身となった。
平日の午前中は学校に通い、水曜と木曜の7時までは雑貨屋で8時から12時まではコンビニでバイト。月曜と火曜はCDショップで働き、土曜と日曜は水族館と喫茶店を行き来することになる。
海は自分を気遣ってくれる諭史に罪悪感を募らせていた。
「俺もバイトしたいな」
空は乾いた髪を手櫛で梳かすと、ソファーに横になりながら言った。
「“義務教育中は働いてはいけません”なんて誰が考えたんだろうな」
「不器用なあんたが働いても、他人に迷惑を掛けるだけよ」
海は濡れたタオルを片付けながら言った。
海はバイトに関して空には一つも話していなかった。
姉想いな空はいつも海のことを気遣っている。そんな空に海は余計な心配を掛けさせたくなかった。
電話の事について嘘をついたのも、全ては空のことを思っての行動だった。
「あんたは私においしいご飯を作ってくれていればいいのよ」
「料理だけはうまいからな!」
「レンジをショートさせるほどのメカ音痴だけどね」
「うるせぇな〜」
海は笑っていた。
空の笑顔に反射される様に、笑っていた。
この先どんな運命にあるかも知らずに・・・
2003/11/03(Mon)19:19:43 公開 /
森々
■この作品の著作権は
森々さん
にあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
長いブランクがありましたけど、やっとこさ第三弾です。
因みに海のお父さんは敬語が癖です。仕事は弁護士をやっていて、お母さんの職業は看護士さんです。
お父さんはお母さんよりも6歳年下で、かなり仲の良いラブラブ夫婦でした(笑)。
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で
42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。