『「砂漠の砂」』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:カニ星人
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私は時々、砂漠の砂になりたいと思う。
海に揺られて、水に溶けていくよりも。
土に埋もれて、台地の一部になるよりも。
もっと素敵。
私はいつかエジプトへ行き、地平線も見渡せる広大な砂漠の真ん中に寝転がる。
仰向けになって、何も考えないで、視界に入るものをただ受け入れて。
灼熱の太陽がすべてを焦がす昼と、星が降ってきそうな夜を何度も繰り返して、私はカラカラに干からびていく。
そして風が吹くと、私の体はほとんど粉のようになって黄金の砂漠の砂と一体になるのだ。
* * *
「美奈子、ご飯よー」
一階からママの呼ぶ声がする。二階の自室にいる私は、短い溜息をついてから声を整え「はあい」と元気な声で言った。
開いた教科書やノートを、綴じ目に入った消しゴムのかすを掃ってから閉じ、消しかすは手のひらに載せて部屋の隅のゴミ箱に入れる。
その上でパンパンと手をはたいてから、階段を下りて行く。
私はこの冬、私立中学に入るための受験を控えている。
そのために週四日塾に通って、家に帰ってきてもずっと勉強している。
笑顔でリビングへ入ると、お兄ちゃんとパパは既に席についていて、テーブルの上には、シチューとチキンがまだ湯気を立てて並んでいた。
「美奈子、お勉強はちゃんと出来たの?」
キッチンから出てきたママが言う。私は、また明るい声で答える。
「もちろん! 塾の宿題も、もうやったよ。わぁ、おいしそうなご飯だね。お腹すいたよぉ」
本当は空腹が満たされれば何でもいいのだけれど、私はママの料理を褒める。
「ふふ、そうでしょう。美奈子は頑張りやさんだから、今日はあなたの好きなシチューにしたのよ」
やったー、と言うとママは更に満足そうな笑顔になった。
本当のところ、そんなにシチューが好きと言うわけではないのだけれど。
席について、いただきまーすと言い、「はい、どうぞ」というママの言葉を聞いてから食べ始める。
大きいスプーンでシチューをすくって、おおげさなくらいおいしそうに食べると、口の中が甘いクリームの味でいっぱいになった。
家族で向かい合って食事することは、子供の教育に非常に良い影響を与えるから、という理由で、うちは朝も夜もみんな揃って食事をする。
一家団欒のひと時なのだ。
「美奈子、受験のほうは大丈夫そうか? 志望校はF女なんだろう? 今が最後の追い込み時だぞ」
パパが私を励まし、うん、しっかりやらなきゃね、と私はうなずく。
隣でママが微笑むのがわかる。
「本当に美奈子はいい子ね。風邪を引かないように気をつけるのよ。一ヵ月後は試験なんだから」
私は大人が喜ぶことをよく知っている。
真面目に勉強して明るくて、親の言うことを素直に聞く子供であること。
私には簡単なことだ。
だから同じクラスの哲夫君みたいに先生に怒られることもないし、テストも毎回満点。
塾だって、仲良しの沙織ちゃんのようにサボらないで、ちゃんと行っている。
そうすればお兄ちゃんみたいに名門私立中学に入れて、将来が明るくなるのだ。
だけど、本当は少しうんざりしている。
私は甘ったるいシチューといくつかのチキンを食べ終えた。
お兄ちゃんは相変わらずぼそぼそと身をかがめて食べ続けている。
さっきまでパパと受験の話をしていママが、私を愛しそうに見つめながら、「美奈子がいい子でママは幸せだわ」。
私は笑顔で返したけど、じゃあごちそう様、と言って食器を片付けそそくさと部屋に戻る。
階段を駆け上がると、背中から「勉強、頑張るのよ」と言う声が聞こえてきたので、またあの声色ではいっ、と返事をした。
* * *
部屋のドアを閉めると、そのままもたれかかった状態でズルズルと座り込んだ。
ふぅ、と溜息をつく。
なんだか笑いも喜びも作り物だから、溜息までも嘘臭く聞こえる。
本当は。
本当は私だって、哲夫君みたいに、元気にサッカーをして窓ガラスを割ってみたい。
沙織ちゃんのように、塾をサボって友達と駄菓子屋さんに行きたい。
テレビも見られなくて、流行の話題にもついていけない。
みんなともこの冬でお別れなのに。
他の友達のように、両親に反抗してみたい。
それが賢くないってことはわかるけど、私だって小学六年生の普通の女の子なのだ。
* * *
天井を見上げて息を深く吸った。
その反動でバッと起き上がり、ひざをついて勉強机の元まで行く。
机と壁の隙間に隠してある、お気に入りの本。
勉強のための教科書ではなくて、一人で本屋まで出向いた時見つけた雑誌。
表紙には、『神秘の国・魅惑のエジプト』とゴシック体で印刷されている。
ページをめくると、そこには私の住むビルばかりの街と、同じ地球とは思えない光景が広がっていた。
見るからに焼けるような燃えたぎった太陽と、一面真っ黄色の砂。
砂には、風がつけていったという不思議な模様が出来ている。
変わって、別の写真では、夜の砂漠が写されている。
曇りのない夜空に億万の星、そこを流れる天の川。白く輝く砂は昼間と違う顔をみせている。
昼は50℃近くなり、夜はマイナスになるまで冷え込むらしい。
私は何回もその写真を眺める。
こうしている時だけは、心底安心できる気がした。
きっと、ここが私の故郷なのだ。
だからこんなに胸がざわめくのだ。
どこよりも私の心を掴むここが。
* * *
私はいつも、思っている。
こんな日常を抜け出して、エジプトへ行きたい。
煩わしいことを投げ出して、砂漠へ行きたい。
自分を作らないで、計算もしないで、そこで砂漠の砂になりたい。
2003/10/16(Thu)17:51:34 公開 /
カニ星人
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■作者からのメッセージ
「いい子」を演じるている内に疲れてきてしまった女の子の話です。
大人に取り入るのが上手くて、要領が良くて、誰からも好かれる…人間を演じている自分が嫌いで。
よくわからない話になってしまいました(泣)
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