『光求者の夏』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:貴支離徹                

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見る事が叶わぬので想像する。
照りつける太陽を想像する。
それは生ではなく、死の象徴。
生きとし生けるものの全ては、
その過剰な恩恵によって

死を迎えるのだ。

死の光によって焼かれた大地は、
それ自身が炎の如く生命を焼く。
風物詩である蝉の声すら聞こえない。
かつて活動の場となった日の光の下には

本当に誰も居ない。

−−−今年の夏はそんな夏だった。



 光求者の夏 
−We want to live under the sun.−



Introduction


“本日の最高気温は五十五度となっており、今年の内でも最も・・・”

今日もニュースが世界全土を襲う異常気象について騒いでいる。
最近では見出しが“異常気象”から、
“天変地異”に変わりつつある程だ。
話題性に事欠くことは無いだろう。

−−正午には五十度を超える高温。

干上がった川。

乾燥地帯となった土壌。

これからバーベキューでも始められるような熱さの、
アスファルト。

圧倒的な陽の光のまえには、
オゾン層などは幻のようだ。

こんな世の中だから、クーラーは生活必需品の域を超えていた。
私の部屋にもそれはある。
後は、扇風機とテレビ位しかない。
その内で最も重要なのがクーラーだ。
毎日最低温度で使っているが、
余り涼しいとは思えない程である。

それを所持していない者、
その術が無い者、
彼らを待つのは等しき死。

昨日もこの町で干乾びた死体が
十三個作られた。
この状況は
国、世界単位での死者数が尋常でない事を語っている。
公表はされていないが、
恐らく一日単位で数十万の命が消えている筈だ。

不思議と胸は痛まない。
一大事だと騒ぐ気もしない。

ただ少し面倒くさい事だと思う。
この異常な気温の所為で、
多くの人間が大掛かりな時差ボケに陥ったのだから、
やはり良い事ではない。

殺人的な陽射し、
その影響力は絶大だった。
昼間の街からは人影が消え、
日常の舞台は夜の街へと移っていったのだ。
そして、政府はこの事態に対して策を講じた。

それは時間帯をずらすこと。
交通機関に始まる、国営・市営のシステムを
全て夜に動かすことにしたのだ。
結果、交通ラッシュは午前零時がピークとなるなど、
少し前なら考えられないことが起こる様になった。

当然、一般企業もこれに習うしかなく、
あらゆる職種が夜に働くようになった。
昼間に営業している所は一つとて無い。

今、人はかつての活動時間であった昼に眠っている。

人の昼は死んだ。
昼夜逆転。
この時初めてヒトは夜行性になったのだと思う。

私はこの様な状況になって、
極めて個人的な事を思い出したものだ。

昔飼っていた魚。
名前は忘れたが、
遠い昔に死んでしまった魚。
死んだ理由は確か・・・温度だった筈だ。
丁度その時はヒーターが壊れていて、
私はそれに気がつかなくて、
学校から帰ったら魚は水槽に浮かんでいた。
温度調節が効かなくなっていた為、
水温が三十八度まで上がっていたのだ。
適温が二十五度から三十度位までの魚だったと思う。
たった十度位の温度差。
だからそのときはこう思った。

なんて弱いヤツなんだ、と。

しかし今の世界を見て解った。
鑑賞魚にとっては水槽の中が世界だ。
そこの温度が十度ほど上がったら?

答えは目の前の状況。

世界は灼熱の温度で満たされている。
もう逃げ場は無いのかもしれない。
あの魚と同じ災厄が我が身に降りかかる事など、
どうやって予想し得ただろう。
否、そんな事は不可能だ。

余りにも突然のことだった。

きっと世界中の誰もがそんな感覚を拭えない。

そして余りにも事が上手く進みすぎた、
そんな気がする。

それ程までに政府らの対応は迅速だった。
まるでこの事態を想定していたかの様だ。
それに学者達もこの現象について何も言わない。
まるで諦めてしまっているかの様に。

何かこういった状況で必然的に起こるはずの事が、
起こっていない。

それは大混乱か?

その果ての暴動か?

そんな事では無い気がする。
もっと具体的な事だと思うのだが、
・・・・・解らない。

疑問と言えばもう一つある。
物覚えが悪いだけなのかもしれないが、
私は世界がこの様に変わるまでの、
その過程が思い出せないのだ。

それは徐々にだったか、
突然にだったか。

ともかく世界は変わってしまった。
私が知り得るのはその事実だけである。

それでも誰かに聞こうとは思わない。
何故なら、
恐らく皆も自分と同じように、
この事態に無知で、
無関心で、
狂ったように燃える太陽は、
人の“情熱”さえも奪って、
爛々と輝いている。
この事を確信していたからだ。

私は“熱”を奪われた無気力な人間のまま、
眠ろうとしている。
             ・・
不意にニュースキャスターが深昼ニュースの終わりを告げた。

それが合図となり、
意識が遠のいてゆく。
こうもすんなりと眠りに落ちれるのは、
疑問を感じながらもこのサイクルに慣れてしまったのだろう。

慣れは一番怖い。
今の生活に完全に慣れてしまったら、
私は二度とこの疑問に手が届かないまま、
焼け死んでいくのだろう。
数多くの中の一人として。


それだけは厭だった。


だから、
誰かがこの世界から私を救ってくれることを、
神に祈って眠りに着いた。


焼き尽くすようにアツいのに、

陽炎の様に捕らえ所の無い、

−−−今年の夏はそんな夏だった。




         Act One:在るはずの無い声



居る筈が無いのに。

居れる筈が無いのに。

“何か”の気配を感じる。

確かに昼間の灼熱地獄の真っ只中に、

“何か”がいる。

これは確信だった。

でも、“何”が何の理由で?

・・・解らない。

でも確かに感じる・・・。


****************


真昼間に目覚めた。
どうやら活動時刻を過ぎて、
次の睡眠時間まで寝てしまっていたらしい。
起きて目にした物は、
無機質な白い天井。
クーラーと、扇風機と、テレビ位しかない、
いつも通りの私の部屋だった。

殺風景な部屋の壁に掛けてある
飾り気の無い時計に目をやると、
針は午後二時を指している。

最も暑くなる時間帯。
きっと誰も起きていないだろう。
やる事も無いので、
眠くは無いが夜まで眠ることにしようか?

そもそも私は何故こんな時間に起きたのだろう。

暑いから?

慣れない時間帯の睡眠だから?

違う。確か・・・、

・・・不思議な夢を視たからだ。

夢と言うより、
予感と言ったほうがしっくりくる。

それは私が前から感じていたモノ。
危惧していたモノ。

誰も居ない、居れない筈の炎天下の中。
“何か”が徘徊しているという予感。

何故そんなことを思うのだろうか。

きっと自分は恐れている、
見えない何者かの影に。

目に見えている破滅は怖くないが、
目に見えない“何か”は怖い。
例えそれが破滅と言う程の事でなくても、

目に見えないから、
解らないから、
怖い。

私は自分が知らないことを恐れるタイプの人間だった。


しかしながら、この暑さの中出歩くのは
自殺行為である。

だからその予感を確かめる術は無い。

結局、私は自分が知らないことに怯え続ける。

また寝ることにしよう、
眠ると少し楽になる。

この暑さの事も忘れられる。

「オヤスミ」

誰にでもなく、
自分に言い聞かせて目を閉じた。

****************

“・・・・・・・・・・・。”

“何をしてるっ!寝ている場合かよ・・・。”

“誰だ君は?”

“そんなことはどうでもいい。
 お前は何を呑気にしているんだ。”

“何をって・・・する事が無いから、
 眠っているだけだが・・・”

“呆れたな。確かに眠っていれば貴様等は死なない。”

“何の事だ?”

“言うまでも無き事さ。
 いいかお前は自分でこう思った筈だ。
 この生活に慣れてしまえば、
 永久に疑問に怯えるだけだってな。”

“・・・・・・・・。”

“今しかないんだ。今なら手に入る、
 お前が望んだもの“全て”がな。”

“・・・・・・・・。”

“何を愚図愚図してる。予感で解ってるんだろ。
 “奴等”が真昼間にしか現れないって事。
 とっとと起きろ。
 早く行かないと幕が降りちまう。”

“・・・・・・・・。”

“決心なんてのは、後でしたことにすればいい。
 今は動け。とにかく・・・”

“分かった。私は動く。”

“へぇ、ようやくその気になったか。”

“あぁ、だが最後に教えてくれ。
 ・・ 
 僕は誰だ?”

“答えは目の前の状況だ。”


***************


飛び起きた。

時計を見る。時刻は四時過ぎ。
二時間近くも眠ってしまった。

「くそっ!」

神頼みでテレビをつける。

番組は何でもいい。とにかく時間を教えてくれるもの。
無我夢中でチャンネルを切り替えていく。

午後二時のニュース番組が映し出された。

良かった、時計が狂っていたらしい

まだ間に合うと知ったや否や、

私の身体は約一週間振りにドアを開け、
生まれて初めてかもしれない程、

全力疾走。

それは素直な探求行為であり、
完全な完全な自殺行為だった。

***************

「かはっ」

外に出ての第一声は、
そんな咳とも悲鳴ともつかぬ間抜けな音。

とにかく息が出来ない、
一呼吸する度に、胸が焼かれるような痛み。

日差しが与えるものは、
暑いなどと言う生易しい感覚では無い。
痛みと言う痛覚のみだった。

道に転がっているホームレス達の死体。
それは蝉の抜け殻の代わった、
今年の夏の風物詩。
魂の抜け殻。

街並みの色が分からないほどに、
眩し過ぎる光。
色を喪った街。

道。
日の光に焼かれた道。
靴のゴム部分が焼ける。
その音が聞こえる。
聞き取れるほど静か。

未知。
このアツさの中。
何処に行けばいいのか、
何処まで行けばいいのか分からぬ不安。
いずれ力尽きた時の恐怖。

全てが白い死の色をしている。
空に輝くアイツの所為で。
ヤツは殺人鬼。
“太陽”と言う名前は相応しくない。

暑い、熱い、灼い、痛い。

これが灼熱地獄か・・・。

その中をひたすら走っている。

そう、私は初めて理解した。

昼を棄て、誰もが夜を待つ夜行性に成り下がった理由。

成るしかなかった理由。

昼に出歩くこと死に直結しているという事。

自分の行動が、正気の沙汰でない事。

その全てを身をもって理解した。

「はっ、はっ、はっ」

自分の走ってきた道を、
余裕も無いのに振り返る。

既に自分の家は見えなくなっていた。
もう後戻りは出来ない。
前へ、
   進めるだけ進もう・・・。

***************

倒れている私を見て、

手を差し伸べてくれる人も、

助けを呼んでくれる人も、

奇異に思う人も、

嘲笑う人も、

人は誰も居ない。

「ぜっ、ぜっ、ぜっ」

アスファルトに焼かれる肌。
痛みを感じる余裕さえない。

「・・・ぜっ、ぜっ」

段々と息遣いもおかしくなり、
私は死を覚悟した。
何を今更、と思う。
外の状況を見て、感じた瞬間に、
すでに死は決定されていたはずだ。
予想された結末。
万が一にも助かるなんて思わなかった。

でも何一つ望んだモノが手に入らなかったのが、
残念で悲しい。
じきにこの感情も消えるだろう。

どうせ死ぬなら痛くないほうが良いと思って、
感覚を閉じた。






“みぃいん、みいぃん、みーん”




意識が戻り、
最初に開かれたのは聴覚。

それは在るはずの無い声。

視覚を開いて見つめた先には、


少女がいた。


修道服をきた少女。
自分と同じ変わり者。
暑くないのだろうか?

彼女は私見下ろしている。
逆光のの為、表情が判らない。

でも間違い無く人。
きっとこれが私の求めていたモノ。

“みーん、みぃいん、みいぃん”

最後に開いた嗅覚。

感じたのは、


     夏のにおいだった。




To be continue




2003/09/16(Tue)18:19:22 公開 / 貴支離徹
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■作者からのメッセージ
まだ完結ではありません。  
Act Twoに続きます。
どうか宜しくお願いします。

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