『白刃 第1話』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:Mackey                

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俺は、その時戦場にいた。

呼吸が苦しい。

少し空気を吸い込んだだけで、むせ返るような熱気。

下を向くと、額から大粒の汗が流れ落ちた。

ここから脱出しなければ。

そう思っても、体が反応しない。

少しずつ、力が抜けていく。

思わず、その場に倒れこんだ。

背中が溶けるように熱い。

わずかに残る指先の感覚で、隣に転がっていた鞘から刀を引き抜いた。

鋭い切っ先に、激しく、赤い炎が宿る。

もう、どうにも出来なかった。

「……俺は――」

その美しい白刃を、自らの喉へ突きつける。

さっきまで荒かった呼吸が、どんどん弱まっていった。

――わかる。

俺は死ぬ。


周りの炎が、死への甘い誘惑に感じる。

例えここを脱出しても、外の侍達に殺されるだろう。

俺にもう、護るものは無い。

孤独にも慣れてしまった。

こんな状態でも、笑っていられるくらい、度胸がついた。

いや、覚悟かもしれない。




そのときから、俺の運命はくずれ始めていたんだろう。


“罪”を背負ったとき

人は運命に逆らえるのだろうか

不安を隠しつつ

自分の思想を貫き通せるのか









白刃 −天の裁き−










俺の父親は侍で、母は幼いときに死んだ。
家に残された姉と俺は、常に短剣を持たされていた。
“自分の身は自分で守れ”
常にそう言われつづけていた。
姉は俺と3つ違いで、とても綺麗な女だった。
14で俺の母親代わりとなり、いつも穏やかで、優しかった。
そんな姉を、俺は守るべきものと思い始めた。
剣を習い、馬を飼った。
金はいくらでもあったから、専属の講師を雇った。
そのおかげで、親父のような侍と刺し違える位強くなった。
そのころ、ある戦で親父が死んだ。
俺が強くなったことを認め、姉を任せたという。


それからというもの、俺と姉は、親父の刀なんかを全て売り払った。
最後には、妙に豪華な庭屋敷も売った。
職に就いていなかった俺達は、親父の遺産を全てつかい切った今、無一文となった。
くやしかった。
“姉を守る”と誓ったはずなのに、今の姉は、ほつれた薄麻をまとったなんともみすぼらしい格好をしている。
だが、俺といるときの彼女は常に笑顔だった。
内職から得るわずかな銭から、白飯も炊いてくれた。
戦の稽古に夢中だった俺は、姉の無理に気づかなかった。
それから半年後、姉は過労のため倒れた。
俺は初めて、姉の前で泣いた。
どんなに辛くても、人前で泣くことはしないはずだった。

俺は、誰を憎んでいいのかわからなくなった。
自分を憎んでも、それは死にしか繋がらない。
そう考えていて、ひとつの答えにいきあたった。



――変えることの出来ない、運命。



運命を狂わすためなら、俺は死ねる。
















「父上〜!父上はどこ?」

真紅の着物の裾をはらつかせながら、少女は廊下に待機していた女に声を掛けた。

「由布様。殿は只今遠征にあります」

由布と呼ばれた少女は、短く舌を出して“そうだったぁ”と呟く。

「わたし暇なのよ。相手してくれないかしら?」

「私でよければ。あやとりでもどうです?」

待女はにこやかに微笑んだ。が、

「何言ってるの。竹刀で決闘に決まっているでしょ?」 

「……由布様。御元気でなによりですが、そのような危ない事は……」

「何にも危なくなんかないわ!わたしは強いもの!」

少女の名は由布。
この高嶺家のひとり娘であり、姫である。


――時は戦国時代の初。
将軍足利義光の死後、幕府は混乱していた。
守護大名同士の勢力争いが尽きず、それはやがて都を中心とした激しい争いとなる。
一応将軍であった義政だが、それを静めるほどの力はなかった。

11年にもわたる、今だかつて無い長期の戦が繰り広げられた。

だが、終わりを告げたはずの争いはまだ完全ではなかった。
下剋上の動きの中で、戦国大名が現れ出す。
そのあとも各地の有力者は争い合い、戦乱は全国へ広がった。

――1568年。
都から程遠いここでも、数々の武将達が、戦いの旗を揚げていた。
なかでも、この辺りを軽くおさめ、絶大的な勢力を誇る男がある。
――高嶺竜駕。
高嶺家の主君、戦国大名であり、自ら戦に身を乗り出す武将でもある。
全国ではそれほど名高くはないが、周辺の武将でこの名を知らないものはいない。
屋敷もなんとなく質素で、持ち兵はそれほど多くはないものの、兵ひとりひとりの実力は精鋭されている。
周りの権力者からは、いつ周囲を支配してもおかしくない実力だと言われていた。
そして、大名や地方の権力者はそれを恐れていた。

高嶺家は代々戦好きの血が受け継がれているらしく、多少無茶をしても相手に白旗を振らせていたそうだ。
金には何一つ不自由無いはずなのだが、戦うことに意義があるらしい。
その思考がいまいち理解出来ない代々后は、よくその過激な行動に眩暈を感じていたようだ。
しかし、彼女の母親、現の后は達者な刀の使い手であった。
そのため、彼女自身もよく戦の準備へ協力しているようである。
今回もその折で、父は戦、母はトレーニングといった用事だ。



「つまんないじゃな〜い……」

先程の待女とは別れ、由布はただっぴろい廊下をちょこちょこと歩いていた。
漆黒のらんらんとした瞳が、雲ひとつ無い青空を見上げる。
眩しさにすぐ目を伏せるが、まぶたに虹色の余韻がはり付いていた。
そして、彼女はすぅっと深呼吸をする。

「あ―――――!!」

彼女が叫ぶと、屋敷の者がどよどよと顔を出した。

「どうかされましたか!?」
「由布姫!」
「気分が悪いのでは?」

ほとんどがそう口にする。由布は、そういう日常が退屈でたまらない。
すると、そこへ別のどよめきが聞こえた。

「殿がおつきになられたぞ!!」
「すぐに夕食の支度を!」

先程までの群集が、急にせかせかと動き始めた。
そのアリのような一定の動きに呆れつつ、由布はその最前列に目をやった。


「――父上!!」

由布は廊下をぱたぱたと走り抜け、ごつい鎧に身を包んだ男の胸にダイブする。

「おかえりなさい!父上!」

「あぁ、ただいま」

彼女は顔をあげ、太陽のように明るい笑顔を作った。
先程の待女とは接し方が違いすぎる。そのくらい、由布は父上を愛していた。
由布の父上、竜駕は、たった今東への遠征から帰ってきたのであった。
わずか3日間の遠征だった。
賢い后の戦略で、戦力の衰えている東軍の一門を攻めようという目的である。
予想以上に衰えは酷く、1週間の予定が4日も早まってしまった。

「父上、鉄くさいです」

太陽にうっすら光る汗と、今年30になりながらも長年弓を操ってきたその賢人なる肉体。
その思わせぶりは、けっして座台に座っている殿の姿ではなかった。
それも、由布の好きな理由のひとつだ。

「すまんな。今回でしゃばり過ぎた」

竜駕も笑顔を作り、娘の頭をくしゃくしゃと撫でた。

だが、そのあと由布は顔をあげない。

「……どうした、由布」

竜駕は優しく問った。

「人……たくさん殺した?」

その質問に、竜駕は答えられなかった。
わずか14の娘に、どうしてそこまで話さなければならないのだろう。
しかし、そうさせたのは自分だ。
代々の血ではない。
すべて自分の行ってきた事だ。

「……由布」

自分の名を威厳のある声で呼ばれ、由布はしっかりと顔をあげた。
その大きな目には、少しだけ陰りを見せた太陽がうつっていた。

「人は死ぬ。いつか必ず死ぬ。それを憶えておきなさい」

娘の肩に手を置き、竜駕は落ち着き払って言った。

「……はい」

由布も、それに確りと返事を返した。

「由布。もうひとつ、おまえに会わせたい奴がおるのだが」

「?」

由布ははてなマークを沢山浮かべ、微かににやつく竜駕の顔を見直した。
由布はこの屋敷から出ることはあまり無く、いつかに城下町を歩いた程度だった。
町に知り合いや友達などいないため、由布自身思い当たる人物がいない。


「さぁ、出てきなさい」

竜駕はゆっくりと手招きした。

正面の門から、長い影がのびてくる。
ざくざくと、1歩1歩近づいてくるのがわかった。
その足音は、やがて由布の前でとまる。

それは、いまどきめずらしく、刀を2本腰に差した侍だった。
背が高く、竜駕をわずかながら見下ろしている。
華奢な体つきで、目鼻立ちは綺麗に整っている。
手入れの荒い前髪から覗いたのは、とても冷たい瞳。
まるで、見るもの全てを否定しているような。


「初めまして。由布姫」

その男は、由布に向かって深く一礼した。

太陽が、薄暗い雨雲に隠れた。
辺りが急速に暗くなってゆく。

「…………」

由布はなかなか言葉がでてこない。


「由布。挨拶くらいしなさい。これからおまえの夫となるのだからな」


「は……」

“はじめまして”の“は”を言おうとした口が、止まった。
今、何といいましたか、父上。
この男が、わたしの夫ですって?



それははかない恋ですか



それとも



運命ですか






2003/09/14(Sun)21:35:28 公開 / Mackey
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