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   『疑似恋愛シンドローム』  ...  ジャンル:未分類 未分類
 作者:鳥野栖                 
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 疑似恋愛シンドローム
 
 〜どんなに好きになったって、私にはアンハッピーエンドしか用意されていない。
 それならば、自分で作ってしまうしかないでしょう?〜
 
 
 
 「咲久埜(さくの)」
 
 恭平(きょうへい)の声がして、ふと私は振り返った。
 
 物静かな裏路地に、人の気配は全くない。
 あえて言うならば、毛並みが悪くみすぼらしい仔猫がこちらを睨み続けていたけれど。
 まあ、大きなどんぐり眼は可愛いといえなくもない。
 けれど、私はどちらかと言えば犬派だったし、それ以前に猫という生物は昔から苦手だから。
 いや、むしろ嫌いと言ったほうが近いかもしれない。万に一も無いとは思うものの、いつ情に絆されるかわからない。小動物 は生き残る最善の(卑怯な)道をよく知っているから。係わり合いにならないうちに、立ち去らなければ。
 
 「おい、咲久埜」
 
 ……重症だ。私の恋煩いも相当なものらしい。恭平の声がまた聞こえるだなんて。
 
 サーモンピンクのロングマフラーを巻きなおし、かじかんだ手指に息を吹きかけつつ、進行方向へと向き直る。
 
 「おい、コラ。無視してんじゃねェぞ」
 
 幻聴ではなかったらしい。
 恭平の声を――普段より多少甲高いものの――紡ぎだしているのは、私の絹の靴下に噛み付いている汚らしい茶色の物体らしい。
 
 私は驚くでもなく、なりゆきを察した。
 
 (ようするに、また失敗だったのね。今度こそは成功したと思ったのに)
 
 猫は噛み付いたまま、離れようとしない。このまま引きずって歩くこともできたけれど、死なせてしまったら全て台無しになってしまう。仕方なく私はそれの首根っこを掴み、目線が合うように持ち上げた。
 
 「まぁ、すごい。きょうび、猫が喋れる時代になったのね」
 
 抑揚のない声で呟くと、猫は私の顔を引っかこうと爪を立て、腕を振り上げた。が、空振りに終わる。私が咄嗟のところ放り投げたからだ。しかし敵もさる者、しなやかに着地し、私をキッと睨みつけた。
 
 「言いたいのはそれだけか?」
 
 「ええ。それでは達者で暮らしなさいな」
 
 「惚けんじゃねェ。俺をこんな体にしたのは、お前だろ!?」
 
 「まあ、いやらしいセリフね。恭平のえっち。年頃の殿方はこれだからイヤだわ」
 
 言った途端、仔猫は目を光らせる。
 鼻息が荒いわよ? はしたない。
 
 「よーく、分かってんじゃねェか。俺が誰なのかよ」
 
 「あら、何のことかしら?」
 
 「それがどういうことかは、お前が一番よく分かってんだろうが!」
 
 そうね。よーく、わかってるわ。
 
 「今朝。俺に何を飲ませた」
 
 「何って……栄養ドリンクよ。言ったでしょう」
 
 「ああ、そうだな。で、俺はこんな姿になった、と」
 
 「うまくいけば、そんなことにはならなかったのよ」
 
 仔猫が間合いを詰める。おそらく、私を怯えさせようとしてるんだろうけれど。
 無駄よ、恭平。あなたが、そんな姿で居る限り。
 
 私が屈しないと分かったからだろうか。恭平は小さな首をだらんと垂らして、小さく呟いた。
 
 「お前、何が望みなんだよ……」
 
 「望み? あなたは私の望みを叶える、覚悟があるの? それなら、言ってさしあげてもいいけれど」
 
 真剣な眼差し――その中に怯えの色があったことは見逃せなかった――で私を見上げる恭平。
 ごくり、と唾を飲み込む音でも聞こえてきそうね。
 
 「私、赤ちゃんが欲しいの」
 
 途端、恭平は私から目を逸らし何も言わず、廻れ右をした。そのまま、元からただの猫であったかのように歩いてゆく。
 けれど。
 逃がしはしないわ。
 
 「逃げるの、恭平?」
 
 恭平の首根っこを掴む。自然と口元に笑みが含まれるのを自覚した。
 猫は、私は知りません、とでもいうように、可愛らしくミャー、と鳴いてみせる。
 
 「もう一度、言った方がいいかしら?」
 
 私は、恭平を見つめた。
 
 目をそらされる。
 
 それでも私は彼の瞳をまっすぐに射抜く。
 
 「私ね」恭平の体を抱き寄せ、軽く目を閉じた。私の意図を悟ったように、恭平が腕の中で暴れる。
 
 小さな爪が、私の頬を引っかいた。一拍置いて、傷口から熱いものが吹き出るのが分かった。この位の痛み、どうってことないわ。彼を手に入れられない、胸の軋みに比べれば。
 
 私を傷つけてしまったことに驚いてか、恭平の抵抗が控えめになる。それを見逃す手はなかった。
 
 そのまま、小さな獣の口に唇を押し当てる。数拍の後、柔らかな毛並みは消えうせ、繋がった部分から、彼の体温を感じた。
 
 いつだって、魔法を解くのは、お姫様のキスでしょう?
 
 「恭平の赤ちゃんが欲しいの」
 
 体を離し……、私はまた失敗してしまったことに気付いた。
 
 「どうして、女のままなのよ。ひどいわ、恭平」
 
 「酷いも何も!」肩までの黒髪を揺らして、恭平が叫ぶ。「俺は元から女だ! この変態!」
 
 いつものことだけれど。セーラー服、似合ってないわよ、恭平。
 
 「別に、私、変態なんかじゃないわ。だから……本当、残念」
 
 「だったら何だって言うんだよ。いつもいつも、俺に付きまといやがって!」
 
 「恭平が好きなの。別に私は女が好きなわけじゃないわ。恭平じゃなかったら、何の価値もないの。男だとか、女だとか、そんなの二の次だもの」
 
 ただ、あなたが男の方が、展開が速いでしょう。それだけのことでしかないわ、性別なんて。
 
 「俺は恭平じゃねェ! 恭子だって何度も言ってるだろ?」
 
 
 
 ★☆★☆★
 
 
 
 そこで、夢は醒めた。
 
 顔を上げ、周りを見渡す。見覚えのある、本棚。独特のカビくさい本の香り。どうやらここは図書館らしい。
 
 館外持ち出し禁止の分厚い本を枕にして、眠ってしまっていたようだ。
 
 「何だよ、起きたのか? 寝てる間にも、にやにや笑ったり、面白くなさそうに眉間に皺、寄せたり。一体どんな夢見てたんだか」
 
 向かいの席には、愛しい人の姿。
 私は、彼をまっすぐに見た。
 
 「別に。ただ、恭平が男だったらな、って思ってただけよ」
 
 「またその話かよ……」
 
 呆れ顔で、それでも恭平は軽く微笑んでくれた。
 
 「私、絶対に諦めないんだから」
 
 「はいはい、そうだなー。帰るぞ。さっさと帰るぞ」
 
 恭平は面倒くさそうに、右手を差し出した。
 
 私は、迷わずに彼の手を取る。
 
 いつか、本当に叶えてみせるんだから。
 
 私は、さっきまで枕にしていた分厚い本――黒魔術辞典を、そっと学生鞄に忍ばせた。
 
 
 
 
 
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■作者からのメッセージ
 二度目の作品投稿になります。
 前向きなのか、後ろ向きなのかわからない努力、楽しんで頂けたら幸いです。
 それにしても。季節が合っていませんでしたね。
 作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
 
	等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
	CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
	MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
	2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。