『理系も文系も誤字脱字の海に消えた指摘素敵』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:Merry                

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 ひかる君はごく普通の人間である。才能がありあまって有名人ってわけでもないし、パパラッチに追いかけられちゃうような芸能人でもない。ごくごく一般的に生活する人間だ。そして、当然のように仲のいい友人がいる。ひかる君の数少ない友人の中で、高校生のころから友達をやっている真知子さんという人がいる。
 真知子さんもごくごく一般的に生活する人なので、お互いの予定が会えば適当な場所で待ち合わせをして遊びにいくことも結構あった。
 真知子さんとは高校を卒業してから進路が違ってしまったので高校生のころのように毎日無駄話をすることもできなくなった。以前のように無駄話に花を咲かせるのは決まって、二人で旅行に行った道中にする機会が増えていった。
 そんな、とある旅行中に起きた出来事である。目的地の観光地までバスに揺られながら、ひかる君と真知子さんは取り留めの無い話しをしていた。ふと、真知子さんが何かに気がついたようにこんなことを言った。
 「ひかる君て、理系だよね〜」
 「え?文系だよ」
 ひかる君は心外そうに真知子さんに返事をするが、真知子さんは全然聞いていないようだ。ひとりで、話を続けている。
 「だって、話すことは理論的だし、科学がよく分かってるし、好きな本も理論的な本が多いよ〜」
 「そうかな?高校のときは文系コースだったよ」
 ひかる君と真知子さんの通っていた学校は、3年生になると文系か理系かでクラスわけがされる。文系コースだと3年生のときは必修の数学3以外の数学は勉強しなくてよかったし、理系コースだと必修の古文以外の古典は勉強しなくてもよかった。
 ひかる君は、歴史が大好きだったので歴史の授業がある文系コースをまったく悩みもせず選択していた。
 真知子さんはというと、数学が苦手だったので少しでも数学の授業が少ない文系コースを選んでいたのだ。
 そんなわけで、めでたくこの二人は3年生の時には同じクラスとなる。同じクラスになると同じだけ課題が出るわけで、数学の課題が出たときはそれはそれは、性格が現れていた。
 ひかる君はとりあえず、課題はやっていくし分からなければ数学が得意な先輩に教えてもらっていた。真知子さんはその反対に課題をやらなかったので授業中に当たらないことを神に祈り倒していた。
 そんなことが、一年間続いたので真知子さんの頭には『ひかる君は数学が得意である』という事実無根の才能がインプットされてしまったのであった。
 「数学のテストのときも、平均点こえてたじゃん〜」
 真知子さんはつり革につかまりながら恨みまがしそうに、ひかる君をみつめる。
 確かに、ひかる君は数学のテストのときはいつも平均点を超えていた。それは認めよう。ただし、どういうわけか真知子さんと同じ考えの人が多いクラスだったようで文系コースだと数学が苦手な人が多く、平均点が著しく低かったということだけは付記しておく。
 「まあ、そうだけど……科学がよく分かってるって?」
 「だって、埋立地って不思議に思わない?」
 揺れるバスに、真知子さんはよろけながら呟いた。
 「不思議って?どういう風に?」
 「なんで、あんな高いビルを建てても埋立地って沈まないの?それに、地震がおきたら、ものすごく揺れそうなのにいつもニュースでやらないし……。」
 「べつに、ビル建ててもへいきだよ。地震だって起きても局地的に強くなることはないよ」
 「なんで?」
 「なんでって、陸地と同じだから」
 「だって、埋立地でしょ?昔、海だったところを埋めてるんだよね?」
 ひかる君は、真知子さんの言葉にはた、と気がついた。真知子さんはどうやら埋立地のことを激しく誤解しているようだ。海だったところに固めた土をぷかぷかと浮かせているとでも思っているに違いない。ひかる君は気がついたことを、真知子さんに言ってみた。案の定、埋立地ってそういうものでしょ?という無邪気な回答が帰ってきた。
 「あのね、埋立地って海から海水を追い出して、そこに土を盛ってつくるの。干拓みたいなもんだよ。わかる?」
 「ええ〜!そうなの?!……やっぱり、ひかる君は科学が分かってるよ」
 科学というか、常識だと思う。というひかる君の心の叫びは揺れる市バスに飲み込まれていった。
 「いまの説明だって、理論的で分かりやすかったし。話し方も感情より理論を優先するタイプだし、お勧めの本の作者が『森博嗣』と『高田嵩史』なんて理系の言うことだよ」
 ひかる君も真知子さんもミステリーフリークである。ひかる君は昔、真知子さんにお勧めミステリーとして「すべてがFになる」と「QED東照宮の怨」を紹介したことがある。作者はそれぞれ『森博嗣』と『高田嵩史』でどちらも理系の職業をされている。サイドビジネスで小説を書いているのだ。
 ひかる君は読破しているのだが、真知子さんはいまいち食指が沸かないらしくそこらへんが、理系と文系の違いだと真知子さんは言いたいようだ。
 しかし、ひかる君が自分は文系だといてっているのにはそれなりに理由がある。ひかる君と真知子さんのひとつ上の学年にしいや君という先輩がいた。このしいや君は数学が得意なのである。3年生のときも理系コースを選んでいた。ひかる君は数学で分からないところがあるとこの先輩に聞いていた。
 いつものように、放課後しいや君にひかる君は数学を教えてもらっているとしいや君が、疲れた様にため息をついた。
 「どうしたの?」
 「今日ね、文系クラスの人の数学を教えたの。全然数学を理解してなくて、大変だったんだよ。何が分からないのか分からないから何を教えたらいいのか分からないし。その点ひかる君は分からないところがはっきりしてるから楽かな〜って」
 「そんなに、教えやすい?」
 「文系クラスの人や、真知子さんより教えやすいよ。でも、理系って感じじゃないね。ひかる君は」
 ひかる君にとっての理系の典型人物はしいや君だったので、そんな彼がひかる君のことを理系じゃないっていうので、なんとはなしにひかる君は『自分は文系なんだ』と思っていたのだ。
 確かに、しいや君は理系の典型とも言うべき人で計算が速く、数学的発想のある人物で、割合、確率などを日常会話でたとえに出すし、日本語の読みと筆記と作文が苦手であった。
 どのくらい苦手であったかというと、こんなエピソードがある。
 ひかる君と真知子さんとしいや君は同じ委員会に所属していた。その委員会は図書委員会といって、毎年発行している図書新聞というものを作成する班に三人とも所属していた。
 手ごろな人気作家にインタビューして、それを記事にするというものなのだが、インタビューは全部カセットテープに録音しているので、それを聞きながら原稿用紙に書き起こすという地獄を垣間見るような作業をしなければならない。
 そこで、当時しいや君の日本語の苦手さの度合いを知らなかったひかる君は、こともあろうにそのカセットテープの長さを三等分して、ひかる君と真知子さんとしいや君とで手分けして原稿を書き起こすことにしたのだ。そして、書き起こした原稿をふなちゃんという同じ図書委員の友達にまかせることにした。
 冬休みの間中、カセットテープにうなされながら原稿を書き上げて3人でふなちゃんに原稿を渡した。
 ひかる君は当時、ふなちゃんと一緒に高校に通っていたので学校へ行く道すがら現行の出来具合を聞いてみた。すると、ふなちゃんはどこか遠くをみつめるような視線で呟いた。
 「しいや君の原稿がね……。これ、なんて読むか分かる?」
 ふなちゃんはごぞごそと自分のかばんから、原稿用紙を取り出してひかる君に見せた。
そこには非常に達筆な字で書かれた文字が原稿用紙を埋め尽くしていた。ふなちゃんはそこの一字を人差し指でさしていた。
 『印人』
 ひかる君の目にはそう読めた。
 「い……いんじん……?」
 「ね、そう読めるでしょ。私ね、ここテープで聞きなおしたんだけどちょうど聞きづらいところだったから、なんていってるのか分からなかったの。これ、なんだろうね。」
 このときにインタビューしたのは超有名ミステリー作家だったので、ミステリーに関係ある話ばかりをしていただいたのだが、いかんせん、インタビューしたのが超高級ホテルの喫茶店だったのでいろんな雑音が混じっていて肝心な先生の言葉が聞けないときも多々あった。その場合は前後の文脈で判断して、文章を作成していたのだが、このときは、前後の文章を読んでもなんだかさっぱり分からない。
 「いんじん……?をきめるよりも、トリックが……、……ない?」
 どうやら、しいや君に割り当てたところが、一番聞き取りづらい場所だったらしく一番空白が目立つ。穴だらけの原稿で、何が誤字で脱字なのかがわからない状態だった。
 放課後、新聞作成のために委員会を開いたときにしいや君にふなちゃんは、問い詰めた。読めない漢字があるので、としおらしくきくふなちゃんにしいや君は得意げに答えた。
 「え?読めないの?はんにんだよ」
 
 はんにん……?
 
 「字が違いますよ!」
 「はんにんは、犯人って書くのです!」
 その場に居合わせた、ひかる君とふなちゃんから同時にしいやくんは非難をされた。さぞかしスピーカー効果を味わえたことだろう。
 「字が、にてるじゃん」
 あわてて言い訳をするしいや君であったが、ひかる君とふなちゃんから、『似てない』
とにべもない返事をされて、しゅんと黙っていた。
 以上のように、理系の人は意外と漢字が分かっていない人が多い。読めればいいや、といったところがあるみたいで、あんまり日本語の使い方も気にしていない人が多いようにひかる君は思っている。
 
 市バスを降りて、目的地の渡月橋についたひかる君と真知子さんはそこからの雄大な河の眺めにしばし見とれる。交差点の信号についていた案内板を見てひかる君はいった。
 「ここって、わた……わたづきばし??」
 「違うよ、とげつきょうだって」
 真知子さんは文系と言い張るだけあって、地名の漢字も非常に強い。読めない漢字は無いんじゃないかとひかる君は思うほどだ。
 そういえば、ひかる君はキャンプ場に向かう途中で通過した地名で『軍畑』というところがある。友人に「読める?」ときかれて、「ぐん……ぐんばたけ?」という情けない答えを返して、文系の友人に「いくさばたけだよ」と呆れられたことがあった。
 そうなると、漢字に弱いひかる君はやっぱり、理系ということになってしまう。
 
 文系と理系の境目も海の藻屑に消えればいいのにと思うひかる君であった。


2003/08/20(Wed)01:13:44 公開 / Merry
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実話をもとに書いてみました。

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